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RFLJ高知&お約束の道すがらの観光キャラバン(Ω)

衝動的に休みを申請し許可される会社に勤める僕は恵まれている。それ故にRFLに参加できたが、月曜の18時から1件予定を入れていたのだ。
そのため、高知は3時間だけの観光で帰路に向かう。
四国内は行きと同じコースで徳島に戻り、またもやLennon&Moca宅で夕食をごちそうになる。
徳島と言えば阿波踊りと眉山。さだまさし監督の映画のタイトルにもなった山。古くは万葉集にも出てくる山。せっかくのチャンスなので登ってみたいと車を進める。が、高速を降りたところで大渋滞。時計とにらめっこをして断念。今回の旅はRFL高知に参加、欲張ってはいけません。
と決まればフェリーの時間まではおしゃべりタイム。

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そばごめ雑炊と言う郷土料理をベースにした夕食。天に召されたソウルメイトの舞さんは、『がんになってよかったこと』をつづり続けました。悪いこと悲しいこと辛いこともあるけれど、連れ合いががんになったからこそ夫婦で全国の友達のところに行脚できています。連れ合いに感謝です。
そして行き先々でおいしいものをたくさん食べました。今回も高知でそして徳島でのごちそうを頂けたのです。
昨朝おしゃべりしたのに足りずに今日も笑いっぱなしの3時間。やばい、フェリーの手続きしなければ…。

またの再会を誓ってフェリー乗り場に向かいます。22時に出港し、和歌山には24時着。僕らは一番近そうな道の駅根来に向かいます。
根来衆は、僧兵の集団。しかしよくあるイメージの長刀を持った兵ではなく、ここは鉄砲隊。遠く小田原北条もここから鉄砲を購入した記述があります。
早雲自身が京育ちですので、都の文明はかなり長けた上、様々なパイプもあったでしょうし、いろいろな眉唾歴史もののように時代を読み違えたなどと言うことはなく、信長には貢物を持って行っているところから鉄砲についての情報も大いに得ていたのでしょう。
大藤信基なる軍師は根来衆だったようにも書かれています。少しこのあたりを見たいのですが、歴史資料館もあと90分は開かないし…、今回はあきらめることにします。
こちらはいつかRFL和歌山の前後にでも行くことにしましょう。

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そうもう一つ残念なのはハングルナンバーの車がP泊していたこと。国際免許で日本を旅しているのでしょうか?
運転手さんに会いたかったけれど出会えず、こちらも残念。

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下道を通って橋本に向かいます。FB(フェイスブック)でリアルタイムでUPしましたが、1995年ころに日本工業所と言う会社がこの地に阪神淡路大震災で出た廃棄物を不当投棄しはじめたせいで、周辺の住民に多大な健康被害が発生します。
しかし所沢のダイオキシン問題で風評被害が出ると橋本の柿が売れなくなると辛抱します。しかし、一番近くの住民の人が「薬物中毒」と言う病名で医者から転地療養を命じられ、また同時期に何頭もの飼い犬や野生のタヌキなどが死んでいったところから闘いが始まるのです。当時小田原市久野もこの施設内に建設されていた小型焼却炉と同じ程度の大きさの焼却炉が計画されていたご縁でかの地まで何度か行ったことがあります。そしてその時にお礼として立派な柿を贈ってくれました。
おいしかった記憶は20年経った今でも鮮明に残っており、平和なベッドタウンになったかの地を見ながらもう一度行ってみたいと思ったので下道を走らせます。
途中花岡青洲の生誕地と言う看板がいくつも出ている中を走り、菖蒲谷に到着。さすがに20年の月日は全く当時の面影をなくし、小さな公園でお子さんを遊ばせているお母さんに柿の直売所をお聞きして離れました。

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紀ノ川沿いの農協の直売所。ここでAさんの柿を探しましたが見つからず、同じ橋本の柿を選んで、サァ本当に帰らないと間に合わない。

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11時近く。ここから約500km、昼飯食べている余裕ないかな?
最後までよくばり旅行でした。

RFLJ高知&お約束の道すがらの観光キャラバン(2)

「歴史上の偉人」として必ずと言っていいほどベスト3の中に入る方に坂本龍馬がいる。
彼が、多くの日本人の心に入り込んだのは言うまでもなく「竜馬が行く」の発刊だろう。竜馬ファンと言っている人でこの本を通らなかった人はいないと言っていい。たとえ直接読んではなくても竜馬を好きになるきっかけを作った人は読んでいるのだ。
司馬遼太郎氏の調べた竜馬はけっして優秀ではなかった。人生の中、何をどうすればいいかを思案しても答えが見つからない幼少期だった。
が、彼はそんな年頃から人の話を聞き、咀嚼し、応用する能力は長けていたのだろう。それは乙女姉さん、武市半平太という青年時代から、江戸での修行で出会った勝海舟や戻って来た時にあった河田小龍とのやり取りからわかる。
咀嚼しているから、その通りやみくもに従ったわけではない。自分なりに意見をまとめているが、意見をまとめるためにはたくさんの意見を聞く事と情報源の大切さは重々承知していたのだろう。

だから出会いの大切さを知っていた。興味を持てば出向いていった。
江戸に情報が集まっても江戸のみをよしとしなかった。だから河田小龍に出会えた。
河田小龍もただの絵かきではなかった。だからこそ殿様のそばに仕えたのだろう。そしてジョン万次郎に出会う。

高知に行って誰の資料を見たいか?と問われれば、僕はジョン万次郎だ。しかし高知市に行って誰の資料を見たいかと言えば河田小龍だ。
日本語を忘れたジョン万次郎と英語を学びたい河田小竜は、言葉の音をアルファベットに置き換え互いに学んだ。そして河田小龍は、海外の文明を知る。これからの日本は貿易だ、と直感する。それを知人の妻乙女を通じその弟の坂本龍馬に伝えた。大きな船を買って海外と貿易をしろ。
多分一を聞いて十を知る、頭の良さはない。しかし熟考したからこそ、貿易がこの日本に大切なものだと知るのだろう。
それは同郷の岩崎弥太郎とは違う。彼はきっとインスピレーションでこれはもうかると思ったのだろうな。
2人の男はつかず離れず互いに貿易を考え、一人の男が先に立つ。亀山社中だ、そしてそれは海援隊となる。まずは分相応の小さな船だが借りた。河田小龍の言葉に夢を見たのだ。

慶応3年4月23日、海援隊が海運業の目的で大洲藩から借り受け、武器や商品などを満載していたとされる「いろは丸」と、紀州藩の軍艦「明光丸」が広島県の鞆の浦近辺で衝突し、龍馬が乗っていた「いろは丸」の右舷が大破して沈没した事件があり、龍馬が岩崎弥太郎に仲裁を委託して船の代金と、積荷代金の支払いを紀州藩(つまりは江戸幕府だ)に要求。結局7万両の支払いを得ることで決着した。岩崎彌太郎が経営を任されていた土佐商会がその金を受け取った時期に、坂本龍馬は暗殺され、海援隊の解散と土佐商会の三菱化が始まるわけだ。
歴史的な事件だ。士農工商明確な身分制度の中、天下の徳川幕府から一商人が補償金を取る。「無礼者、そこへ治れ」と一刀のもと切られても文句が言えない世界で、だ。
多分かくしゃくとした態度で接したのだろう。その背景には、アメリカの大統領制と言う「入札での殿様決め」と言う民主主義を知ったのがあるのだろう。理屈で攻められた幕府はしどろもどろで、現在でいえば100億以上と言う大金を支払ったのだろう。小さな古い船に100億なんてかかりはしない。しかし、謝ったこともない徳川幕府が無条件降伏した、歴史の風が吹いた瞬間だと僕は思う。

If(イフ)、竜馬が殺されなかったら、とかはあるが、いずれにしろ貿易立国になったのは、竜馬と岩崎弥太郎の目の前に先見の明がある河田小龍がいたからではないか?この1点は譲れないと思う。
そんなことを思い高知の街を歩く。

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駅前ではよさこいのパフォーマンス。その前には三志士像。

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でも、まずは腹ごしらえ。旅行情報サイトで見たひろめ市場が面白そうと、道行く人に聞くと「歩くと遠いですよ」と。ノープロブレム、昨日は1.7万歩歩きましたが今日はまだ1万歩程度ですから歩けます(笑) 少し感覚がおかしくハイになっているかもしれません(笑)
南国の町

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きれいな新京橋のアーケードを歩きます。何かのイベント?みんな立ち止まってスマホをいじっています。

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をぉ!名物カツオのたたきか…

それをすり抜けるようにひろめ市場へ。

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凄い人! まずは座る席を確保してください、とのこと。幸いにもすぐの場所に2人なら座れそうなスペース。前に座られているご夫妻は地の肴をあてに焼酎の水割り。くぅ~車じゃなかったら…。

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焼き鯖のお寿司と鯨三種盛り

これで元気が出た。さぁ川田小龍を探しに行こう。市電に乗って上町一丁目へ。

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ここには氏の塾のあとがあり、そこで竜馬はアメリカを知るのです。
駅を降り川のたもとと出向けば…塾のあとの説明板1枚すらありません。

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この扱い方の違いには愕然。
しょうがありません、生誕の地がはりまや橋そばにあるとのこと。こちらに行きましょう。

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こちらもレリーフ入りの1枚の板碑のみ。

この人がいなければ竜馬はただの侍で終わったかもしれないし、江戸無血開城はなかったかもしれないのに、立役者としてはさびしい限りです。

さて、日本には三大がっかり観光地と言うのがあり、その第一位は「はりまや橋」だと言われています。

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なんでがっかりするのでしょう?
この橋は、播磨屋さんが川向こうのお店に行くときに通る私道の橋。ぐるっと回るには不便やきぃ、とかいってちょちょいと掛けた橋なんでしょう。それをワクワク見に来る方が悪い(笑)
とはいえ、よさこい節に歌われればみたくなるのが人の性。

土佐の高知のはりまや橋で坊さんかんざし買うを見た。いやぁ粋な都都逸。坊主頭の坊さんとかんざしの組み合わせじゃあ、仕置き人、三田村邦彦さん演ずる飾り職人のヒデを思い出しちゃいますが、違うんですね、しっぽりと禁断の恋物語。
しかも、この橋を渡ってあいびきではなく、橋のたもとのお店でかんざし買っただけ(笑)
罪な歌ですねェ

こちらはペギー葉山さんの南国土佐を後にして、ですが、よさこい節の三番の歌詞?鯨のオブジェが潮を噴き上げるらしいです。

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そして今高知を一番にぎわかしているのは

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彼らかもしれません。

RFLJ高知&お約束の道すがらの観光キャラバン(1)

過日の横浜ででしたか、雑談の中で全都道府県のRFLに参加してみたい、などと言う話になり調べたところまだ13都道府県にしか行っていないことが判明。残数34は、年に2か所ずつ行ったとしても17年かかる計算で、つまりは75歳になってしまう。果たして元気に歩くことができるヂヂイになっていられるか甚だ疑問でして、そうは決まれば一刻も早く全国行脚の旅に出かけようと、今年まだ未開催のRFL高知にエントリー、やってきました。

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余談ですが、高知に行ったおかげで日本で行っていない都道府県は山口のみになりました\(^o^)/ ここもFB友人がRFLを頑張っているので近々参加して全都道府県コンプリートじゃ(^^♪

高知までは約700km、我が家からの西への道を北へに変更するとその距離はちょうど玉川温泉のあたり。5年にわたり年2回往復した道なればその長さがまだ頭の中にあります。仙台で見る東北道中間地点の標識に毎度毎度愕然とした思いで、何よりもあの時よりは年を重ね体力がなくなっている事実。
そんなわけで、前夜定時に仕事を終わらせ、新東名から名阪自動車道を経由し和歌山港。ここから2時間の船旅です。約60kmをフェリーと言う輸送機関に委ね楽をしようと言う魂胆です。
計算上では深夜2時過ぎには着けるもののアクシデントにあってはいけないと次の午前5時の便に予約。でも2時に間に合ったので変更をお願いしたら、予約云々の話もせずに『これに乗るんですね?』だけ。あれ?予約ってそんな簡単な話?よ,予約番号は不要なんですか?

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2時間椅子に腰かけ仮眠。そして徳島港についてはすぐのCVSの大きな駐車場をお借りして再度仮眠。7時にMocaさんからモーニングコール、「朝ごはん出来たよ~」って\(^o^)/ さっそくお邪魔しておしゃべりをしながら御馳走に与り元気いっぱいで高知に向かいます。
実はおしゃべりが過ぎてナビの到着時刻は11時45分から55分にかけてを行ったり来たり。なおかつ高知道は片側規制の工事中が多くスピードがあげられません。
一人でも多くの手形が押してあった方が、実行委員も参加者も勇気づけられると思って5分前には会場入り!を、と。しかし到着してもどこから入るのかわからず…気は焦ります^_^;
辛口Ⅰ:初めての方、県外の方のためにポスターには会場の住所(番地)と地図をお願いしたいところです。また駐車場の有無や宿泊、テントの用意についてもどこかにUPしておいてくださるとありがたいです。

それでも5分前にセーフ。

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オープニングセレモニーに間に合いました\(^o^)/
対がん協会スタッフパートナーで来られたとっきーさんとも嬉しい再会\(^o^)/
開会式のあといよいよサバイバーズラップですが・・・

辛口Ⅱ:RFLはやっぱり主役はがんサバイバーさんです。来賓者ではないのです。いろいろと思惑はあるのかも知れませんが、来賓者ラップではなくサバイバーズラップから始めてほしいですね。来賓の方は素直にサバイバーさんを讃えてほしい!
横断幕もリレーフォーライフではなく、サバイバーがこの日この場所に来れたという手形に敬意を表し祝ってあげたいものです。

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だから

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うしろではなく、このフラッグこそ先頭を歩いてほしいです。
そして、サバイバー以外の方は、サバイバーの行進を拍手を以て祝福してあげてほしいです。

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辛口Ⅲ:手話通訳士さんつけてほしいです。健聴者さんよりももっと大変な思いをしている聾の方の闘病に関心を高めてほしいです。
と言う書き出しから始めましたが、実は僕にっとってはとても刺激的な有意義なRFLだったのです。

2006年つくばの会場でおーちゃんが「お水いりませんか?」と手渡しでペットボトルの水を渡していました。
ただ黙々と歩くという作業において、実は自分の仲間としか交流がない。いや同じ仲間とでも会話と言う行為しか交流がなく、そこには血潮の通ったお交わりがないのは嫌だな、とチームがんでもいいじゃん♪の何名かの方は思いました。
一つは舞さんやsarara♪さん、のんたんが中心でやったフリーハグ。もう一つは、みんなでジェンカを踊ろうという企画をひげのとうさんに提案しました。生きている暖かさを感じ、触れ合うことでより親しくなるのは、ペットボトルを手から手へでもそうだと思うのです。
高知のウォークは

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と言うコースでした。皆が一方方向で歩くと同じスピードで歩いたなら絶対に出会うことができませんが、これなら1周ごとに最低2回は顔をあわせられます。これは画期的な周回です。
とあわせて高知県リハビリテーション研究会さんがハイタッチをしていました。

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なんだか忘れていた熱い想い・感動が甦ってきました。
僕は常々RFLは実行委員さんが頑張るのではなく、各チームが楽しく盛り上げるべきだと思っています。高知は、大津子ども会さん以外はあまりテント内イベントが熱心な所はなかったようですが、何も用意して来なくてもFreeHuGやハイタッチはできます。明るく他のチームとも交流をするためにもこうしたアイディアを持ち寄る大切さを痛感しますし、30回を超えた今おざなりになりつつあった自分も猛省しております。もう一度初心に戻り他のチームさんともお交わりの深められるRFLにしたいですね。
大津子ども会さんは、呼び込みも熱心だったし、子どもたちの声は元気をもらえますよね。我がチームもピヨコ隊はいつも大活躍でしたしみんなから喜ばれていましたもん(^^♪

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子ども会と言う組織がRFLに参加する経緯を聞くことができませんでしたが、数年前に行ったアメリカサンノゼのRFLを思い出しました。講演による啓発も重要ですが、実際RFLの会場に来ることは大切だと思います。
子どもたちを会場に来らせるためには、まず実行委員さんが子ども会や学校にも周知することがあります。でもサンノゼのRFLに参加して感じたのは、子どもたちのチャリティに大人が積極的だったこと。ペイントした石なんか価値があるわけではないけれど、子どもたちなりに一生懸命ドネーションしようとして持ってきたものを買ってもらえる喜びは、また来ようという気持ちと共に支えあう社会の構築の意識づくりにもつながると思います。(とは言いながら我が家は買ってあげられませんでした、ごめんなさい)

そう、高知の特徴は企業チームが少なく医療従事者のチームの比率がとても高かったこと。で、ここからは推測になりますが、医療チームの中心は看護師さん(特に看護婦さん)。家族連れでの参加が多いようにお見受けしました。

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この写真は朝の5時40分。会場で夜を明かしたのでしょうか? でも子どもにしてみれば公認の夜更かしができる楽しみがあり、そして周囲の大人のちょっと難しい会話に首を突っ込める喜びもある訳です。

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こうしてお手伝いもしてくれる姿を見るとなになに日本も捨てたもんじゃないという気になります(^_^)/

そして大人も子どもも参加しようという気にさせるのは

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と会場内でBBQができること。RFL室蘭や川越もそうですが、食事をしながらの歓談ほど楽しく人間的なお付き合いはない訳です。
もう一つは、RFLアメリカが掲げ、対がん協会が追従しているRFLのコンセプトをどう考えるか?です。それは重要な課題の一つにドネーション(募金活動)があります。ですから過日のRFL横浜では多額のドネーションをするために部隊設置を排しテントも借受しませんでした。
が、高知は逆さまです。多くの有償テントが業者の手によってたてられ、そこには夜間用のライトまでついていました。会場費をふんだんに使っているのです。

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しかし、この手軽さが人を呼ぶのであれば、ドネーション集めよりも多くの参加+関心の増加の方がいいのかも知れません。もちろんこれは書く実行委員さん達が一年間考えた結果ですのでどちらがいいかなど僕ら外野が言うことではないのかも知れませんが…。

もう一つ、個人参加で思ったこと。
高知は居場所がありました。それは食事が豊富で、食べるためのスペースがふんだん&相席であること。

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本格的なケーキやソフトのような疲れた体が欲するスィーツ、

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そして郷土色豊かな食材をフレンドリーな町のお店屋さんが出張販売してくれているのです。うどんにキムチを入れるとかお稲荷さんの皮がコンニャクなんていうのは「ケンミンショー」物の情報です。

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食べている時は心が安らぐので警戒心も溶け喋りやすくなるものです(^_^)/
10年かけて郷土のお祭りのような楽しみになっているのかも知れません。RFLと言うイベントに遊びに行く中で何か頭の片隅に入れてくれればいい、と言うのなら高知は使命感を達しているかもしれませんね。

全国のあちこちのRFL会場にお互い参加しているジスターズ&キュアサルコーマさんは今年もお店を開いてくれました。


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我が家も動物クッキーのマグネットを購入。
そしてサルコーマでの一番人気は

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I藤さんの所のクーちゃん(^_^)/

話はとびとびになりますが会場の様子

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久々に見たドーンパープル。

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空が広いからどうとっても美しい。

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夜も大勢が歩いていました。(ランナーに託すのではなく)明け方5時でも50人ほどが歩いており、交代要員を含めれば100人を超える人が起きている会場は最近は珍しいのでは…。
そして襷は必ず次の人にバトンタッチする・・・。何か基本に忠実なRFLを垣間見た感が致します。

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だから24時間たすきをつないだチームが壇上に上がりきれないほど

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そんな中から代表でチームキュアサルコーマさんが表彰。地元チームでなくていいの?と言う戸惑いと、しかしながら日本中で活動を熱心にしているお仲間チームが代表になれたことに少し誇らしい気もします

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そして最後は我らがトッキーさんの挨拶を以て終了しました。
収穫沢山のRFLでした。忘れかけていた大切なことと楽しいことを呼び覚ますRFLでした。実行委員の皆さんありがとうございました。楽しい2日間を過ごせました。
さて、このあとせっかく高知に来たのだから、と遊びに行きます

東南アジアと日本、革新と保守

友人が東南アジアを旅して日本を思うコメントを書いていた。
読んで思った。
保守とは今までの伝統や文化や考え方、社会を維持していこう!と言う考え方なので、日本の保守とは、戦後の「追いつけ追い越せ」をベースに、そして田中角栄氏の日本列島改造論、そして小泉純一郎氏と竹中平蔵氏による規制緩和と言う流れ。つまりは経済発展のために国民の犠牲を強いてきた政治だった訳で、でもGNPが低い時は未来に希望があり夢があった。
映画三丁目の夕日に出てくる人たちに笑顔があるのはそうしたベースがあると思う。
が、追いついてしまった今、夢と未来がないまま、経済力の対外競争に勝つために賃金や福祉のカットをしながらも、上記の保守、つまりは「追いつけ追い越せ」をしていることに生きがいをなくす人が増え、働いても離職するなどの人生設計がしにくい時代になった。
何を日本は目標にするのか? もう、昨日までの保守の続きは難しい。が、明治期からの海外へのあこがれから言えば200年の経済発展の保守的な思想は変わらない。
しかし変わらなければ日本の未来もないような気がする。人生を楽しめる国になってほしい。

富める者と神の国

2018年10月14日、松田聖契キリスト教会に与えられたみ言葉は、マルコによる福音書 10章17-30節。表記のタイトルの説教を清水靖牧師より受けました。今回も礼拝で説教を聞いた内容を一信徒が思ったこと、話を咀嚼し想像したことを含めて綴ってみます。(なお、新改訳聖書を持ち合わせておりませんので、下記聖書箇所は新共同訳聖書に基づきます。また、公式のメッセージについてはこちらをご覧頂きたいと思います。)
なお、聖書は章節のナンバーも記載いたします。

10:17 イエスが旅に出ようとされると、ある人が走り寄って、ひざまずいて尋ねた。「善い先生、永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいでしょうか。」
10:18 イエスは言われた。「なぜ、わたしを『善い』と言うのか。神おひとりのほかに、善い者はだれもいない。
10:19 『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、奪い取るな、父母を敬え』という掟をあなたは知っているはずだ。」
10:20 すると彼は、「先生、そういうことはみな、子供の時から守ってきました」と言った。
10:21 イエスは彼を見つめ、慈しんで言われた。「あなたに欠けているものが一つある。行って持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。」
10:22 その人はこの言葉に気を落とし、悲しみながら立ち去った。たくさんの財産を持っていたからである。
10:23 イエスは弟子たちを見回して言われた。「財産のある者が神の国に入るのは、なんと難しいことか。」
10:24 弟子たちはこの言葉を聞いて驚いた。イエスは更に言葉を続けられた。「子たちよ、神の国に入るのは、なんと難しいことか。
10:25 金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。」
10:26 弟子たちはますます驚いて、「それでは、だれが救われるのだろうか」と互いに言った。
10:27 イエスは彼らを見つめて言われた。「人間にできることではないが、神にはできる。神は何でもできるからだ。」
10:28 ペトロがイエスに、「このとおり、わたしたちは何もかも捨ててあなたに従って参りました」と言いだした。
10:29 イエスは言われた。「はっきり言っておく。わたしのためまた福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子供、畑を捨てた者はだれでも、
10:30 今この世で、迫害も受けるが、家、兄弟、姉妹、母、子供、畑も百倍受け、後の世では永遠の命を受ける。


過去の説教でもお話しされたようにマルコは人生と言う「道」に通じる「道」をよく使っていますが、新共同訳は違う言葉を使っており、今回も「旅」になっています。
しかし、今回の話も「永遠の命を得るように生きるにはどうすればいいのか?」と言う人生の今後の行程を尋ねる話です。

質問者は、きっと親からの財産を譲り受けて何の苦労もなくここまで来たのか? もしくは自らの才覚で財を増やしたかいずれかであろうと思われます。
可能性としては後者が近いのではないでしょうか? それ故に自分の努力でどうにでもできる自信からの質問に見えます。自信家です。

それに対してイエスは、なぜ人である私に最大級の賛辞をつけて物事を訪ねるのか? と人の力の無力さと神の力の偉大さを伝えますが、どうも伝わらないです。
そして、この質問者は人間の価値基準である財産に執着し、神への帰依を拒みます。
神様よりお金をとった訳です。
そしてイエスにNoGoodと言われて帰るのです。

この聖書の話を聞いて、そうだ!イエスの言うとおりだ。と言うのは難しいです。僕もすべてを捨てて、と言われたら躊躇し結果この金持ちと同じようにすごすごと引き下がるでしょう。
大金持ち、小金持ちではない、比率から言えば貧乏の方に属してもすべてを捨ててはできません。

ではどう読むのか? 
野宿の方に出会うとほとんど何も持たずに生きている方がいます。で、「何か必要なものがありますか?持ってきますよ」と言うとささやかな物のリクエストがあります。
で、それが可能とわかるとリクエストの要求率がアップすることがあります。
僕らもそうです。今年の給料でもやっていけたはずなのに、ベースアップがあり例えば1万円上がったとすると月末に1万円が余る訳ではなく、いつもと同じように無くなるのです。
極論から言えば「もっと」と言う要求は、お金と言う悪魔に心が囚われてしまった状態なのかもしれません。
「もっとほしい」が過ぎたからこそ財産家になった青年。

「足る」ことを知る。そこにはなくてもどうにかなる、と言う発想がなければいけないでしょう。
そして自分の商才があったのなら、その力をほかに分け与えられなくてはいけないことを諭されたのではないでしょうか?

しかし僕らはこの金持ちと五十歩百歩です。どうしても自分がかわいく、自分のための無駄遣いは許せても他人が自分の稼いだお金を無駄遣いすれば腹立たしく思ってしまうのです。
それでもイエスは言います。27節、神は救うことができる。神を無視して拝金にならないのなら、完璧でなくても、だめだと言われてすごすごと引き下がることなく、だめな自分でも救ってくださいと神に委ねていきることが大切なのです。神は全能だからです。

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さて、今週も礼拝が終わった後はみなでの昼食会。愛餐の時。
今日はピタパンと野菜たっぷりのスープ。

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そしてカフェワークショップをいたしました。
工事をお願いする棟梁にお越し頂いて顔合わせ。改修が本格的に進んできます。

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第35回全国地域・寄せ場交流会2018愛知

第35回全国地域・寄せ場交流会2018愛知 に行ってまいりました。
場所は愛知青年の家と言うパブリックな施設。 13-14日の1泊2日なので、元気な人は今も歓談をなさっているでしょうし、明日は9-12時で全体会でも活発な意見交換がなされると思います。
が、とりあえず自分が参加したところのみをご報告。

前述のフリー切符で豊橋駅。興味深いのはプラットホーム。
飯田線はJRでありながら名鉄と一緒のプラットホームで、行く間に検察があります。そしてナンバーも飯田線と東海道線の間に名鉄と言う関係。

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そんな改札を抜けて

豊橋から岐阜と言うのは僕ら関東人にしてみればむちゃくちゃ距離がありそうに思いえるのだけれど…

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連結車両。どこかで切り離すのかな? でもやっぱり名鉄は赤一色がそれらしい。

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会場の最寄り美合は

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駅からは閑静な住宅街を抜け、農業大学校を抜ければ、会場。
受付を済ませ、さっそく全体会。
まずは諸注意を実行委員スタッフの東岡さんから

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そして司会を小野さんにバトンタッチをして

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基調講演をし対する会もあるけれど、今回は全国の仲間の声を聞こうと、全体会は全員の自己紹介タイム。

仙台夜回りグループは、2011年に震災見舞いに行った場所 今井先生に置かれましてはお忙しい中1日周辺を案内してくれました。今回はNさんが来られたので先生へよろしくのごあいさつを託しました。

埼玉のKさん、東京反五輪のOさんらは以前寿でお話を聞いたメンバー。あうん・フードバンクは言わずと知れた山谷で根を張っているメンバー&フードバンクはお世話になっています。
神奈川はきずなから5名、戸塚のIさん、寿のオリジンさん、と僕
釜ヶ崎からは、こどもの里、山王子どもの家から1+2名。ジョイフルさつき、医療センター、釜日労、そして矢嶋先生のご遺族(ご家族)もお越しくださいました。
毎月月命日に発行している通信も91号を数えて今ももちろん真相解明に向けて情報収集をしているそうです。

20181013-07

昨日も仲間と寿の街中のドヤをリノベーションしたHotelに泊まるにあたって、不安視する人に寿は怖くない街、とお話ししました。実はこれは正しくもあり正しくないことでもあります。
寿でも山谷でも釜でも野宿生活の人は得てして人が良すぎるきらいはあり、きちんと人と人として接していれば何にも怖い人はいません。しかし、そんな人の良い生活弱者である野宿者からわずかなお金を丸め込もうという人がいる訳です。喩えを変えればコツコツと年金をためたご高齢の人の方が騙しやすいから「おれおれ詐欺」は多発するのと一緒です。そうした人にしてみれば騙して金もうけをしようとしていることを邪魔する人には容赦しない凶暴性があります。
矢嶋先生が殺されたのもそうしたことが原因ではないかとも言われています。そう言う意味では矢嶋先生の事件は貧困ビジネスに立ち向かう一つのシンボリックな事件として忘れてはいけないし、何か少しでもお手伝いしたいことなのです。(拙いBlogですが、これを読んで、ここから矢嶋先生のことをリサーチしてくれる人がいてくれたらうれしいです)
2017年の訪問の際にお世話になった釜の皆さんにもごあいさつ。
そして京都夜回りの会からはお二人。
また鹿児島ホームレス者を支える会からも遠路はるばるお越しくださいました。
もちろん地元愛知はたくさんのグループが…。
豊橋サマリア会さん、ミャンマーからの難民申請が2001年認められて大府で働いていられるOさん、のわみの会さんからは20名、オアシスさんも数名の方がお越しくださいました。

さて、分科会は無低問題を選択。
座長はのわみのHさん、参加者は同じくのわみのMさん、あうんのAさん、京都夜回りのOさんと僕と言う少数のメンバーでした。
が少数ゆえに濃い話をいたし2時間があっという間でした。小田原の無低に対する行政の指導には大いに問題があると思いましたが、他の地区もにたりよったりで「お土産」になる情報はありませんでしたが、それ故に、全国、全県のメンバーとの意見交換と共同の要請抗議活動が大事だということが1つの結論でしょうか?

小田原交流パトの活動にもつなぎ生かしていきたいものです。

1km6円の激安旅行

明日は所要で愛知の美合にいく。
静岡県内のJR東海フリー切符は、国府津ー豊橋間乗り降り自由で2670円。明日の夜遅くに変える予定なのでこの切符一枚で豊橋まで行ける優れもの。

最寄りの駅は夜間は駅員がいなくなるので、昼間のうちに連れ合いに買ってもらったところ

20181012-02

なんとこんなおまけまでついていたのだ\(^o^)/
インターネットで調べると

20181012-01

かなりの施設でかなりの割引が効くようだ。
残念なのはまったくそういう施設に立ち寄る時間が取れないということ。

これはこれでまた有効利用して遊びに行けたらいいな(^_^)/

宮崎の山中の文化に誘われ

日本人は「三大」○○が好きです。秘境と呼ばれる場所も、三大秘境として、岐阜の白川郷と徳島の祖谷峡、そして宮崎の椎葉村がそうだと言われています。唯一行ったことのある白川郷は、村のすぐそばまで高速道路が通るようになりもうひなびたという言葉さえ失われた日本有数の観光地になっています。
それに比べれば、秋田玉川温泉や山梨の奈良田温泉などの方が「いよいよ奥地、悲境に来た」感が強く残っています。

祖谷峡は2018年のRFLの後に行く予定が叶わなくなり、逆に椎葉村はもしかしたら2019年のRFL宮崎がらみで行けるかもしれないとワクワクしています。
柳田国男氏と言えば民俗学の祖でもあり、有名なところでは東北の遠野の伝承の記録がありますが、その柳田氏を民俗学の世界に誘ったのが椎葉村です。
椎葉村を訪れた柳田氏は、興味を持ったことを後狩詞記と言う膨大なメモ書きを残します。それを

20181011-01

著者らが、検証しました。

日本民族と言えば、DNA(遺伝子の一致)を思い起こすかもしれませんが、「遠くの親戚より近くの他人」とかいう言葉もありますが、血よりも濃い生活風習が民族を決めている部分もあります。
その一つに明治維新までは「四つ足」を食べる風習がなかった日本であり、すき焼きに文明開化を代表させたりしますが、それは海辺(平野)の暮らし、農民をはじめとする商工人や武士の話であったわけです。
山で暮らすマタギの生活は、たんぱく源として動物肉を食べ続けていました。

生活の中心、生命の維持をさせる大切な食文化これこそまさに「The文化」だと思うのですが、日本には大きく分けて2つの異文化があったことが伺えられます。
過日記載した銀鏡神社、ここにはお供え物のイノシシの頭が並んでいるそうで、夜を徹して奉納される神楽には「シシトギリ」という演目があり、これはイノシシの通った後を猟師が追いかけるものなのだそうです。

神社に山の動物が供えられるのは、諏訪神社にもあります。御頭祭は鹿の首がいくつも供えられるお祭りです。

なにかこの椎葉村のお神楽と相通ずるものを感じさせます。

Japanの語源は、マルコポーロのジパングの言葉だと言われていますが、たしかに平泉などを中心に黄金の文明はあったかもしれませんが、彼の見た黄金は秋豊作の稲田が太陽に輝き、それを見て喜んでいる農民の姿だったとも言われています。
田んぼが広がるところは確かに黄金色に輝くのは今の世であってもあちこちで見ることができます。

そうすると銀鏡と言う名前も、山々に囲まれ日の出日の入りが遅く農業に適さない場所なのに、そのエリアだけ日照時間が長いだけではなく、その光に何かが反射している姿だったのかもしれない。そんなもう一ひねりの名前の付け方を探ってしまいます。

畠と畑の違いは、まさに文字通りなんです。畠は白く輝く田の様子、これが本来の畑です。が当用漢字から外れて現在は畑に統一されていますが、畑は字の通り焼畑のことです、焼けた黒い畑です。
銀が白に通じる場所、山中にあって焼き畑でない開けた場所が多いからこそ銀鏡なのか、なんて想像を膨らませているのです。
さきほど「銀鏡ーSIROMIー」の映画監督が、FBに濱砂則康氏への哀悼のメッセージを載せていました。
そんな日に

20181012-11

が届いたのも何かのご縁かもしれません。最初の学校の写真は、何かそんな山間にあって開けた様子が垣間見えます。行ってみたい地です。日本神話の一大拠点でもある山々。
生きたい場所は数多くあれど、この地は、ちょうど興味を持った時に悲しい事件がありました。それ故にインパクトが強いのですが、それは過疎の村に対する故人の強い思いなのかもしれません。

理にかなう

緒方議員は9月28日、体調不良で咳が止まらなかったためにのど飴をなめながら定例会本会議の演壇に立った。
RKK熊本放送の議会中継動画を見ると、緒方市議が質疑のために登壇しようとした際、朽木信哉議長が「緒方議員、まだ待ってください!」と制止。続けて「何か口にくわえておられますか」と質問した。
会場から失笑が漏れ、緒方市議が「龍角散のど飴をくわえています」と答えた。登壇し、緒方市議が「のどを痛めておりまして...」と話し始めたが、その後、ほかの市議から次々と「臨時休会!」と怒号が飛ぶ事態に。
午前10時から始まった定例会は、通常であれば昼頃には閉会する予定だったが、このために議会進行は約8時間止まって紛糾した。
「のど飴をなめる」という行為が、会議規則にある「品位の尊重」に触れるとして急きょ懲罰特別委員会が設けられた。会議規則では「議員は、議会の品位を重んじなければならない」などと記載されており、飲食については特に言及はない。
休止して開かれた懲罰特別委員会では、陳謝させることが決まった。この時、「陳謝文」は本人が文言を考えるのではなく、緒方市議は用意された文章を事務局から渡され、そのまま読むようにと言われたという。
緒方市議は「自分の言葉ではない」として、用意された文書を読み上げるのではなく、自分自身の言葉で説明することにしたという。
だが、それが「陳謝文と内容が違う」として「違うだろ!」などと紛糾し、議会への一定期間の出席停止という、さらに重い処分となった。その結果、9月28日のその後の議会には出席できなくなった。
HUFFPOST

議会とは何をするところなのだろう?
僕の考えに間違いがなければ、市民の代表として意見を言い、そして論じ、決定を下す場所だと思う。
であるのなら何が大事なのだろう?
まさに論ずることだ。
論ずるためには何を配慮しなければならないのだろう?
それは明確な発言をすることだ。つまり腹が減ったからと言って口の中にご飯を入れたりするのはもってのほかだ。
が、同時に体調不良の時に急き込んで発言が不明確になりそうならばそれを避けるのは当然の義務だ。

のど飴をなめないでゴホゴホ聞き苦しい意見を言うのと、それを回避しようとしてのど飴をなめるのと、どちらが責任ある態度なのか?どちらが議員としての品位ある態度なのか?

イギリスでは咳込んだテレサ・メイ首相にフィリップ・ハモンド財務相がのど飴を差し出したそうだ。

ある安息日に、イエスが麦畑を通って行かれると、弟子たちは歩きながら麦の穂を摘み始めた。
ファリサイ派の人々がイエスに、「御覧なさい。なぜ、彼らは安息日にしてはならないことをするのか」と言った。イエスは言われた。「ダビデが、自分も供の者たちも、食べ物がなくて空腹だったときに何をしたか、一度も読んだことがないのか。アビアタルが大祭司であったとき、ダビデは神の家に入り、祭司のほかにはだれも食べてはならない供えのパンを食べ、一緒にいた者たちにも与えたではないか。」
そして更に言われた。「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない。だから、人の子は安息日の主でもある。」
 マルコによる福音書2:23-28

銀鏡とRFL

RFL広島尾道で知り合った方との交流から始まり、ソウルメートの「主治医が今宮崎にいます」の発言から急速に発展してきたRFL宮崎参加。
個人的には数少ない行ったことのない県の一つであり、なおかつ行きたいところ満載の宮崎と言う県に食指が働いています。
その一つが銀鏡(なんて読むんだ、読めたら宮崎検定1級(笑))

このいわれは、日本神話にあります。

娘のコノハナサクヤヒメがニニギノミコトから結婚を申し込まれたことを知ったオオヤマツミは、大喜びです。
「これはこれはめでたいことだ。娘を嫁に出すときには、ニニギノミコトのこれからの幸せを祈って、たくさんの贈り物をしよう」
そして、山ほどの贈り物をコノハナサクヤヒメに持たせ、なぜか、姉のイワナガヒメも一緒にニニギノミコトのもとに嫁がせました。
コノハナサクヤヒメを迎えたニニギノミコトは幸せいっぱいでしたが、ふと見ると一緒に姉のイワナガヒメも来ているではありませんか。
木の花のようにサヤサヤと美しいコノハナサクヤヒメ。反対に姉のイワナガヒメはというと、岩のようにゴツゴツとしたみにくい顔です。ニニギノミコトはひと目見るなりこわくなってしまいました。
「私と一緒に姉を嫁がせたのは、あなたのためを思った父の心づかいなのです」
コノハナサクヤヒメがいくら言ってもニニギノミコトは聞き入れず、とうとうイワナガヒメをオオヤマツミの元へ返してしまいました。
イワナガヒメが帰されたことにおどろいたオオヤマツミは
「私が二人の娘を嫁がせたのには意味があるのです。コノハナサクヤヒメを妻にすれば木の花の咲くようにお栄えになったでしょう。また、イワナガヒメを妻にすれば岩のようにビクともしない永遠の命を持つことができたでしょうに。こうしてイワナガヒメだけ返したことで、ニニギノミコトの命は、いつの日か花のようにはかなく散ってしまうでしょう」
とニニギノミコトを呪いました。
さて、イワナガヒメはというと、毎日毎日鏡をのぞいては、自分が美人に生まれなかったことを嘆き悲しんでいました。

そんなある日、いつものように鏡をのぞいてみると、そこには竜のように恐ろしい顔が映っているではありませんか。おどろいたイワナガヒメは後ろ向きに鏡を放り投げてしまいました。
その鏡は遠くの山まで飛んでいき、ふもとの村をいつまでも明るく照らしたということです。
 出展コピー元

まぁなんという身勝手な連中ばかり出てくる話です。
1人は親父殿。いや時代が違えども自分の娘を求婚もされていないのに妹の供のように出すってどうなの?
2人目はニニギノミコト。やっぱりお前も面食いか(爆)

そんな男性2人に翻弄された彼女のその後は記載がありませんが、今でも多くは妹の女神とお対でご神体になっているところが多いとか…、なにかかわいそうな話です。
そしてこれと同じ話が洋の東西の先、旧約聖書にもあったりするので、人間の考えは変わらないんだな、とつくづく感じてしまうのです。

そんな鏡の行き先が銀鏡の地だと言われています。そしてここのお神楽はなかなか珍しいもので、この冬(春)に映画になるというので楽しみにしているのです。



そんな銀鏡(映画のタイトルでわかりましたよね?答えは「しろみ」です)。

8日午前、西都市を流れる銀鏡川から、男性の遺体が見つかりました。その後の調べで、遺体は、行方が分からなくなっていた銀鏡神社の宮司の男性と判明しました。警察によりますと、きょう午前10時30分すぎ、西都市八重の銀鏡川に軽乗用車が沈んでいるのが見つかり、中から男性の遺体が発見されました。その後の調べで、遺体は、今月5日から行方不明となっていた、銀鏡神社宮司の浜砂 則康さんと判明しました。遺体が見つかった現場近くでは、台風25号の影響で道路が崩落していて、浜砂さんは、車ごと巻き込まれたとみられています。一方、きのう宮崎市高岡町の大淀川で発見された遺体は、DNA鑑定の結果先月30日に台風24号で増水した用水路に流され行方不明となっていた前田千鳥さん67歳と判明しました。 ※浜は旧字体  10/8(月) 18:55配信 MRT 宮崎放送

映画の完成をきっと楽しみになされていたのでしょうね。
残念でなりません。

RFLが始まった時、がん=死 と言われることが悔しくて多くの人が、交通事故などにも気をつけようよね、違う死に方をしても人生の残年数はそこで終わっちゃうし、統計の数字も短くなっちゃうから・・・。と言いあいました。
なにかRFLを通じて宮崎が身近になり、そんな宮崎の悲しい事件でまたRFLのベースに戻ってきた感じがしてなりません。
お亡くなりになった宮司さんの御霊の平安をお祈りいたします。
プロフィール

take1960

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