御前に行き

2018年2月11日、松田聖契キリスト教会に与えられたみ言葉は、マルコによる福音書 1章29-39節。表記のタイトルの説教を清水靖牧師より受けました。今回も礼拝で説教を聞いた内容を一信徒が思ったことを含めて綴ってみます。(なお、新改訳聖書を持ち合わせておりませんので、下記聖書箇所は新共同訳聖書に基づきます。また、公式のメッセージについてはこちらをご覧頂きたいと思います。このBlogは説教の要約ではなく、聞いた説教がヒントになり思考が飛躍したり、説教を私が咀嚼したものです。)

すぐに、一行は会堂を出て、シモンとアンデレの家に行った。ヤコブとヨハネも一緒であった。シモンのしゅうとめが熱を出して寝ていたので、人々は早速、彼女のことをイエスに話した。イエスがそばに行き、手を取って起こされると、熱は去り、彼女は一同をもてなした。
夕方になって日が沈むと、人々は、病人や悪霊に取りつかれた者を皆、イエスのもとに連れて来た。町中の人が、戸口に集まった。イエスは、いろいろな病気にかかっている大勢の人たちをいやし、また、多くの悪霊を追い出して、悪霊にものを言うことをお許しにならなかった。悪霊はイエスを知っていたからである。

朝早くまだ暗いうちに、イエスは起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた。シモンとその仲間はイエスの後を追い、見つけると、「みんなが捜しています」と言った。
イエスは言われた。「近くのほかの町や村へ行こう。そこでも、わたしは宣教する。そのためにわたしは出て来たのである。」そして、ガリラヤ中の会堂に行き、宣教し、悪霊を追い出された。



上記の聖書の御言葉が与えられる前段、コリントの信徒の手紙Ⅰ9:16-23の箇所を交読しまして、清水牧師はその交読の所からまずメッセージをされました。


もっとも、わたしが福音を告げ知らせても、それはわたしの誇りにはなりません。そうせずにはいられないことだからです。福音を告げ知らせないなら、わたしは不幸なのです。自分からそうしているなら、報酬を得るでしょう。しかし、強いられてするなら、それは、ゆだねられている務めなのです。
では、わたしの報酬とは何でしょうか。それは、福音を告げ知らせるときにそれを無報酬で伝え、福音を伝えるわたしが当然持っている権利を用いないということです。わたしは、だれに対しても自由な者ですが、すべての人の奴隷になりました。できるだけ多くの人を得るためです。ユダヤ人に対しては、ユダヤ人のようになりました。ユダヤ人を得るためです。律法に支配されている人に対しては、わたし自身はそうではないのですが、律法に支配されている人のようになりました。律法に支配されている人を得るためです。
また、わたしは神の律法を持っていないわけではなく、キリストの律法に従っているのですが、律法を持たない人に対しては、律法を持たない人のようになりました。律法を持たない人を得るためです。弱い人に対しては、弱い人のようになりました。弱い人を得るためです。すべての人に対してすべてのものになりました。何とかして何人かでも救うためです。福音のためなら、わたしはどんなことでもします。それは、わたしが福音に共にあずかる者となるためです。


そして、福音のためなら自分の権利を行使しない、と言うパウロの言葉、福音は務めであり、私がこの世でどうしてもしなければならないことだと語ります。
権利より使命(ミッション)に生きるパウロの心意気を読み取ったうえで、マルコによる福音書に戻ります。

今日与えられた聖書の箇所(その前の21節から)はとあるイエスの一日のようだ、と語られます。
土曜(安息日)イエスは会堂に入り、教え始め、反発する悪霊を追い出した。
そして、シモンペテロの家に行き、しゅうとめを熱病を治した。
日が暮れて(つまり日にちが変わり)安息日が終わると次々と病人がやってきてたぶん深夜になるまで手当をしたことでしょう。
朝早く暗いうちに起き出して一人祈り、病の人の多い別の村に行くと宣言する。

この姿は、僕ら人間の甘えや業、自己愛の塊ではできないほどの使命感で、パウロはこうしたイエスの聞きざまを見て、自分もそして自分から影響を受けているコリントの仲間たちも倣いたいとコリントⅠ9:16-23の手紙を書いたのでしょう。

清水牧師はその原動力は祈りだった、と語ります。疲れていてもまだ日の昇る前に神の前に額ずき1対1で祈る、そこにパワーの源があったというのです。

昔TVのドキュメンタリーで、ボランティアの人たちが取り上げられていました。「何故、あなたがたは無報酬でこんなことをしているのですか?」と言う問いに、その人たちは「無報酬?僕らはきちんと報酬をもらっているよ。笑顔と言う報酬を」と語っていましたが、このやり取りは、問う番組スタッフは報酬=マネーと言う観念があったのでしょう。それに対してボランティアの人は、報酬=生き甲斐(やりがい)があったからのやり取りのように思えます。

人生とは何か?と言う哲学的な質問に、なんて答えるでしょうか?
人生の良し悪しの尺度とは、死に直面した時、「ああいい人生だった」と思える事だと僕は思い、どうすれば「いい」と言えるかは人それぞれで、でもそれはお金だけでも権力だけでもないように思えるのです。
究極から言えば、それは人を作った神が、こうすれば一番満足感が得られると組み込んだ「もの」に一番近い生き方が「良い人生」になるのではないでしょうか?

僕らは生まれる前と死んだ後の事を科学的に証明することもできず、それどころか生まれる日や場所、死ぬ日や場所も自分では決められません。神と言う言葉に抵抗がある人でも、人智では到底考えられない大きな力がすべてを支配していることは否定できないでしょう。
その大きな力が「人間」を作る時に、遺伝子の中に「良い人生のHowTo」を組み込んだなら、僕らは四の五言わずにそのいい人生を素直に受け入れることが満足できる一生を過ごせるのではないでしょうか?

それは福音を自分の権利の上位に置くことです。権利を主張する前に、福音に従うことなのでしょう。

曽我の梅林

会社のBlogに記載するために、少し曽我梅林の経緯を調べたところ、「妄想歴史秘話」的には面白そうな話でした。神奈川の梅干しについて 思いっきり妄想の羽をはばたかせて書いてみたいと思います。

落語の演目の一つに幽霊飴と言うのがあります。好きな演目であるのと同時に、この落語は京の町に原型があったようで実際幽霊飴は昔からの名物になっています。

高台寺に預けられた稚児こそ、のちの高僧通幻寂霊(1322-1391)だという伝承があります。幽霊から生まれたから口が臭く悩み、師に相談したところ梅干しを毎朝食べよ、と言うアドバイスをもらい、それを実行したところ口臭が治った、と伝えられています。
梅干しを植えることを良しとした僧故にこういう話が尾びれとして着いたのかもしれません。まさにニワトリが先か卵が先か、と言う話ですが・・・。
ですので福井にある通幻寂霊師ゆかりの寺は梅干し作りは僧侶の大事なお勤めの一つだとつづけられているそうです。

さて、通幻寂霊十哲に了庵慧明(1337-1411)と言う高僧がいます。
能登妙高庵寺など通幻禅師の後席すべてに住持し、大本山總持寺に輪往。50才半ばで相模国に帰り、曽我の里に「竺土庵」を結びます。
ある日、一羽の大鷲が禅師の袈裟を掴んで足柄の山中に飛び、大松の枝に掛けるという奇端を現じました。應永元年(1394)、奇端の啓示を受けた足柄の山中に大寺を建て、大雄山と号しました。
そう、道了尊最乗寺の開祖です。

故に師の梅干しに対する思いは受け継いでいたのかも知れません。

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元に、慶安元年(1648年)の「最乗寺由来書」が南足柄市別編に載っていると石井啓文氏は言い、その一説に
願毎朝喰梅干飲茶七服給者必可除之
とあるそうです。毎朝梅干を食べるためには、今のように店で簡単に買える時代ではないので、自らの庭で梅の木を植え、実を採り塩漬けにしたことでしょう。
山深い最乗寺では梅の木を植えるに適さず、そうなると自身が直前まで庵を結んでいた開けて温かい曽我の地の民に梅を植えることを勧めたのではないでしょうか?

同じく石井啓文氏のご本から借用すると、曽我の梅林は杉田梅を明治時代に横浜市杉田から持ってきたのが最初だと乗松祥子氏が著書「宿福のうめばなし」で語っているそうです。
それは千葉茂原に行った小田原の僧侶が帰路しけに遭い、杉田に流れ着き、お礼にと置いた梅の木が杉田梅で、それを曽我の人が明治期に持ち帰り曽我の梅園にしたのが始まり、と言う話なのです。

何のために、小田原の僧侶は梅の木を持っていたのでしょう? 「たかが」梅の木をなぜ横浜杉田の人は大切に育て、杉田梅と呼ばれるほどの梅園に育て上げたのでしょう?
乗松氏のお話をそのまま信じれば、この2点は解決しないといけない点でしょう。
ウィキペディアによると杉田梅林は、安土桃山時代に、領主によって住民に梅の木の植樹を奨励したのが始まり、とあります。ならば、この小田原の僧侶は安土桃山期(1573-1603)の人物でしょう。

この大梅を、何かのきっかけ・・・そう茂原への宣教や産業指導のために小田原の僧侶は持っていったのではないでしょうか?
実付きがよく滋養強壮もある。そもそも曹洞宗の一門では福井の大本山総持寺や龍泉寺などでも「流行って」いる植物、と欲しがったのかも知れません。
それを持っていきながら、何かの都合で全部を渡し損ねて、お持ち帰りがあった。それを横浜杉田で世話になった人にあげ、杉田で広がりを見せた。
逆に小田原では江戸期に入り曽我は梅畑では無くなった。そんな時にひょんなことから杉田から梅の苗を購入し、曽我に植えようという人が現れたのなら…

いや、この話のベースは石井啓文氏の話ですが、読んでいて「飛び梅」を思い出しました。
大梅が小田原に帰りたがっていた。300年の時を経て、竺土庵のある地に戻ったとしたら・・・。
この曽我の梅林は雄大な歴史が作り上げたロマンの場所ではないかと思います。

明日の日曜は、気温も上がると報じられています。そうすれば一気に開花するでしょう。
午前中の礼拝のあとは、近所の中河原の梅園にでも行ってみましょうか。

安倍さん、沖縄のこと考えられる人 自民党にはいないのですか?

江崎鉄磨沖縄北方担当相が9日の衆院予算委員会で、19世紀後半に明治政府が琉球を併合した「琉球処分」を「沖縄処分」と発言し、訂正した。発言の訂正は3日連続。不安定な答弁が続く江崎氏は野党の格好の攻撃対象となりつつあり、与党幹部も苦言を呈し始めた。

 江崎氏の誤答弁を受け、公明党の井上義久幹事長は9日の記者会見で「緊張感を持ってしっかりとやっていただきたい」とクギを刺した。立憲民主党の辻元清美国対委員長は9日、閣僚としての資質について「適任か疑問を感じる。これ以上、疑問符がつくようになれば安倍晋三首相の任命責任に及んでいく」と国会内で記者団に述べた。

 7日の予算委で「北方領土の日」を「沖縄北方の日」と発言した江崎氏。8日には平成30年度予算案に計上された沖縄振興一括交付金の概算要求段階からの減額幅「65億円」を「650万円」と間違えた。

 自民党幹部は「間違いを誘発するような野党側の質問方法にも問題がある」と語るが、江崎氏は9日、予算委に先つ閣議後の記者会見で「全く緊張感が足りなかった。これから気持ちを引き締めて取り組む」と述べていた。警戒しても止まらない誤答弁の連鎖に、与党側も苦悩を深めている。
  産経ニュース 2018.2.9 17:22更新

「しっかりお役所の原稿を読ませていただく。立ち往生より、しっかり朗読かな」、「素人は素人。白紙で臨む。皆さんのいろいろな知恵で色をつけてもらうことが大切だ」と内閣組閣直後に発言したけれど、なんでそんな素人(自分でそう言っているのだから間違いはないだろう)を任命したのだろう?
安倍さん早く帰ってこないかな?任命理由聞きたいです。

しがらみを捨てると楽になる

昨日読んだ本のタイトルが頭の中に残っているときに名護市長選。
結果は公明党が自主投票ではなく、自民に歩調を合わせかかわったことも大きく響き、基地反対を公約とした現職が敗れた。
それに対して産経新聞が2018.2.8 12:49にインターネットニュースで以下のように報じた。

菅義偉官房長官は8日午前の記者会見で、東京新聞の望月衣塑子(いそこ)記者が、沖縄県名護市長選で米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の名護市辺野古への移設を進める安倍晋三政権が支援した新人が当選した結果を疑問視したことに対し「選挙は結果がすべてではないか。相手候補は必死に(辺野古沖の)埋め立て阻止を訴えたのではないか。住民が選ぶのが民主主義の原点だ」と述べた。
 望月記者は「(移設)反対の市民や県民の意向が全く政府には顧みられなかった。どうせ埋め立て工事が進むならどのみちしようがない、結果として消極的ではあるが、目の前の生活を豊かにしてほしいという思いで投票したという声が、報道でも出ていた」と述べた。その上で「これまで県民や市民に寄り添った判断が行われていなかったのでは、というのが選挙結果をみても感じられる」と主張した。


しがらみの最たるものは、「生きる」こと「生活する」ことに密着したもので、自治会や会社、そして宗教を信じている者にとっては宗教なのかもしれない。
それでも公明党=平和の党と信じている創価学会信者の方は、そのしがらみを取っ払っても、改憲反対や基地反対を訴えているが、その数は総体とすればごくわずか。
信仰は「生きる」中でとても大切なこと。とくに科学での立証でない心の問題、粛々と継続した宗教においては、教えを乞う上層部の意見やお仲間の顔色には異議をなかなか申しにくいのだろうけれど、そもそも信仰の対象は誰かと言えば、今の指導者ではなくもっと上(神仏)であるのは、創価学会もキリスト教も同じはずだ。
信徒同志がしがらみでの交わりなのか? 自由な論議は出来るのか? 顔色を気にしすぎてはいないか?
実は他人ごとではないのかもしれない。人の振り見て我が振り直せ、(内部が)平穏な時こそしっかり心にとめなければいけないのだろう。
キリスト教会も第二次世界大戦時には同じことをした教派がたくさんあった。そしてそれは今もって懺悔し、反省を込めて礼拝の中で唱和することをする教会もたくさんある。
しかし、「和をもって貴しなす」故の同調圧力的なしがらみも存在し、有事の際には「(存続や教勢拡大のためには)しかたない」という風潮がいまだあるような気がするのは僕の杞憂か? 他人の行為が気になった時こそがわが身を振り返る時。

至上のわざ

イサクのおじさん井戸を掘る (渡辺正さん作詞)
と言うこども讃美歌が好きです。

1. イサクのおじさん 井戸をほる
ここから水が でないかと
いっしょうけんめい 井戸をほる
 
2. イサクのおじさん 井戸をほる
ようやく水が でてくると
ゆずってにこにこ よそへいく


昨日まで読んでいた「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」の空海の中の宗教(宇宙)観にも関連しますが、夢枕獏氏のお考えの仏教の言う「色即是空」は、(僕の解釈が間違っていなければ)この世のすべては自分の力でどうにもならないことだから委ねて生きる、というキリスト教のそれとも近いものがあります。
だから何も考えないでのほほんと生きることを良しとするのか、と言えばそれはまた違い、人生はBestを求め、そのBestを尽くした結果、それがどうであろうがそれを良しと受け入れることなのでしょう。その結果すべてを神に感謝して生きることがよしなのではないでしょうか?僕の理解しているキリスト教と夢枕獏氏を経由してかじった仏法はこの点は変わらないような気がします。

保持しようとする意欲が強ければ、また、俺が先に作ったのだからと言い争って良いことがないのなら、イサクのようにニコニコと去り行く姿は僕の生き方の一つの指針です。
来る者は拒まず、去る者は追わず、とか言いますが、その時その時Bestのお付き合いがあれば、そのご縁の方と一期一会最大級の(精神的な)おもてなしを繰り返していけばいいのかもしれません。 
この歌は戦うことの不毛さを歌っています。自分の労力だから自分のために使う、のであれば、ボランティアは存在しません。戦って勝ち得たとして、相手の悲しみを思い返せばそこにはやるせなさが残ります。
ならば戦わないことの方がいいのではないでしょうか? 差し上げる潔さは神の目にはよしとされることではないでしょうか?

断捨離と言う言葉がもてはやされ、我が家も物質的な断捨離は進み、私物置き場を含めて四畳半で済むようになりました。趣味のカメラと本だけしかない部屋です。
しかし断捨離と言うのはそういうものではなく最終局面に向けての断捨離です。

この世の最上のわざは何?
楽しい心で年をとり、
働きたいけれども休み、
しゃべりたいけれども黙り、
失望しそうなときに希望し、
従順に、平静に、おのれの十字架をになう--。
若者が元気いっぱいで神の道をあゆむのを見ても、ねたまず、
人のために働くよりも、けんきょに人の世話になり、
弱って、もはや人のために役だたずとも、親切で柔和であること--。
老いの重荷は神の賜物。
古びた心に、これで最後のみがきをかける。まことのふるさとへ行くために--。
おのれをこの世につなぐくさりを少しずつはずしていくのは、真にえらい仕事--。
こうして何もできなくなれば、それをけんそんに承諾するのだ。
神は最後にいちばんよい仕事を残してくださる。それは祈りだ--。
手は何もできない。けれども最後まで合掌できる。
愛するすべての人のうえに、神の恵みを求めるために--。
すべてをなし終えたら、臨終の床に神の声をきくだろう。
「来よ、わが友よ、われなんじを見捨てじ」と--。


この至上のわざ の詩のような最期を迎えるための準備が断捨離出会って、それに向けていろいろと本を読んだりしますが、なかなかピンとくる本に出会えないものです。

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タイトルに惹かれてこの本を購入。でも申し訳ないけれど、ほかの人が言っているのと大差なかったような・・・。
でもそれは・・・。
人間関係のしがらみってなんなのでしょうね? 来る者は拒まず、去る者は追わず、の僕は結構一匹オオカミなのでしがらみがないからわからないのかも知れません。

権威ある新しい教え

2018年2月4日、松田聖契キリスト教会に与えられたみ言葉は、マルコによる福音書 1章21-28節。表記のタイトルの説教を清水靖牧師より受けました。今回も礼拝で説教を聞いた内容を一信徒が思ったことを含めて綴ってみます。(なお、新改訳聖書を持ち合わせておりませんので、下記聖書箇所は新共同訳聖書に基づきます。また、公式のメッセージについてはこちらをご覧頂きたいと思います。このBlogは説教の要約ではなく、聞いた説教がヒントになり思考が飛躍したり、説教を私が咀嚼したものです。)


一行はカファルナウムに着いた。イエスは、安息日に会堂に入って教え始められた。人々はその教えに非常に驚いた。律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである。
そのとき、この会堂に汚れた霊に取りつかれた男がいて叫んだ。「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」
イエスが、「黙れ。この人から出て行け」とお叱りになると、汚れた霊はその人にけいれんを起こさせ、大声をあげて出て行った。人々は皆驚いて、論じ合った。「これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。この人が汚れた霊に命じると、その言うことを聴く。」イエスの評判は、たちまちガリラヤ地方の隅々にまで広まった。



律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである。と言う御言葉が書かれています。
政治家や学者の中には、難しい言葉を並べたり、あえて英語や他国語の単語を使い惑わすようなスピーチをする人がいます。たぶんこの時代の律法学者もトーラやタルムードを諳んじ、聞いている民衆はなんだかわからないが『ありがたい』とわからないことに感謝をする、そんな関係だったのでしょう。そこに現れたイエスは、無学なものでもわかる易しい言葉で物事を伝えたのではないかと思うのです。
聖書の中でイエスは何度も「律法は間違っていない」ことを語っています。つまりこの対比の権威あるもののようなイエスの語りとなんだかわからない律法学者の教えは、同じことを語っているけれど難度の違う相似形のようなものだったのではないでしょうか?
そしてなんだかわからないがありがたいものとして聞くよりも、実際自分が咀嚼できる話の方が、聞いていて楽しい事も確かです。
神の言葉を律法学者も語ったのかもしれないですが、それは残念ながら民衆には伝わっていなかった。そして、イエスの伝える神の話は民衆の心に響いたものだったのでしょう。

今の時代もそうではないでしょうか?
聖書の教えは素晴らしいよ、と言っても、殻がありそのまま受け入れられなくてどこかで宗教をリフレクトしていれば、それはまるで律法学者のようではないかと思うのです。
それよりも、話す相手の望んでいること、例えば悩みとかに対して、聖書はこういう風に言っていると語り、それが心に響く方が的確なアドバイスになると思うのです。その人にあった言葉、最適な表現で伝える事。
人は残念ながら対岸の火事にはなかなか真剣になれないものですが、火の粉がかかれば慌てて消します。
そしてそれは何も宗教だけではないのです。それが今日の「権威ある教え」ではないかと思います。

清水牧師は、今日の説教の重要なポイントの一つに21節『会堂に入って』28節『広がった』をあげました。イエスの行動です。
RFL(リレーフォーライフ)も一緒です。会場に行って、感動したからこそ他人を誘いたくなるものです。行動があります。
「何か」に誘われてRFLの会場に行った。そこで「一緒に頑張ろうね」と励まし合って勇気づけられ、もう少し科学的に言えば免疫力が上がり、闘病に効果が出た。

さて、今日の話は、悪霊の話でした。様々な外部からの情報が僕らに飛び込んでくるので、どうしても悪霊と言うと、意志のある固体化はしていないが姿あるものを映画などから受け取り、物体(個体)として考えますが、泥棒が頬被りして唐草の風呂敷を背負って(喩えが古いか)、エー泥棒でござい、と歩いている訳もなく、悪霊だって憑りつく隙を狙っているわけですから、心の隙が出来るような相手として登場するのでしょう。
信頼していた人に裏切られた。まさかあの人がこんな人だとは思わなかった。そうした隙間に飛び込める行為を「悪」と呼び、悪霊の仕事は「神から遠ざける」ことでしょう。
そんな悪霊だから、神の権威と一番遠くに居て敏感に感じる訳で、Powerがショートして逃げ出すわけです。そうして逃げ出した悪霊を神の権威を広げることで追い払っていくことがイエスの仕事となる訳です。
何かわからないがありがたい、とのほほんとしていた民衆には、その大きなPowerのショートはわからなかったのかもしれません。

もう一度、RFLの話に戻しましょう。がん患者の周囲に「悪霊」はいるか?と問われて僕が「Yes」と答えるとRFLの友人たちは、エクソシストなどの映画を思い浮かべて引いてしまうかもしれません。
でも、そんなわかりやすいものではないことは上記で話した通りで、「悪霊」とはふっと心の隙間に入ってくる形のないもので、弱気になったり、治らないんじゃないかとあきらめたり、もう病と闘うのは辛いという疲れなどがそうだと思うのです。

21世紀に生きる僕らは、イエスの時代とは科学の知識は違いますから、同じような悪霊退治は無用かもしれません。ですからイエスは、律法学者と違い神の権威で話されるのです。
神の名によってよくなりますように、とクリスチャンでない人に語る事よりも、「来年も一緒に歩こうね」と言った方が励みになることは、僕の中での相似です。でも聞く側にしてみれば、まさに律法学者の教えと権威あるものの教えのように明らかな差がある訳です。「一緒に頑張って闘病して来年も歩こうね」と言う勇気付の言葉によって退散するのです。
RFLだけではありません。
野宿を余儀なくしている方にも、「一人じゃないよ」「何かあったら駆けつけるから」という安心感が、心の隙に入り込もうとした悪霊を吹き飛ばしますし、いじめの問題も然りです。沖縄の基地問題を遠くこの地から連帯するというのも同じ気持ちです。
悪霊は僕らの思いとは違った形かも知れませんし、悪霊という言い方はちょっとなぁ、と思われるかもしれませんが、弱気に付け込まれる(魔がさす)ことは誰の上にもあることですから、それとの闘いは権威ある教えをもって隣人とつながったイエスのみあとを歩むこと言うことを今日の説教からそんなことを考えました。

石造物下調べ(2)

前回は12月30日
午前は別用で松田町寄に行ってきました。この集落も成り立ちが気になるところ。どういう経緯でここに集落が出来てきたのかはそのうち調べてみたいです。
みやま運動広場からろうばい園に行く途中、県道710号線沿い

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男根形の道祖神でしょうか?
これを見て、そうだ!午後は近隣散策をしなければならない、と思いだし帰路に向かいます。
今日は天津神社と宗我神社の間を歩こうと思います。

下曽我交差点を超え、農道を登ります。
距離は大したことないですが、斜度はそれなりにあります。

場所はここ

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入口の説明を見るとインド(バラモン?)十二神を祀っているそうです。

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鳥居から本殿に向けて右に5,6基の石造物がありました。

神社前の変形四差路の対面、キウイ畑の隅に石造物が並んでいます。ちょうど農作業をしていたのでお声をかけさせて頂くと『我が家のお墓』と言います。でも一体は地蔵尊?『どこからか持ってきたものでは?』の問いに『むかっしっからあるねェ』とのこと。
写真撮影の許可を頂き撮らせて頂きます。(カメラの露出センサーが壊れたか露出が合わず白飛びしちゃいます。写真が見難く申し訳ないです)

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何かご事情(お祓いや祈願等)があってお地蔵さんを一緒にお祀りしたのかも知れません。天津神社から北の伸びる農道を登ってみましたが、急坂かつ500mほど行っても何もなさそうでなかったのでUターン。(曽我山を抜けて東国に行く旧道もありますが、この道は最近になってから修復拡張した農道みたい)

宗我神社に向かいます。
入り口の石垣の中に道祖神。

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神社内を9-12-3時と時計回りに見てまいります。
入口には石垣完成の記念塔

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その奥に石があります。思案のしどころなのは、周囲を石で囲ってある中にあること。

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本殿の裏には祠がありました。

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その右横にも2基の祠

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3時の位置にはお稲荷さん。左右に2基の狐(狛犬)

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4時の位置に折れた石碑。

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本殿正面に戻りました。左右に狛犬(これは向かって左)

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本殿正面から向かって右をしたところに手水鉢。

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尾崎君の碑をはさんで灯篭。

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これで境内の石造物はすべて
境内を出て参道を下ると途中(境内を背にして左に)再度尾崎一雄氏の石碑

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参道の入り口、下曽我駐在所交差点に2つの大きな石造物
 
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と古刹の多いこの界隈は数多くありました。

寄ろうばい祭り

松田町観光協会写真部の活動で寄のろうばい園に行ってまいりました。
昨日は雪が降り休園とのこと、果たして今日は行けるかと思いましたが、地元スタッフの懸命な作業のおかげで雪の積もった中最高のロケーションでした。

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少し高台の園からは里に積もった雪が美しく

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日陰の枝には雪が凍り、日の暖かさに輝いています。

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バラ科の樹木はどうも枝が好きじゃないんです。必然、枝を隠すためにFを開放気味にするので同じような写真が増えます。
さて、8日の講評会、どういうアドバイスを頂けるのでしょうか?
GooBlog の2作品と一緒に提出いたしました。 

KU-KAI(4)

拷問の一種に「すりこみ」があります。
「お前はもう必要とされていない」「仲間はすでに口を割った」ことを繰り返し繰り返し伝えることで、「そうなのか!」と偽情報を信じ込ませることです。
現に埼玉県朝霞市の女子中学生誘拐監禁事件の犯人も「親はすでに見捨てて捜査もされていない」ことを繰り返し伝え、逃げる気を削いだといわれています。

江戸川乱歩氏のD坂の殺人事件では、目撃者が犯人の服装を証言しますが、1人は白だと言いもう一人は黒だというのです。本気でそう証言しているので捜査が行き詰まり明智探偵登場となるわけですが…。
人は目で見たものを神経を通して脳に伝え、保管し、必要とあらば思い出し、神経を経て口に伝えます。目と脳と口はそれぞればらばらの器官で神経と言った細い線のみでつながっているのですし、脳内のインプット場所と保管場所とアウトプッチの場所もそれぞれ神経でつながっています。

TVのバラエティで 人間観察バラエティモニタリング と言う番組があります。周囲が一致協力しだました時、どういう反応をするのかを隠しカメラで見るという内容ですが、例えば怪談話をした後でコップが勝手にテーブルから落ちる(という仕掛け)をターゲット以外が全員無視した時、そのラップ現象を信じるのか? 運転手と乗客2人だけのタクシーの中で、女の人の鳴き声が聞こえたのに運転手は何も聞こえないと言ったらどうするか? などをTVモニターで見ているわけです。
すると、だんだん自分が信じられなくなっていくのです。目で見た真実を脳が受け入れなくなったり、脳が見ていないふりをしたりします。自分自身で情報を変えてしまうのです。

僕らは夢を見ます。起きて、ああ夢だったのだ、と安堵(残念)がる時がありますが、夢だったのか現実だったのかは自分自身でそう信じ込んでいるだけなのかもしれませんし、「寝言」は確かに自分の口から出るものですが、自分の意志でしゃべっているわけではありません。

もっと極論から言えば、俳優さんは、自分の意志で演じてセリフをしゃべっていますが、自分の意志ではありません。言わされているだけです。
ですが、「役に染まる」と言います。アイドルも脱却するタイミングは難しい、といいます。見ている人は「やらされている」ことを知りながらも、まるで本人の意思でやっているように錯覚する人も少なからずいます。

僕らの「脳」は結構頼りないものなんだな、と思うのです。勝手に「刷り込み」で正しかった事実を否定できてしまうのです。
オウム真理教や戦時下の日本の教育のように、人を殺すのは正しいという「刷り込み」があれば、他人からそれは違うと言われてもその他人の意見を受け入れられなくなります。

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この物語の中で、さまざまな妖術が出てきます。が、その妖術のほとんどがいわゆる催眠術のようなものである時、空海のような冷静な判断と自己への自信は大切なものになるでしょう。
それが仏教の言う修行なのかもしれませんし、教会が大切にする祈りあいなのかもしれません。己の弱さとの闘いはいつの世もあるのでしょう。一番の厳しい闘いの相手なのでしょう。
本のインプレッションにならないまま4冊の本の紹介を終了いたします。ご興味頂けましたら映画「空海」は2月24日から公開ですし、本は書店、インターネットで購入することも図書館で借りることも出来ると思います。
そしてもう一つ、玄宗と楊貴妃の話ももう少し読みたくなりました。

KU-KAI(3)

生前にひどい目にあって怨念を持つ動物といえば、ヘビやキツネとともに猫が代表格のように思います。
恐怖が物語的に構築されていく過程には何があったのだろう?と言うのは興味の湧くところです。ヘビやキツネは農業神の神使(つまりはネズミを取り、米を守る)から大切にせよ、と言う教えから、殺すなかれ、つまりは殺すと祟るという発想になったのだと思いますが、猫も同類の経緯からなのでしょうか?

ヘビやキツネはペットとして飼うことは多くないかと思いますが、猫は犬とともに愛玩動物としてなじみが深いです。
そんな動物が怨念を持つと恐れられる動物となる経緯はどこなのか? 犬になく猫のみが怨念を持つのは、桃太郎の家来の話ではないですが忠誠心がなく、自己中的な行動にあるのでしょうか?

そもそも日本の化け猫伝説は中国から来たようで、猫鬼神という老山猫の精を蠱毒にし、憑き物とする話は広く伝わっています。日本の猫又然り、老猫は化けやすいようです。
しかしアジアだけでなく欧米にも猫の妖怪は存在するようで、オヴィンニク(ロシアやスラブ)、ケット・シー(スコットランド)、ワンパス・キャット(テネシー州)やバステト(古代エジプト)、バール(旧約ソロモン王時代)とありますが、僕が知らないだけかもしれませんが、やはり欧米においては猫が化かしたり怨念を持ったりすることは少ないようです。
そうそう、でも黒猫は縁起が悪いんでしょ? というご意見もあるかもしれませんが、これはもともとは、黒猫は元々「餡子(あんこ)猫」と呼ばれて福の象徴だったので、その「福」に素通りされるなんて縁が無いね、という意味で「黒猫に横切られると縁起が悪い」という言葉が生まれた、だけで全くの後世のこじつけです。

20180202-01

さて、二ノ巻まででも1つの大きな物語として完成したと言ってもいいわけで、そんな妖猫と楊貴妃の物語、続いてはその解決に向かっていくわけです。
さて、仏式の葬儀などに列席した時に聞く経文。色即是空。夢枕獏氏はこの本を使って「仏法は無力だ」と語らせていますが、僕もクリスチャンとしてキリスト教は無力だと思っています。それは多くのクリスチャンや牧会者も同じ気持ちで、故に「み心のままに」と祈るのです。自分の願いを神に託して神が代行するなんておこがましいのです。神(この本で言う宇宙)の方が、人間の作りし宗教よりはるかに・・・比較できないものであることをわかりやすく書いています。葬儀などで聞く言葉の意味を知れて嬉しい知識となりました。
そうでありながら『空』を理解できない『色』・・・仏教はそれを煩悩と呼ぶのでしょうし、キリスト教も中世の修道院などはそうした邪念を捨てることに懸命になった時代もありましたが、そこからの脱出は人が罪の中に生まれた以上は無理なんでしょう。でも願わくば、死した以降怨念を残すこの物語のようにはなりたくありませんね。

世界三大美女 クレオパトラ7世、楊貴妃、ヘレネー(小野小町)。こちらも明治になって、料理じゃないが和洋中がバランスが取れるだろう、と日本人が勝手に小野小町に変えたと言われていますが、その一人の楊貴妃、そして取り巻く阿倍仲麻呂や関係者。歴史の荒波に翻弄された2人とその出来事を50年後に紐解く空海と白楽天。2巻かけて書かれた流れ、実はここからがいよいよ佳境のようです。
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