くまもん頑張るもん熊本訪問記(3)

僕の勝手な史観ですが、邪馬台国はやはり九州だったと思っています。しかしその後いつの時代か、他王国とたもとを分かち東遷し、九州に残った王国を熊襲と呼び征服に踏み出したのだと思っています。
西暦250年ころ景行天皇が九州征伐に出向き、三角半島の御越来海岸の美しさに感動をした記載がありますから、既にそのころは隣国のよしみもへったくれもないほどの関係だったのでしょう。
マザーテレサは言います。「愛の反対は憎しみではなく無関心」と言いますが、過去の隣国の意識が無い無関心な遠方の国家になってしまったのでしょう。
一番の勢力と縁もゆかりもなくなった熊襲は独自の文化を遂げ始めます。それは権力へのプロテストなのかもしれません。

なんていうバックボーンがあるかないかはわかりませんが、独特のおいしいもの沢山ありました。

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ヤリイカ

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馬刺し

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辛子レンコンと米焼酎「川辺」

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一文字グルグル

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ちくわサラダ

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カワハギ

こうした山海珍味を、15日は五郎八大衆酒場水戸黄門、そして16日は居酒屋8号で仲間とともに楽しみました。

「しい」の掛け算です。楽しい×美味しい=相乗効果でとても満足!!

帰りに空港で辛子レンコンを求めました。
するとしゅんさんが、「食べ比べてみて」ともう1本

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左のクマモンの方がレンコンのシャキシャキ感があり、辛子がからかったです。
今暫く熊本の味を楽しみながら思い出にふけりたいです。

ハーンのみた夢 - RFL熊本後のオフ会を待ちわびる -

白昼夢と言う言葉は何か神秘的な香りを醸し出しているような気がします。
体験なのか想像の産物なのか、突き詰めれば自分は現実なのか幻なのか…。
それは五感の中で視覚ほど危ういものが無いという点からも想像が容易いです。
今見たものが本当に見たのか、夢の中なのか・・・。

僕らが知っている「浦島太郎」のお話。子どもたちにいじめられたカメを助ける導入部は、神奈川県の三浦地方に伝わるお話。それより先の8世紀の日本書紀には、浦島太郎が釣り上げたカメを逃がしてあげる所から始まります。導入こそ違えども、時間の進み方の違う楽園に連れて行かれながらもふるさと恋しさに戻った主人公が戻った先で悲しい最期を迎えるのは浦島太郎のお話。
そんな話をラフガディオ・ハーン氏は聞いたのです。その話は父親の生まれたアイルランド神話の『ティル・ナ・ノーグへ行ったオーシン(Tir na nog)』そっくりでした。
船で何カ月、地球の裏側の極東のちっぽけな島国。そんなところで幼い時にベッドの中で父から聞いた話をきいている?それは、デ・ジャヴー…白昼夢…。
知らない国にきて不安の中、優しさに触れ、この国が好きになってきた。そんな時に故郷の話を聞けば浦島太郎じゃありませんが何カ月も離れた場所にいるとは思えず故郷へワープしてしまいます。

海を見ながら長崎から熊本に帰る最中のハーンは猛暑の中ひと時の涼を取るために三角西港にある宿に足を踏み入れます。
そこには鯛や平目の化身のような器量が良くて気の効く女中さんとこの世のものとも思えない美しい女将がいました。
あの猛暑が嘘のように浴衣の姿が心地いいです。
「熊本ヘ帰リマスデス。コノ、ホテルノ名ハ何トイイマスカ? キット覚エテオクデス。」
「お部屋はたいしたものじゃございませんし、それに女中たちもよく躾けられてはおりませんが。浦島屋と申します。それでは、お車を呼ばせましょう。」

浦島屋・・・それではここは竜宮なのか?白昼夢なのか?夢か現実か?暑さでおかしくなったのか?
ふっと我に返れば「クルマ」の上でウトウトしていたらしい。先ほどの浦島屋は本当に見たものなのか、玉手箱の中だけのものか…。
そんな印象深い旅の思い出を書いたのが、ラフガディオ・ハーン氏の「夏の日の夢」

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浦島屋は2015年に「明治日本の産業革命遺産」の一つとして、世界文化遺産登録が決定した三角西港のシンボル的な建物だ。
その場所にRFLの仲間が連れて行ってくれるという。
楽しみと言わずしてなんと言おう。

神様の定めた奇しきご縁

義兄、母、そして恩師とこの1年はたて続けの逝去でさすがに少し精神的にも厳しいです。
でも、健全な精神は健全な肉体に宿るの言葉ではありませんが、京都でおいしいもの食べてうちに帰ってバタンキューと朝まで熟睡をして少し落ち着きを取り戻したもんで、土砂降りの中でもなんとか職場に出勤。仕事をしています(笑)

時折、思い出が頭の中をよぎり、あっそういえばこの方にもお知らせしなくちゃ、と慌てたりしています。
山本牧師もそのお一人で、何かの用事で関西に行き、藤田牧師の所にお邪魔をし、その後丸太町教会で伝道師をなさっている山本牧師の所によって帰ろうとお二人にご連絡をしたところ、ご快諾して頂き、なおかつ山本牧師に置かれては自分も藤田牧師にお会いしたいからと藤田邸までお迎えに来てくださいました。そんなことがあったなぁ、とは思い出したのですが、果たして何のために関西に行ったのか?はたまたそれがいつなのか?が思い出せません。

ただ時期は、京都駅で山も先生と一献傾け合いながら歓談して新幹線に乗ったら三島止まりで、新幹線は協定で12時直前の駅で停車しなければならないという理由があるそうで・・・、三島のビジネスホテルで泊まろうとしたら連れ合いとF母娘が迎えに来てくれた、ということからF健さんは病床なのか天に召された後かと思います。
そうするともしかすると、2002年7月の廃棄物処分場問題全国ネットワーク全国集会で深草に行った帰りだったのかもしれません。

人のご縁とは不思議なもので、教会と社会問題の集会、社会問題と違う社会問題の会場・・・。そうした関係性が無い場所で共通の知人に出会ったりします。
Facebookには記しましたが、今回藤田牧師の葬礼拝を執り行われました月下星志牧師は、神学生時代米軍基地辺野古移設反対のカヌー隊で金井創牧師とご一緒に抗議を続けられたそうです。
僕と金井牧師とは寿地区センターの委員として先生が沖縄に移動されるまでの間、何年かご一緒させてもらいました。
そして僕に寿の働きを教えてくれたのは藤田牧師でありました。絡んだ糸をほぐすように、でも糸同士は神様の定めたとおりつながっている事を改めて感じています。
というか金井牧師とも月下牧師とも藤田牧師が仲介してくださったようなものですね(^^)/

A姉を偲ぶ

教会のお仲間が神様のみ元にお戻りになりました。
牧師が最期の様子を教えて頂きましたが、高齢者の養護施設の職員が深夜3時に巡回した時は穏やかにお休みだったのだが、次に明け方5時に見回りに行った時、ベッド下に座り布団の上で手を組み祈りながら亡くなっていた、そうです。
お話を伺い、僕らはおあいできない神様に最後の最後に出会ったとか、アニメのフランダースの犬の最後のシーンのように何人かの天使が抱えるように天へ持ち上げていったのを頭の中に思い浮かべました。
姉の最後の一年はとても厳しい一年でした。が、その一年の悲しみと同じほどの喜びと恵みがその一瞬にあったのではないか、と思うのです。

A姉とは同じ地域に住んでいるので、教会だけではなく親しくさせて頂きました。というより、まず地域の方としてのお付き合いののち教会員としても親しくなった感があります。

我が家の祖母が脳梗塞の後リハビリをして家の中のことは出来るようになっても屋外に出ることは避けるようになりました。そんな様子を知った当時の小田原教会の山﨑牧師は、拙宅で家庭集会を開催してくれました。クリスチャンとしてのキャリアが短い祖母は、どこまで聖書の話が理解できたかはわかりませんが、それでもF家ファミリーやA姉が来てくださりおしゃべりをしてくれることがうれしいらしく、時間より前に聖書と讃美歌を持っていそいそと自分の部屋から出てく来て所定の席に座っていたものでした。
短い期間のしかも時間が夜間という家庭集会でしたので参加者は限られて居ましたが、その数少ない常連メンバーでした。

さて、時系列にいくつかの思いでを。
僕の勤めている会社はIBMのAS/400というマシンを使っています。が、販売した会社も初めて売ったという事でプログラミング内容(仕様書)もよく理解しておりませんでした。そんな時、当社社長がPTA会長をしていた時の副会長との雑談の中で、その方がAS/400のスペシャリストであることが分かり、ご協力を依頼しました。その時その方から学ぶように私が任命されたのですが、その方の上司がA姉のお連れ合いさんだったそうです。
とても良い上司だったと何度もお話しして頂き、(すでにお亡くなりになって)存じ上げなかったA姉のお連れ合いにも思いをはせることができました。
そんなA姉のお連れ合いさんは、姉と違いクリスチャンではないまま病の床に臥し、A姉は近隣のお寺さんに最後の時のことをお願いに上がったそうですが、その後病床で洗礼をお受けになられ晴れてクリスチャンになられたので、A姉はご住職に謝罪に上がったそうです。そうしたらそのご住職は寛容に対応してくださり、その後小田原教会の牧師が辻説教をした時に通りかかると必ず足を止めて最後までお話を聞いてくださり合掌して去られたと聞いています。宗教を越えた深いお交わりができたベースにいたご夫妻の記憶です。

私の結婚式の時の主賓は郷土史家の立木望隆氏でした。この方は歴史家としての一面だけではなく、茶道かとして、そして俳句家としての一面もありまして、A姉はこの方に師事していました。
立木氏が自費出版していた「芦間乃道」の中にある風塵抄と称した俳句のコーナー
如月の 遠山の名を 問われけり
杉の秀(ほ)を 絞り木枯らし 過おりすぐ
そんな歌が載っています。
A姉は立木氏が小4、5年の僕を呼ぶ呼び名をそのまま呼び続けてくれる方でした。

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そんな最中、久野では山中に計画された産廃処理場の反対運動がおこり、A姉も熱心に反対運動を闘いつづけてくれました。この闘いの代表がA姉の一人息子さんの友人であったことは大きなファクターでしたが、本当に頼もしいメンバーでした。
共に市内をデモしたり、教会内でもアジってくれたり、横浜の県庁まで抗議に行ったり、時には計画地で建設を強行する輩を相手に体を張った戦いもし、学習会や行政説明会、数々の裁判においつも一緒に行っていました。

晩年の20年弱のお付き合いでしたが、濃いお付き合いをさせて頂きました。ですので急逝の知らせは現実味のない夢のような感じでしたが、当初の最後のシーンの話を聞いてA姉らしい神に導かれての凱旋にすこし納得して来ました。
生き切った人生故の最後のシーン。天国への凱旋に残された僕らも希望を頂きました。願わくば、僕もそうした神様の導きがありますように。

先輩を偲ぶ

教会の、信仰の先輩である友人知人が天に召されたとの連絡を受けました。
青壮年時代は報道関係のお仕事をなされていたとのことで、文章書きが好きな僕と馬が合うところがあったし、何よりも写真好き同士、NIKON党の兄とよくどちらのカメラがいいかなんてたわいもない話しをしたことを思い出します。
銀塩からディジタルに移行した際はコンタックスのカメラを購入したものの「勝手が違う」「齢80を超えてから覚えるのが難しい」と言われたので、じゃあ一緒に写真撮影に行きましょう、とお誘いしたのですがほどなく教会にもこれなくなり叶わぬ夢で終わってしまいました。

野宿者支援に関してもよく気にかけてくれて、自分はもう現場に行けるほどの体力が残っていないからせめて・・・といつも活動資金をお気にしてくれていました。あわせて炊き出しのおにぎりは上手に握ってくれていたのを思い出します。

見た目もそうでしたがジェントルマンで、ウィットのある話術も魅力でした。
話はファーストインパクト。つかみが大事、と思っている自分には、話術の師匠でもありました。
お連れ合いを先に主のみもとにお返しした時、喪主のごあいさつで『ムニエルの作り方は…」と語りだした瞬間、奥様の事がパッと頭の中に広がり涙が止まらなかったことは何十年経っても新鮮に思い出します。

クリスチャンである者の仲間の死は不遜に聞こえるかもしれませんが「希望」です。
悠久の歴史の中では、神様の御許の再会までの瞬きのような一瞬の別れです。
そして、神の御許と言う最善の場所での必ずの再会の約束こそが「死に打ち勝つ」と言う事でしょう。
別れは一瞬であってもさびしいですが、その後があれば希望を持って待つことはできます。
そしてそれはO兄も同じなんでしょう。歴史においては短くても人生においては長かったお連れ合いとの別れから何十年。
ようやく再開の歓びに浸れているのだと思います。

神様御霊をお返しします。導きの中で恵みをお与えください。

受験シーズンです

mixiに友人がメッセージをUPしていました。
今日明日のセンター試験を受ける母親の思いが記されていました。
その受験生は2009年10月にお会いしたお子さん。小学生だったお子さんが大学受験という事で感無量。
そんなお子さんは遊んでくれたヒデお兄さんの後を追っかけ続けていましたが、そんなヒデお兄さんも来週には国家試験を目指してただいま受験シーズン真っ只中。

皆さんにエールを送ります。サクラサク、お待ちしています(^_^)/

あけましておめでとうございます

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十二支では申年です。中国紀元前から続くバイオリズムなのでしょう。よくは知りませんが・・・

でも、こうした温泉に浸かり寒さを凌(しの)ぐ姿を見ると、十二支とは別にも心が休まります。
このサルたちの上に積もる雪のように、日本の、そして日本近隣国の政治はいよいよ危険水準に陥っています。
それを危機から脱することが出来るのは、人と人との交流。温泉のような暖かい愛ある言葉と態度のように思います。
そうした言動が少しでもできるようにと神様に祈りながらこの1年を過ごしたいものです。


今年もよろしくお願いいたします。

RFL川越&10年アニバーサリー同窓会オフ(Ω)

1泊2日のRFLが終わり、Lennonさん、Mocaさんご夫妻、そしてKatsuyoさんと我ら二人で富士山の麓でもう1泊。
須走口の東口本宮冨士浅間神社の門前街道にあるこの民宿は富士山へ上る先達さんのお宿だったように見えました。
宿は普通の民宿。部屋には寝間着やアメニティグッズ何もついていません。が、共同の水道にもコップがないので歯を磨くのが大変でした。
宿には奥様が経営している焼き肉屋さんが隣接しており、外に出ることなく店に行けるのはありがたいです。で、この焼肉屋さんが最高\(^o^)/
抜け目ないおかみさんが、ビールの数間違えたと、スナックのママさんのようにお客におねだりした1杯を含んで5人で13000円。これで食べきれないほどのお肉で、またうまい\(^o^)/
満足した夜を過ごしました。

お仲間のヒデさんとミミさんが午後からなら時間が取れるとのことで、Mocaさんご希望の富士サファリパーク前で待ち合わせることにして午前中は「うどん県」からお越しのお二人に関東の吉田うどんを食べて頂こうと道の駅富士吉田に向かいます。

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評価はまずまず\(^o^)/
で、道の駅にある富士山ドームレーダーを見に行きます。

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空は青く晴れて最高\(^o^)/

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山頂の気温を体験したりして、さて富士サファリパークに向かいましょう。
35kmナビは約50分と示しています。
が・・・
が・・・・
が・・・・・
仁杉までの138号線も混んでいましたが、右折した469号線はもっと混み、大野路のサークルKを曲がったら全く動かなくなり、結局3時間ほどかかりました(T_T)/~~~
それでも東名高速が大渋滞で、そこを通ってくるヒデさん・ミミさんより1時間ほど早くつきました。
園内だってチケットを買うのに長蛇の列。
ヘロヘロになりながら、二人が来るのをふれあい動物園で待ちます。

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ポニーの競馬。子ども騙しだと思ったら結構みんな必死。お馬の走りはかっこいいよね。

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カンガルーの親子。子どもカンガルーが袋から顔を出したらサァ~と人が引いて行った(爆)

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ライオンの子ども

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そんなこんな楽しんでいたらMocaさんのLINEがお二人の到着を告げます。
さて、サファリの部分に行くことにしましょう\(^o^)/

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自家用車で行くと他人の目を気にすることないから大人だけでも大はしゃぎできます。
これが結構楽しい。

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んな訳で大はしゃぎして2時間かけて一周です。終わった頃は真っ暗(笑)
裾野ICからの東名も大渋滞。トロトロ走って足柄SAまで。
SA内も大混雑。んなもんで、弁当を買って車内で最後の晩餐。小田原わっぱやだって・・・、よくよく見たら椎野食品さん。
おいしかったです。

2泊3日のRFL&オフ会こうして終わりを告げました。
次回はまたどこかのRFLにかこつけて出かけますからまた遊んでくださいね(^_^)/

RFL川越&10年アニバーサリー同窓会オフ(2)

がん患者に限らず夜に悶々となり寝付けない人は少なからずいると思います。かく言う僕でも寝付けない時はあります。
しかし、その度合いはやはり健康なものに比べてがんの方方が高いでしょう。そしてその寝れない理由は病と戦っているのは自分だけという孤独な思いがあるのかもしれません。
RFL(リレーフォーライフ)は1985年アメリカのゴルディー・クラット医師が夜悶々としている患者さんを見て、一人で戦っていないよ、と励ますつもりで患者さんから見えるグランドを走り始めたことによります。つまり夜が本番ですが、戦っている最中のサバイバーさんも僕らのような高齢者(笑)も、そのイヴェントで体を壊しては何もなりません。
という事で、最近は僕らは夜間はしっかり睡眠をとること。そして、そう何度もお会いできない全国の仲間とお交わりすることも、実は夜を通して歩くのと同じくらい大事なことです。
ですので、がんでもいいじゃん♪はRFLにおいてオフ会は大切なイヴェントです\(^o^)/

ホテル三光さんは、ホテルとスーパー銭湯、そして宴会場がすべてそろっている施設で、しかもRFL会場の川越水上公園まで無料送迎してくれるそうです。料金も1泊朝食付き+飲み放題宴会+風呂自由で13000円弱。
値段程度のレベルかと思いましたが、お風呂はきれいだし、従業員の態度は良いし、満足です\(^o^)/

ただ街中のリラクゼーションホテルなので圧倒的にシングルルームが多く、みんなシングル。

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そして普通はホテルでは部屋内や廊下はスリッパですが、風呂直結という事でスリッパはなく靴下のプレゼント。

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で、宴会場。

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で、何を話したかはよく覚えていません(爆) でも、みんな腹の底から笑い免疫力をUPUPしてRFL川越&10年アンバーサリー同窓会オフを後にしました。
我が家は今年のRFLは残念ながらこれで打ち止め。来年はどこで皆さんとお会いできるでしょうか?
お会いできた時はよろしくです(^_^)/

9月のRFLの予定

San JoseのRFLに行った際に泊まったホテルから、予約金らしき金額も引き落とされ、もちろん宿泊代も引き落とされていたので、そのクレームをSan Joseのホテルの方にしたもののなしのつぶて。
日本グローバルセールスの方で対応をしてくれていますが、それでも2週間に1度「本社と調査中です」の連絡のみ。
Takeトラブルサービスの名前の通りトラブルが解消できません(笑)

そんな中、秋に「がんでもいいじゃん♪」の同窓会を開催しようと川越のホテルを予約したところ、こちらもなしのつぶて。
ヲィヲィ…と電話をしたらそんなメール見ていないとのこと。
なんだかなぁ~最近ホテルへのメールが怖くて仕方ありません(苦笑)
でも何とか電話で宿と宴会の予約ができました。
初回のつくば、2回目の芦屋でご一緒なされた方で最近ご無沙汰の方にメールを送りましたが、同窓会に参加される方は今でもRFLに熱心な方ばかりです。

RFL川越と同窓会を終えた後は遠方の仲間と撮影旅行!!
こちらの宿はすぐに予約がとれました(^_^)/
どこで撮影をするかは

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宿でこれを見ながら翌日のスケジュールは決めましょう(^_^)/
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