久野幻庵顕彰会(1)

久野北条幻庵顕彰会なる会が立ち上がり、その設立記念講演会に参加しました。
講師は、田代道彌先生。
久野区民会館の1Fホールには入りきれないほどの多くの方が詰めかけました。その数120余名。

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会を始めるに当たり高瀬恵会長が、小田原市役所前に「文化の町小田原」と書いた石の憲章がある。憲章とは市の憲法の如しで、そういう街づくりをしていかなければいけない。久野は北条五代に仕えた幻庵さんの住んだ場所、この場所を顕彰することは市の憲章の言葉をまさに実践すること。
そしてこの北条幻庵さんは故立木望隆氏の人生をかけた研究によって世に出た。氏が天に召されて20年こうした形が整ったことは感慨深いとあいさつされました。
何度かこのBlogでも記しましたが立木望隆先生には小学校の頃から可愛がってもらいました。そして先生の庵で何度も幻庵さんのお話を聞いたのを思い出し僕も感慨深く思いました。

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(僕らの結婚式で主賓の挨拶をしてくださっている立木先生。もう30余年前のこと)

北条長綱幻庵

八王子城を見に行った時、ボランティアガイドの方に、小田原北条直系五代は有名なんだけれど、そこから外れると途端に知名度が落ちる、旨の話を聞き、納得してしまいました。
たとえば信長からお礼にもらったベネチアングラスがあったなんて話も僕もついこの前知ったばかりです。そんなレベルですら支城の話題は継がれていないでしょうし、小田原城自身も昨年のブラタモリのきっかけが無ければ総構えを歩く事もなかったかもしれません。

子を産むことは当時は、領土を拡大した時の支城の城主を作ることや政略結婚をして他国から攻められないようにすること。
古代や中世のヨーロッパのように滅ぼしつくさない日本の国の戦いは攻撃と和睦とを繰り返したので家族の絆は大切な要因だったのでしょう。それを打ち破ったのは信長。家族よりもカンパニー的な組織として雇用に力を注ぎました。
しかし北条氏は無骨に「お家」を中心とした体制を敷いていきます。どちらがいい悪いではなく、その考えに基づいて、しっかり方針に従ったからこそ、北条も五代という長期政権を担えたのでしょう。

その中心の人物と言えば、表題の長綱幻庵です。
しかし八王子のボランティアガイドの方の言われるように、早雲や氏政は知っていても幻庵は知らないという人が多いです。五代にわたり殿さまに仕えた早雲の末息子。
笛や茶の道にも精通し、千利休などとも交流がある文化人。同時に箱根神社の別当でもあり、また武の道も優れていた御仁。
一節によれば、幻庵が死した知らせが入ったから秀吉は小田原攻めを決意したとも言われています。

そこで

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という企画をご紹介いたします。それだけの郷土の名士を埋もれさせるのは忍びないと有志が立ち上がってのもの。私も是非に参加したいと思っています。

何より僕らの結婚式の主賓挨拶をしてくださったのは、この幻庵研究の第一人者でした立木望隆氏でした。先生もきっと喜ばれていると思います。
お気軽にお越しください。

サイレンス(Ω)

ちょっと言葉が足りないと思い、1/24に改版。

スコセッシ氏のインタビュー
『遠藤周作が描いた「白でも黒でもない」曖昧なニュアンスを映画の中で忠実に再現すること』

この言葉は、言葉は違うが僕の感想のその部分だ。ただ僕の言わんとする「白黒」はあくまでも人にとっての白黒なので、氏の思いと同じか違うかは分からない。少なくとも遠藤周作氏の中には『因果応報』とか『勧善懲悪』と言った「白黒」は無かったと思う。
これは、僕の個人的な意見だけれど旧約の神が「名を呼んではならない、と言ったところから繋がる。なぜ名を呼んではいけないか?
それはたとえ「名」ではなくても「神」という名詞であったとしても共有すれば、固定観念が生まれる。それは、神に似せて人を作ったはずなのに、人の思考に神を下らせてしまうからではないか?
沈黙も、「愛に不完全な」人であったとしてもここで何か優しい言葉をかけてくれるはずなのに、なぜ「愛が完全な」神は黙っているのか?という人の「思い込み」の話であり、神の意志の話ではない、というところに遠藤氏は焦点を置いているのだと思う。それは晩年、神という言葉で誤解をするのならトマトや玉ねぎでもいい、という「固有名詞に誤魔化されない、ことを語っている所に通じる。
実は神はその時「あしあと(下記に参照)」という詩の如く、苦しんでいる神父を背負い苦しみを共にし、声をかけ続けていたのかもしれない。でも聞き取れない人間は、非常に悩み苦しんだり、または神を非難する。
それは「ああ、俺は神の言葉を聞くことが出来ない」のではなく「神よ何故言葉を発してくれないか」である。その非難は何なのか?
人は自分の想像力で自分勝手な神像を作っているのではないか?遠藤氏は神が自分の思い通りにならなくても非難してはいけない、そんなことを言いたかったのではなかったのか?
そしてその事に対して僕は遠藤周作氏のそれよりもスコセッシ氏のそれの方が商業主義的に見えた。遠藤周作氏がポイントとしたこの部分は薄れているように思えた。

でも、日本で“仕える人”となることで、真のキリスト教徒となる。と言うスコセッシ氏の言葉、そこに遠藤氏の母なる神像を照らしたのだとすれば、僕は監督の主題を見過ごして映画を見終えたのかもしれない。

ヴ~ン、このインタビュー記事を読み終えた今もう一度この映画を見たくてしょうがない。
でもまず「『最後の誘惑』を見ることが優先かな。ヨナよな会開催すっぺかな。

参照
あしあと

ある夜、わたしは夢を見た。
わたしは、主とともに、なぎさを歩いていた。
暗い夜空に、これまでのわたしの人生が映し出された。
どの光景にも、砂の上にふたりのあしあとが残されていた。
ひとつはわたしのあしあと、もう一つは主のあしあとであった。
これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、
わたしは、砂の上のあしあとに目を留めた。
そこには一つのあしあとしかなかった。
わたしの人生でいちばんつらく、悲しい時だった。
このことがいつもわたしの心を乱していたので、
わたしはその悩みについて主にお尋ねした。
「主よ。わたしがあなたに従うと決心したとき、
 あなたは、すべての道において、わたしとともに歩み、
 わたしと語り合ってくださると約束されました。
 それなのに、わたしの人生のいちばんつらい時、
 ひとりのあしあとしかなかったのです。
 いちばんあなたを必要としたときに、
 あなたが、なぜ、わたしを捨てられたのか、
 わたしにはわかりません。」
主は、ささやかれた。
「わたしの大切な子よ。
 わたしは、あなたを愛している。あなたを決して捨てたりはしない。
 ましてや、苦しみや試みの時に。
 あしあとがひとつだったとき、
 わたしはあなたを背負って歩いていた。」
マーガレット・F・パワーズ

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サイレンス(α)

初めて文章を見たのはまだ小学生の頃。母親が買ってきたぐうたらシリーズ。
今でも覚えている
「経済学部
 への期待」
と黒板に書かれた小論文のタイトル。緊張のあまり2つのどちらかから選ぶと思った受験生が盲腸のあとガスが出るのを家族一同で期待した論文を書いた、とか
まだウォシュレットをTOTOが開発したばかりでモニターとしてつけてもらったが、温度調節を忘れて客人のお尻を熱湯が直撃した話に笑いながら、読み漁り、そしてクリスチャンであることを知り、芥川賞受賞作品の「白い人・黄色い人」を買うに至りました。
ところが中学生には難解。当時の僕は、今の世の中の多くの人と同じようにクリスチャンのまくら言葉は「敬虔な」であって、神を裏切ることのない人がなるもんだと思っていましたので、何となく許せない話と言う感じで、それからしばらくは遠藤周作さんからは離れてしまいます。
そして続けて読んだのは三浦綾子さん。心地いいですよね、いかにもTheクリスチャン。こうでなくちゃ、と言う感じで読み漁るのですが、なんかげっぷが出る「生」への重さ、襟を正す生真面目さの厳しさを感じ、遠藤文学に戻ります。私が・棄てた・女とかおばかさんとか実直の中に信仰がある生き方を読んでいく中で、信仰が培われていったのかもしれません。そして、沈黙に出会うのです。
もうこの頃は「白い人・黄色い人」を最初に読んだような表面的なクリスチャン像ではなく、物語の中の人たちの信仰における愛を意識できるようになっていたので、この踏み絵を踏む時の神の言葉は涙なくして読めないほどの感動をしたもんです。

そういえば、遠藤周作氏の言葉で「母なる神」と言う言い方がありますが、この言葉も大好きで、キリスト教の神に僕も父親ではなく慈愛満ちた「母なる神」を感じてしまいます。無上の愛の存在を感じるのです。

そして30余年経った数年前。アメリカのなんだか有名な監督がこの作品を気に入り撮影したがっているという話を聞き、遠藤文学を映画に出来るのかい?と言う冷めた目で見ながらも完成を楽しみにしていました。
どうも浮気性(?)なのか、作ることを公言しながらも他作品を先に作ったりとやきもきさせましたが、いよいよ日本での公開が決まりました。
居てもたってもいられず、封切を待っていってきました。

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ご覧になっていない方もたくさんいるでしょうから詳しく書くことは憚られますので、ちょっとしたインプレッションのみ。
原作を読んで30余年。忘れている点も多々ありますから、勘違いがあったらごめんなさい。
でも原作に非常に忠実だったと思います。惚れ込んだから忠実だったのかもしれません。
が…。
遠藤作品の「白い人・黄色い人」や「沈黙」は、神の愛だけに特化されて人はおろおろとし、そして悩むだけでしたが、マーティン・スコセッシ監督は、少し情に厚かったのか人の希望が描かれていました。果たして遠藤周作氏はこの『人の愛』が書きたかったのか?疑問ですが、なかなかの秀作でした。
でも、その疑問の分、ノンクリスチャンの方にはわかりやすい作品になったのかもしれません。
そして欧米のクリスチャン向けにはあちこちに聖書の場面がちりばめられています。たとえば主人公ロドリゴ神父が転ぶとき…、おっとその先は…内緒です。

ところでキチジローは棄教しました。棄教後は聖餐に与れるのでしょうか?
聖餐の本質はどんなものか?も気になっています。


PS
1/24 追記 サイレンス(Ω) 記しました

西村久蔵氏

mixiというSNSでマイミクさんからご紹介された本。

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三浦綾子さんは好きな作家なので何冊も読んだことはあったけれど、残念ながらこの本はまだ未読。
その理由の一つに、西村久蔵と言うなじみのない方のお話と言う点がありました。が、、三浦さんが題材にしようとしたこととそのご本を読んでよかったことをUPされた友人の感想を見て俄然興味を持ちAmazonでポチッと。
昨日届いた本を出がけにぱらぱらとめくると
泥棒の親分、子分が盗んできたコートがこの西村氏のものと分かると「罰当たりが!」と失跡した話が15ページに書いてある。
信仰の仲間がすごいという聖人君子の話はあまり興味がわかないが、赤の他人のしかも泥棒が特別視する人とはどんな方なんだろう?
今日は残念ながら夜まで一日行事がいっぱい。
明日以降になるかもしれないけれど、今週の愉しみができた

怪獣少年の〈復讐〉

「怪獣使いと少年」を知人から紹介され、ウルトラマンやゴジラの映画の『行間』の読み方を教わりました。また、テレビドラマ『私が愛したウルトラセブン』では、ベトナム戦争時、同戦争に反対していた森次晃嗣さんらが脱走した米兵にパンドンの着ぐるみを着せて逃がそうとするシーンがありました。子ども向けのTVドラマではなくそこにあるのは蔑視・偏見のある世の中へのアンチテーゼ。平和への思い。
ドラマにかかわる全ての人が社会正義に乗っ取り義憤を番組にしていた、と言うのは、「怪獣使いと少年」を見て気が付いたことでした。
そんな切通理作氏の大作の続編が出たというので早速ポチッと。

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さて、夕食を食べたらじっくり読みたいものです。

今年もシン・ゴジラなる映画がヒットしたと聞いています(僕は見ていませんが)
少しこのゴジラ映画の分析を評論を皆さんにもしてもらいたいのです。
昭和時代の終わりころからのゴジラ映画、ゴジラが過去に居たことを人間は知っています。そのうちにゴジラの細胞を採取したり、体の構造を熟知したりします。
つまりは、過去の地球上の戦いを知っているはずですが、戦う相手の敵怪獣には目もくれずゴジラ撲滅に全精力をかけるのは何故なのでしょう?
ゴジラが必ず勝つというのなら、ゴジラが敵怪獣との戦いで疲れたところでゴジラを始末するという作戦も間違いではないでしょうけれど、敵怪獣はそのたびに変わる「未知なるもの」
ゴジラを始末するよりゴジラと力をあわせて敵怪獣をやっつけるべきだと思うのですが、脚本がしっかりしているのにその点だけはなんだかなぁ~です。誰か何故毎回毎回そういう脚本なのか、分析してくれませんか(笑)

という訳で読書Timeに入ります(^_^)/

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「きのう」 からのおくりもの

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雪四景

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沖縄フィールドワーク(SpecialThanks)

当たり前だが、旅先では食事もするし宿に泊まる。
そんなふれあいの中の優しさに嬉しくなる。
旅は「しい」の掛け算だ。 楽しい×美味しい×優しい・・・

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スカイレンタカーさんのレンタカー、ナビの使い方がうまくいかずに教わったお店に入れず、国頭の方向に行きながら見つけた最初の夕食。豊見城市 名嘉地の交差点そば。

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家族でやっている食堂。タクシーの運転手さんが選ぶ店は絶対においしいし優しいはず。そんな予想は見事に当たった。

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自由に使えるアパートのような宿。これで4500円は安い。豪華ホテルじゃないけれど清潔感漂う宿。やんばるに行くならおすすめ。名護方面に650mのところにローソン、辺戸岬方面に600mのところにファミマー、ともに24時間。

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国道331号を東村に行く間はお店が見つからない。道の駅サンライズ東にはおにぎりが無いので店長さんに聞けば、直前のお店にあるということで懐かしい感じのする雑貨屋さんで座り込みで食べるお昼を購入。

24日の午後のティータイムのCafe水母はBlog内に記したのでご参照を

夕食は名護署の抗議のあとに行った名護曲レストラン。レストランであることは確かだが、店のつくりが面白い。
基地ガイドをしてくれたUご夫妻のおすすめ。タイトルのスペシャルサンクスから言えば一番のスペシャルサンクスはUご夫妻。本当にありがとうございました。

****

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最後はおもろまち駅前のパチンコ屋の1階にあったHorryと言うお店。
店の中は冷房が効いていたけれど僕らはすだれのかかった屋外でビールを飲みながら・・・。戻ってからインターネットをくぐると名物料理店でその名物はHorryランチ。ご飯1杯お変わり無料だそうだけれど完食するのさえ難しいヴォリュームでした。

スカイレンタカーからお借りした車はハイブリッドセレナ。やんばるまで往復と言うロングドライブでしたが、43.7リットルでした。素敵な車を貸してくれたこと、そして技術のNに感謝。

往復のJALさんもありがとう。

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帰路便で「**が居たとの目撃情報があったので調査しています」ということで綿密なチェックで30分遅れ。そんなおまけもありましたが豊かな時間を過ごせました。最初から最後までともにいてくれた主に感謝。

ボリビアの田舎町

夢には腕を伸ばせば捕まえることが出来るものと見果てぬ夢があると思います。
旅好きの僕はいくつかの都市を可能な夢と捉えていつの日かで向けることを楽しみにしています。
その中で一番遠いところにあるのは、聖地巡礼であり、もう一つは南米。ウニユ塩湖と言う景観地、そして同国内にはチェ・ゲバラ終焉の地があります。
ウニユに関してはいけないのは経済的な理由だけですが、ゲバラ終焉の地であるイゲラ村はせっかくボリビアまで来たのだからちょっと足を伸ばして行ってみようよ、なんて言えない辺境の場所。
治安や言葉の壁、そして情報量なども含めたらまさに見果てぬ夢。

ところがこんなBlogSiteをみつけてしまいました。
僕のようなマニアックな者にとっては1,2を争う素敵な旅行会社のユーラシア旅行者の添乗員Blog。そこには、
周りは全てアンデスの山々。デコボコの砂道をカーブを切り返しながらゆっくり走る。こんな所で彼は何を思って最後の時を迎えたのだろうか?そんな事を考えながら過ごした旅でした。ボリビアのこんな奥地まできたツアーはおそらく始めてでしょう。個人客はいるものの今までツアーとしては日本人がくることはなかったはずです。(吉枝)

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(赤のランドマークが件のイゲラ村。その左下の大きな雪原のような白い場所がウニユ塩湖。左上の藍色に写る国境の湖がチチカカ湖)

チリやボリビアの都市の多くはアンデスの山の上にあります。そこからアマゾンのジャングルに向かって降り立った場所。そして革命家としての潜伏の場所です。
2011年の記事、しかも旅行詳細は書いてありませんが、厳しい行程にも関わらずボリビアのこんな奥地まできたツアーはおそらく始めてでしょう。との記載からツアーが行ったという事なのでしょう。
さすがはユーラシア旅行社、値段も日数も分からないし、検討をしたところで無理なことは分かっていますが、こんなツアーを考えてくれることにただただ感動をしてしまいます。
見果てぬ夢はGoogleMapと行かれた方のBlogと想像力でカバーしましょう。
プロフィール

take1960

Author:take1960
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