黄色い集団海を渡る(4)

ただ今羽田空港22日22時30分です。
これから僕らは、9時間30分かけて、時空を超えて、22日の夕方に向けて出発します。
面白いもんですよね。太平洋を回って行くと昔に戻れて、そして強引にでもインド洋ー大西洋を越えて行くと明日になっちゃう。行く場所は同じなんですけれどね。
さて、2度目の22日22時30分は何をしているのでしょうか? お楽しみに^^;

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そういえば、昔大好きでよく読んだ80日間世界一周、映画も面白かった・・・。ビクター・ヤングのテーマ曲「Around the World」に乗って行ってきます。

黄色い集団海を渡る(2)

我が家2人は余り物を持っていかないので、スーツケースの大きいものはもっておりません。
という訳で、明日からのRFL旅行にはレンタルスーツケースを使うことにしました。

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スーツケース94L+ソフトバッグ60Lの合計160LにはRFLのグッズ。
カメラバッグには僕のパソコンとカメラ
そしてウィリーバッグ35Lには2人分の洋服。その容量なんと替えの洋服1着ずつのみ程度(笑)

もしかしたら一番無駄なバッグは僕のカメラバッグ?
そうそう、実は数日前僕のノートPCを立ち上げた瞬間「バッテリーが発火する可能性がある」と突然に画面が出ました。
バッテリーのリコールだそうで、一応連絡をしておきましたが、帰ってからになるかな?とあきらめていたところ、今日宅配便で届きました。

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発火という不安の「迷惑」はあったかもしれませんが、もう数年使ってへたっていたバッテリーが新品になって帰ってありがたかったです。新品のバッテリーと一緒に渡米します(^_^)/

あとは再度パスポートなど重要書類をチェックして出発するのみ!!

黄色い集団海を渡る(1)

文化の違いの代表的なものの一つに、日本人の「つまらないものですが…」がどうしても理解できない、という話を聞きます。
「謙虚さ」「奥ゆかしさ」を現わす遜った言い方、と言いますが、よくよく考えるとそうでもないのではないか、と思ってしまいます。
それはとても珍しい物を見つけて土産に持って行く時、興奮しながらもっていく時…
「いやいや、ごっつう珍しいもん見つけましたさかい…」
どんな謙虚な人でも興奮すれば、「つまらない」などと言わないでしょう。見つけた興奮を分かち合いたい、大事なあなただから取るものとらずに持ってきた、というでしょう。
そう考えると、「つまらないもの」という発言は、ただ謙虚ではないような気がします。

何度か書いているけれど、プレゼントの語源と、ビジネスマンがよく言うプレゼン(テーション)は同じだそうです。
そしてプレゼンで言えば、「今日の大事なお客様のプレゼン俺なんだよな」とは言いますが、受けては「今日は新しいソフトのプレゼンを受ける日だ」とはいわず「今日は新しいソフトの営業にくるみたいだ」とか言うケースが多いような気がします。
つまりプレゼントというのは、贈る人、もらう人ともに使いますが、AさんからBさんに送るものだとして、本来はAさん側の立場の言葉、つまり贈る側が使う言葉なのでしょう。

そう考えると、先ほどの「つまらないもの」が少しわかってきます。つまらないもの、というのはほかの人と同じようなもの、あえて自己主張するようなものではない、という意味ではないでしょうか?

もう一つよくあるケースは、「もし贈り物あげるのなら私も一口混ぜてね」とシェアーをするケース。海外ではこういうケースって多いのでしょうか?
推測の域を出ませんが、なんだかどんなにつまらないもの、安い物であっても自分で探し、自分の名前で贈るような気がします。
みんなで一つという陰に隠れての贈呈は想像しがたいです。
相手が気に入るかどうかより、相手に気に入ってもらえるものを探す時間をかけた、プレゼントにはそういう時間というプライスが含まれているのかもしれません。
日本人は「お金」に換算して、どうせならみんなで出し合って豪華なものにという発想との違いを感じます。

ところで、4月5日はイースターという記念日でした。日本でも商魂たくましい業界が大々的にイベントとして成長させようと色々とアイディアを出していますが、十字架につけられたイエスがよみがえった朝です。
そのイエスが十字架に掛かって死んだ日はその前の金曜日。この日の事を英語ではGoodFridayといいます。
語源はGodFridayらしいのですが、それにしても自分たちが崇めている人が死んだ日をGoodと呼ぶのはどういうものか!?と、この呼び方を初めて知った日にはショックを受けたものです(笑)
でも、私の身代わりになって死んでくれたから、私たちの「罪」を背負ってくれたから、Goodだと聞いた時に大いに納得しました。神がまず人間に「プレゼント」を贈ってくれたのです。それも命という最大級のプレゼントでした。
キリスト教のプレゼント理解は、こうした「神と自分」という個々の関係からなっているので、『自分は神に何を返すのか?』なので、その延長上にあるプレゼントを贈ることもシェアーとはなりにくいのかもしれません。

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初めて会うRFLの仲間やウェスレーメソジスト教会の信徒さんはもとより、この渡米とRFL参加に多大な尽力をしてくださった山本牧師に、と参加できなかったメンバーからもプレゼントを預かりました。お預かりしたプレゼントは、日本人のそれではなく欧米のそれを感じます。同時に行けなかった自分の気持ちを託したいという熱い想いを感じます。

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英知を絞ったプレゼントを抱えて来週のなかばからSan Joseに行きます。

尻に火がつく

出発まであと1か月。
4月26日には過半数のメンバーがウェスレー教会で礼拝を共にしたいと言ってくれました。それはそれでうれしい話です。みなさんとは別でも礼拝に行ったあと、ジャパンタウンの日系祭りに行ったり、ジャパニーズ・アメリカン・ミュージアム・オブ・サンノゼに行かれればな、と思っておりました。

ブラジルなどの南米やハワイ諸島のほかにも、アメリカ本土にも多くの移民者が渡航しましたが、ここSan Joseもそうした場所の一つです。そして第2次世界大戦はそうした人たちに困窮を与えました。

少し本で学んだあと・・・と思いましたが、もうあと1か月。
以前購入した2冊の本を読み切ることは可能か!? 少し読んだけれどだいぶ難しい内容。でも少しだけでも学んでSan Joseに行きたいし、教会に居られる先祖に移民の方がいる方と交わりの時があればと思います。

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ちなみにこちらは、飛行機の中で読むために買った本。
往復路とも夜中に飛び立つ便なので、読むことなく寝てしまうかもしれませんが…・(笑)

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でも今日はこれから明日の礼拝の準備(^_^)/
本どころではないです。

日系祭り

あと半年先のRFLCambrian。せっかく行くのだから若干なりとも観光もしたい、と色々と情報を集めています。
RFLが終わるのが、土曜日の夜。
なれない海外のRFLなので、翌日は早くから観光はまず無理。
そして帰路の予定の飛行機は日曜日の深夜(正確には月曜の1時50分)。少なくとも22時くらいにSan Joseを出たいところ。サンノゼ市内の観光地、ウィンチェスター・ミステリー・ハウスやテック・イノベーション博物館だけじゃあどうも時間が持たない、と検索したら、この日San Joseのジャパンタウンはお祭りなんですね。

その名も日系祭り

日系の方が非常に多いSan Jose。こうしたお祭りはあるだろうなと思っていたら、ドンピシャの日。みなさんよろしければ少し立ち寄りたいところ。
で、どんな内容かな?とWebSiteを見ても英語ですので、ここはGoogle翻訳。

すると

20140924-01 (クリックでSiteに飛びます)

お約束の翻訳。ホットドックが日本犬(日系犬だけれど)になっている(笑)

僕の友人牧師のいるメソジスト教会も「焼きそば」の出店。水は「氷」の間違えでしょう(笑)
そんなこんなで検索を続けたら山本牧師の前々任者?の牧師のお連れ合いさん??のBlogも見つけたり…。
あくまでも日本食ではないアメリカのジャパニーズフード、興味そそりません?

意外に簡単!ESTA申請

旅は3つの楽しみがある。一つは計画を立てている時。二つ目は旅の最中。そして三つ目は帰ってきてからの思い出しの喜び。
ただ今僕は、その1を満悦しております。ある意味、行くための作業で楽しみではないのかもしれませんが、旅行会社Takeトラブルサービスの代表としては、そんな作業もまた楽し!です。
RFLCambrian(San Jose)に行くため、ESTAの申請の話が出ました。外部の業者に代行を頼むと、約5000円+書留送料1500余円がかかりますが、自分でインターネットで申請すれば、14$で済むます。

ESTA申請を自分でやってみようを見ると、さほど難しくなさそうです。

よしやってみよう!!
アメリカ大使館の公式Siteのなかに申請書のページがあります

インターネットで品物を買う時と同じ感覚。
洋服を買うときだって、サイズはどれですか?色はどの色ですか?って聞かれたことに素直に答えれば買えるのと一緒。
日本語の質問に答えていけば簡単にできます。
質問の内容もパスポートに書かれていることばかりだし・・・。

そして約5分

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許可が下りました。
皆さんもぜひ自分でやってみてください。もしどうしても難しいと思うのでしたら、パスポートの個人情報のページをコピーしてお送りくだされば僕の方で代行します。

心の平穏を見つけに



たぶん多くの人が1度はラジオから流れて来るこの曲を聞いたことがあるのではないでしょうか?
曲のタイトルは Do You Know the Way to San Jose
そして、歌詞の中に I'm going back to find some peace of mind 、心の平安を見つけに、とあります。
まぁ正確に言うと「サンノゼに行く」歌ではなく、傷心の自分に心を平安にしてくれる故郷がある、という歌で、その思いは「分かるなぁ」という方は少なくないと思いますが、でもそんな歌になっているサンノゼという街に想いは募りますね。

どこか遠くに行きたい

1962年に 作詞/永六輔 作曲/中村八大 いわゆる六八コンビと言われる二人が作った名曲。ジェリー藤尾さんが歌って大ヒットしました。



そんな曲ではないですが、知らない街の話題はとても興味深いものがあります。
特に近々に行こうと思っている場所は、その最たるものがあります。

旅の楽しみは3つあると言います。「行く前の準備」「行っている最中」「帰ってからの整理」
まさにその通りでして、しかもリアルタイムでその町から情報発信があると、その内容が旅にとってプラスであってもマイナスであっても有益です。ワクワクします。

今日もGo_Riceballが更新されました。(お忙しい中ありがとうございます)
そこに載っていたのは治安の話。そう、どうしてもアメリカというと日本に比べて治安の悪い国のように僕らは思ってしまいます。

こんな地図があるんですね。
GoogleMapをベースにしているので、同じようにMapの拡大縮小、移動ができます。ざっkりとした場所を下記地図で頭に入れて犯罪Mapみてみましょう。

20131116-01

ズームアップを+2してみましょう。
日本友情庭園が中心になって82号線が地図上部を横に走っていると思います。
左クリックしたままドローして82号線の上部が映るようにすると、犯罪多発地帯があるベージュの場所がRFL州立大です。
逆に、82号(X軸)、87号線(Y軸)の交差点をゼロとした場合の対象にある場所がもう一つのSan Joseの町中のRFL会場のウィローグレンです。

前述のGo_Riceballに、日本大使館がまとめた犯罪数の資料も載っていました。

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ただ、こうした数字の多くはその住民が実感するものです。僕ら観光客が大いに気にしなければならないのは、窃盗でしょう。そうした項目を東京と比較すると、あまり変わりはないのですね。強盗が多いので、夜道を一人で歩いていると銃を持った2人組が「ホールドアップ」と言われそうな気はします(妄想中)
でも集団で行動すればさほど恐れるには足らないでしょう。
そんな不安よりは、知らない街を歩いて、知らない人とおしゃべりをして、色々な知識を入れる喜びの方が大きいです

下の写真はプラザ デ セザールチャベスから州立大に向かうトレイル(歩行者天国?)のGoogleストリートビューです。

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うんきれいな街だ。

KANO

台湾づいている昨今のワタクシ。セデック・バレに衝撃を覚えながらも魏徳聖監督の深い緑の中の美しい映像の感動はいまだしっかりと脳裏に染みついています。
そして、その事件があった1930(昭和5)年、台南では日本人技師の八田與一氏が烏山頭(うさんとう)ダムを作り、周囲の環境を劇的にUPさせたと聞いています。


(台北 9日 中央社)日本統治時代に甲子園で活躍した台湾の野球チームのサクセスストーリーを描く映画「KANO」で、俳優の大沢たかおが八田與一役を演じている。八田氏は日本統治下の台湾で灌漑事業に尽力し、今も台湾の人々に愛される台日の友情を象徴する人物で、大沢さんは撮影で来台した間、熱心に八田氏の足跡をたどっていたという。

2008年の「海角七号」、2011年の「セデック・バレ」など話題の台湾映画を手がけた魏徳聖監督がプロデュースし、「セデック」にも出演した若手監督・馬志翔がメガホンを握る新作「KANO」(=嘉農、のちの嘉義大学の前身)は、1931年に台湾から夏の甲子園に出場した嘉義農林学校野球部の物語。台湾、日本、そして当時「高砂族」と呼ばれた原住民族などの混成メンバーが、ぶつかり合いながらも甲子園制覇を目指し練習を重ね、初出場ながら決勝戦まで勝ち進んだ、実話の感動ストーリーだ。

クランクインは昨年11月、野球部員の多くは、オーディションで選ばれた現役の野球少年たちだ。そして、日本から参加する大沢たかお、永瀬正敏、伊川東吾、坂井真紀の豪華キャスト4人が、その脇をしっかりと支えている。

永瀬さんは伝説のチーム「嘉農」を育て上げた近藤兵太郎監督を、伊川さんは監督の師匠役を、坂井さんは監督の妻役で出演する。4人とも、多忙なスケジュールの中、この作品に共鳴しオファーを引き受けたそうで、製作の果子電影では、台日の俳優とスタッフが心をひとつにした忘れ難い撮影現場だったと話している。

「台湾と日本の歴史を撮り続けたい」という魏監督が10年前から温め続けてきたという「KANO」は、今年3月にクランクアップを予定している。


そんな映画が来年上映されそうです。期待を持って待ちたいものです。
もっとも映画の中心は「甲子園のはなし」です。

1931年第17回大会

2回戦 嘉義農林 3 - 0 神奈川商工
3回戦 嘉義農林 19 - 7 札幌商
準決勝 嘉義農林 10 - 2 小倉工
決勝  中京商 4 - 0 嘉義農林

王選手や郭選手、そして日ハムの不動の一番バッター陽 岱鋼選手のルーツを探るような内容だと思います。今から楽しみです。

賽德克·巴萊

横浜のジャック&ベティで小田原では上映されない「賽德克·巴萊(セデック・バレ)」がこのGWに上映されるというので見に行きました。
花蓮の町の大きなお土産物屋さんにも映画PR用のモーナルダオさんと愛犬の銅像がありました。
そして第8回大阪アジアン映画祭の特別映画で上映されて、数人の方から素晴らしかったとのコメントがインターネットでUPされていたので楽しみにしていました。

しかし274分、つまり4時間34分の長い映画です。ジャック&ベティでも1日1回の上映です。気合を入れて見に行きましょう!!

良質の映画、特に経営的に難しい映画を上映する映画館として有名ですが、時間と往復2000円の交通費をかけていくのはなかなか厳しく、小田原以外で映画を見たのは「ヒロシマナガサキ」を岩波ホールで見た以来です。
初めて行くので少し早めに、横浜経由で黄金町。
太田橋を渡り、大岡川沿いに次の橋の住吉橋まで行き右折したらすぐにJ&Bはあります。

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せっかく来たのでまずチケットを購入。混雑が予想されるのかチケットと一緒に整理券を渡されます。はじまる20分前に戻るように言われ、伊勢佐木モールにでもお昼を食べに行きましょう。

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向かうとちょうど横浜みなと祭りを行っていました。
映画を見ながら飲むコーヒーを購入しようと、スターバックスの前でしばらくお祭りを観覧。

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アイスカフェモカのグランデを買って映画館へ。

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1700円×2枚の長い映画のスタートです。

最初から画面の美しさ! スクリーンから目が離せられない美しい台湾の山岳。台湾が美麗の島と呼ばれていたそうですが、まったくその言葉通りの美しい景色です。
と、突然裸足の若者が獲物を追っていきます。スピード感のある画像。
主人公のモーナルダオが獲物を仕留めようとした時、同じ狩場で狩猟をするライバルの村のトンバラ社に横取りをされそうになり、敵の戦士を「出草(首狩り)」をします。
そして時間が経過して…
日本が中国・清から台湾を譲渡します。
第2次世界大戦中の日本人がアジア諸国の人にした蔑視はいまさら話さなくても多くの方がご存じのとおりです。
昨春の台湾旅行でも、特に花蓮のチワン記念教会でもその手の話を聞きました。漢民族よりも原住民族は一段低く見られていたのでしょうか?
その不満は徐々にたまっていき、結婚式の日のトラブルで爆発します。
その爆発は、原住民を蔑視している(見下したものの反乱)とする日本人全員に向けられ、運動会の日に「出草」を行います。
霧社事件です。
こうしたトラブルは民衆の不満を封じ込めるために1部の人たちを「いけにえ」のように蔑視させる政策で、日本でも被差別部落や現在のホームレス問題がそれです。民衆に多くの不満がない時はこうした「爆発」はなくても、政治が荒れると大きな問題として現れてきます。バブルの時はホームレス問題が表に現れにくかったのが、ここ数年生活保護不正受給などホームレスの困窮に目がいかず権利面だけがバッシングされるのがそれを表しているのでしょう。
台湾に渡った日本人のため、漢民族のために、誰かを見下すことが政策的に行われたような気がします。

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勝ち目のない戦いの始まりでした。滅亡への第一歩です。

命について考えさせられました。
自分の命は自分の考えでいいかもしれません。自分の人生をどうするか、は自分で決めてもいいと思います。
でも、そのことによって周囲に迷惑をかけるとしたら…、どうなんだろう?と考えます。
民族の繁栄と滅亡のために、個の命は大切にされなくていいか?という疑問を感じる映画でした。

一族という大切な絆がこの事件を、いや僕らを含めて多くの民族を脈々と歴史として続かせてきたのでしょう。
考えてみれば、キリスト教の旧約の歴史も同じだったのかもしれません。
昔ユダヤの人々は…という子ども讃美歌があります。

昔 ユダヤの人々は 神様からのお約束
尊い方のお生まれを うれしく待っておりました。
尊い方のお生まれを みんなで楽しく祝おうと
その日数えて待つうちに 何百 年もたちました。


この讃美歌にある「待つ」は、自分というこの時間ではないのでしょう。何百年、つまりはアドベントは何十代という民族の歴史の間の話です。神が現れる事を知りながらそれは自分の人生ではない。自分の前ではない、自分という個には栄光が現れない子孫のために「つなぎ」の人生…。

そうした個ではなく民族としての抗戦は、食料をすべて戦士に渡すために女性子どもたちの自死を生みます。
個が失われる、その中でも戦士たちは民族の誇りをかけて日本軍と激しい戦いを繰り広げています。何かむなしい…。

そして、日本軍は非合法の毒ガス(ビラン剤)をしようしてまで躍起になりますが、鎮圧できません。


その時から時代は80年経ちましたが、戦いの片方の国家に属する僕がその誇りについて記するのは不遜かとは思いますが、民族というもへの誇りが自死をしてまで、愛するものを死へ追い込んでまでするものか、という思いはどうしても消えませんでした。

その一方、この騒動のきっかけは、日本兵や教師がよくいっている「教えているのだ」という言葉にあるような気がします。『教える―教わる』関係、『教師―生徒』の関係だとするのなら、師である者の一番しなければいけないことは『相手を知る』ことではないでしょうか?『相手の望み、相手の琴線 を知ること』ではないでしょうか?
それができるから師は尊し、と言われ、それができなかったからこそ、諸アジアで恨まれる原因になったのだと思います。

この映画はその視点で、抗日映画とも反日映画とも言われています。その一面はあるとしてもその側面だけで論議することは決していいことではないと思います。
台湾は今有数の親日国です。
過日台湾に行った報告を「台湾クダクダ通信」に記すよう言われた時に以下のような旨を記しました。
でも、その裏でこうした悲しい事件があり、日本人を恨む人も少なからずいたことは確かです。その人たちが泪を超えて、僕らを歓迎し手を差し出し握手をしてくれたことは「ノーモア・ヒロシマナガサキ」といったノーモアと同じ『(恨みを)してはいけない』という考え方だと思い、その真意を組んで手を握り返したい、と思うのです。

4時間34分…長い時間だと思いましたがあっという間でした。引き込まれたままあっという間に終わってしまいました。
美しい滝、社と社をつなぐ長いつり橋、豊かな山、そしてチワン教会のトイレのステンドグラスにあった額と顎の入れ墨&黒いふんどしの戦士。何よりも主演のモーダルナオ役をした林牧師の壮観で雄々しい顔(本当に牧師かよ(@_@;)) 首狩り族の抗争ですから血しぶきのすごいのは致し方ないですが、そのマイナスを引いたところで見て損のない映画でした。

霧社事件にお詳しい方に案内をしてもらいながらまた台湾に行きたいものです。

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