美麗の旅(鳳信教会)

朝からおなかいっぱいになって鳳信教会に向かいます。
場所はここ
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台湾の原住民の方は、幼い頃は各民族の言語、そして第二次世界大戦前中は日本語を強要され、そして戦後は北京語を強要されます。しかし今80歳としたら第二次世界大戦時に13歳、その時までに受けた日本語を覚え、また故郷のアイデンティティとしての母国語をしっかり覚えています。それは神様との結びつきとはまた違う大切なお役目としての教会の姿が浮かび上がります。
アイデンティティが間違った方向に行けば民族原理主義に陥りますが、自分が自分であるためのアイデンティティは大切だと思います。そのための母国語が教会によって継続されていることは大変重要なことだと思います。

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礼拝は9:30からですが、礼拝の前からピアノとドラムの演奏に信者が歌い祈りヴォルテージが上がります。
司会者も、僕が日本キリスト教団小田原教会の司会をする際心がけている“厳かで落ち着いた感じ”とは違い、DJが楽しく明るく盛り上げるような雰囲気でしている感があります。

礼拝は
招きの言葉
頌栄(15番)
主の祈り
使徒信条
交読詩編(7編 詩編62編1-2、5-8、10-12)
讃美歌(168番1,2,5節)
祈祷
聖書(ガラテヤの信徒への手紙2:15-21)
聖歌隊賛美(交代でエイジンググループが前に出て賛美する? 今日は松年會)
説教「因信耶穌興上帝和好」と牧師祈祷
祈祷
讃美歌(49番)
讃美歌(どういうグループかは不明だが一部の方が前に出て242番を賛美)
ここで日本から多くの信徒が来たので賛美歌を歌ってもらいましょう、的なことが司会者から言われ、僕らは前に出てアカペラで讃美歌493番「いつくしみ深き」を賛美
報告
頌栄(334番)
祝祷

今鳳信教会は、漢民族の牧師さんですので、司会者の黄さんが説教をアミの言葉に翻譚(通訳)をしながらです。
報告の1番目には、歓迎新朋友今日前来本教会一同敬拝上帝・願上帝施恩賜福。と記載がありました。
礼拝が終わると、皆が「平和(ピンアン)」と言いながら握手を求めてきてくれます。またご高齢の方は、日本語で「よく来てくださいました」と言ってくれることは嬉しいことです。

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礼拝が終わると椅子の位置を変え、礼拝堂で愛餐会。
鶏肉料理や野菜料理、いろいろな果物を頂きました。

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途中にも賛美を踊りながら歌います。
日本は説教を聞く教会、台湾は歌う教会、韓国は祈る教会 とたとえられることがあります。がまさにそのたとえ通り、礼拝も愛餐会もよく歌い、よく踊ります。人種や肌の色は違いますが、アメリカの映画の天使にラブ・ソングを…に近いものがあります。
言葉がわからない僕らが一致するため、皆が一緒に賛美の喜びを味わえるのは、こうした笑顔の礼拝なのかもしれません。キャンプファイヤーでの簡単な歌と踊り然り、仲良くなれる気がしました。


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食事を満喫した後、お互いの文化交流。
小田原教会の大山姉が日本舞踊「松の緑」とアンコールの「ほととぎす」を披露し、代わりにアミ族の踊りを披露してもらいました。

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牧師が近くの風光明媚な滝があるので案内をしますとのお申し出をしてくれ、僕らは山中の滝を見てお別れをいたしました。



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この後南下し瑞穂温泉に向かいます。

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美麗の旅(27日朝食)

同室のお二人は僕と違って早寝早起きの健全な生活を営まれている方。5時前には目が覚めたようで、僕もつられて6時ころには起床。
外はシトシト雨降りです。

7時、迎えのバスがやってきました。今日のコースは、鳳林鎮にあるアミ族の教会鳳信教会で礼拝を守ること。お昼は同教会が愛餐会を開いてくれるそうです。その後瑞穂温泉に行きます。

さて、今回の研修は参加者の感想文の提出が求められています。へそ曲がりのTakeと致しましては、教会の研修だからと、教会のことばかり書くのはいかがかと、この日の朝食を話題にしましたので、そのままUPします。


参加者皆が感想文を書くというので一人ぐらいは違った視点で…

****

26日玉山神学院に迎えに来たマイクロバスに乗り込み、僕らは北回帰線近くにあるアミ族の鳳信教会に向かって走る。そして朝食をとるために止まった。昭和中期の“国鉄”の駅前の町・・・・そう小田原界隈で言うと昭和40年くらいの二宮とか湯河原あたりなのか、そんな壽豊火車站(壽豊駅)の駅前にある小さな2階建ての屋台小屋。

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食事は外で食べるのが一般的な台湾の人たち、この小さな町の小さな駅前食堂もご多分に漏れずにぎわっている。油の香りと焼ける音と湯気の立つ店の中から、おおきな餃子が店前のお皿にどんと盛られ、そこから客が自分で好きなだけ取ってレジに行くというスタイル。もちろん餃子だけではなく、ニラまんじゅうや餡入り揚げまんじゅうなど種類も豊富。一種の簡素な中華バイキング。

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お店は若者が多く働いている。きっと看板娘なのか、その中の一人のひときわ目立つ女の子が対応してくれる。お客さんでごった返している中で、ぼくらが異国の言葉でしゃべっているからの親切心か、なにかと世話をしてくれる。案内された2階で食べ始めると、「うちのお店の名物」とフレンチトーストをサービスで持ってきてくれる。

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「日本語お上手ですね」と言えば、ガイドになりたくて東京の学校で勉強中とのこと。また3月には日本に行く、とも。

今回のツアーの目的は、教会員同士のお交わり。東牧師のガイドで原住民族の玉山神学院と教会を訪ねるものだが、こうして到着間なしに花蓮郊外の無名の町の突然入った小さなお店で日本語を学ぶ若者に会えたのも、なんだか教会に行くのと同じくらいうれしい出会いだ。
東先生は早速連絡先を交換。不思議な小さな縁だがなんだかとても大事な宝物のようなご縁。

旅行先がよかったかどうか、は、僕は「3つのしい」だと思っている。一つは「おいしい」二つ目は「美しい」。そして三つ目は「やさしい」。台湾はこの3つがそろったところだった。そして将来またこうしたお交わりによって、僕らも呉さんとの交流が末永くでき、その呉さんが日台の懸け橋となって特に3つ目の「優しい」交流が続いていければうれしいものだ。



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場所はここ。


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美麗の旅(旅立ち)

エバー航空BR-0189は定刻にフライトを開始した。僕らは曇天の羽田空港を後に南西に向かって飛んでいる。
わが町小田原の上空を過ぎ紀伊半島の上空に差し掛かった時、濃緑色のユニフォームにライトグリーンのエプロンをかけたCAさんが機内食を配る。
肉料理に白ワイン、ワインの良識では取り合わせがよくないが、まぁ気にしない。ライムグリーンの食器が感じいい。

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肉料理と言われたが、ブロックやスライスの肉ではなく、肉巻き?のようなもの。でもおいしい。気圧の低い場所、そして今日から4日間お休みのために少しハードに動いたからか、1杯でもホンワカした感じ(笑)
13人+現地2名合流のツアーの会計を任されてしまっているのであんまり気を抜くわけにもいかないのが玉に傷。貧乏旅行しかしない(できない)財布がいつもプアーな僕がみんなの経費という巨額(?)を持っているわけだし・・・・。ワインのお代わりはやめよう(涙)

途中時間を1時間戻した13:30(日本時間で14:30)台北松山空港に到着。入国審査、そして預けた荷物を受け取り、両替をしてこの後のスケジュール確認。人数は多いものの個人旅行なので融通はきく。
台北松山空港から花蓮に行く復興航空GE015便の出港は17:30。チェックインなどに手間取ったとしても1時間以上余裕がある。しかし大きな荷物を持っての行動はその行動範囲を狭めるので、先にチェックインしたいと復興航空に申し出れば15時の前便のGE011便の荷物搭乗が終わってからならいいとのこと。
まずは一息。場内のSabWayでお茶を飲み時間をつぶすが、コーヒー8個をマシンからカップに入れるだけでに15分以上を要す。あっという間に15時になり、熱くて飲めなかったコーヒーを残して復興航空のカウンターに。PCを持ち込んだ僕は不安なので一人コインロッカーに入れるが、コインロッカーの使い方がわからない(笑)
どうも鞄を入れた後、まずロッカー番号を押しレシートを受け取るようだ。そのレシートに解錠の番号書きされているからなくすと大変なことになる。3時間で70元だから180円程度。

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ところが訳のわからないコインロッカーと格闘しできた喜びでお釣りを持ってくるのを忘れた(笑) 結局100元270円を支払った形なので、なんだ東京と同じ料金じゃん、と物価の恩恵にあずかれずに自分を慰める。

空身になったのでMRT(都市鉄道)に乗る。遥か向こうに台北101がかすんで見える松山機場から地下鉄文山内湖線に。切符の自動販売機に行く。まずはパネルにタッチすると、料金と枚数表が出てくる。ここから台北車站までは25元(68円)。

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切符は1度に10枚まで買えるので10を押し、1000元を入れる。・・・・と、返金される。日本でもそうだが、しわがあったりすると認識してもらえないのでしわを丹念に伸ばして再度トライ。
が、だめ・・・・。何度かやってから機械の下に注意書きがしてあることに気がついた。コインもしくは100元札、200元札のみ有効。だから1000元札はしわを伸ばしても駄目なんだ。
100元札を入れればすぐにトークンが出てきた。
トークンとはプラステックのコイン型の切符で、中にチップが組み込まれている。
日本の改札と同じようにタッチパネルがあるので、そこにトークンをあてると通過できる。

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で、出るときはコインを入れると出れる。

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MRTは混んでいた。そして忠孝復興站で板南線に乗り換えるとその混み方はますます増した。
そして台北車站に着くとその混雑ぶりは日本の出勤時の新宿駅並みだった。
しかも大きさも新宿駅よりははるかに広く、複数階にわたっている。出口に行くだけでヘロヘロになってしまい、そのままタクシーで松山空港に戻ることにした。
何しに行ったか、と思ったメンバーもいたかもしれないけれど乗り鉄鉄ちゃんの毛がある僕には楽しいひと時でした。

松山空港に戻りいよいよ花蓮までのフライト。ATR72という大きなプロペラの小さな飛行機だ。機体後部にある1か所だけの出口につけられたタラップを上り機内へ。シートは左右2列。

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着席してしばらくすると豪快なプロペラの音。第一次世界大戦時を描いたカサブランカのワンシーンを彷彿させる音に聞き惚れハンフリーボガードの気分を味わいながら短い空の旅。


すでに真っ暗になった花蓮空港に着くと、ディバンスクルマン宣教師とサウマさん、そしてここから28日までご一緒する北海道の学生さんの佐藤さんが待っていられた。
毛さんという運転手さんのマイクロバスに乗り込み、一路玉山神学院へ。

途中花蓮郊外のセブンイレブンで、これからの3日間の決起集会(?)用のビールを買う。


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えっ、日本酒?「玉泉」という名前。ディバンさんにお聞きすれば、米が違うので少し味は違うかも・・・・とのこと。それは飲み比べしなければいけない。文化の違いを実感することは研修のミッションの一つだ。
おでんおいしそう、とか、このつまみがいいね、といいながら静かな町のセブンイレブンに、わけのわからないリーベンレンが大挙して押しかけワーワー言いながら通り過ぎたのは大型台風のような感じかもしれない。
ちなみに台湾のセブンイレブンは1枚のレシートで入力できる商品数は40品に限られているそうで、ここの買い物だけで2枚のレシートになってしまった。

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山道を走り玉山神学院に到着。
陳先生が歓迎をしてくれた。第二次世界前中日本人が武力によって統治した時代、台湾の人たちにも日本語を強要したので、陳先生はじめ多くの方は日本語をしゃべれる。
鶏もも1本がドンと鎮座しているお弁当をビールで喉を湿しながら頂く至福。気心の知れた仲間と歓迎をしてくれる玉山神学院の先生方との楽しい会話、ワクワク感いっぱいの最初の夜は更けていった。

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美麗島予習(10)

台湾の研修が近づいてきました。研修とはいえ、旅となれば気になるのは天気。
日本の法律では天気予報は1週間までと決められているそうですが、海外のSiteですと2週間先までの天気予報が見れるので便利です。

まずは台北。

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25日に到着ですが、そのまま花蓮に向かうので、実質台北にいるのは27日の夜~28日の昼間で。
雨のようです(笑)
特に28日は台湾では記念日で2・28和平公園では大きなイヴェントが開催されると思います。少し残念な天気です。
天気が悪いせいか、前日の27℃という夏の陽気ではなく20℃程度という気温は救われますが・・・・。

一方、花蓮です。

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1週間に10日雨が降るような天気です。すでに過ぎてしまった何日かも毎日雨続き。しかもしばらく留学していた東牧師の話によると、僕らがお泊めいただく玉山神学院のゲストハウスのあたりは、鯉魚潭という大きな池の影響もあって非常に湿度が高いらしいです。
26日の日曜は最高気温28℃は、極寒の日本から行くには厳しい気候かもしれませんね。

ま、いずれにしても雨の中の研修旅行になりそうです。対策をしっかり整えて望みたいものです。

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美麗島予習(8)

今回の台湾は、「お楽しみ」の観光の一面は持っているものの、主たる目的は「教会の研修」。
そして日本キリスト教団とも近しく東牧師がしばらくの間学ばれていた玉山神学院がベースとなるので、その周辺のキリスト教関係の場所は立ち寄ることになります。
タロコ渓谷の入り口にチワン記念教会があり、そこにも立ち寄る予定になっています。
個人名+記念、と書かれれば、それは少なくともキリスト教に多大な影響を与えた方だと思います。

そこでチワンさんについて事前に知識を入れておこうかと思いましたが、残念ながらいろいろなインターネットで検索しても、チワンさんのお名前は出てきませんでした。
が、そこから延長したお弟子さん(?)にウイラン・タッコさんがいました。
台湾ではキリスト教信仰の父のような方のようです。

残念ながらチワンさんと同様にこのウイラン・タッコさんも存じ上げなかったので、以下のような子ども向けの本を購入しました。

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偉人伝は道徳の本に類似している一面があり、内容は少し鼻につく面もありましたが、日本統治下(天皇=現人神)の台湾、そして原住民という一面、信仰を伝えていくことは本当に困窮をされたことは、子ども向けの本からも容易に察しがつきます。
そんな困窮をしながらも信仰を続けた方、それはペンテコステ後のイエスの弟子たちや戦国・江戸時代の隠れキリシタンと同じ大変なご苦労があったでしょうけれど、そんな困難にくじけなかったのは、信仰の先達がやはりいい信仰を持っていたのでしょう。

チワンさんの生涯は現地でいろいろ聞き及んで来ようと思います。

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美麗島予習(7)

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繰り返し書いてきた「台湾の実情」を理解する、そのための読書も10冊近くなってきました。そして手記を読むにつけ、その方の台湾論が理解出来、おぼろげながら、近代史=政治をわかりかけつつあります。

そんな中手に取ったのが前玉山神学院校長の楊師の著書。

今までの多くは、第二次世界大戦後の外省人と本省人の対立だけが軸でしたが、このご本は原住民族の立場で書かれている記述が多いこと、そして何より同じ信仰の先達の文章ということもあり、理解しやすかったです。
多くの本を読んだ上だからかもしれませんでしたが、最初にこの本を読んでいたらほかの本は手に取らなかったかもしれません。そのくらい、自分の持っていた疑問が解消されました。

そして同時に台湾長老教会が望んでいる中国の教会との交流という祈り。それは何か日本の教団の中の問題と近く感じられました。
僕らはその神学院にお世話になります。お会いすることは叶わないかと思いますが、先生の育てられた学校に伺えるのが楽しみです。

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美麗島予習(6)

ルポライターの福島香織さんがTwitterで、『でも台湾の報道統制は日本よりきつい。書けないことはいっぱい。中国よりは自由だけれど、日本よりはきつい。盗聴もある。民進党の8年間はなかったが、国民党時代はずっと盗聴があった。08年の政権交代のとき、記者たちは過去一年の記事提出を当局に求められた。』2012.01.13 16:39
とつぶやいている。

日本は、政治や社会に無関心という悪しき面もありますが、統制や自由の抑圧という面は低い国だと思います。

過日も別の何かに書かれていた「北朝鮮は泣かないと逮捕される、と言うが、日本だって君が代を歌わなければ首になる危険性がある」と書かれていて、まったくそのとおりだと思います。
国を愛することと、権力者にひれ伏すことはまったく別の話ですが、統制を取るためには『愛することを形に表せ』と権力にひれ伏させる、そんな流れが出ていますが、それでも中近東や東や東南アジアのニュースになる他国よりは自由です。

台湾も日本に近い自由な国家だと思っていましたが、なかなかそうではないのですね。特に中国との関係が、大きな国策の柱になる国にとって見ると、外交・防衛、そして派生する文部(国語)や貨幣という問題に及ぶので、ピリピリせざるを得ないのかもしれません。

明日はその台湾の総督選挙。与野党第一等候補者の伯仲した中での選挙と聞いています。他国のことですので、僕が口を出すことは憚られますが、いずれの候補者が勝利しても、方針は自由を謳歌できる国家、仲良きことが良いことと言える国家になってほしいですね。

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美麗島予習(5)

2月末の研修に向けて、一生懸命読書による情報収集をしております。

何度か記しました台湾の近代史における疑問は2つ。1つは、第二次大戦後中国から来た外省人が政治・経済を支配していくのを本省人は何も疑問を持たずにされるがままにしていたか?ということ。
もう一つは、第二次世界大戦で痛めつけられた日本に対して、なぜここまで親日でいるか?ということ。

その2つ目の回答の一部が、この正月に読んだこの本にあったような気がします。

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遠藤周作氏が、ある時自宅で大学の入試問題に自身の文章が借用されそれと模範解答が記されているのを見たときの話です。
1問目に、次の文章を読んで筆者の意図を「あ~え」の中から選べ、という問題にでした。
遠藤氏は「あ」だと思い、模範解答を見たところ、それは「う」と記されていたそうです。
自分はそう意図して書いたつもりが、それは間違いと言われ釈然としなかった、と書かれていました。

歴史も同じだと思います。本当のところ、真実はどこにもない。みんな自分の視線で正しいと思っている、と信じているだけだと思います。それでもより信憑性を高めるためにすりあわせをする。でも思想やアイデンティティ・利害・感情などがそこに加味されてうまくいかない。そんなものが歴史でしょう。
遠藤氏の事例はそれでもひとりの考え方の問題でした。ですから一致する可能性は低くなかったでしょう。
でも歴史は、1人でない。多くの人々の営みが歴史ですし、また文化や価値観を異とする異国との外交もありますから、遠藤氏の文章どころの騒ぎではないでしょう。
そうした時に1人の、また1冊の文章を持って、すべてがわかったような顔をしてはいけないとは思います。

しかし素直な言葉で書かれた、この本省人のお嬢さんの言葉はスッと入ってきました。
台湾人の優しさと日本人と似ている文化が、あの第二次世界大戦を許してくれる要因かと思いました。
あと50日ほど、もう少しいろいろな側面から学んで研修に備えたいと思います。

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美麗島予習(4)

九(ジォウ)フェン(にんべんに分)という町があり、ジブリ映画「千と千尋の神隠し」のモデルになった町と聞いています。もちろん宮崎氏は単独の街だけを見たわけではなく、あちこちの街を見て歩き、咀嚼し、自分なりの街を作り出したのでしょうし、信州上田に行ったときにも、同湯場のモデルと自負している旅館で風呂をもらったことがありますが、その時の上田電鉄が、緑の田んぼの中を走る姿は、まさしく銭婆のところに行く水の上を走る電車さながらの光景でした。オーバーラップしたその場所に「これこそ」と思ったものです。
が、このジォウフェンの街をインターネットで見たときも同じような感覚を感じたものです。
いずれも懐かしい日本の(寺社町のような)信仰心豊かな門前町の様相を感じました。

しかしそのジォウフェンは台湾では映画「非情城市」の街として名高いと聞きました。その「非情城市」のDVDを東牧師がお持ちとのことで、とある夏の栄町集会でともに鑑賞いたしました。

事前の時代背景・情報のないまま、また耳になれない外国(台湾人)の方の名前が何人ものでる映画なので一度で理解するのは難しかったですが、ベースは日本の戦後直後、進駐軍や闇市が幅を利かせている最中のやくざ映画(利権闘争)に近い映画でした。
ただ一点大きく違うのは、そこに(このBlogでも何度か記した2・28事件を中心とした)本省人と外省人の争いがある点です。
台湾の近代史はどうしてもこの事件を避けられない大きなものがあるようです。
理解度が少ない中、何とかこの映画を理解しようとインターネットで探したのがこの本でした。


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思った内容とは若干違いましたが、この映画の中で歌われた「幌馬車の唄」を中心に、追ったドキュメントは、いろいろと思うものが多かったです。

日本が大きくかかわった台湾史は、やはり明治以降昭和中期までのいくつかのアジア内での戦争があります。
そしてそれは大きな疑問である「中国・韓国の対日本」の思想と違う「台湾の対日本」思想を考える一つの大きな資料になりました。

興味を持たれた方は、まずDVDの「非情城市」をご覧になってみてください。

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美麗島予習(3)

よく初対面の人と話すときは「天気」や「スポーツ」の話から入れ、といわれます。たわいない話から徐々に親しくなれ、という意味だと思います。
逆にしてはならない話が「政治」と「宗教論議」。こちらは、「正しい(真理)」が人それぞれ違うので、どうしても話に溝ができやすいので、あまり親しくないうちはしないほうがBetterだということでしょう。

近代史はそのまま政治につながります。特に日本は、第二次世界大戦によってひどい目にもあったけれどひどい目にもあわせてしまいました。そしてその後、多くの国家が歩んだ資本主義の世の中とは違う価値観の共産主義の国家ができ、近代史がどうしてもその後のそうした「日本とのかかわり」の中で「主張」を入れた書き方になる嫌いがあります。
第二次世界大戦が終わり、日本の統治が終わるころ、中国大陸では毛沢東氏らと蒋介石氏らのグループが対立し、戦いに敗れた蒋介石氏らは台湾に亡命し新政府を樹立します。この時中国から渡ってきたグループを外省人とよびます。その数は200万人とも言われ、その数に物を言わせ我が物顔に支配力を強めます。
もう少し時間があるのでいろいろと見識を広げたいのですが、なぜ突然入ってきた外省人に主導権を奪われてしまったのかは謎です。
彼らが入ってくるまでの台湾の人たちは、本省人と原住民です。本省人は外省人が来るまでは経済や政治を握っていたので、そこで大きなトラブルが起きます。「白色テロ」です。

※ 「白色テロ」とは為政者・政府・政権者が、民衆を弾圧するための暴力行為です。

その話を映画にしたのが非情城市です。(この話はまた後に記したいです)

そんな第二次世界大戦後の話の参考にとチョイスしたのがこの2冊。

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僕の中高時代から非常に著名な漫画家でした小林よしのり氏。でもタッチ(画風)やナンセンス漫画が僕はあまり好きではなく読んでいませんでしたし、最近は右傾化した発言も鼻についていたのでまさか僕が氏の本を購入するとは思いませんでした(笑)
2冊読んでのファーストインプレッション。
小林よしのり「台湾論」を超えて は、ゴーマニズム宣言を読んだ上の批判ですから後出しじゃんけんの感が否めません。
ゴーマニズム宣言は、そのタイトルはどうも「この内容は自分の傲慢な態度(気持ち)で書いた」という宣言だそうですから、他人の批判を受け付けていないという意味では反論する術をなくしています。

ただ、ゴーマニズム宣言は、やはり「盲人象をなぜる」の粋を脱していないように思います。根底から中国から蒋介石氏らとともに来た国民党政権は、(自分の嫌いな)中国人だという前提に立った書き方のような点。日本人の第二次世界大戦における位置づけも、そんなに悪いことはしていないし、それよりも功績がたくさんある、という意識が見え隠れしています。その2点を「盲人象をなぜる」にたとえれば、触った部分だけを綿密な描写で書いているので、(もし触ったところが)足ならば、太さ、固さ、剛毛が生えているなどはよくわかるのですが、象の特徴の鼻が長いとか、耳が大きいとかはわからないような気がします。台湾の近代史の苦悩や文化はそんなもんじゃないだろうという気はします。
そういう意味においては、ゴーマニズム宣言を読んだ後にそれを批判する形で書いた後出しじゃんけんの嫌いはありますがあわせて読むことでなんとなく理解はしやすいと思います。

でも、この2冊の本は両方ともまじめに書かれています。自分の思いを一生懸命ぶつけようとしているので、僕の意見と同じや違うとかという面を除いて読むことはいいかもしれません。違う意見がある場合は両方の意見に真摯に耳を傾け、理解をするように勤め、そこから自分なりの回答を導き出せばいいのではないかと思います。
両方の本を読んで、2・28事件の前後に関しては、小林氏の意見に同調できる部分はたぶんにありました。
が、第二次世界大戦中の出来事は、小林氏の意見には賛同できません。

台湾はこの1月に総統選が行われます。ただ、小林氏や右よりの方が批判する馬政権は日本より中国に擦り寄る姿勢がある、という考えは僕はありません。あの東北の震災における台湾の方々の思いは、為政者の思惑を無視したものではないように感じます。一体となった気持ちと僕は受け止めています。

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