野宿者のことを学ぶ中から

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「さとにきたらええやん」上映会がこの日曜 30日に行われます。映画のあと北村年子さんを講師にお話をお聞きします。
一つは釜ヶ崎にあるこどものさとに集まる子どもたちが血縁でなく地縁で結ばれた多くの大人たちの愛情で育っていく「道親」と言う考え方の拡大。
そしてもう一つは野宿者がおかれている現状。
そうした中、小田原でも野宿生活を余儀なくされている方のこと、それを支援する側に釜ヶ崎のこどもの里と同じように子どもたちがいるのなら、もっと深く聞きたいというと言う要望が出てきたので、映画会の第2弾を開催する運びとなりました。

会場は80余人ですので、早いもの順です(^_^)/
予約もお受けいたしますのでご興味ご関心のある方はご連絡ください。

原爆投下の日

正確な時期は失念したが1980年代中旬から小田原のスクランブル交差点で小田原在住の被爆者の方と一緒に原水禁の署名と募金活動を約30年続けた。
きっかけは、

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の絵本でも紹介されたHさんの音頭取り。(右下の小田原と書かれた方)
世の中を変えることが出来るほど大きな力ではないことは分かっているけれど、町の中で大きな声をあげてPRすることが、すなわち風化防止。なんだかわからない輩がでかい声張り上げていたな、原爆がどうだとか…。そんなあやふやな理解でもいい、原爆と言う言葉がインプットされれば、いつかその記憶が蘇える。
何割の方に理解して頂けたかもわからないし、今日日「長崎に原爆が投下された年月日は?」と問われて何割が正解を言ってくれるかも知るのも怖いくらいなデータなんだろう。少しでも食い止められればと切に思う。
その活動が今から約30年前に終止符を打たざるを得なかったのは、もう被爆者の方々も(もちろん僕ら教会での協力者も)高齢になり、夏の暑い昼下がりにやれるだけの体力が無くなってきたから。活動をやめなければならないのは悔しいいし苦しい。
苦しい…それは思いが広がらないという側面がそういう気持ちにさせる。始めた方の意志が通じ国の考えが改まったならともかく、思い半ばでやめてしまう事は申し訳ないという気持ちも湧く。
でもスタンディングだけがPRではない。今僕らは自由にFacebookやツィッター、ミクシーなどのSNSに投稿する権利を持っている。
9日、僕らは今一度原爆に想いを馳せよう! 唯一の被爆国、いやそんなことはない、実験地に住むネイティブアメリカンやビキニ環礁の住民たち、そしてチェルノブイリに住んでいた方々・・・。みんな被害を受け困窮の日々を過ごしている。そうした人たちと一緒にやはり原子力の使用は人類には無謀だと言わなければならない。そしていかなる理由であれ人を殺める権利が無いことも声を大にして言い続けたい。

8月10日のパトビラ(№990 - 小田原市生活支援課と意見交換してきました -)

毎週、野宿を余儀なくされている方(ホームレス)のところを訪問する際に持っていくパトビラ、今日はこんなことを書いてみました。
いつもはA4一枚ですが、書ききれなく今日はA4二枚です。

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8日に小田原市福祉健康部生活支援課と意見交換をしてまいりました。
大きなテーマは2つで、その1つはジャンパー問題に端を発した「生活保護行政のあり方検討会」報告書の「改善案」の動向。
1.所内で研修をたくさんしてどうすれば正しく優しく生活困窮の人たちと対応できるかの検討。 
2.1項で学んだことを窓口やケースワーカーの訪問時に実践できるようにする改革。このなかには既に改正した「保護のしおり」やそれを使っての人権に伴った利用審査、保護の申請からの決定まで14日で治める努力の徹底などがあります。 
3.またケースワーカーなどの職員が仕事をしやすくするような環境づくり。人員の増員や市長・副市長とのミーティングなどをする等を掲げています。 
4.保護を利用している人が後ろめたくないように、当然の権利と胸を張って使えるようにすること 
5.市民に開かれた生活保護。4項と類似していますが、市民が保護利用に理解をするように啓発していく。 こうしたことをしていくと報告がありました。

もう一つのテーマは、NPO無料低額宿泊所からアパート等への転居や無低の施設概要について、です。
いわゆる厚生省課長通達7―107で、面接時にいくつもの要件を中心に総合的に判断をすること自身は異論ないですが、「あり方検討会」の中で有識者の方が、一時宿泊所なので長期無低に留めるのはよろしい事ではないと語り、それについては市側も納得したことなので、最低限の金銭管理や火元管理などの安全管理などができる人に関しては、アパートに転居後にケースワーカーさんと一緒にそのほかの詳細改善をしていけるようにしてほしい事。面接官が本人以外無低の運営者や施設管理者などの意見を重視するのは(空き部屋を嫌がる運営者と言う立場なので)アンフェアーになる、等の意見を提言してきました。
多くの部分は市役所担当者も納得していただいたので今後改善されると思っています。
こうした意見交換会は定期的に行っていきたいと思います。


小田原市さんが板挟みで大変なことは重々承知の上で、でも国や県は顔の見える関係じゃなく、僕らが頼るのはやはり市行政なのです。野宿の一人一人の顔を見ながら、困窮の悩みを直で聞きながら、小田原で生活してよかったと言える街づくりにしていってほしいです。そのためには市民グループとして協力を惜しみません。

第三のレス

30日の会が神奈川新聞の紙面に載りました。取材ありがとうございます。
それを実行委員仲間の友人がフェイスブックで教えてくれました。ありがとうございます。
そうした2つがあってこのトピックスをあげることができました。

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houseless(物質の家というものが無いハウスレス)とhomeless(帰る場所・家族などの精神的なつながりが無いホームレス)は以前から多くの方の指摘がありましたが、今回北村氏はinformationless(と言う言葉は使わなかったけれど情報不足)も一つの貧困になると言われました。

なかなか理解できずにおりましたが、学校でラインの仲間外れなどといういじめが多発していることなどは、お金があり、家には心配をする家族がいても、長時間ともに過ごす学校の仲間がいなくなると途端に人生が謳歌できなくなることなのだと、後々実感がわいて…。

いまや情報と言うのは一つの大切な道具であり、それ故多くの人が、ラインやフェイスブックなどでほかの人とつながりを求め、そこからの情報で安心感を得ている時代です。
それを良し悪しと言う分析をしたところで、残念ながらそういう事実はありますし、このBlog自身だって、一番最初に書いたように、新聞記者と僕にその情報をフェイスブックで教えてくれた友がいなければ成り立たず、その嬉しい情報をほかの仲間とも共有したいという意思によって成り立ちます。
スマホと言う物質を持っていながらも、まさに「情報ホームレス」の問題は新しい貧困(心の痛手)を生み出す問題なのかもしれません。

それに第三次産業は情報で利益を生み出している産業帯です。インサイダー取引なんて言葉があるように、その情報を不正に取得するのは法で罰せられています。それだけ情報は貨幣価値を持っている事でもあります。
パソコンの使い方がわからない人が不平等に、不利益をこうむらないように、少なくとも人と人との交流の中では考慮しなければならないのでしょうね。

原爆投下の日

アメリカの核の傘に守ってもらっている日本。ゆえに核兵器廃絶条約の国連会議に参加しなかった。
世界中に多くの衝撃を与えた、直後のヒロシマ原爆投下の日。
核の傘と言うのは何か?アメリカが核をもっていて何か有事の時は核兵器を使うぞ、だから戦争を仕掛けるな、と言う意味なのだろう。
憲法9条1項:.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
ここに書かれているのは「威嚇すらしてはいけない」という理論の最高の思想をもちながら堕落していく姿を見ていくのが忍びない。
子どもの喧嘩だってそうだ。兄貴や親の姿をちらつかせるのは卑怯者だ、と言うのは僕ら子どもの頃の常識だった。かっこ悪い事だった。
そういう時代を過ごした僕は、日本国がそんなかっこ悪い事をしているのが残念でしょうがない。

8月3日のパトビラ(№989 - 土用波には気を付けて -)

毎週、野宿を余儀なくされている方(ホームレス)のところを訪問する際に持っていくパトビラ、今日はこんなことを書いてみました。

中国の思想に五行と言うのがあります。すべてを5つに分けて考える発想。酒を飲んだ時に「五臓六腑に染み渡る」という五臓もそうだし、高松塚古墳で見つかった墓を守る空想の動物「玄武・白虎・朱雀・青龍・麒麟」もそうです。
季節も「春・夏・秋・冬」のほかに季節の変わり目18日間を「土用」と呼びます。春、秋、冬の土用は廃れてしまいましたが、立夏直前の18日の夏の土用は風習や文化として残っています。江戸時代夏の間は誰も食べることのなかった鰻屋のご主人のボヤキを聞いた平賀源内さんが「土用の丑の日に鰻を食べる」という日本で初めてのキャッチフレーズを作り、鰻を食べる習慣ができたのも夏の土用が文化として生き残る原因の一つかもしれません。
さて、この時期の海は、「土用波」と恐れられています。これは、日本の周辺は穏やかでも、南の大海の中では台風が発生していて、その大波が日本の海岸まで来るからです。天気はいいし、風は凪っているし、絶好の海水日和、なはずなのに、注意を喚起する黄色い旗や遊泳禁止の赤い旗がはためくのはそうした遙か南洋の台風が影響しています。見える危険には人間は注意しますが、見えない危険には案外不注意なもの、海岸の方は気を付けて下さい。


ペテン師はペテン師でござい、と言ういでたちでもないししゃべり方でもありません。誠意にあふれている容姿であり言葉でもあります。だからこそ引っかかってしまう人が後を絶たないのでしょう。
海もそうなのかもしれません。台風の荒れた海ではだれも泳ぐことはありませんが、端が黄色や赤でも静かな海だったら大丈夫だろうと気が緩んでしまうものかもしれません。
でも、それが危ないことは繰り返し喚起することは大事なことかもしれません。
台風が続々と発生しています。野宿を余儀なくしている人だけではなく、夏休みです。レジャーの方々も十分気をつけてほしいものです。

下流老人

語り口は、まるでケーシー高峰さんや綾小路きみまろさんを髣髴させる、辛口(棘のある言葉)を織り交ぜながら飽きさせないように話を進めていく。
7月22日、教団紅葉坂教会で行われた、神奈川教区寿地区センター主催の藤田氏の講演には時代に即したタイトルゆえか満員御礼。お仲間のSunaoさんの司会進行のもと定時に始まりました。

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下流老人…誰が貧困でもいけないですが、なぜ高齢者の生活が安定しなければいけないか?と言えば、若い時に一生懸命働いて年金や税をまじめに支払っても、高齢になったとき国は自分の生活を保障してくれないとなれば、年金や税を尊重しなくなるのではないでしょうか?
そう言う意味において「くれ騙し」にあったような高齢者の貧困は市民に大きな不安をもたらせます。

貧困のレベル、それは1人暮らしでは125万/年、2人なら170万/年、4人なら245万円/年(いずれも直接税をひかれた後)で、これを下回ると生活が困窮し、たとえば暑くてもエアコンの使用を我慢しようという気持ちになり、熱中症で救急搬送されたりもある訳です。国民年金だけだとこうした所帯になりやすいのが現状の日本で、これ以下の所帯を貧困所帯と呼び、全世帯の中の貧困所帯を貧困率と呼びます。
日本は16.1%が貧困でOECD加盟34か国のうち6番目に悪い数値です。
これを高齢者所帯だけで見ると19.4%に跳ね上がり、OECDワースト4となってしまう訳です。
日本は景気がいい、とか、アベノミクスなどと言われていますが、人生の終盤の時先進34国の中で下から4番目の貧困の中で生きるという事は将来に希望を持てない国家なのでしょう。
もうひとつ問題は、リタイアした後別所帯である子どもにもSOSを出すことが不可能な状態であることも注視しなければならないです。正規雇用率が低くいつ解雇されるかわからない不安定な状態では親の面倒を見たくても不安でできないこともあります。

そういう下流老人が増えた今の日本。ならではの事件事例はたくさん発生しています。
・2015年5月に起こった川崎市の簡易宿泊所火災事件
 ここはドヤと大差が無く正規の住居に住めない貧困の要支援、要介護1,2級の方もたくさん入所していました
・2015年6月に起こった新幹線内の放火事件
 高齢者が困窮の日々に嫌気をさして焼身自殺を図った事件
・2016年1月のスキーツアーバスの事故
 65歳と言う高齢者が深夜バスの運転手を続けなければならない事情
・2015年11月 埼玉の心中事件
 47歳の娘が81歳の母親と74歳の父親の未来を苦にしての心中事件の裏には、生活保護利用問題がありました。、
・2016年10月28日 軽トラが登校の列に突っ込んだ事故
 87歳の運転手は認知で自宅が分からず走り回っている最中のパニック事故 

こうした事例は加害者だけに責任を負わせるのは忍びない気がする事故事件ばかりです。

今日の講演会のサブタイトルは「ひととのつながりが貧困と闘う武器となる」です。
講師の藤田氏は貧困と言うのは経済的な問題だけではなく、つながりが切れることで情報が無いことで生まれる部分も多いと語ります。孤独死に対して不安を持っている人が先進諸国の中で高いことがそれを裏付けていると思います。

「核家族」が日本の家族形態になって幾久しいです。それによって孤独死の不安の増えているのかもしれない中、「拡大家族」は大切だと藤田氏は説きます。それは一つは教会(宗教団体)であり、一つは市民力(ボランティア力)ではないでしょうか?
野宿者支援、そしてこのあと7月30日に上映する「さとにきたらええやん」の映画の一つのテーマ道親。こうした大きな動きをするには「核」が必要です。個人が個人でそれぞれ動いてもなかなかできるものではありません。
その核になるのが上記の宗教団体や市民のボランティアです。

さて日本の平均余命は90余歳。しかしその年齢は死産(0歳)や交通事故や病で若くして亡くなった方の年齢も含まれていて、中位寿命で平均余命より3年ほど長いと言われています。いずれにしろ60歳でリタイアしたならあと30年ある訳です。会社人としてのリタイアは人生の2/3の部分にある訳です。
残りの1/3は自分の生活を気にせず、余暇を楽しんだりボランティアとか社会貢献をするときなのでしょうけれど、その時まで働かざるを得ないことが問題です。上記のように「ひととのつながりが貧困と闘う武器」として闘ってほしい方が闘えない状況に陥ってしまいます。

日本は最低賃金もドイツの半分程度です。賃金が低ければ社会保障は手厚くなければいけませんが、それも低いです。
昭和の右肩上がり、「待ちぼうけ」の歌ではありませんが、二匹目のどじょうを狙って無策のまま過ごしてきた日本は、いつの間にか貧困国家になりました。子どもも若者も高齢者も貧困に喘いでいるのに、なぜか意識だけは相変わらず中流意識。実はそこが問題なのでしょう。
『理想主義のない現実主義は無意味である。現実主義のない理想主義は無血液である。』ロマン・ロラン氏の言葉です。多くの国民に中庸左派の意見を言うとそれは理想で現実的ではないと言いますが、自分が貧困であるのにその現実を直視せず中流でいるつもりも大いに非現実的です。
社会が変わらないとまさに「無血液」な社会が蔓延しちゃいます。
よい学びの時が与えられました。感謝です。
という訳で本買っちゃいました。ゆっくり読み直したいものです。

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7月27日のパトビラ(№988 - 先進国トップクラスの国民全部の貧困 -)

毎週、野宿を余儀なくされている方(ホームレス)のところを訪問する際に持っていくパトビラ、今日はこんなことを書いてみました。

『ホームレスはどこへ行った?17年は5534人、13年比33%減少』23日J―CASTは報じています。あわせて昨日行われた横浜寿町で活動している日本キリスト教団の地区センター主催の講演会の講師藤田孝典氏は「下流老人」と言う言葉を紹介し、ここ近年特に単身となった高齢者は年金等だけでは生きるのが難しいという数字を示して話されました。日本の貧困率(単身者は125万円以下、2人世帯は170万円以下等)の家庭は16.1%と非常に高く、こうした家庭ですとエアコンの使用をあきらめてしまう日も増え、救急車の出動が増える結果になったりします。特に高齢者の貧困率19.4%というのはOECD加盟国でもワーストクラスの比率です。野宿生活を余儀なくされている方は減ったかもしれませんが、実は日本中が貧困化しているのです。それでもこの国の為政者はやれオリンピックだ、やれ大阪万博だと、目の前の国民の福祉には見て見ぬふりしています。
さて少し先の話ですが、8月8日に小田原市と意見交換の場を設ける運びとなりました。参加なさりたい方、意見を伝えてほしい方いましたら僕らの方によろしくお願いします。


このBlogでもご紹介ました地区センター主催の講演会
近々に著書<下流老人>を購入したならあわせてレポを書きたいと思っていますが、単身者なら月額10万余、2人世帯なら14万円。年金世帯になったら僕ら夫婦もそういう金額、つまりは下流老人の仲間入りです。
人のこと構ってる場合じゃない、と言われるかもしれないけれど、そして過日大阪行った時に友になった方と飲みながら話したことかもしれないけれど、今他人に構うことで自分の知識になるのです。そして知識がつくと「いや、この政治はおかしい」と思えるようになるのです。そしてそうした人が増えれば世の中よくすることも可能です。

下流老人

1か月前になりましたので告知です!!

初老の子なし夫婦、だからさほど日々の生活にお金がかかるわけじゃあないけれど、それでも時たま生活が厳しいなぁと思う時がある。
やはりこの国は多くの中産階級が一気に下流化しているのだろう。
野宿者の支援をしていて、関連の本を読んだりニュースを聞いたりしてもそうだ。
生活の困窮を訴える人が路上生活(いわゆるホームレス生活)をしていない所から見聞きする機会が増えた。若いご家族が3食食べられない、とか、派遣で働いているけれどアパートに住めないから24時間店で夜を過ごす、とか…。

そんな昨今の現実を知り、自分の生活にどう生かすのか? 退職が間近に迫っている中、僕らも例外ではない。
寿地区センターで下記の学習会が開催される。

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場所は紅葉坂教会。地図はこちら

釜ヶ崎フィールドワーク(2)

余韻が覚めない…(笑)

子どもの里では、突然入ってきた見ず知らずのオッチャンである僕にも子どもたちは興味津々。人懐っこく、洋服の裾を触ってきたり、通り抜ける時にちょっと手を伸ばして僕の体を触りながら抜けていく子もいた。
想定内の事だがこのタッチがちょっとうれしい。

知らないおじさんに声をかけられても返事しちゃだめよ。
この言葉はすでに僕の子どもの頃から聞いた言葉。
でも僕らの子どもの頃は同時に近所の顔見知りの人の家にはずけずけと上り込んだりもした。

声かけられても無視をするように。隙を見せないように。子どもにそう教えるアチコチ。
昔よりもそういう危機感持たざるを得ないと思う親御さん増えたよね。そう言わざるを得ないのなら治安が悪いんだよね。

でも釜はそんなこと言われて育っていないのだろう。あのさりげないタッチは、僕を仲間として認めてくれた証。声をかけられたら返事をしていい仲間として認めてくれた証。

釜は治安が悪いといううわさがある。でも本当はどっちが治安が悪いんだろう?
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