25'th anniversary Travel diary(4章3節 午後は西に向かって)

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午後は、キャベンディシュを離れて西の観光地に向かう。
が、まずは腹ごしらえだ。

ニューグラスコーにあるPrince Edoward Island Preserve(2841 New Glasgow Road New Glasgow, )が昼食のレストランだ。ここで作られているジャムが格段においしいと言う。ガイドのkayoさんのお勧めは、ベリーベリーチェリーだ。・・・・カタカナで書くとなんだか分からないが、ラズベリーとブルベリーとさくらんぼのジャムなんだろう。

食事はチキンクレープだ。

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チキンの苦手はF母は、事前に別料理を依頼しておいたので、それが来た。

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ヴォリュームが多くて困惑の表情のF母

窓からは田園のステキな景色が広がる。最高のロケーションだ。

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店内は明るくさわやか。

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天井からはキルトのタペストリーが飾ってあり、雰囲気を醸しだしている。

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食事が終われば、隣接のジャム工房の売店で買い物をするもの、外を散歩するもの・・・・。満腹の腹に風が心地よさそうだ。グルッと売店を見てベリーベリーチェリーを買ったら散歩に出かけよう。
こんなスカート・・・・いやテーブルを見つけた。添乗員のK本さんにモデルになってもらってワンショット。スコットランドの移民が多いのか、タータン柄がかわいらしさを生み出すが、これじゃあウエストが1mはあるな。

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裏庭に出る。

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と、そこに・・・・

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『われー、だれにことわってはいってきてるんじゃい。』がんを飛ばしながらニャン子登場。
『人んち入ってきてただですむと思うなよ。』

と言う言葉も終わらんうちに

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ごろにゃ~ん(はあと)
返り討ちにあってしまった。


バスはモンゴメリーの生家に向かう。が、Dave氏、いいところに連れて行ってやるよ、と言って連れて来てくれたのが、ここ。

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ゴルフ場の中に点在する別荘。価格は約1億、だから日本のマンションのことを考えればとても安い。しかもその1億の中にこのゴルフ場の永久会員権が含まれているという。
それを説明するために来たのではなく、このゴルフ場、いや別荘から、見える景色がこれ。

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買いだな・・・・金があったら・・・・

みんなの喜んだ顔を見て気をよくしたDave氏。PEI特有の赤土の道にも停まってやるよ、と。

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二酸化鉄が豊富に含まれた砂岩質の土なので粒子が細かい。
しかし、こういう道を見ると、『わーぁ』といいながら駆け出したくなるのは僕だけか。そしてお約束の『ドテッ』と転べば、PEIの赤土Tシャツの出来あがりって訳だ。

バスは西北に走り、モンゴメリー女史の生家に到着した。


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この地図の見方をこちらに記しました。お分かりにくい方はご覧下さい。

小さな家だった。部屋も狭く、そして階段も狭く、おまけに天井も低かった。
1Fには、ウェディングドレスが飾ってあった。小柄な方だったようで、本当に小さなウェディングドレスだった。

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2Fの部屋もなんだかままごとの道具のような感さえ覚える。

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前を特産品のジャガイモを積んだトラックが走り抜けていった。
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6号線を西に走りケンジントン駅に向かう。石のないPEIだが、この建物は石造りだ。それだけ多くの思いが詰まっていると言うことか。


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この地図の見方をこちらに記しました。お分かりにくい方はご覧下さい。

中はリカーショップとパブになっていた。こうした歴史ある建造物が商業ベースの施設として使われることはなぁ、などと苦虫を潰した顔をして見せたが、今晩のワインが買えると内心はニンマリだった。

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斜め前に2軒教会が並んでいる。

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こちらはカナダ合同教会。プロテスタントの教会。

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こちらはHoly Familyと書いてあるがどの教派か解らない。家で調べたところ、カトリックのようだ。

日本のように少ない信者しかいない国家では、エキメニュカルなつながりは大切にしなければと強く思うし、また連帯感は頼もしく思える。
が9割がクリスチャンの国家で隣同士が教会の場合、張り合ったりしないのだろうか?と老婆心ながら思った。

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25'th anniversary Travel diary(4章2節 アボンリー村)

さて、話しは昨晩に戻る。
明日のスケジュールの打ち合わせの時に、セーターを買いたいという希望が出された。カウチンセーターという郷土の特産があることは僕でも知っているくらい有名なことだ。
そういうわけで出発時間を30分前倒しにして僕らはロビーに集合した。
今日から2日間のガイドさんはKayoさんだ。

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当初はまずセーターを見に行って、の予定だったが、朝が早いので混雑する前にグリーンゲイブルズを見ようとガイドさんから提案。歩けばものの5分だが、バスはそうは行かない。MemoryLn(メモリーレーン)を戻り6号線に出てから再度ゴルフ場内の小路に戻る。
Kayoさんの思惑通り、僕らは一番乗りでグリーンゲイブルズについた。誰もいない玄関前で代わり番子に写真を撮る。

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をぉ!これがギルバートの頭を殴って割った石版だわ!! 夢見る夢子さんになった(元)少女たちは声をあげる。
確かにこの家は、アンの親族のもので現実にあったものだが、でも石版は物語の中、と、本物が本当にあったようにさもそれらしい展示の仕方に、たとえ「しらけた」としても、顔を輝かせて、うなずきあうのが大人のエチケット(笑)

中を簡単にぐるっと見た後、フリータイム。だが、お化けの森は時間内に戻れなくなるかもしれないので、なるべくなら夕方戻ってからか、明日の朝に行ってほしい、とのこと。お化けの森とは90度違う南に伸びる恋人の小路を探索する。朝、入り口まで行ったお化けの森とこの恋人の小路、名前だけを見ると大きな違いがあるのだが、無粋な僕は残念ながらどちらも同じような唐松林にしか見れない。
しかし気持ちのいい木立の下の小路だ。

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のんびりと帰って来ると馬車の前に仲間が集まっている。見れば麦藁帽子に赤毛の下げがついたものを借りてきたらしくみんなで代わり番子にかぶっている。
長年夢に見ていたPEIに来れて、このグリーンゲイブルズを見たのがとてもうれしそう。M田ママかわいかったです。モザイク無しで載せたいくらい。
みんなこの旅を楽しんでいるな、そんな姿を見れば僕もうれしくなるってもの。

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連れはここでPEIの赤土で染めたTシャツをゲット。

さぁ、十分楽しんだ。さて、セーター買いに行こうか。
セレクトされた店は、ノースラスティコにあるRUSTICO BAY WOOL SWEATER COMPANY。セーターもさながら毛糸の帽子に人気集中。価格も非常にリーズナブル。

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どさくさにまぎれてお前誰だよ・・・・(笑)


さてバスは帰りがけにPEIらしい海岸の撮影スポットに、ということで、Gulf Shore Pkwy W(ガルフ・ショア・ロード)に進路をとる。正確な場所がどうしても特定できないが多分ここら辺でバスを降りる。
赤い岩のきれいな海岸線が延びている。
落っこちるよ、近づくな!の看板も、日本と違って何だかユーモラスだ。
みなで集合写真を撮ってキャベンディシュに戻る。
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13号線から6号線に入り、まずはSite of Lucy Maud Montgomery’s Cavendish Home –National Historic Site(モンゴメリの住居跡)に。ここはモンゴメリー女史の祖父母の家で女史はここで育った、とのこと。
しかし赤毛のアンがヒットしたことで、多くの観光客がここに押し寄せ、時には家の一部を持って帰る不祥事が続いたので、怒った持ち主が家を壊してしまったそうだ。今では牧場の片隅に家の土台(地下室跡)だけが残っている。
広い芝生とこの上ない晴天。広大なカナダの土地を満喫できる場所だ。

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芳名帳(来客者記念のサイン帳)があった。われわれツアーチームの代表(?)M田妹がサイン。


続いて僕らは13号線に戻り、モンゴメリー女史の眠る墓のある墓地に向かった。

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亡くなったのはトロントだが、遺言でグリーンゲイブルズの見えるところに、とあったのでこの共同墓地にご主人のマクドナルド牧師とともに葬られ、眠っている。が、なんと共同墓地の中のモンゴメリー女史の墓周辺だけは国立公園に指定されているので、一切の採取は禁じられているとのこと。
ファラオや始皇帝陵・天皇陵並みなんだ、と驚嘆。比較はおかしいが、一作家なのに国王並みのインパクトを持った方なのだと、再認識した次第。

対面にはリンド夫人宅のモデルになったいえがある、現在はモーテルとして宿泊者を受け入れているそうだ。

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再度路地を曲がり、長老教会とモンゴメリー女史が働いていた郵便局に。ここから郵便を出すと、アンの消印で送られて来るそうだが、なんと局が開いているのは夏場のみ。今年は昨日でクローズドした、とのこと。オーマイガッ!!
が捨てる神あれば拾う神あり、のたとえの如く、Kayoさんが私が出してあげますよ、と・・・・。但し、来年オープンした6月にですが(笑) つくば科学博に出した手紙の到着は16年後の正月だった。そこまでは長くはないが、気の長いお土産の到着Timeだ。しかし、そんな申し出をしてくれることはとてもうれしい。早速お願いをした。

ここの郵便局は、先ほどのモンゴメリーの祖父のもので、彼女は平日はここに手伝いに、そして日曜は隣接の長老教会でオルガニストとして奉仕をしていたのだという。

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25'th anniversary Travel diary(4章1節 君の朝だよぉ~)

モォーニング、モーニング、君の朝だよぉ~、と歌ってたのは岸田智史だっけ。相変わらず3時に目が覚め、推理小説を読む週間が続く。
ルームキーが、玄関のキーと同じになっていると言うので、夜が明けたら散歩に行こう。

一番の目的地だったキャベンデッシュに来たので連れも目覚めが早いし、F娘もすぐにでも準備ができると言う。
異常な温暖化のせいで、紅葉もまださえないものの、今朝はそれなりに寒いし、ものによってはきれいな紅葉振りを見せている木もある。
グリーンゲイブルズにあわせて、このキンドレットスピリッツも緑の屋根だ。その屋根に紅葉の木が映える。

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ゴルフコースの横の道を歩いたら、グリーンゲーブルズの正面玄関前の駐車場にでてしまった。ありゃ、グリーンゲイブルズはこっちじゃなかったのか、と思った所に一台の車。中から女性が出てきたのであわてて呼び止めて「うぇあいずぐりーんげいぶるず?」女性は指を刺して教えてくれるが、注意点として9時にならないと開かないわよ、とも告げた。7時25分、1時間30分前から準備を始めるんだな。

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まだ日の出直後なので、ゴルフ場も木の階段も霜で真っ白。

グリーンゲイブルズを外から見て、お化けの森の入り口まで行ってみる。果たしてどのくらいの距離があるかわからないので、中まで進むことは朝食の喰いっぱぐれに繋がる危険性が高い。リスクを犯してまでの冒険をする場面ではない。君子は虎に近づかないものだ。

ぶらっと一周廻ってホテルに戻ろうとゴルフコースを横切る。

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レタッチソフトで色の修正をしたのか?と思う方もいるかもしれないが、これが本物の色なんです。

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朝日に燃える小屋、そして日を浴びて美しく輝くゴルフコース、大声で呼び合いながら飛ぶ真ガン。朝食の前に大自然の素晴らしさでお腹がいっぱいになった。

「たった今、こんなに素晴らしいことがあったのに、朝ごはんなんて、ありふれすぎているわ。朝ごはん代わりに、目にドレスを眺めさせて、胸いっぱいになっているほうがいいわ。」
アンは袖にパフのあるドレスをマシューから贈られてそう言いました。

でも、若い女の子は言う。デザートは別腹よ。
至極名言だ。キッシュが美味しかった。

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25'th anniversary Travel diary(3章3節 島へ)

フェリーは4階建て。エレベーターで上がれる。みんな乗ったか?ドアのクローズのボタンを押す。あっ、外にこちらに向かってくるDave・・・・ごめんよぉ~。間に合わなかった。
出口先には、カウズのショップ。Dave氏も合流し、Tシャツや小物を吟味。そして何人かはアイスを購入。
まっ、これからカウズの本場PEIに行くんだからグッズは焦ることもない。

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船首のほうの船室に行く。鈍い鉛色の海。いままでずっときれいな海ばかり見てきたので少し違和感がある。が、これがノーサンバーランド海峡の色なのだろう。「ご覧あれがぁ、たっぴみさきぃ、きたのはずれ、とぉ~」いかんいかん、すぐに演歌調になってしまう、そんな海だ。

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静かに動き出した船は、左にカリブーアイランドを見ながら進む。先端の灯台を越すか越さぬかのうちにもう一艘のフェリーがこちらに向かってきて摩り替わる。と今度は右手にピクトォーアイランドの島影が見える。

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ロングチェアーには中国人ご一行様が座られて騒々しい。が、子どもたちの嬉しそうなはしゃぐ姿は、しらけた斜に構えるのがいいとする日本の子どもたちと違ってみてて楽しい。
渡峡も半ばを過ぎた。海の色だけでなく空の色もますます色濃くなってきたと思ったら、窓ガラスに斜めに線が。残念ながらいよいよ雨が降ってきた。時速30kmは出ているのか?小雨ながらも風が待つとさすがに寒い。
出かける前、明日の朝天気予報では雪がちらつくようなことが書いてあったが、それほど寒くはならないだろうが写真撮りの身に雨はいただけない。

アンもこのルートでNSの孤児院から希望を抱いてPEIに渡ったのだろう。どんな天気だったのか?(物語だからモンゴメリーの頭の中では・・・・の話だが)希望を持って渡る姿はやはり青空なのだろうな。

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PEIが近づいてきた。相変わらずの白と赤のかわいらしい姿のライトハウス、そして赤土の大地が近づいてくる。小雨をものともせず、みな甲板に飛び出し写真を撮っている。

船内放送が流れたのでバスに戻る。ハッチが開いていよいよ下車。PEIの土地に今到着。

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夕日がまだまぶしい。日没にはまだしばらくかかるトランスカナダハイウェイをバスは疾走する。収穫感謝の今日、当初予定のキャベンディシュのレストランは休みのため、急遽最終日に泊まるシャーロットタウンのRoddホテルのレストランに変更ということで、コースをそちらに迂回する。

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PEIには鉄道が今はない。今はないということは過去にはあったわけで、アンの時代は鉄道が未来を切り開く乗り物だったのだろう。しかし、その経営は破綻をきたし、その債務の重圧が独立した状態のPEIをカナダ連邦の一員にするきっかけとなったと聞いている。
そのPEIの鉄道の基点の一つはここウッドアイランズだったのだろう。なにせ、NSとの接点だったのだから。そして、今僕らが走っているあたりを、当時の鉄道も走っていて、オーウェルの町を通り、首都シャーロットタウンを通り、アンがマシューを待ったと言われるハンターリバーを通り抜け、ケンジントンに向かうわけだ。
バスと鉄道とは異なるが、そして時代と見えうる景色も異なるが、アンは、少なくともNSに向かったモンゴメリー女史はこの景色を眺めていたのだろう。

シャーロットタウンの町は、こじんまりとまとまった町だった。人も車も街も他の小都市と変わらないが、何だか流れている空気だけは時間を超越した感がする。バスの車窓から見る道路が、ビルが、街灯が、何かが違うような気がする。異空間の国に来た思いがした。
これはNSの都会ハリファックスでも、田舎町のペギーズコーブやマホーンベイでも感じなかったが、何か違う雰囲気がここにあった。大林宣彦氏の尾道三部作の映画の中もしくは宮崎駿氏のアニメの中の主人公のように戸惑いを覚えるそれだった。それは長旅の疲れや夕暮れと言う時間もあっただろうし、次来る時はそんな気持ちにならないかもしれない。
でもバスの車中、その醸し出された異空間の雰囲気に僕は大いに酔いしれ身を委ねた。

Roddホテルに入る。クラシカルなホテル。グランドフロアー奥にレストランがある。薄暗い照明。
今日の料理は、

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みな、晩餐会に参列したような・・・・(笑)。ウエィトレスさんが気を利かせて写真を撮ってくれた。今回の旅で初めて。ありがとう!!

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食べ終わったら、再度バスに乗り込み約30分先のキャベンデュシュ。そうグリーンゲイブルズの敷地内に建っている民宿、キンドレッド スピリッツ カントリー イン アンド コテージズ が今日から2日間の宿だ。
着くと若女将(日本ぢゃないんだから(汗))が迎えに出てきてくれる。その横でDave氏が降ろした荷物を若旦はん(日本ぢゃないんだから(汗))が各部屋に運んでくれる。
部屋は・・・・


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なるほどアンを愛する女性に人気の宿なわけだ。

今日一番大変だったDave氏は、帰路についてしまったが、残った元気者が集って、メープルアイスワインで乾杯。木の香りと甘い口当たりのワインでしばし歓談の時がもてた。今日一日に感謝。
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25'th anniversary Travel diary(3章2節 トイレ休憩も一苦労)

前述が、この日のお昼の場所。

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元は釣り用具店だったところを改装してレストランにしたらしい。
建築材にまでしみこんだ潮の香りがしそうなお店だ。

今日のメニューはラザニアとガーリックトースト、そしてサラダ。

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と、デザート。・・・・なんだったんだろう、これは?
PS アップル・クリスプだそうです。Cスミスさんから、メールで教えていただきました。20101011-14

僕は地ビールも頂く(嬉)

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裏はすぐ海。食事が終わってバスに乗る10分ほどだが、毎回のように海を見ながら散歩ができるのは、なんだかとっても嬉しい。
おにーちゃんが、ギターケースを広げて弾き語りをしている。人気の少ないところでお金を入れてくれる人がいるのかな? M田母やえっちゃが小銭を持っていくと、10円玉のようなペニーは一杯入っていたとのこと。うちは奮発して1$入れちゃったけれど入れすぎかな?円高万歳(20日現在1$=79.22円)

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実は、ここでガイドのCスミスさんはお別れ。彼女はNSのみ・・・・、というか収穫感謝祭の休日返上で仕事をしてくれたそう。七面鳥はご主人が悪戦苦闘をしながら焼いているので焦って帰らなければいけないらしい。
みんなで記念写真を撮ってお別れ!!

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名残惜しいけれど・・・・

さて、バスはPEIを結ぶフェリーの乗り場カリブー港に向かう。
現在、13時過ぎ。ここからカリブー港までは2時間。普通なら途中のスーパーで買い物&トイレ休憩をするのだが、今日は収穫感謝祭。とにかくお店が開いていない。
Dave氏は食事の間も、仲間や知り合いにTelを続け、そうして今日営業をしているお店を調べ上げた。
本当にありがとう!!と言うことで、途中の休憩場所に向けて出発だ。
トルーローの街からコースアウトをして10分。Masstownのスーパーが当初の目的だ。

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1時間後、高速のICそばのスーパーに到着。大勢の買い物客でごった返し・・・・いやそこまでは多くはないが、駐車場はほぼ一杯。大型のバスを上手く滑り込ませる。

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何でもデカイゼ!!
季節柄ハロウィングッズも抱負だ。

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トイレのアクシデントはあったようだが、気分転換も出来、気持ちも新たにカリブー港へ。フェリーは16時だからもうあとはノンストップ。
BGMは、Dave氏の携帯に入っている音楽。そう、山口百恵さんのメドレーだ。氏のことについて若干触れれば、アイランダーの氏のご子息は、日本の某有名高校の英語の先生。そしてお連れ合いは日本人と言う、親日家なのだ。この曲も日本からのお土産をDave氏は自分の携帯にダウンロードして聞いているのをサービスで流してくれていた。

フェリー乗り場は何もないところ。
小さな待合室兼軽食堂兼お土産物屋が一軒あるだけ。

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さぁ、フェリーが来た。ラッキーなことに新型のほうだそうだ。

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バスの中から下車した人たちを眺めて乗船を待つ。

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こんな光景に心が和む。

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25'th anniversary Travel diary(3章1節 見所満載足早市内観光)

新しい朝がやってきた。今回のツアーは、同じ宿に2泊ずつするので、昨日は荷物の整理をしないですんだが、今日は移動日。男のかばんだ、やっつけ仕事で放り込んでいっちょ上がり。8時30分までにドアの外においておけばバスの中に運んでくれる。
Dave氏は今日も早い。僕らがグランドフロアーに降りると既にニコニコ顔で迎えてくれる。

今日は市内観光だ。

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まずはシタデルへ向かう。Citadel:要塞、つまりはカナダが大英帝国連邦としての今の位置づけのための戦いの象徴だ。最初はケベックに住むフランス軍、そしてPEIにおいて大英帝国下で行くことを決定してからはUSA群を睨み続けた場所だ。すぐれた港ハリファックス湾を見下ろす高台にあるのは当然のこと。
星型の要塞は日本にもある。そう、函館五稜郭だ。その縁でこの2都市は姉妹都市になっていると言う。

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一枚目の写真の左側に(暗いが)円柱形の時計台が写っている。これは1803年にイギリス国王の息子であるプリンス・エドワードの命によって造られ、200年以上も変わらず時を刻んでいるもの。このプリンスの名こそ、明日から行くプリンスエドワード等の由来である。が、このエドワード公、とうとうPEIには一度も足を踏み入れなかったどころか、唯一公式な発言として残っているのはPEIをノバスコシアの配下に入れたらどうか?と言う提案だったとか。

さてスコットランドの風潮が残っているシタデル。門番は本国と同じ兵隊の姿。

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観光2階建てバスが走っているのも英国式か。バスの後ろの『マクドナルド・ブリッジ』と一緒に。
このマクドナルド氏、別にハンバーガーを作ったわけでもなく、カナダの初代首相、ジョン・A・マクドナルド氏のこと。

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残念ながら時間がないので中には入らず再びバスに。車窓から、アンが散歩をした墓地やモンゴメリの下宿先をみながら、ポイントプレザントパークに向かう。

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『「失礼ですが--僕の傘にお入りになりませんか?」
アンは顔を上げた。背は高く、眉目秀麗で、上品な容姿--黒い、暗い、計り知れぬまなざし--甘美な、音楽的な、思い遣りのこもった声--そうだ、アンの夢見る主人公その人が現し身となってアンの前に立っていたのである。注文してこしらえさせたとしても、これ以上アンの理想に似せることは出来ないほどだった。
「ありがとうございます。」アンはどぎまぎした。』

アンの愛情のロイとの初めて会うシーンだ。しかも付け加えれば、求婚を断るシーンもこの場所という設定なのだ。

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晩秋はどこに行ったのだろう? 日本もこの夏は猛暑続きだったが、アトランテックカナダも同じ異常気象のようだ。僕はストレッチサーマラップジャケットを袋にしまった。軽量コンパクト、この商品は優れものだ。着ない時にはφ12×22cmになる。
今日の陽気は下着とトレーナー一枚でも充分だ。

たまに吹く風が心地いい。


再びバスに乗り込み、ダルハウジー大学に向かう。
ここはモンゴメリー女史が学んだ大学だ。

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現在は歯科大学になっているそうだ。
閑静な文教地区。

そしてパブリックガーデンに足を進める。英国式庭園の様式をしっかり作られているものの中でカナダ最北の庭園だそうだ。6.8ヘクタールの広大な敷地をしっかり手入れをしているのに、なんと無料(驚くのはそこかっ!)

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花のシーズンは過ぎたものの、まだまだ多くの花が咲いていた。

さて、本来の午前のプランはここまで。昼食を食べたらフェリー乗り場に向かう。はずだったが、Dave氏、昨日の日曜、今日の収穫感謝祭で何も買い物が出来ないのはかわいそうとピア21という倉庫の跡地利用のショッピングモールに案内をしてくれると言う。
何が嬉しいって、添乗員のK本さんが「Takeさん、アイスワインも売ってますよ。」と言ったこと。話がまとまればすぐ行くべし!!

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見事メープルのアイスワイン4本Get!! さぁ、キンドレッドスピリッツ(宿)でみんなで交流会だ(笑)

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25'th anniversary Travel diary(2章8節 天国と地獄)

バスは、Lower Water St.(ローワーウォーター通り)の終点近くの MorriottHotel に横付けされた。わざわざ(宿泊以外の)違うホテルでの夕食か? と思いきや、そのホテルを抜けて裏のウォーターフロントに抜けた(笑)

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ここもウッドデッキが敷いてあり、雰囲気がいい。Cow'sの店があったが、さすがにこの時間閉まっていた。が、ガラス張りの店なので、オリジナルのTシャツを見てみなでワイワイ。
アイスクリーム屋の癖にアイスよりもTシャツ販売に熱が入っている。が、アイスもむちゃくちゃ美味しいらしい。このシーズンに来たことが悲しい。

その裏に今日の夕食のレストラン、SALTY’Sがある。カジュアルだが、品のいいレストランだ。
2階にあがる。品川やお台場、横浜みなとみらいにあるレストランと同じ雰囲気を醸し出している。

まずはサラダ。

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甘いソースがかかっている。そこにウェイターさんがコショウをかけて廻ってくれる。

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僕は早速白ワインを・・・・。ここまで一人で飲んでいたが、ようやく一緒に飲んでくれる仲間が出来た。添乗員のK本さんとM田姉さんだ。嬉しいな

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ロブスターの汁が飛ばないようにみんなエプロン(よだれかけ?)をしてもらい準備万端。

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でたぁ~!!やったぁ~!!

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ハリファックスの港は世界で2番目に深い港だとか。だから大型の船もガンガン入れる。・・・・ということは豪華客船を横目に食事も可能なわけだ(嬉)・・・・・だが、実際通ったのは貨物船だったが・・・・まっ、それもいいか。

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溶かしたバターを付けるとロブスターはますます美味しく感じる。調子に乗ってベットリ付けながら食べていたら、食べ終わる頃に腹の調子が悪くなってきた。
そろそろ疲れ始めた上に、ワインを大きなグラスで2杯半、そしてバターたっぷりが効いたようだ。脂汗が・・・・。

美味しそうなケーキどころじゃあない。みんなに心配かけないように平然な顔をしているだけで精一杯(笑)

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いやはやなんともカッコの悪い10日の夕餉でした。
マホーンベイでアイスワインを勝っても飲めなかったな(ボソッ)

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25'th anniversary Travel diary(2章7節 Goto MahoneBay)

食後Dave氏はバスを対岸のブルーノーズゴルフ場の入り口まで走らせてくれた。

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ここからのルーネンバーグの町並みがきれいだと言う。

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教会の尖塔。そしてその下に広がる町並み。特に海岸の家々は漁から帰ってくる船を誘導するかのごとく鮮やかな色に塗っている。

そして新市街地に入るところにこんな石柱が立っていた。

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なんとベルリンの壁の一部だそうだ。ドイツ移民者の多いこの街の人が一部を運んできたとのこと。
崩壊したベルリンの壁、始めてみた。それがこのカナダの西の田舎町だとは・・・・。


さぁ、ここから今日最後の観光地マホーンベイに向かおう。

ところで今朝コソッとガイドのK本さんに『夜ホテルでみんなと飲みたいから、酒屋さんを探してほしい』とお願いしたところ、カナダでは多くの店が主日である今日と収穫感謝祭の明日は連休だから難しい、と言われた。まぁそうならしょうがないとあきらめていたが、その間ガイドのCスミスさんとDave氏は探してくれていたらしい。
どうもマホーンベイに一軒酒屋さんがあるそうだ、との情報を得た。ちなみにカナダではスーパーなどではお酒は買えない。酒はライセンスのあるリカーショップ(専門店)で買わなくてはいけない。
わざわざ略図まで用意をしてくれた。ガイドの域を超えた手配に対して本当にありがたく思う。

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バスを683South Main Street で降りる。ここからはこ洒落た店を見ながら歩いて交差点を右折したあたりまで散歩Timeだ。
折りしもハロウィーンの時期。この街ではスケアクロウを飾るのが風物詩のようだ。では、早速そのほんの一部だがご紹介しよう。

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オズの魔法使いの主人公ドロシーはつむじ風で運ばれた先の町でカカシと出会う。日本の案山子は、一本足で立っているが、西洋のカカシはこんな感じなんだろう。
そして流行の最先端NY(ニューヨーク)が近いせいか、流行に敏感なようだ。今年のプレタポルテは『アリス・イン・ワンダーランド』柄が流行かもしれない。

644 South Main Street の錫(すず)製品のお店で買い物をし、教わった酒屋に向かうと,K本さんが反対側から歩いてくる。「Takeさん、どうも情報が古くつぶれちゃったようです。それらしいお店が見当たりません」という。
わざわざ先に下調べをしてくれたのか・・・・ありがとう。
のスーパー529 South Main Street でソフトドリンクだけ買う。でも、万が一移転をしたことをこのお店の人が知っていたら、とチェッカーの女の子に聞く。
と、その女の子は、この道を5分ほど行った先にあるという。K本さんも別の店で他の店を聞いてくれたらしい。とやはりそこにあるという。
俄然張り切りF母交えて3人でリカーショップに向かう。
小さな町なのですぐに商店はなくなり、暫く住宅街が続く。がそれも切れたあたり 363 South Main Street にあった。
街中にお店を作ろう、そのほうが儲かる。と言う考えよりも、先祖から住んでいる自分の家でお店をしたい。と言う意識が強いのか・・・・。

が、

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残念。クローズドでした。
バスに戻った僕らにガイドのCスミスさんはしきりに謝られた。が、僕はガイドさんが調べてくれて、添乗員さんがまずさがしに行ってくれたことのほうが嬉しかった。だから全くノープロブレム。
お酒はまたのチャンスだ。

バスの停車した場所のすぐ先には、貴婦人のような3教会が見える場所がある。

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残念ながら引き潮なので、海にシルエットが映ることはなかった。

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こうして第1日目の観光を終えて、僕らはハリファックスの町に戻った。

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25'th anniversary Travel diary(2章6節 10日のお昼)

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お昼は前Blogの最初の地図の下の矢印の先。海岸にあるシーフードレストラン。敏腕添乗員さん、窓際の席を確保。窓からは広いウッドデッキが見える。
サンルームのようなレストランは暑いくらいだ。ウエィトレスのお嬢さんは半そで姿。

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前菜はニシンの酢漬け、スモークサーモン、ほうれん草のサワークリーム掛け、パン

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タラとジャガイモのクレープ 黒蜜添え このクレープはノバスコシアでは一般的な料理らしいが、黒蜜をかけて食べるのはこのルーネンバークだけらしい。
郷に入っては・・・・だが無い方が美味しかった。

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デザートもおいしかったが、大きかった。残してごめん!!

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今回の縁の下の力持ち3人組。


食後、散歩がてらバスに戻ろうとしてみた風景。

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なんともかっこいい・・・・

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25'th anniversary Travel diary(2章5節 Lunenburg World heritage Area)

ペギーズ・コーブから1時間。世界遺産にも登録されているルーネンバーク旧市街にやってきた。
しかし、こうしたBlogを書く身にとっては、GoogleMapと同ストリートビューはとても便利だ。
しかし、人口40人しかいないペギーズ・コーブのストリートビューは見れても、我が小田原市久野はビューが見れないのは解せないが・・・・。

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僕らは世界遺産エリアの北西の端、アカデミーの前でバスを降りた。

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ここから世界遺産であるのはこの標識で分かると言う。

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Kaulbach st.(カウルバック通り)を進めば下り坂の下には入り江のルーネンバーク港。光り輝いている。
そういえば朝は寒かったが、太陽の光が強くなるにつれて北国を忘れてしまうような心地よい陽気だ。

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2つ目のTownsend st.(タウンセンド通り)を曲がる。暫く行ったところの前でルーネンバークがなぜ世界遺産になったか? 18世紀の色合いを残している住宅とそれ以降改装をした住宅の違いを聞いた。

そしてその先の聖公会教会に行く。ここは世界遺産になったあと、若者の失火で一部焼け落ちた建物だそうだ。
街の面々の多大な献金で今は遜色のない礼拝堂に戻ったが・・・・。

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その先にも教会が見える。 そしてその屋根の上には十字架ではなく、風見鶏・・・・、いやいや、風見鶏でもない風見鱈が見える。

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これは、イクスス・ΙΧΘΥΣ(ギリシア語でイエス・キリスト・神・子・救い主の頭文字で、それを読むと魚の意)から来ている訳ではないらしい。単にこの地方でタラがよく取れるからだとか・・・・。

上地図の下向き矢印(↓)を下って行く。途中にはビビットなカラーの家。旧市街から飛び出した途端、急に反発をしたような感じだ。

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ポカポカの海岸。海岸通を左折しレストランに向かう。

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