二人写心展

親しくしてくださっているお仲間2人が写真展を開催されました。20日の午前中時間が取れたので見に行かせてもらいました。
場所は目白、初めて行く場所です。
11時につけば一番乗り(^_^)/

そのお一人のミミさんは2011年に知り合いましたがそのころ写真に興味を持ち始められた方。
天性の感性かその後の数年で目覚ましくスキルアップをなさいました。
その間も何度かあちこちご一緒させてもらいましたが、その間のシャッターの数はすごいものがありました。
スキルアップはショット数に比例する、と言われていますが、まさにその言葉通りです。

20150220-04

ご一緒に展示をされたヒデさんはRFLを通じて知り合ったソウルメートの中で一番あちこちをご一緒されたお仲間。お互いカメラ好きなので行った先では同じ被写体を見てはシャッターを押した仲間。ファインダーの先の被写体が似たりしてお互い笑いあった仲間。

20150220-02

そんな訳でお二人の写真がどういう写真(お好きな構図、お好きな色遣い等々)かはある程度理解していたつもりですが、飾られた写真を見て「これはヒデさんの撮影したもの?」と問えば「いやミミさんだよ」と。
「この雰囲気はミミさんだね」と問えば「これはヒデさんが撮ったものだよ」とことごとく外れ(汗)
互いに影響し合いスキルアップしている間に相手のいいところ吸収し合っていったのでしょうね。写真の区別がとても難しい(笑)

20150220-03

本当に被写体のいいところを十分生かしたすてきな写真たっぷりでした。
1枚だけプロのカメラマンが撮影した写真が飾ってありましたが、さすがはプロ。セミプロのセレクトした写真の中でもひときわ光っていました。

20150220-01
 
(今までの人生の中で)唯一もらったサインが木原和人氏のもの、そこには『物みな光』とありました。まさにアーメン【その通り】 素晴らしい光の中を楽しませてもらいました。

立春に 浮かれ咲きたる 冬至梅

会社のBlogように小田原フラワーガーデンの梅園に撮影に行きました。
ほころび咲く紅白の梅の花も美しかったですが、後方(しりえ)の丹沢に積もる雪もまたきれいでした。
プロカメラマンの先輩友人がFBに投稿する際に自分の写真にあった俳句をいつもつけられていて、視覚の写真と聴覚の俳句のコラボはそれはそれは魅力的でしたが、なかなかまねの出来る事ではないと思っておりました。が、この梅の花が「冬至梅」という早咲きの一重であることを見た時に、冬至から24節の季節をいくつも過ぎたころ、仲間の梅たちが咲いているのを見て咲いたのかな?なんていう推測をしてこんな句が思い浮かびました。

立春に 浮かれ咲きたる 冬至梅

20150131-01

二宮吾妻山の黄色い帯

昨日の記事のように今日は午後は完全なフリー。半日で行けるところは…と、「そうだ!吾妻山に行こう!!」

毎年仲間のヒデさんがこの時期に素敵な写真をUPしてくれますが、今年はおうちの事情で難しいかな? ならば一肌脱ぎましょう…じゃないですが、地元の名所の様子をご覧いただきたいと午後行ってまいりました。

町役場の横に車を止めて駅横を抜けると難関の階段。
景色のいいところに行くためには労苦を惜しんではいけないとは分かりつつもこの階段だけは厳しいなぁ~
数年前行った時にはフゥフゥしながらも一気に行けたものの、今回は2,3度足を止めて肩で息をして・・・(笑)

でも、その甲斐あって

20150110-01

富士をバックに黄色い帯。

20150110-04

黄色と黄緑という色合いは、色が溶け合うと特に暖かさを感じます。

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海は光り蒼く・・・

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クマモンはいよいよ黒く・・・

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地元TVの取材も来ていました。
風は冷たいものの素敵な風景を堪能しました。

帰属は会社^_^;

会社のBlogを書くために撮影した写真。会社のBlogにも同じものを載せたけれど、このグラデーションが好きで拝借いたしました。
撮影者は僕でも、仕事中の撮影だからこの写真は会社のものなんですよね…。

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観光地に行けなくたって…(>_<)

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久野の山でも十分楽しめます(強がり(笑))

最後のひと手間

会社のBlogのコンテンツを探しに行きつつ、自分のコンテンツもGet

http://blog.goo.ne.jp/take1960_january/e/1bc1bbaea6eebbf0f3cd362dc3f6603f

レンズ修理

数年前、結婚25年のアニバーサリー旅行でP.E.I.に行く際に購入したシグマの18-250レンズ。
GWに会社のレンズを借りて撮影に出かけた後、カメラにこのレンズをつけたら「ありゃ!見えない」
よくよく見ると見えないのではなく、色の濃いサングラスをかけているようで非常に見難い状態であることが判明。
ディジタル時代でない時からカメラを扱っていた人は、“夜部屋の中で絞り込み測光でF=22で見ているようだ”、といえばなんとなくでもわかってもらえるだろうか!?

という訳で、行きつけのカメラのキタムラ飯泉店に!!

修理依頼をN社にしてもらい、2週間以内に見積りが来ます、と言われて返ってきたのですが、わずか3日で連絡がありました。
うすうす感ずいていたように「絞り不良」との診断。修理料金15,000余円(税込)
このレンズ、価格.comで見ても最安値のアマゾンで42,000円ほどするので迷わず依頼。

でも、やっぱり13.8倍という高倍率レンズは、重量もあるし壊れやすいのかもしれないな、なんても思います。でも、レンズ交換をしないで済む魅力には替えられないのでたぶん付けっ放し(せいぜい10-22㎜との2本持ち)で今後も続くのでしょう。
痛い出費と言えばそれまでですが、幸い会社の積立金のうち連れ合いの誕生日プレゼントの余力がそのくらいあったのでまぁ良しといたしましょう。

国と国家

どなたか失念したが、著書で「国と国家」の違いを述べていたのを思い出しました。

連れが好んでいるのでついつい見てしまっている韓国の歴史ドラマ。たとえば高句麗の初期の話をみると、そこには必ず「王家一門」の団結が描かれているし、時にその王家が力を失うと両班(やんばん)の一族の争いになったりします。
考えてみれば日本の歴史もそうであって、「王家」を「天皇家」に言い直せばそのまま日本の歴史になるし、室町時代が終わり戦国の世になれば、天皇は新興勢力の織田一門におびえ逃げながら、由緒正しき名門の朝倉や毛利を頼って延命・復興を夢見ます。
そこにあるのは、「国」作りではなく、一門という天下を取る「家」の戦いにも見えます。

ヨーロッパ各国も中世までは王が城に住み、周囲の農民を敵から守りながらも、そのみかしめ料ともいえる年貢で生計を立てていましたが、多くの国が革命を起こし、民主主義を権利として獲得したので、民衆という「家」以外の民主による「国」の成立だからこそ「国」の意識が強いのかな?などとも思います。


20140428-01
(シャクナゲ)

20140428-02
(ヒラドツツジ)

植物の世界も名前で分類する、という意味では、好き好んでではないでしょうが、国家のような仲間意識を(人間が)持たせています。
この植物はこういうDNAを持っているから、とか、こうした性質だからと言って、『学名』という名の分類で分けます。
が、ツツジ系は実にそこらへんがファジーです。(上記2つの植物も葉っぱを見ると違いが分かります)
国家でいえば一門の出入りが自由で、新参者も古参の面々もみんな仲間でいいじゃないか?と言っているみたいです。直系の流れを踏もうが末端の家に養子にもらわれたものだろうが、力を合わせようや、と「大行は細謹を顧みず」といった態度を思い浮かべます。

ツツジも、ヒラド、キリシマ、サツキ、オオムラ、クルメ、レンゲ、ヤマ…とたくさんありますし、実はシャクナゲも同じ学名のRhododendron sp.だったりします。
その理由の一つは、各お城の殿様が庭園を造る際にこぞって「誰も持っていない品種」をつくらせたからとの説もあります。

それでも、多少の違いは気にしない、というおおらかさがなんだか素敵に思えてなりません。

ソテツの実

会社のBlogの素材を探していたら、ソテツの実がいつの間にか育っていたのでパチリッ!

ソテツというと南国植物。トロピカルな雰囲気を醸し出すのに前庭や駅前ロータリーなどに植えられるケースが多い木です。
小学校高学年に遠足で伺った静岡市清水区の竜華寺には大きなソテツの木があったな、とか、小田原でも十分生育できる木なんだな、という生態的な側面と同時に、日本の戦争の歴史と並行して語り継がれる琉球弧のソテツ地獄という飢饉の歴史を思い浮かべます。

でも、ソテツの木自身にはもちろん罪はなく、写真には我が子を愛おしくやわらかな着ぐるみで包み込む母親の愛情のようなものを感じます。

20140423-01

20140423-02

春の雨、緑雨。この暖かな雨を栄養にさまざまな植物は力をもらって子育てをしているのでしょうね。
そして今日のような青空に明日の希望を描くのだと思います。

花筏

いのち短し 恋せよ少女(おとめ)
朱(あか)き唇 褪(あ)せぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日の月日は ないものを

いのち短し 恋せよ少女
いざ手をとりて 彼(か)の舟に
いざ燃ゆる頬を 君が頬に
ここには誰れも 来ぬものを

いのち短し 恋せよ少女
波に漂(ただよ)う 舟の様(よ)に
君が柔手(やわて)を 我が肩に
ここには人目も 無いものを

いのち短し 恋せよ少女
黒髪の色 褪せぬ間に
心のほのお 消えぬ間に
今日はふたたび 来ぬものを


黒沢明監督の「生きる」の中の挿入歌「ゴンドラの唄」です。
映画のストーリーは、お連れ合いに先立たれた市役所の中間管理職の主人公。子どもともうまくいかずにいるうちに自身もがんであることが判明。余命幾ばくの最中、市民のために役に立つことをしよう、市民の願いだったと公園作りに闘諍します。
そしてその公園のブランコに座り、満足げに口ずさむ歌が上記の唄です。

20140408-01(写真はお濠の花筏)

人生の最後の時、死の恐怖に打ち勝ついくつかの条件の一つに「達成感」や「満足感」「充実感」があげられると思います。
RFLで出会ったソウルメイトの何人かを先に天国にお見送りしましたが、彼ら・彼女らが輝いて天国に凱旋したのは、戦い切って、また最後の闘いの最中に苦痛をこらえてでもRFLというイベントを仲間とともに作り上げたからのような気がします。
人は誰もが最期の時を必ず迎えます。その死因は様々ですが、猶予が与えられて自らの始末ができる、残りの時やれなかったことを少しでも達成できる可能性が残されるがんはある意味他の死因より充実した最後が確約できるものなのかもしれないな、とつくづく思います。

いのち短し、です。一瞬一瞬全力で生きることが大事なんでしょうね。
サクラの花は、そうした全力の潔さを感じます。満足して散っていく達成感を感じます。

20140408-02

そして散った後も人目を楽しませるのは、何か(先に生きた)偉人伝を読むのと同じ感動を散った後再度確認する喜びに似ています。
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take1960

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