支援の意味するところ

支援、英語で言えばサポート。ごくありふれた言葉で日常茶飯事聞く言葉。
でも日本語の「支援」と言うと何か上から目線に感じるというご意見も聞く。もしかしたらボランティアという言葉も、日本人の脳内でイメージするのと欧米でイメージするものが違うかもしれないし、それはその国が文化をどう築きあげて来たかの差なのかもしれない。
やはり日本は仏教が主たる宗教(基本的な考え)の国だと思う。そこにあるのは「施し」という考え方。
一方キリスト教文化は、サポート(手伝い)であって分かち合うことや思わず手が出てしまうことだから「施し」とは違い横目線なのだろう。

この関係はギフトとプレゼントという類似の言葉のそれに似ている。
厳密な違いは分からないけれど、ギフトは上から目線のような気がするのに対し、プレゼントは横から目線のような気がする。
それはgiftの語源は「毒」という言葉であり、贈り物で油断をさせて攻めるという古き時代の策略から来ていて、それ故に貢物とかあるいは形式的に感じてしまうかもしれないのに対し、presentはやはり聖書の中のクリスマスの出来事「神様からのプレゼント」という側面があるだろう。
靴屋のマルチンという小説。明日お前のところに行くよ、という神の言葉に喜んで外を見続けたマルチンは様々な光景を目にします。そのたびサポート(手助け)をしなければなりませんでした。
しかし夜遅く神の声が聞こえ、その手助けをしたのはすべて神の化身であり、サポートして助かった相手の喜びの顔を思い浮かべ心が充実した事を思い出し、感謝します。
アメリカのRFL(リレーフォーライフ)に参加した時、物品の販売をしてチャリティーにしました。日本から初参加(?)なのでそこそこ売れましたが、それでもみんな大量の物品を持って行ったのでさばききれないほどでした。2日目にはディスカウント価格に変えるとお客さんは定価で買うと言います。「私はチャリティするために支払いをするの。」  「ラッキー!安く手に入った」ではない発想…。
釜ヶ崎で牧会とボランティアをしている本田神父が、自分たちが勝手に始めた炊き出しに多くの人が来てくれ支えてくれている、と言われました。
何かの番組で過酷な活動をしているボランティア団体の方にインタビューされていました。「あなたはなぜこんな大変なことを無償でなされているのですか?」するとそのボランティア氏「無償?僕は報酬をもらっているよ。(自分の活動によって助かった人の)笑顔という報酬をね」
うん、僕もそんなかっこいい言葉を言って見たい(笑) 支援する側がされる側に感謝する、これが支援なんだろう。

子どものホームレス

釜ヶ崎で生活している方の生活実態を知りたいとリサーチしたところ、こんなBlogに出会えました。
かなりディープな内容ですから、心してお読みいただきたいと思いますが、真のドヤ街の野宿生活に思えます。

大阪府西成区で過ごした28年

実親に捨てられた子どもたちが周囲の大人の愛情に育まれ、また心ない大人にひどい目に遭いながらも、必死に生きていく姿は心を打ちます。
数は多くないですがこうした事例は他にもあるのは、『歌舞伎町のこころちゃん』という4歳の野宿生活をしている女の子がのルポ写真集が出たり、小田原でも小学校の男の子を連れた家族の野宿者が通過した時に遭遇したことがあります。

あわせて・・・事情をよくわからないものの推測でお門違いな意見かもしれませんが、やはり性風俗店というのは最後の砦、つまりそこに集まる方はとても大きな苦しみや悲しみを抱えている人が多いのかな?と。
だからこそ人には優しい。
以前書いたトピックスを思い出しました

Diamond online の釜のレポ記事

標記に「路上生活者の「死」のリアル、無字の位牌に読経なしの無常」と題したフリージャーナリストの秋山謙一郎さんのレポートが載っている。
のっぴきならない「事情」を抱えて路上生活に転落した人も多い、大阪・西成「あいりん地区」。彼らの日々の生活はもちろん、「死」を取り巻く環境もまた、なかなかシビアだ。行政関係者や葬祭業者、そして路上生活者たちに聞いた、「あいりん地区の死」の現状をレポートする。(フリージャーナリスト 秋山謙一郎)

という前書きに次いで生活と死を綿密に取材した記事だ。この夏僕らは釜を題材にした映画を自主上映する。
主題はこの街に住む子どもたちで、大人は関係者以外ほとんど出てこない。
でも、この街で圧倒的に多いのは高齢化した男性だ。
それを無視して子どもの様子だけを釜だと思ってはいけないし、町から取得する教育(子どもたちの生きる知恵)は圧倒的にこのオッチャン達から得る。映画の中でSINGO★西成さんも「近所のおっちゃんに習った…ここではこうして生きなさい…」と歌う。
だから映画の実行委員さん、そして今後この映画を見ようとする人たちに長いけれど読んでもらいたい。知ってもらいたい。

【 路上生活者は死んだらゴミ扱い!? ささやかれる噂の真偽とは 】

 路上生活者が集う大阪・西成「あいりん地区」――ここで暮らす路上生活者たちは頑なに生活保護受給を拒む者も少なくない。なぜ彼らは行政によるセーフティネットを嫌うのか。

「死んで“ゴミ扱い”はないやろが!誰でも死んだら“仏様”とちゃうんかい?」長年、路上生活をしているというカツトシさん(本人によると70歳か71歳)はこう憤る。彼によると、身寄りのない者が生活保護受給中に死亡したら行政によりゴミ扱いされるのだという。だから生活保護を受けることなく70歳を過ぎても路上生活で頑張っているのだと話す。

 たしかに、ここ西成・あいりん地区で暮らす路上生活者たちの間では、「生活保護受給者が死亡した場合、ゴミ扱いされる」というまことしやかな噂を時折耳にする。

 しかしもちろん、これは路上生活者たちの誤解だ。

 大阪市では、身寄りのない生活保護受給者が亡くなった場合、火葬の後、その遺骨は大阪市設「南霊園」で斎場保管される。南霊園の管轄は大阪市環境局だ。その環境局では実際のゴミも扱っている。これが路上生活者たちに、「死んだらゴミ扱い」という誤った風聞となって伝わっていったようだ。

 路上で行き倒れて死亡した、身元の確認できない「行旅死亡人」も同じ扱いである。ただ、それではきっちり埋葬してほしいのかと言えば、そうでもないところが、路上生活者たちの複雑なところだ。

「手厚く葬ってくれとまでは言わん。ただ、そっと葬ってくれたらそれでええんや…」。カツトシさんが言う「そっと葬ってくれたら」というのは、もし自分が死んでも、行政による家族への連絡を控えてほしいという意味である。

 カツトシさん本人の言によると、10代でヤクザ組織入り、20代後半の頃、「下手を打って(失敗して)」、組織から逃げ出した。以来、この西成、山谷(東京)、寿町(横浜)といったドヤ街でずっと路上生活を続けきたという。彼は、いまだにヤクザ組織から「指名手配」がかかっていると信じている。

「地元には顔向けでけへん身や。死んだゆうたかて、わいの(自分の)存在がわかったら身内が迷惑するわな。せやから、いつ、どこで行き倒れても、わいは身元がわかるようなもんは持たへんのや!」

【 ヤクザ組織からカネを持ち逃げ 多額の現金を持つ路上生活者も 】

 あいりん地区には、カツトシさんのように、何らかの人に知られたくない事情でやって来た人が多い。彼らが自らの出自を頑なに明かさないのは、せめてもの尊厳を守りたいという切ない思いが背景にある。それは死後も同じ。せっかく恥ずかしい思いをしないように歯を食いしばって生きているのに、死後にうっかり尊厳を冒されるようなことは受け入れ難いのだ。

 カツトシさんは、「仲間には内緒やけどな…」と言いながら、普段、貸しロッカーに入れているという現金30万円程が入った布製の巾着袋を見せてくれた。もし、どこかで行き倒れたときに、「葬式代として使ってもらうため」だそうだ。

 事実、警察関係者や地元の葬祭業者らによると、あいりん地区を根城とする路上生活者のなかには、「10万円から50万円程度」の現金を常に持っている者が時々いるという。やはり「葬式代」目的である。

 さて、2016年9月には簡易宿泊所で約2000万円の現金を持った遺体が発見されるという事件があった。

 こうした現金は、路上生活者が日雇い労働や空き缶拾いなどで働いて、あるいは相続で得たカネだけではないようだ。地元警察関係者は言う。

「絶縁ヤクザが組織からカネを持ち逃げ、それをそのまま後生大事に持っているケースもある。数年のヤクザ修行の後、やっと一人前になってシノギを任され、多額の現金を目にしてついそのまま持って逃げてしまった…というわけ。急に羽振りがよくなると目立ってしまう。だからカネは使えない。結果的に、持ち逃げしたカネが葬式代となる」

 このようにあいりん地区で暮らす路上生活者がしばしば多額の現金を持っていることは、地元のワルの間では知られている。だから深夜、路上で寝ているとき襲撃対象となるのだ。警察に被害届を出さない理由は、「その出所を探られたくないカネなのでは」(警察関係者)という見方もある。

 たしかにカツトシさんも、「あんまり人には言えんカネやけどな」と言っていた。もしかすると、約30万円の現金も、何か“訳アリ”なのかもしれない。

「どんなカネでもカネには違いない。これだけあったら一心寺さんでも四天王寺さんでもや、わいを“仏さん”にしてくれるやろう?」

 欠けた歯をむき出しにして笑いながら、地元では「無縁仏」の納骨を受けつけているといわれている有名な寺院の名前を挙げた。だが、カツトシさんが亡くなった場合、事は本人が思うように進まないのが現実だ。

【 本人の希望通りに埋葬されない 路上生活者の処遇の難しさ 】

 まず路上生活者であるカツトシさんは、根城としている大阪市西成区に住民登録をしていない。それに「身元を示す」ようなモノは、日頃から持っていない。なので、もし死亡した場合、発見されると「行旅死亡人」として扱われる。

 現金を持っていた場合、これが葬祭費用に充当される。しかし火葬後、どこに埋葬してほしいかという希望は、たとえメモのようなものを残して身に着けていたとしても、「希望は叶えてあげられない」(大阪市関係者)のだという。

「行旅死亡人は火葬後、斎場保管されます。その間、官報で行旅死亡人の所持金や所持品も公告して、家族の引き取りを待ちますが、まず現れません。死亡後、1年の間に引き取り手がなければ、大阪市設『南霊園』にある『無縁堂』に埋葬されることになります」(前出・大阪市関係者)

 では、カツトシさんが希望する「一心寺」や「四天王寺」への納骨を実現するには、どうすればいいのか。あくまでも一私人の立場で前出・大阪市関係者が語ってくれた。

「親しい友人・知人、支援NPO関係者でもかまいません。遺体を引き取ってもらえる人がいれば希望を叶えることができます」

 この場合、本人がメモにして希望を残しておくことが大事だという。「遺言」の形を取るのである。

 あいりん地区にあるカトリック教会「西成 ふるさとの家」にも納骨堂がある。ここへの納骨を希望する場合は、「本人が生前、死後の納骨を願い出なければならない」(西成 ふるさとの家)という。ただし、もし亡くなってから家族が見つかった場合、その家族が「(遺骨を)連れて帰る」といえば家族の希望を優先することになる。

「どんな事情があれ、家族が引き取ってくれるというのは、ここあいりん地区では幸せな人なんですよ。行政や警察、それから病院やお寺に教会、亡くなった人のご家族を探しあてて連絡を取っても、多くの家族は、連絡そのものを嫌がりますから」(地元・葬祭業者)

 確かに、「関わりたくない」とばかりに避ける家族も少なくないなかで、「引き取りたい」と申し出る家族がいる人は幸せなのだろう。しかし当の本人には、家族に知られたくない事情があったりする。なかなか難しいものだ。

 一方、身寄りのない生活保護受給者はどうか。「孤独死」のケースでは、まず、なんらかの形で死亡の連絡が市に届くと、ケースワーカーがあらためて親族を探し出すことになる。

 親族を探し出すのは「死亡届」を出すためだ。これを出せるのは、親族、同居人、家主(地主や土地家屋の管理人を含む)に限られている。意外にも行政の立場であるケースワーカーは死亡届出人にはなれないのだ。多くは家主が善意で引き受けるという。

【 何も書かれていない位牌  読経が行われない葬式 】

 医師からの死亡診断書を添えて死亡届が市役所に提出されると、火葬、納骨という流れになる。

「ここから後は、市から委託を受けた葬祭業者にも手伝っていただきます。身寄りのない生活保護受給者を死亡地にお迎え、安置、納棺、火葬、骨上げ、骨壺に入れるまでです」(大阪市関係者)

 市から委託を受けた葬祭業者は「葬祭扶助」費を受け取る。その額は、「大阪市の場合だと20万1000円以内」(葬祭業者)だという。

「口さがない人は、葬祭業者はこの葬祭扶助費20万1000円のなかで儲けを出すために、遺体保存のためのドライアイスを使っていないとか、供物の花を造花にしているだとかいいます。しかし、そういうことはできないものです。信用に関わりますから」(前出・葬祭業者)

 大阪市関係者によると、この葬祭扶助費の範囲内で葬祭業者は「霊柩車を手配し、運転し、ご安置し、火葬場にお連れするとなると、葬祭業者の利益はほとんど出ていないのではないか」と話す。

 いわゆる「葬儀」は、葬祭業者により多少の違いがあるものの、概ね、火葬場に着いてから葬祭業者の社員たちの手で行われるという。「ただ、私たちが手を合わせて終わりです。祭壇はテーブルです。何も書かれていない位牌と供物を備えています」(葬祭業者社員)

 読経は行われないという。

 そうした葬儀の実態に大阪市関係者の1人は、「せめて(亡くなった)ご本人と縁のある信仰で送ってあげたいが、現状ではこれが精一杯」と語る。僧侶や神父を呼べば、その分、費用がかさむ。交通費だけを支給するにしても、その財源を捻出するには、さまざまな手続きを経なければならない。

「大阪市では、『行旅死亡人の救護及び埋火葬』費は28年度は1485万8000円、29年度には1340万6000円を。同様に『葬祭扶助』費は28年度は8億9274万円、29年度には8億7026万9000円を計上しています。これでもまだ足りないくらいなのです。予算的には、これ以上の手厚い葬儀の実施は難しいと言わざるを得ません」(大阪市関係者)

【 酒を呑んで寝込んだまま… 「意外にも安らかな死に顔の方が多い」 】

 あいりん地区での葬祭扶助の頻度は、週に1度、ないし2度。多いときで週に3度程度だという。地元葬祭業者が語る。

「西成区の死因で第1位はがん、2位は心疾患という大阪市の統計が出ていますね。でも、それは西成区全体の話ですよね?あいりん地区だけに限れば、がんというのはちょっと違うのではないかなと…。時に、どんな死因にでも用いられる『心疾患』のほうがしっくりくるのです。実際、お酒を呑んで寝込んだまま亡くなった方も、死因は『心疾患』とされることが多いと聞きますから」

 今月初旬、まだ肌寒い時期、西成界隈を朝早い時間に歩いていると、いつものように西成警察署近くの路上、西成の象徴「負けない」の看板の下で寝ていた年配の男性がいた。2時間経ってもまだ寝ている。見回りをしていた地元NPO関係者に声をかけた。

「もう寒くはないし、まだ暑くもないし…。もう少し寝かせてあげましょう。もう1度私が見回りしたときに寝ていたら起こします。消防には今から連絡しますので。きっと起きたときのほうが、お辛いのでしょうから」

 過去、死亡した路上生活者も何度か見たことがあるというこの地元NPO関係者は、あいりん地区で路上死する人は不思議に、死に顔が「とても安らか」なものだという。「路上といえども、人の気配がする中で旅立つのですから…。閉め切った部屋の中で孤独死するよりも、もしかすると幸せなのかもしれません」

 こう記者に話し終えると地元NPO関係者は言葉を繋ぐようにいった。

「でも、辛いですけどね。だから、彼らの居場所を社会がきちんとつくってあげなければならないのです」

【 再開発で変わりつつあるあいりん地区  路上生活者たちはどこへ行くのか 】

 あいりん地区は、再開発によって年々、その景観が変わりつつある。今ではかつてほどの混沌とした様子は薄れ、他の大阪の街並みに近づきつつあるくらいだ。これに伴い、「路上で亡くなる人の数も減ってきた」(警察関係者)という。
 
 4月24日、高級旅館を手掛ける「星野リゾート」(長野県軽井沢町)が、あいりん地区に隣接する南海・新今宮駅の市有地(浪速区)に高級ホテルを建設するという計画を発表した。2022年開業予定だという。

 この計画に対する地元民の声は、二分している。高級ホテルの建設により「あいりん地区住民の行き場所がなくなる」という心配の声、そしてもうひとつが、「住民が変わる」という期待の声だ。地元住民のひとりが言う。

「バックパッカーの若い外人さんも来るようになって、『あいりん』も変わったよ。緩やかながらでも、変わっていくよ。ずっと同じゆうわけにはいかんやろ」

 22年のホテル完成時、果たしてあいりん地区住民の「死」は、今とどう変わっているのだろうか。行政関係者やNPO、葬祭業者の話を聞くにつれ、路上生活者たちの現状を大きく改善できるような、抜本的な政策があるとは思えない。そんな中であいりん地区が再開発され、きれいになった街並みにそぐわない彼らが姿を消すのだとすれば…。それはそれで空恐ろしい気がする。

 ある路上生活者の男性は、記者が「あいりん地区で暮らす人の『死』について取材させてもろうてます」と告げると、勢い良くこう返してきた。

「死?死んだらやな、生き返るだけや!みんな、そうやって生きてるんや!!」

 カラ元気の裏に絶望が見え隠れするような大声。彼らの生活、そして死が少しでも改善されますように。祈るような気持ちになった。


若干違うと思うのは、野宿者支援をしている寺院教会の教役者に頼めばたぶん葬式に出席して祈りをあげてくださる先生は多いと思う。でも行政がやらない、若しくはやる時間が無い、という点。

そして僭越ながら知っている情報で付け加えると、
一つ目は家族と寄りが戻るのはとてもいいことだ。一番の幸せな事だろう。だからこそ怖い。最後の最後でどんでん返しがあったら頑張ったいままでの強がりの糸が切れてもう気力を失ってしまう。
小田原で野宿をしている人のご家族が長崎にいることが分かり、僕らが仲介して家族と連絡が取れた。そして帰って来るなら面倒を見たいとまで言ってくれた。小田原市に相談をしたら長崎までの特急での運賃を支給してくれた。贅沢か?いやそうじゃない。考える時間があれば、その不安に負けて大阪で降りて釜あたりに逃げ込んでしまうことも考えられることを市職員は知っていたからこその裁量だったのだと思う。安堵直前の不安ほど怖いものはない。

そして野宿生活者がアパートに入居して1年以内に亡くなることも多い。野宿をしている方と野宿を余儀なくしている方は違う。前者はその場所で生きる楽しみや喜び、また権利と義務を知ってそこでの生活に自己評価である程度の満足をしている方。後者はや諦めて生きている方やどうにかしてほしいというSOSを発信している方だ。
小田原でも現存野宿をしている方は前者であったり、無料低額宿泊所ではなく直接アパートへ居宅設定が出来れば望むという方がほとんどだ。
自分の常識に当てはめて居宅を強要するのは間違いでもある。

そしてこの長文のレポートですら、この街の一つの顔を描いたに過ぎないことを忘れてはならないが、それでもこれだけのレポートをまとめ上げてくれた秋山謙一郎さんとこの問題を広く世に広めてくれたDiamond onlineさんに感謝を申し上げたい。

蚊取り線香

人間用の蚊取り線香とペット用の蚊取り線香の違いをご存じでしょうか?詳細の違いは若干あれど、大きな違いは二点。所轄するお役所が違うのと大きさの違いです。
ペット用は農林水産省の許認可で、人間用は厚生労働省の許認可。
また、大きさは人間用なのが7時間に対して野外に居る(場合が多い)ペット用は10時間。

僕らが野宿を余儀なくされている方のところに持っていけるのは蚊取り線香においても数に限りがあります。1週間7日×24時間÷7時間=24巻が必要ですが、予算的にも厳しく1週間に5~7巻渡すだけです。
そんなこともあり、野宿を余儀なくされている方に、ペット用の方が持つのだが、と提案したことがあります。

結果は「でもなぁ」と言う難色。

何度か書いていますが関西お笑いの坂田利夫師匠が、自分がアホの坂田と言うのは抵抗がないが、周囲からあほと言われるのはむかつく、という話をされたのを聞いたことがあります。
琴線に触れる箇所は人それぞれですが、考えてみれば、一番大切、一番敏感な場所こそ琴線に触れやすいのかも知れません。

人権を意識することなく過ごしている自分にとって3時間の蚊のいない安楽な時間の確保は、意識していない人権と言うプライドより大きなものと思っていましたが、身を持って人権・プライドと闘いながら生きている野宿の方にとっては、それは琴線なのでしょう。これを捨ててしまったら人ではなくなってしまうような大きな大きな尊厳の部分だったのかもしれません。
こうして無知や人の気持ちが推し量れないものは、他人を傷めながら学び、そして懺悔し過ちを繰り返さないようにとしています。

今年も蚊取り線香を配り始める時期を迎えました。ささやかなものですが多少の安眠の支えとなりますように。

5月11日のパトビラ(№977 - 無低運営基準法の整備を -)

毎週、野宿を余儀なくされている方(ホームレス)のところを訪問する際に持っていくパトビラ、今日はこんなことを書いてみました。

生活困窮者向けの「無料低額宿泊所」を巡り、国が2003年にガイドラインを定めて運営基準を示したにもかかわらず、自治体による行政処分が今年1月までに7件にとどまっていることが分かった。ガイドラインに法的拘束力がなく、処分が難しい面があるという。自治体側は10年以上前から毎年、権限強化のための法整備を国に要望しており、国の対応の鈍さが対策の足かせになっている。 (中略) 塩崎恭久厚労相は1月に国会で、狭い部屋に生活保護受給者を住まわせ高額の利用料を取る悪質な貧困ビジネスが存在すると答弁した。 (中略) 担当者らは取材に「訴訟リスクがありためらわざるを得ない」「権限が強ければ処分できたケースはある」などと説明した。(毎日新聞5月5日配信)
共謀罪やカジノを作るIR整備推進法に関しては、もう少し意見を聞いてからの方がいい、と言う多くの国民の意見を無視し、野党の反対を数の力で押しのけているのに、困窮をしている生活弱者の人権を守る法整備には後ろ向きだというのがわかります。何度も言っていますが、憲法25条があればこそこうした人権蹂躙の法を整備せよと言える訳です。僕らは個別法律の整備と併せて憲法を守ることも声を大にしなければなりません。


今の国政を見るとどうしても内閣に多大な協力のできる金持ち(企業)や手足になってくれる同じ思想の人間以外には『人にあらず』のような扱いをしますよね。
残念なことに野宿の仲間は選挙権を持っていない人が多く、そうするとと各選挙区の候補者も野宿の方の要望を聞きに行こうとすらしない。
こうした悪循環をどこかで打開しないと次に進めない…。今日のようなニュースを見るたびやるせない気持ちになります。

5月4日のパトビラ(№976 - 小田原が変わる・小田原から変わる -)

毎週、野宿を余儀なくされている方(ホームレス)のところを訪問する際に持っていくパトビラ、今日はこんなことを書いてみました。


ジャンパー問題で有識者から提言を受けた小田原市が市民他を対象にしたシンポジウムを開催しました。基調講演は、有識者の検討委員会の座長を務めた井手英策氏。後段のパネルディスカッションは同じく井手氏をコーディネーターとし、和久井かおる氏、渡辺潤氏、そして加藤憲一市長がパネラー。前週のパトビラでも案内を出したので行かれた方もいたかもしれません。
提言の中には「保護のしおり」の内容が威圧的で忍びないという旨もあり、委員からは改善をするようにと言われましたが、なんと1カ月の間に改善されていました。
また、申請から回答までの期間も原則14日以内と定められていたにも拘らず40%しか出来ていなかったのが、この4月に関しては14件中13件が14日以内に回答を出せた、と小田原市の本気度を感じれるようなことが報告されました。
窓口の対応はいかがでしょうか? もし皆さんの方で市役所に行った際に何か感じたことがあったらお教え下さい。変えてほしい点があったら提案していきましょう。
生活が厳しければ憲法で最低限の生活が保障されながらも小田原外でもなかなか出来ていません。しかし、今回の事件を契機に小田原から生活困窮者が住みやすい街となれるように発信していきたいものです。


Facebookでこのシンポジウムのメインの井手先生が驚いていましたが、まさかこのスピード…一か月でここまで変えたとは驚きでした。
穿ったいい方ですが、4月30日をゴールに死に物狂いで改善をした…そんな感じの改善です。井手先生は、三日坊主でも3日間頑張ったことを誉めましょう。と言われまして、まさにその通りで、これだけの大成果を評価することなくうがった見方をした自分を恥じながら、それでもきちんと市の今後を見守り、おこがましいですが時には叱咤もしていきたいと思っています。

公園で、路上で、排除されても、また暮らす

「渋谷も人数はそんなに変わりはありませんよ」穏やかな顔をして小川さんはそういった。
午前中、なか伝道所での礼拝に集い、午後はここ寿生活館4階の会議室での学習会「公園で、路上で、排除されても、また暮らす」に参加した。宮下公園という渋谷駅前の公園の封鎖を巡る学習会で、講師に小川てつオさんをお呼びしてのもの。
話が終わり司会のオリジンが僕に意見を求め、小田原と渋谷の支援の対比を語った回答が最初の言葉。
元来僕はヘタレでジクドウ者だからか、同じ程度の人数での宮下公園の戦いは衝撃的でパワフルである。
でもそれは小田原という土地柄があるかもしれない。温暖で穏やかな土地ゆえ闘いを好まず、そんな妥協する生き方が性についているから戦いが無いのかもしれないし、小田原交流パトロールのパトビラの文章も穏便なものになっちゃうのだろう。
が、自分を卑下してそう言っているのではない。ぼくのような人間が生きやすい社会こそが良い社会だと僕は思っている(笑)

20170423-11

宮下公園は暗渠になった渋谷川とJRの路線の間に作られた細長い公園で1階は駐車場スペースで2階部分に人工地盤で空中庭園さながらの公園を作り上げたもの。こうした事は1964年東京オリンピックによる再開発による「特例」の公園だった。その後こうした立体公園は地下に駐車場を作るなどの形に変えて広く一般化していく。
駅近くの公園だが老朽化した公園のため魅力に欠け、また森林が多いこともあり多くの野宿者の定住の場所となった。桑原敏武渋谷区長時代は追い出しが頻繁に繰り広げられたが功を奏さない中、そこにスポーツメーカー・ナイキジャパンが公園の命名権を取得し、命名権だけではなく公園運営に対しても圧力をかけた。
宮下ナイキパークと銘打った公園改修に先立ち、園内の野宿を余儀なくする仲間たちは追い出しを食うものの、強引なナイキのやり方に反発する市民も多く、苦慮した渋谷区は野宿者や市民グループ等との約束を反故し夜間の立ち入りをできなくする政策を打ち出した。
またこの戦いの中、2011年4月21日に反対派の3団体と野宿の仲間1名が渋谷区を相手取り、路上生活者の生活とアーティストの表現活動の場を奪った行政代執行は違法であり、また精神的苦痛を受けたとして、600万円の賠償を求めて東京地方裁判所に提訴した。2015年3月13日、東京地裁は「代執行による撤去前に男性を担ぎ上げて退去させた」点を執行の許容範囲を超えて違法と認めこの男性に11万円の損害賠償を命じたという裁判勝訴判例も出た。

2014年、2020年東京オリンピックのための渋谷駅前再開発の事業主が三井不動産となり、同公園の一部をホテルにする計画をしたが、緑地公園のために面積減少は難しいとの判断のもと、新たな立体公園として4階建ての施設の屋上を宮下公園にするというプランを発表。
もしかしたら今後は下段階別使用だけではなく、公園の上空を別施設に利用する可能性をも含められそうなデザインになる。
僕らのイメージする公園は、大地が育んでくれた自然の土と、そこに育つ動植物、そしてそうした生き物にパワーを与えてくれる太陽や雨や風の恵みだが、ガラス張りの閉じられた空間の中の人工土壌と人口太陽、潅水装置の公園にいつしかなってしまうのかもしれない。
そうでなくてもTVのCMではしきりに除菌という言葉が使われている。微生物の恩恵によって成り立ってきた日本文化。そこには食(医)も衣(染物)もある。共生・適応できる人体であったからこそ、特に食(医)は健康であり続けられた。そうした文化からの脱却をしたいのだろうか? なにかガラス張りの公園が除菌マニアの日本人に受け入れられそうで怖く悲しい。

話がそれたが再開発に向け渋谷区と事業主は強硬策に出た。それは野宿している人だけではなく、利用者に対しても、また近隣住民に対しても何の連絡もせず突然に公園を封鎖閉園した。
もう少し詳細を書こう。宮下公園は
フットサル場 4,000 - 7,000円(1時間) 夜間照明使用料:30分250円
スケート場 一般:200円(2時間)小中学生:100円(2時間)
クライミングウォール 一般:350円(2時間)小中学生:200円(2時間)
の有料公園だ。予約している人もいたはずだが、それをお構いなく突然の閉園をするが、そこには道義的な責任はあるはずだ。

そうしたことの裏に東京オリンピックの影が見える。
スポーツの祭典とはいえ、行き過ぎた感で、政治的なボイコット、薬物の問題、そして多額な金銭と今回もあった委員へのわいろ巧作。世界一になる素晴らしさよりも、自社のウェアーシューズトレーニングマシンで世界一にしたから是非購入しろよ、的なCMやオフィシャルスポンサーで応援していますと大々的にCMする企業のための祭典に見える。
小川さんは言う、再開発とは所有権の再確認だと。自分の権限が及び自分勝手にできる場所を権力者通しが確認し合う行為なんだろう。そこには庶民が入り込める隙間は無い。オリンピックという反対しにくい大義名分の中、勝手に新しい街づくりをするという裏で、追い出しを食らうのは何も野宿者だけではなく、とかでは民家も移転を余儀なくされているニュースは流れる。

しかし最たる人々は野宿を余儀なくする人々だ。野宿者への「怖い」「汚い」「迷惑」というのは実は偏見である部分が多い。もちろんPTAでモンスターペアレントの問題や、町内でのいわゆる『有名人』もいる如く、野宿の中にも周囲に迷惑をかけてしまう人はいるし、ずるい奴もいる。でもその比率は僕らの住む御町内のそれと大差はない。多くはいいオッチャンばかりだ。そのいいオッチャンが国に迷惑をかけないように生活保護を使わないで何とか自分の力で生きていくよ、と言っているけなげな頑張りをなぜ追い出すのだろう?公園だから住んではいけないいというのだろう。頑張る人間を応援してあげようではないか!
井手先生が過日トピックスで、選択の自由が無い人が弱者だ、と書かれた。意味もなく偏見で公園にいるなといって言記載もないまま追い出すという選択幅を狭める作業を少しでも緩和してみようではないか。
公園内で共有できる道はあるはずだ。そもそも子どもたちが野宿のオッチャン達を嫌がっているという話を聞くことはない。大人が勝手に「子どもたちのために」という大義名分をつけ追い出そうとしているだけだ。

・・・しかし、こうした世の理不尽と戦うにはパワーが必要だ。当初小川さんの言葉を紹介した。人数が多くなくともパワーがあれば出来る事は多い、が、残念ながら僕にはそこまでのパワーは無い。できれば穏便にのほほんと過ごしたいタイプの人間なのだ。憧れの動物は「ナマケモノ」である。一日数時間の最低必要だけの行動以外はグータラしていたい。
が、我慢できないこともある。憤ることもある。特に命や権利が脅かされれば窮鼠猫をも噛む。
パワーが無い中でも全くゼロではない。少ないパワーながらも出来る事は言い続け、出来る事は行動を起こしたい。僕のようなグータラな人間が楽しく生きられるためには戦わざるを得ない時は闘おう。

マスコミを通じての宮川公園闘争だったが、少し深く掘り下げて聞くことが出来た。感謝!

ちなみに小川さんのBlogはこちら。ぜひどうぞ!!
今度コーヒーを飲みに伺います(^^)/

束縛された不自由からの開放

宇都宮けんじ氏がFBで紹介していたニュース。

ホームレスを経験した人が働き、地域の人と交流できる場所をつくりたい――。そんな願いを込めた小さなカフェが東京都練馬区に18日、オープンした。フェアトレードの豆を自家焙煎(ばいせん)したコーヒーや本格カレーが味わえる。

 名前は「カフェ潮(しお)の路(みち)」。一般社団法人「つくろい東京ファンド」(稲葉剛・代表理事)が、クラウドファンディングなどで集めた寄付金で開設した。民家を改修し、2階がカフェ、1階がコーヒースタンドになっている。

 つくろい東京ファンドは2014年7月、空き家を利用した生活困窮者のための個室シェルター「つくろいハウス」を東京都中野区に開設設し、住まいの確保や生活支援をしている。いまは都内4区に22部屋を用意。これまでに約50人が生活保護を利用するなどして一般のアパートに移った。

 ただ、アパート入居後も地域で孤立しがちで、仕事を探そうにも高齢や障害のためフルタイム勤務は難しい人が多い。稲葉さんは「『住まい』の次は『仕事』と『居場所』が必要。それなら自分たちでつくろうという思いでカフェを立ち上げました。地域の方も高齢者もお子さんも集まれる、みんなの居場所にしていきたい」と話す。

 カフェでは20~70代のホームレス経験者5人がスタッフとして働く。時給は1千円。その人の事情や体調に応じて柔軟な働き方ができる。さらに多くの人に呼びかけていくという。将来的には子ども食堂や学習支援にもカフェを活用していきたいとしている。

 ログイン前の続きコーヒーは200円、日替わりランチ500円、カレー700円。シェフを務める同ファンドの小林美穂子さんは「カレーは3時間かけてつくっています。おいしいですよ」。お金がない人も足を運べるよう、余裕のある人が「次に来店する誰か」のために飲食代を前払いする仕組みも採用し、「お福わけ券」と名付けた。200円と700円の2種類がある。

 見学会やプレオープン日には、かつて新宿駅の段ボールハウスで暮らしていたホームレス経験者も含め、稲葉さんの長年の知人が集まった。かつて日雇いで建築の仕事をしていたという男性(64)は「顔見知りが多いから、またコーヒー飲みに来ます。お店がはやるといいな」と話していた。

 カフェは火、木の12~17時、コーヒースタンドは火~金の12~15時。今後営業日を増やしていきたいとしている。詳細は同ファンドのウェブサイト(http://tsukuroi.tokyo別ウインドウで開きます)で。
 朝日新聞 清川卓史 2017年4月21日06時00分

本田哲郎神父の著書「釜ケ崎と福音」内の言葉を借りずとも野宿を余儀なくしている人にお声をかけると、その多くは生活保護を取得したいという言葉より、もう少しここで自分の力で頑張りたい、という回答が返って来ることが多いのは、野宿者支援をしている人共通の認識だと思います。かくいう僕も高齢の野宿者に、体調不安から少ししつこいぐらいに生活保護受給の正当性を語ったこともありますが渋られることが圧倒的に多かったです。

さて、井手先生の仰った『自由のなさ』こそが弱者の意味、という言葉を昨日聞く機会があり、全くその点こそが一番の問題点なのだと思った次第です。
僕らが当たり前にしている「会話」や「生活」。考えてみると、例えば学校のいじめではこの「会話」における自由のなさ、つまりは無視・孤立が一番の苦痛なのでしょう。野宿の人も大きなコミニュティがあるドヤ街、また小田原のような地方都市でもコロニーを作って生活している人は「会話」がありますが、ドヤ街の中でも小田原でも孤立している仲間がいます。僕らが訪問をすれば誰とも会話する機会が無く溜まった言葉が出てきてあっという間に30分、時には1時間ほども傾聴したケースもあります。仲間不足という「自由のなさ」という弱者であるわけです。
また、野宿のコロニーからアパートに居宅設定した直後(半年くらい)で亡くなられるケースもありました。部屋という囲まれた空間から外に出れなくなって、大自然という自由が奪われた…出ようと思えば自分の部屋だから出れるのでしょうけれど囲まれた不自由さを味わった結果なのかもしれません。囲まれた瞬間に保守的な心が生じ、外に出るのが怖くなるのかもしれません。
地方都市から電車を乗り継いで東京に行く、最初の一歩が踏み出せない。興味ある集会なので出てみたいが勇気が出ない。楽しそうなんだけれど、不安な要素は無いんだけれど怖気づいている自分。踏み出してみれば「なんだ、簡単な事じゃん」と言えるのは分かっているんだけれどな…。
河島英五さんというミュージシャンの方がいて、その方の作品に「てんびんばかり」というのがあります。その一説に

うちの仔犬はとても臆病で一人では街を歩けない
首輪をつけると とても自由だ
僕を神様だと思っているんだろう

というフレーズがあります。僕らは首輪をつけられることが不自由な象徴として感じますが、首輪をつけてのお散歩はご主人さまと一緒という自由を感じているというこのフレーズはよくわかります。自由かどうかは自分の感性に行動が適合できるかどうかなんですよね。

問題は、他人によって首輪をつけなければいけないという強制、首輪をしてはいけないという圧力があることが「不自由」=「自由のなさ」でしょう。
支援を始めたころ、若気の至り(と言っても若くはなかったけれど)アパートに入りたくないという自由を無視して必死に自分の意見を押し付けてしまったかな、と思っています。
傾聴などとかっこいいことを語りながら、実は持論を静かに聞いてくれたのは野宿を余技する人だったのかな?と思うのです。

聖書に善きサマリア人の喩というのが載っています。

ある人がエルサレムからエリコに向かう道中で、強盗に襲われて身ぐるみはがれ、半死半生となって道端に倒れていた。祭司、レビ人といった神殿にかかわる人々はこの人を助けずに通り過ぎた。しかしユダヤ人から大変に嫌悪されていたサマリア人は、この半死半生の人を助けた。傷口の治療をし、家畜に乗せて宿屋まで運び、宿屋に怪我人の世話を頼んで費用まで出した。
このたとえ話の後、律法学者に対してイエスは、このたとえ話で誰が怪我人の隣人であるかを律法学者に問い、律法学者が「助けた人(サマリア人)である」と答えると、「行って同じようにしなさい」とイエスは言った。

という喩は、とかくサマリア人になりなさい、的な説教になりますが、けが人の僕の話を聞いてくれる野宿者こそが(社会で蔑視されているけれど)サマリア人なんだな、と思います。

それでも孤独でストレスをため込んで吐き出すことが出来なければ病んでいきます。
野宿者支援というのは実はこうした孤独解消のボランティアなのかもしれません。
そしてQOL(クオリティ・オブ・ライフ)働きたい人に働く場を創造する活動なのかもしれません。
子ども食堂も野宿者の支援も市民の理解やスキルが上がって来て形はどんどん良く変わっていくのかもしれません。
今まで僕らの活動は「寄り添う」共生に趣きをおいていましたが、少し「脱出」QOL、笑顔を拭くりだす支援ににシフトしていくべきなのかもしれませんね。

4月20日のパトビラ(№974 - 人権を司法が守る -)

毎週、野宿を余儀なくされている方(ホームレス)のところを訪問する際に持っていくパトビラ、今日はこんなことを書いてみました。

千葉県弁護士会の会長が52歳の壮年の方になりました。若い方が熱意をもって会を引っ張ることは素晴らしい事です。しかも弁護士と言う大事なお役目の会ですからなおさらです。
そんな会長のあいさつがホームページ上に乗っていましたが、そこには
『国民の人権を不当に侵害する法律や行政行為は、裁判手続などの司法作用により正されなければならないということです。』とありました。日本の三権分立が大きくゆがめられています。沖縄では法を曲げてでも米軍基地を作ろうとしているし、原発事件の片棒を担いでまだ放射線量の高い所に帰村させ補償を打ち切ることも法治国家でありながら法が国民を守らない出来事です。
もちろん野宿の仲間を囲む事例もたくさんあります。生活保護実施要領等の解釈をもってなんとか路上からアパートへ直接入居せずに敷金・礼金の不要な無低に一度介してからとしていますが、森川弁護士は同資料内の「安定した住居のない要保護者が住宅の確保に際し、敷金等を必要とする場合」は一定額を支払うべきという一文をもって支払うのが当然と言います。まさに行政行為が憲法25条の精神に則ってほしいものです。専門家の弁護士をはじめ、市民グループも一体となって憲法の権利を守り続けたいです。


洗足の木曜日で訪問をお休みしました。2週間ぶりの訪問です。
だいぶ暖かくなってまいりました。皆さん元気で過ごしているでしょうか?
同時にジャンパー事件以降、小田原市の行政の在り方も注視し、久々に僕の生活の中心となりました。
そのほかにも、東京都渋谷区の公演の封鎖とかもニュースとして流れていました。

そんな訳で学習会の公示です。
交流学習会「公園で、路上で、排除されても、また暮らす」

2017年3月27日に事前告知なしに宮下公園の封鎖が強行され、抗議した支援者・野宿者が逮捕されるという事態が起きています。日々暮らすために必要な荷物を取り戻すだけでも、多大な労力と時間がかかったといいます。
オリンピックの会場となる予定の明治公園では、度重なる排除が起きています。
現実に公園に暮らしている方から、オリンピック関連の再開発が進む中での排除とその闘いの実際について聞いていきたいと思います。

日時:2017年4月23日(日)午後2時~
講師:小川てつオさん(反五輪の会)
場所:寿生活館4階 会議室(横浜市中区寿町3-12-2、JR石川町駅北口下車、徒歩5分)
主催:寿支援者交流会(045-641-5599・寿生活館4階)


私も参加する予定です。人権問題にご興味のある方ぜひどうぞ!!

4月6日のパトビラ(№973 - 『春の日』直前、受難の木曜はお休みします! -)

毎週、野宿を余儀なくされている方(ホームレス)のところを訪問する際に持っていくパトビラ、今日はこんなことを書いてみました。


いろいろな神様が自分のテリトリーを支配する八百万の考え方を日本人の多くが持っていたりします。「サ」というのも稲作農業神の神様の名前で、稲を植える時期は「さなえ」、そのころ降る恵みの雨を「さみだれ」、田植えが終わった後の祭りを「さのぼり」、稲につく虫を「さばえ」と稲に関するものに「サ」の字がついたりします。諸説ありますが「桜」も、稲作の神の「サ」の居る場所「座(くら)」に植える木から来たとも言われています。
神の居る場所、神と出会った場所、そうした貴重な場所に「建屋」を立ててほめ奉りたいのは、一神教のキリスト教でも同じことで、例えばエルサレムには聖書の各場面の場所と言う場所の上に教会がたてられています。まさに結界のごとく「聖地」としての神の場に桜を植えたとするのなら、それはそれで古代日本人の美意識を感じます。
と同時に日本はやはり農業国なんだな、と感じます。四季の移り変わりを肌で感じ、春と言う生命の誕生の時期を桜を愛でることで喜ぶ姿は素敵だなと思うのです。
さて、来週はキリスト教会ではイースターの直前の木曜で大切にしている洗足の木曜です。ですので私たちの訪問ももお休みをさせて頂きます。そしてイースターは洋の東西は違っても、主のご復活と生命の誕生を喜ぶ日です。希望の春であります。


桜を愛でるのが大好きな日本人は多いと思います。
季節が生命の誕生と言う春になってきたこと、そして短い期間で花が散ってしまうはかなさを一緒に味わえる花見の文化は、本来は宗教的・哲学的な意味合いに感じますが、最近はまさに「花より団子」。寒さに負けずに楽しく飲むことが最優先のような気がしてなりません。
この裏には、農地の減少を感じざるを得ません。四季を実感しながら労働に勤しむ百姓の減少を感じざるを得ません。
桜の語源や由来を探りながら何か本来の意味が失われていく一抹の寂しさを感じてしまいました。

来週の木曜は洗足の木曜。そして最後の晩餐の日です。教会が大切にしている日です。当初クリスチャンばかりで始めた小田原交流パト、クリスチャン以外の方も参加するようになった今も相変わらず年に1,2度のお休みの週です。
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