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改修資金はきっと集まる

そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」
さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。 それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」
トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。 イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」
ヨハネによる福音書20章25―29節


金持ちは言った。『父よ、ではお願いです。わたしの父親の家にラザロを遣わしてください。わたしには兄弟が五人います。あの者たちまで、こんな苦しい場所に来ることのないように、よく言い聞かせてください。』
しかし、アブラハムは言った。『お前の兄弟たちにはモーセと預言者がいる。彼らに耳を傾けるがよい。』 金持ちは言った。『いいえ、父アブラハムよ、もし、死んだ者の中からだれかが兄弟のところに行ってやれば、悔い改めるでしょう。』アブラハムは言った。『もし、モーセと預言者に耳を傾けないのなら、たとえ死者の中から生き返る者があっても、その言うことを聞き入れはしないだろう。』」
 ルカによる福音書16章27-31節

最初の聖書の個所は、甦りのイエスが弟子たちの前に現れた時の話。
2番目の聖書の箇所は一部分だけなので解かり難いかと思いますが、ある金持ちが隣人を愛せずに地獄に落ち、そこで太祖(文中の父・アブラハム)と対話する場面です。

「奇跡」というと大げさですが、人智を超えた神様からの恵みを信じるか? というと懐疑的な僕は信じ切れていないというのが実情です。
昔、小田原で野宿を余儀なくされていた女性がいました。彼女はブラジル人で、このような生活をしているのですから、ビザの期限も切れている不法滞在の方でした。今後のことを話し合い、ブラジルに帰りたいという意向を受け、僕らは2つのことを実施しました。1つは帰るための旅費の工面、そしてもう一つは不法滞在の強制送還手続き。
12月も半ばを過ぎ、飛行機代の高い時期でしたが、強制送還からの日数が長引けば彼女は入管管理局から警察へ引き渡されるので、両方とも時間との闘いでした。が、たしか30万ほどの旅費とピッタリの多額な献金が必要な日1,2日前にぴったりと集まり鳥肌が立ったのを15年ほどでしょうか、経った今でも覚えています。

昨年僕の関わっている幼稚園が改築をしました。園児対教員の割合が高いので余剰金の少ない幼稚園でしたので、改築にかかる費用の捻出は難しいと理事としてもろ手を挙げて賛成と言いづらいものがありましたが、現場からの声に押されるように腹をくくりました。ふたを開ければ、難しいと思われた募金が集まり改築費用が集まりました。

こうしたものを体験しながらも、実際神様が目の前に現れて「祈りに答えたのだよ」というまでは信じない、とトマスのように思う自分がおり、2か所の聖書の中に書いてあるのを読み(彼らに耳を傾けるがよい)ながら、悔い改めないなぁと自分に苦笑をしております。

松田教会では、会堂の改築に向けて模索しほぼ方針が決まりました。しかしながら小さな教会ですので、改修資金が集まっていないのが現状です。
でも集っているメンバーの顔は明るく、改修後のビジョンを楽しそうに語り合っています。
そんな姿を見て思い出したのが、上記の昔のエピソードと2か所の聖書の箇所。

もしかしたらこのBlogをお読みになられている方は、能天気だなぁ~、とか、大丈夫なのかい?とご心配してくださる方もいるかもしれません。
が、それが信仰なんだな、と今更ながらですが、体感させてもらっています。

イエスは言われた。「信仰が薄いからだ。はっきり言っておく。もし、からし種一粒ほどの信仰があれば、この山に向かって、『ここから、あそこに移れ』と命じても、そのとおりになる。あなたがたにできないことは何もない。」マタイによる福音書17章20節
このイエスの言葉をどう解釈するか? 「あなた方にできないことは何もない。」という箇所に着目し、(神様曰く、)細腕でもなんでもいいから動かしてみろ、尻拭いをしてやる、的な解釈をBlogで読みました。
なるほど\(^o^)/・・・と。
奇跡というのは、『他人任せではなく、「よしやってみよう」と一歩足を踏み出す勇気を神が与えてくれること』を言うのかもしれません。結果はついてくるさぁ~(笑)、と。

理由をつけてやらないのは楽です。不安だから、常識的に考えれば、といって先延ばしするのは得策かもしれないです。
しかし、2度も目の前で神の力を見たではないか、なぜ躊躇している、という神の声は、靴屋のマルチンの話ではないけれど、神そのものの声ではなく、本やBlogというものに形を変えて僕のところに送られたメッセージかな、と思っています。
そして松田教会の信仰の仲間の笑顔を見ながら不安をひとまず棚上げし(それでも懐疑的、99パーセントの疑いと1パーセントの希望だというフランス人作家ベルナノスの言葉を敬愛する遠藤周作氏は愛用していた)が、できることをできる限り人生をかけてやる以外のことは出来やしないのだから、ぼくも笑顔で顔晴ろうと思っております。祈りと感謝をもって顔晴ることがすなわち信仰なのでしょう。

さて、サニーさんのライブコンサート近づいてきました。
この上にご案内あります、ぜひどうぞ!!

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