第2回石造物調査会(小田原の石仏を調べる会)

郷土文化館からのお知らせチラシを教えてもらいエントリーしたものの、第1回は大阪釜ヶ崎に行っている最中だったもので参加できず。連れ合いの楽しかったの言葉に羨望の中この日を待って参加。
ラッキーなことに前日の雨は止み、なおかつそのせいで気温も低め。屋外のフィールドワークにはもってこいの陽気。
この日は、

20170812-01

城山の本誓寺さんと鳳巣院さん。
本誓寺は當知山重願院と言う山号。1505(4)年に開山創建と言います。ご住職の話では今川家の藤枝某が開祖だとか。
その言葉を証するがごとく、土中から

20170812-03

こんな石が出てきたとか。文亀元年?なのだろうか? だとしたら1501年のことになる。新しい意志に見えるのは土中に埋まっていて掘り起こした時に洗ったからなのか? はたまた後世の人がこの寺の縁起を記すために書いた新しいものなのか?
このころの日本はと言えば、東山文化の終焉、11代足利義澄の時代。ここから応仁の乱・乱世の時代へ突き進むころ。
この小田原で言えば伊勢新九郎(北條早雲)が小田原に入ったのが1495年なのでほぼそのころになる。
もとは今川家の客分家臣だったので、小田原の街づくりに名家今川の名前を欲して作らせたものなのかもしれない。

寺内を石造物を探しながら歩けば五輪塔。

20170812-02

昔何かの本で読んだのは火輪の先が沿っていないものは鎌倉記前と書かれていたようなのでこれは古いものだと興味津々。
しかも空輪部分は風化している。
サイズを測り、裏に回り文字の解析。水輪部分に名前が彫られている。闡譽上人の名前。存ぜぬ名前と家に帰ってクグル。
と、増上寺の67代管主に渡辺教善(闡譽教音)の名前。どうも幕末頃の方のよう。思ったほど古くない五輪塔でした。

1時間ほどお寺を探索させて頂きお礼を言って道路向かいの鳳巣院さんへ。

山号を實平山と言い14世紀頃に久野総世寺五世天祐宗根が開山したと言われています。
小田原七福神の福禄寿がいますが、手には桃を持っているとのこと。ご住職がその由来をお教えくださり、なお秘仏までお見せ下さいました。

20170812-04

お庭自身には大きな阿弥陀如来像1体と無縁仏の墓のみでした。
2時間ほどの探索で10余の石造物を調査できました。

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