下流老人

語り口は、まるでケーシー高峰さんや綾小路きみまろさんを髣髴させる、辛口(棘のある言葉)を織り交ぜながら飽きさせないように話を進めていく。
7月22日、教団紅葉坂教会で行われた、神奈川教区寿地区センター主催の藤田氏の講演には時代に即したタイトルゆえか満員御礼。お仲間のSunaoさんの司会進行のもと定時に始まりました。

20170725-02

下流老人…誰が貧困でもいけないですが、なぜ高齢者の生活が安定しなければいけないか?と言えば、若い時に一生懸命働いて年金や税をまじめに支払っても、高齢になったとき国は自分の生活を保障してくれないとなれば、年金や税を尊重しなくなるのではないでしょうか?
そう言う意味において「くれ騙し」にあったような高齢者の貧困は市民に大きな不安をもたらせます。

貧困のレベル、それは1人暮らしでは125万/年、2人なら170万/年、4人なら245万円/年(いずれも直接税をひかれた後)で、これを下回ると生活が困窮し、たとえば暑くてもエアコンの使用を我慢しようという気持ちになり、熱中症で救急搬送されたりもある訳です。国民年金だけだとこうした所帯になりやすいのが現状の日本で、これ以下の所帯を貧困所帯と呼び、全世帯の中の貧困所帯を貧困率と呼びます。
日本は16.1%が貧困でOECD加盟34か国のうち6番目に悪い数値です。
これを高齢者所帯だけで見ると19.4%に跳ね上がり、OECDワースト4となってしまう訳です。
日本は景気がいい、とか、アベノミクスなどと言われていますが、人生の終盤の時先進34国の中で下から4番目の貧困の中で生きるという事は将来に希望を持てない国家なのでしょう。
もうひとつ問題は、リタイアした後別所帯である子どもにもSOSを出すことが不可能な状態であることも注視しなければならないです。正規雇用率が低くいつ解雇されるかわからない不安定な状態では親の面倒を見たくても不安でできないこともあります。

そういう下流老人が増えた今の日本。ならではの事件事例はたくさん発生しています。
・2015年5月に起こった川崎市の簡易宿泊所火災事件
 ここはドヤと大差が無く正規の住居に住めない貧困の要支援、要介護1,2級の方もたくさん入所していました
・2015年6月に起こった新幹線内の放火事件
 高齢者が困窮の日々に嫌気をさして焼身自殺を図った事件
・2016年1月のスキーツアーバスの事故
 65歳と言う高齢者が深夜バスの運転手を続けなければならない事情
・2015年11月 埼玉の心中事件
 47歳の娘が81歳の母親と74歳の父親の未来を苦にしての心中事件の裏には、生活保護利用問題がありました。、
・2016年10月28日 軽トラが登校の列に突っ込んだ事故
 87歳の運転手は認知で自宅が分からず走り回っている最中のパニック事故 

こうした事例は加害者だけに責任を負わせるのは忍びない気がする事故事件ばかりです。

今日の講演会のサブタイトルは「ひととのつながりが貧困と闘う武器となる」です。
講師の藤田氏は貧困と言うのは経済的な問題だけではなく、つながりが切れることで情報が無いことで生まれる部分も多いと語ります。孤独死に対して不安を持っている人が先進諸国の中で高いことがそれを裏付けていると思います。

「核家族」が日本の家族形態になって幾久しいです。それによって孤独死の不安の増えているのかもしれない中、「拡大家族」は大切だと藤田氏は説きます。それは一つは教会(宗教団体)であり、一つは市民力(ボランティア力)ではないでしょうか?
野宿者支援、そしてこのあと7月30日に上映する「さとにきたらええやん」の映画の一つのテーマ道親。こうした大きな動きをするには「核」が必要です。個人が個人でそれぞれ動いてもなかなかできるものではありません。
その核になるのが上記の宗教団体や市民のボランティアです。

さて日本の平均余命は90余歳。しかしその年齢は死産(0歳)や交通事故や病で若くして亡くなった方の年齢も含まれていて、中位寿命で平均余命より3年ほど長いと言われています。いずれにしろ60歳でリタイアしたならあと30年ある訳です。会社人としてのリタイアは人生の2/3の部分にある訳です。
残りの1/3は自分の生活を気にせず、余暇を楽しんだりボランティアとか社会貢献をするときなのでしょうけれど、その時まで働かざるを得ないことが問題です。上記のように「ひととのつながりが貧困と闘う武器」として闘ってほしい方が闘えない状況に陥ってしまいます。

日本は最低賃金もドイツの半分程度です。賃金が低ければ社会保障は手厚くなければいけませんが、それも低いです。
昭和の右肩上がり、「待ちぼうけ」の歌ではありませんが、二匹目のどじょうを狙って無策のまま過ごしてきた日本は、いつの間にか貧困国家になりました。子どもも若者も高齢者も貧困に喘いでいるのに、なぜか意識だけは相変わらず中流意識。実はそこが問題なのでしょう。
『理想主義のない現実主義は無意味である。現実主義のない理想主義は無血液である。』ロマン・ロラン氏の言葉です。多くの国民に中庸左派の意見を言うとそれは理想で現実的ではないと言いますが、自分が貧困であるのにその現実を直視せず中流でいるつもりも大いに非現実的です。
社会が変わらないとまさに「無血液」な社会が蔓延しちゃいます。
よい学びの時が与えられました。感謝です。
という訳で本買っちゃいました。ゆっくり読み直したいものです。

20170725-01

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