釜訪問あらため大阪訪問記(2)

ここから先はノンフィクションですが、100人の人生を語れば100個の物語を書かなければいけません。
多数派の話と言う前提で、この話以外で野宿生活をしている人、困窮の人生にいる人もたくさんいることを前提にしていると言う事をまずお知らせします。

20170715-11

横浜寿町も寄場です。海外からのまた国内でも遠距離からの物流が船を使った時代からの港にはそこからトラック輸送する日通をはじめとする大手の配送業者の倉庫が立ち並んでおり、その風景はみなとの景色と相まってノスタルジックな気持ちとさせる観光地にもなっています。そこで船から荷物を運ぶ湾岸労働は、仕事がきついけれど給料もいいという情報が流れ、体力に自慢があり故郷を出ざるを得なかった人たちがこうした港町に集まります。しかし船は定期的に来るものではなく、特に時化(しけ)等で舟が来なければ日雇いの彼らは仕事にあぶれてしまいます。
そうすると、港湾労働以外の仕事の手がほしい人、例えば建設現場から人夫出しと呼ばれる手配師が仕事につけなかった人を探しに来ます。港湾仕事でもないけれど日雇い卯の仕事につける訳です。それでも仕事につけなかった人には「あぶれ手当」と呼ばれる一時金が職業安定所から出ます。
手配師は、元からの労働賃金を私的に一部ピンハネをするので違法行為で警察の取り締まりの対象となり、また建設現場も法規上さまざまな災害対策をしなければならないのでだいぶ減りました。今はどちらかと言えば、市町村が対策事業として清掃などの仕事を作り日雇いの方がそれに携わっています。
僕らが釜についた7時にはすでにその日の募集が終わっていたことは、前述のとおりです。
そうした人が多く寝る場所もなく路上で生活しているのが寿ですが、釜ヶ崎や山谷も港湾労働の一言を他の職種にするだけで、町の成り立ちはさほど違いはありません。
不安定な日雇いの仕事よりも、ダンボールを集めたり空き缶をリサイクルしたりすることに生業を求める人がいます。25gアルミ缶のリサイクル業者の引き取り価格は80円/㎏。40個集めて潰して80円、自転車の後ろに山になったアルミ缶を入れて運んでいる人がいますが、朝早いうちから一日集めて10kg程度でしょうか。800円とか1千円の世界です。

20170715-12

仕事につけた人でも1日1万数千円、あぶれれば手当がもらえても5千円程度。アルミ回収なら1千円。これで1日の生活をするわけですが、人間一番の苦痛は何もやることがなくボケッと時間をつぶすことです。
そうなると宿に泊まることよりも、時間をつぶすことに関心が行きます。
一日TVを見ず本も読まず、家の中にいることを考えればわかると思いますが、それが永遠に続く恐怖。それから逃れるためにはパチンコへの誘いがあるのかもしれません。
僕個人は大音量とたばこの煙、そして勝てなかった時の後悔を考えると、たまに儲かる喜びよりも大きく、パチンコ屋に足を運ぶことはありませんが、野宿生活を余儀なくしてやることがなく、時間がつぶせなくなったらどうなるかはわかりません。
そしてわずかのお金をすってしまった人は、酒の力を借りて路上で寝たりしています。

1994年12月寿に初めて行った時はヤンカラが炊かれその周りで多くの野宿者が暖を取っていました。
どのシーズンを問わず道路には寝ている人が居ました。
しばらく小田原交流パトの方が忙しく2014年久々に行った時には愕然としたのは路上で寝ている人が皆無だったこと。ダンボールハウスやブルーシートハウスがなかったこと。
野宿生活を余儀なくされた方も、良くも悪くも保護政策の元、ドヤや無低に住むようになり、TVとエアコンのある時間をつぶせる生活ができるようになり、わずかにでも余ったお金は余暇に使えるようになりました。
静かな町になりました。関わったものとしてはなんだか寂しい思いがあることも確かなことです。

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釜にはそんな光景がまだありました。言い方があっているかどうかわかりませんが、活気がありました。
酔っぱらっている人、大声で言い争っている声、それと寿に比べても何倍もの自転車。カオスの感じがする東南アジアのそれに近い町。
あわせて(きちんと仕事もしているのでしょうけれど)目障りなほど多い警官。一転何だか監視社会のど真ん中に入れられた窮屈感。警察署はまるで要塞。人の力ではどうにもできない頑丈な高い門でぐるりと一周囲まれ、建物の4,5階?あたりから監視カメラで外部を監視しています。何も悪いことしていないのに、と言う悲しい気持ちは蔑視偏見への視線への抵抗。でも相手がその正当なレジスタンスに対して真摯に感じてくれなければ蔑視偏見はなくなりません。

20170715-14

20170715-15

人は山谷を 悪く言う
だけどおれ達 いなくなりゃ
ビルも ビルも 道路も出来ゃしねえ
誰も解っちゃ くれねえか
だけどおれ達ゃ 泣かないぜ
はたらくおれ達の 世の中が
きっと きっと 来るさそのうちに
その日にゃ泣こうぜ うれし泣き
(岡林信康氏 山谷ブルースより)

ここに住む人たちは一生懸命ビルを建て橋をかけ道路を整備した人です。ちょっと要領がよくないから、お金の使い方もうまくなかったり、難しい法律を僕よりも少し学ぶことが嫌いなだけです。
口がうまくないからすぐに怒鳴っちゃうし、人一倍のプライドや漢気が邪魔をするときもあるけれど、根はいい人ばかりです。
それを「あいつらは家がないから悪さをするんじゃないか」とパトをして回る。このエリアは危ない人たちの巣窟のように言われる…。
口八丁笑顔で国民をだますやつにはいろんな人がぺこぺこして俺たちは人じゃないように扱う。
そんなに自分が偉いのかねェ、そうだとしたら俺ゃあえらくなりたくはねぇや!!

夜は特にあぶないなんて言われてはいますが、15日の夜回りの終了時間は22時過ぎ。最終地点はオタロード(日本橋)、そこから同行の仲間と一緒に釜まで戻りましたが、当然ながら何の心配をするような出来事もありませんでし、周囲を気にするような感じでもありませんでした。穏やかな夜でした。

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