イエスの生(せい)を記念する教会

2017年4月23日、横浜市中区にありますなか伝道所で礼拝を守りました。同教会に与えられたみ言葉は、ルカによる福音書 24章13-35節。表記のタイトルの説教を北口沙弥香牧師より受けました。今回も礼拝で説教を聞いた内容を一信徒が思ったことを含めて綴ってみます。(説教の要約ではありません)


ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩きながら、この一切の出来事について話し合っていた。話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。
イエスは、「歩きながら、やり取りしているその話は何のことですか」と言われた。二人は暗い顔をして立ち止まった。その一人のクレオパという人が答えた。「エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか。」
イエスが、「どんなことですか」と言われると、二人は言った。「ナザレのイエスのことです。この方は、神と民全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でした。それなのに、わたしたちの祭司長たちや議員たちは、死刑にするため引き渡して、十字架につけてしまったのです。わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。しかも、そのことがあってから、もう今日で三日目になります。ところが、仲間の婦人たちがわたしたちを驚かせました。婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、遺体を見つけずに戻って来ました。そして、天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げたと言うのです。仲間の者が何人か墓へ行ってみたのですが、婦人たちが言ったとおりで、あの方は見当たりませんでした。」
そこで、イエスは言われた。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。」
そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。
一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。二人が、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。
二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。そして、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。二人も、道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。


20170423-01
(個人名にはモザイクをかけさえてもらいました)

教会によって礼拝の方法が少しずつ違います。なか伝道所の礼拝の特徴の一つは、「説教」ではなく「使信」と称し、メッセージの後に会衆の質疑やインプレッションの共有をする点です。
この日もまず北口牧師よりメッセージを受けました。

弟子たちは「暗い顔」をしていた、つまり肉体的にも精神的にもヘトヘトになりながら失意の元60スタディオン(11km)・・・だから3時間ほどの道のりを歩いて居た訳です。普通ならこの倍以上の道を歩くのですから、スピードが遅かったのか、出発時間が遅かったのかどちらかなのでしょう。それでも暗い顔をしていた、ことに注視しなければいけないのでしょう。
同時に行間を読め、と言う考えもあります。イエスが「先を急いで」いたのを引きとめた、のはもう少し自分たちのスキルに会った十分な説明を2人が欲したのかも知れません。同じレベルまでイエスは遜って合わせ、懇切丁寧に話したゆえに2人は十分納得し、熱意が戻りエルサレムに踵を返したとも読めます。

この話はルカによる福音書にしかないと北口牧師は語ります。ルカは4福音書一番最後にかかれた福音書の記載。どこまでが見聞きしたことなのか、どこからがルカが手を加えたものかは明確にはわかりませんが、ルカは、イエスがパンを感謝し裂いたところで、弟子たちはイエスだと分かりイエスの姿が見えなくなった、と書いています。
このルカのオリジナルな記事は、聖餐式を通じてイエスに出会ったことを強調しています。
そしてそれを大事にした後世の教会はもっとデフォルメして教会こそがイエスに出会える場所=教会でしかイエスに出会えないと形を変えていきます。
しかし聖餐式と言う儀式が正しいのか?は、イエスのその前の5000人の給食の記事や最後の晩餐の記事のような聖餐の場面が、儀式の聖餐ではなくともに食事をする聖餐の場面から疑問視されます。2000年経った今イエスの居場所は本当にピンポイントな場所にまで狭められているわけです。
イエスは週一度の数時間の礼拝と言う非日常の場ではなく、いつでもどこでも隣に居てくれるという日常の存在なのです。


と言うようなメッセージの感想を受けた話のあと、会衆からいくつかの質疑とインプレッションがありました。その中で1つ。
パンを裂いた後姿が見えなくなった、と言うのは霊的なものか? 疑似的な象徴か? というのがありました。
北口先生や渡辺英俊先生から、また他の信徒からお考えが発言されました。
その中で、精神的な病や障碍を抱えている人の中には幻視体験をする人がいる。病や障碍を持った人は、それによって非情な苦しみを負っているが、そうした中、強烈な出来事にであったあと、心や頭に痛烈な影響があると幻視が見れることがあり、ご本人はそれが幻視か真実かの判別が出来ない、と言う話がでました。
先週小田原教会の説教の中でも、ヘタレな弟子たちが挙って殉教の死を遂げるほどの人生改革があったという話がありました。
イエスの復活に出会う、ことは、どういう事なのかは僕らの能力では分析できかねることなのかもしれませんが、殉教の死を厭わない勇気が与えられるほど大きな出来事だとしたら、残念ながら僕はまだ復活のイエスに出会えていないのかもしれません。が、逆に言えば出会えるその日をワクワクしながら生きれるということでしょう。
トルストイの「靴屋のマルチン」は「明日お前に会いに行くよ」と言う神の声にわくわくしながらの一日を過ごしましたが、あと何年(何十年)のこの世での生の中、復活のイエスにお会いできるのを楽しみにしながら生きたいものです。

20170423-02

さて、礼拝が終われば、愛餐の時。1つのパンを裂いて共に食し、パン以外もマカロニサラダとコーヒーを食させて頂きました。初めてお会いする人たちが多い中、中心にイエス様がいてくれる食卓。楽しいひと時でした。
なか伝道所の皆さん恵みのひと時の共有ありがとうございました。

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