恵みの福音

2017年1月1日、小田原教会に与えられたみ言葉は、ローマの信徒への手紙 1章1-7節。表記のタイトルの説教を中田正道牧師より受けました。今回も礼拝で説教を聞いた内容を一信徒が思ったことを含めて綴ってみます。(説教の要約ではありません)

20170101-01

キリスト・イエスの僕、神の福音のために選び出され、召されて使徒となったパウロから、――
この福音は、神が既に聖書の中で預言者を通して約束されたもので、御子に関するものです。御子は、肉によればダビデの子孫から生まれ、聖なる霊によれば、死者の中からの復活によって力ある神の子と定められたのです。この方が、わたしたちの主イエス・キリストです。
わたしたちはこの方により、その御名を広めてすべての異邦人を信仰による従順へと導くために、恵みを受けて使徒とされました。この異邦人の中に、イエス・キリストのものとなるように召されたあなたがたもいるのです。――
神に愛され、召されて聖なる者となったローマの人たち一同へ。わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように。



2017年を迎えました。
1月1日、初めての日。そんなことで特別な日に思えます。でも、「正月や冥途の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし」という一休宗純師の歌。そして「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。」と言うテサロニケの信徒への手紙の言葉。
特別視するかしないかは個々の気持ちひとつで、365日のただの1日に過ぎないのかもしれません。
様々なスポーツでも「練習は試合のように、試合は練習のように」といいます。特別な日を普段の日のように、ハレの日でもケの日のごとく過ごせることが大事なのかもしれません。

もう一つ、教会の暦ではまだクリスマスの時を過ごしています。アドヴェントと言う備えでもありウキウキと嬉しい時は社会・経済でもクリスマスを共有していますが降誕を期に社会・経済は一気に正月モードになってしまいます。でもクリスマス、つまり「救い主の誕生」は産まれるまでではなく産まれたことが大事なはなしで、救い主が生まれた喜びとキリストの光がこの世に輝きだすエピファニーまでが喜びあいたい時であります。

さて2017年中田牧師は小田原教会の礼拝説教をローマの信徒への手紙の連続講解を選びました。その1回目となりますが、あわせてパウロの人生についての話でもありました。3度の伝道旅行をしたパウロ。
でも考えてみれば僕らも人生と言う旅を歩んでいます。併せて礼拝のさいごに牧者から祝祷派遣の言葉をうけて礼拝を終え、各家庭に戻り、一週間家事を、仕事を続けます。

エピファニーは東方の博士たちが星に導かれイエスに会った日とも言われています。そんな博士たちはイエスに会った後、天使に道を変えて帰るように言われます。
牧師は、この事実と合わせて、このことは意味ある示しでもあるといわれます。つまりイエスに会ったことで人生の道が変わる、今まで歩いてきた道と違う道を歩むこと、と言われました。

博士たちも、救い主がどんな人かわからなかったはずです。占星術、星占いの結果、「何かがある」ことはわかっていてもそれがどんなことかわからなかった。それでも行くことは個人の成し遂げたいというわくわく感でありますが、そんなわくわく感は多くの占星術の博士が味わったと思います。それでも行った博士、行かなかった博士、そこには背後の神の呼びかけに応える、逆に言えば呼びかけられたことに従順な姿の大事さを感じます。

最初いつもと同じと書きました。でも、一年の計は元旦にありとも言います。背後の神の呼びかけに応えることをこの一年の目標に飄々と毎日を楽しみたいと思います。

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