クリスマスの夜のオーヴァーブッキング

先日友人が海外からショートメール。
「ブッキングミスで泊まるところが無い」とのこと。石橋を叩いても渡れない僕は、日本にいるうちに全部の宿泊場所を押さえてからでないと出られないチキンなもので、その無謀ほどに自由な旅に心配とうらやましさを感じたものです。
事なきを得たのですが、それはまた感動の話なのです。トラブルとトラベルの語源は一緒といいますが、故に旅も障害も感動を呼び起こすものなのかもしれません。

ブッキングミスによる宿泊場所が無い話の最たるものはたぶんクリスマスの夜のお話なんでしょうね。
馬小屋で赤ちゃんを産まざるを得なかったいきさつは
皇帝アウグストが全ローマ帝国の住民登録をせよと命じた事に端を発します。
登録のため、国中の人がそれぞれ先祖の故郷へ帰りました。
ヨセフはガリラヤ地方のナザレから、ベツレヘムまで行った訳です。
つまり馬小屋のある場所はヨセフの生まれ故郷。
親戚も知り合いもいる場所。そこで宿にも知人・友人の家庭にも泊めてもらえなかった、というのは、旅人をもてなせという当時の極めて重く常識的な社会ルールに照らし合わせても腑に落ちないものです。

それが「婚前にマリアのお腹に赤ちゃんがいる」と言う事でした。21世紀は、もう結婚と言うルールは希薄化して、結婚前に子どもがいても何ら不思議ではない訳ですが、2000年前は不謹慎の極み、律法から離れた冒涜者として、誰もが関わりを拒否したのが馬小屋で生まざるを得なかった原因なのでしょう。
「生憎と部屋はありません。」今にも生まれそうな大きなおなかの人に向かって言える言葉ではない、そんな拒否を受け続けた要因は、やはり偏見・蔑視によるものだと思います。
中には憐れみを覚えたとしても、泊めたらその後村八分のような仕打ちを受けるかもしれないという世間体を気にした人もいたでしょう。

ただ泊まれないのとは違い悪意があるのは、僕の友人のブッキングミスとの違いだと思います。
馬小屋を貸してくれた宿屋はある意味親切で情にあふれた方だったのかもしれません。地域の目があるから中に入れることは出来ないけれど、俺が精いっぱいみんなに反論できるのは「馬小屋でもダメだっていうのかい!!」と言うプロテストまでだ、それでいいならOKだぜ。

久野の地域を二分する産廃の闘争。その時仲間のリーダーが言いました。「『反対運動に加わる仲間以外は敵だ』、と言うのと、『敵対しない人以外は仲間だ』と言うのは似ているようで大きく違う。」
相手関連企業と取引のある商店主などは板挟み。表立って反対できるはずがありません。許可をした県、追従した市に勤めている公務員の方も同じです。反対運動に加わりたくても加われない。その黙する辛さは知ってあげなければいけないことでしょう。
僕はやはり弱虫のチキンだから出来ない事までやれと言われても難しいかもしれない。でも出来る事まで、そしてちょっとした背伸びまでは出来るかもしれない。そんなちょっとの勇気を振り絞る大事さ、それがクリスマスの出来事かもしれません。
そんな宿屋のおやじの立場でクリスマスを感じてみました。

以下のCMの女の子のように自分に忠実に声をあげれれば実はみんな同じ気もちだったことに気がつくかもしれませんね。



今日の日の入りは16:30ころ、あと6時間ほどで救い主イエスの誕生をお祝いする夜の始まりです。メリークリスマス。 
僕の集う 日本キリスト教団小田原教会の燭火礼拝は午後7時からです。どなたでもお気軽にお越しください。

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