くまもん頑張るもん熊本訪問記(1)

20161015-18


今年のRFL(リレーフォーライフ)は友人が実行委員長をしている熊本に行こうと早くから計画を立てるも、まさかの熊本地震。
それでも心が折れそうな時だから返って頑張りたい、との願いもありましたが、会場の白川公園は避難してきた方々のテント村になり延期を余儀なくされました。
「夜明け前が一番暗い」「終わりのないトンネルは無い」と言う言葉通り、多くの実行委員さんの熱意と尽力の中、希望の光「RFL熊本」が10月15-16日の両日開催されたので行ってまいりました。
本来ならばメインのRFL報告から入るべきでしょうが、今回は熊本地震の現状の話からしたいと思います。

8時30分に羽田を飛び立ったボーイング767-300 (76P)機は、10時を迎えようとする頃大分上空から阿蘇をめがけてフライトをしていました。噴火があったことなどみじんも感じられないほど穏やかな山並みを越え高度を落として行くと田畑や家並みがみるみる大きくなってきます。美しい田畑、そして道路を快適に走る車、平和そうな町中の家々、そこには半年前熊本に大きな地震があったことなど夢だったかの如くの普通の暮らしが存在していました。ヨカッタ、ニチジョウニナルマデフッコウシテイルンダ…。

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そんなことを考えている最中機体は菊池を過ぎて旋回、熊本県民総合公園上空に差し掛かると事態は一変、ブルーシートの屋根が連なる状態になっていました。

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唖然としながら市内行きのリムジンバスに乗車。多くの観光客や友人宅に向かう人、また故郷に戻る人を乗せたバスの中にもそんな悲壮感はなく、秋の行楽感が漂っています。
ホテルでチェックインをし、白川公園に行けば、公園の周辺も立ち入り禁止の建物が周囲にありました。

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そして熊本城。
崩落の激しさは言葉を失います。名城の名をほしいままにしたところで所詮人の手で作られたもの、大自然の前には全く歯が立たずに儚いです。が、人間には自然が持っていないもの、意志があります。乗り越えよう、夢を実現しようという精神力があります。
町民のシンボルが町民の意思で復興する日を僕らも祈っています。

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17日は観光に連れて行ってもらった後空港まで送ってもらいましたが、イオンモールは閉鎖に追い込まれ、サントリー熊本工場も稼働が出来ずにいると聞きました。
益城の友人宅やその周辺も見させてもらいましたが、地割れや崩壊が随所に。ところが道路一本向こうはほとんど無傷とのことで、改めて活断層上の怖さを感じた次第です。

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鉄筋H鋼上の平屋のパネル住宅、傍目には重い家には見えませんが、H鋼自身がねじれ崩壊。家自身は無傷ですが住めない状態です。

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清水国明氏らの声掛けで始まったトレーラーハウスの避難住宅、そして町はずれにある高規格の避難住宅の不人気問題、現地を見たことで色々と思う事がたくさんありました。

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福島では仮設住宅を作って安心してしまったのか復興住宅の建設が遅れました。仮設の耐久年数を超えた5年の今も、朽ちつつある仮設で雨漏りやカビの発生と戦いながら生活している人が居ます。
政策の失敗を繰り返さずに、一日も早く少しでも当たり前の生活に戻れますように。いつまでも「仮」ではなく本当の我が家で落ち着いた生活が送れますようにただただ祈ります。

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歩道には処理ができないので腐敗しにくいゴミが山積みになっています。阪神淡路の地震の時は、その被災ゴミがいつの間にかもうけ主義の産廃業者にわたり、和歌山橋本の菖蒲谷の自然とそこに住む人美の健康被害を起こしたのを忘れてはいけません。
行政は多忙を極めているかもしれませんが、禍根を残さないように、過去の轍を踏まないように全力を尽くしてもらいたいものです。

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そして町づくりにはお金がかかるものです。壊れた店舗の商店主は余計な費用を生み出さなければなりません。商店に物を収める製造者は商店主の笑顔の日があればこそ作り甲斐を覚えます。
東北もそうですが行くだけで街は活性化します。ホテルに泊まり、レストランでものを食べれば町は活性化します。「どこかに行きたい」と思った時に、東北だけでなく熊本も、そして今回は記載がありませんが壮絶な被害をもたらした北海道を思い出しプランしてくれればと願います。

同行の友人は洗場橋付近を歩いたようです。
昔ながらの普通の町がある日突然閉店に追い込まれた日常の中の非日常にカメラが行ったみたいです。

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(以上2枚はMocaさんより頂きました)

そして看護師をなさっている友人はやはり赤十字発祥の地ジェーンズ邸の崩壊がショックだったと言われています。

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(こちらの2枚はブイちゃんから(^_^)/)

僕らの友人は大規模に修復しなければならないながらも全壊をま免れたそうです。
東北の地震の際にも多くの方が、仲間の死や仲間の被災を見聞きして自分が生き残ることをまるで罪悪のように語られましたが、このご夫妻もそうでした。自分も被災者なのにもっと厳しい日債を受けた人のところに目が言っている話を聞いて、自分はもしそういう場面に出くわしたらそんな優しい気持ちで入れるか、と自問します。
そして東京では2020年オリンピックの開催に向けて大工事が進んでいます。人も物資も必要だという事で、東北の復興、熊本の復興を後回しにしても集約しています。
さて、聖書のルカによる福音書7章32節に『(結婚式で)笛を吹いたのに、踊ってくれなかった。葬式の歌をうたったのに、泣いてくれなかった。』 と言うフレーズがあります。主語が抜けている会話文ですので主語を足しながら訳すと、神様の言っておられること(笛を吹いたまたは葬式の歌をうたった)をファリサイ人らは守っていない(踊ってくれなかったまたは泣いてくれなかった)と言う意味です。
しかし信仰の言葉は実際自分たちが何をするかでもあります。僕らはオリンピックと言う国民が湧くイヴェントと福島や熊本の困窮の仲間たち、どちらの言葉に踊りまたは泣くのでしょうか?急を要している人、困窮の度合いが深い人、共に居てほしいと願ってくれている人そうした人とともにありたいです。自分よりも困窮している人のためにと言う気持ちでいられるようにこの聖書の言葉を忘れないでいたいです。

奇しくも半年のレクイエムの日。新聞にはそのことが載っていました。

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