南相馬―フィールドワークキャラバン(土とともに、の巻)

ご縁がある時はご縁が向こうから来てくれるのかもしれません。もう少しクリスチャンぽく言えば奇しき神のみわざがそういうストーリーを組んでくれたのかもしれません。
南相馬―フィールドワークキャラバンから帰ってきたのが5日の夜遅く。自宅のPCを開ければ久米さんが小田原に向かうとのコメント。
えっ!なんで?? お会いした時には何も言っていなかったじゃない、と思いながらも行き先は僕の友人の会社なので友人に電話をするとすでに到着しているとのこと。
1日ぶりに、久米さんと小林ご夫妻にお会いしお礼を言うことができました。

それから数日、鎌倉で飯舘村の映画があるよ、と教えてくれる友人あり。これは何としても行かなくては!といざ鎌倉。
5日に通った県道12号線から数Km北の佐須地区にお住いの榮子さんと芳子さんのドキュメント。

20160611-03

前述のBlogをはじめ、何度も同じことを書いていますが、フクイチ以降の生活の場としての問題は2つに分かれています。
移住して安全な生活の場を求める派と故郷で生きたい派。
それと放射性物質の他地域への飛散(移動)や食の安全、そして偏見問題と絡んで、江戸末期の討幕護幕・攘夷開国の2点が絡んだ大問題のような有様になっています。
「安全な」を求める声は体の健康を重視し、「帰村』を希望する声は心のよりどころを重視しているように感じます。
いずれの言い分も理解できる点が多いので意見を出すのが難しいところです。
今回の映画は、後者。つまり年齢的なことも関与しますが、心のよりどころを求める2人のばぁちゃん。

「穢れ」という言葉は忌まわしく思われる不浄な状態ですが、今日どちらかと言えば差別を助長する言葉として使われます。
でも元の言葉は、「ハレとケ」非日常と日常のケ=日常をすることができない状態をケ枯れから来ていると言われています。
まさに、原発難民として故郷を追われ故郷から10余Km 離れた未知の場で生活をすることは、ケができないケ枯れの状態でしょう。
なんとかケの状態になりたい、と人生の終盤、必死にもがいている姿は、見ている僕らにももどかしいです。
土とともに生きた百姓は土がケ枯れていれば、百姓もケ枯れるのです。作ったものが喜んで食べてもらえるからこそ働く意欲がわきます。ケの楽しい労働の日々が送れるのです。そのやるせなさを笑い吹き飛ばそうと顔晴っています。
でも、久米さんも言っていましたが、このお二人のおばーちゃんも「不幸」を背負っている訳じゃあありません。「かわいそうな人」でもないです。
ただケの毎日を送りたいと一生懸命誠実に生きている人たちです。

孫たちが墓参りに返ってきても放射線量を気にして1時間で帰宅してまた1人ボッチになって入りまう。一人ひっそりと仮設に戻って行く姿。そこでの食事はTVではなくディジタルフォトフレームに入れた孫の写真を自動切り替えにして見ています。
国との折衝では、孫と住めない苛立たちをぶつけます。

それでも、佐須味噌や染み餅といった郷土料理を他地域に教えに行き、この技術を持っている人が飯舘村からいなくなってしまっていても、教えた先で技術が踏襲され、そしていつの日か飯舘村に戻れるときに無くなった技術を逆輸入させてほしい、といいます。
監督の古居さんは長くパレスチナ地方の弱者を追いかけてきたドキュメント映画の監督です。
だからではないでしょうけれど、このフレーズを聞いてユダヤを思い出しました。

20160611-02
(映画会のあと、鎌倉に震災銭湯を作る会の会長(左)と古居みずえ監督(右))

子ども讃美歌のクリスマスの歌に
昔、ユダヤの人々は
神様からのお約束
尊い方のお生まれを
何百年も待ちました
というのがあります。
神がモーセにイスラエルの地をユダヤの民族に与えるといったのが紀元前13世紀頃。つまり1300年いつ生まれて自分たちを救ってくれるのかを、そしてそれはどんな形なのかも分からずずっと待っていたわけです。
救い主に会えず多くの人が次の代にその使命と希望を託し死んでいく、という壮大なドラマは、幼き頃の僕の中では希望よりも出会えなかった悲しみ・絶望感として映っていました。
しかし年を重ね、今になると、ユダヤの民の気持ちが分かります。自分が全てできないのは摂理で、できないものは次に委ねるべきなのでしょう。
ですから榮子さんのこの活動はすとんと胸の中に落ち、映画を見ながらエールを送りました。

もう一つおもしろかったのは榮子さんと芳子さんの関係。親戚筋に当たる年もほど近いお二人ですが、主導権を握る榮子さんと少し後ろを安心しながら歩く芳子さんの関係。
なんだか世の多くのご夫婦を見ているようでした。そして圧巻なのは、その芳子さんがいがんで入院する場面。
RFL(リレーフォーライフ)の会場に行ってもよく言われるのは男性は弱虫だということ。
自分の健診にもがんが発見されることが怖いから行かず、また連れががんを告知されようものならただおろおろして何をしていいかわからない毎日を過ごします。
結果を聞くのが怖いです。最悪を想定しながら勝手に落ち込みます。
そんな自分の姿がオーバーラップした榮子さん\(^o^)/
怖い気持ちもよくよくわかります。蔭ながら応援。病院でのお見舞いシーンで二人して号泣したのもよくよくわかるシーンでした

お二人のベースは「ケ」です。世の中がケ枯れをさせようとしたとき必死にケに戻すことは、本当に豊かな毎日を感謝の気持ちを持って生きるためには大切なことだと思います。
映画を通してお二人から大きな勇気を頂けた映画でした。

飯舘村は0.5μ㏜/h程度はあります。それを年間2m㏜にして帰村しようと村長は動いていると言います。
仮設ではなくふるさとで死にたいという村民の声もあることは確かながら、急いで選択をさせ、仮設や支援を終了させる必然性はどれだけあるのか、と思います。帰村してもリフォームから何から全部一からやり直しです。そうした部分や、病院・スーパーなどのインフラ整備が完全に復活し、町としての機能をするまでは仮設の解体はしてはいけないような気がします。
非のない飯舘村民は、妥協をすることなく、東電と原発を許可した国に対して、日本の各地に示したのと同等の1m㏜に1年にないに戻せ、を言い続けそれができないうちは責任を自覚し政策と補償(年数が経てば経つほど精神的苦痛が増すので補償額の増額も)で対応しろと言い続けていいのではないでしょうか?
原爆被爆者から始まり各公害病も、国は責任を取ると言いながらも引き伸ばしで関係者が亡くなっていくのを待っているような気がします。その引き伸ばし作戦にピリオウドを打つためにも「攻めた」要求を突き付けていいと思いますよ。
自ら自由の巾(選択肢)を狭める必要は全くないのです。

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