南相馬―フィールドワークキャラバン(群盲象を評す(下)、の巻)

帰りは飯舘村を通過する県道12号線を抜けてきました。


いずこも線量は高いです。
さて、サブタイトルを群盲象を評すとつけました。
目の不自由な人が象を触り、鼻を触ったある人は象とはヘビのように長い生き物だと言い、耳を触った人は薄く広いものだといい、足を触った人は電信柱のようだ、と言い結局誰もが「本当の象」を語れないという喩です。
僕らも実は放射能汚染に対してはそうなのかもしれません。

ホットスポットと言うところがあります。いわゆる風の吹き溜まりです。人間は測定器をもってそうした場所を察知していますが、動物はそんなことお構いなしです。ですからホットスポット周辺の動物からは高濃度の放射線物質。特にその場所の草の葉の上に放射性物質が落ちてついたままの葉を食べたり、その動物を食べたりとして、内部被ばくをする動物はたくさんいます。
が、元気に生きている物が多いです。
が、そうした動物の遺伝子がどこまで破壊されているかはよくわかっていないようです。100年後になって恐ろしい状態になっているかもしれませんし、実は大騒ぎするほどの事態になっていないかもしれません。
専門家でもまだわからない状態です。

そもそも過去を振り返ってみましょう。
4大公害病、光化学スモッグ、亜鉛、カドミウム・・・そして、ダイオキシン。中国から輸入される食品に摂取してはいけないようなまがい物があることも報じられました。
そのたび日本人は、その食品を遠ざけてきました。
しかし、今ダイオキシン汚染を気にしている人がどれだけいるでしょうか?人間の生み出した最悪の物質とまで言われたダイオキシンの「ダ」の字もニュースにはなりません。
確かにニュースになったおかげでごみ処理場にはバグフィルターが取り付けられ数値は激減しました。
しかし、
アメリカは、ベトナム戦争で枯葉剤の不良在庫を抱え、その処分に困った。困った挙句に、日本政府に押し付けてきた。そこで、林野庁の高級官僚が、日本の国有林に雑草対策と称して散布し、それでも処理しきれなかったので、国有林内の山に埋設投棄した。
と言う蛮行が報じられましたが、大したニュースにならなかったことに「のど元過ぎれば熱さを忘れる」事を感じます。
放射能も次の大惨事が起きるまでは騒ぎになっても、次の何かがあればもう過去のことになってしまうように感じます。
「やっぱり日本の食品が一番」と福島のお米を食べる姿がもうすぐ先のような気がしてなりません。
僕が問題視したいのは、安全かそうでないか?を素人判断をして小保方さんの案件のように安易に公的な決定を出さないことと、国民は国民で喉元過ぎて危険なものを安易に口にしないことと安全なものを拒否するという偏見をもたないことだと思います。

測定をして基準数値以下の食品を怖がることを僕は否定できません。特にご家族に幼いお子さんがいれば過敏になることは当然です。
でも危険なのは放射線だけではありません。
除菌ブームに乗った各化学物質を多量に使用して、製法がどうだかわからない食べ物を食べて、それでブームだから的な福島の食べ物は危ない、と言うダブルスタンダードが解せないと言っているのです。

僕らは象の一部しか触っていないのではないでしょうか?触り損ねて知らないところにもっと危険が潜んでいるかもしれません、恵みがあるかもしれません。
でも触れないとしたら、あまり過敏になってはいけないでしょう。
久米さんが言いました。「私は、一時体を壊すほどに放射能に対して神経質になった。外に出ることが怖く、家の中もカウンターを持ち歩き少しでも高いと徹底して掃除をした。でも、ある時外仕事をしているお連れ合いさんと一緒に検査に行ったら自分の方が線量数値が高かった」「外で(放射線を浴びながら)働く方が、家の中に閉じこもっている人より低いんだもの(笑)」と言います。
そこで彼女は自己免疫を理解したと言います。クヨクヨしていたら、ならなくていい病気になっちゃう。だから笑顔で前を向こう。

「病は気から」は絶対に本当です。
もう子どもを産むことがない僕ら、放射性物質の半減期は何万年かもしれませんが、56歳の僕にとっては半減期はあと2-30年です。所詮放射線は「肉の体」しか犯すことが出来ません。心の汚染は放射能自身はできないのです、笑顔で十分立ち向かえます。クヨクヨととか、イライラとよりも2-30年嫌な放射性物質と付き合いながら、でもその嫌な物よりもっと大事な南相馬の友達と笑顔で生きていけることの方が幸せな生き方だと思うのです。

当初書きました。不要な放射線は浴びたくない。だから今後も再稼働には反対だし声を上げていきます。でも友達との付き合いの中で降りかかる放射線は今の僕の中には想定内の放射線量です。

何度も書きますが、人類史上非常に稀な事件に遭遇した時、それを不幸だ、と感じる方もいるかもしれません。
でも、久野で産廃の裁判が起き自分の時間を割いた時も、ほとんどの人が体験できないことを体験できるとワクワク(?)したものです。我が母国の稀有な事件もぶつかった中から「何か」歓びや感謝を見つけて生きる人生にしたいものです。

2011年から5年経ち、その間大きなニュースがたくさんありました。僕が住む関東でも鬼怒川の氾濫で広域に被害が出ましたし、今年は熊本で大震災が起きました。ニュースは皆そっちに移りましたが、南相馬をはじめ東北各地もまだまだ無事終焉、と言う訳ではないのです。
瀬戸内寂聴尼は、畑を耕す極意に「足音が肥やしになる」と語っています。つまりは愛おしい畑の生産物のために足しげく通い丹精込めて作ることを「足音」と表現したのでしょう。
街と街、人と人との関係性もそうでしょう。復興を応援することはまさに「肥やし」のプレゼント。「足音」を響かせることです。
時間があったら何度でも行きたい、そう思いながら帰路につきました。

20160605-10


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20160605-14
(あまりにも延々と続く汚染度の袋)

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(12号線沿いの村民の森の案内板)

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20160605-17

20160605-18
(安達太良SA)

(Ω)

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