ブラサイジョーものがたり(episode3 堀秀政死す)

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20160503-11

20160503-12
(写真はともに早川口。二重外張という濠と土塁を組みして作った、2重であるのはやはり秀吉軍は西から来ることを想定したからか)

実は史実に残っている合戦のほかに人知れぬ戦いが5月にもあった。
「殿下、一大事でございます。」湯本早雲寺の秀吉のもとに堀政秀の陣より使いが入った。「主(あるじ)、堀秀政、討死でございます。」
堀秀政は織田信長の寵愛を受けた小姓から秀吉の臣下となった武将。齢38歳。「名人左衛門佐」とあだ名で呼ばれ、秀吉は蒲生氏郷とともに最も信頼を置いた武将だった。「なに!」と言葉を発したまま秀吉は凍りついたように動きを止めた。
「して、相手は?」絞り出すような声でそう言うと、堀家臣は話を続けた。「隣で陣を張っております長谷川秀一殿、敵の氏照の挑発に乗りまして数騎馬ほどで早川口へ。それを見ておりました主(あるじ)は、長谷川殿をお助けしようと後を追い、銃弾に倒れました。無念でございます。」長谷川秀一は堀秀政と共に信長の寵愛を受けた小姓から武将になり、そのまま秀吉の配下になった堀秀政と気心の知れあう武将だった。それ故に目の前で弓矢の餌食になるのは忍びなかったのだろう。しかし皮肉にも銃弾に倒れたのは堀秀政の方だった。

今度の小田原攻めは黒田官兵衛に策を練らせた。「戦 なさるな、されば北条軍は自滅いたします。」と官兵衛は言った。その言葉を信じ、石田治部には忍城は水攻めにしろと命じた。だが、戦わずしてでは小城の一つすら落せていない。そして、小田原を囲む兵にも戦を仕掛けるなと伝えた。しかしそれがこうした結果になった。いかに攻めないことが難しいか・・・。
秀吉は思慮した。まずい、小田原城を囲み1ヶ月。各武将も恩賞もなく、自国からの持ち出しのままここにとどめておくのがそろそろ厳しくなった時に堀秀政の戦死を伝え、このままの包囲を続けることを命じたら一気に士気が落ちてしまう。その不満が逆に儂の方に向いてしまう。戦いを生業としている武士に戦わずに城を囲んでいろと言う方が所詮無理な相談・・・。
「誰か官兵衛を呼べ。」
官兵衛は事の次第を聞き、しばらく押し黙った後「殿下、堀殿は病でみまかられたのでございます。」と何事もないように告げた。「武将たるもの戦地ではなく、また家族もいないこのような田舎で一人病で死んでいかざるを得ないとはいかに無念でありましたでしょうな。それも北条が殿下に従わないゆえ、この上は堀殿の無念を晴らさざるを得ませんな。」
海岸付近の早川口での出来事は戒厳令が敷かれ病死となったが、城内の北条は歓喜に沸いた。さすがは氏照殿、この戦勝てるぞ!
しかしこの歴史の闇に葬られた合戦が小田原評定に拍車をかけ、氏規らの和解の案を門外漢とさせた。
そしてもう一人湧いている本丸の中で心なしか青ざめて堅い顔をしている男がいた。松田憲秀その人である。この漢もまた戦わず被害者を出さず収めようと密かに翻弄していた。その交渉相手が堀秀政だったのである。

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(戦国時代の遺構のまま現在に至っていることが見える。)

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