ブラサイジョーものがたり(episode2 久野村の戦い)

まずはこちらをクリックしてください

「しかし殿、見事な数の敵兵ですな。これだけの塀に囲まれれば乱破者ですら行き来は出来ますまい。」「いや、そうじゃない、これだけの数で囲めば気を許すというものよ、今は亡き大殿の氏康公が河越で戦った時は、わずか3千の兵力で8万の大軍を破ったというものよ。それも相手の油断と福島勝広公が単騎で8万もの大軍を掻き分け河越城内に奇襲の連絡が出来たからよ。どうじゃ一つ蒲生に一泡ふかしてみぬか。」「おお、坂東武者の心意気を見せたいものですな。」「この長雨で腕も錆びるところでしたぞ」7月に入り蒸した気候にいら立ち始めた氏房の陣内ではそんな話が出された。北条の勢の4倍の敵兵とは小競り合いはあるものの戦はないまま2か月もの日が経っていた。

敵襲だ!7月2日夜も明けきらぬ頃、今の市役所付近に陣を張っていた蒲生軍は混乱に陥った。
「殿を、早く殿をお守りするのじゃ。」
10万の部下があったらどの武将が一番強いか?と言う問いに秀吉も家康はこの蒲生氏郷の名をあげた、そんな蒲生軍が混乱をきたしている。元来この荻窪の地は地盤が軟らかい。周囲の田を耕す農民は、ここじゃあ牛馬の耕作は家畜の腹まで埋まっちまってできねぇ、という。そうでなくても梅雨の雨だ。混乱の兵は足をとられて手に刀や槍をとる間もなく北条軍の刃にかかって死体の山を築くばかりだ。
「明るくなってきた、法螺を吹け」「ひけぃ、ひけぃ。」蒲生陣営の騒ぎに隣の陣の羽柴秀勝のやぐらの兵が気が付いた。家族びいきの秀吉は秀勝は小田原城からはるか離れた安全な久野総世寺に置き、荻窪の山には見張りを置かしているだけだった。
今頃は、秀勝の休んでいる久野総世寺に連絡が行っているころだろう。となれば長居は無用。多勢に無勢、奇襲は機を誤れば不利になる、と久野虎口から兵を引き上げた。「少しは気持ちが晴れましたな」やぐらに戻った氏房軍の兵の顔は興奮さめやらぬ。梅雨はあけたかもしれない、強い太陽が惨劇の現場を焦がし始めた。

20160503-01
(久野虎口から小田原城総構えの岩槻台を臨む)

20160503-02
(NTT東日本谷津ビルの後ろは確かに巨大な土塁、総構であることがわかる)

20160503-03
(小田急が通る前はここも堤が築かれていたのだろうか?ばっさり切り取られているが、大雄山線踏切際の新光明寺は明らかに高台なので続いていたのだろう)

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

take1960

Author:take1960
FC2ブログへようこそ!

カテゴリ
リンク
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新記事
検索フォーム
最新コメント
最新トラックバック
FC2カウンター