3月3日のパトビラ(№919 - 人生の意味の信仰や心理学 -)

毎週、野宿を余儀なくされている方(ホームレス)のところを訪問する際に持っていくパトビラ、今日はこんなことを書いてみました。


盲人をイエスは奇跡をもって目に見えるにしたというエピソードが載っています。そしてイエスは「神の業が現れるため」と弟子たちに言いました。キリスト教はご利益宗教ではなく、信じたからその見返りが与えられるものではありません。そうした中「神の業が現れる」というのは何なんでしょう?
盲人故に貧しい自分なんか誰にも認められないと腐っていた、そんな人も神もそして隣人も関心をもってみている、自分は大事な存在なんだ、認められている存在なんだ、と喜びを体験することが「神の業」なのではないでしょうか?
そしてそれは宗教だけではなく科学でも同じことが言われています。アドラーという精神医師であり心理学者は、最高の幸福であり人生の目的は、共同体の一員であることを自覚するだと言います。自分を受け入れ、他者を受け入れる時に人生の意味が見つけられ幸せになれると言います。
幸せになりたい方、宗教書からそのノウハウを見つけてもいいですし、アドラーのような心理学書にもそのハウトゥが書かれています。天気が悪くて時間があったら図書館で覗いてみてはいかがでしょう。


辛い時が続くと、自分なんてと卑下し、自暴自棄になったりします。でも、自分が思っているほど周囲の人はあなたを嫌っていないよ、ちょっと声をかけて交われれば多くの友人ができるはず。
宗教が、自分が神に尽くすか尽くさないかで変わることはご利益と言うのでしょうけれど、キリスト教は人間が自分が頑張ったから神はそれに従わなければいけないとは思っていません。あくまでも神のみ恵が人間に与えられます。
そうした神との関係を間違えることなく、でも人は神とは違い弱く、愛し愛される関係が好きなのでその関係も大事にして生きていきたいものです。

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