「移れ」と言う責任

サラリーマンと違って「土とともに生きる」人たちにとっては、転居と言うのはあまりに大きなリスクをしょった人生一度の大勝負、と言ったところではないかと思うのです。
だから成田空港の建設には命を懸けた反対運動があり、八ッ場ダムに沈みゆく川原湯温泉の住民が、民主党の「ダム撤回」に怒ったのも無理がないことだと思うのです。
勝負をかけて移転を決めた…、不退転の決意。すべての家財道具を新天地に運んだところでそれでも憔悴の思いは拭い去れない時に、あまりにも軽い方針転換の発表は非道なほど残酷だったと思います。
何が残酷かと言えば、今までのすべてを捨てて新天地に多額を投資し、帰れない中に「帰れ」と言われたのですから。
もし、あの時民主党が、「今まで政府がご迷惑をかけた。現在地で生活ができるように補償金を支払うので、今までどおりの川原湯温泉を続けてくれ」と言われたなら、多くの住民は民主党を支持し、新たに生きる希望を持って温泉街の活性化を考えたと思います。
計画をやめた、でもそれとあなた方の明日からの生活は関係ない、と言われたからあのようなトラブルが起こったと思うのです。

なぜ、今さらにこんな話を持ち出すかといえば

20160120-01

がFaceBookに載っていました。日本政府のあまりにも健康問題にずさんな対応にも腹立たしく思いますが、ロシアはどれだけ移住者に補償をしたのか?も疑問に思います。

福島から移転すればいい、と言う声は、2011年からずっとあります。ベースは正論だと思います。
でも、築きあげた文化・歴史・知識、そして近隣とのコミニュケーションを補償もなしに追い出された人たちは途方に暮れるのが関の山です。特に農業で生きてきた人は、新しい土地を開墾して、土壌や気象条件を考え、新しい作物を生産し市場を開拓することはコミニュケーションもない中あまりにも非現実的だと思います。
ここで頑張んなくちゃいけない、悩みに悩んだ挙句にそう思う気持ちは痛いほどよくわかります。

僕ら「外野」はこうしたニュースを見るたびに表面的な部分で是非を判断しがちですが、出来ない理由があるかもしれない。もし、阻害する部分があるなら改善は可能か?を考えるべきではないでしょうか?
僕らが議論すべき本質は何か? 1つは原発はもう稼働させるべきではないか否か、と言うこと。 そしても1つはいちばんの困窮した方にどう僕らは共生できるか? と言う事だと思います。
いちばん辛い人の視線でどうするのがいいのか? 考えられる政治になってくれればと願います。

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