海峡(せと)プチキャラバン(3)

学生時代の国語の時間で忘れられない何人かの方。
それは柳田國男氏であったり、今日の尾崎放哉氏であったりします。

キリスト教で結婚式を挙げる時、とりなす祭司は「健やかな時も、病の時も」と誓約を求めますが、夫婦2人の関係が良い時、元気で気分が乗っている時、人生がうまくいっている時は相手のことを理解しやすいですが、関係がこじれている時、大きな悩みや失敗、そして体調が著しく悪い時、なかなか相手のことを思いやるスキルが落ちていたりします。

「咳をしてもひとり」という短い言葉に詰められた孤独感、寂しさ。肺結核で、しかも収入源がなく小さな庵で施しを受けながら生きている最中の恐怖に近い絶望感は心を打ちました。

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しかしものの本を見ると、この尾崎放哉氏は若き日の挫折から酒におぼれ、過去のプライドを捨てられずに、人生がうまくいかないのは周囲が悪いくらいに思っていたらしく、施しを受けていながら、そして温暖な島ならではの暖かい人たちであるにもかかわらず悪態をつき迷惑をかけながら生きていたようです。

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資料館から後方を望めば西光寺の塔が見えます。尾崎放哉氏が借りた南郷庵はこの寺の庵です。
この周辺の情景は井上康好さん(放哉南郷庵友の会会員)、つまり荻原井泉水の弟子であり、この島での尾崎放哉氏の世話をした井上一二氏のご親族の投稿が詳しいです。「足跡」

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資料館の入り口には「入れものがない両手で受ける」の碑が。あれ?この碑は確か鎌倉にあったはず、と同行のみなさんに句の説明をしましたが、大きな勘違いでした。
鎌倉にあるのは歌人の山崎方代氏の「手のひらに豆腐をのせていそいそといつもの角を曲がりて帰る」でした。
同じような境遇の中での歌人としての生活。
「なるようになってしもうたようである穴がせまくて引き返せない」は、尾崎放哉氏の境遇と通じるものを感じます。

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そして館内には
種田山頭火氏の「からす啼いてわたしも一人」と尾崎放哉氏の「咳をしてもひとり」の句が対にありました。
動の山頭火、静の放哉、と言われている自由旋律の2人。
種田山頭火氏の句はまだ余裕がある。一人を楽しんでいる風な感すらある。でも、放哉氏は余裕がない、しんと音すらない寂しさの句です。
残念ながら館内は撮影禁止。

茶髪の若い女の子が一人、事務整理をしながら管理人をしていました。帰りがけに、どのくらいの来館者がいるのですか?と尋ねれば、年間に1500人ほどだそうです。

少ないなぁ~。
もう一か所近くに尾﨑放哉資料館というのがあったので行ってみましたが、こちらは窓無しの土蔵で鍵がかかっており、中をご覧になりたい方は図書館まで、という事でした。たぶん、貴重な資料の山で、僕ら観光客が見るようなものではないのかもしれません。

せっかく土庄まで来たので、世界で一番短い海峡を見に行きます。

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ちょっと観光地化しすぎてこれはがっかり。
続いて夕日がきれいと言われている道の駅・小豆島ふるさと村へ。

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真っ赤を堪能して今晩駐車場をお借りする道の駅・オリーブ公園へ移動します。
ここにはオリーブ温泉というお風呂があります(^_^)/

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