歴史を愛した人、学んだ人

先輩友人が面白い記事をUPしてくれていたので借用。データは神奈川新聞記事。

20150813-01

それは文中の『歴史に対して愛情が大切』の一言。
歴史というものは事実の積み重ねでなければいけないけれど、実際の(鍵カッコつきで記す)「歴史」は史実ではなく後世の「勝者」の言い分によるものというのは僕が言うまでもないことでしょう。

たとえば古くは第25代 武烈天皇について日本書紀には異常・悪逆非道が書きならべていります。が、古事記には厳格な裁判を行ったともあり、その矛盾ある行動を読み解くには、その時代どんな権力闘争があり、誰がそれを書いたかをしならないと読み間違える危険性もあるわけです。
特に次の継体天皇が都から遠く離れた福井から天皇になったことを考えると大きな権力闘争に敗れて天皇の座を追われ(殺害され)、直系で無い継体天皇を正当化させるためにも良政をしたという訳にはいかなかったのだと思います。

時代は過ぎ、豊臣秀吉の誕生時に秀吉は平氏を名乗ります。農民の子である秀吉が平氏を名乗るのはおかしいのですが、爵位を得るためには示しがつかないので『嘘』の家系を作るわけです。その後関白の座につくときには藤原氏を名乗るのですからもう家系はめちゃくちゃです。
こうした事例は少なからずあり、織田家重鎮の家系の池田光政も、江戸時代仲間に家系の事を問われ、自分の先祖を源氏にするか平氏にするか悩んで林大学に考えさせている、と語っています。つまり箔をつけるための部分(太祖)は作られた家系なのです。

このように自分の先祖の「歴史」さえ都合よく改ざんをすることは多分にあり、それは史実の歴史とは違う訳ですが、今田忠彦氏の言葉を借りれば愛情を示す、ということなのでしょう。
ただ秀吉や池田光正のしたことと、今僕らが異議を唱えている歴史認識の間に1点大きな違いがあります。それは被害者がいること。大きな困窮を負わせてしまった人とどう向き合うかという自分の正義感の問題。

僕らは歴史から何を学ばなければならないかと言えば、柏尾さんの仰られている通り学ぶことであって、その学びは間違いを繰り返さないためであるという部分こそ一番の大事なことだと思いのです。
経済的に切羽詰まってはじめてしまったとは言え、あの戦争はアジア諸国に、そして日本においてどのようなことを起こしたのか?
史実の歴史を知っている後世の僕らは、それを考えれば、一方的に攻め込まれたアジア諸国には本当に申し訳ないと思うのは当然であり、同時に「お国のために死ぬのは当然」と教え込まれ無条件で信じ込んで亡くなられた日本人の青年たち、食べ物もなく不安な中必死に後方で頑張ったお年寄りや女性、そして幼子たちにも、為政者は自らが犯した過ちを猛省することを伝えなければならないでしょう。
氏の言う歴史の愛情は、過ちを認めたくないがため「歴史」考え方の改ざんは当然という風にしか受け止められません。

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