神に立ち帰る

8月9日、小田原教会に与えられたみ言葉は、テサロニケの信徒への手紙Ⅰ 1章 1-10節。表記のタイトルの説教を長井美歌牧師より受けました。
今回も礼拝で説教を聞いた内容を一信徒が思ったことを含めて綴ってみます。(説教の要約ではありません)

パウロ、シルワノ、テモテから、父である神と主イエス・キリストとに結ばれているテサロニケの教会へ。恵みと平和が、あなたがたにあるように。

わたしたちは、祈りの度に、あなたがたのことを思い起こして、あなたがた一同のことをいつも神に感謝しています。あなたがたが信仰によって働き、愛のために労苦し、また、わたしたちの主イエス・キリストに対する、希望を持って忍耐していることを、わたしたちは絶えず父である神の御前で心に留めているのです。神に愛されている兄弟たち、あなたがたが神から選ばれたことを、わたしたちは知っています。わたしたちの福音があなたがたに伝えられたのは、ただ言葉だけによらず、力と、聖霊と、強い確信とによったからです。わたしたちがあなたがたのところで、どのようにあなたがたのために働いたかは、御承知のとおりです。
そして、あなたがたはひどい苦しみの中で、聖霊による喜びをもって御言葉を受け入れ、わたしたちに倣う者、そして主に倣う者となり、マケドニア州とアカイア州にいるすべての信者の模範となるに至ったのです。
主の言葉があなたがたのところから出て、マケドニア州やアカイア州に響き渡ったばかりでなく、神に対するあなたがたの信仰が至るところで伝えられているので、何も付け加えて言う必要はないほどです。彼ら自身がわたしたちについて言い広めているからです。すなわち、わたしたちがあなたがたのところでどのように迎えられたか、また、あなたがたがどのように偶像から離れて神に立ち帰り、生けるまことの神に仕えるようになったか、更にまた、どのように御子が天から来られるのを待ち望むようになったかを。この御子こそ、神が死者の中から復活させた方で、来るべき怒りからわたしたちを救ってくださるイエスです。



今日の手紙の記載者であるパウロは3度伝道旅行に行きます。その2回目に訪れたのが、ギリシアのテサロニケ。ここでの伝道はパウロにもう一度行きたい、というほどこの教会を愛したわけです。

「 いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。」(テサロニケの信徒への手紙5:16-18)は、この手紙の中でも一番有名と言っても過言のない聖句です。
そして同じパウロが語った言葉「それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。」(コリントⅠ13:13)

と合わせると、僕らが何をしなければいけないかが理解できます。
長井牧師はそこに至るまでのイエスとパウロと(テサロニケの)クリスチャンの関係をお話し下さいましたが、今日は後半に僕にとっては重要な話を聞きましたので、こちらは割愛です。
旧約の十戒の中から始まった偶像崇拝の禁。もともとは形のない(白く輝く長いひげのおじいさんだとは僕は夢にも思っていません)神の姿を、固定化したらそういうものだ、と皆思ってしまうから偶像化することを神は禁じたのでしょう。
しかしそれは見た目だけの話ではないでしょう。そしてギリシア神話の神々の想像を否定するものでもない、と長井牧師は語ります。
もしかしたら神の一番の禁は、神だから、また偉い人の言葉だから、どのTV局も放送しているから…という「洗脳」で自ら考えることをしなくなることではないでしょうか?
キリスト教の神は、人間をロボットのように自分が何も考えないでただ素直に従えばいいという生き方ではなく、自らの意志で「隣人」と共にこの世を謳歌することでしょう。
テサロニケの信徒たちはパウロと力を合わせました。達成までの困窮の大きさはすなわち団結の力であり、喜びの共有の大きさでもあると思います。
そこには相手を理解し合う関係があり、それを「愛」という言葉で置き換えれば、人と人が一緒に生きていくうえで一番大切なものを知ることができると思います。

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