かけがえのないもの

6月21日、小田原教会に与えられたみ言葉は、ルカによる福音書 15章 1-10節。表記のタイトルの説教を中田正道牧師より受けました。
今回も礼拝で説教を聞いた内容を一信徒が思ったことを含めて綴ってみます。(説教の要約ではありません)


徴税人や罪人が皆、話を聞こうとしてイエスに近寄って来た。すると、ファリサイ派の人々や律法学者たちは、「この人は罪人たちを迎えて、食事まで一緒にしている」と不平を言いだした。
そこで、イエスは次のたとえを話された。「あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。そして、見つけたら、喜んでその羊を担いで、家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて、『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください』と言うであろう。言っておくが、このように、悔い改める一人の罪人については、悔い改める必要のない九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが天にある。」

「あるいは、ドラクメ銀貨を十枚持っている女がいて、その一枚を無くしたとすれば、ともし火をつけ、家を掃き、見つけるまで念を入れて捜さないだろうか。そして、見つけたら、友達や近所の女たちを呼び集めて、『無くした銀貨を見つけましたから、一緒に喜んでください』と言うであろう。言っておくが、このように、一人の罪人が悔い改めれば、神の天使たちの間に喜びがある。」



今週も2つのたとえ話が同時にされています。
1つめの100匹の羊の喩えはほかの弟子たちも記載があるし、その話はよく知られているとこですので、ご存知の方もいるかもしれません。99匹を置いてでも1匹を探す姿は素晴らしいと思いますが、その背景をみると考えてしまうような喩えです。

僕はあまりドラマを見ませんが、推理ドラマは嫌いではありません。また、TVゲームのサウンドノベルスも嫌いじゃありません。昔「かまいたちの夜」ははまった覚えがあります。
こうしたものの共通な点は、視聴者(ゲームプレーヤー)が『そうしちゃダメだろ!!』と思うように進んでいく点です。
例えば犯人の目星がついたと刑事に電話した人に刑事は聞きます『名前は?』と。しかし、その人は『まだはっきりと解らないから確信をとったら連絡するね』と電話を切り、そして殺されます(笑) 見ている僕らは、なぜ『わからないけれど○○さんが怪しい』と言わないのかとやきもきするわけです。
TVゲームでも、密室から逃げていく最中に、『ちょっと待ってて、あの荷物を取りに帰るから』と有無を言わさずに立ち去っていったりします。また、「私▲▲を調べてくる。」と制止も聞かずに行ってしまったり、プレーヤーとしては一刻も早く出口に向かっていってHappyEndになってほしいのですが、親の心子知らず、です。
困るんですよ、勝手な行動は…(笑)

99匹も羊飼いに向けてそう言っているんじゃないでしょうか?
99匹が残された場所は荒野です。オオカミなどの野獣に襲われるかもしれません。その野獣から弱き自分を助けてくれるのが羊飼いで、その羊飼いは自分たちを置いてどこかに行ってしまった訳です。
ドラマの中で、見ている僕らが『ちょっと待ってよ』と思った時にストップできたら簡単に解決されて物語にならない訳で、物語をこんがらがせるように複雑怪奇にしているわけで、羊飼いが99匹を残して姿を消したのはそうしたようなものに見えます。

でもそれは99匹の羊の目でして、ドラマが無事終わるように、羊飼いの手によって1匹も99匹も無事に小屋に戻れたわけです。

第三者の目からすれば、羊は財産です。そうだとすれば2つとも同じほどの危険ならどちらをとるかは『常識』ではないか、と言われるでしょう。
でも、羊は財産でもあれば同時に命でもあります。生活をともにすれば愛情がわき、そこで培われた生きた「仲間」となる訳です。
だから99匹の羊を危険な目にあわせるとしても1匹の羊も助けに行かなければならなかった訳です。
そしてそれ故に無事だった時、近所の人にまで喜びを共にしてほしいと願ったのでしょう。

さてもう一つのたとえ話です。
亡くした銀貨の価値は今でいう2000円ほどです。その銀貨が出てきたからと言って宴会を開くとすれば、経済的な意味では負債を意味します。

さて、ではこの2つのたとえは僕らに何を伝えようとしているのでしょう?
牧師は代替え可能な世の中において、替えの効かないものについてだと語ります。

TVゲームで(ゲームプレーヤー)がそうしちゃだめだろ!と思った行動をゲームの中の者がするには、第三者にとっては不要な行動に見えても結構大事なことだったのかもしれません。
この2つは替えられない大事なことだと言います。99匹を心に残しながらも、また、もっと余分なお金がかかりながらも、喜びを共にしてほしいほどうれしかったこと。なのです。
僕らも神の御心を知らないだけなのでしょう。99匹(この世においての他の人)を差し置いても私という1匹を大切にしてくれるのも、その結果損得を関係ないほど(周りを巻き込んでまで)喜んでくださることは、神にしてみれば何にも替えられない大事なことと聞いて本当に嬉しく思います。

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