黄色い集団海を渡る(10)

ボーイスカウトのドラムバンドに続いてサバイバーラップがはじまりました。が、日本のそれとは違い手形フラッグ(そもそも手形をとることもない)し、チームフラッグも持って歩くことはありません。ただ、みんなうれしそうに笑いながら歩きますし、その両側では陽気なアメリカ人らしく甲高い声援でサバイバーを称えます。

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「型がない」のです。イヴェントがないのです。そのかわり自由に楽しんでいます。体を動かすのが好きな人が多く、ただ自分のテントの前で踊っている人がたくさんいます。
ダンスもバラバラ(笑) でも、それは誰かがやるからじゃあ私もしよう、ではないからなのでしょう。前のBlogでも書いたように、自分が何ができるかを常に考えて行動している、そんな感覚が身についているのでしょう。
ばらばら故に、ある意味本物の「一期一会」精いっぱいのおもてなしを感じます。

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ちなみにサバイバーさんはサバイバーズラップのあとこちらの記念品穌もらい、そして食事のサービスもあったそうです。


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エンプティーテーブルやHOPEのルミナリエもありませんでした。どうもこれは日本独自のやり方なのかもしれませんね。
形式的・儀式的なイヴェントが日本は多いのに対し、ここカンブリアのRFLは形にはこだわる部分は少なく、夜8時30分にバグパイプの演奏とともにルミナリエに発行塗料の棒を入れていきます。入れていく少年たちは作業的ですが、その列について多くの方がサイレントウォークをして続きます。みな感情の高ぶりを抑えられずに泣いているため、コースの周辺には何人かのサポーターがティシュをもって渡したりしています。
また舞台上では、天国へ向けてのメッセージが読み上げられます。

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こうしたリメンバーは何が大切なのでしょうか? エンプティーテーブルで詩を朗読するような整った形のリメンバー、そしてこのカンブリアのような心の思いを吐き出し泣きながら歩くリメンバー。いろいろな方法があるのだな、と思いながら、だけれど大事なのは思う心だと感じました。そしてもっと言えばこの日この場所だけの事ではなく、日々家族とつながり感謝し、隣人とつながり感謝する生活なのでしょう。一人では生きられない動物です、支えある関係性こそ大事なのでしょう。

つながりと言えば、アメージングなご縁もありました。
Hotelのkatsuyoさん、seimamaさん、マメ豆さんのお部屋の隣室は東洋人の女性が滞在していました。
ある時、この3人の女性が日本語で話しているのを聞いて「日本人ですか?」と話しかけてくださいました。
彼女は日本人で、Kaori さんといいました。某大手でこのシリコンバレーに本社を持つA社にお勤めの方。既に7カ月こちらに出張されていてこのホテルに滞在してるとのこと。サンノゼは観光スポットの少ない街ですし、とくにこのカンブリア地区は住宅地なので観光客と出会う事がないので、Kaori さんは驚かれて、「何をしにサンノゼに来たのか?」聞かれ、RFLの説明をしたところ、Kaori さんのご尊父様もがんで天国に行かれたということでRFLに来てくださりお手伝いをしてくださいました。
僕個人のRFLの目標は、新しい人との出会い、があります。そのため行く前には、RFLとか観に関してのBlogを検索してなるべく多くの方にお声をかけるようにしていますが、今回はアメリカという事もあり全くそうした活動はしませんでした。
しかし、神様は必要な出会いを整えてくださいます。こうして今回のRFLも個人的なミッションを果たせました(^^)/

さて、フードコート。これは基本的に1カ所。U姉に聞けば、このSan Joseが属している郡(CA州の1部)はこうした不特定多数の人に食事を提供するのは基本的に認められない。かなり細かいチェックがあり、過去には大量のお弁当もロストする羽目になった事がある、と語られました。
その通りで、フードコートは四方および屋根部分も細かいメッシュの蚊帳で仕切られていました。(26日のSan JoseJapantownの日系祭りで昼食を食べましたが、ここも同様)
テント内で販売しようとした駄菓子は結局ウェスレー合同メソジスト教会でチャリティーで売ってもらいましたが、この衛生面はかなり厳しいようです。

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さて、各テントブースをご紹介しましょう。

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夜になれば真っ暗になってしまうテント、そしてライトアップしているテント様々です。

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そして、参加者。子どもたちが圧倒的に多いです。しかも仲良しの子どもたちだけで歩いていたり、またチームを作ったりしており、彼ら彼女らがよく歩いているというのは、この前のBlogでも触れましたが、その姿を見ていると、郷土のお祭りの日に親からもらった幾何かのお金(ちょうどそれは縁日で品物を10個くらい買えるのと同じくらい)をもってお祭り会場に来たのと同じようなイメージを感じました。
歩きながら各ブースによっては品定めをしたり、1個買っては一周歩き、またブースに立ち寄るような感じです。
ハレであるお祭りの日は家に帰る時間が遅くなっても怒られない日で、それだけで子どもってワクワクするじゃないですか…。そんな高揚した気分、そして自由に使えるお金、そんな子どもたちのイヴェントの日でもあることを見ると、こうした活動は学校の教室では教えられない自由で非常にソフトな学習の場なのかもしれません。知らず知らずに身に付く、そんな日本の学習にかけている行きたくなるようなフィールドワークに見えてなりません。

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我がブースも始まると同時に着物が2着売れました。ご高齢の女性がビューティフル!と値段も問わず購入する姿。そして2日目もお昼を過ぎてまだ残った竹トンボを「プレゼント・フォー・ユー」というと、キッとした顔になって「ノー、リレーフォーライフ」と募金集めの場所であることを教えられたりもしました。
行く前にBlogでプレゼントの英語の定義について思うところを記しましたが、いやいやアメリカの方は僕よりもプレゼンの精神ははるかに高く、ここでの「物=お金」のやり取りは単なる販売ではなく、買うことでがん患者のためになると言う精神面をしっかりと思っているのでしょう。ディスカウントという言葉も、とうとう子どもたちからも聞くことはありませんでした。

山本牧師によるとこうしたイヴェントは毎週のようにあると言います。そしてどこの会場もこんな感じのようです。
ある意味この街の人は、弱者を日々の中で支え合っているのでしょう。
少しでも余財があればこうしたイヴェントで吐き出すことで社会が良くなることを知っているのかもしれません。
日本と違う一面を感じました。

では日本のRFLはアメリカに追いついていないのか?と問われれば、僕はNoだと思います。
日本は募金額が大きくとてもアメリカほど国を動かすシステムになってはないし、日本人は募金を重視するよりも人と人とのふれあい・連来を重視する国民だともいます。
アメリカのサイレントウォークに代表されるように一人静かに個人を偲ぶ国民性に対して、日本人はチームテント内に天国に旅立った仲間の写真を貼り、チームテントに他チームや一人ぼっちの仲間をお呼びして分かち合いをしたりします。
いわゆる「お茶ぶるまい」がローカルルールで禁じられているという一面もありますが、うちのテントで腰掛けて歓談しましょう、的な雰囲気はありませんでした。
そこで病院について、薬について、生きることについて情報交換をして、希望を増幅させるのが日本のRFLであり、これはアメリカナイズされないで日本のRFLの中では大切にしていいことのように思います。
僕らが忘れてはいけないことは、がん患者にとって必要なことはRFLではなく、RFLのような意識を共有できる場所づくりなのでしょう。
だから、募金集めやスポンサーとの関係がもしアメリカのRFLと大きく違い、日本で僕らが「よし」とする提案が通らなければ、違う名前の日本流のイヴェントでもいいと思います。ただもしそうなったとしても、先駆者としての感謝は忘れないでいたいです。

そして僕らの集めた募金は目標値の1000ドルを越えました。

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