黄色い集団海を渡る(1)

文化の違いの代表的なものの一つに、日本人の「つまらないものですが…」がどうしても理解できない、という話を聞きます。
「謙虚さ」「奥ゆかしさ」を現わす遜った言い方、と言いますが、よくよく考えるとそうでもないのではないか、と思ってしまいます。
それはとても珍しい物を見つけて土産に持って行く時、興奮しながらもっていく時…
「いやいや、ごっつう珍しいもん見つけましたさかい…」
どんな謙虚な人でも興奮すれば、「つまらない」などと言わないでしょう。見つけた興奮を分かち合いたい、大事なあなただから取るものとらずに持ってきた、というでしょう。
そう考えると、「つまらないもの」という発言は、ただ謙虚ではないような気がします。

何度か書いているけれど、プレゼントの語源と、ビジネスマンがよく言うプレゼン(テーション)は同じだそうです。
そしてプレゼンで言えば、「今日の大事なお客様のプレゼン俺なんだよな」とは言いますが、受けては「今日は新しいソフトのプレゼンを受ける日だ」とはいわず「今日は新しいソフトの営業にくるみたいだ」とか言うケースが多いような気がします。
つまりプレゼントというのは、贈る人、もらう人ともに使いますが、AさんからBさんに送るものだとして、本来はAさん側の立場の言葉、つまり贈る側が使う言葉なのでしょう。

そう考えると、先ほどの「つまらないもの」が少しわかってきます。つまらないもの、というのはほかの人と同じようなもの、あえて自己主張するようなものではない、という意味ではないでしょうか?

もう一つよくあるケースは、「もし贈り物あげるのなら私も一口混ぜてね」とシェアーをするケース。海外ではこういうケースって多いのでしょうか?
推測の域を出ませんが、なんだかどんなにつまらないもの、安い物であっても自分で探し、自分の名前で贈るような気がします。
みんなで一つという陰に隠れての贈呈は想像しがたいです。
相手が気に入るかどうかより、相手に気に入ってもらえるものを探す時間をかけた、プレゼントにはそういう時間というプライスが含まれているのかもしれません。
日本人は「お金」に換算して、どうせならみんなで出し合って豪華なものにという発想との違いを感じます。

ところで、4月5日はイースターという記念日でした。日本でも商魂たくましい業界が大々的にイベントとして成長させようと色々とアイディアを出していますが、十字架につけられたイエスがよみがえった朝です。
そのイエスが十字架に掛かって死んだ日はその前の金曜日。この日の事を英語ではGoodFridayといいます。
語源はGodFridayらしいのですが、それにしても自分たちが崇めている人が死んだ日をGoodと呼ぶのはどういうものか!?と、この呼び方を初めて知った日にはショックを受けたものです(笑)
でも、私の身代わりになって死んでくれたから、私たちの「罪」を背負ってくれたから、Goodだと聞いた時に大いに納得しました。神がまず人間に「プレゼント」を贈ってくれたのです。それも命という最大級のプレゼントでした。
キリスト教のプレゼント理解は、こうした「神と自分」という個々の関係からなっているので、『自分は神に何を返すのか?』なので、その延長上にあるプレゼントを贈ることもシェアーとはなりにくいのかもしれません。

20150418-01

初めて会うRFLの仲間やウェスレーメソジスト教会の信徒さんはもとより、この渡米とRFL参加に多大な尽力をしてくださった山本牧師に、と参加できなかったメンバーからもプレゼントを預かりました。お預かりしたプレゼントは、日本人のそれではなく欧米のそれを感じます。同時に行けなかった自分の気持ちを託したいという熱い想いを感じます。

20150418-02

英知を絞ったプレゼントを抱えて来週のなかばからSan Joseに行きます。

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