人に近づき人が近づく時

2月22日、小田原教会に与えられたみ言葉は、使徒言行録21章1-6節。今回も礼拝で説教を聞いた内容を一信徒が思ったことを含めて綴ってみます。(説教の要約ではありません)


わたしたちは人々に別れを告げて船出し、コス島に直航した。翌日ロドス島に着き、そこからパタラに渡り、フェニキアに行く船を見つけたので、それに乗って出発した。
やがてキプロス島が見えてきたが、それを左にして通り過ぎ、シリア州に向かって船旅を続けてティルスの港に着いた。ここで船は、荷物を陸揚げすることになっていたのである。
わたしたちは弟子たちを探し出して、そこに七日間泊まった。彼らは“霊”に動かされ、エルサレムへ行かないようにと、パウロに繰り返して言った。
しかし、滞在期間が過ぎたとき、わたしたちはそこを去って旅を続けることにした。彼らは皆、妻や子供を連れて、町外れまで見送りに来てくれた。そして、共に浜辺にひざまずいて祈り、互いに別れの挨拶を交わし、わたしたちは船に乗り込み、彼らは自分の家に戻って行った。



128年目の小田原教会の創立記念礼拝には、山﨑正幸(現横浜二ツ橋教会牧師)とお連れ合いの美保さんがお越しくださいました。山﨑牧師は前々小田原教会牧師でもあります。

20150222-01

さて今日小田原教会に与えられた御言葉の舞台を整理しましょう。
パウロは、ユダヤの名士でいる時はサウロと名乗っていました。そしてユダヤ教としては異端だったイエスの思想を継ぐ者たちを迫害していました。
しかし、ダマスコの途上中に目をふさがれ、そこで甦りのイエスに出会い、自分のしたことを省みて改めイエスに従うことになります。そして名をローマ読みのパウロに変えます。
しかし、いままでサウロから迫害を受けていた人にしてみればおいそれと信じられるはずもなく、またサウロの動向に今までシンパシーを感じていたユダヤ教徒にしてみれば『裏切り者』の烙印を押します。
そうした中で、まさに「敵だらけ」のエルサレムに向かう途中の出来事が今日の箇所です。

山﨑牧師はまずパウロがなぜエルサレムに向かったか?を語られます。
その理由は
聖書に記載されている通り、困窮しているエルサレム教会へ全国からの献金を届けること。
二つ目は、今後ローマやスペインの宣教の前にイエスが宣教したといういわば総本山のエルサレムに行っておきたかったこと
そして、三つ目、山﨑牧師はエルサレムがパウロの原点だったからだからだと語られます。

パウロは、上記のとおりサウロ時代イエスの弟子集団を迫害していました。その中にステファノという青年がおり、彼の石打の刑に賛同しそれがなされたとき
人々は大声で叫びながら耳を手でふさぎ、ステファノ目がけて一斉に襲いかかり、都の外に引きずり出して石を投げ始めた。証人たちは、自分の着ている物をサウロという若者の足もとに置いた。
人々が石を投げつけている間、ステファノは主に呼びかけて、「主イエスよ、わたしの霊をお受けください」と言った。それから、ひざまずいて、「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」と大声で叫んだ。ステファノはこう言って、眠りについた。
(使徒言行録7:57-60)

このステファノの最期のとりなしの祈りはサウロにとってはショックだったでしょう。自分を迫害し死に追いやる相手のために祈る…?
それは今でも同じです。後藤健二さんのお連れ合いに要求された声明表明。きっとそこには死にもの狂いに政府に対して助けられることが当然の権利という表明になるだろうと踏んでいたテロリストの思惑に反して、政府への感謝のメッセージが伝えられたからです。テロリストたちの思惑は大いに外れた、と識者はマスコミを通じて語られました。
『自身の権利>他人の権利』の時が争いです。そんな争いが当たり前のように目の前にある時に『自身の権利<他人の権利』ととりなしの祈りがなされると、その計り知れない愛におびえるのではないでしょうか?
サウロはその怯えから逃れるように迫害を強化しましたが、心の中の敗北感はますます強くなりました。精神的な敗北です。
そしてダマスコに向かう途中に光を奪われ歩行の自由さえなくなり、今度は肢体的な挫折を覚えます。
今まで名門として、そして教養ある若者として何一つ不自由のなかった自分が、心も体もボロボロになった。
そんな自分の弱さを中、今までを省みたのでしょう。

迫害を強化したのは自分の弱さを見せないため。鎧で心の弱さを見せないように防御して、鉄仮面のように攻撃を仕掛けた。
弱さを受け入れざるを得ないとき、その鎧を脱いで人と接した時ステファノのとりなしの祈りが理解できたのではないでしょうか?

山﨑牧師は北海道の浦河町のべテルの家の早坂さんと初めてであった時、「はじめまして、山﨑です」とあいさつをした時に早坂さんからのあいさつのお返事の「ところでどういう悩みを持っているのか?」という質問に面食らった、と語られます。
しかし、例えば僕という人物を一番よく知ってもらうのは「出身地」でも「出身校」でも「職業」でもないです。僕というものを一番端的にあらわすのは『どう生きているか?』であり、『どう生きたいか?』でしょう。そのベースにあるのは『どう云う悩みを持っているか』というのは本質だと思いますし、山﨑牧師も初対面の早坂氏に悩みを打ち明けることでよきお交わりができたと語られました。
悩みは弱さに通じる部分が大きいです。弱さを語ることは、すなわち鎧を脱ぎ捨てなければできないことです。
弱さをそのまま表現する、それにより他者に近づくことができます。そして鎧を脱いだあなただから他者の近づいてくれます。
仲間を迫害したものに対してこれは罠かも知れないと怯える考え、そして恨みが消えない側面があったエルサレムでのサウロの迫害から逃げてたどり着いたティルスのキリスト教徒たち。
彼らがパウロと名を改め、自分の弱さもさらけ出せるようになった彼と心がシンクロし、だから過去を帳消しにして心からパウロの無事と宣教の御業を祈れたのだと思います。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

take1960

Author:take1960
FC2ブログへようこそ!

カテゴリ
リンク
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新記事
検索フォーム
最新コメント
最新トラックバック
FC2カウンター