明日のパトビラ(№864) - 低みに立って見直す -

毎週、野宿を余儀なくされている方(ホームレス)のところを訪問する際に持っていくパトビラ、実は明日のパトビラは小田原教会の聖書研究会で島先生のお話になったキリスト教講座のレジュメから頂戴しました。平日の日中なので直接お話は伺えませんでしたが、こうしてレジュメを頂けたことは大変に感謝です。
そして野宿を余儀なくしている方への訪問の中で出会った思いとぶつけて記してみました。

よく家の塀に聖書の言葉が書かれた板を見かけることがあるかもしれません。そこに書かれている中に「悔い改めよ」という言葉があります。そこに書かれているのは「過去の悪い行いを悔い改める」という意味だけではないのだそうです。当時の聖書の言葉であるギリシア語で「悔い改め」は「メタノイア」です。その言葉を大阪釜ヶ崎で野宿者支援をなされている本田哲郎神父は「痛みを共感する」という意味が含まれていると語ります。
他人を見た時に「辛そうだ」「何とか抜け出そうと努力している」と思ったら、そこに共感するのが「メタノイア」すなわち今まで見過ごしていたことを悔い改めることなのでしょう。
先週なかなか会えないお仲間からTelがあり、体調がひどく悪化していました。「便りのないのは元気な証拠」と高を括っていたのは「共感」の不足でもあるな、と心機一転思いを確かにしました。
今日は自分たちの活動に自戒を込めて一筆記しました。


人と人との関係ですからお会いした時に人生を投げてしまっている方にはなかなかこちらも気力がわかない時があります。が、お声をかけているうちに「一人じゃないんだ」「協力してくれそうな人がいる」と分かると、お互いにやる気にあっていい方向に向かったりします。気持ちのシンクロは1+1が2以上になる、というのは本当だと思います。
同時に頑張って野宿生活から抜け出そうとアルバイトをなされている方でも、今回のパトビラのように僕たちが行く時間にアルバイトをなさっていると、直接相談ができずに、「些細なこと」で亡くなってからの相談になったりします。
会えなかったのは物理的に必然なことで致し方ないのかもしれませんが、野宿生活という痛みの共感ができなかったことにマンネリ化した甘えを感じました。

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