25日のパトビラ(№861) - クリスマスと法律 -

毎週、野宿を余儀なくされている方(ホームレス)のところを訪問する際に持っていくパトビラ、今日はこんなことを書いてみました。
毎年クリスマスは厚手の新品の下着をお配りしています。そしてそれと共に僭越ながらクリスマスのメッセージを送っています。そのためこの日は大判のB4の用紙です。


原始時代は野原に住んでいたので、道路というものはなかったでしょう。それが海の産物と山の産物の物々交換が始まり道ができ、大量の物資を運ぶために動物が使われやがて車が発明されました。そのころには町の数も多くなり、道路は四方八方に広がりました。車の数が多くなると、交差点で交通事故が発生してしまい、しょうがなく信号ができました。しかし、信号が変わる瞬間に交通事故が発生してしまい、青から赤に変わる途中に黄色の信号が灯るようになりました。しかし、今度は右折する車がなかなか渡れず黄色になってから渡るために、青は直進時だけではなく右折専用の青ができました。
考えてみれば、人が知恵を出せばそれを破る人が出て、それを守らせるために、また新しい法律を作ってきました。まじめに生きている人は、どんどん複雑な法律の中で生きにくくストレスをためるようになりました。
そんな話は実は、近年の日本だけではなく、2000年も前の遠く中近東のイスラエルでもありました。複雑でたくさんの「律法」を守ることが難しくなった庶民は、特権階級の人から『神から遠い人』と見下されていました。そんなところにイエスは現れ、本当に大切なことは、法律のように書かれたものではなく、お互いがお互いを愛して思いやることだと説きました。
生活保護費が下げられ、それは憲法25条に適さない違憲行為と訴訟が起こされました。大切な闘いですが、同時にお金だけではなく、誰もが困っている人を見捨てない感性を持つことが大事なのかもしれません。文字面だけの闘いは、また次の闘いの前哨戦に過ぎません。本当に大事なのは法律よりも思いやりの心です。
クリスマスというのは、単純にイエスの生まれを記念する日だけではなく、「お互い愛し合い、思いやりなさい」ということを胸に刻む日でもあると思います。


版が大きくなっても文字数がいくらでも増えるものではなく、どうしても書き足りない部分は生じてしまいます。
今日のパトビラの中では、違法行為と声をあげたことは無意味だと取られてしまわないように気を付けたいと思いながらも文字数不足の感があります。
この事象は、「法律」問題ではないと思っています。彼らが義憤を持って行動に出たその裏には、しっかりとした「愛」があります。
困窮の人に手を差し伸べずに、日本の経済が良くなるようにと企業の方を向いている社会、企業からの政治献金をあてにしている為政者。彼らの目には、金を生み出さない貧困層の生活は映っていないのかもしれない、そこにメスを入れるために「法律」を争点として立ち上がりました。

野宿の困窮者の毎日を想像して、辛さの一部を共有しようとした時に、何か少しでも手助けができないか?と考えるでしょう。
その中で、法律や社会の仕組みを変えるために声を上げる行為、パンやおにぎりを買って差し上げる行為、そして何も実行が出来なくても困窮が無くなるように祈る行為・・・、みながそうすれば徐々に変わっていくのだと思います。

前述のBlogで神は救い主をわざと赤ん坊の姿でこの世に送り込みます。それは、神頼み、神様が世直しをしてくれるから自分は関係ないと高みの見物をさせない、神様のアイディアでしょう。
この夜の中は神様が「僕ら」に与えてくれたものです。だからその世の中を守るのは、神ではなくやはり僕らです。
有形無形で手助けをしてくれるでしょうけれど、手助けだけに任せてはいけない、まずは自分が立ち上がるべきだ、というのがクリスマスの一つのメッセージだと思います。

あしたは少し忙しいので一日早くパトビラをUPいたしました。

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