明日のパトビラ(№856) -「越冬」 炊き出しが始まります -

毎週、野宿を余儀なくされている方(ホームレス)のところを訪問する際に持っていくパトビラ、今日はこんなことを書いてみました。
B5の用紙なので字数に制限があり言葉足らずですが・・・・。


一一月も下旬を迎えました。次週の相談会が終われば、炊き出しの準備に入ります。
寒さと空腹は体力を奪います。特に2つともになると相乗的に気力・体力が奪われますので、ぜひとも空腹を一時的にもしのげる炊き出しにお越しください。11月まではなごみの家さんが月1回実施していましたが、前期の理由で冬の時期は2つの教会が中心となってきめ細かい実施をいたします。
毎週日曜日と12月29日から1月3日までの年末年始の1週間の23回になります。時間は14時(午後2時)30分から15時(午後3時)までです。
挙ってお越しください。場所が不明の方は、毎週の訪問時にメンバーにお問い合わせください。


人が死に直面した時に何を思うのだろうか? と考える時、やはり人とのお交わりではないかと思います。
誰かと楽しい会話を交わした、誰かに温かいもてなしを受けた、そうした豊かな思い出が幸せとして脳裏に浮かべば、その人の人生は大きな労苦があっても、それゆえ満足な一生だったとは思えなくても、まぁいいか、と自らを慰められるものになるような気がします。少なくとも、この世に恨みつらみだけを残して旅立つことは避けられると思うのです。

そして自分と袖触れ合った人の死を聞き及んだ時、残された人は、最後に精いっぱいの事が出来れば後味が悪くない別れだったと、その人との関係を偲ぶことができるのだと思います。
「一期一会」の教えは、いつでも今生の別れの直前であることを意識しながらいること、だと思うのです。

寒さと空腹は、「死」を予感させる要素です。だから、寿で炊き出しを始めた時、「野垂れ死ぬな」と越冬という言葉を炊き出しにつけました。
僕らも、この1杯が命をつなぐかもしれないという思いを持ちながら、この冬も炊き出しを行いたいと思っています。
また、この一年を振り返ると、浜で1人の野宿の仲間が人知れず死の時を迎えたそうです。僕らが訪問をした場所のすぐそばに居ながら、関わる(交わる)事が出来なかったのは返す返すも残念です。
当然関わった(交わった)から何でもできるわけではないけれど、たとえ同じように死を迎えたとしても1杯のトン汁と数個のおにぎりを食することで、自分にも寄り添いあえる隣人がいたことを心にもてれば、少しは最期のひと時も安らげたかな、と残念な想いです。
そうした人が現れないように尽力したいものです。

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