温故知新(甦った町々を訪ねて) 利心休せよ

20141102-08


時に利休が興した茶道は「侘び寂び」なのか、「侘び寂び風」なのか、と疑問を持つことがあります。
道を歩いていてせせらぎの音にのどが渇いた事が気づいた時、そこに竹林があればその竹を利用して水を飲む。その時飲み手のことを考えて口が当たる部分のささくれをそっと削る作業が、何も素晴らしい茶碗でなくてもおいしく水が飲めるという「侘び寂び」に通じる文化なのでしょうけれど、利休も名声が上がり諸大名の茶碗1つ国1つという挙った収拾の中に漬かってしまい、漆黒、または土やうわぐすりをわざと渋い色にするだけの「侘び寂び風」になった感を感じてしまう事があります。「風流だ」と発する自分の言葉に酔いしれ、それが文化人であるステータスのようにふるまう姿…。
竹にも美しい飾り彫刻が必要となり、その素材よりもそうした後付の技術が優遇されたりするのでしょう。
お茶を飲みのどを潤す、ことより、お茶のお点前を楽しむことが「風」に感じてしまう所以だと思うのです。

福井の町々はそうした意味では背伸びをしない素朴なおもてなしであり、それはまさに「侘び寂び」の良さ、そこから放たれるかぐわしい香りに癒しを感じましたが、京風の文化を濃くうける金沢の町は、利休が作った高価な茶碗のような「侘び寂び」を模した高価な逸品「風」の町に感じます。
文化の香りプンプンの「わざと」古風な感じを前面に押し出した「作られた」街です。
利心、世の中のリーダーシップをとるようなしっかりした心だけで過ごせば心が疲弊してしまいます。そんな時は福井のような少し郊外の街並みに癒されて、そして休息して、また利心に戻ればいいのでしょう。
でも、それはそれ、これはこれ。金沢が福井のような街に似せれば、それはまた新たな「凬」の町になってしまいますので、ハイソな文化シティーを作り上げてくれることで、周囲の町の人が遊びに行く楽しさを感じることのできる町になるのでしょう。向上心が集客のかなめなら、ひと時も休まず新しいアイディアを考えたの大都市と勝負しなければならない、そんな息苦しさがあるんだろうな、と推測をしますが、所詮観光客の僕らは休まない文化の町をひと時堪能するだけですから、街並みをディズニーランドのように楽しめばいいだけのことです。

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東茶屋街に行きました。
久連波の大番頭さんの受け答えは洗練されたスマートなものです。どこの町にも負けない上品でウィットがあり、まさに「おもてなし」と評判を呼ぶようなスキルの高い物でした。そしてそれはこのお店だけではなく、多くのお店がそうでした。
すべての隣店がライバルです。うちの店の接客が悪ければ途端に売り上げが落ちるような熾烈な戦いの毎日が生み出したスキルだと思います。

どっちが良かったかなぁ? と思います。そしてどちらもよかった、と思います。
交互にバランス良く旅をした時に素朴に安らぎを感じたり、洗練に優雅な気分を味わったりしました。

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(東茶屋の久連波でお茶Time。抹茶団子でも僕は珈琲党)

ディズニーランドの楽しさは作り上げてくださった方の恩恵をただひたすら考えることなく味わう事でしょう。
田舎暮らしの自らの五感をフルに使わって楽しみを見出すのとは少し訳が違うと思うのです。
金沢は、物欲や目に美しい・楽しいものの買い物や食べ歩きに徹しました。

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(中央公園のモミジバフウ)

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(今回も連れ合いは久連波で絹のふくさを購入。もちろん持ち合わせがない価格帯なのでカード払い)

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石川屋本舗の銘菓かいちん)

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(諸江屋のらくがん)

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(もりもり寿司でちょっと贅沢。のどくろ3点盛り)

利心のないものには心休めることも必要ないから、こうした利心のある町での刺激もまた魅力でした。
少しのんびりしてしまいました。富山―安房峠―松本と経由して25時無事帰宅。楽しい時間を感謝。

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