神のせいにしてどうする

与謝野馨経済財政担当相は20日の閣議後会見で、東京電力福島第1原発事故は「神様の仕業としか説明できない」と述べた。同原発の津波対策に関しても「人間としては最高の知恵を働かせたと思っている」と語り、東電に事故の賠償責任を負わせるのは不当だとの考えを重ねて強調した。
 今回の原発事故をめぐっては、安全対策の不備や人災だとの指摘が国内外から出ている。「最高の人知」や「神による異常な自然現象」という論理で東電を徹底擁護する主張には、「原発は安全」と説明されてきた地元住民らからも批判が出そうだ。 
時事通信 5月20日(金)11時12分配信

神がなしたことか否か、は神自身または神と対話したもの以外はわからないことでしょう。そしてだからこそ、人は自身の神と『祈り』という手段を通じて、神の真意を聞く努力をします。
そこで聞こえた人、祈りのあと聖霊を通じて思ったこと、を人は神の神意と思うのだと思います。
多くの人がこの災害の後、幾度も祈り、神の意を知ろうと思ったと思いますが、その結果、たぶん多くの方は
地震と津波は人知を超えた神の領域とは思っても
人が作り「安全です」と声高々に宣言をした原発の事件は神が起こしているものだと思っていないと思います。

原発が作られる前から、原発の危険性を問う声はいくつもありました。それを一笑に付した政府や専門家。それを反省することなく無視して、
人は神と並んだ、与謝野氏の言わんとしたところはバベルの塔のように(だから崩されたと言う意なのかはわかりませんが)この事件がおきたと言いたいのかもしれませんが、バベルの塔はそれを遂行した人たちを言葉を乱し散らされたのです。
バベルの塔の建設に反対したものの上に何かを侵したわけではありません。与謝野氏がもしこのことを想定して語ったとしたらそれはまったくお門違いでしょう。

一笑に付した人の上でなく、日々の生活を粛々としていた人の上に災害が起きたことを神のせいにすること自体が、今回の問題を何も反省していない証拠でしょう。
そして自分たちの犯した罪から何とか逃れようとする悪あがきに怒りを覚えます。

テーマ : 原発事故
ジャンル : ニュース

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