WCR東日本震災視察(南相馬市原町区)

朝起きれば、目の前にソメイヨシノが咲いています。
放射能の危険が言われていますが、サクラの花を見るとそんな不安も飛んでしまいます。

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物資支援センターの高平小学校で市の職員とは9時に待ち合わせですので、まだ2時間以上あります。まずは、近隣を見に行きます。巣掛場(地名)には空き地があるので、そこまで車で行き、駐車させて頂き徒歩で海岸方面に向かいます。
なんでもない静かな早朝の町。人気の少ない農村地を歩いて行けば、何軒かは瓦が落ちてブルーシートが屋根の上に乗っている家が見えますが、ただ(と言う言い方は失礼ですが)それだけで、思ったほど被害はないな、と思って一区画緩いカーブを曲がった瞬間、その惨劇が目の前にやってきました。

壊された家が木屑となり山積になって目の前に現れた・・・・。
そして地盤が沈下した挙句の塩水の湖が目の前に広がった・・・・。

それはTVなどで見たのと同じ光景・・・・のはずだった・・・・けれど、その先が果てしなく遠く、そして両側が果てしないほどの広さで広がっている衝撃は、現場をじかに見た者にしか解らないような気がする。

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道を引き返します。入り口にはこのエリアで見つかった「宝物」である思い出の品々が、コンテナ箱に入れてあります。
遠くから流されたものでしょうか? それとも放射能問題で、この町を一時的にも非難をしている人のものでしょうか?
本当にわずかな思い出の品物です。なんとかご本人のもとに返ってほしいと祈らざるを得ません。

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こうした光景が海まで約1kmも続き、両側も延々と続いているのです。

さて、食事をしてから物資搬入にいきましょう。本来ならこの車には、簡単なグリル・シンクは備わっているのですが、安全靴、ブルーシート、スコップ、リヤカーなどの資材が満載に積んであるので、使用できません。そこで、近隣のコンビニで購入をしようと思いましたが、コンビニもファストフード店も全部臨時閉店中です。唯一見つけたセブンイレブン・原町錦町店のレジ前は長蛇の列。そして新聞やおにぎりなどの品物は既に空になっていました。
温めて食べるうどんを買って運転席で食し、さぁ高平小に向かいましょう。

小学校で暫く待てば、市の職員がやって来られました。物資をみんなで運び入れますが、農業用フォークを見つけられた方が「それは?」との問い。実は、これは同じ市内ですが、鹿島区から頼まれた支援物資なので丁重にお断りさせてもらったのですが、かなり残念そう。まだまだ本当に地元がほしいものが伝わっていない感があります。
ただ、自身も被災者の市の職員にそれをすべて依存するのは酷なのかもしれません。支援は一度行って実態を見て、それを持って再度お尋ねをする。日々必要なものも変化しますし、その繰り返しが大切なのでしょう。

中で市の職員に、「被害の状況が(自分が見た感じでは全壊か無傷か)両極端に見えるが?」と聞けば、見込みどおりだと回答。また、「(5月10日から)作業ボランティアが入るが気をつけることは?」の問いには、自身の安全のみをお願いしたい。物資は貸し出しできる、との回答。その言葉通り、無使用のチェンソーをはじめ物資は潤沢に見えますが、それを使うマンパワーは不足しているようです。それはもしかしたら、放射能による避難者が多いことに原因があるのかもしれません。
また、ブルーシートは5000枚あるそうですが、これを各家庭に配布すれば1軒3枚しか渡らないので、絶対的な不足があるとも語っています。

南相馬原町区は、地震・津波による被害よりも、放射能と言う魔物によって将来とか復興の希望が見えないような沈んだ雰囲気さえ感じられました。

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