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オフ会御用達ホテル(^^♪

ビジネスホテルを全国展開する東横イン(東京都)は、神奈川県小田原市の小田原駅近くに県内23か所目となる「東横INN小田原駅東口」(客室数295室)をオープンした。小田原駅周辺はホテルが少ないことが課題となっていて、小田原・箱根エリア観光の利便性向上に一役買いそうだ。
 小田原市は新幹線を始めとする複数の鉄道が乗り入れ、小田原厚木道路や西湘バイパスなどの道路網も集中。小田原城のリニューアルで観光客が増えているほか、大手企業も立地するためホテル需要が高まっていた。
 駅から徒歩3分の場所にあるホテルは、9階建てでシングル(238室)、ツイン(40室)、ダブル(16室)、室内に段差がない「ハートフルツイン」(1室)。小田原城を望める客室もある。東横インの渡辺憲二会長によると、10年以上前から駅周辺で候補地を探していたという。
 宿泊客の約6割はビジネス利用を想定。無料の朝食サービスはあるが、夕食は提供せずに近隣の飲食店で食べてもらう仕組みとした。渡辺会長は「地元との共存共栄を目指している。一年中、お客が来て高稼働率が期待できる」と狙いを語った。

YomiuriOnline 2018年08月30日 14時52分

箱根と言う巨大なホテル群があるためにいままで小田原は小規模ホテルしかなかったが、ここにきて全国展開のホテルが参入し始めた。
この東横INの対面も近々に万葉の湯が運営するホテルができるようだ。

箱根に行くための乗り換えの駅だった小田原にも観光客が増えることは喜ばしい。特に全国のRFLを廻っているチームがんでもいいじゃん♪のお仲間の多くがこのチェーン店の会員であり、なおかつオフ会の会場だった我が家の転居で宿泊がしにくくなった今日、小田原周辺で集まるのには泊まり慣れたこのホテルができた事はありがたいこと。
と言うわけで、そのうち小田原・箱根でオフ会しましょうね\(^o^)/

栄螺井戸

石垣山城址の北には、「井戸」兼「堰止池」がある。
どう見てもどちらか一つとして考えるのは無理がある。
というのは「堰止池」に見えてしまうのは、北側の石垣擁壁はダムのそれだから。土を盛りその盛土の両側に野積みの石垣を築いたようだ。見事な石垣だ。
しかし、何のためにこんな大きな池を作ろうとしたかは想像つかない。城の大きさから考えても、また北条方が籠城作戦をとっていることからもここまで大量の水がいるとは考えにくいが、まぁ秀吉さんの大風呂敷と言うことにしておこう。

「井戸」の方はまた見事な栄螺井戸だった。日本は水が湧き易く、しかも井戸掘り職人が多かったせいか、竪穴式の井戸を掘るので、栄螺井戸を見る機会はあまり多くない。が、我が地元で栄螺井戸を見れたことに驚いた。

中近東の砂漠には、まず屋根・壁を作りその中を階段式に掘り進ませる方法をとる。
旧約聖書のイサクの妻リベカの話もそうだし、新約のイエスが疲れ切って腰かけている時に水を差し出したサマリア人の女性の話もそうだが、日本の井戸を想像すると「なんでそんな簡単なこと?」と誤解をする。

インドの階段井戸ほどは大きくないが、これを往復することを依頼するのだから大変なことだ。

栄螺井戸と言うのはその様子が栄螺の貝殻に似ているからだろう。が、まいまいず井戸と呼ばれることが多いらしい。

武蔵野にはいくつかあると書かれていた。ぜひ行ってみたい。
だってGoogleMapを見ただけでもそそられるじゃないか。

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石垣山の石垣はなぜ立派なのか?

小田原城郭研究会の山本氏のフィールドワーク「石垣山一夜城と早川石丁場群をめぐる」に参加させて頂きました。
石垣山自身に登るのも(鎧塚ファーム以外は)何十年ぶりのこと。しかもご案内を頂きながら歩くのは初めてと言うわけで期待が膨らみます。併せて、「小田原の石造物を調べる会」の方からも、城址の石造物があるかどうか見て来て、との依頼を受け責任重大でもあります。

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城址の整備も進んでおり、石垣も見やすくなっております。
今でも途上のルートとしては一般的な東口から登ります。太閤道に面したこちらが大手門があったと言われていますが、異説もあるとのこと。
本城曲輪には小田原城を臨む展望施設があります。今日日大きな建物が目につき小田原城本丸は目につきにくいですが、それでも緑に囲まれたところを探せば小さくお城が見えます。
城郭研究会で数年前、鎧塚ファームの駐車場を借りてベニヤ板で作った城をクレーン車で釣り上げ、小田原城から測定したそうですが、本当に小さかったと山本氏は語ります。
そもそも一夜城伝説は、林の中でこっそり城を作り、出来上がった挙句に周囲の木を切り倒したから、小田原勢は一夜にして城が出来たと戦意を失った、というのがよく語られているところです。
4月6日に秀吉は湯本早雲寺に到着し、同時に一夜城建設と小田原城包囲を命じます。
つまり小田原方にすれば、4月の時点では城から出ることは全く不可能ではなく、一夜城で何かをしていることは伝わっていたのではないでしょうか?
そして山本氏は、石垣を築くのに木を伐採しないでするのは難しいこと、昼夜構わず普請を勧めた事からかがり火の灯りは小田原からも見れたはずと語ります。
小田原方は石垣山に城を築いていることはわかったが、一夜でできたとは思っておらず、しかしながら80余日で仕上がったことに驚くわけです。
木村宇右門覚書書(伊達政宗言行録)には、石垣山を訪れた伊達政宗が6月9日にはなかった白壁が翌日の10日にあったことに驚き、秀吉の問いに「白紙で作った」と言う推理を返して秀吉が喜んだとの記載があるとのこと。笑っちゃうような陳腐な方法ですが、それでも望遠鏡の精度が低い時代ですので・・・なにおかいわんや、です。
当初に記した城郭研究会の鎧塚ファームでの実験では、本当に小さかったとの言葉とあわせれば、そしてネズミ一匹外に漏れださないように包囲した=北政所などに送った書状には「干殺にする」と書いてある(出入りを頑固に禁止した)ことから、この一夜城の様子はまったく小田原方には見えなかったはずで、白紙で十分脅せたはずだと思います。

山本氏は、瓦は製造に約80日間かかる、とも語りました。
4月に着工すると同時に瓦を造り始めたとして7月1日降伏を受け容れるまでは約90日、またこの瓦の土(粘土)は関東静岡東部の物だとかで、どう計算しても築城までには瓦は乗っていなかった、つまりはダミー(ギミック)だったと思います。土(粘土)をこね、型押しで成形し、天日で乾かし施釉までは大量生産できても、その後の素焼きは窯の大きさで焼ける枚数が決まります。僕も炭焼きをしたことがありますが、釜内が冷えるまで数日は釜開きできません。数百、数千枚谷の瓦がそう簡単に焼けるはずはないと思います。
もしかしたら近隣の寺院にある出来あいの瓦を寄せ集めたのかもしれない、でもそうならば寺院の覚書にその旨が記載されているでしょうからその可能性も低いでしょう。
何度も書きますが、城郭研究会の実験では一夜城は豆粒のように見えた、そうです。ですから瓦があろうがなかろうが大したことではありません。
しかし問題は、この石垣山城址から瓦破片が数多く発見されることです。しかも天正19年と言う文字が記された瓦が複数枚発見されていると言います。
これは何を意味しているのでしょう?天正18年に北条方は降伏をしているのです。何故に降伏した後に瓦を乗せたか?
石垣山城は、小田原征伐のためだけの城ではなかったことが推測できます。その後も城としての存在があればゆえに「本物」の城になるように修復を続けたのではないでしょうか?

石垣山の北に小田原城は位置しています。東の相模湾は秀吉軍の船がびっしりと沖に並んでいます。現在でもここから伊豆方面は、JRの路線と国道135号が山と海の狭間を縫うように進んでいきます。う回路が築けないためによく渋滞を起こす場所です。う回路はないのは山がすぐに海に落ちている難所だからです。
ですから、城の東側は誰もうかがい知ることのない、つまりは北へダミーの物で威圧するだけなら「まじめ」に作る必要のない石垣です。
つまりは、石垣づくりは同盟の配下臣への威圧だと思っていました。また、のんびりと「干攻め」をする中で士気を落とさせないように競わせる(労働させる)ものだと思っていました。
が、どうもそれだけではなく、小田原城落城後も城としての使命があったのでしょう。
すごい、大発見でした(^^♪

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しかし同時に、大手門手前、南曲輪に面するところに「此石可き左右加藤肥後守石場」と刻まれた石がありました。
これは何を意味するのでしょう? 江戸城普請時にこの一夜城の石垣の石を運び出したのではないでしょうか?
江戸時代4,5度の大地震がありその度地盤の弱い小田原城は石垣が崩れたそうですが、石垣山城の石垣は壊れず直下で起こった関東大震災で初めて崩れたと旧山の持ち主の方が語ったと山本氏は説明します。
しかし崩れた石はたいして地面を埋めていません。つまり絶対量が不足しています。それが上記のこの石垣の両側は加藤肥後守(加藤清正?)が使用する石、という書き物があるのではないでしょうか
もしかしたら、江戸城普請時ころまでは石垣山城の使命が「何か」あったのかもしれません。

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さて、城跡には上記書き込みのある石のほか1体の祠がありました。ちょうど山神様を祀った木の祠の北西にあたりところにありましたが、祠があるだけで中の仏様はありませんでした。
さて何の仏像だったのでしょう? いつの時代だったのでしょう? 感じから言って私有地に払い下げ以降の物のように見受けられました、すると山神様と一緒の時代なのかもしれませんね。 畑の真ん中に祠を築いたのかもしれません。

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同行のメンバーさんがロガーでコースを拾ってくれました。半日で6kmですから、そんなに歩いたわけではありませんが、猛暑の中のアップダウン思った以上にへばりました。
が、純粋な歴史好きと言うよりは人間ウォッチング・民俗学的な想像(妄想)好きなものとしては、この一夜城をめぐるさまざまな事象を妄想できて大変楽しゅうございました。

わたしたちも主に仕えます

2018年8月26日、松田聖契キリスト教会に与えられたみ言葉は、旧約聖書 ヨシュア記 24章1-2a、並びに同14-18節。表記のタイトルの説教を清水靖牧師より受けました。今回も礼拝で説教を聞いた内容を一信徒が思ったこと、話を咀嚼し想像したことを含めて綴ってみます。(なお、新改訳聖書を持ち合わせておりませんので、下記聖書箇所は新共同訳聖書に基づきます。また、公式のメッセージについてはこちらをご覧頂きたいと思います。)
なお、聖書は章節のナンバーも記載いたします。


24:1 ヨシュアは、イスラエルの全部族をシケムに集め、イスラエルの長老、長、裁判人、役人を呼び寄せた。彼らが神の御前に進み出ると、
24:2 ヨシュアは民全員に告げた。「イスラエルの神、主はこう言われた。

24:14 あなたたちはだから、主を畏れ、真心を込め真実をもって彼に仕え、あなたたちの先祖が川の向こう側やエジプトで仕えていた神々を除き去って、主に仕えなさい。
24:15 もし主に仕えたくないというならば、川の向こう側にいたあなたたちの先祖が仕えていた神々でも、あるいは今、あなたたちが住んでいる土地のアモリ人の神々でも、仕えたいと思うものを、今日、自分で選びなさい。ただし、わたしとわたしの家は主に仕えます。」
24:16 民は答えた。「主を捨てて、ほかの神々に仕えることなど、するはずがありません。
24:17 わたしたちの神、主は、わたしたちとわたしたちの先祖を、奴隷にされていたエジプトの国から導き上り、わたしたちの目の前で数々の大きな奇跡を行い、わたしたちの行く先々で、またわたしたちが通って来たすべての民の中で、わたしたちを守ってくださった方です。
24:18 主はまた、この土地に住んでいたアモリ人をはじめ、すべての民をわたしたちのために追い払ってくださいました。わたしたちも主に仕えます。この方こそ、わたしたちの神です。」


モーセ5書と言う神話から歴史書への移行の書物に継いだ先にあるのが、今日のテキストのヨシュア記。
BC2100年頃アブラハムが神からもらったとされる「乳と蜜の溢れる地」カナ。しかし、BC1900年頃ヨセフの時代に紆余曲折の末、この地を離れエジプトに住むようになります。がトラブルや差別に遭い、BC1500年頃モーセの指導の下、神の示された場所に居住することになります。ヨルダン川の東から示された約束の地カナンに居住しようとも、不在だった場所には既に多種多様の民が住んでおり、また海からフェニキュア人も移住を進めているところでした、と言うのがヨシュア記時代のパレスチナの歴史。

アイデンティティがないと民族は風化していくと言うのが、大陸の掟でもあります。ですからそれを維持するために、民族は人口を増やすわけですが当然そうすることで辺境の地では他民族との衝突が起きます。
締め付けるためには「固めの杯」が一番手っ取り早いですが、その固めるものは人智を超えた「神」に委ねることが一番だと思います。
ヨシュアは連戦連勝し、このエリア一帯を統治することに成功するわけですが、その後も「勝って兜の緒を締めよ」ではないですが、自民族を神の元「固める」のが今日の聖書の箇所の歴史的な読み方でしょう。

シケムはアブラハムが祭壇を築いた場所。神から星の数よりも子孫が増えると祝福を受けた場所です。つまりは初心に戻る、祈りと祝福を常に心に刻む、と言うにはふさわしい場所で、皆で心を一つにしよう、と言うのです。
でも、出来ない人はしょうがない。袂を分かつことも致し方ない、と言う寛大な呼びかけをしますが、みな今までの神の祝福ある導きに「従う」ことを約束します。
何事もそうですが、誰かが決めてしまったことに従うのであれば、失敗をした時に他人のせいにすることができます。残念ながら人間はそうした弱さを持っています。
ですからヨシュアも同じように「自己責任」で自分の信仰の対象を決めなさい、と言われたのでしょう。
このことは大なり小なり、社会の中で出会うことです。自分の道はすべて自分で決めること、但し自己勝手ではなく祈りの中でしっかり神の導きの答えを聞くことが大切だと思います。無宗教的な言い方をすれば、一度落ち着きなさい。大きく深呼吸をして、または一晩ぐっすり寝て、それから決めましょう、と言うところでしょうか。

信仰を持ってよかったと思うことは絶えず祈れることです。神の声を聞くことはまずありません。でも、上記に書いたように冷静さを取り戻せます。そして自己の決定で責任をもちます。なによりも神共に居てくれると言う勇気をもって歩めます。
そして神の声が直接聞こえない分、僕は聖書を読み、聖書の御言葉を解き明かしてくれる礼拝に参加します。
何よりそこには同じ御言葉を聞き、ともに神を賛美する仲間がいるのです。仲間と過ごす時間は何よりも楽しいのは、教会以外でもサークルやSNSのオフ会、そしてママ友のような仲間作りが盛んなところからもわかります。
ただいくつかのそうしたグループは「何で私ばかり」と言うようなマイナスの言葉があると聞きます。その言葉は決して自己責任から発展した言葉ではないと思います。楽しむために飛び込んだのなら誰もやってくれないとも自分が楽しもうと先頭立ってすることではないでしょうか?

交通費の算段

昨日あげたトピックス
やはり、下記イヴェントへの参加の気持ちが強まる。

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しかし行くためにクリアしなければいけない算段が2,3つある。
「ボンビーな」じじい(爆)、故に、どうにか費用をかけずに行くことが求められる。
そこで見つけたのは

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14日は礼拝もあるのでお休みは避けたい。必然最終列車での帰宅が余儀なくされる。つまりは、交通費は往復で2670円。
豊橋まで片道1400円弱で行ける。これは凄いことだ\(^o^)/
と言うことで一歩参加が近づいた。

今日日エアコンは『健康で文化的な最低限度の生活』だよね

社会福祉を学ばれている大学生の友人が、授業の一環で無料低額宿泊所を見学に行ったというFBメッセンジャーをもらったので、何通かのメールやり取り。
無低も狭い部屋でエアコンがないのは、それこそ憲法25条に抵触しちゃうよな、なんて思いながらのやり取りを終えたところにこの話題。

今夏の猛暑に対して、生活保護の受給者はどう身を守っているのでしょうか。エアコンがない人は涼を求め街に出て、食費を削って冷房を使う人もいます。ぎりぎりの生活で暑さと戦っていました。(斉藤佑介)

 名古屋市南区に住む男性(71)はひざが悪い。だがエアコンの利いた図書館や公共施設をめざして歩く。「生きることが今の私の仕事ですから」。1日の歩数は1万1千歩を超える。
 8年前に派遣会社の雇い止めにあい、年金の加入期間が足りず、生活保護を受け始めた。6畳一間、風呂なし、トイレ共同。半世紀前のアパートに備え付けのエアコンは壊れたまま。手元に残る生活費は月5万円ほどで、余裕はない。
 夜は窓辺で蚊取り線香をたき、扇風機をまわす。「今年は寝られん」。午前2時すぎに眠りに落ちる。

 愛知県刈谷市。築50年のアパートで暮らす視覚障害者の男性(64)はエアコンの使用を控えている。窓と玄関の戸を開け、扇風機を使う。ぬるい風が抜ける。
 ログイン前の続き「今年は激烈な暑さ。天井もはがれたみたいだわ」。台所の天井は暑さで壁紙がはがれ、垂れていた。
 2009年に糖尿病で失明。失業したことで生活保護の受給を始めた。働いていたころに買ったエアコンはリモコンが壊れ、温度調節ができない。普段は使わないが、この夏は4日分フル稼働させた。電気代を月3千円程度に抑えてきたのに、8月だけで1万円を超えそうだ。
 そのぶん食費を削った。1日1食。日中は麦茶と梅干しを口に入れ、水風呂に5回つかる。「これ以上削れません。貯金? とんでもない。買い替えも難しい」
 週1回ボランティアが同伴する朝の散歩もやめた。静かにラジオを聴く日々。「涼もうと思っても私は外に行かれんのです」

 船堀メンタルクリニック(東京都江戸川区)の精神科医松尾徳大(なるひろ)さんは毎月約300世帯の受給者を診察する。そのうち10~20%はエアコンがないという。8月、50代の男性受給者が電気代節約のためエアコン使用を控え、熱中症により1週間で2度も搬送された。
 「死者も出る猛暑のなか、受給者の暮らしは憲法が保障する『健康で文化的な最低限度の生活』とは言えない」と指摘する。

 厚生労働省は6月、熱中症対策として、4月1日から生活保護を受給し始めた世帯でエアコンがないなど、条件を満たせばエアコン購入費(上限5万円)の支給を認める通知を出した。
 「あくまで緊急性が高く特別な事情がある人への『一時扶助費』。原則は保護費のやりくりで買っていただき、うまくためられない方は社会福祉協議会の貸し付けを利用してほしい」と担当者は言う。
 社協は生活福祉資金貸付制度の「福祉費」として「障害者用自動車の購入」「その他日常生活で一時的に必要な経費」など、目的別に上限額(目安)を設けてお金を貸してきた。全国社会福祉協議会によると、エアコン購入は「その他」にあたる。15年度の貸し付けは1900件ほどだが、多くはエアコン購入が理由とみられるという。

 生活保護問題対策全国会議事務局長の小久保哲郎弁護士(大阪弁護士会)は「今回の厚労省の対応は一歩前進だが、対象があまりに限定的。3月以前に保護対象となった受給者にも支給すべきだ」と訴える。
 貸付金についても「結局お金を返さなければならず、ただでさえ生活扶助基準の引き下げで減っている保護費をさらに削り、受給基準となる『最低生活費』以下の暮らしを一定期間強いることになる」と話す。
 10月にはさらなる保護費の削減が始まる。小久保弁護士は「エアコンがあっても節約のため使わない受給者が多い。国は生活保護基準の引き下げを撤回し、冷房費にあてる『夏季加算』を創設すべきだ」と話す。
 厚労省によると、生活保護受給者数は5月現在、約210万人、世帯数は約163万世帯という。
朝日新聞ディジタル 2018年8月25日15時51分 斉藤佑介氏記

国が動いた。
が、この国の一時扶助金融資の政策は果たして生活困窮者に情報としていきわたるのか?と言えば甚だ疑問だ。
野宿者支援をして大いに感じるのは、「貧困」とは確かにお金等の財産がない事を言う言葉かも知れないけれど、情報も「貧困」格差がある。
「保護もらう権利がありますよ。」と言う言葉にも、しり込みする野宿の方は多い。役所は敷居が高いのだ。
だからこそこうした支援活動と言うボランティアは大事なことだと僕は思っている。野宿者の所に行くときに持っていく「パトビラ」に様々な情報を載せるのは、「情報貧困」からの脱出を促すのも僕らの使命だと思っているからだ。

野宿者支援をして分かったのは、冬も厳しいが夏はそれ以上厳しい季節かも知れないということ。
冷えた体を温めるのは、流木等でたき火をし、公園で汲んだ水を沸かして温かい飲み物をとればいい。工夫をすればどうにかできることはある。
が、夏の熱がこもった体を冷やすのは難儀だ。冷たいものも、風を起こす道具もすべては「電気」が提供する道具だ。電気の無い彼ら彼女らはひたすら我慢するだけだ。

斉藤記者の取材の方は65歳や71歳、既に国の義務を十分果たされた方なのだ。そうした方が憲法が侵され健康を損ねそうなのだ。そしてそのような人はごまんといるのだ。

風力発電や太陽発電だって問題はある

誤解をしてほしくないが誤解を招きそうな投稿で申し訳ない。

森林伐採をして大規模なソーラ発電が進んでいる地区があるというニュースがUPされていた。
「エコ」と盲信されているソーラ発電。どうも僕は納得していない。

そもそものきっかけは、3・12ノフクシマ原発の事件。作っちゃいけないものを作ったことで、そして費用対効果は極めて有効と言う嘘八百のPRのもとで、多くの人の故郷をぶち壊した。
そして今なお核廃棄物の処理は困窮を極めている、と言うか全くノープランの状態。

一方、エコの代表のようにとられているソーラ発電はどうなのか?
太陽発電パネルは、シリコンの塊。そしてその寿命は数十年と言われている。例えばこちらの記事。(リンク切れになるといけないのでコピーをしておくと)
 鉛などの有害物質を含んだゴミがそれとは知らずに近所に捨てられている――。総務省は9月、少しぞっとする内容の報告書を公表しました。名指しされたのは太陽光発電用のパネルです。東日本大震災以降に再生可能エネルギーを普及させた立役者ですが、何が起きているのでしょうか。
 太陽光パネルは電極やシリコンを何層も強固に接着してできています。分離してリサイクルするのが難しく、20~30年の寿命を迎えると産業廃棄物の処分場に埋め立てられるのが現状です。総務省によると、パネルに含まれる鉛やセレンなどの有害物質の情報を処分場に提供していない業者は調査対象の8割に上ったそうです。
 心配なのは廃棄量の多さです。震災後の政府の支援策に押されて太陽光発電の設備は過去5年で約6倍に増えました。今後は寿命となるパネルが増え、2040年の廃棄量は約80万トンと15年の300倍超になる見込みです。これは1年間に全国の処分場に埋め立てられる量の約8%に当たります。
 このままだとパネルが無秩序に捨てられる恐れがあります。国は処分の指針を設けていますが、パネルには製造、発電、処分、廃棄と少なくとも4業態の業者が関わり、最近では海外メーカーのパネルも広く流通しています。有害物質に関する情報共有が滞る可能性もあり、環境省の対策委員を務めたSOMPOリスケアマネジメントの花岡健氏は「メーカーに情報提供を義務づける仕組みを強化すべきだ」と指摘しています。
 廃棄コストも問題です。経済産業省は太陽光発電の事業者にパネル建設費の5%相当額を廃棄に備えて確保するよう求めています。ただしチェックする仕組みはなく、コスト負担を嫌って不法投棄に走る業者も出てきかねません。消費生活アドバイザーの辰巳菊子氏は「事業者の責任を明確にする法整備が必要だ」と話しています。
 最後に期待されるのは太陽光パネルを効率的にリサイクルする技術革新です。今はリサイクル費用が高いので普及していませんが、再利用できれば廃棄量を減らせます。真に環境に優しい太陽光発電にするためにやるべきことは多くあるといえます。
太陽光パネルは使えなくなったときにどんなリスクがあるのでしょうか。環境省の検討会で委員を務めたSOMPOリスケアマネジメントの花岡健取締役に課題と解決策を聞きました。
 ――太陽光パネル特有の危険とは何でしょうか。
「パネルは薄いので風で吹き飛ばされたり、雪で壊されてしまうリスクがある。洪水にも弱い。特有の問題としては感電の危険性がある。光が当たれば発電するようにできているので、保管の際には布をかぶせて光を遮らないといけない。このため災害が起きたときには優先して適正な処分をしないと、二次災害につながってしまう。実際にはこうしたリスクを認識している人は少ない」
 ――使い終わったパネルはどうなるのでしょう。
「法律に従って産業廃棄物として処理することになる。最終処分場に埋め立てられるわけだが、将来は膨大な量が廃棄されることになるため、処分場の容量が足りなくなる恐れがある。そこで太陽光パネルのリサイクルという選択肢があるわけだが、現状では処理コストが高い。さらに太陽光パネルは家電や車のようにリサイクル費用の負担の仕組みが確立されていない。まずは技術革新によってリサイクルにかかる費用を下げ、事業者が廃棄よりリサイクルを選ぶ流れを作ることが重要だ」
――パネルに含まれる有害物質が処分場から流出するリスクも指摘されています。
 「有害物質の含有についてはパネルの製造メーカーによって差があるし、その後の情報開示など対応にも差がある。一概には言えない問題だ。ただ現在は海外メーカーによるパネルが増えているので、情報開示が滞ったりする恐れがある。廃棄の際には報告や届け出をしっかりさせ、中身をチェックしていくしかない」
 ――廃棄コストの積み立てを事業者に義務づけるという考え方もあるようですが。
「すでに大量のパネルが導入された後なので難しい。経済産業省は補助制度をつかって太陽光発電を始める事業者には、一定の廃棄費用の積み立てを求めている。ただ日照時間が想定より短くなったとか、計画がうまくいかなかった事業者の中には廃棄費用を確保できないケースも出てくるだろう」
 デンシバ Spotlight

何事もそうだけれど、全くデメリットがない施設はない。何を作ろうが必ず壊れれば廃棄物が出る。
だからソーラシステムが悪いわけではなく、どう考えても原発よりはまともな施設であることは明らかだ。
だが、風力発電もバードストライクや低周波音問題があるし、これだっていつかは壊れる。ソーラも上記のように重金属や重大な環境汚染を引き起こす物質が含まれている。

何を言いたいかと言えば、これは環境にやさしいからと言う甘い言葉にだまされて不要な電気を使わないようにしなければならないことを自覚しなければいけないことだ。
しかし、企業(利益追求)をすればこそ、そこには不要な電気を使ってもらわなければいけないという企業論理が出てくる。

この夏は暑かったからエアコンは重宝したし、僕も自車にソーラを積んでいる。恩恵にあずかるな、ではない。ただ、一時一時これはどうなのか?の吟味をして不要な電力を使わないという前提がなくなれば、環境にやさしいなどは嘘になる。費用対効果の費用はあくまでも廃棄物となった時の廃棄処理料金まで考慮しなければならない。

駆け込み訴え

神は何をさせるべきイエスをこの世に送ったのか? イエスの誕生は何か? と問われれば、僕らの罪を背負って死することで、僕らが赦される、つまり神との和解を仲介するための誕生だった、と言う信仰に基づき僕らはクリスチャンとしての日々を送っていると思います。

イースターの前の金曜日は、聖金曜日と呼ばれ、英語ではGoodFridayと言います。もともとはGodFridayだったそうですが、それでも、自分たちが信じているイエスが十字架にかかって死した日をGoodと呼ぶのは、やはりその後ろにある罪が赦されたことがあるでしょう。信仰無き方にとっては死の日をGoodと言うのはあり得ないことだと思います。

もう一歩話を進めると、ではどうしてイエスは十字架にかかったのか?と言う、木曜夜以降の話が大切になるのかもしれません。
それは、裏切り(イスカリオテ)のユダが、イエスのいる場所を捕まえようとしている人に教えたからでしょう。
暗闇(今日のように街灯もない、しかもオリーブ畑の中)ですので、月の明かりがあったとしても、顔をよく知らない兵士らはイエスを捕まえられない。そこでユダは自分が挨拶をした人がイエスだと伝え、それによってイエスは捕まってしまいます。

イエスは既にエルサレムで捕まり死す、と言う自身の未来を知っていたので、たとえユダがいなくても捕まったかもしれません。
しかし、歴史を作った(創造した)神は、ユダを介してイエスを捕まえさせます。
神は間違いなくユダを使われたわけです。
神にとってユダとはどういう存在か? はクリスチャンにとっていろいろな意見があると思います。
一例でいえば、ユダは死の後天に召されたのか?地獄に落ちたのか? は論議になるところかもしれません。

教団小田原教会のどの牧師の説教だったかは失念しましたが、ユダとペテロの違いのご説を聞いたことがあります。
ペテロの方が、内容も回数もひどいことをした。しかし、ペテロは許しを請うため謝罪をした(希望を捨てなかった)が、ユダは自ら絶望をした。
このお話はストンと入るお話で、どんなに大きなミスをして人は許せなくても神はお赦しくださることを信じています。

もっと言えば、イエスの死によって神が赦すのなら、イエスを死に追い込むという神の最大の仕事の功労者はユダなんでしょう。
神と人との「関係の絶対性」と言う観点で吉本隆明氏は著書の中でいくつかの本を紹介ましたが、その一冊

20180822-01

の中の表題の作品をを読んでみました。太宰治氏はこの観点で神と人との関係の絶対性をどう感じてこの作品を書いたのか?いろいろと思うところはあります。
一つ太宰治氏のユダ論に同調するのは、ろばの子に乗ってエルサレム入場をするという旧約の成就をナンセンスのように書かれていた点。もしかしたら氏も旧約の成就よりも福音書のイエスの言動に心ときめいたのかも知れません。稚拙なおしゃべりと同じようなテーマが使われていることは何かくすぐったくも嬉しかったりします。成就と言うのはイエス自身が旧約の言葉を知らずにロバに乗ったのならそう呼んでいいですが、イエスが旧約に書かれたエルサレム入場の仕方がロバに乗ってであることを知っていてでしにロバを探させたならそれは成就ではないのではないでしょうか?
吉本氏のようにしっかりと読み切れていないせいか、僕には可愛さ余って憎さ百倍のユダの、しかしそんな気持ちながらもまだイエスを師として愛してやまないユダの、人間性だけが浮かび上がってなりません。イエスを自分だけのものにしたいと言うエゴイスティクに存在する内容は、文壇にデビューしてまだ日の浅い太宰治氏の大物作家への野望なのかもしれません。
しかし、葛藤があったのかもしれないのは、この次の作品が走れメロスで、ここではこの作品と逆さまの裏切らないすばらしさが書かれている点です。
太宰治氏は取り立てて好きな作家ではなかったので、教科書に載っていた走れメロス以外は読んだことありませんでしたが、せっかくたくさんの短編が載っている本を購入したので読み続けてみたいものです。

アニメ「一休さん」に出てくる新右エ門さんって・・・

郷土史に造詣の深い数名のFacebook知人がお奨めだったコミックスを購入。

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ゆうきまさみ氏・・・聞いたことのあるお名前、と検索すれば漫画本を読んでいた時代から楽しみにしていた漫画家さん。そうなんだ、あの漫画家さんが北条早雲を題材に漫画描いてくれたんだ、と喜んでまず第1巻を読破。
作家さんの下調べはやはりすごいです。未成人(元服)の時代の早雲さんですから、男性社会の武士の世の中ではまだ活躍できるはずもなく、そこには姫や女官たちとの過ごす時代ですので、上っ面の資料では手に負えない話でしょう。
そうしたご苦労は教科書+α程度の知識の僕には非常に参考になる漫画です。
それに何と言っても、武将の名前のルビがいい。とかく同じような名前が多い中インプットしやすいルビのふり方は妙案です。さすがです。

よく戦国時代は、小田原に始まって小田原に終わる、と言われます。北条早雲の小田原攻めから秀吉の小田原攻めまでが戦国の世と言われて、僕もそう教わってそう思い続けてきましたが、「戦国」と言う意味では、もう応仁の乱から「戦国」なんですよね。
返って関東においては、いわゆる「戦国時代」は善政の北条五代ゆえ大平時代だったと思います。
第一巻は応仁の乱の直前。ここからはえげつない将軍の変わり身の早さで京の都は、そして派生した全国が戦いの中に巻き込まれていきます。
続き楽しみです。

さて、歴史と言うのは意識をしないと猪ではないけれど縦系に猛進してしまいます。親が、子が、敵が、味方がと主人公を中心とした小さな輪で、とかく横のつながりを忘れがちです。
この漫画を読むまで、北条早雲と一休さんと言う組み合わせを考えてもいませんでしたが、テレビアニメ「一休さん」に出てくる蜷川新右衛門は「早雲の伊勢家」の家臣だったんですね。(少し誇張が入っています。正確には…自分で調べてね)
でもこの関係が一番の収穫だったかも(笑)

沖縄県知事選

翁長氏の逝去に伴う沖縄県知事選が行われる。
実質は、玉城デニー氏と佐喜真淳氏の闘いになるようだ。

「誰か一人を選ぶ」という命題が与えられた。
ここから解をえるにはどうするか? 様々な手法があると思う。
それぞれの候補にポイントをつけて優劣を考えるもよし、逆に消去法で選ぶもよし。
しかし、確かなことは『一人』のみが選ばれるという事実。両者が気に入らないとしても、1票でも多い方が県知事になる。

そして、片方は与党の自民党が支持をしている。つまりはこの候補者が勝てば、安倍氏は辺野古の移転を県民は支持した、というだろう。 他方候補者が属する自由党の方向性も僕は詳しくは知らない。が、党首は自民執行部と確執があることは確かだ。まぁ、政治家故の突然の和解も危惧しなければならないが、それでも与党支持者勝利による選挙後即「禊は済んだ」と行くことはないはずだ。しかも、翁長氏が後を託したということはそれなりのベクトルはある方なのだろう。
沖縄には米軍問題以外にも様々な問題がある。東京・大坂に本社を持つ大資本のホテルは潤っても税は本社に行く。沖縄の経済的にはあまり影響はない。県民の暮らしが重要、故に目が経済に注がれて「明日の糧」のためではない基地問題は後回しにされるきらいはある。
しかし、だからと言って手を拱(こま)ねけば子孫に禍根を残す。
そしてこうした地方自治の早急の問題と中長期ヴィジョンを考えることはどこの選挙でも同じことなので、決して他人事ではなく次は我が町と注視したい。

どちらが勝った方が沖縄のためになるのか?
自己分析の結果、たとえ51対49という差であっても51を熱烈応援しなければならないほど緊迫した選挙になりそうだ。 
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