抗がん剤と言う毒、希望の党と言う毒

誤解を恐れずに言えば抗がん剤は毒薬です。わずかにいびつながん細胞は殺してしまう、だけれど正常な細胞は何とか持ちこたえる、そんなレベルの毒です。
だからがんになった人の中でも抗がん剤を利用した治療を拒否する人も少なからずいます。正しくもあり正しくないでもあります。それはこうした方がいいですよ、と言う標準治療はあっても、その標準治療をもって必ずしも正しいか?といえば医者ですらよくわからず、過去のデータからそう言っているにすぎないのです。
でも、連れ合いの時は、その毒薬を利用した治療に耐えられると僕ら夫婦は判断し、利用をして成功したわけです。

「毒を以て毒を制す」
まさにそういうことです。毒を以て、という事はその毒以上の生命力が無ければなりません。

今の日本はそんな感じがします。
憲法を変え、そして原発を推進し、弱者の補償を切り捨てる自民党に対して多くの国民はあきらめムードでいたので、ここは一発解散をしよう、と安倍氏は踏んだわけですが、どっこい安倍さんと同じような思想・政治信念の持ち主が台頭したのが今回の話だと思います。

喩は良いかどうかは別として、僕らは安倍さんと言うがん細胞をたたくために抗がん剤を使用するかどうかです。
毒を以て、が毒の強さにやられてしまう抗がん剤ならば使ってはいけないことは明白です。が、どうもこの抗がん剤の毒は命を殺めるほどの猛毒の恐れを感じます。
山本太郎議員がインタビューで
「(小池新党の)踏み絵は踏めない」と きっぱり 答えた。「憲法、安保法制、沖縄の踏み絵は踏めない」と繰り返した。
 山本は辺野古や高江で体を張って米軍基地建設反対を訴えている。国会では安保法制に反対の立場を貫いてきた。選挙で勝ちやすいからと言って、希望の党に行くわけにいかないのである。
 しかし「安倍政権を倒すためには(野党は)大きくならないといけない」と苦悩の表情を浮かべた。
 とはいえ「毒をもって毒を制す。だけど毒が国中に回ってしまったらどうしようもない」。


毒に関することわざはもう一つある。それは毒を食らわば皿までも、だ。
自身の主義主張を変え、当選するためには希望の党に入る民進党議員もいます。

でも毒の国で生き延びるのが嫌だという政治家が増えてくれる、そうした代替え治療を僕はのそみたい。
明日は横浜MM21地区でRFL横浜に参加します。
がん治療も国政も患者(国民)のものになりますように。

どの政党を選ぶのではなくどういう政治を選ぶかだ

民進党が希望の党との合流をして政権を取ろうとしているというニュースが飛び回っている。
そして同時に希望の党は合流条件として、改憲(特に9条)を公言している。
それはそうだ、小池氏はもともと日本会議のメンバーで改憲をもくろんでいる安倍氏らと志を同じくする仲間だ。ただ反発しているのは、「お山の大将」として自分が改憲をした時の総理だという名誉を欲しあって反目しているのと利権を手中に収めたいだけの違いだ。
だからもし今回の選挙が、自民党と希望の党の争いになるのなら僕はもうどうでもよくなる。自民党が勝っても希望の党が勝っても「改憲」の言葉が出れば協力し、2/3の賛同で国会を通過させるだろう。
それを抑えるのは護憲派の政党しかないし、選挙に勝つためだけに護憲の口を封じて民進党に残ろうとしている人には失礼な言い方だが無理ではないかと思う。議員数が少なくとも地道に言い続けている護憲政党にしか託せない。

小泉元総理がさかんに政策の違いを原発問題に特化して差別化を図れというが、自民だって原発の廃止を一時は訴えた。しかし、国民の声がさほど大きくないことを悟れば急展開して利権につながる原発再稼働に戻ったことを思い起こせば、希望の党が選挙公約として原発ゼロを言ったところで、政権を取れば再稼働に意見を変えることは推測に易い。
小池氏は新党立ち上げに際して
「しがらみのない政治、大胆な改革を築いていく新しい政治のために、日本をリセットするために党を立ち上げる」
と言った。それは自分たちに利益供与しないしがらみの排除であり、自分たちに付さないグループのリセット。新しい自分たちのしがらみづくりの第一歩だと思う。
それは選挙に金がかかる、議員に口利きを依頼する、そうしたルールの日本を変えなければ永遠に変わらないことだろう。

誰のための解散か

昔、地域の環境を守るための林道通行条例づくりを先輩友人が企画し末席に加えさせてもらった。
ちんぷんかんぷんながら必死に食らいついてようやく出来上がった文面を五十嵐敬喜先生に添削をしてもらったところけんもほろろ…。NGな部分は不服に対して申し立てできない点が最大と言われました。
その後その点を修正し見事合格点を頂きましたが、行政がビビり日の目を見ることはありませんでした。
そこで教えられたのは、泥棒にも三分の理ではありませんが、どんなやり取りでも一方的にしてはいけないということ。

政府もそうなのです。多数派が勝手なことをさせないように作ってあります。
内閣不信任という形で内閣を拒否しようとすれば、いや私たち内閣は実直に仕事をしています。きちんと仕事をしているかどうか国民に判断してもらいましょう、と解散権を使うことが許されています。
つまり内閣不信任でない中解散する理由は全くないはずです。そして解散というのは内閣総辞職と同じ重さのある重大なことなのです。

今回の解散の理由は大きく2つだと思っています。
1つは、加計学園問題や森友の問題。これは安倍氏や安倍昭恵さんへの疑惑をうやむやにしたいがために、火の粉が飛んでくる前に解散してみそぎを済ませたといいたのでしょう。
もう一つは唯一対抗馬になりそうなファーストの会(新党)の地盤固めの前に選挙をしたいのでしょう。

いずれも解散権を使うべく不信任とは別の話です。私利私欲で解散をすることはあまりにも無謀であり、税金の無駄遣いにしか見えません。

解散総選挙に際してはさまざまな名前が付けられますが、今回の解散総選挙は「俺たち夫婦に白羽の矢を立てないで」解散なのでしょう。

ゆるされている者

2017年9月24日、小田原教会に与えられたみ言葉は、マタイによる福音書 18章21-35節。表記のタイトルの説教を長井美歌牧師より受けました。今回も礼拝で説教を聞いた内容を一信徒が思ったことを含めて綴ってみます。(説教の要約ではありません)

そのとき、ペトロがイエスのところに来て言った。「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。」
イエスは言われた。「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。そこで、天の国は次のようにたとえられる。ある王が、家来たちに貸した金の決済をしようとした。決済し始めたところ、一万タラントン借金している家来が、王の前に連れて来られた。しかし、返済できなかったので、主君はこの家来に、自分も妻も子も、また持ち物も全部売って返済するように命じた。家来はひれ伏し、『どうか待ってください。きっと全部お返しします』としきりに願った。その家来の主君は憐れに思って、彼を赦し、その借金を帳消しにしてやった。ところが、この家来は外に出て、自分に百デナリオンの借金をしている仲間に出会うと、捕まえて首を絞め、『借金を返せ』と言った。仲間はひれ伏して、『どうか待ってくれ。返すから』としきりに頼んだ。しかし、承知せず、その仲間を引っぱって行き、借金を返すまでと牢に入れた。仲間たちは、事の次第を見て非常に心を痛め、主君の前に出て事件を残らず告げた。そこで、主君はその家来を呼びつけて言った。『不届きな家来だ。お前が頼んだから、借金を全部帳消しにしてやったのだ。わたしがお前を憐れんでやったように、お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったか。』そして、主君は怒って、借金をすっかり返済するまでと、家来を牢役人に引き渡した。
あなたがたの一人一人が、心から兄弟を赦さないなら、わたしの天の父もあなたがたに同じようになさるであろう。」



赦さざるを得ない相手…例えば巨大な権力者で立ち向かっても叶わない相手、体力がありそうで戦っても叶いそうもない相手、そうした相手には長いものには巻かれろと言わんばかりに戦うのをあきらめ、そのストレスは戦って勝てそうな相手にぶつけられます。
生活保護の不正受給問題などはその典型で、加計学園が総理の忖度で億や兆と言ったお金が動いても選挙になっては忖度をした総理を勝たせるのに、1%に満たない不正受給の生活保護者には、無駄遣いだと言わんばかりに声高に叫びます。
国際問題もそうです。北朝鮮のミサイルはまさに「国家安康」「君臣豊楽」のように日本に絡めただけのことで、人工衛星と同じ高さからもし墜落しても大気圏の摩擦熱で流れ星のように消えてなくなるのに、サイレンを鳴らし机の下に隠れろなんていうのは、国民への扇動に過ぎない事でしょう。アメリカには諂(へつら)い、北朝鮮には待ってましたとばかり敵国心をあおる。
そんな為政者の扇動を納得し、生活保護者やアジアの小国を激怒する国民。つくづく弱きものを許すのは大変なことなのだと思います。

王は神を表します。そうでなくても人間でも度量の大きな人はいます。でも1万タラントン…例えば1兆程度でしょうか?借金を棒引きするよ、と言ってくれる人はいないでしょう。
でも、原罪を貨幣価値判断はできませんが、お金に変えられないほどの大きな罪な訳で、それを神は赦したわけです。返せない大きな借金を、一生懸命返す努力をするというだけで、神は赦し、この世ではインマヌエル=神共と居ます、と言ってくれ終わりの日には神の御許に呼び戻してくれます。
1兆のお金を何の恨みつらみの言葉もないまま憐れんで赦してくれたのです。

では、赦された人はどうなのでしょう?
100万程度なのでしょうか? 僕らが生活する上では大事なお金ですが、1兆を許してもらったのです。些細な金額です。でも許せない。返せないくらいなら借りるなよ、と威圧的に取り立てるのです。
棒引きにしてもらったうちの中のほんの些細なものだから俺も棒引きに使用ではないのです。あれはあれ、これはこれなんです。自分の得はラッキーですが他人の得は許しがたいのです。残念ですが人間ってそんなものです。

当初書いた現代に話を戻しましょう。僕らは神から返せないほどのたまものをもらい恵みの中生きています。が、その中でも社会のルールとして不正を撲滅したり平和を求めたりしています。
神からもらったものを返さなくていいと言われたから、俺もお前からもらったものは返さないぜ、と言うことを今日の聖書は言っているのではないと思います。

赦しとは、なかったことにするのではなく、真摯に向かい合いどうすれば解決に迎えるかを考えることでしょう。
生活保護の問題なら、不正をなくすることと必要な方に保護を利用してもらうことは相反したことではなく、その両立を求める努力ことこそが赦しではないかと思います。
借金を棒引きしてもらったのだからあなたも棒引きしなさい、という話ではないのです。7の70倍でもとことん議論をして着地点をみつけることが大事なのでしょう。

さて、この日僕らの教会には、台湾のSさんと言う方がお見えになりました。地元の大手ホテルにお勤めのSさん。台湾においても台湾長老教会の教会に通われた方。
前任の東先生に教えてもらった挨拶、帰りがけに「平安(ピンアン)」と言ったら喜んでピンアンと返してくれました。普段の礼拝にプラス1つ嬉しい事があった主日でした。

広島の旅(Ω)

お好み焼きを食べていません。やっぱりこれを食べずには帰れないだろうと八丁堀で市電を降りお好み村に向かいます。商店街につけられているスピーカーからはカープの応援歌がガンガン流れています。町を挙げて応援しています。
残念ながらたどり着いたお好み村の各店舗は17時から。あと30分待ってもいいけれど、空いているお店もあるからと斜め前のへんくつやに入店。

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隣はスポーツバーなのでしょうか?どんな店かもわからないくらい赤服の若者に囲まれています。

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そんな中まさにお好み焼きを食べ終わろうとした時にゲームセット。町が歓喜にわきます。

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街角では振る舞い酒が配られ、もみくちゃにされながらも、お土産を買い夜行バス乗り場へ。

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待っていると1人の若い外国人のお嬢さん。19時代の夜行バスで東京に行くはずだったが、集合場所を、セブン‐イレブン ハートインJR広島駅南口店だと思って待っていたが時間になってもバスが来ないので誰かに確認したところ、セブンイレブン違いで集合は駅から遠いセブン‐イレブン 広島松原町店 だと言われ慌ててきたのだ、と言うことらしい。
そうでなくても英語が分からない僕が、焦って興奮して早口になっているお嬢さんの言わんとしていることが分かるはずないです。何とかわかる単語を聞き集めて返事をしようとしたところ、一緒に並んでいたマドマゼルが流暢な英語でペラペラペラと(ヲォ!!)
このあと僕らの乗るジャムジャムとその10分後に出るオリオンバスでもいけるからとにかく荷物を持ってこっちにいらっしゃい、的なことを言われたようです。彼女はthank youを口にし心なしか明るい表情になって駅に戻っていきました。
その間、やはりいっしょにバス待ちをしていた高校生くん、スマホで空席待ちの確認をしてくれ、ジャムジャムは1席、オリオンは3席空席があることをチェック。
荷物を持ってきた彼女にその旨を告げたようでした。
何とか無事に東京に行けるといいね♪

ヒロシマは悲惨な過去を乗り越えたシンボリックな平和の町です。少なくとも部外者の僕らは「ヒロシマという言葉のイメージは?」と尋ねられたら「平和」と答えるでしょう。
では「平和の構築は?」と続いて尋ねられたら何と答えるでしょうか? 多分そこには隣人の笑顔だと思います。気づかいだと思います。
思い返すと今回の旅は人間ウォッチングが楽しい旅でもありました。福山のなか卯のおばちゃんの「気を付けていってらっしゃい」から始まり、飲み屋で袖触れ合ったサラリーマン氏との雑談、教会の方々からの歓迎、市電の中の外国カップルのさりげない行動、帰りのバス乗り場で出会った女の子を無事に東京まで行けるようにした人たち…。それを見ることが目的ではなかったのですが、何よりそれを見れたことがうれしかったりします。
文豪トルストイの名作「靴屋のマルチン」の原題は『愛あるところに神もまたある』です。愛であり神のいる場所が平和である、そんな心が優しくなれるウォッチングをたくさん見ることができました。

優勝の歓喜の瞬間と言う貴重な体験をさせてくれた広島カープおめでとうございます。
そしていい旅を演出してくれた袖触れ合った皆さんありがとう。神様の恵みが豊かにありますように。

広島の旅(7)

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原爆ドーム前でおりれば、その言葉通り原爆ドームこと被曝と破壊を受けた広島県物産陳列館が目の前に見えます。

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広場では「戦争法強行採決2年 9.18を忘れない広島市民集会」の集会がなされています。僕らは自分たちが武力的圧力を受けるのも嫌だけれど、武力で圧力を加える加害者にもなりたくない。そんなコンセプトには賛同できるものの観光中の身、申し訳ないですが心の中で応援しドームに向かいます。
それにしても北朝鮮のミサイル問題は、事態以上に事を大げさにして報道し、扇動し、改憲に向かわせようとしているのに、それを見抜けずに賛同する人が多いように見えます。
アメリカだって同じ軍事のための衛星を飛ばしており日本の上空を飛ぶことがあっても何の報道もしないのに、一瞬北朝鮮が日本の上空の延長上の宇宙をミサイルが飛ぶということで机の下にもぐりなさいなんて言うのは、B29が来たら竹やりで撃ち落とせと同じような笑止に堪えない話です。

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ドームの周辺には各国語で書かれた原爆の話のスクラップが置かれています。そして多くの方が座ってじっくりと読んでいます。
連れ合いが言います。外国の人は時間を気にせずじっくりと読んでいるね、と。
確かに休暇の取り方が違うのかもしれませんが、僕らはわずか1時間の趣旨に賛同するデモに参加することなく自分の行程を優先している…その姿はもしかしたら昭和の時代に揶揄されたエコノミックアニマルのDNAから脱却できていないのかもしれません。

ぐるっと一周しおりづるタワーに向かいます。
1Fはお土産物屋、2-11Fはオフィース、12,13Fが平和観光の施設です。
僕らが立ち入れるのは12,13Fの2フロアー。料金は1700円。まず感じたのは、「た、高い」、ということ。
でもせっかくだから行ってみましょう。
12Fへはエレベーターで行く方法とビル東側に作られたなだらかなスロープ(下り用の滑り台付)を上がる方法の2つ。僕らは壁に描かれたイラストを見ながらスロープを歩いて上がります。

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思ったほど息も切れずに12Fに到着。客数に比べて従業員(アテンダント)の数が多いのか、12Fの室内入り口で僕らを待ち構えて声をかけてくれた。室内の説明と13Fの説明を一通りしてもらい僕らは室内に入ります。
大きなガラス張りで3方が見渡せ、旧球場、原爆ドーム、そして原爆投下地がそれぞれ見えます。

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原爆投下場所は特定できているようで、現在病院になっている建物の上との説明がありました。原爆ドームから100mほど東のあたりです。すべてが吹き飛ぶ爆風の中よくぞ耐え残ったものだと改めて感じます。

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室内には「つる」をモチーフとしたアトラクションがいくつかあります。帯に短し襷に長しな感は否めませんし、何故にディジタルのアトラクションが必要なのかいまいち分かりませんが、それでもほどほどに楽しめました。

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アバターは前に立った人と同じ格好に折り紙が移動するアトラクション。

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花火は、手前のボードの上に置いた色の花火が打ちあがるというもの。RFLのシンボルカラーの紫とがんでもいいじゃん♪のシンボルカラー黄色の花火を打ち上げらせました。

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トリックアートは平面の鶴を掌の上においているように見えるもの。
だからなぁに?コンセプトは? がいまいちよめませんでした。それでも子どもは喜べると思います。

13Fは屋外のレストルーム。ふんだんに気を使い緩やかなスロープで組み合わさっている気持のいい空間です。

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さて、最初の疑問に戻ります。1700円は高いか安いか? いくつかの考え方に出会います。費用対効果、自分の満足度から言えば高いです。費用対効果、平和都市広島の観光資源の一役とした場合どう考えるか? この施設の剰余金が平和を考えるために使われるのなら、この施設を作ろうとしたコンセプトに賛同しお支払いしたと踏めば決して高くはないです。しかし、1人1700円を支払うのをためらって入り口でUターンする観光客もいることを考えれば、コンセプトが生きない、そうだとしたら観光客にNo!と言わしめる施設は高いと考えなければいけないでしょう。
13Fの屋外レストスペース「ひろしまの丘」展望だけで1000円と言うチケットはどうかな?と思います。
それなら割高感はなく、13Fの喫茶での飲み物を買って空から原爆ドームを見下ろして平和を語り合うにはちょうどいいような気がしますが、いかがでしょう?
逆にアトラクションにおりづるが使われていることから繰り返して遊んでいる間に何で鶴なの?と言う子どもの疑問を呼び起こすためには気軽に行ける料金が必要でしょう。12Fのみは500円ではいかがでしょう?

連れは滑り台で12階から降りるといいます。僕はエレベーターで、と別れ入り口で待ち合わせ(笑)

平和公園に向かいましょう。

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広島平和記念資料館は愕然とするほど人の痛みがなくなった資料館になっていました。ただただ原爆は大きな被害を引き起こす道具です、だけが描かれ、悲惨さや怖さ、悲しさがありませんでした。
残念ながら僕にはここから痛みを想像することは難しかったです。

はだしのゲンがTVで上映されなくなっていく年月。重たくって一度見ればいいや、と言う意見に押されているからだそうです。
そうした中、沖縄ではガマで肝試しをしてガマ内を荒らして子どもが逮捕されました。
国民の声に耳を貸すことも大事ですが、何があったのか、それはどんな悲惨なことだったのかは、たとえ嫌がられても教え続ける義務が大人にはあると思います。

さてと旅の終わりが近づきました。夕食を食べ預けた荷物のパッキングをし直しお土産買って帰りのバスの発着所に行きましょう。

広島の旅(6)

物事をポテンシャル(ベクトル)に統一するとわかりやすい場合が多いです。たとえばA地点⇒B地点に行く場合、時間×値段=一定という反比例式になりやすいものです。
広島から宮島口までJRなら30分で410円、広電なら70分で280円。急ぐ旅でもないから(目的のうえのは10時にならないと開かない)から広電の乗り場へ。午後の行程も考えて、(宮島口まで)1日乗車券+100円で行けるのか?と確認すると宮島口までは1日乗車券の範疇とのこと。
だって280円×2(往復)=560円でっせ・・・600円の1日乗車券で行っちゃっていいの? ラッキー\(^o^)/
喜んで買っちゃったのですが、実は1日乗車船券840円(松大フェリー180×2(往復)=360円付)・・・つまり1日乗車券が480円で買えるチケットもあったのだとか…。残念(>_<)

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市電でトコトコ行く観光客はとても多く座席に座っている人のほとんどは終点まで座っていました。広電の座席はさまざまなバリエーションが1両の中にもあり、連結そばの部分は進行方向を向いた1人掛けの席。この席は席の下に機械が入っているのか、席より広く(1.5倍)盛り上がっているのです。その席に通路を挟んで外国人の若いカップルが座って通路を挟んでおしゃべりを楽しんでいました。車両は120~130%(つまり座席に座れない人が2,3割)の混雑。そこに1人の初老の方が乗車。するとカップルの男性の方がパッと立ち上がり席を譲り、彼女の座席の空いている鉄板の上に彼女の腰を抱いてピタッとくっついて座りました。かっこいいなぁ、譲り方も、彼女との触れ合い方も・・・。
ほほえましい風景を見ながら町中を過ぎ、西広島からは郊外路線を飛ばし、宮島口へ。
目指すうえのは港とは反対、JR乗り場に1分ほど戻ったあたり。すでに外には予約表に名前を書く人の列。

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慌てて僕らも並びます。
テイクアウトのお弁当もイートインの食事も一律この予約表での受付。ただし、座席が空かなくても渡せるのでお弁当は2,30分待ちだけれど食堂利用は1時間待ち。
食堂は相席です。呼ばれるまで近くで待っていてください、とのこと。

お弁当を買って宮島の海岸のベンチで食べることも考えましたが、ごみの処理を考えるとここは待ってでも食堂で食べたほうが無難、と1時間。
やっと呼ばれた\(^o^)/

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黄枯ら茶飯(だし醤油で炊いたご飯)の上にカットしたかば焼きのあなごを乗せ甘酢生姜がトッピングされています。
ウナギほど脂がのっていないのであっさりとしています。
料金は2000円。

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お店の広告には、まず白焼きを2人で半分こし(その際は辛口の日本酒を猪口1杯100円でお飲みいただけます、とのこと)、その後このあなご飯(どんぶりごはん)で締めるのがよいとのことですが、昼飯に3000円オーヴァーは庶民にはきつい金額です(笑)

名物を食べて満足した僕らは宮島を目指します。宮島観光は、JRと広電グループがライバル。当初に書いた宮島口までのアクセスもJRと広電が並行して走っているし、このフェリー乗り場も隣り合ってあります。こちらはどちらも10分で180円。
なんとなく広電グループの松大汽船に乗りました。
連れとの乗船中の疑問(会話)は松大とは何か? です。松島ならわかるがここは宮島。日本三景でもチト違うし…。
で家に帰ってくぐれば、1957年松本大次郎氏が創業したとのこと。名前から来ていたんですね(^^♪

昔、理科の教職課程を取ったとき月齢と潮の満ち引きについても学んだものの、そして昨日のニュースで午後8時に満潮だと知ったものの、この時間満潮ではないだろうけれどどういう状態なのか? いまいちわからずに到着。
連れは宮島に何度も来ていて記憶は干潮時だといいますが、僕は過去2回とも満潮時だったと思います。海に浮かぶ鳥居も美しいですが、今回は行けるものなら引いた海の上を歩いて鳥居まで行ってみたい。下船後鳥居が見えるところまではどうしても足が速くなります。
にこやかな客引きのおばちゃんたちも驚くような必死の形相で鳥居に向かう男一人(アホ(笑))

引いている・・・たしかに干潮に近い・・・でもひたひたと鳥居の下には海水が…。この状態は果たして満潮から干潮に向かうのか?干潮から満潮に向かっているのか?
わからないが今が今回の旅の中でベストタイミングなのかもしれないです。今撮らないでどうすると、砂浜に駆け下ります。

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干潮に喜び興奮冷めやらぬ旦那と見慣れた干潮に関心なく残されたカニを見つけたりしている連れ。その心の余裕の差が次の言葉を呼び起こします。「ねぇ、あそこに次の干潮は午後2時って書いてあるよ」
をぉ、でかした!! と言ってもまだ12時を回ったあたり。あと2時間か…。

少しだけ待っていい?と聞けば今日はノープランだからいいよとの回答。
島をぶらぶらしたり、日陰に腰掛け子どもたちが鹿と戯れているのを見たりしながら時間をつぶしますが、僕の方が焦れてきます(笑)

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13時15分。もう待てない、海水は残っているけれど裸足になればいいだけのこと。連れに下足番を頼み、海中へ。
台風一過で夏が戻った陽気の海は生ぬるく心地いいです。波に足を揺らしながら鳥居と厳島神社が見えるところまで移動。
干潮のみ撮影できるスポットです。

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これが見れただけでも宮島に来れてよかった(笑)

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さぁ、市内に戻りましょう。後藤牧師が市内の観光スポットとしておりづる会館を上げましたので原爆ドームを目指します。 

広島の旅(5)

礼拝が終わるころには雨脚が強まってまいりました。お暇のご挨拶をして市電の駅に戻ります。
市内を網羅している市電。5番に乗って来たので5番で帰るのが筋ですが、屋根が小さいので早めに電車に乗って車窓から市内見物と行きましょう、と来た1番に乗っちゃいます。

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宇品二丁目から的場町に行くには緑の路線なら10停留所程度。それをオレンジの路線で倍以上かけて帰るのですから酔興ものです。

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ホテルそばのCVSで今日の昼と夕食や夜のおやつを買い込み、このあとはホテルに閉じこもります。

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確かにザーザーという雨、そして木々を揺らす風はザワザワ、です。でも思った以上の事態ではなさそうですし、ニュースを見ても今がピークとのことで広島は被害がないまま済みそうです。
こうなるとRFLは本当に出来なかったか?と言う疑問。
出発直前のBlogにも書きましたが、過去のRFLでは果敢に雨天の中実施した大会もいくつもありました。もちろんがんサバイバーの方が多く参加しているイヴェントですから果敢こそ勇敢ではありませんが、天気予報の先を読めば、17日は中止しても18日には実施と言う選択肢もあるよ、と、もしこの中止が実行委員会の意見での中止なら意見したかもしれません。
でも、実行委員会も開催を熱望しながらの苦渋の選択。行政の中止要請と戦った結果の決定ですから致し方ありません。

傘が変形するような風になりました。諦めて濡れながら道行く人の姿も見られます。
そしてニュースは、満潮時の高潮への注意喚起と北口(?)の冠水の様子を報じています。

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そんな雨風も20時を廻れば止みホテルのガラスの水滴もとれました。明日はきっと晴れるでしょう。
最後の一日楽しみたいと思います。

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広島の旅(4)

この春より広島南部教会に小田原教会を母教会(洗礼を受けた教会)とした後藤慧師が着任したとFBで聞いており、何かのチャンスに伺いたいと思っておりました。その教会のある宇品二丁目は、広島駅とRFLの会場のちょうど中間地点、願ってもないチャンスでしたが、RFLが始まる12時まで礼拝であるので、アクセスを考えると礼拝に集うことは時間的に厳しいと断念しておりました。
しかし、RFL広島が台風18号の影響で中止になり、まさに礼拝への導きがあったかの如くですので、17日は広島南部教会で礼拝を守ることにいたしました。

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広島市電はノーステップで乗りやすい車両が多いです。

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2017年9月17日、広島南部教会に与えられたみ言葉は、旧約聖書・詩編 92編2-16節。『老いを祝う 老いに生きると題した説教を後藤慧牧師より受けました。今回も礼拝で説教を聞いた内容を一信徒が思ったことを含めて綴ってみます。(説教の要約ではありません)
広島南部教会では敬老の日の最寄りの主の日は教会の高齢者、特に78歳以上の方を対象に覚えての礼拝をするそうです。

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いかに楽しいことでしょう 主に感謝をささげることは いと高き神よ、御名をほめ歌い 朝ごとに、あなたの慈しみを 夜ごとに、あなたのまことを述べ伝えることは 十弦の琴に合わせ、竪琴に合わせ 琴の調べに合わせて。
主よ、あなたは 御業を喜び祝わせてくださいます。わたしは御手の業を喜び歌います。
主よ、御業はいかに大きく 御計らいはいかに深いことでしょう。愚かな者はそれを知ることなく 無知な者はそれを悟ろうとしません。神に逆らう者が野の草のように茂り 悪を行う者が皆、花を咲かせるように見えても 永遠に滅ぼされてしまいます。
主よ、あなたこそ、永遠に高くいます方。主よ、あなたに敵対する者は、必ず あなたに敵対する者は、必ず滅び 悪を行う者は皆、散らされて行きます。あなたはわたしの角を野牛のように上げさせ 豊かな油を注ぎかけてくださることでしょう わたしを陥れようとする者をこの目で見 悪人がわたしに逆らって立つのを この耳で聞いているときにも。 神に従う人はなつめやしのように茂り レバノンの杉のようにそびえます。 主の家に植えられ わたしたちの神の庭に茂ります。 白髪になってもなお実を結び 命に溢れ、いきいきとし 述べ伝えるでしょう わたしの岩と頼む主は正しい方 御もとには不正がない、と。


20170917-04


後藤牧師は、現在の高齢の方々は大変な艱難な時代を乗り越えられてきたと語りはじめられました。一つは誰もが想像される大きな戦争による食料と希望の不足の時代。そしてもう一つは高度成長の働きすぎや様々な公害問題などによる環境悪化の中の生活。自分のためにではなく、社会の向上のためにが前につき、自分よりもその成果のために生きてきた人生。それによりリタイアして生涯学習で学ぶ楽しさや知識を得る喜びを感じている人も多いのかもしれません。

しかし同時に若い時ほど知識の吸収力が無くなった、と嘆かれるかもしれないし、体力が落ちていきたいけれどあきらめたというご高齢の方も少なくないでしょう。
断舎利がブームになりましたが、どうしても捨てなければいけないものはあきらめなければいけません。
生活学や心理学の中で、10枚のカードを渡し大事なものを書いてくれと書かせ、そのカードの中から2枚捨てなさい、4枚捨てなさい、と削っていくシュミレーションゲームがあると言います。
確かに僕らの人生の中で、「家族」とか「お金」とか「健康」とか「(物質的だけれど)本」とか「(飼っている)犬」とか「(趣味の)カメラ」とか、今では「スマホ」なんかもそうでしょう、大切なものはあっという間に10くらいになります。その中から削って生き残ったものは何になるか? こそが人生の柱になるものではないでしょうか?

仏教の四苦八苦の四苦は、4つの苦しみではなく4つの人智ではどうにもできないことと言う意味で、生、病、老、死です。生と死以外の2つ、病気になった方、年を重ねた方はその止むを得ない出来事にぶつかり人生を悩み、そして『死にたい』と言うところまでたどり着いたりします。しかし、聖書の神はそんな苦しみや悲しみをも知ってそばに寄り添ってくれる訳です。インマヌエル=神と共にいます、僕らはそこに希望をもって生きています。

しかしそれどころか今日の聖書の御言葉は、『白髪になってもなお実を結び 命に溢れ、いきいきとし 述べ伝えるでしょう』と語られています。あなたはあなたのままでいい、と言う最低ラインの合格ではなく、病や老の中で喜々と生きることを薦めています。
後藤師は、銀には光り輝く銀もあるがいぶし銀と言う輝き方もあると言われます。
詩編の吟遊詩人はきっと一度は老の中絶望をしたのでしょう。自分は何もできない、と捨ててしまったカードだけを見つめため息をついたのではないでしょうか?
しかしある何かのきっかけで残ったカードで勝負をし見事勝利を得たのです。
歩けない人が知恵を語ることで先方から訪ねてくるようになった。
耳が聞こえなくなってきた人の周りに昔話を聞きに子どもたちが集まって真剣な顔で聞き入る。
「悪いねぇ、ありがとうありがとう」そういう寝たきりの患者さんに看護師や介護士は癒され働く意欲を得る。
それこそいぶし銀の喜びでしょう。

礼拝後には、この教会のご高齢の方から一言ずつ挨拶がありました。いろいろな生き方の過去と、そして未来を喜びながら語る言葉がこの詩編の読み手の言葉にオーバーラップいたしました。
そしてその中のお一人はご子息が小田原にお住まいだとか・・・。嬉しい接点がありました。
残念なのは昔小田原にお住まいだったことのあるNさんがここのオルガにストなのですが、この週はお休みだったこと。
礼拝を共にしてくださった皆様、広島の皆様、そして世界中の皆様の上に主の豊かなお恵みがありますように。

広島の旅(3)

福山からいくつかの中核都市を越え広島駅につきました。
途中のマツダスタジアムの横を通過した時は、C4-2Yだったのが、ホテルでTVを見ている中でC4-5Yと逆転されてしまいました。さて、市内の居酒屋が残念会の会場になる前に出かけようと町に繰り出し、お好み焼き屋さんを探している合間に真っ赤な軍団に囲まれちゃいました。雨の心配もあり宿の近くの 徳ちゃん 猿猴橋店 を覗けば「カウンターに2名様なら大丈夫です」とのこと。赤い中を歩き、空いた席に座らせてもらいます。

20170916-20

アルミのビア樽の上に座布団といったカジュアルなお店。豊富なメニューから居酒屋定番の焼き鳥と刺身(ともに盛り合わせ)をチョイス。そしてお店おすすめの「雨後の月」を選びます。

20170916-21

左隣は呉から優勝の瞬間を祝おうと来られた会社の同僚さん。しきりに地元優勝を見られずに「へこむわぁ~」を連発。お互い一頻(ひとしき)り腹と喉が潤ったあたりで話しかけると、去年もCS(クライマックスシリーズ)でベイファンの方と飲んだのだと語られ、そこから野球談議。外木場・安仁屋両投手の話、ホプキンス選手は医者でありながら体が動く間は好きな野球の道に進んだ話、僕がベイ選手時代の石井琢朗選手のファンであることをカミングアウトすれば、そこからは10年来の友のように話ははずみ、CSにはベイより読売が組み易いがCSで戦えるようにベイも応援しています、とエールを頂きました\(^o^)/

予定したイヴェントが台風で中止になったといえば、「明日明後日は何をするの?」と。
明日は予定を組んだがあさってはノープランと言えば、宮島口にうえのと言うあなご飯のお店がある、あそこはお勧め、と。自分たちもたまに食べたくなり、呉から車を飛ばして食べに行くのだと。ただし人気店なので10時のオープンから並ばないと大変だよ、とも。
ありがたい情報をもらって先にお暇させてもらいました。18日は四半世紀ぶりに宮島に行くことにしましょう。

一期一会、今後球場であっても偶然お会いする機会は万に一つもないかもしれませんが、楽しい夜を過ごさせていただきありがとうございました。
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