平和の神が共に

2017年8月6日、平和聖日の今日 小田原教会に与えられたみ言葉は、フィリピの信徒への手紙 4章2-9節。表記のタイトルの説教を中田正道牧師より受けました。今回も礼拝で説教を聞いた内容を一信徒が思ったことを含めて綴ってみます。(説教の要約ではありません)

わたしはエボディアに勧め、またシンティケに勧めます。主において同じ思いを抱きなさい。
なお、真実の協力者よ、あなたにもお願いします。この二人の婦人を支えてあげてください。二人は、命の書に名を記されているクレメンスや他の協力者たちと力を合わせて、福音のためにわたしと共に戦ってくれたのです。主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。あなたがたの広い心がすべての人に知られるようになさい。主はすぐ近くにおられます。どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。終わりに、兄弟たち、すべて真実なこと、すべて気高いこと、すべて正しいこと、すべて清いこと、すべて愛すべきこと、すべて名誉なことを、また、徳や称賛に値することがあれば、それを心に留めなさい。わたしから学んだこと、受けたこと、わたしについて聞いたこと、見たことを実行しなさい。そうすれば、平和の神はあなたがたと共におられます。



平和と言う言葉の意味を問うと、たぶん多くの方が、戦争ではない状態のように、平和自身ではなく「平和でない事態でない」と言う二重否定で回答されるかと思います。
平和と言う大切な言葉(状態)でありながら、明確に平和を表現できない、言葉に出来ないところに難しさがあるのかもしれません。
平和とは何か? 平和を作り出すとは何か? 今日の大きなポイントです。
中田牧師は、昨日衣笠病院の70周年記念行事に参加なされたと語りはじめました。70年前、戦後の混乱の中、五体満足でも生きるのがしんどい中、病の方や怪我等で体を動かすのがしんどい人はもっとしんどいです。そうした方々の事を覚え病院の建設を計画しますが、予算も何もない中、誰もが無謀と言われたそうです。
あるのはマンパワー関わった人の熱意のみ。
困窮時で絶望に近い中、そして熱意だけはとてもある、そうした条件の重なりが衣笠病院の設立だったのでしょう。

フィリピの信徒への手紙。これは別名「愛と喜びの手紙」と呼ばれています。そんな手紙を書いたのは使徒パウロ。でも書いた場所は牢獄の中、ローマに送られ死刑の日を待つ間の手紙です。
生を絶対良しとするのなら、死刑宣告の時はまさに絶望の毎日。そんな中「喜び」でいられたパウロはどこからその気持ちが湧き上がってきたのでしょうか?

例えばグノーシス主義が入ってきたと聞けば、傲慢な考えと否定しキリストのみを信じ、他の言葉に右往左往しないように諌めます。主によって立てと厳しく注意します。
本当の喜びはキリストによって与えられると言い、どんなことでも思い煩うのはやめなさい、と言うのです。
そして、わたしから学んだこと、受けたこと、わたしについて聞いたこと、見たことを実行しなさい。そうすれば、平和の神はあなたがたと共におられます。と締めています。

戦争でない状態が平和だと多くの方は語るかもしれません。でも僕らクリスチャンは、神に従い愛されている喜びを感じ、そして何事も思い煩わない、そんな豊かな時間を平和と呼びましょう。それをすることが戦争でない状態に代表される状態を作り上げます。
きっと70年前衣笠病院を計画したお一人お一人はそうした気持ちを熱い思いに変えて建設運営にあたったのでしょう。
70年経った今もこの世は辛く苦しい事や偏見蔑視に苛まされることがたくさんあります。でも、神に従い愛されている喜びを感じ、そして何事も思い煩わない気持ちでぶつかっていきたいと思います。それが平和を作り上げる力なのでしょう。

このBlogにも何度も出てくるRFL(リレーフォーライフ)の仲間。そんなお一人のMOMOちゃんの言葉を最後に書いておきます。
あまりに申し訳ない結果なのですが、本日主治医と話し合いした結果、近日中にブログの更新は出来なくなるものと思われます。それに…あまり皆さんに期待を持たせる結果にはならないようで…(^^;)
このままブログの更新をしていたら、同病の方に絶望感を与えてしまうのでは?とか、余計に心配や迷惑をかけてしまいそうで…(滝汗)
この辺でキリもいいし、思いきってブログの更新を辞める事にいたしました。

本当のブログの最後の挨拶は、今後落ち着きましたら、相方から葬儀が終わった時点でお知らせして頂く事にしました。
「相方ぁ~頼んだぜっ!」(^^)v

今日は病院で主治医と話し合いをしまして相方は、今も病室に一緒に居てくれています(^^)v
それと…もう胸水が溜まりすぎて話す事さえもう大変で(汗)お見舞いにさえ来て頂けない状態だという事をどうかご理解下さいますよう、お願いいたします。
その他借り物等がある方は相方に返す方法を相談して貰えるように、お願いしておりますので、相方が落ち着いた時点で連絡がくると思います。

私MOMOから最後に挨拶があるとすれば…皆さんに私よりう~んと永く生きて幸福になって頂きたい!前にもここで書きましたが、ここのブログは(最近更新してなかったけど…(笑))私の生きる源でしたし、このブログで知り合った私の大切な人生の宝は皆さんと知り合った事だと心から言えます。
そしてこんな落ち着いた気持ちで最期のブログを更新できてるのは沢山の仲間、友人、相方と逢えなくなるのは寂しいのですが、なんだかあまり恐くないんです。きっと…またいつか?会えると信じているからなぁ?
今本当に幸福で…なんと言っていいか?わからないのですが、こんな気持ちで最期が迎えられて良かったと思っています。皆さん本当にありがとう!そしてできるなら皆さんの不安な気持ちや嫌な事、病気を私が持っていけたらなぁ~?と思っています。このブログ読んだら心で私に念じてみて下さいねっ(^_-)
私は悲しいのも寂しいのも泣くのも好きではないので、笑ってさよならさせて下さいねっ!
今までありがとう~☆


彼女はクリスチャンではないですが、愛の中生き、死に対しても思い煩うことが無かったのでしょう。そうした晴れやかな最期の時の素直な言葉に僕らは勇気づけられます。
平和とは万人の平安の日々の集合体なのでしょう。個人の平和が他人の平和を作り出すのでしょう。彼女を慕いまた同志としてリスペクトした仲間は10余年経った今もがん仲間へ平和を伝える働きをしています。

第三のレス

30日の会が神奈川新聞の紙面に載りました。取材ありがとうございます。
それを実行委員仲間の友人がフェイスブックで教えてくれました。ありがとうございます。
そうした2つがあってこのトピックスをあげることができました。

20170806-01

houseless(物質の家というものが無いハウスレス)とhomeless(帰る場所・家族などの精神的なつながりが無いホームレス)は以前から多くの方の指摘がありましたが、今回北村氏はinformationless(と言う言葉は使わなかったけれど情報不足)も一つの貧困になると言われました。

なかなか理解できずにおりましたが、学校でラインの仲間外れなどといういじめが多発していることなどは、お金があり、家には心配をする家族がいても、長時間ともに過ごす学校の仲間がいなくなると途端に人生が謳歌できなくなることなのだと、後々実感がわいて…。

いまや情報と言うのは一つの大切な道具であり、それ故多くの人が、ラインやフェイスブックなどでほかの人とつながりを求め、そこからの情報で安心感を得ている時代です。
それを良し悪しと言う分析をしたところで、残念ながらそういう事実はありますし、このBlog自身だって、一番最初に書いたように、新聞記者と僕にその情報をフェイスブックで教えてくれた友がいなければ成り立たず、その嬉しい情報をほかの仲間とも共有したいという意思によって成り立ちます。
スマホと言う物質を持っていながらも、まさに「情報ホームレス」の問題は新しい貧困(心の痛手)を生み出す問題なのかもしれません。

それに第三次産業は情報で利益を生み出している産業帯です。インサイダー取引なんて言葉があるように、その情報を不正に取得するのは法で罰せられています。それだけ情報は貨幣価値を持っている事でもあります。
パソコンの使い方がわからない人が不平等に、不利益をこうむらないように、少なくとも人と人との交流の中では考慮しなければならないのでしょうね。

原爆投下の日

アメリカの核の傘に守ってもらっている日本。ゆえに核兵器廃絶条約の国連会議に参加しなかった。
世界中に多くの衝撃を与えた、直後のヒロシマ原爆投下の日。
核の傘と言うのは何か?アメリカが核をもっていて何か有事の時は核兵器を使うぞ、だから戦争を仕掛けるな、と言う意味なのだろう。
憲法9条1項:.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
ここに書かれているのは「威嚇すらしてはいけない」という理論の最高の思想をもちながら堕落していく姿を見ていくのが忍びない。
子どもの喧嘩だってそうだ。兄貴や親の姿をちらつかせるのは卑怯者だ、と言うのは僕ら子どもの頃の常識だった。かっこ悪い事だった。
そういう時代を過ごした僕は、日本国がそんなかっこ悪い事をしているのが残念でしょうがない。

素晴らしい花火 よりも思い出す 友の笑顔

2005年にスペインに戻った友が数年日度来日し、そのたび思い出してくれて小田原に遊びに来てくれる。
今回も3年ぶりにきてくれた。
小田原での日々をコーディネートしてくれるTさんがチョイスしたのは酒匂川の花火大会。
昨年までの5000発が今年は1万発に増えたとの言葉通り、のっけから乱打乱打乱打・・・。
音楽に合わせ、素敵なショーを堪能できました。花火ショーも昔と違う(^_^)/

20170805-01

20170805-02

20170805-03

20170805-04

20170805-05

堪能した後は話足りずに居酒屋で夕食。
花火は本当にきれいだった。目をつぶれば余韻が甦る。
でも何カ月、1年経ったら思い出すのは友の笑顔なんだろうね。
ほら前回日本に来たとき花火がきれいだったじゃない。きっと言葉はそうなる。1位順位は友があり、その時に美しい花火になるだろう。去年の花火は誰と言ったのだっけ?にはならないだろう。
あんなに美しい花火以上の存在、花火を堪能してそれを再実感した。友に感謝。
プロフィール

take1960

Author:take1960
FC2ブログへようこそ!

カテゴリ
リンク
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
検索フォーム
最新コメント
最新トラックバック
FC2カウンター