釜訪問あらため大阪訪問記(4)

16日はまずふるさとの家に伺いカトリックの礼拝にお邪魔しました。
実は前夜深夜の街中を見てみたいと思っていたのですが、夜行バスに揺られ、暑い中早朝から歩き続けたので夜回りが終わって宿についたらシャワーだけ浴びてバタンキューと熟睡してしまい叶いませんでして、逆にそんなこともあり6時には目が覚めてしまいました。7時過ぎにはチェックアウトして朝食を食べ終わっても8時。どうしようかと思いましたが、昨日Mさんに街の中を案内してもらっている最中自転車に乗られた本田神父と出会い、Mさんから紹介をしてもらいご挨拶したので早めだけれどふるさとの家に行ってみようと出向いたわけです。
1時間前なのに既に門は開いていて中の通路横にはベンチが並びその一番奥で本田神父は座っておられ、僕を見つけられると挨拶をしてくださいました。そのまま神父のお隣に座ラさせてもらいおしゃべり。
いつもこの時間から皆さん来られているのですか?と問えば、7時に門を開けると来られ1週間の出来事や悩みや様々なことをここで神父に伝えてから皆さん中に入られるとのこと。

多くの教会は、礼拝前は心静かに落ちつけて、と言います。
でも生き死にの狭間と言う言葉が大げさでない毎日を過ごしている人にとっては、礼拝前に神父に一週間を話すことが心を落ち着けられるルーチンなのかもしれません。

20170716-01

その日、イエスは家を出て、湖のほとりに座っておられた。すると、大勢の群衆がそばに集まって来たので、イエスは舟に乗って腰を下ろされた。群衆は皆岸辺に立っていた。イエスはたとえを用いて彼らに多くのことを語られた。「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。
蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。 しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。 ほかの種は茨の間に落ち、茨が伸びてそれをふさいでしまった。 ところが、ほかの種は、良い土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。耳のある者は聞きなさい。」

弟子たちはイエスに近寄って、「なぜ、あの人たちにはたとえを用いてお話しになるのですか」と言った。 イエスはお答えになった。「あなたがたには天の国の秘密を悟ることが許されているが、あの人たちには許されていないからである。持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。だから、彼らにはたとえを用いて話すのだ。見ても見ず、聞いても聞かず、理解できないからである。
イザヤの預言は、彼らによって実現した。『あなたたちは聞くには聞くが、決して理解せず、 見るには見るが、決して認めない。この民の心は鈍り、 耳は遠くなり、 目は閉じてしまった。こうして、彼らは目で見ることなく、 耳で聞くことなく、 心で理解せず、悔い改めない。わたしは彼らをいやさない。』
しかし、あなたがたの目は見ているから幸いだ。あなたがたの耳は聞いているから幸いだ。はっきり言っておく。多くの預言者や正しい人たちは、あなたがたが見ているものを見たかったが、見ることができず、あなたがたが聞いているものを聞きたかったが、聞けなかったのである。」

「だから、種を蒔く人のたとえを聞きなさい。 だれでも御国の言葉を聞いて悟らなければ、悪い者が来て、心の中に蒔かれたものを奪い取る。道端に蒔かれたものとは、こういう人である。石だらけの所に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて、すぐ喜んで受け入れるが、 自分には根がないので、しばらくは続いても、御言葉のために艱難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまう人である。
茨の中に蒔かれたものとは、御言葉を聞くが、世の思い煩いや富の誘惑が御言葉を覆いふさいで、実らない人である。良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて悟る人であり、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結ぶのである。」


本田神父はどんなところにも既に「神の種」はまかれているのだと語られます。しかし、世の多くのクリスチャンは宣教こそが種まきだとすでに神の種が撒かれた後の今も種まきに勤しみます。
第二バチカン公会議で「神の種は教会の外にも撒かれている」と語られたと話され、ではなぜこの御言葉が聖書に載っているかに追究されます。目的はなんなのでしょう?
それは種まきではなく刈り入れのための準備だ、と説かれます。

撒かれた神の種とは何でしょう? それは愛です。互いに愛しなさい、という事でしょう。
でもたとえば恋愛対象者に向けて誰彼かまわず「愛しています」などと言う人はいないように、愛と言う言葉ほど重たくない関係の人の方が圧倒的に多いものです。愛ほど重たくない言葉の好き、であっても好きになれない人はいます。
そんな人間関係で、撒かれた神の種の刈り入れをするという事はどういうことか? それは好きにならなくてもいいから相手を大切にしなさい、という事なのだろう、と語られます。

初めて出席したカトリックの礼拝。僕ら小田原教会と大きく違うのは、本田神父の説教以外はすべて式文に乗っ取った交読の祈りであること。
そしてこれはこのふるさとの家のみの主の祈り。
天におられる私たちの父よ
空のかなたではなく
万物を支える見えない世界「天」において
人の世の低みから働かれる
私たちの父である神様。
み名が聖とされますように
世の小さくされているものとはたらくあなたを
みんなが聖なる方と認めますように。
御国が来ますように
御国とは、「解放と平和と喜び」の世界です。
私たちが、不足を分かち合うだけではなく
抑圧された仲間の解放を目指して助け合い、
神と人を大切にする社会を作っていけますように。
以降不明のため省略

お題目のように唱える主の祈りではなく具体的に何をどう求めるのか鮮明に書かれ、祈りを自分自身も納得し隣人と分かち合ってそしてアーメン(そのとおり)と声をあわせられるものでした。

そして聖体拝領。多くのプロテスタント教会はオープン聖餐(洗礼を受けた人は教派を問わず聖餐に与れる)というスタンスが多いですが、カトリックはクローズ(カトリックの信者のみ)が多いという話を聞いたことがあります。
しかしふるさとの家はフリー聖餐(誰でも聖餐を与かることができる)ものでした。日本キリスト教団はこのフリー聖餐の牧師をターゲットにして排他的攻撃を仕掛けていますが、今日のみ言葉と合わせて撒かれた神の種としての僕らに神様の恵みが等しくあることに心から感謝をしてうけることができました。

20170716-02

この日の礼拝には釜ヶ崎以外から、3組の出席者があり促され一言挨拶をさせて頂きました。
次の予定があったのでゆっくりご挨拶する機会がありませんでしたが、昨晩の夜回りから上智福岡の学生さんと時を過ごせました。感謝の出会いです。

16日はM蓮さんが寿地区センターに来られたことでスケジュールがたちました。10時30分からはM蓮さんに釜ヶ崎伝道所に連れて行ってもらいます。
米加田牧師の教会です。
聖書は旧約の歴代誌下14:1-6、新約は使徒言行録19:28-40でした。説教のあとは御言葉のわかちあいがあり、礼拝のあとは軽食のわかちあいもありました。なか伝道所の礼拝に似ているかな?
この教会は礼拝時以外はいこいの家と呼ばれています。そう「さとにきたらええやん」のパンフレットの中で赤井 英和さんが、子どもの時 時を過ごしたというのはこの施設だと思われます。教会が空き時間有効に活用される、頭が下がると同時に、そうでありたいと思うものでもあります。

1日2回の礼拝、そしてそれぞれの教会でのお交わりに感謝の一週間の始まりです。

釜訪問あらため大阪訪問記(3)

一番の不幸は謂れもない偏見蔑視を受けること。たぶん釜の子どもはそうしたことは何度か経験しているかもしれない。
行く前に読んだBlog手記の一つ、オコジョさんの「大阪府西成区で過ごした28年」は何度かご紹介した。
子どものときはわからない偏見蔑視を思春期や大人になって感じてしまう。それはコリアンタウンでも聞いたことのある話だし、釜や寿だけの話じゃない。
でも自分の故郷のことをせせら笑うかのように『ああ、あそこね』と言われた悲しみは言い難いものがあるだろう。
それを払しょくさせるものは何か?それは周囲の大人たちの愛情でしょう。

20170715-21

今回の目的は何度も書いています通り、『さとにきたらええやん』の自主上映会がきっかけでした。釜ヶ崎と言う特定のエリアで、なぜに子どもたちなのか? 他エリアではなくなぜに釜なのか? という疑問は正直払拭はし切れずに実行委員になりました。Bestな選択ではない、でもBestな選択のみがスポットの当たる必然性もなく、Bestじゃないことにスポットが当たることでまた違う視線での考えが生じることもあります。
そして齢60近くの僕らにとって「こどものさと」の風景は実は何も珍しくない風景なのです。兄弟の上は下の子の面倒を見なければ親に叱られるのは当然でしたし、下の子はおにーちゃんおねーちゃんの理不尽な事にも我慢しなければならなかったものです。
いいものはいつもおにーちゃんおねーちゃんのもので自分はお下がり。遊びに行く時は体力のあるおにーちゃんおねーちゃんが仲間と走っていくのを泣きながら追いかけていくのに自分の遊びに夢中でかまってくれなかった。
そんな子どもながらの熱い戦いに似た一生懸命のコミニュケーションがこの狭い空間にびっしり詰まっていました。この日僕のほかに神戸親和女子大の方がフィールドワークで訪れていて一緒に施設を案内してくれるというので、子どもたちは公園に遊びに行くことになりました。
『(今まで)自分が遊んだもの片づけて』『片づけられない子は連れて行かないよ』中高の子がリーダーシップを発揮します。
「こら、○○、片づけてへんやろ』「エー自分が遊んだものは片づけたもん」『嘘や、**がまだ出しぱなしやん』「あれはおれのあと誰かが遊んだ」
いわゆる「いいこ」じゃない、なんとかずるしようとする戦い。昔思い出すなぁ~。生き馬の目を抜くことこそ生き延びるコツだというのは、児童数の多かった僕らの時代では何の不思議もない子どもならではの戦い。
児童少子化やモンスターペアレント、ゆとり教育…さまざまな世の中の変動と教育論で子どもを取り囲む環境も変わり、内申書を気にして『いい子』にならなければいけなくされた今。
さとの施設中の熱気はそうした昔を髣髴させる熱き楽しき戦いの場でもあったように思いました。

20170715-22

さとの運営組織は
大阪市留守家庭対策事業(学童保育)
大阪市地域子育て支援拠点事業(つどいのひろば)
小規模住宅型児童養育事業)(ファミリーホーム)
児童自立生活援助事業(自立援助ホーム)
そして緊急一時保護・宿泊所やエンパワメント事業など自主事業 です。

そして、川崎の自主上映会の時にも、最初に質問が出されたのはその運営費。
それでも行政から約6割がねん出されているそうですが、軍事費はふやせども福祉に関する費用は減らせという多くの国会議員・地方議員の大合唱の元、今後はますます減額の可能性もあります。
そんな中で、この里の子どもたちは自分たちで1年間(もしかしたら数年間?)様々な学びをして、遠くはアウシュビッツや沖縄と言ったところにフィールドワークに行っています。意外でした、もっと汲々としているとおもったのに海外までのフィールドワークしているなんて・・・驚きでした。
こうしたお金は海外の企業や宗教団体から送られてくるもので、海外のお金の使い方が実際形として目に見えない『教育』につぎ込まれているという姿勢に感銘を受けました。そしてそうした資金を取り付ける弛まぬ努力をしている職員の皆さんにも頭が上がりません。
同時にそうした勉強をしてきていざ行こうとした時に無国籍の子どもがパスポートを取得できないと言った残念な事例もあるのだという話も聞きました。
この話は昨日中田牧師よりお借りした小柳牧師の「教育以前」につうじる話でした。
お役所の管理のために個が無視される。何か大切なものが認められずに残念な思いがしてなりません。

20170715-23

『自分は自分じゃないか』『ここにいる自分を証明して見せているのだから納得しろ』と自分が言っていても戸籍がある以上融通が利かない。誰のための戸籍なのか?何のための戸籍なのか?なんで戸籍で証明されなければならないのか?
星新一氏のショートショート『番号をどうぞ』
湖のボート遊びで湖に落ちてIDをなくした青年。何をするにも「ではIDの番号をどうぞ」と言われ、駅でも警察でもキャッシングディスペンサーでも何もしてもらえない。自分の友人に会ったものの、「いや確かに似ているが他人の空似かもしれないし、君に化けたスパイが俺に近づいて情報を盗もうとしているかもしれないので信用はできない。君だと信用できるのは君のIDだけだ」と証明してもらえなかった、と言う寓話。
まさに本人よりも戸籍が優先される社会、そして今後は戸籍だけではなくマイナンバーとして、自分以上に尊重されちゃうようになるのでしょう。
何かの都合でマイナンバーが取得できない子は生涯日本国内の様々な権利の恩恵が受けられなくなるかもしれません。

話は変わりますが、同じ戸籍の問題で蓮舫氏の行動が注視されています。彼女が公表すると当然悪しき前例となり、同じような無戸籍や他国籍の方も立証しなければいけないという羽目になる可能性もあります。責任ある党首と言う立場はそうしたことも熟考してほしいところです。
さてそんな話から友人が新美南吉氏の「手袋を買いに」を思い出した、と言うトピックスを書かれました。
素敵な話を思い出され、僕自身はほのぼのとしたのですが、あの話は単にほのぼのではなく、例えば洋品店店の店主はお金が本物かどうか確認するのです。その姿に憐れみではなく人の平等の大切さや不正を許さない新美南吉氏の決意も感じるのです。
冬の寒空だから憐れんでやるとか子ぎつねだから可哀想、ではなく、正規のお金を持ってきたからキツネにも手袋を売るという平等の正義。
もし日本人でなければ国会議員はおかしい、党首という責任ある地位につくのはどうか?と言う議論の前に、日本を愛することとは何か?大切な故郷であり続けるにはどうしたらいいか?が大事な話ではないかと思うのです。
そこに戸籍は存在しない論議する真摯な姿勢の有無の平等性、そして国を憂う体を装った自分の利益の追求者への鉄槌、そうしたものの大切さを感じてしまうのです。大切なのは無国籍になった子供への憐れみではなく、戸籍ではなく大切なものの有無を大事にする社会でしょう。
マイナンバーで管理する社会が素敵な日本の創造なのでしょうか?

釜訪問あらため大阪訪問記(2)

ここから先はノンフィクションですが、100人の人生を語れば100個の物語を書かなければいけません。
多数派の話と言う前提で、この話以外で野宿生活をしている人、困窮の人生にいる人もたくさんいることを前提にしていると言う事をまずお知らせします。

20170715-11

横浜寿町も寄場です。海外からのまた国内でも遠距離からの物流が船を使った時代からの港にはそこからトラック輸送する日通をはじめとする大手の配送業者の倉庫が立ち並んでおり、その風景はみなとの景色と相まってノスタルジックな気持ちとさせる観光地にもなっています。そこで船から荷物を運ぶ湾岸労働は、仕事がきついけれど給料もいいという情報が流れ、体力に自慢があり故郷を出ざるを得なかった人たちがこうした港町に集まります。しかし船は定期的に来るものではなく、特に時化(しけ)等で舟が来なければ日雇いの彼らは仕事にあぶれてしまいます。
そうすると、港湾労働以外の仕事の手がほしい人、例えば建設現場から人夫出しと呼ばれる手配師が仕事につけなかった人を探しに来ます。港湾仕事でもないけれど日雇い卯の仕事につける訳です。それでも仕事につけなかった人には「あぶれ手当」と呼ばれる一時金が職業安定所から出ます。
手配師は、元からの労働賃金を私的に一部ピンハネをするので違法行為で警察の取り締まりの対象となり、また建設現場も法規上さまざまな災害対策をしなければならないのでだいぶ減りました。今はどちらかと言えば、市町村が対策事業として清掃などの仕事を作り日雇いの方がそれに携わっています。
僕らが釜についた7時にはすでにその日の募集が終わっていたことは、前述のとおりです。
そうした人が多く寝る場所もなく路上で生活しているのが寿ですが、釜ヶ崎や山谷も港湾労働の一言を他の職種にするだけで、町の成り立ちはさほど違いはありません。
不安定な日雇いの仕事よりも、ダンボールを集めたり空き缶をリサイクルしたりすることに生業を求める人がいます。25gアルミ缶のリサイクル業者の引き取り価格は80円/㎏。40個集めて潰して80円、自転車の後ろに山になったアルミ缶を入れて運んでいる人がいますが、朝早いうちから一日集めて10kg程度でしょうか。800円とか1千円の世界です。

20170715-12

仕事につけた人でも1日1万数千円、あぶれれば手当がもらえても5千円程度。アルミ回収なら1千円。これで1日の生活をするわけですが、人間一番の苦痛は何もやることがなくボケッと時間をつぶすことです。
そうなると宿に泊まることよりも、時間をつぶすことに関心が行きます。
一日TVを見ず本も読まず、家の中にいることを考えればわかると思いますが、それが永遠に続く恐怖。それから逃れるためにはパチンコへの誘いがあるのかもしれません。
僕個人は大音量とたばこの煙、そして勝てなかった時の後悔を考えると、たまに儲かる喜びよりも大きく、パチンコ屋に足を運ぶことはありませんが、野宿生活を余儀なくしてやることがなく、時間がつぶせなくなったらどうなるかはわかりません。
そしてわずかのお金をすってしまった人は、酒の力を借りて路上で寝たりしています。

1994年12月寿に初めて行った時はヤンカラが炊かれその周りで多くの野宿者が暖を取っていました。
どのシーズンを問わず道路には寝ている人が居ました。
しばらく小田原交流パトの方が忙しく2014年久々に行った時には愕然としたのは路上で寝ている人が皆無だったこと。ダンボールハウスやブルーシートハウスがなかったこと。
野宿生活を余儀なくされた方も、良くも悪くも保護政策の元、ドヤや無低に住むようになり、TVとエアコンのある時間をつぶせる生活ができるようになり、わずかにでも余ったお金は余暇に使えるようになりました。
静かな町になりました。関わったものとしてはなんだか寂しい思いがあることも確かなことです。

20170715-13

釜にはそんな光景がまだありました。言い方があっているかどうかわかりませんが、活気がありました。
酔っぱらっている人、大声で言い争っている声、それと寿に比べても何倍もの自転車。カオスの感じがする東南アジアのそれに近い町。
あわせて(きちんと仕事もしているのでしょうけれど)目障りなほど多い警官。一転何だか監視社会のど真ん中に入れられた窮屈感。警察署はまるで要塞。人の力ではどうにもできない頑丈な高い門でぐるりと一周囲まれ、建物の4,5階?あたりから監視カメラで外部を監視しています。何も悪いことしていないのに、と言う悲しい気持ちは蔑視偏見への視線への抵抗。でも相手がその正当なレジスタンスに対して真摯に感じてくれなければ蔑視偏見はなくなりません。

20170715-14

20170715-15

人は山谷を 悪く言う
だけどおれ達 いなくなりゃ
ビルも ビルも 道路も出来ゃしねえ
誰も解っちゃ くれねえか
だけどおれ達ゃ 泣かないぜ
はたらくおれ達の 世の中が
きっと きっと 来るさそのうちに
その日にゃ泣こうぜ うれし泣き
(岡林信康氏 山谷ブルースより)

ここに住む人たちは一生懸命ビルを建て橋をかけ道路を整備した人です。ちょっと要領がよくないから、お金の使い方もうまくなかったり、難しい法律を僕よりも少し学ぶことが嫌いなだけです。
口がうまくないからすぐに怒鳴っちゃうし、人一倍のプライドや漢気が邪魔をするときもあるけれど、根はいい人ばかりです。
それを「あいつらは家がないから悪さをするんじゃないか」とパトをして回る。このエリアは危ない人たちの巣窟のように言われる…。
口八丁笑顔で国民をだますやつにはいろんな人がぺこぺこして俺たちは人じゃないように扱う。
そんなに自分が偉いのかねェ、そうだとしたら俺ゃあえらくなりたくはねぇや!!

夜は特にあぶないなんて言われてはいますが、15日の夜回りの終了時間は22時過ぎ。最終地点はオタロード(日本橋)、そこから同行の仲間と一緒に釜まで戻りましたが、当然ながら何の心配をするような出来事もありませんでし、周囲を気にするような感じでもありませんでした。穏やかな夜でした。

釜訪問あらため大阪訪問記(1)

4月に「さとにきたらええやん」自主上映会の実行委員にならないか?とのお誘いを受け、ならば一度は釜ヶ崎に足を運ばなくてはと思い、寿地区センターや教会や昔あった@あしがらと言う市民グループを駆使して、案内人を引き受けてくださる方を見つけ万全の態勢を整え、7月14日23時過ぎ京都・大阪・堺行きの高速バスに乗車。
最近の長距離移動の交通機関は両側カーテンで光が洩れず、なおかつ各シートに電源と車内にはフリーWifiの設備がめぐらされているので何かと便利。行きは携帯をいじりながら夜が更けていきます。
7時9分に南海なんば高速バスターミナルに到着予定が大阪以降の一般道の道路事情なのか6時43分着。これは小田原以西では乗降者のいない高速バスならではの出来事なのでしょう。南海なんば駅5Fの冷房の効いたインフォメーションセンターで本日の午前中案内をしていただくNさんと待ち合わせ。お越しになるのを待ちます。彼女が小田原にお住いのころ@あしがらで一緒に活動をしたことがあり、その後関西に移られてからは釜の夏祭りや越冬に参加されている話を聞いたのでお声をかけさせてもらって、引っ越しの中お忙しいのに来て頂けることになりました。お会いするのは2012年11月久野の峯自然園さんでの@あしがら主催のBBQ会以来。
約5年ぶりですがお変わりなく笑顔で登場(^_^)/

2Fの南海なんば駅。東京の駅との違いは改札を抜けても通路が延びそこから上り(下り)って自分の指定の電車のプラットホームに行くことが多いですが、ここはどーんと一面に広がるプラットホーム。なんだかヨーロッパの駅みたい。
日々会社と自宅、もしくは教会と自宅と言う人混みの中に入ることがないとこうした多くの人間を見るとただただ緊張(笑)

2駅目が新今成。この駅の南が釜ヶ崎と呼ばれる場所。大阪市ディープと呼ばれるエリアだが、同時に大阪の南エリアの中心地でもあり、多くの路線がこの駅を中心に南へ北へ、そして西へ東へ。また地下へと延びています。これが地元っこと話していると訳が分からなくなる、今回一番苦労した部分です。

降りたところがあいりん労働福祉センター。ちなみにこだわる人はいなくなったのかもしれませんが、あいりんと言う名は行政が釜ヶ崎と言う旧地名を抹殺するためにつけたエリアの名前。ですから釜ヶ崎と言う地名を捜しても地図にはないし、あいりんもそうした行政の作為ある名前なのです。そんな安易なあいりん地区と言う名前を僕は好むことが出来ず相も変わらず釜ヶ崎と呼び続けています。
時刻は午前7時。すでに今日の仕事につけた人、あぶれた人、そして労働福祉センターに来る多くの人たちを相手にした露天商。今日も1日が始まります。

20170715-01

周辺は、リノベーション、いやリフォームの方が近いか、と言ったホテルが立ち並びます。多くのホテルの入り口には、生活保護の相談受けます、と言った言葉、1カ月での利用なら割引しますと言った旨の掲示がなされています。
いわゆるドヤと呼ばれた施設です。

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ちなみに今回僕が泊まったのもそうした施設の一つ。ホテル和香さん。1800円。
2畳ほどにベッドと棚。棚には小型冷蔵庫とTV、洋服掛けと靴箱。あっ、スリッパに履き替えて靴は部屋まで持っていきます。エアコンは完備。天井が壊れた跡があり色違いのパネルで補修した形跡があったり、以前に泊まった客がエアコンを無理やりいじったのか羽が移動するため機械にぶつかりきしみ音がしたり、トイレが部屋にないので貴重品が気になればトイレに行くのにも部屋に鍵をかけなければならなかったり、そもそも部屋に鍵はついておらずフロントで1000円のデポジットで借りなければならなかったり、シーツはシミがあったりと気が付くことはいくらもありましたが、1800円ですよ、それにリネンだって洗って糊掛けまでしてありますし部屋の中は埃ひとつないのですから何の問題もなく次回行く機会があればドヤ改装ホテルを選びます。高級ホテルの18000円がばかばかしくなる気すらしちゃいます(笑)

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各階に簡単な炊事場と電子レンジが備え付けてあります。周囲にもたくさんの飲食店がありますが、徒歩350mの所に24時間スーパーの玉出もあります。白米は65円でした。

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ちなみに自販機の缶コーヒーも50円です。

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