生活保護行政のあり方検討会

すでに会場前の廊下には十人以上の方が待っており、その横で市の職員が受付名簿の記載を促しています。
あと15分ほどで『第1回生活保護行政のあり方検討会』の傍聴の抽選会が始まります。15人の傍聴者は結局倍余りの35名になったなったというものの議員も市民も市外からの方もみな一律抽選をしなければなりません。
が、結局定時には30余名だったためにくじを引くことなく入場。身動きが取れないほどに詰め込まれた中で、市役所企画課の神名部氏の司会で会が開始されました。
目の前にはTVクルーが5組、スチールが数名立っているので、第三者の有識者の先生方、市職員の様子はよく見えません。

加藤市長が一言挨拶をして、座長の井手先生にバトンタッチ。先生は慶応大経済学部教授です。
言いたいことはたくさんあるが、座長と言う立場に据えられて、個人の意見を言う時間が無いのが残念。一言だけ自分の意見を述べて開始したいと挨拶し、
この問題は「不正を取り締まらなければならない」と言う正義と「保護者のプライバシー・人権の保護」と言う正義のぶつかり合い。
ではだれが犠牲者なのか?ジャンパーを作る行動を起こした背景までメスを入れなければならないと語られました。
続いて森川清弁護士、猪飼周平一橋大教授、和久井みちるさんがあいさつを兼ねて問題点を語られましたが、まさにこの井手先生の挨拶の言葉を異語同音で語った感があります。

その後A4両面30枚近くの資料を生活支援課長が説明しました。
が、そこから浮かび上がってくるのも井手先生の挨拶を裏づけるような内容です。

今日は問題点の洗い出しで、今後あと3回みっちりとした検討会が開催されますが、庁内の空気と担当課の空気の温度差やケースワーカーの仕事への余裕づくり(人数増加)、そして保護の要求をYesを前提にすることが大事であることが解決策のようです。
そうだとすれば、生活保護費の費用は国の予算から出てきますから、どうやって国の政策が国民に優しくなるかと言う小田原市を離れた問題になるような気がします。

2回目以降が楽しみです。 

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3月2日のパトビラ(№968 - 朝貢外交と僕らの生活 -)

毎週、野宿を余儀なくされている方(ホームレス)のところを訪問する際に持っていくパトビラ、今日はこんなことを書いてみました。

情報を共有したい話題が余りにも多くて今日のニュースは少し古いものですがきちんと知ってほしい話です。アメリカの大統領がトランプ氏になり公的私的に安倍氏らが訪米しています。その公的な訪米である首脳会談。2月3日に向かいましたが、ここで安倍氏はトランプ氏にアメリカの景気を良くし、失業者をなくすために、70万人の雇用と51兆円の経済効果を出すために公的年金などの費用を当て込み廻すとの提案をしました。
今でも年金金額は十分な生活をするには足りずに多くの人が四苦八苦しています。就職を捜してもなかなか見つからず困窮しているのは皆さん実感しているところではないでしょうか?
お金が有り余って日本国内が誰もが困窮していないならともかくこれだけ多くの人が困窮している中、なぜアメリカの景気を良くするために、僕たちの年金などのお金を使ってしまうのでしょうか?
沖縄では米軍基地を作るために反対する人を捕まえました。先週のビラのように気に入らない奴は捕まえられるような法律を作ることも進めています。こうした諂う朝貢外交と言いますが、その結果国民が困窮したら何の意味もありません。猛省と政治方針の変換を求めたいものです。


世の中は広く知らなければいけないと思います。同時に地に足つけてしっかりと大事なことは何かをしっかり知ってまずは身近な仲間のために動くことは大切だと思います。
この1か月の間、ジャンパー事件や埼玉の無低の運営問題など大きな問題があったのでこのニュースは時期を外してしまいましたが、それでも上記の観点から外してはいけないと思います。
海外でもアフリカや中近東で、命の危機にさらされている人やその日の食事もままならない多くの人がいるところに、命をつなぐための投資をするのならいざ知らず、アメリカの国内は日本と大差ないはずです。そこに日本の困窮を後回しにして投資するのなら、国家の体はなさないでしょう。国家の義務は存在しないでしょう。

同じレベルの困窮なら、日本の国内の困窮者を無視しないでください。

主の御心はどこに

2017年2月26日、小田原教会に与えられたみ言葉は、マタイによる福音書 14章22-36節。表記のタイトルの説教を長井美歌牧師より受けました。今回も礼拝で説教を聞いた内容を一信徒が思ったことを含めて綴ってみます。(説教の要約ではありません)


それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸へ先に行かせ、その間に群衆を解散させられた。群衆を解散させてから、祈るためにひとり山にお登りになった。夕方になっても、ただひとりそこにおられた。
ところが、舟は既に陸から何スタディオンか離れており、逆風のために波に悩まされていた。夜が明けるころ、イエスは湖の上を歩いて弟子たちのところに行かれた。弟子たちは、イエスが湖上を歩いておられるのを見て、「幽霊だ」と言っておびえ、恐怖のあまり叫び声をあげた。
イエスはすぐ彼らに話しかけられた。「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」すると、ペトロが答えた。「主よ、あなたでしたら、わたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください。」イエスが「来なさい」と言われたので、ペトロは舟から降りて水の上を歩き、イエスの方へ進んだ。
しかし、強い風に気がついて怖くなり、沈みかけたので、「主よ、助けてください」と叫んだ。イエスはすぐに手を伸ばして捕まえ、「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」と言われた。そして、二人が舟に乗り込むと、風は静まった。舟の中にいた人たちは、「本当に、あなたは神の子です」と言ってイエスを拝んだ。

こうして、一行は湖を渡り、ゲネサレトという土地に着いた。土地の人々は、イエスだと知って、付近にくまなく触れ回った。それで、人々は病人を皆イエスのところに連れて来て、その服のすそにでも触れさせてほしいと願った。触れた者は皆いやされた。


この出来事の前後を聖書から見てみると、絵画や演劇・映画でも有名な「サロメ」と言う女性。ヘロデ王の娘でもありますが、大宴会の中で見事な舞を踊って見せ王は大いに喜び、何でも褒美をとらせようといった所、母親が(ヘロデとの結婚で律法違反だと言った)洗礼者ヨハネの首がほしいと言うように唆(そそのか)され、王に言ったところ二言は言えぬと断首をされ、盆の上の首を母親が不気味な冷笑をもって見ていると言う話は多くの方がご存知かもしれません。

自分に洗礼を授けてくれた預言者であるヨハネ。それが誰かの褒美として断首と言う形での不当な死刑を受けたことでイエスは大きなショックを受けたことでしょう。
つい先日も北朝鮮の金正男氏がクアラルンプールの空港で暗殺されました。推測の域を出てはいませんが、そこには「恨み」がある訳でもなく、単なる権力争い・保身のために異母兄弟の関与が多分にあったと言われています。
権力争いと言う理由で…しかし見ず知らずの人が殺されることであっても僕らは非常に憤りを感じる訳ですが、ゲームのような感覚で近しい人が殺されることは何にも替えがたい悲しい出来事だったのでしょう。

イエスは舟で町から離れた場所に行き、一人静かに追悼し神に祈ろうと思っていましたが、そこに多くの民衆が押し寄せ、それどころではなくなります。悲しみをこらえながら5000人への給食を分け解散させ、今度こそ一人祈っているところが今日の箇所です。

祈り終わる頃には夜明けになっていました。夜が白々と明ける直前、一番暗い時間です。今と違い電気のない時代、天気はどうだったのかはわかりませんが、煌々とした月夜ではなく、強い風が吹いていたことでしょう。
そんな中、イエスは友である弟子たちが心配になり山から下りてきました。

僕のBlogでは何度も出てくるRFL(リレーフォーライフ)。
1985年にアメリカワシントン州シアトル郊外で、アメリカ対がん協会(ACS)のゴルディー・クラット医師が不安な夜を過ごす患者のために「がんは24時間眠らない」をテーマに階下のグランドをマラソンし、1週走るごとに自分と仲間の募金をささげたことが始まりです。
そして真っ黒な空が夜明けで紫に染まる、そんな紫色をシンボルカラーにしました。

「安心しなさい」と言う新共同訳で使用されている日本語は、別の聖書では「勇気を出しなさい」と訳されています。小舟が強風で揺れている暗闇。必死に転覆を避けようとする弟子たち。
そんなところに行ったイエスが言葉をかけるのなら「勇気を出しなさい」の方が近いかもしれません。
私が来たからもう安心、ではなく、さぁ一緒に困難に立ち向かおうに近いような感じをこの後すぐに強風がやまなかったことから感じるのです。
そしてそれは不安な夜を過ごすがんサバイバーさんへの声掛けにつながります。「勇気を出して闘いなさい。」一番不安で一人ぼっちの、一番暗い夜明け直前。
そんな言葉に顔をあげたらそこには真っ黒な闇をじわじわと侵食する朝日の赤によって紫色になっていく美しいグラデーション。
朝日を見ることなく死んじゃうかもしれない。このまま目を覚ますことが無いかもしれない、とまで思い込んでしまう押しつぶされそうな不安。そこに「おはよう、きれいな朝だよ」と言わんばかりの夜明け。そんなささやかな喜びに多くのサバイバーさんは、「安心しなさい」ではなく勇気をもらって闘病に向かったはずです。

弟子のペテロは言います。自分に歩けと命じてください。神の命令ならば自分も水の上を歩けるはずです。
イエスの言葉で湖の上を歩いたペテロは、自分が超人的なことをしていることに気付き恐れて沈みそうになります。
自分は人間であることが甦ったのです。自らの力では立てない、ゆえに主につながらなければならないことを悟ります。
限界(沈みそうになった時)、イエスは手を差し伸べます。
よくよく考えれば、神は万能です。ですので、イエスが愛してくれている弟子ならば、手を差し出さなくても天に召すことはないでしょう。それでもイエスは瞬発問わず手を差し出した、それはイエスの感受性と言うか人道的というか愛のなせる業でしょう。とっさに手が出たのでしょう。
がんサバイバーの人も決して一人での戦いではなかったはずです。お見舞いに来てくれた家族や友人、隣のベッドの人、一緒に頑張ろうと声をかけてくれる看護師さんや医者。そんな隣人もですが、先ほどから記した夜明けの紫のグラデーションのような自然の中からも知らない力をもらっているのではないでしょうか?

僕らも限界はあります。それはがんサバイバーの方も一緒です。でも差し出した手にすがりつけば日の目が見えることがあります。
今日の箇所は、ペテロが勇気を出して行動することに着点があると思います。

そして今日の最後の箇所は、イエスの服に触れさえすれば、と言うところです。
信じるものは救われるとは陳腐な言い古めた観の言葉。鰯の頭も信心からと言う言葉もあります。でも顔をあげた時の暗闇が赤と混じったパープルのグラデーションが美しくそこに何かを感じたら勇気をもって歩み出したいものです。
そこにはきっとしっかり握ってくれる手があるはずです。

2017年のRFL

RFL(リレーフォーライフ)会場ページが更新されました。2017年も日本中のあちこちでがんサバイバーさんやケアギバーさんが交流を深め、そしてそこから「一人ではない」という勇気をもらって闘病に励むのでしょう。
まだ、日時と会場が決定しているのは3カ所だけ。
すごいのは岩手北上、9月なのにもう日程会場とも決定(^^)/

今年は広島の会場に行きたいと思っています。
それと近隣神奈川の会場にもお邪魔しようかと・・・。

年度替わりの時期、会場をお借りするのは(貸主が)新体制の4月になってからが多いでしょう。
もうしばらくすると、この表が埋まってくると思います。楽しみです。

公開される私刑と何もしてもらえない私刑

〈WANTED〉〈あなたです!!  徹底的に追いかけます!! 覚悟してください!! 〉
上野近辺に店舗を構える眼鏡小売店「めがねお~」。その御徒町店のHPに物騒な言葉がアップされたのは、2月7日のことだった。
遡るその3日前、店は万引きの被害に遭遇。激怒した社長が、防犯カメラに映った“犯人”のモザイク付画像をアップし、3月1日までに返却か弁償をしなければ、モザイクも外す、と宣言したのだ。

この言動、すぐにマスコミに報じられ、物議を醸すことになったのは周知の通り。まずは騒動そのものを、渦中のご本人に振り返ってもらおう。
「店長から“緊急です”と連絡があったのは、2月4日の夕方6時前でした」
と述べるのは、社長の張谷満氏(59)。PC量販店の営業本部長を経て、約20年前に同社を設立した。従業員は10名程度、年間売り上げは1億から1億5000万円の規模である。
社長が続ける。
「聞くと、俳優の哀川翔さんプロデュースの眼鏡『SAMURAI SHO』が7本なくなった、おそらく万引きです、と。瞬間、頭に血が上りましたよ。あれは予約制の限定発売で、1本約3万円。計21万円の損失は、うちみたいな会社にとっては洒落になりません。何とか捕まえられないかと思い、防犯カメラの映像を確認したら、やっぱりすぐに不審な男が見つかったのです」
映像をみると、男は棚の前に立ち、「SAMURAI SHO」を下のトレイに降ろし、死角に消える。そんな動きを2度繰り返し、いつの間にか店を去っていたのだ。2月13日になって逮捕された容疑者と酷似している。
「ちょうどあの男が来る前には眼鏡が7本あり、去った後はない。確信を持ったのは翌日です。以前店に勤めていた従業員が、いま近くの中古ブランド眼鏡の買取店で働いている。彼に訊いたら、その夜、『SAMURAI SHO』をまさに7本売りに来た男がいるというじゃないですか。盗品ぽいから買わなかったと言うので、慌てて男の画像を送ると“こいつです!”と断言するのです」
間違いない――そう思った社長は、さっそく警察に被害届を出した。が、反応は鈍かったという。
「画像には、男が店から出るところは映っていない。これでは、その男が万引きしたことの証明にはならないのだとか。買取店の話もしたけど、同じでした」
犯人の顔までわかる。それでも泣き寝入りしかないのか。眠れぬ夜を過ごした社長が思いついたのがHPでの“指名手配”だったのだ。
「警察が動かないなら、自分がやるしかない、と。店長も責任を感じて謝ってばかりで、店の雰囲気も悪かった。自分が何か手を打つしかないと思ったんです。うちの土日の売り上げは30万~40万円程度。利益はその何分の1かですから、これで数日分の労働がムダになってしまう。また、後でわかったのですが、この男は、万引きの日の昼にも店に来て、下見めいたことをしていました。悪質ですよ」
とはいえ、もちろん葛藤はあったという。
「弁護士に相談すると、やはりリスクは高い、と。名誉毀損やプライバシー侵害で訴えられる可能性もあるそうです。でも、うちのような小さな会社にとっては、これくらいしないと取り返せない。“自衛”です。警察だって、殺人や強盗などの事件に人員を割くのはよくわかりますし……。それに、顔を出せば“ここでは万引きはできない”という抑止力にも繋がると思いました。それでも結局、決断まで2日半悩みまして……」
ようやく7日の公開に至ったというワケなのだ。
記憶に新しいのは、3年前、古書店「まんだらけ」が同じく万引き犯のモザイク写真をアップしたこと。結果、犯人は検挙された。
「それも頭にありました。当時、私も『まんだらけ』はけしからんと思っていましたが、同じことをやられてみるとよくわかる。今回の件は、リスクも、どんな批判でも甘んじて受ける覚悟を持っています」

これが大きく報じられたのは、全国で同様の事態が相次いでいたからだ。
その直前、千葉市内のファミリーマートや神戸市内のセブンイレブンが、「万引き犯」の顔写真を、こちらは店にモザイク無しで掲示していたことが発覚。
 テレビや新聞は、〈「人権侵害」指摘も〉と見出しを打った朝日新聞はじめ、多くは「店主の気持ちはわかるが、モザイクを取ることには、問題点もある」式の取り上げ方をした。

曰く、その「問題点」とは、大別すれば3つ。
「万引きという罪とネット公開という罰のバランスが取れていない」「法的に名誉毀損、プライバシー侵害に当たる」「法治国家で禁じられている私刑に相当する」
これらを弁護士や“識者”などがコメントするのである。こうした点に留意してか、先のコンビニ2店は早々に掲示を取り下げている。
ところが、だ。
NPO法人「全国万引犯罪防止機構」の福井昂事務局長は言う。
「確かに人権侵害になるかもしれない。一方で店主たちがそれほど困っているということをどれだけ理解してもらえているのでしょうか」
一昨年の全国の万引きの件数は、11万7000件余り。うち検挙されているのは7割で3割は見逃されてしまっている。しかも、検挙率はここ10年で5%低下しているのだ。被害金額は年間4615億円、つまり、1日12・6億円の計算になる。
「店を責めるのはお門違いではないかと思います」
と言葉を継ぐのは17年間この世界に携わる、万引きGメンの伊東ゆう氏である。
「以前は万引きの主な動機は、“魔が差した”的な“出来心”ゆえのものだった。しかし、最近は、大量、集団、高額、換金目的といった、シノギ的なものが目立ち、悪質さが増しています」
「めがねお~」の“犯人”も犯行の数時間後にさっそく換金を図っていたのは先に記した通り。
「こうした中で、被害者は苦しみ続けている。大型のチェーン店などでは、毎週のように大量万引きが起きていますが、警察もなかなか取り合ってくれない。私が関わった店で酷いところでは、ピーク時で売り上げの10%が持って行かれていたなんてところもありました。その責任は店長に押し付けられますからね。万引き犯を捕まえた時、殴りかかる店長もいましたし、そうでなくても大抵は“ぶっ殺してやる”という目をして睨んでいるものですよ」

「週刊新潮」2017年2月23日号 掲載

思いおこすのは
2005年2月16日放送のカミングダウト(日本テレビ)にてタレントのAさんが半年間に渡り『集団強盗』を繰り返し、店を潰していたと発言したこと。
もう時効過ぎとはいえ堂々と悪びれずもせずに自分の犯罪をクイズの問題にすることに憤りを覚えました。
僕も一時コンビニエンスの店長をしており、バイトの店内不正があったり、また駅前だからキオスクで買ったのかうちの店の中の雑誌を脇に丸めたのか判断がつかなかったり、その他もろもろで僕の店も結構の不明金が生じました。

万引きや犯罪による商品ロスについて、上記トピックスは
「問題点」とは、大別すれば3つ。
「万引きという罪とネット公開という罰のバランスが取れていない」「法的に名誉毀損、プライバシー侵害に当たる」「法治国家で禁じられている私刑に相当する」
と記しています。
このうち最後の「法治国家で禁じられている私刑に相当する」だけは気を付けなければならない。もっと言えば死守しなければならない重要な出来事で、これを外せば無法地帯になってしまいます。

とはいえ、自分たちにも生きていかなければならない、真っ当に働いた上では生活権と言う権利が保障されているはずのものが、違法行為でその権利さえ保障されないとしたらそれも無法地帯であると思います。
それに対して『万引き防止』は店の責任。店側が何とかすべきでしょう、と言われるのなら店を運営する側に立つ瀬はありません。価格競争と豊富な品数、お客様のニーズでその傾向はどんどん進んでいきます。故にバイトを雇うのもギリギリまで縮小していれば、目の届かないところは生じます。
罪なき者が私刑にあうことは、通りがかりの人が見ず知らずの人に刃物で刺されるようなものです。歩行者は犯罪者がそばに来るかどうかを気を付けながら歩かなければいけない、とすれば、それは行政の国民を守る義務違反であり、そのまま店舗で言えば、買い物を楽しんでもらう事だけに集中するのが勤めなんです。

被害者の「私刑」と加害者の「私刑」はあくまでも平等にNoと言うためには、こうした店主の悩みをきちんと吸い上げて関係各位が対策を練らなければいけないでしょう。
そうしないと世の中開架式店舗は絶滅し、すべてがインターネット前払いによる閉架式の倉庫販売業に変わってしまい、ウィンドゥショッピングをはじめとする買い物の楽しみがない世の中になってしまうような気がします。

2つの土壌汚染問題

1つは言わずもがなの豊洲の土壌汚染。もう一つは大阪・豊中市の私立「瑞穂の國記念小學院」の8億もかかると言われる土壌汚染。

土壌汚染とは、汚染場所から拡散し周囲も汚染されるので法律がある。それを無視した汚染者がいる。
この2つが要素となるわけで、それゆえに、処分場のように汚染の可能性が高いところには遮蔽の条件が課せられている。

この2つはいったいどうだったのだろう?
東京ガスは土壌汚染が深刻であることを知っていた為に東京都への売却を嫌がった、とも報じられている。
大阪の事例は廃材及び生活ごみと報じられている。
いずれもなぜゴミや汚染物があるのだろう?

東京ガスは売却云々の問題ではなく、有害物質を敷地内に大量にしみこませたのだろう?
大阪はなぜ8770もの国有地に撤去に8億かかるほどのごみを捨てられるのを傍観したのだろう?だれもこの国有地にごみが捨てられることを府や市に通報する人はいなかったのか?

撤去にかかる費用も大事なニュースだけれど、『ゴミの捨て得』に対して法律が反映できなかったニュースが全く流れないことも不安の要因の一つだ。

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい

聖書と言う書物は、この世での生活のHowTo本である一面があります。そしてその中で一番よく使われるのはこの聖句でしょう。

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。」
(テサロニケの信徒への手紙I 5章16~18節)

昨日・今日会社会長の葬儀があり2日間お亡くなりになられた会長とと近しい方と過ごす時間が与えられました。
僕も1991年中途採用でこの会社に入社しました。現場を1年経験した後事務所でのデスクワークになりました。そのころの会長は既に実務は退いていましたが、僕ら従業員が事務所に行くとわざわざコーヒーを入れてくれたりと「いつもありがとうございます」と言う丁寧な言葉とともに接してくれました。
昨日今日お会いした人、喪主である社長らファミリーの挨拶、どこにでも、「どんな時でも笑顔だった」「人の悪口や困窮の愚痴を言っているを聞いたことが無い」「信心深い人だったねェ」と言っていました。
まさに僕が四半世紀そばで感じたそれと同じ言葉でした。

表記の聖句は、「これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。」と続きます。
もちろんその方が信仰している宗教はそれぞれですが、他宗の方から得る素晴らしいものもたくさんあります。この2日間テサロニケの言葉の実践とは何か、改めて感じた次第です。

人の定めたお別れの儀を無事に終わらせてただいま帰りました。このあとはただ神に委ねるばかりです。祝福がありますように。このされたご家族ご親族そしてお仲間の上に神のねんごろな慰めと癒しがありますように。

2月23日のパトビラ(№967 - 気に入らない奴は捕まえる -)

毎週、野宿を余儀なくされている方(ホームレス)のところを訪問する際に持っていくパトビラ、今日はこんなことを書いてみました。

犯罪の計画段階で処罰する「共謀罪」の要件を変え、「テロ等準備罪」を新設する法案をめぐり、(中略)これまで政府は、「一般の市民は対象にならない」としてきたが、捜査当局の解釈や裁量によっては対象になることが明らかになった。(朝日新聞ディジタル2月17日 0:51配信)。
これより先に埼玉の市民が福島の原発を見に行った際に、仲間内でレンタカー代と高速・ガソリン代を割り勘にして、4000円ずつ徴収した埼玉県加須市役所職員ら3人を道路運送法違反、いわゆる白タク行為として逮捕したニュースが流れました。
僕らも普通に仲間内で出掛ける時にレンタカーを使えばその料金はシェアーします。ガソリン代は割り勘にあたりまえのようにします。それを逮捕するというのは、気に入らない市民を捕まえるためには手腕を問わない恐怖政治のそれです。逆らう奴らには目にものを見せるぞ、と言う独裁者のそれです。
トイレ以外の立小便でも捕まえて拘留することができます。
ここにきてあまりにも急激におかしな方向へ進む政治が急加速しています。常に政治を意識しないと、弱者を切り捨てたり、忠誠を誓わないと捕まる怖さを感じます。
2月26日をもって城址公園での今年度の炊き出しは終了です。
最後の炊き出しにぜひお越しください。


オウム真理教の時は、24間逮捕したい人を監視し、立小便をした軽犯罪法違反とか白線の内側に駐車した駐車違反容疑で逮捕し拘留中に他容疑を取り調べたそうです。
また、沖縄高江でも昨年対立している地域間にある有刺鉄線を1本切った器物破損で半年以上も拘留が続いているそうです。

いずれも厳重注意や罰金で済むような事例ですが、警察権力が「捕まえたい」と思えば捕まえることは可能です。でも、そこに平等性は存在しなくなります。
誰もが捕まったならそれは法の平等性ですが、俺が気に入らないから捕まえたではそれは成り立ちません。
そんな権力者の身勝手さを助長させる法律が「テロ等準備罪」です。
もちろんテロや暴力行為から国民の安全を守ることを否定することではなく、それを錦の御旗のように掲げて自分の気に入らない人を取り調べることが出来るとしたら言語道断です。
そんな馬鹿な、と思いたいと思うのですが、かかった料金をシェアーしただけで白タク行為とみなされ逮捕されたニュースを見れば馬鹿なでは済まないことが分かります。

創立130周年記念礼拝

2月17日 小田原教会では創立130周年記念礼拝をリンクの要領で執り行われます。

20170217-01

この地において130年の歴史、そこには耶蘇と言われのない蔑視を受けた時代や神に逆らい戦争に加担した歴史、そして人口減少と経済至上主義の現在とさまざまな時代の中に、その時その時の信仰の先達たちがもがくように信仰を守ってきた歴史でもあります。

この日、私たちは敬愛する関田寛雄牧師をお招きして礼拝を守ります。
先生は、まさに私たちの教会のベースであるメソディストの学校青山学院の神学部をご卒業後、川崎桜本教会を開拓伝道で起こしたあと戸手教会をお作りになられた方です。
戸手教会の孫牧師の就任式の時にご挨拶をしただけで説教をお聞きする機会が無いまま今日まで過ぎてしまったのでとても楽しみにしていましたが、拠り所のない大事な別件が起き残念ながら当日は礼拝に参加できません。
あとでテープを聞いて、弱者と寄り添う事を重視した関田先生のお話をお聞きしようと思っております。

教会は、どなたでも礼拝に参加できます。
ご不安な点がありましたら、教会についたら受付でその旨をお話し下さい。
聖書、賛美歌は教会に備え付けがございます。
心からお待ちしております。

どちらでもいい

強者と弱者の紛争から手を引けば、私たちは強者の側に立つことになる。中立になるわけではないのだ」と語るのはバンクシー氏。その言葉と彼が描いた中東の落書きをモチーフに東京新聞の2月17日のコラム≪筆洗≫は書かれている。

▼街角の壁に風刺の効いた絵を人知れず描き上げるこの人の落書きは、大変な人気がある。壁ごと切り取られた作品が競売にかけられれば、数千万円で落札されるほどなのだ ▼正体は決して明かさず、世界各地に出没するこの人が、繰り返し創作の舞台に選んでいるのが、中東パレスチナだ。そこには、イスラエルが建設した巨大な分離壁がある。砲弾で穴だらけになった家の壁もある ▼パレスチナの人々の絶望感が染み込んだような壁に、バンクシー氏はそこから逃れるためのはしごを描き、風船につかまって飛ぶ少女の姿を描いた。落書きで壁を壊そうとしたのだ ▼だが今、その壁はますます高くなりつつあるようだ。パレスチナ国家を樹立し、イスラエルと平和的に共存させる「二国家共存」は中東和平への大切な道なのに、トランプ米大統領は「どちらでもいい」と言い放った。パレスチナに新たな絶望の壁をつくるような米政府の変身である ▼バンクシー氏はかつて、パレスチナの壁に、こんな言葉を書き付けた。「強者と弱者の紛争から手を引けば、私たちは強者の側に立つことになる。中立になるわけではないのだ」。値千金の警句ではないか。

これは何も中東の話ではない。
沖縄の問題も、関東に住む僕らが「あれは沖縄の問題」と処理した時点で安倍政権の片棒を担ぐ。
野宿者の問題も彼らの過ごした半生を見聞きしようとしないで自分とは関係のない生涯と関心を寄せずにいることが、まさにジャンパーを10年も放置してしまった温床なわけだ。
世に明らかになったことを一緒に責め立てるのは簡単だ。しかしそこまでに行きつく過程は決して短くない。なぜ気がつかなかったのか?なぜ声をあげられなかったのか?を真摯に反省しながら自分の信念を歩みたい。自分の人生に責任を持ちたい。
どんな小さな問題でもどちらでもいい問題なんてないはずだ。
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