御頭祭(Ω)

仕事を終えて取る物も取らず出発。今日は(僕的には)カメラだけあればいい旅。と言っても連れ合いは、夕食のサンドイッチやおやつ、果物、飲み物と相変わらずの大荷物(笑)
国道20号を北上するだけ…。150余km、距離にしては然程ないが、変な話最近加齢でとみにトイレが近くなった。そんなこともあり、一、二度コンビニのお世話になる。
それでも23時前に目的地の諏訪大社前宮宮前にある参拝者用の大駐車場に到着。ここで一宿の恩を受ける。
トイレが無いとかはあたりまえ、キャンピングカーで良かったと感じる時。でも、周囲に民家もあり安全だし、静かないい場所とほくそ笑んでいたが、県道16号と国道152号の合流力然程離れてもいないせいか、大型車が深夜まで走ってうるさかった(T_T)/~~~
Googleで発見していた近所のファミリーマートはつい最近閉店したらしく建物だけがぽつねんと残っていた。ので、少し遠いがセブンイレブン安国寺店に行き朝食を購入。道の両側にはところてんの工場が立ち並ぶ。

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帰れば駐車場の中で神事が執り行われていた。
同じ諏訪大社上社の氏子だがそれぞれの担当があるらしく、荒玉社の野出の神事、本宮社、そして本宮社での神事と続くらしい。
いたって普通の神事。祝詞をあげて玉ぐしをささげる姿を見ながら朝食。
車をここに止めたまま、まずは茅野市神長官守矢史料館へ。ここがどういう場所かは前トピを参照されたい。
道路沿いに大きな看板が出ているので間違えることはない。その道を歩けばたいそう立派な門被りの松が出迎え、その先には一軒のお宅。このあと学芸員さんのお話によればこの一帯はすべて守屋家の土地だが、戦後の農地解放でほとんどが無くなった、と言う話。それでも門を入れば史跡として十分な広さが広がっている。
78代当主守屋早苗氏と幼馴染の藤森照信先生の手掛けた建物は味わいのあるものだった。
それを見守るがごとく、ミシャグジ神、大祝神、高照姫の史跡が立ち並んでいる。

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(家紋(?)の十字架…は関係ないよね?笑)

あれだけの晴天だった空が曇ってきた。何やら額に冷たいものが当たったような気もするが気のせいだろう。本宮では神事が始まる時間だ、先を急ごう。

大きな資源ごみの集積場。ここまで持ってくる手間をかけることで、ごみを減らそうという気持ちにさせられるし、ごみ対策費用も軽減できるはず。でも同時にめんどくさいと不法投棄につながったり、高齢の人たちは「結」がなければごみが捨てられない。
人の心にごみ問題が響いている地ゆえに成り立つシステムかも知れない。

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本宮隣接の法華寺に寄る。
本能寺の変直前、信長らは武田攻めをした。その際武田家が厚く信仰をした諏訪大社を焼き討ちしたのだが、その跡地に入り幹部会議が行われた。そこで光秀の失言に激怒した信長が折檻した寺だそうだ。
また忠臣蔵吉良上野介義央の外孫の義周の墓もある。

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さて、本題の御頭祭に話を戻そう。
何が故にこの神社から前宮宮に神輿を持っていかなければならないかの詳細は不明だが、多くの観光客のみまもる中儀式が進んでいた。
雨はいよいよ本降りになったので神輿の出発を待たずに車に戻る。
13時にここを出発するみたいだ。

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約1.5㎞先の前宮を目指す。

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13時前宮も多くの人が集まっている。皆狙いは十間廊。間口三間奥行十間の周囲は幕で覆われわずかな隙間を狙って観光客が群がっている。私もその一人、LCVのカメラマンさんのそばにポジションを取る。広角と望遠両方持っているのならプロのカメラマンさんのそばは絶対。
冷たい風が吹き始め、午前中とは陽気が違って来たが、今ここを離れたらもうポジション取りは不可とあきらめて頑張る。
50cm四方、隣近所とは肩触れあい狭さでぎっしり入っても入りきれない神事に関わった人、そしてそれを取り巻く観光客。
そんな中神事が始まる。

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神輿を御簾の奥の棚に奉納し、部屋の後方(つまり僕らの目の前)においてあった山海珍味を神官が、神輿の前に運び捧げ、そのあと参加者の代表が玉ぐしをささげ、捧げた山海珍味をもとあった場所に戻し、神輿をもとにあった本宮に戻し神事は終わるらしいが、もとあった場所に三方を戻したところで僕らの観光はTheEND。会場を離れた。

神輿もイスラエルからの輸入した文化だという人がいる。いわゆる十戒を入れた契約の箱だ。それも本当かどうかは分からないが、担いでどうなるかわからないものを担ぐ文化は確かに興味深かった。
あわせてイースターの直前の日、まったく違うが十字架の横棒を担いでヴィア・ドロローサを歩くが如くの若者の姿に、さて現実に戻って教会に行こう!と言う気持ちを強く持った休日の一日でした。

黄色い春みぃつけた\(^o^)/(Ω)

早く寝れば早くに目が覚めるのは原理。
という訳で、8時過ぎには行動開始。
1日乗車券を購入しローカル線を行ったり来たり。
1時間に1本の電車旅。うまくスケジューリングしないとあちこちが見られません。

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幸せの黄色いハンカチならぬ黄色い列車のあちこちにはムーミンたち。

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どの有人駅でも駅員さんたちが手を振って列車を見送ってくれます。

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20170401-10大多喜町船子939−1

ここに列車が来れば絵になったがタイミングがなぁ~
まずは大多喜より一つ大原(のぼり方面)に行った城見ヶ丘駅。
写真を撮り終えてからも1時間以上の時間があるのでおおたきショッピングプラザオリブで暖かいココア(^_^)/
この周辺は田圃をつぶして新興住宅地にしているようで田圃と新しい家が入り混じっています。

そして続いては3つ大原側に行った新田野に。

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パンフレットを見ると駅ホームの反対側は見事な菜の花畑。

で、降りると…。

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何の間違いなのか駅前には一本の菜の花もなく…。
30分待って下りの電車に乗り込みます(>_<)

でもね、こんなにかわいい写真撮れたからまっいいか(笑)
そんな心の余裕も幸せの黄色を見続けたからかも(^_^)/

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いすみ市行川 の大野入口

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ここが一番きれいだったかも\(^o^)/

素敵な黄色い2日間でした。

黄色い春みぃつけた\(^o^)/(α)

毎年秋に行っていた京都のH姉とのプチキャラバン。でも昨秋はH牧師が天に召されバタバタとしている間に行きそびれました。
そんな訳でこの春に延期していたプチキャラバンを計画。山梨に桃の花を愛でながら昇仙峡そばの藤城清治氏の影絵ミュージアムに行こう!! そしてほったらかし温泉横に出来たほったらかし温泉キャンプ場でまったりしようと・・・。
と、ところが・・・
天気予報を見ると3月31日夜から山梨は積雪注意の文字。ノーマルタイヤのイクスス号には厳しいツアーになりそうなので、キャンプ場にお断りの電話を入れて、雪の降らなそうな地域に予定変更。
その白羽の矢が立ったのはいすみ鉄道。
お出かけは、房総に決定!!

朝9時,F母娘が来宅。久々の5人でのキャラバン。
小雨降る東名、そして横浜町田ICの渋滞。出ばなをくじかれても久々のお出かけのワクワク感にはかないません。
アクアラインを通りまずは保田のばんやへ。
13時近くについたのに駐車場は満車、しかも大勢の人が冷たい雨風の中傘をさして屋外にまで並んでいます。
キャンピングカー仲間からここがおいしいとお勧め頂いたのはもう10余年前。それから数度訪れたもののもう5,6年は来ていなかったようで、入り口の感じも変わっていますが、人気の高さは昔のまま。
ようやく席について一番人気の「漁師の賄い丼」

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あっ、右は「なめろう」です。
大きな茶碗に酢飯がたっぷり。その上にこれでもかと言うほどのお刺身。おいしかったです。

午後には雨が上がるとの予想に反してしとしとと降っているので、海も美しくなく何よりも寒い(>_<) ということで南房を見ることなくメインの大多喜に向かっちゃうことにします。
県道34号で鴨川へ。そしてナビに従い県道81号線へ。 へぇ~大多喜だから海岸線を通らないんだ・・・。なんてお気楽にハンドルを回せば、崖にへばりつくような細いグネグネ道。やられた…、時折僕のナビはおちゃめなことをしてくれます(T_T)/~~~

上総中野駅を通り、夕刻の大多喜へ。
予定通り同駅前の町営久保駐車場へ。24時間までは500円と超がつくほどリーズナブル。
車の中でおしゃべりをしているというH姉とF母を残して、古い街並みが残る県道172号へ

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そして駐車場そばのセブンイレブンで、今晩の食事と明朝の朝ごはんを買って駐車場に戻りP泊。

ちなみに大多喜駅前の町営久保駐車場は民間委託しているので、所謂『交渉』は効きません。高さ2.5m以上は白線の中に納まろうが否かを問わず大型車扱いになり、24時間までは500円ではなく2000円となってしまいます。
とはいえ、周囲に民家がたくさんあり、トイレのある駅やコンビニまで徒歩2,3分の立地。車の往来は多くなく静かになれますので2000円は高く感じませんが・・・。

夏休みはひょっこりひょうたん島(Ω)

東海北陸道で来たので帰りは・・・糸魚川を通って帰ることにする旨をお話しすると、道の駅小谷の温泉は良いよ、とのアドヴァイスをくれましたので、そこをめざすことに。

能登半島は、畠山・上杉・前田と時の武将が取り合った場所。勝手に豊かな平野と良好な漁港を想像しましたが、とにかく今回は山間の道路を走行することが多かったです。トンネル―高所を通る橋を繰り返し、高岡へ。そして国道8号線を走ります。関東より道路幅が広く走りやすいですね。そしてもう一つ走っていて楽しいのは道路の両側に緑から黄金に変わろうとする田んぼが続いている点。僕にとっては様々なチェーン店が並ぶ道路より田圃を見ながらの運転の方が何倍にも何十倍にも楽しいです。

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朝日町あたりから海岸に張り付いた道、しかも洞門、片一総幅6mほどののグネグネ道。でもそれは今だから・・・。
江戸時代ころまでは、たぶん幅2-3m程度だったのでしょうね。神経を集中しなければ、落下の危険性がある道が15kmも続いています。4時間なんて緊張が続くものかと思うのです。
そんな訳で気を許せば落下や波にのまれることもある。故に親不知子不知と言う名がついたのでしょう。ヘタレの僕は、もし江戸時代に生まれていたら他国への旅などしなかったでしょうね。

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時間は12時を回りました。お腹もすく時間。道の駅親不知に寄ります。
1995年10月教会の友人と八方池までトレッキングをしたことがあります。行きはそれぞれ別行動だったので、連れ合いと二人先行して出発、松本あたりのドライブインで仮眠。空腹で目覚めて朝食を買おうと大糸線に沿って国道を北上しますが、行けども行けども国道沿いにはCVS1軒も無く、結局親不知のドライブインで鱒ずしを買って“半分こ”して食べた思い出があります。
その時大きな亀のオブジェを見たのを思いだしPitInn。
20年経った今でも亀さんいました(^_^)/

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げんぎょ丼という響きに誘われましたが、まさかの品切れ。結局たら汁定食を頼みましたが、思いがけずにたら汁旨かったです。

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元気をもらって、小谷に向かいます。途中ナビが姫川大橋交差点を右折させ、日本海ヒスイラインの架橋下2.5mの道路を行けと命じられ(僕の車は3.5m)あわてたりしましたが、無事到着。
炭酸水素塩泉、つまりは重炭酸ソーダが含まれているいわゆる美人の湯。アルカリ泉です。
温度の違う風呂2つと寝湯と露天、そして水風呂とサウナ、と言う定番は抑えてあります。でも一つ一つが小ぶりです。

自慢じゃないですが、僕は客を呼べるんです。がらんとしたお店に入って買い物をしているとドヤドヤと入ってくることは一度や二度どころじゃなく、深夜のCVSに10余人入ってきたこともあります。
この風呂も3,4人でのんびりとしていたら、ライダー軍団が10余人・・・いやいや居場所が無い(笑)

もう少しのんびりしたかったけれどさっぱりしたので出ましょう。
しかし、泉質が濃いのか全く汗が引かない(苦笑)
エアコンガンガンかけながら姫川の流れを見ながら南下します。

白馬の町、昔は仲間とよく来たなぁ~。青木湖、八方・・・そして安積野。道の駅で留守番の連れにお土産買って20号線をひた走ります。
石和で花火大会と言うアクシデント渋滞もありましたが、23時前に無事到着。
akakageさんという良いお仲間に新たにMっちさんというお連れさんが加わり、楽しい2日間を過ごせました。本当に感謝です。楽しい時間をありがとう\(^o^)/

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夏休みはひょっこりひょうたん島(3)

RVパークねやフィッシングパーク太公望_口コミ で検索すると、必ずと言っていいほど書かれているのはオーナーの川田さんのお人柄。若いころから多種のお仕事をなされ、最後は肉屋で地位を得ただけあり、海産物以外にもおいしい肉を提供してくれます。
akakageさん、Mっちさん、そして川田オーナーと4人で浜焼きBBQとパエリアを楽しんでいると、窓の外にうら若い女性が缶チュ-ハイ片手で、とてもフレンドリーに声をかけられました。
「どこからお越しなんですか?」とお尋ねすれば「東京」とのこと。まさか石川のしかも金沢のような観光地でない諸島において関東の方とお会いできるとは!!
高校時代の吹奏楽の先輩後輩と顧問の先生とキャンピングカーで遊びに来たとのこと。
お誘いすれば先輩サックスちゃんとトランペット町田さんで席にきてくれておしゃべりに花が咲きます(^_^)/
とはいえ、僕もここへきて一日の運転疲れが、川田さんもお盆からの忙しさで、なんだか年を感じる終わり方でお開き。
各自自分の車に戻ってお休みです。

奇しくも3つの台風が日本に近づいているとのこと。しかも、日本海側と太平洋上に大きな高気圧があるので、台風はその隙間を通って北上するらしいです。
そんなこともあって北陸の地は南の暖かい風が吹き込んできているようです。
akakageさんたちも、先輩サックスちゃんとトランペット町田さんのバンテック新車もエアコン装備車。ですが、我が車は天然クーラー、湿度100%で寝ていると自分の流れる汗で思わず目が覚めてしまいます。

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わざわざトイレに行くとか冷たい飲み物を買いに行くとか理由をつけて外に出るようにし、また周囲に仲間がいる強みで鍵のかからない網戸のまま寝ますが、それでも眠りの深さは浅かったです。
5時には周囲は明るく日の出を楽しみにしましたが、残念ながら雲が多くきれいな日の出は見られませんでした。

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7時にはMっちさんが朝食を作って頂いたので、akakageさんの手挽きのコーヒーと目玉焼き3つ(!)とウィンナー、とパンと言う我が家ではでない豪華版の朝食を頂きながら、オリンピックで金が取れなかった優秀の選手(だってその人以上の記録を出さる人がいないから選手として派遣しているのだから)がみんな謝るような空気を醸し出す日本に憤りを語り合いながら頂きます(笑)
居易い(おしゃべりが楽しい)のはakakageさんやMっちさんと価値観が似ているからかもしれません。

そして最後。今回の一番の理由は、この車を隅々まで見せて頂くこと。

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トレーラーはここにエアコンの室外機を置くんですね。

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Mっちさんが一番ご不満に思っているのがギャレーのサイズ。確かに大きなトレーラーなのにギャレーサイズだけは僕のキャンピングカーと大差ない。

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でも冷蔵庫の大きさはどうだ! キャンピングカーの冷蔵庫の大きさじゃない。我が家の冷蔵庫よりも大きいかも(笑)

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そして荷物の入る量も・・・

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なによりソファーのクッション性のよさ。すわり心地良いなぁ~
自走式のキャンピングカーとトレーラーは似て非なるものであることが分かりました。
自走式のキャンピングカーは全財産を持って歩く家だけれど、トレーラーはどちらかと言えば別荘的な使い方。どこかにトレーラーを置いてそこをベースに楽しむもの。
akakageさんのように仕事先の人が向こうから会いにやってくる立場の方や、もしくはセミリタイアなされた方は、こうした風光明美な場所に車を置いて楽しめるでしょう。
でも、僕のようにまだ短い休みの間にあれもやりたいこれもやりたいという貧乏性にはちょっと不向きですね。
それに神奈川にはRVパークねやフィッシングパーク太公望のような施設が無いのも難ですね。

風が少し強くなってきました。下道で帰るので予定より早いですがお暇致します。

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夏休みはひょっこりひょうたん島(2)

わがイクスス号は購入してから13年。購入した時は知らなかったのですが、カーナビゲーションって5,6年経つと更新できなくなるんですよね。そんな訳でわがイクスス号のナビは7年ほど前に止まったまま。朝食を食べた場所のすぐ先の庄川インターまでしか道は続いておらず、この先は案内看板だけを頼りに走行します。
でも、地の利がしっかりしていないとそれは失敗を引き起こします。
高岡、富山、金沢と言う分岐。能登半島の富山湾側と言う知識だけで富山に進路をとりましたが、待てよ万が一違ったらと思い、ここからは下道を走ります。しかし能登半島の大きさをしっかり把握していなかった。ここから約2時間、わが小田原から横浜に行くような距離がここで待っているとは…。しかもナビは氷見の阿尾から県道18号、県道244号をチョイス。海に突き出しははずの能登半島の山の中をひたすら走ります。

ほうほうの体で能登島ねやフィッシングパーク太公望へ。

akakageさんとはキャンピングカーのBlogを通じて知り合いました。そして2008年金沢で1度お会いしました。
氏のBlogの武勇伝は、金沢の片町でakakageさんが歩くとまさにモーセが海を割ったように目の前がサッと両側に広がったと言う話と夜にお会いした時も真黒なサングラスをかけてこられたので、僕の中ではプロレスラーの蝶野さんのオーバーラップしていましたが、この日お会いしたのはまったく雰囲気の違うakakageさんでした。
Mっちさん曰く、最近は小さなお子さんからトトロと呼ばれているとか。
「遠いところ」と恐縮したように言われましたが、その距離を無にするほどのお人柄は、大きな会社を経営したり、海外の会社のコンサルをするだけのスキルにも続く正義感あふれる社会問題への書き込みと本当に弱者に優しい側面をお餅なのをBlog等を通じて感じているのと、トレーラーを購入したのをきっかけに牽引免許を取り、このあとも船舶の免許を取りたいというアクティブな側面と僕と類似した歴史などのミステリー好きな一面があるからです。誰かと時間を共にしたいと言うのはそういう面があれば、時間や距離は関係ないですよね。

さて、気の使い方は昔通り、いやMっちさんのパワーが増した分のお二人の歓迎を受けました。
夕食まで時間があると、まずはMっちさんもオーナーになっている能登ワインへ。
能登島には2本の橋がかかっており、大橋ではない方のツインブリッジを渡り、七尾北湾を撒くように行った先の穴水から山中に入ったところにあります。

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Mっちさん曰く、能登半島地震で大きな被害を受けたこの地で復興のためにオーナー制度をうちたて賛同したということで、そんな多くの人の思いが大きなブドウ畑を育んでいます。
まだ若いぶどうが多いせいかワインもそうしたものが多いように感じました。
お二人からサプライズプレゼントで、2010年と2013年の同じ銘柄のワインを頂いちゃいました。

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漫画マリアージュのワイン、心の雫の2本です(^_^)/
スペシャルサンクス!! でも、僕レベルの舌でその違いが分かるかが不安です^^;

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そして和倉温泉の立ち寄り湯総湯へ。
飲泉もあります、と言う言葉に少し口に含んだものの、マグネシウムの苦さが口に広がります。豆腐が生き物だったらさぞかし辛い人生だと思うほど苦じょっぱかったです。
客である僕が迷子にならないようにお二人はサッと入っただけで、玄関と待合室に分かれて待っていただきまして恐縮千万です。

そんな楽しい時間とおしゃべりをさせて頂き、RVパークねやフィッシングパーク太公望に戻り夕食をごちそうになりました。

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夏休みはひょっこりひょうたん島(1)

連れが拙宅で「女子会」をやると言います。ならばその期間を使ってどこかに出かけようと画策。そんな時にBlog知人のakakageさんが、キャンピングトレーラーを購入したとの書き込み。これは見せてもらわない訳には行けませんと、サマーバカンスを楽しんでいる能登島に行ってきました。

教会と言う場所はボランティアで成り立っています。私もいくつかのお役をお引き受けしていた、その一つはBlogに週報と言う資料の今週の予定をUPすること。
ところが金曜の夜に出発してしまうので(間に合わないので)、高速のSA/PAで僕のPC宛のメールを途中で拾ってUPすることになりました。無料WifiをしているSA/PAを探したところ、新東名の岡崎SAが該当したので、行きは新東名→東海外環→東海北陸自動車道経由で行くことに。午前0時岡崎SAで作業終了。ここで今日は寝ようと思いましたが、都会の週末のSAネオンギラギラ、観光客もまだ往来が激しくなんかそんな感じではないので、もう少し先まで。ところが外環はSA/PAが無く結局五斗薪PAまで。
ここは昔、産廃の反対運動の支援で行った御嵩の近く…なんて思い出しながらお休みなさい。

朝起きて見回せばこのPAはトイレのみ。さて朝飯を食べれるところを探そうと早速出発。
ひるがの高原、ここよさげ!と飛び込み、モーニング500円を注文。
モフモフのワンコがじゃれ合っている姿を見ながら、夏休みを実感。

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さて出発します。

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南相馬―フィールドワークキャラバン(群盲象を評す(下)、の巻)

帰りは飯舘村を通過する県道12号線を抜けてきました。


いずこも線量は高いです。
さて、サブタイトルを群盲象を評すとつけました。
目の不自由な人が象を触り、鼻を触ったある人は象とはヘビのように長い生き物だと言い、耳を触った人は薄く広いものだといい、足を触った人は電信柱のようだ、と言い結局誰もが「本当の象」を語れないという喩です。
僕らも実は放射能汚染に対してはそうなのかもしれません。

ホットスポットと言うところがあります。いわゆる風の吹き溜まりです。人間は測定器をもってそうした場所を察知していますが、動物はそんなことお構いなしです。ですからホットスポット周辺の動物からは高濃度の放射線物質。特にその場所の草の葉の上に放射性物質が落ちてついたままの葉を食べたり、その動物を食べたりとして、内部被ばくをする動物はたくさんいます。
が、元気に生きている物が多いです。
が、そうした動物の遺伝子がどこまで破壊されているかはよくわかっていないようです。100年後になって恐ろしい状態になっているかもしれませんし、実は大騒ぎするほどの事態になっていないかもしれません。
専門家でもまだわからない状態です。

そもそも過去を振り返ってみましょう。
4大公害病、光化学スモッグ、亜鉛、カドミウム・・・そして、ダイオキシン。中国から輸入される食品に摂取してはいけないようなまがい物があることも報じられました。
そのたび日本人は、その食品を遠ざけてきました。
しかし、今ダイオキシン汚染を気にしている人がどれだけいるでしょうか?人間の生み出した最悪の物質とまで言われたダイオキシンの「ダ」の字もニュースにはなりません。
確かにニュースになったおかげでごみ処理場にはバグフィルターが取り付けられ数値は激減しました。
しかし、
アメリカは、ベトナム戦争で枯葉剤の不良在庫を抱え、その処分に困った。困った挙句に、日本政府に押し付けてきた。そこで、林野庁の高級官僚が、日本の国有林に雑草対策と称して散布し、それでも処理しきれなかったので、国有林内の山に埋設投棄した。
と言う蛮行が報じられましたが、大したニュースにならなかったことに「のど元過ぎれば熱さを忘れる」事を感じます。
放射能も次の大惨事が起きるまでは騒ぎになっても、次の何かがあればもう過去のことになってしまうように感じます。
「やっぱり日本の食品が一番」と福島のお米を食べる姿がもうすぐ先のような気がしてなりません。
僕が問題視したいのは、安全かそうでないか?を素人判断をして小保方さんの案件のように安易に公的な決定を出さないことと、国民は国民で喉元過ぎて危険なものを安易に口にしないことと安全なものを拒否するという偏見をもたないことだと思います。

測定をして基準数値以下の食品を怖がることを僕は否定できません。特にご家族に幼いお子さんがいれば過敏になることは当然です。
でも危険なのは放射線だけではありません。
除菌ブームに乗った各化学物質を多量に使用して、製法がどうだかわからない食べ物を食べて、それでブームだから的な福島の食べ物は危ない、と言うダブルスタンダードが解せないと言っているのです。

僕らは象の一部しか触っていないのではないでしょうか?触り損ねて知らないところにもっと危険が潜んでいるかもしれません、恵みがあるかもしれません。
でも触れないとしたら、あまり過敏になってはいけないでしょう。
久米さんが言いました。「私は、一時体を壊すほどに放射能に対して神経質になった。外に出ることが怖く、家の中もカウンターを持ち歩き少しでも高いと徹底して掃除をした。でも、ある時外仕事をしているお連れ合いさんと一緒に検査に行ったら自分の方が線量数値が高かった」「外で(放射線を浴びながら)働く方が、家の中に閉じこもっている人より低いんだもの(笑)」と言います。
そこで彼女は自己免疫を理解したと言います。クヨクヨしていたら、ならなくていい病気になっちゃう。だから笑顔で前を向こう。

「病は気から」は絶対に本当です。
もう子どもを産むことがない僕ら、放射性物質の半減期は何万年かもしれませんが、56歳の僕にとっては半減期はあと2-30年です。所詮放射線は「肉の体」しか犯すことが出来ません。心の汚染は放射能自身はできないのです、笑顔で十分立ち向かえます。クヨクヨととか、イライラとよりも2-30年嫌な放射性物質と付き合いながら、でもその嫌な物よりもっと大事な南相馬の友達と笑顔で生きていけることの方が幸せな生き方だと思うのです。

当初書きました。不要な放射線は浴びたくない。だから今後も再稼働には反対だし声を上げていきます。でも友達との付き合いの中で降りかかる放射線は今の僕の中には想定内の放射線量です。

何度も書きますが、人類史上非常に稀な事件に遭遇した時、それを不幸だ、と感じる方もいるかもしれません。
でも、久野で産廃の裁判が起き自分の時間を割いた時も、ほとんどの人が体験できないことを体験できるとワクワク(?)したものです。我が母国の稀有な事件もぶつかった中から「何か」歓びや感謝を見つけて生きる人生にしたいものです。

2011年から5年経ち、その間大きなニュースがたくさんありました。僕が住む関東でも鬼怒川の氾濫で広域に被害が出ましたし、今年は熊本で大震災が起きました。ニュースは皆そっちに移りましたが、南相馬をはじめ東北各地もまだまだ無事終焉、と言う訳ではないのです。
瀬戸内寂聴尼は、畑を耕す極意に「足音が肥やしになる」と語っています。つまりは愛おしい畑の生産物のために足しげく通い丹精込めて作ることを「足音」と表現したのでしょう。
街と街、人と人との関係性もそうでしょう。復興を応援することはまさに「肥やし」のプレゼント。「足音」を響かせることです。
時間があったら何度でも行きたい、そう思いながら帰路につきました。

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(あまりにも延々と続く汚染度の袋)

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(12号線沿いの村民の森の案内板)

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(安達太良SA)

(Ω)

南相馬―フィールドワークキャラバン(衣食足りて礼節を知る、の巻)

宿は2014年の訪問の時と同じ「いちばん星」さんにお願いしました。
鹿島球場から丘陵を登った高台にあります。
この星さんも地域の活性化に熱意をもってあたっている方です。敷地に入れば母屋に行くまでの間は、アルパカとエゾジカの牧場。この子たちがまたかわいい。

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この夜は離れ3部屋を僕ら4人で自由に使ってください、と言われ、のんびりと過ごさせてもらいます。
旅館は床の間があり、装飾があり、テーブルの上にはお茶と受けのお菓子、そして寝具などは押し入れにしまってある生活感のない、いわばハレの場であるのに対し、民宿はどこの家にもあるような普通の部屋で片隅に布団が積んであるケの場です。旅の多くはキャンピングカーの中(自宅)と言うのを繰り返していると、このケが何か落ち着くのです。
ただ2年の間に拡張を広げ、風呂が完成していました。早速一風呂。
シンプルですが広くて素敵なお風呂。逆に大きな風呂に入ることはハレの楽しみでもあります。手足を思い切り伸ばしてもぶつかるものがない。これぞ温泉。

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そして風呂上がりの生ビー\(^o^)/

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この民宿のお勧めは料理です。野菜ソムリエの母娘が作った自家製のおかずが並びます。

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(夕食)
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(朝食)

たまたまお客さんが少ない週末、外ではご主人ら地元の異業種交流会。食事を終えて部屋に戻ろうとすれば、まぁこちらへ、とのお誘い。僕も嫌いじゃないですから(^^)/
農業・農業機械の販売、東電職員等々、話題は明日の南相馬。そして僕が参加したもんで、地の民謡を聞かせてくれたり野馬追の話になったり、方言の話になったり、このいちばん星の拡張計画を語ってくれたり・・・。
旅(travel)の語源は困難・トラブル(trouble)だと言います。まさに文化の違いや生活慣習の違いに行けばトラブルに遭いやすいというのを何千年もの間味わってきた結果ついた名前なのでしょう。
しかし、その違いがあればこそ、旅は面白い。知らないことを吸収できる喜びがあるんです。

一つ実感したのは、小田原には古きから伝統的に伝わる民謡と祭りがないな、と言うこと。久野には鈩(たたら)があり、敷石住居跡があり、「あずまはや」とヤマトタケルが謳ったけれど、やはりこの地は北条五代以降の町なんでしょうね。
学校や就職で全国に散った人が、この野馬追のために休暇を取って帰ってきたという行事は小田原にはないな、酔って誰もが昔から伝わる民謡をと言うと手拍子をしながら声を合わせるなんてこともないな。
それは無い物ねだりかも知れませんがうらやましかったです。
でも、ご一緒のメンバーさんの多くが、小田原に来たことがある人が多かった、小田原城がリニューアルしたことをご存知の方が多かったことはとてもうれしかったし、何よりもお一人の方のお嬢さんは入生田に嫁がれているとのこと。ご縁で2都市の交流が深まればいいですね。

南東北での温暖なこの地。海あり山あり川あり。
大地から豊かな恵みがあればこそ、大いに文化が栄えます。お互いに刺激し合いながら交流しながらいい街にしていきたいですね。

ところで宿泊者サービスの朝刊、1面トップ記事に・・・

20160605-06

南相馬―フィールドワークキャラバン(布は緯から男は女から、の巻)

さて、話を時間系に戻しましょう。時系列でお話ししたのは、浮船の里についた時まで。
蚕を見せてもらえたことからお話をします。
今年から黄金に輝く繭があるという事で興味津々。
全てを小高で作ること。生きがいとして、そして集会場として、手仕事をしながら語らえる場所としての機織りという事なので、生産量は不問です。

20160604-41

20160604-42

老いては子に従え ではないけれど、最近色々と物事を教わる人が年に下になってきました。
FBの友人に、デニムマンという ジーンズショップを経営している人がいます。移動販売でジーンズを売り歩いています。
氏にある方が、(効率のいい)インターネット販売しないのですか? と尋ねた時、彼は効率よりも仕事の楽しさを優先したいと回答したそうです。
見ず知らずの人から注文メールが来て、袋詰めして宅配屋さんに渡すという顔無き関係は嫌だ、と。
お客さんのコンシェルジュとして一緒にジーンズを選び、おしゃべりをしながら採寸、仕立てをして、笑顔の挨拶と一緒に商品を渡すこと、を彼は選びました。

まちづくりの基本はそこにあるのでしょうね。
我が街小田原も個人商店はどんどんなくなり、大手チェーン店のみが生き残っています。マニュアルで店づくりがなされているので、小田原も他の町の店舗も同じ内容です。

「それがほしい」と思うものは、その商品に物語があり、その物語を含めて「ほしい」と思うことでしょう。
僕らがここで見た小高天織りの商品を欲するのは、商品の美しさもさることながら、その作ろうと思う発想、作っている姿も含めて、商品だからだと思います。

20160604-43

作り主―売主―買主の間に関係性があればこそ、物を大事に扱うし、「もったいない」という言葉「愛おしい」と言う言葉が生まれると思います。

20160604-44

こんなランプシェードあったらいいね、小高の絹糸を通しての灯りは優しく光るんだろうな。

あっ、そうだ。何でこの黄金の繭を作る蚕なのか聞くのを忘れた。
蚕の種類? それともアジサイ花が土壌のpHによって色を変えるように食べ物や環境によって? 
まぁ、次行くときにお聞きしよう\(^o^)/
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