アドベント2

アドベントと題したBlogの空想(妄想)(笑)
僕と同じようにはるか2000年前に思いを巡らした友。

「無言」を読むの中ではないが、馳せた思いは憑りつかれたが如く次から次へと膨らむ。

ヨハネは果たしてどこで出産させようと思ったのでしょうか?
ベツレヘムでの出産はルカの一説から不本意な出産だったと思うようになりました。
では、ヨハネはベツレヘムからナザレに帰ってから出産をさせようと思ったのか? それはそれで村八分になりかけていた二人のこと厳しいものがあったろうな、と想像します。
そもそも当時のお産はどのようなものか?とクグレばSiteにこんな一文を見つけました

お産婆さんは見つかるのでしょうか?
それならばいっそのことナザレには帰らずにベツレヘムや違う町で心機一転生活を始めよう、その方が生まれてくることもにとってもいい、なんて思わなかったのでしょうか?

聖書は後世に書かれたもの。今読む僕らは、神がBestな道を与えてくれたと思いますし、当然ベツレヘムで生まれなければ、ページェントも全く違うものになってしまいますが、わが身に起きている当の本人たちにはそんな冷静さは求められないでしょう。
思いがけずにベツレヘムで生まれることになったけれど、本当はどこで我が子を育てようとしたのか?は興味の湧くところです。

農の会の自給祭

表記のイヴェントを先輩友人の笹鶏さんが紹介している(クリックをするとジャンプする)

久野環時代に知り合い、よく語り、そして今はお互い忙しくなかなかお会いできなくなってもBlogを通じてその元気な姿からパワーをもらえる御仁だ。
農業は、生業でもあり、同時に自分の主義主張、つまりは哲学を遂行させるために、生きることを人質にとらえられないようにするための大事な業でもあるというポリシーを初めて聞いた時はただただ感嘆した。暴力に屈しなくても、食べ物を抑えられたら生きるために屈しなければならない、そんなことは、すでにアメリカと言う国が他国にやっていることだ。

しかし理屈ではない、生きることは楽しさでもあることも確かだ。
という事で農の会は楽しく生きるものの集いでもあると思う。
そんな農の会のイヴェントが、引っ越した新宅の近くで行われる。

残念ながら12月は炊き出しが始まっているので、行けるかどうかは不安な所だ。
というのも、いままで近距離でのほほんと勤めていた人生が、2時間近くかけて通勤することと引っ越しの片付かないジレンマ。
日曜くらいは休みたいよな、という気持ちで礼拝もさぼりがち。炊き出しも他のメンバーさんに全てを委ねているので、今年は少し荷を下ろそうと思っている。
10日は何時に起きるかでどういう予定になるかは決まる(笑)

よかったら是非ご参加ください!!

ステンドグラス グループ展

友人らのステンドグラス・グループ展のお誘いのはがきを頂いた。
日にちは、11月28日~12月3日。場所は自由学園明日館。

20171125-01

はがきを見ると入り口で提示するように記載があるので、確認したら、「それほど気にすることはないけれど、もし事前にわかったら来場希望者のお名前をおしえてほしい」とのことなので、このBlogを見ることで行って見ようという気になられた方は一応僕の方に連絡が欲しいです。よろしくお願いします。

ステンドグラスに限らず絵画は、見たものそのままではなく自分の中で咀嚼する部分が大きく、そこが魅力だと僕は思う。
世の中の美しいものを残念ながら僕は咀嚼しきれていないなぁ~、と思ったのは、ピカソの青年期の模写のち密さを知ってひらめいたようにそう思った。それを見た後ゲルニカを見たら、なぜか牛が苦しがって悶えている動きが見えた。

実は友人と記したがお会いしたのは1回だけで、でもその1回は結構濃厚な1日だった。それから半年経った今彼女の咀嚼の仕方を見ることに非常にワクワクしている。
しかも行くまえにとGoogleでチェックした自由学園明日館、なんか素晴らしい建物ではないか。

何とか2日に休みがとれたので、久々のおのぼりさん、池袋にGo!!

高挙

友から旧宅を懐かしむ言葉の手紙と一緒にお酒が届いた。
引っ越し祝いでもあり、共通の友を偲ぶ酒でもある。

チョイスされた銘柄に隠された想いを今日は味わいたい。

20171012-01

まずは来福Xを開けてみよう。チーム名になった福を呼ぶ酒。
淡麗辛口と言う表現がある。今の日本酒の流行だが、僕はどちらかというと芳醇な旨味のある酒が好きだ。
田舎者なんだろうな、小川のせせらぎと金色に広がった田んぼが脳裏に浮かぶ、曼珠沙華とエノコロ草の畔道の香りが醸し出されるような実直が味わいが好きだ。
これはそんな味わい深い酒だ。

20171012-02

そしてその味を楽しむと逝っちゃった友の顔が浮かぶ。件の福豆さん然り、優奈のママちゃん然り、なぜだか最初に浮かぶのは豪傑な女性陣。
思い出を1つ1つ思い出しながら書いていると、晩酌をやらないはずが酒が進む。

もう一つの酒は甦る、だ。
これも含蓄のある名前の酒だなぁ~。逝った仲間を思いだしながら飲むにはもってこいだ。
洋の東西を問わず、蘇えり信仰はある。人間の希望だ。
いや、それは死への抵抗ではない。生きている者がふっと死者を恋しくなる感情だろう。

話は飛ぶが、来年のRFLはリベンジで広島尾道へ行こうとおもう。ここにはあの中でも好きだった赤川次郎氏の『午前0時の忘れ物』の映画「あした」が撮られた。
もう一度だけ会える。それはある意味パンドラの箱で1度会えば2度会いたくなる。赤川氏は過去との決別と言うが、僕は未練が増すと思う。
天国での再会の時に「なっ、俺精一杯生き切ったろ!?」と自慢できるように精進するのが、僕流の生死観だ。

しかし、死後が無ければそれすらも叶わない。あるのか?と言う答えが甦りであり、神のもとへの凱旋信仰だ。
甦りの魂は神によって高く引き上げられる。それを高挙と言う。
高くに引き上げられた友を見上げ飲む酒。

少し酔ったな。

ムーンおじさん月になる

太陽は明日も僕らを照らし、月は明晩も美しく闇夜に輝く、こんなことが当たり前だと思うように、僕らは今日の続きの明日を疑わない。
がんを発症し何度も奇跡に近い復活をしてきたサバイバー中のサバイバー。不死身ではないか!?とさえ思っていた友が6月29日夜に天国に凱旋した。
つい先日、静岡で若い友を天に送ってその悲しみが癒されない中の出来事にただただ打ちのめされる。

20170704-01

がんでもいいじゃん♪FamryのMocaさんが、このキャラクター作りの秘話を教えてくれた。このモデルはToshiさんなんだよって…。
初めて出会ったのは最初のRFLつくばが終わってすぐ。がんでもいいじゃん♪のオフ会をしようと横浜に集まった時だから、2006年。もう11年にもなったんですね。
僕が会場に着いた時すでに酔っぱらって寝ていた(笑)
それから、数度のRFLや相互宅を中心としたオフ会とご一緒する機会を重ねました。そのたび思いが強くなるのは、非常な気配り人ということ。根っからのサービス精神満載で、そして嫌な顔をしたのをとうとう一度も見なかったこと。
それ故にToshiさん&Luiさん宅でのオフ会ではToshiさんとゆっくり飲んだためしがない。2,3分座ると料理を作りに立ったり、飲み物を取りに立ったり、腰の重たい僕としてはあのフットワークの軽さは驚異そのもの。

そして圧巻はプリン作り。
小田原教会のFreeSpaceあごらにがんでもいいじゃん♪のブースを出すとわかると、毎年前夜徹夜でプリンを作り100個近くを持ってきてくれました。何年も何年も…。
RFLの会場は自身のミッションとして頑張られたとしても、2次的な要因の教会バザーにまで尋常ならぬほどの情熱を注いでくれたことは言葉にならないほどの感謝です。
多くの人が秋になると、「ねぇ今年も〝あごら”にがんでもいいじゃん出るの?」と聞かれるようになりました。がもちろんその意図はプリン食べれるの?とあんに言われているわけです。がんでもいいじゃん♪と言う言葉はToshiさんのおかげで小田原の地で市民権を得た言葉となりましたが、残念なことにもうプリンは食べられません。
でも、どうぞ〝あごら”の季節になったら、がんと言う病と闘いながら自分ができる人への奉仕を常に考え周囲の笑顔を自らの喜びとしてプリンを作り続けてくれた人を思い起こしてください。

最後にあったのは去年の12月、日本初のモーフェスの記念Tシャツを届けに・・・。
行く前Luiさんに「行っても大丈夫?」と聞くと起きられないかもしれないけれど、という条件付きでOKサイン。ところが、仲間が来るという事が元気の源になったのか?1,2日前から食事もとるようになり、その後の再度の復活劇\(^o^)/

ちょっと安心したんだけれどな・・・。

若い時には日本キリスト教団原宿教会にも行ったことがあると語ってくれたこと。大学は違えども同じ農芸化学を専攻したこと。
ご縁のある、そして大きな背中を見ながら人生この人について行こうというにふさわしい御仁でした。
いつも笑顔でいる、多くはまねできないけれどこれをToshiさんからの遺言として真似をしていこうと思います。
ありがとう、しばしの別離さみしいです。

Luiさんの生活が落ち着いたらどこかで偲ぶ会やりたいです。がんでもいいじゃん♪FamiryとはFacebookやmixi相談したいです。

一つところ

キリスト教会の礼拝では、牧師や司会者が祈るシーンが多々見られます。
その祈りの中でよく祈られるのは、「今日この礼拝を覚えながら様々な事由で教会に来れない方のために祈ります。どうぞどこの場所においても神様の豊かなお恵みがありますように。」という祈りの言葉。

覚えている、つまりは気にしている、この事を大事にしたい。仲間からのとりなしの祈り。
RFL(リレーフォーライフ)というがんのイヴェント。この場所は特に病床にいる人、会場まで出向けない人も多いので「この日を覚え」ながらも参加できない仲間が多い。
SNSなどで「行けないけれどがんばってね」というエールに、「あなたが見ている同じ空の下で僕らは歩いているよ。空は繋がっているよ。」とエールに応えます。

様々な事由があって1つ場所に行けなくても仲間は仲間。
今日も2か所でRFLが行われ、そして僕は午後から2つの行事に参加します。
同じ行事に参加したくてもできない仲間の分まで真剣に討議しますね。

イースターの集合写真

O。ヘンリー氏の「賢者の贈り物」という短編が好きなんです。

貧しい若いご夫婦。クリスマスをまじかに控えた時、相手にプレゼントするだけの資金が無い。
途方にくれながら、夫はおじいさんから受け継いだ金の懐中時計を質入れし、妻のために(・・・・そう妻は美しい長い髪をしていた)櫛を買った。
妻は大事な夫を喜ばそうと決意して髪の毛を売り、金の懐中時計にあうチェーンを買った。
相手の歓ぶ顔を思い浮かべながらプレゼントを大切に抱え自宅に戻った。

時間が過ぎ夕刻を迎えた。そろそろ夫が仕事から帰って来る時間だ。靴音が響き、ドアが開く音がした。
「クリスマスおめでとう」と部屋に入ってきた夫は立ちすくんだ。この櫛に似合う素敵な長い髪の妻ではなくなっていた。
「どうしたんだい?髪の毛は?」絞り出すような声で聴くと、妻はこういった。「あなたの大事な懐中時計に似合うチェーンを買うために切ったのよ。さぁ懐中時計を貸して」
泣きそうな顔をしながら夫は言う。「懐中時計はこの櫛を買うために質に入れてしまったのだ」

O.ヘンリー氏はこの作品のタイトルを賢者の贈り物と付けました。素晴らしいタイトルです。
相手を思いやる気持ちこそが最高のプレゼントであることを知った二人。

20170511-01

さて、小田原教会では毎年イースターに集合写真を撮るのが恒例になっています。
ここ10年ほどはカメラマンの奉仕をさせて頂き、そのお役をさせて頂ける感謝の気持ちで教会に引き伸ばした写真を飾っています。
今年も笑顔の写真が仕上がり、欲しい方には実費で2Lサイズの写真を焼き増し、そしていつものように引き伸ばした写真を、と思い、教会で写真のサイズを測ってくることを忘れたことに気がつきます。
写真の額というのは、金属のフレームがあり、その下に厚紙のマット紙があり、写真はその下に入れ込みます。そのため写真の印画紙のサイズを測定するには分解しなければなりませんので、牧師に写真の額のサイズを教えてください、とメールをしました。
するとしばらくしてメッセージとともに縦横サイズの数字がメールで送られてきました。
しかし額のサイズに照らし合わせるとどうしても類似するものが見つかりません。
しょうがない、やはり自分で測ろう。
日曜日教会に行き、メールを頂いたことの感謝を述べ、でもサイズがよくわからなかった話を牧師としました。
「変だなぁ、写真をきちんと測ったのに…」 僕は牧師に手間をかけらせないようにと額のサイズを教えてください、と頼みましたが、牧師は僕が必要なのは写真の大きさとピンと来たのでしょう。手間をかけて額をばらし写真のサイズを測ってくれました。

封筒は閉じる時にのりしろが必要です。少なすぎれば封が外れて中身が出てしまう可能性があります。
人と人とのお交わりでも大切なものはのりしろではないでしょうか?
賢者の贈り物は、まさに相手を思いやるのりしろを想像させるお話です。そして昨日味わった写真のサイズも、相手の要求を想像して一歩先まで踏み込んでくれた思いやりというのりしろによるものでした。相手の笑顔を思い浮かべながら作業してくれた牧師の行為をうれしく思いました。
・・・家に戻り牧師からのメールのメッセージにはきちんと写真の大きさは、と認められていました^^;

プレゼントとは額面通りではなくちょっとした工夫、のりしろを生み出すことなんでしょう。相手の笑顔の想像を実践することなのでしょう。
写真サイズのやり取りの中で賢者の贈り物を思い出し豊かな気持ちになれました。

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい

聖書と言う書物は、この世での生活のHowTo本である一面があります。そしてその中で一番よく使われるのはこの聖句でしょう。

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。」
(テサロニケの信徒への手紙I 5章16~18節)

昨日・今日会社会長の葬儀があり2日間お亡くなりになられた会長とと近しい方と過ごす時間が与えられました。
僕も1991年中途採用でこの会社に入社しました。現場を1年経験した後事務所でのデスクワークになりました。そのころの会長は既に実務は退いていましたが、僕ら従業員が事務所に行くとわざわざコーヒーを入れてくれたりと「いつもありがとうございます」と言う丁寧な言葉とともに接してくれました。
昨日今日お会いした人、喪主である社長らファミリーの挨拶、どこにでも、「どんな時でも笑顔だった」「人の悪口や困窮の愚痴を言っているを聞いたことが無い」「信心深い人だったねェ」と言っていました。
まさに僕が四半世紀そばで感じたそれと同じ言葉でした。

表記の聖句は、「これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。」と続きます。
もちろんその方が信仰している宗教はそれぞれですが、他宗の方から得る素晴らしいものもたくさんあります。この2日間テサロニケの言葉の実践とは何か、改めて感じた次第です。

人の定めたお別れの儀を無事に終わらせてただいま帰りました。このあとはただ神に委ねるばかりです。祝福がありますように。このされたご家族ご親族そしてお仲間の上に神のねんごろな慰めと癒しがありますように。

オープニングセレモニーは、路上演奏やコンサートで注目されているミュージシャン、坪山健一氏のサックスで始まった。

高山右近の列福式の記事

限定公開とのことですのでダイレクトで貼らずにリンクのみご紹介。この上でクリックしてください。

カトリック司教協議会列聖列福特別委員会は、大阪教区(池長潤大司教)と共に2月3日、ユスト高山右近の列福祈願ミサと講演会を開催、会場の大阪・城星学園講堂には約800人が集った。400年前のキリシタン大名右近の生涯を知ることで、神がへりくだられた意味を深く理解し、キリスト者であることの使命を再確認する機会となった。

オープニングセレモニーは、路上演奏やコンサートで注目されているミュージシャン、坪山健一氏のサックスで始まった。その後、北摂地区青少年委員会の子どもたちによって右近の生涯の紙芝居、続いて「捨ててこそ―イエスの福音と高山右近―」と題して古巣馨神父(長崎教区)の特別講演が行われた。

「400年間語り伝えられてきた高山右近の出来事は、閉塞(へいそく)感に満ちた今だからこそ日本の教会の『共通の記憶』として、皆が知るべきことだ」と切り出した古巣神父は、始めに右近の生涯全体をおおまかに紹介。その上で、「高山右近という生き方」について、人生は神によって起こされた出来事だという理解のもとで、聖書の箇所を引用し、右近の人生と重ね合わせながら解き明かした。

まず右近の人生を、①「出会いの神秘」、②「苦しみの神秘」、③「復活の神秘」と三つの時期に分けて解釈し、それらをキリストの三つの神秘と一致させて見るとき、イエスの福音と右近の関係は鮮やかになると話した。

①「出会いの神秘」では、ザビエルにいたる右近の信仰の系譜(誰を通して信仰を得たか)に触れ、②「苦しみの神秘」では、神と人の絆をより深く結ばせる苦しみ、すなわち「試練」を通して右近が神によってつくり変えられたと語った。右近には三つの大きな試練があったというが、古巣神父はこう説明した。

「『荒木村重事件』では、人生の岐路に立つとき、神の前に身を置き、問い掛け、静かに聞き、決断するという、右近の生涯を貫いた『祈りによる決断』を身に付けました。秀吉による伴天連(バテレン)追放令では、『他のことは譲っても、神の教えにかかわることは譲れない』と公言。身分も財産も全て捨てることを選択したのです」

「降りてきて、十字架の死に至るまでへりくだった神」と出会った右近は、下克上の上り詰めることを競った時代に、“負け組”として、「降りていく生き方」を選ぶ。右近のこの生き方は、競争社会の中で福音を伝えようとする現代教会に大きな示唆を与えると、古巣神父は指摘した。

また、63年の生涯のうち、28年間を追放の身として過ごした右近は、秀吉、家康からの追放を「キリストからの派遣」と受け止め、彼の行く先々には信仰共同体(教会)が誕生した。右近の追放の人生は、③「復活の神秘」の中にあったと指摘した。

「洗礼の恵みを深く生きた結果が『高山右近という生き方』になりました。右近は現代のキリスト者に、洗礼の恵みを喜びとし、その情熱のうちに生きるようにと励ましています。人は本当の神の教えに出会い、洗礼を受けたこと、キリスト者であることをもったいない(ありがたい)こと、と公言した時、福音の証し人になれるのです」(古巣神父)

締めくくりの列福祈願ミサは、大塚喜直司教(京都教区)をはじめ、池長潤大司教(大阪教区)、松浦悟郎補佐司教(同教区)と他13人の司祭による共同司式で行われた。大塚司教は説教で、右近の人生が「長い殉教」そのものだったため、その生涯の道のりは私たちの信仰の模範となると話した。

さらに、教皇ベネディクト16世が、昨年「信仰年」を定めた背景にも言及。かつてはキリスト教国と呼ばれた国々の深刻な教会離れがあると説明し、私たちには、今どうしても内面の刷新が必要だとして、右近の列福を心から祈りたいと結んだ。

カトリック新聞OnLine February 15, 2013

グルットムサシ(Ω)

19日(月)、世は平日。サラリーマン氏がコートの襟をたてながら会社に向かう。OLの皆さんはカラフルなコートでとかくダークになりがちな街に色を添える。
そんな中僕らは銀座の街を散歩する。ヴ~ン至福(笑)

今日はまずMさんが教えてくれた奥野ビルに。

20161219-01

20161219-02

20161219-03

20161219-04

20161219-05

20161219-06

デザイナーズマンションの草分け、昔見に行ったことのある原宿同潤会アパート並みに興奮!

そして時系列には逆だけれど、最後は月光荘 月のはなれ。

20161219-12

20161219-13

松田優作さん演ずる売れない探偵が住んでいそうな場所は写真撮影が好きなものとして格好の被写体。
でも、手を抜いてこの日持っていったのはPowerShotG16のみ。少し残念な写真ばかりになったのでレタッチで誤魔化し^^;

そしてこの日のメインイヴェント。金斗鉉先生のネパールチャリティバザール展へ。
10年前ご家族からの協力要請でチベットに行って以来毎年現地の小学校で美術を教える旅をしています。そして今年の3月はなんとそんな旅に友人のぶいちゃんをご紹介したところご本人も行く気満々。そんなこともあって先生にはご挨拶をしたいと思っていたので願ったりかなったりのご訪問。

室内外に、先生らの作品と、現地の子どもたちの作品。
「絵」を描いたことのない子。(哲学的な意味ではなく)絵とは何か?を知らない子に絵を教えることがどういうことだったのか?を聞きました。
人の顔を見ながら描けない、後ろを向いて相手の絵を描く。続いて正面しか描けない。そして大きな画用紙に小さな絵を描くのは画用紙がもったいないという僕らが気付かなくなった貧困。
そうした中でも一生懸命さがどの絵も訴えてきてくれているのを見て素敵な旅なんだろうと思いをはせます。

20161219-07

20161219-16

素敵なカレンダーとネパールコーヒーを購入してお暇致しました。
さて、お昼。Mさんのお勧めのボルシチを食べにお茶の水に行く予定でしたが、近場で済まそうか、と(さすがに3日目、皆さん歩き疲れています)。
昨日行った銀座ライオン7丁目店で飲んだビール1杯につき1枚くじが引けて、なんと3倍の無料券をGetしたこと。そして食べたかったローストビーフが売り切れていたことでリベンジの入店。

20161219-08

Mさん行きつけの画材屋さん、月光荘へ。
それにしても銀座はすごいなぁ~、とつくづく思うよ。

20161219-11

銀ブラ発祥のお店。

20161219-09

このお店でブラジルコーヒーを飲むから銀ブラって知っていました? たしか花子とアンでも書いていたような(笑)
「最近の若い者は何でも言葉を短くして」なんて嫌味を言われますが、言葉を短くするのは古今を問わず若者の得意技。しかし、今でもモボ・モガと言う略し方はしないだろうな(爆)

地下のお店では個展が。


20161219-15

20161219-10

おしゃべりが楽しく、思わず飾り皿購入。

アッもうひとつ今回のお土産は

20161219-14

つれのたっての買い物、銅製のおろし金! ゲッ!と思うような価格の逸品でした。
こんな散財もしながら2泊3日の楽しい旅。
遊んでくれてみんなありがとう!! 楽しかった武蔵国をぐるっとまわったプチトリップでした。
プロフィール

take1960

Author:take1960
FC2ブログへようこそ!

カテゴリ
リンク
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
01 | 2018/02 | 03
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 - - -
最新記事
検索フォーム
最新コメント
最新トラックバック
FC2カウンター