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オフ会御用達ホテル(^^♪

ビジネスホテルを全国展開する東横イン(東京都)は、神奈川県小田原市の小田原駅近くに県内23か所目となる「東横INN小田原駅東口」(客室数295室)をオープンした。小田原駅周辺はホテルが少ないことが課題となっていて、小田原・箱根エリア観光の利便性向上に一役買いそうだ。
 小田原市は新幹線を始めとする複数の鉄道が乗り入れ、小田原厚木道路や西湘バイパスなどの道路網も集中。小田原城のリニューアルで観光客が増えているほか、大手企業も立地するためホテル需要が高まっていた。
 駅から徒歩3分の場所にあるホテルは、9階建てでシングル(238室)、ツイン(40室)、ダブル(16室)、室内に段差がない「ハートフルツイン」(1室)。小田原城を望める客室もある。東横インの渡辺憲二会長によると、10年以上前から駅周辺で候補地を探していたという。
 宿泊客の約6割はビジネス利用を想定。無料の朝食サービスはあるが、夕食は提供せずに近隣の飲食店で食べてもらう仕組みとした。渡辺会長は「地元との共存共栄を目指している。一年中、お客が来て高稼働率が期待できる」と狙いを語った。

YomiuriOnline 2018年08月30日 14時52分

箱根と言う巨大なホテル群があるためにいままで小田原は小規模ホテルしかなかったが、ここにきて全国展開のホテルが参入し始めた。
この東横INの対面も近々に万葉の湯が運営するホテルができるようだ。

箱根に行くための乗り換えの駅だった小田原にも観光客が増えることは喜ばしい。特に全国のRFLを廻っているチームがんでもいいじゃん♪のお仲間の多くがこのチェーン店の会員であり、なおかつオフ会の会場だった我が家の転居で宿泊がしにくくなった今日、小田原周辺で集まるのには泊まり慣れたこのホテルができた事はありがたいこと。
と言うわけで、そのうち小田原・箱根でオフ会しましょうね\(^o^)/

Theファミリーキャンプ

「ファミリーキャンプ」と聞いて、どんなキャンプなのか、そのイヴェントを想像してほしい。
そこには、花火やスイカ割り、そしてBBQといった定番のお遊びがある。
が当然Innの時間は13時、Outの時間は10時と言う定めの中 時には用意したイヴェントを省かなければいけないこともある。

今回、昔小田原交流パトロールと言う野宿者支援に関わってくれたカトリック教会のTさんから、やはりパトをご一緒してくれたスペインのPさんが仕事のために西部静岡に転居したという事もあって3家族でのキャンプの企画をお知らせくださった。

12時過ぎにアクティ―森に集合だったが一足先についたTさん父娘は早速カヌーに挑戦。

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そしてみんなで昼食。夏の定番はカレー、でもここはダムカレー。きちんとダムによって堰き止められているのをシャベルで破壊するのだ!!

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辛くて濃厚!うまい。観光地にうまいものなしと言うけれどこのカレーはおいしかった\(^o^)/

腹ごしらえがすんだころには13時。キャンプ場Innの時間。

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吉川キャンプ場カワセミの里
コテージ2つと単独行の僕はキャンピングカーの中で

Pさんはこの1週間内に誕生日という事でAiさんがケーキを作成\(^o^)/

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サプライズのバースディケーキのプレゼント

そして我が家のキャンプ定番のバームクーヘンづくり

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夜の帳が下りれば大人たーいむ
Pさんが持ってきてくれたシャンパンに舌鼓

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子どもたちも火遊び(?)を兼ねた焼き物係を一生懸命
酔っぱらいどもは片隅でクダを巻く(笑)

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そしてお待ちかね、花火大会。

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充実の一日。子どもたちは子どもたちだけで寝たいと強い要望。折衝の妥協点に満足もすぐに熟睡(笑)

さて今日の最初のイベントはスイカ割り。

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みんな、10時にキャンプ場Outだからね、その前に撤収作業があるんだからね。忖度してね
と言っても当たらないものは当たらない。
最後は目隠し無し

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これが今回キャンプのオールスタッフ。(カメラマン除く)

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キャンプ場の良さは、施設の充実と整備、そして一番は管理人さんのお人柄。
ここは両方とも素晴らしかった。特に管理人さんは穏やかで、細かい言葉で口出ししないが見回り管理棟は非常にこまめ。
本当この方のお人柄でまたリピートしたくなったもん。

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そんな管理人さんを囲んで、今回のオヤぢ―ズ

****

10時にOutした後はPさん宅での昼食にお招きを頂く。
前菜は、オリーブとメロンの生ハム巻

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ガスパチョ

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そして、パエジャ2色(イカ墨は撮影失敗(アセ))

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さすがスペインとフランスでの生活が長いRさん
本場仕込みのおいしい食事とクーラーの部屋でのまったりで帰るのが嫌に(笑)


というわけで1泊2日のキャンプのブログがこんなに盛りだくさんと言うのも本当にすごい。
たのしかった。
その一つは子どもたちが自主的に動ける2家族。この教育の賜物だね。率先して動いてくれた、本当にありがとうね。
今度は是非秋の伊豆のキャンプで楽しみましょう\(^o^)/

人の縁とは不思議なもので(2)

一番うれしいことは何だろうか?
もしかしたら、他人の記憶の中にとどまることかもしれない。

昨日は、福祉関係(?)で知り合った方と会食。
そしてその後小田原駅に向かったのだが、そこで後ろから声をかけられた。

振り向くと、ナイスミドルの男性。「覚えていない?」と言われれば絶対知り合い、と記憶をたどれば、高校の同級生。
40年前席を並べた。その後1度だけCVSをしている時に買い物に来られたが、急いでいたらしく挨拶だけで別れてしまった。

字が無茶苦茶上手い奴だった。
修学旅行同じグループで回ったよな。
当時もマスクがよかったが、当時よりもシャープにそして日焼けをしてちょい悪オヤジ風に進化していた(笑)
同級生の友人とはいまだつるんでバイクツーリングを楽しんでいるらしい。

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懐かしい色が変わった41年前の写真。I﨑くん、K馬くん、S本くん、T谷くん、N崎くん、N原くん、M地くん8人で5日間の九州の旅。新幹線の中では席を入れ替えたのか、もしかしたらずっと僕の隣はI﨑くんだったのかもしれない。

「みんなで飲もうや」と握手を交わして別れた。
何が嬉しいって覚えていてくれたこと。彼の人生の中には何百人何千人もお交わりのあった友がいたはずなのに、歩きざまに思い出してくれたこと。
人のご縁は本当に大切だ、と思った瞬間。

そして、その直前は前述の一番新しい友とのお交わりがあったのだよ。新しいご縁。
親子以上に年の離れたお嬢さん(^^♪
話を伺いながらやっぱり若さな魅力だ。未来が秘められている。
気がつけば3時間もお付き合いさせてしまった。楽しい時間だった。

うん、満足(^^♪
さて、明日からは昔小田原交流パトをご一緒したカトリックの若者家族2組とキャンプ。
ヂヂイになっていくと、若者とのお交わりが楽しくてしょうがないわい(笑)

人の縁とは不思議なもので

ホームレスは自業自得と思っていた僕が、寿地区センター委員や小田原交流パトロールの活動をするようになるのだから、神様のすることは全くわからないもの、と10年以上まえに投稿の依頼を受けて記した。

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経緯は、当時寿地区センターの委員長をしていたのが小田原教会のF牧師。過労で生死をさまよう状態に陥り、教会の礼拝の準備などは若者有志が集まり作業を代行した。
その時に、リーダー的存在のWさんが「牧師が倒れたからって(教会外の)牧師がやっていたことを放り出しちゃいけないよな」
そんな言葉になるほどと思い、自問した時に浮かんだのが、寿のこと。
当初書いたように僕はその時はホームレスは自己責任論者だったので、なぜその時に寿が頭に浮かんだのか?は、もうこれは神様の召しとしか言えないことだったわけ。

そんな感じで寿に出向き、オッチャン達の優しさと人の好さに触れ、目からうろこが落ち(この格言は聖書から発生したんだよ)・・・まさにその聖書の箇所のパウロのように、ホームレスに対しての考え方が180度変わり、小田原交流パトロールを開始し、そのご縁で昨年大阪釜ヶ崎のこどもたちの様子を描いた「さとにきたらええやん」の実行委員に誘われた。
誘ってくれた理由が分かっているだけに、しっかりした準備をしたいと思い、映画の前に釜ヶ崎に行こう、そしてその前に映画を見ておこう、と川崎の溝ノ口に自主上映会があると聞き伺った。

上映会の終わった後、司会者が何人かの人に感想を聞かれ、その中に熱心なお嬢さんがいた。
横須賀でこうした活動をしたい、と言う彼女におせっかいとは知りながら、寿のことを少しだけお伝えした。

ただそれだけの出会いだと思っていた。
ところが後日FBでその方を見つけた。寿に行きオリジンから熱いレクチャーを受けている様子が書かれていて、寿ともつながったんだな、とうれしく思っていた。

さて、話は今日に戻る。
仕事を終え、いつものように駅まで行くと、向こうから「あれっ?」と。
「あっWさん」
近くに居ながらなかなか会えなかった、いつ以来だろうか!? 小田原から国府津までの約10分。近況をお互いに報告し、「そうだ、FさんとFBでつながっているようだね」とのこと。
そう、前述の溝口で出会ったお嬢さんのこと。「彼女僕の教え子なんだよ。」

なんと! 当初記した牧師の重篤時に(本人は全くそのつもりもなく、もしかしたら言ったことも忘れているかもしれないが)僕を野宿者支援につなげ、そして今日その野宿者支援を通じて知り合ったお嬢さんとFBで友達になるきっかけを作ってくれた(笑)

人の縁とは不思議なもので・・・

豪雨お見舞い

西日本広範囲の豪雨は、広島を中心に大変な被害を及ぼし、今も復旧さえなされていない地区がたくさんあると聞きます。
存じなかったとはいえ、僕の友人も「一週間車の中で寝た」と語られ、なんのお見舞いもせずに薄情なことをしてしまいました。
近々ご実家のお酒を購入し、ささやかな支援をするのでちょっと待っててね。
と言うのも先に「ふるさと納税」という形で、井原市にお支払いをしてしまいました。
ちょっと失敗したな、と思ったのは、町が大変な中わざわざお礼の品が送ってこられたこと。もう少し落ち着いてからすればよかったです。

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とはいえ、濃厚なめらかなぷりん(?)・・・いや市販のプリンとは全く違うお味のおいしいデザートに感激。

さて、週末は台風の直撃のニュース。でも不幸中の幸いは、西日本には影響なく首都圏のみのようです。
これ以上大変な状況にならないようにと祈るばかりです。

そして27日は大友剛さんのチャリティーライブ。
支援は顔の見える関係がBestだと思います。でも、直接見えない時は、信頼のおける方に委ねること。

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ささやかなチケット代で申し訳ないけれど、被災者の人の心が癒されるようにきっと使ってくれるはず。

ジグソーパズルを組み立てた日

20世紀後半からの特記する文明で僕が一番興じているのはインターネットだと思います。
一度連絡が途絶えた人との再会はこのツールの存在で幾人とも復活しました。

22歳で大学をなんとか卒業し、地元の小さな漬物会社の成長率に期待を寄せ就職したものの、研究室とは名ばかりで作業は中学の理科の実験レベル。社長や直属の上司にも不満を感じた僕の救いは良き同僚の仲間たちでした。
そんなお仲間とも退職をした後は遊びに行く頻度は落ちました。

昨年、つきぢ小田原町の名前が消えてしまう、そんなうわさを聞き僕はその痕跡を捜しに築地へ行きました。その地に『味幸堂』の名を冠したお店が半世紀経った今も営業されていて、自宅に戻りインターネットを駆使して『味幸堂』の文字で検索。
すると、「うちの父が味幸堂に勤めていました。」の文字!!
えっ!! 驚愕しながらお名前を見るとSと言う名字。そう僕らが務めていた時代と重なった時代に出荷センターでチーフとして指揮をとって居られた方。
思わず氏のご子息のお嫁さんであるトピ主さんにメッセージ。同時にLineなるSNSを使って同時期勤めていたお仲間さんに呼びかけ、今日のこの日を迎えた訳です。

30余年ぶりに会う仲間、そして先輩。こうしたつながりが出来たのもやはりインターネットだと思うのです。
氏ファミリーは、小田原隣接の小さな町でみかん農を営んでいます。もちろん兼業で農業はSさんご夫妻が中心。そして仲介を担う形のご子息のお嫁さんは「みかんマルシェ」としてこの町の6次元産業としての農業を支えるリーダー。そして彼女ら次世代のまちづくりをご協力されているのは、松田教会でもお世話になっている東海大の杉本先生。
先生は町おこしのスペシャリストでもあり、中井町運動公園も先生のアイディアの宝庫。何度かこの公園の様子も写真で拝見していましたので、2つのご縁がシンクロしたので、これはもう行かないわけ行かないでしょ!

大々的な里都まち♡CAFEグランドオープンセレモニー。会場のみんなでエコ風船を飛ばしてお祝いします。

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おっとお隣で風船を飛ばしあげたのは杉本先生。ハレの日おめでとうございます\(^o^)/

僕らは再会を祝ってなかまる君と記念撮影。Sさんは実行委員の大役ながら写真撮影までして頂きました。ありがとうございます。

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カフェの様子はすでに先生からお聞きしています。木の優しさと安らぎ、そして中の調度品は、あちこちから集めたアンテーク品。
最新のデザインと古き良き調度品のバランス。

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そして無料のWifiが使えることもいまどきの集客には大切なことかもしれません。

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職場から離れた出先。緑豊かなローカルな場所にあるゆっくり落ち着けるCafeでPCを使って仕事するもよし、お茶を飲みながら周辺の観光施設の情報を集めるもよし、もちろん帰りのバスの時間を知っておいてその時までコーヒーを楽しむもよし、です。

隣の建物を見れば何やら煙突。
そうこちらはピザ釜。

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長蛇の行列を前に奮闘中の皆さん。地場産の食材を使ったピザは地味な見た目よりはるかに優れもの、おいしかったです。

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閑話休題、ジグソーパズルをやったことありますか?
袋からザッと開けた途端は出来そうな気がしないですが、それでもコツコツピースをつなげると何とか出来上がるものです。
僕らも30年前のいろいろなお仲間の名前やエピソードをほとんど忘れたりしていますが、それを集まった6人でピースをつなげるが如くおしゃべりしているうちに、あの時が脳裏に浮かびあがってきます。
「あの人は何をしているんだろうか?」「お元気にしているのだろうか?」同じ会社と言う袖触れ合った方の消息が気にかかります。
Sさんはお忙しく途中でお戻りになりましたので、僕らも場を変えて拙宅に戻りおしゃべりの続き。

いやぁ楽しかったです。またこういう機会を持ちましょう。予定が合わなかったMさん、そして住居がわかりそうな何人かのお仲間さんたち、次回はもう一回り大きな仲間の輪でおしゃべりが楽しめればうれしいです。
100ピースのジグソーを作れると次は300ピースのものを作りたくなるものです(^_^)/
そして、こういう機会を与えて頂けたこと、そして仲介の労をとってくれたSさんに感謝。
そして30余年経っても僕らを忘れずに懐かしがってくれた仲間にも感謝。

今日の戦利品。あしたはみかんマルシェのみかん尽くしディナーです\(^o^)/

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都内で過ごす休暇

大学の友人が来京したので休暇を取って東京へ。東京砂漠なんて言葉も流行りましたが、それは人の生活(社会)環境で、自然環境はまだまだ自然(人口の植生だけれど)は残っています。

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醸造試験所跡地公園

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飛鳥山公園
からのぉ~

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母校

行くたびに新しい建物ができています。今も何かを作っています。僕らの時に「そこ」に何が建っていたのかわからなくなってしまいます。

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知らない間に保育園も

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忖度はなしで小学校の建設中

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夜は仕事終わりの研究室の仲間も集まってくれ、友人のたっての希望で

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ショータイムにはお化け?に扮した店員さんが書く個室を廻って怖がらせるというパフォーマンスがあるんですが、野郎5人の部屋には訪れず・・・
そう言えば、40年前男4人で後楽園に行き、空き時間隣接の後楽園遊園地に入りお化け屋敷があったので入りました。当時後楽園のお化け屋敷は、動くものは機械仕掛けではなく人間がお化けに扮しているシステム。そこでもとうとうお化けが出てこなかった思い出があります。今日来京した男はその時の一人、永い腐れ縁を感じます(爆)

30年も会っていない仲間の顔を見れて、みんなすごい肩書になっているのに驚いて、でも喋れば昔の仲間。大いに笑って秋には同窓会をやろうや!と約束をして解散。

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帰路につけば、人身事故があったとのことでダイヤが乱れまくり。
いやでも充実の一日でした。みんなありがとう!

友とは

昨晩は2人の友人が訪ねてきてくださり、大いに笑い喋りました。お越し頂いたことを感謝です。
お一人の持ってきてくださったワインでほろほろと酔いました。

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もう一人の友達の持ってきてくださったお酒までたどり着かず・・・、こちらは今宵の読書の友としましょう。
ひれ酒の燗を頂きながら

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今宵読むのは

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ただいま
垣添忠生 全国縦断 がんサバイバー支援ウォーク
という行脚をしております。御年76歳。日本全国3500kmを歩き、ケアギバーに支援を呼びかけ、そしてサバイバーに勇気を与えます。

たとえば、友から相談事を受けた時に解決が出来れば最高だと思いますが、たとえそこまで行きつかなくても孤独感が癒されたり、何か解決に向けてのヒントがあったりすれば嬉しいものです。

こうしたウォークもそうだと思うのです。
歩いたところでがんが治る訳じゃない。けれど、苦しんでいるがん患者さんにとっては、自分のために何かしようと奮闘してくれている人がいる、と思うところに希望が湧くものだと思います。

何冊もの著作をお持ちの先生のご本をまだ1冊も読んだことがなかったので、このウォークが神奈川を歩く13日までは何か読んでみたいと、検索して見つかった中でこの本をチョイス。
13日はご一緒できればと思っております。

新・引っ越しの効能

連れ合いより先に帰宅し、真っ暗な部屋に明かりをともす。と、とたんに聞こえるウェディングマーチ。

さて、年末年始にご好評(?)を賜りました、引っ越しシリーズ第2弾。昔の手紙が出てきました。
その中に、結婚式にお越し下さった連れ合いの友人からのウェディングカード、光センサーが入っていて、2つ折りに閉じてあるカードを開くとウェディングマーチが鳴るもの。
ところが30余年経って、老いてますます元気なのか、開かずとも光を察知する能力を身に着けた(笑)

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なんだかんだ連れ添ってここまで来ましたな。
連れの忍耐はもちろんですが、こうして陰で支えてくれた友もいることを実感して真っ暗な家に帰るのを楽しみにしています(^_^)/

アドベント2

アドベントと題したBlogの空想(妄想)(笑)
僕と同じようにはるか2000年前に思いを巡らした友。

「無言」を読むの中ではないが、馳せた思いは憑りつかれたが如く次から次へと膨らむ。

ヨハネは果たしてどこで出産させようと思ったのでしょうか?
ベツレヘムでの出産はルカの一説から不本意な出産だったと思うようになりました。
では、ヨハネはベツレヘムからナザレに帰ってから出産をさせようと思ったのか? それはそれで村八分になりかけていた二人のこと厳しいものがあったろうな、と想像します。
そもそも当時のお産はどのようなものか?とクグレばSiteにこんな一文を見つけました

お産婆さんは見つかるのでしょうか?
それならばいっそのことナザレには帰らずにベツレヘムや違う町で心機一転生活を始めよう、その方が生まれてくることもにとってもいい、なんて思わなかったのでしょうか?

聖書は後世に書かれたもの。今読む僕らは、神がBestな道を与えてくれたと思いますし、当然ベツレヘムで生まれなければ、ページェントも全く違うものになってしまいますが、わが身に起きている当の本人たちにはそんな冷静さは求められないでしょう。
思いがけずにベツレヘムで生まれることになったけれど、本当はどこで我が子を育てようとしたのか?は興味の湧くところです。
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take1960

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