都内で過ごす休暇

大学の友人が来京したので休暇を取って東京へ。東京砂漠なんて言葉も流行りましたが、それは人の生活(社会)環境で、自然環境はまだまだ自然(人口の植生だけれど)は残っています。

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醸造試験所跡地公園

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飛鳥山公園
からのぉ~

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母校

行くたびに新しい建物ができています。今も何かを作っています。僕らの時に「そこ」に何が建っていたのかわからなくなってしまいます。

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知らない間に保育園も

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忖度はなしで小学校の建設中

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夜は仕事終わりの研究室の仲間も集まってくれ、友人のたっての希望で

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ショータイムにはお化け?に扮した店員さんが書く個室を廻って怖がらせるというパフォーマンスがあるんですが、野郎5人の部屋には訪れず・・・
そう言えば、40年前男4人で後楽園に行き、空き時間隣接の後楽園遊園地に入りお化け屋敷があったので入りました。当時後楽園のお化け屋敷は、動くものは機械仕掛けではなく人間がお化けに扮しているシステム。そこでもとうとうお化けが出てこなかった思い出があります。今日来京した男はその時の一人、永い腐れ縁を感じます(爆)

30年も会っていない仲間の顔を見れて、みんなすごい肩書になっているのに驚いて、でも喋れば昔の仲間。大いに笑って秋には同窓会をやろうや!と約束をして解散。

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帰路につけば、人身事故があったとのことでダイヤが乱れまくり。
いやでも充実の一日でした。みんなありがとう!

友とは

昨晩は2人の友人が訪ねてきてくださり、大いに笑い喋りました。お越し頂いたことを感謝です。
お一人の持ってきてくださったワインでほろほろと酔いました。

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もう一人の友達の持ってきてくださったお酒までたどり着かず・・・、こちらは今宵の読書の友としましょう。
ひれ酒の燗を頂きながら

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今宵読むのは

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ただいま
垣添忠生 全国縦断 がんサバイバー支援ウォーク
という行脚をしております。御年76歳。日本全国3500kmを歩き、ケアギバーに支援を呼びかけ、そしてサバイバーに勇気を与えます。

たとえば、友から相談事を受けた時に解決が出来れば最高だと思いますが、たとえそこまで行きつかなくても孤独感が癒されたり、何か解決に向けてのヒントがあったりすれば嬉しいものです。

こうしたウォークもそうだと思うのです。
歩いたところでがんが治る訳じゃない。けれど、苦しんでいるがん患者さんにとっては、自分のために何かしようと奮闘してくれている人がいる、と思うところに希望が湧くものだと思います。

何冊もの著作をお持ちの先生のご本をまだ1冊も読んだことがなかったので、このウォークが神奈川を歩く13日までは何か読んでみたいと、検索して見つかった中でこの本をチョイス。
13日はご一緒できればと思っております。

新・引っ越しの効能

連れ合いより先に帰宅し、真っ暗な部屋に明かりをともす。と、とたんに聞こえるウェディングマーチ。

さて、年末年始にご好評(?)を賜りました、引っ越しシリーズ第2弾。昔の手紙が出てきました。
その中に、結婚式にお越し下さった連れ合いの友人からのウェディングカード、光センサーが入っていて、2つ折りに閉じてあるカードを開くとウェディングマーチが鳴るもの。
ところが30余年経って、老いてますます元気なのか、開かずとも光を察知する能力を身に着けた(笑)

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なんだかんだ連れ添ってここまで来ましたな。
連れの忍耐はもちろんですが、こうして陰で支えてくれた友もいることを実感して真っ暗な家に帰るのを楽しみにしています(^_^)/

アドベント2

アドベントと題したBlogの空想(妄想)(笑)
僕と同じようにはるか2000年前に思いを巡らした友。

「無言」を読むの中ではないが、馳せた思いは憑りつかれたが如く次から次へと膨らむ。

ヨハネは果たしてどこで出産させようと思ったのでしょうか?
ベツレヘムでの出産はルカの一説から不本意な出産だったと思うようになりました。
では、ヨハネはベツレヘムからナザレに帰ってから出産をさせようと思ったのか? それはそれで村八分になりかけていた二人のこと厳しいものがあったろうな、と想像します。
そもそも当時のお産はどのようなものか?とクグレばSiteにこんな一文を見つけました

お産婆さんは見つかるのでしょうか?
それならばいっそのことナザレには帰らずにベツレヘムや違う町で心機一転生活を始めよう、その方が生まれてくることもにとってもいい、なんて思わなかったのでしょうか?

聖書は後世に書かれたもの。今読む僕らは、神がBestな道を与えてくれたと思いますし、当然ベツレヘムで生まれなければ、ページェントも全く違うものになってしまいますが、わが身に起きている当の本人たちにはそんな冷静さは求められないでしょう。
思いがけずにベツレヘムで生まれることになったけれど、本当はどこで我が子を育てようとしたのか?は興味の湧くところです。

農の会の自給祭

表記のイヴェントを先輩友人の笹鶏さんが紹介している(クリックをするとジャンプする)

久野環時代に知り合い、よく語り、そして今はお互い忙しくなかなかお会いできなくなってもBlogを通じてその元気な姿からパワーをもらえる御仁だ。
農業は、生業でもあり、同時に自分の主義主張、つまりは哲学を遂行させるために、生きることを人質にとらえられないようにするための大事な業でもあるというポリシーを初めて聞いた時はただただ感嘆した。暴力に屈しなくても、食べ物を抑えられたら生きるために屈しなければならない、そんなことは、すでにアメリカと言う国が他国にやっていることだ。

しかし理屈ではない、生きることは楽しさでもあることも確かだ。
という事で農の会は楽しく生きるものの集いでもあると思う。
そんな農の会のイヴェントが、引っ越した新宅の近くで行われる。

残念ながら12月は炊き出しが始まっているので、行けるかどうかは不安な所だ。
というのも、いままで近距離でのほほんと勤めていた人生が、2時間近くかけて通勤することと引っ越しの片付かないジレンマ。
日曜くらいは休みたいよな、という気持ちで礼拝もさぼりがち。炊き出しも他のメンバーさんに全てを委ねているので、今年は少し荷を下ろそうと思っている。
10日は何時に起きるかでどういう予定になるかは決まる(笑)

よかったら是非ご参加ください!!

ステンドグラス グループ展

友人らのステンドグラス・グループ展のお誘いのはがきを頂いた。
日にちは、11月28日~12月3日。場所は自由学園明日館。

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はがきを見ると入り口で提示するように記載があるので、確認したら、「それほど気にすることはないけれど、もし事前にわかったら来場希望者のお名前をおしえてほしい」とのことなので、このBlogを見ることで行って見ようという気になられた方は一応僕の方に連絡が欲しいです。よろしくお願いします。

ステンドグラスに限らず絵画は、見たものそのままではなく自分の中で咀嚼する部分が大きく、そこが魅力だと僕は思う。
世の中の美しいものを残念ながら僕は咀嚼しきれていないなぁ~、と思ったのは、ピカソの青年期の模写のち密さを知ってひらめいたようにそう思った。それを見た後ゲルニカを見たら、なぜか牛が苦しがって悶えている動きが見えた。

実は友人と記したがお会いしたのは1回だけで、でもその1回は結構濃厚な1日だった。それから半年経った今彼女の咀嚼の仕方を見ることに非常にワクワクしている。
しかも行くまえにとGoogleでチェックした自由学園明日館、なんか素晴らしい建物ではないか。

何とか2日に休みがとれたので、久々のおのぼりさん、池袋にGo!!

高挙

友から旧宅を懐かしむ言葉の手紙と一緒にお酒が届いた。
引っ越し祝いでもあり、共通の友を偲ぶ酒でもある。

チョイスされた銘柄に隠された想いを今日は味わいたい。

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まずは来福Xを開けてみよう。チーム名になった福を呼ぶ酒。
淡麗辛口と言う表現がある。今の日本酒の流行だが、僕はどちらかというと芳醇な旨味のある酒が好きだ。
田舎者なんだろうな、小川のせせらぎと金色に広がった田んぼが脳裏に浮かぶ、曼珠沙華とエノコロ草の畔道の香りが醸し出されるような実直が味わいが好きだ。
これはそんな味わい深い酒だ。

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そしてその味を楽しむと逝っちゃった友の顔が浮かぶ。件の福豆さん然り、優奈のママちゃん然り、なぜだか最初に浮かぶのは豪傑な女性陣。
思い出を1つ1つ思い出しながら書いていると、晩酌をやらないはずが酒が進む。

もう一つの酒は甦る、だ。
これも含蓄のある名前の酒だなぁ~。逝った仲間を思いだしながら飲むにはもってこいだ。
洋の東西を問わず、蘇えり信仰はある。人間の希望だ。
いや、それは死への抵抗ではない。生きている者がふっと死者を恋しくなる感情だろう。

話は飛ぶが、来年のRFLはリベンジで広島尾道へ行こうとおもう。ここにはあの中でも好きだった赤川次郎氏の『午前0時の忘れ物』の映画「あした」が撮られた。
もう一度だけ会える。それはある意味パンドラの箱で1度会えば2度会いたくなる。赤川氏は過去との決別と言うが、僕は未練が増すと思う。
天国での再会の時に「なっ、俺精一杯生き切ったろ!?」と自慢できるように精進するのが、僕流の生死観だ。

しかし、死後が無ければそれすらも叶わない。あるのか?と言う答えが甦りであり、神のもとへの凱旋信仰だ。
甦りの魂は神によって高く引き上げられる。それを高挙と言う。
高くに引き上げられた友を見上げ飲む酒。

少し酔ったな。

ムーンおじさん月になる

太陽は明日も僕らを照らし、月は明晩も美しく闇夜に輝く、こんなことが当たり前だと思うように、僕らは今日の続きの明日を疑わない。
がんを発症し何度も奇跡に近い復活をしてきたサバイバー中のサバイバー。不死身ではないか!?とさえ思っていた友が6月29日夜に天国に凱旋した。
つい先日、静岡で若い友を天に送ってその悲しみが癒されない中の出来事にただただ打ちのめされる。

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がんでもいいじゃん♪FamryのMocaさんが、このキャラクター作りの秘話を教えてくれた。このモデルはToshiさんなんだよって…。
初めて出会ったのは最初のRFLつくばが終わってすぐ。がんでもいいじゃん♪のオフ会をしようと横浜に集まった時だから、2006年。もう11年にもなったんですね。
僕が会場に着いた時すでに酔っぱらって寝ていた(笑)
それから、数度のRFLや相互宅を中心としたオフ会とご一緒する機会を重ねました。そのたび思いが強くなるのは、非常な気配り人ということ。根っからのサービス精神満載で、そして嫌な顔をしたのをとうとう一度も見なかったこと。
それ故にToshiさん&Luiさん宅でのオフ会ではToshiさんとゆっくり飲んだためしがない。2,3分座ると料理を作りに立ったり、飲み物を取りに立ったり、腰の重たい僕としてはあのフットワークの軽さは驚異そのもの。

そして圧巻はプリン作り。
小田原教会のFreeSpaceあごらにがんでもいいじゃん♪のブースを出すとわかると、毎年前夜徹夜でプリンを作り100個近くを持ってきてくれました。何年も何年も…。
RFLの会場は自身のミッションとして頑張られたとしても、2次的な要因の教会バザーにまで尋常ならぬほどの情熱を注いでくれたことは言葉にならないほどの感謝です。
多くの人が秋になると、「ねぇ今年も〝あごら”にがんでもいいじゃん出るの?」と聞かれるようになりました。がもちろんその意図はプリン食べれるの?とあんに言われているわけです。がんでもいいじゃん♪と言う言葉はToshiさんのおかげで小田原の地で市民権を得た言葉となりましたが、残念なことにもうプリンは食べられません。
でも、どうぞ〝あごら”の季節になったら、がんと言う病と闘いながら自分ができる人への奉仕を常に考え周囲の笑顔を自らの喜びとしてプリンを作り続けてくれた人を思い起こしてください。

最後にあったのは去年の12月、日本初のモーフェスの記念Tシャツを届けに・・・。
行く前Luiさんに「行っても大丈夫?」と聞くと起きられないかもしれないけれど、という条件付きでOKサイン。ところが、仲間が来るという事が元気の源になったのか?1,2日前から食事もとるようになり、その後の再度の復活劇\(^o^)/

ちょっと安心したんだけれどな・・・。

若い時には日本キリスト教団原宿教会にも行ったことがあると語ってくれたこと。大学は違えども同じ農芸化学を専攻したこと。
ご縁のある、そして大きな背中を見ながら人生この人について行こうというにふさわしい御仁でした。
いつも笑顔でいる、多くはまねできないけれどこれをToshiさんからの遺言として真似をしていこうと思います。
ありがとう、しばしの別離さみしいです。

Luiさんの生活が落ち着いたらどこかで偲ぶ会やりたいです。がんでもいいじゃん♪FamiryとはFacebookやmixi相談したいです。

一つところ

キリスト教会の礼拝では、牧師や司会者が祈るシーンが多々見られます。
その祈りの中でよく祈られるのは、「今日この礼拝を覚えながら様々な事由で教会に来れない方のために祈ります。どうぞどこの場所においても神様の豊かなお恵みがありますように。」という祈りの言葉。

覚えている、つまりは気にしている、この事を大事にしたい。仲間からのとりなしの祈り。
RFL(リレーフォーライフ)というがんのイヴェント。この場所は特に病床にいる人、会場まで出向けない人も多いので「この日を覚え」ながらも参加できない仲間が多い。
SNSなどで「行けないけれどがんばってね」というエールに、「あなたが見ている同じ空の下で僕らは歩いているよ。空は繋がっているよ。」とエールに応えます。

様々な事由があって1つ場所に行けなくても仲間は仲間。
今日も2か所でRFLが行われ、そして僕は午後から2つの行事に参加します。
同じ行事に参加したくてもできない仲間の分まで真剣に討議しますね。

イースターの集合写真

O。ヘンリー氏の「賢者の贈り物」という短編が好きなんです。

貧しい若いご夫婦。クリスマスをまじかに控えた時、相手にプレゼントするだけの資金が無い。
途方にくれながら、夫はおじいさんから受け継いだ金の懐中時計を質入れし、妻のために(・・・・そう妻は美しい長い髪をしていた)櫛を買った。
妻は大事な夫を喜ばそうと決意して髪の毛を売り、金の懐中時計にあうチェーンを買った。
相手の歓ぶ顔を思い浮かべながらプレゼントを大切に抱え自宅に戻った。

時間が過ぎ夕刻を迎えた。そろそろ夫が仕事から帰って来る時間だ。靴音が響き、ドアが開く音がした。
「クリスマスおめでとう」と部屋に入ってきた夫は立ちすくんだ。この櫛に似合う素敵な長い髪の妻ではなくなっていた。
「どうしたんだい?髪の毛は?」絞り出すような声で聴くと、妻はこういった。「あなたの大事な懐中時計に似合うチェーンを買うために切ったのよ。さぁ懐中時計を貸して」
泣きそうな顔をしながら夫は言う。「懐中時計はこの櫛を買うために質に入れてしまったのだ」

O.ヘンリー氏はこの作品のタイトルを賢者の贈り物と付けました。素晴らしいタイトルです。
相手を思いやる気持ちこそが最高のプレゼントであることを知った二人。

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さて、小田原教会では毎年イースターに集合写真を撮るのが恒例になっています。
ここ10年ほどはカメラマンの奉仕をさせて頂き、そのお役をさせて頂ける感謝の気持ちで教会に引き伸ばした写真を飾っています。
今年も笑顔の写真が仕上がり、欲しい方には実費で2Lサイズの写真を焼き増し、そしていつものように引き伸ばした写真を、と思い、教会で写真のサイズを測ってくることを忘れたことに気がつきます。
写真の額というのは、金属のフレームがあり、その下に厚紙のマット紙があり、写真はその下に入れ込みます。そのため写真の印画紙のサイズを測定するには分解しなければなりませんので、牧師に写真の額のサイズを教えてください、とメールをしました。
するとしばらくしてメッセージとともに縦横サイズの数字がメールで送られてきました。
しかし額のサイズに照らし合わせるとどうしても類似するものが見つかりません。
しょうがない、やはり自分で測ろう。
日曜日教会に行き、メールを頂いたことの感謝を述べ、でもサイズがよくわからなかった話を牧師としました。
「変だなぁ、写真をきちんと測ったのに…」 僕は牧師に手間をかけらせないようにと額のサイズを教えてください、と頼みましたが、牧師は僕が必要なのは写真の大きさとピンと来たのでしょう。手間をかけて額をばらし写真のサイズを測ってくれました。

封筒は閉じる時にのりしろが必要です。少なすぎれば封が外れて中身が出てしまう可能性があります。
人と人とのお交わりでも大切なものはのりしろではないでしょうか?
賢者の贈り物は、まさに相手を思いやるのりしろを想像させるお話です。そして昨日味わった写真のサイズも、相手の要求を想像して一歩先まで踏み込んでくれた思いやりというのりしろによるものでした。相手の笑顔を思い浮かべながら作業してくれた牧師の行為をうれしく思いました。
・・・家に戻り牧師からのメールのメッセージにはきちんと写真の大きさは、と認められていました^^;

プレゼントとは額面通りではなくちょっとした工夫、のりしろを生み出すことなんでしょう。相手の笑顔の想像を実践することなのでしょう。
写真サイズのやり取りの中で賢者の贈り物を思い出し豊かな気持ちになれました。
プロフィール

take1960

Author:take1960
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