比企の契り(2)

法性寺の裏山が同寺院の墓地ですが、その中を通過させていただくと、山道に入ります。道を左に取ると左手は豪邸の家の壁が延々と。山を借景としてではなくまさに目隠しとして使用しているのか、鎌倉の豪邸は山にへばりついて、近代構造物と自然林のギャップが激しいです。

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薄暗い樹林の下をしばらく歩くと急に開け、壮年の方が猫に餌をあげながら道案内のボランティア。

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この裏に「まんだら堂がありますよ」と。
このまんだら堂やぐら群は、少し前までは日蓮宗の修行者が住んでいて、池を掘り湿生植物を植えその周りをアジサイを植えて見学させていたとのこと。その後の経緯はわかりませんが、現在は行政管理下におかれボランティアスタッフの常駐する秋以降の土日休日のみ開放しているというもの。

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余談ですが、今から35年ほど前、就職し車を購入したころ、もてない野郎どもでドライブに行くとしたら、心霊スポットと呼ばれる場所が多く(笑)、当時神奈川で有名なスポットは、キャシー中島さんが怪談話の場所でして・・・、仲のよかった友人が、決してそんなことを言うような奴じゃなかったんですが、運よく入社できた鎌倉の税理士事務所を、まぁそんなような理由で退職しちゃったことと合わせて、そんな存在を否定しきれなくてこのトンネルを意識しておりましたが、なんというか年の功でしょうか、そっちの世界が近づいたのか(笑)、そういったものへの恐怖心は急激に薄れて今日に至った次第です。
このまんだら堂のだいたい下が、通称バケトンと呼ばれる超有名なスポット。その上には数多くの祠があったのですね。
人の恐怖心が生み出したのか、本当にお化けはいるのかはわかりませんが、川端康成氏ですら「無言」という話でここを取り上げています。

さて、まんだら堂から左に折れれば名越の切通し。3つの切通しが続いていますが、特に第1は圧巻です。
長い年月の間の人為的、または自然による変動があり、今僕らが見るのは全く当時のものとは違うと言いますが、それでも自然の要塞。両側が張り出した岩盤に人ひとり通れる隙間、そして馬などの通行を阻止するような道の真ん中の邪魔な岩。

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材木座6丁目にある弁谷の碑のあたりに北条一族は居を構えたと聞いています。
そして浄明寺1丁目12には北条時政の山荘跡があるとのこと(落盤のために立ち入り禁止らしい)。
つまりは北条氏は東からの三浦氏らの侵入を防ぐべく、名越の切通しと釈迦堂口の切通(まぁこちらは自分の家を守る切通しだったのだろうけれど)を抑えていたわけなんですね。

さて、切通しを見たら踵を返し元来た道を戻り法性寺へ。
寺院に下りずに左に道を取れば石廟があります。石廟とは内部に火葬骨を納めた蔵骨壺が納められたものと言われ、鎌倉時代には、一般的に木造の墳墓堂が造られたが、石造の墳墓堂は珍しく、他に見当たらないもので鎌倉市の文化財に指定されているそうです。まんだら堂が岩盤を四角にくりぬいたのに対して、1体ずつの廟(墓)として作られたのは時代によるものなのか不勉強でよくわかりません。

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そしてその横を通り崖を迂回するように巻くとお猿畠の大切岸。石切り場の跡ですが、なにか岩盤層が海から隆起したもしくは波に洗われて浸食されたような感がします。

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奇勝スポットを歩き、樹林の下の整備された散策道を歩きます。衣張山に行くとまんだら堂入り口のボランティアの方に言えば、とにかく左に左に行ってください。標識はあるけれど小さくてわかりにくいです、と言われた標識。これは確かにわからない。

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逗子ハイランドは振興高級住宅地だけれど、そのすぐ横の野仏はそこまで新しくなさそう。つまりはここは昔から里山の小路としてあったのでしょうか?
指示通りに左へ…。

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しばらくフラットな小道を歩くと急坂へ。久々の山道ぃ(>_<)
休憩したくとも同じような斜面が延々と、しかも広いスペースはなく人一人歩ける道。
・・・で、根性で登頂。と言っても標高121mなんですよね、ヴ~ン自分の体力脚力のなさにボーゼン(笑)

この衣張山の名の由来は、暑い夏の日、御所にいた頼朝(政子とも言われています)が、目の前の山に雪が積もっていればさぞかし涼しかろうに、といって山中に白い衣を張ったところから名づけられたとか。もちろん源家の権力の大きさを広げる後日談にすぎませんが…。

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そんな山を登り、最近石仏調査会なるグループに入れてもらったので気になってしまう五輪塔を撮影し、またささやぶの中に身を投じます。

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下りはあっという間で麓につきます。十字路を左に進み、前述の北條時政山荘(裏門)のあとでもある釈迦堂口切通しをそばから覗いて、今度は比企家の住まいだった場所に建つ妙本寺に向かいます。妙本寺自身も比企家の菩提寺です。

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小田原教会3代前のY牧師が小田原に来られる前に牧会をしていた雪ノ下教会の前を通り、閑静な場所にたたずむ寺院です。
幼稚園を運営されているようですが、この建物に興味を抱いて思わずパチリ。

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そして山門には比企の変のいきさつを書いた石碑。

奥には大きな寺院。

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こちらも参拝料を取っておらず、裏手を掃除されているモダンな方は実はご住職? かと存じますがご尽力に頭が下がります。
無料のお寺さんも素敵な所がいっぱいあります。そうしたところにいつでも気軽に行けるように、訪れる僕らも気をつけたいところです。

2代将軍は比企一族とともに暗殺されました。
そしてその子である公卿が3代将軍を暗殺して源家が滅びるのは前述の通りです。
その場所は鶴岡八幡宮。銀杏の木に隠れて源実朝の来るのを待った、と言う逸話は有名な話。2010年3月10日の強風で倒壊してしまった大銀杏。でもこの話は800年前、いくらなんでも人が隠れられる銀杏ではなかったとは思います。

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この日の八幡宮は、七五三、結婚式等々で大賑わいでした。

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さて、漫画のタイトル「比企の契り」

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比企一族の武将比企正和(もちろん架空)と比企一族を滅ぼした北条氏の姫君如月(これも存在せず)が、夫婦の契りを交わしたにもかかわらず、争いによって悲恋に散ったという日本版ロミオとジュリエット物語・・・。
そしてその幽霊騒動は真夏の「ぼんぼり祭り」で全く関係ないですが、今日は比企と北条の史跡を見たという事でお茶を濁させてもらいます。

比企の契り(1)

鎌倉時代は1185年頃(1192年ではなくなった) -1333年と言われています。
それをもう少し細かく見ると
1192年:源頼朝、征夷大将軍任命
1199年:頼朝の死、頼家が家督を継ぐ
1203年:頼家が幽閉され源実朝が将軍に就任
1219年:実朝、公暁に暗殺される
これ以降藤原何某らが将軍と言う形になりますが、実態は執権の鎌倉北条氏が握ります。源氏が実効支配したのは34年間に過ぎず、そのあとの114年は鎌倉北条氏が実権を握るわけです。
そういう意味では、結束が固かった平家に比べて源氏は個人プレーや裏切りが目立ちわずか3代しか持たなかったのかもしれません。
特に公暁によって実朝が殺されるわけですが、これは2代将軍源頼家の次男が比企の変で幽閉され殺された父の敵である叔父を討った訳です。
その敵対関係が頼朝乳母である比企一族と頼朝の正室北条政子ら北条一族の対立(権力争い)からなります。もっと言えば2代目の頼家がわがままだったことが問題なのですが、なにせ資料の中心は源家ではなく北条家のための歴史書「吾妻鏡」ですから、どこまであてになることやら、まぁ話がややこしくなるのでこの話は今日はこの辺で…。

頼家は比企一族を信頼しており、また母政子との間には確執はあったようで・・・、比企一族の長能員は頼家のいる間にライバル関係の北条氏の勢力を奪おうと北条時政(北条政子の父)を討つ願いをしそれが許されます。が、その密談を北条政子が聞いており、先手を打ち、比企一族は北条一族らに討伐されてしまいました。
と言うのが、吾妻鏡に描かれた比企の変。

相手(北条一族)に密談が漏れていることを知らない比企能員は、北条時政の依頼を受け時政邸に行きます。
弁ヶ谷に本邸・別業(別荘)・山荘の広大な屋敷を持っていたといわれ、今もGoogleMapを見ると 鎌倉市大町6丁目8−39 に時政邸裏門跡の記述があります。が、残念ながら落盤の危険性か立ち入りは出来ないようです。
その地で比企能員は殺され、それを合図に比企一族関連の住居に攻め入りわずか1日で皆殺しにされたといいます。

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そんな物語の入り口は、逗子の駅から。
初めて降りた逗子の駅。バス乗り場の「島」の片面が道路に面し、ここで降車。ロータリーに入って同じ「島」の反対面で乗車はなかなか便利です。6番のバス停に並ぶとこんな張り紙。

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えっ、通らない場所はどこなの?まったく地の利のない二人は少しパニック。でもしばらくすると同じ列にお年を召した方が並ばれたのでお聞きすると、行きは関係ないですよ。帰り道の途中が流鏑馬祭りで通れないから迂回するということです、とのこと。
安心しました(笑)

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そしてそんな後ろを祭りの行列が行きすぎました。
都市型の小型バス、到着。これに乗って法性寺(ほっしょうじ)へ。
同名のバス停でおり、バスを追いかけるようになだらかな坂を登り最初の横断歩道を渡り、線路を超えた左に曲がると山門に到着。
山号を書いた文字の両脇には白いサルが彫られています。

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観光地のお寺の多くは入山料を取り、それを維持管理に充てていますが、ここは無料。感謝です。
聖書には、地の塩、世の光になりなさい、と書かれています。自分のことではなく、広く視野を広げ蔑視・偏見には雄々しく声を上げるのと同時に、万人に愛をと説きますが、僕らのような寺院に関係ない観光客を不問として境内を通過させてくれる度量の広さは、大いに学びたいものです。

しかし急坂だぁ~、最初から息が切れます。

鎌倉ものがたりは12月9日から(^^♪

左カテゴリーを見るとHobbyの中に「西岸良平・鎌倉ものがたり」と言うのがある通り、この漫画は愛読書の一つです。
そんな物語の舞台の鎌倉を歩こうというのがこのカテゴリーのきっかけですが、約10年で3回しか行けていません。

そうこうしているうち、なんと映画上映の話が(^^♪

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うれしいのですが、どうも僕の愛した鎌倉ものがたりと少し違う。
銀魂もそうでしたが緩さがない。息つく暇を与えず・・・、と言う感じでCGでガンガン攻める・・・。ヴ~ン銀魂も西岸さんの漫画も緩さこそ醍醐味なのになぁ~。それにTVと映画の違いはあれど、TV東京の「勇者ヨシヒコ」シリーズは緩くて金かけなくても視聴率は高いし(笑)

勝手な言い分を書かせてもらえば、魔物、物の怪、妖怪…こういったものが気になってやまないのは、「ハレ」の時に現れるものではなく、「ケ」の中にいるもの感があること。
なんていうか「ゴキブリ」とか「クモ」とかが家の中で出て「きゃぁ~」的な日常観。先方のゴキ君にしてみれば「あちゃ、見つかっちゃったよ」コソコソコソ・・・的な存在なんですよ。誰かが飼っていたペットのわにが逃げました、的な非日常のスクランブルじゃあないんです。
メン・イン・ブラックの宇宙人が日々の何でもない生活の中に宇宙人と共生しているように、魔物も妖怪もすぐそばにいるけれど気をつけていない故に気が付かない存在、というのが魅力なんだと思うのです。
夏目友人帳と言う漫画を連れが借りてきたのをきっかけにアニメで見ましたが、普段はあの緩やかなたおやかな何でもない生活の「ケ」があればこそ「ハレ」の物語が生きると思うのです。
だから鎌倉ものがたりもメン・イン・ブラックも、トラブルになったときのみ、敵対すればいいわけですが、どうも今度の映画は「ハレ」のための「ケ」のような雰囲気です。そうだとしたら残念です。

前置きが長くなりましたが、そんな上映記念の鎌倉ハイク。
今回は2本立て。
「だめよ、正和さんは渡さない!!」
「路地裏は何もない行き止まり?」 です。ともに3巻の中の舞台を歩いてみたいと思います。こうご期待。(なお、放送内容は都合により急所変更する場合がございます。あらかじめご了承ください)

If ・・・

前々から見たかった「小田原北條氏の[絆]-小田原城とその支城-」展を11日の午後見てきました。
小田原城は熊本地震直後のGWに行ったきり。あの時は入場料をそのまま熊本に寄付し、ささやかながら我が家の小銭が熊本の復興のために使われ、改めて小田原市経済部並びに天守閣館長の大英断にエールを送ります。
そんな訳で今日は地元にお金を落とします(笑)

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この100余ページのカラー展示品目録(紹介)で1500円はお安いです。(これは利益なしですね)

一番の楽しみは、以前八王子城に伺った時に話を聞いた、織田信長からもらったとされているベネチアグラスの壺(瓶)。
当然八王子城は落城に際して、敵に宝物を渡さないように破壊した後お館に火を放ったので、よくこれでこういう形の壺(瓶)と判断したな程度の破片しか残っていないようですが、レースガラスの美しさではなくグレーの濃淡の模様で色を付けた壺(瓶)です。
透き通った美しさが見せ場のはずのベネチアンレースガラスがなぜこうしたものなのか? 何かの機会にお話を伺えれば、と思います。
実物を見ると景徳鎮系の焼き物の豊富さに目が行きます。

歴史にIfは禁句と言いますが、もし信長が明智光秀に討たれなかったら、上杉はその後に滅ぼされたと思います。でも併せて信長も兵力をかなり落としたでしょう。
それでも秀吉は信長に離反はしなかったでしょうし、そうであれば、信長に丁重に使者や貢物を出していた北条は滅ぼされなかったかもしれません。
あと5年信長の死が遅かったらどうだったかな?と言うのは興味深い空想へと誘います。

菊花展が開催していたから、が理由ではないでしょうけれど、小田原城はあいも変わらずに混んでいましたが、それでも多くの観光客にぬかされつつゆっくり2時間以上かけて館内を見てきました。
ブラタモリをきっかけに、虎口を歩き少しは地の利が分かってきて、文久図を見ては現在の町と照らし合わせて連れとたわいもない話をしてきました。
次回行ったら文久図の複製1000円なので買ってこよう\(^o^)/

出口では、かまぼこの一覧。

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かまぼこなんてみんな一緒でしょ? と思われる方、ぜひかまぼこ横丁を試食しながら歩いてみてください。「こんなに違うんだ!」と新鮮な驚きがあると思います。
というか「利きカマ」できるお土産タウンあるといいなぁ~

暮れまでもう少し開催しています。ぜひご覧ください。

午後ののんびり

怒涛の10月を終え、まだまだ片付けは終わらないもののどうにもこうにもやる気が起きず・・・
こんな日はのんびり過ごそうと玄関に飾るジグソーパズルをしたり

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(P.E.I.4点セット(笑) ウェルブタは関係ない(笑2))

なかなかお会いできずに年賀状だけのお付き合いになってしまっている方に引っ越しのお知らせを書いたり…。

そして・・・
ちょっとそそられて思わずポチした本が2冊到着。
小学生でもわかるように書かれた物理学書と哲学書(?)

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星が落ちてこないのは星が移動しているから・・・。つまりは水を張ったバケツをグルグル振り回しても水が落ちてこないのと同じで地球から落ちない勢いで遠ざかっている、これが宇宙は膨張している所以。
宇宙が誕生した時に粒子10億1個と反粒子10億個がぶつかり、ぶつかった10億個はエネルギーになったがぶつかり損ねた1個が地球や他の星、各星々の土壌や取り巻く窒素、水や生命を生み出した。半端じゃないほどの不運なものがこの宇宙の構成物質なんだ、と言う話など、理科の中でも一番苦手だった物理をわかりやすく解説してくれる本。

ところで昨日、ひょんなことから中学の英語の先生のご家族とお会いしました。英語と言う教科は苦手だったので、先方の先生がもし覚えているとしたら苦虫をつぶすような顔をなされるような生徒でしたが、それでも生徒の僕は不思議と嫌いな先生はいなかったんですよね。どなたもみんないい思い出で笑って話せることばかり。
物理もT澤先生に教わりました。午後一での授業はただただ睡魔との闘いだったことしか覚えていません(笑)

しっかり勉強しなかったから、だから今この本の中で「温度の定義」と問われても、温度って熱いとか寒いとかで定義なんて考えたこともないけれど、「分子の動きやすさ」なんですよね。
おもしろかったです。

2冊続けて一気読みしたのがこちら

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よくよく有名な話です。足の速いアキレスの前を足の遅い亀が走っていて、アキレスが亀に追いつこうとした瞬間、亀はまた前に進むのでアキレスは亀に追いつけないという事を、間違いであることを理論で論破すること…。
そしてそこから波及した追われるものは火事場の馬鹿力で思いがけない力を発揮するが、簡単に追えると思っている者は力を抜くという「うさぎと亀」の逸話は、このパラドックスを逆手に取った話で、世の中理論だけではないことをおもしろく書かれていました。
そもそも数学とか物理学とかは、アキレスと亀は等速での移動を前提になっているけれど、世の中では等速での移動なんてありえない。

2冊読んだらあっという間に夕暮れ。

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普段は昼間家にいることないからなぁ~。台所からこんな夕日が見れることを知った黄昏時。些細なことでも知ることの幸せをたくさん味わえました。

エルネスト

もし私たちが空想家のようだといわれるならば、
救いがたい理想主義者だといわれるならば
出来もしないことを考えているといわれるならば
何千回でも答えよう
「その通りだ」と。


チェ・ゲバラの名前こそは知っていましたが、遠い南米での革命家。武器を持っての革命なんかなんだかナンセンスだなぁ~、程度の認識だったのが、二十歳ごろだろうか、上記の名言を何かで読み一気にファンになったと言っても過言ではなかったのです。
革命を武器でするのか、否かは、いまでも考えに違いはあるし、僕は多分生涯否定を続けるし、祖国へのアイデンティティは人を殺すほどのものではない、と今のところは思っていますが、憲法九条による平和な国づくり、爆発的なパワーを持つ原子力を使わずにその分節電していく生活も、お互い持ちつ持たれつで多少の贈与があっても些細なことは気にしない貧困問題、どこの生まれでいてもどんな性格であっても気にしない人間同士のお付き合い・お交わりは、それ空論と否定しても言い続けるのはゲバラほどではなくともベクトルは同じだと思っております。

(ここから先は、映画の内容にも触れています。ご注意ください)

そんな名言で始まった映画「エルネスト」。
キューバ革命の直後、日本を公務で訪れた最中、予定を変更してまでも見に行った広島原爆ドームを見て、中国新聞の記者に、これだけされてもなぜ怒らないのか?と疑問を言葉にするゲバラ。
そして若き日のフレディ前村が、ゲバラに「その自信はどこから来ているのか?」との問いに、「怒りだ。憎しみでは戦いに勝てないが…」と返す言葉。
僕らは怒りと憎しみの霧別が出来ているか?と問われている気がします。
9月24日の礼拝説教「ゆるされている者」も赦しと許しの差があるように思いましたが、差がある中にも赦さなければならない、許されて当然、というのはおかしいし、きちんと両者の納得が必要なことを学ば差せてもらいましたが、まさに「罪を憎んで人を憎まず」罪へのいかりを捨ててはいけないのでしょう。

そして物語はボリビアの田舎町へと進みます。
少年期近くの村の貧しい友達に薬や食べ物を持っていったフレディ前村。そんな支援を貧しい友人は「上から目線の嫌な奴」と見ていた…。まさに怒りではなく憎しみによる戦いの相手だったわけです。
理解してほしいとは言わない。でも憎まないでほしかった・・・。そんな「友」の凶弾に倒れ死ぬ、と言う悲しい結末の映画でした。まぁ、その部分は史実なのかどうかはわかりませんが…。

日系人かどうかは問いませんが、このボリビアの戦いはもう少し知っておきたいな、と帰りがけに購入。

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良い映画です。ぜひ映画館へ足をお運びください。

広島の旅(Ω)

お好み焼きを食べていません。やっぱりこれを食べずには帰れないだろうと八丁堀で市電を降りお好み村に向かいます。商店街につけられているスピーカーからはカープの応援歌がガンガン流れています。町を挙げて応援しています。
残念ながらたどり着いたお好み村の各店舗は17時から。あと30分待ってもいいけれど、空いているお店もあるからと斜め前のへんくつやに入店。

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隣はスポーツバーなのでしょうか?どんな店かもわからないくらい赤服の若者に囲まれています。

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そんな中まさにお好み焼きを食べ終わろうとした時にゲームセット。町が歓喜にわきます。

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街角では振る舞い酒が配られ、もみくちゃにされながらも、お土産を買い夜行バス乗り場へ。

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待っていると1人の若い外国人のお嬢さん。19時代の夜行バスで東京に行くはずだったが、集合場所を、セブン‐イレブン ハートインJR広島駅南口店だと思って待っていたが時間になってもバスが来ないので誰かに確認したところ、セブンイレブン違いで集合は駅から遠いセブン‐イレブン 広島松原町店 だと言われ慌ててきたのだ、と言うことらしい。
そうでなくても英語が分からない僕が、焦って興奮して早口になっているお嬢さんの言わんとしていることが分かるはずないです。何とかわかる単語を聞き集めて返事をしようとしたところ、一緒に並んでいたマドマゼルが流暢な英語でペラペラペラと(ヲォ!!)
このあと僕らの乗るジャムジャムとその10分後に出るオリオンバスでもいけるからとにかく荷物を持ってこっちにいらっしゃい、的なことを言われたようです。彼女はthank youを口にし心なしか明るい表情になって駅に戻っていきました。
その間、やはりいっしょにバス待ちをしていた高校生くん、スマホで空席待ちの確認をしてくれ、ジャムジャムは1席、オリオンは3席空席があることをチェック。
荷物を持ってきた彼女にその旨を告げたようでした。
何とか無事に東京に行けるといいね♪

ヒロシマは悲惨な過去を乗り越えたシンボリックな平和の町です。少なくとも部外者の僕らは「ヒロシマという言葉のイメージは?」と尋ねられたら「平和」と答えるでしょう。
では「平和の構築は?」と続いて尋ねられたら何と答えるでしょうか? 多分そこには隣人の笑顔だと思います。気づかいだと思います。
思い返すと今回の旅は人間ウォッチングが楽しい旅でもありました。福山のなか卯のおばちゃんの「気を付けていってらっしゃい」から始まり、飲み屋で袖触れ合ったサラリーマン氏との雑談、教会の方々からの歓迎、市電の中の外国カップルのさりげない行動、帰りのバス乗り場で出会った女の子を無事に東京まで行けるようにした人たち…。それを見ることが目的ではなかったのですが、何よりそれを見れたことがうれしかったりします。
文豪トルストイの名作「靴屋のマルチン」の原題は『愛あるところに神もまたある』です。愛であり神のいる場所が平和である、そんな心が優しくなれるウォッチングをたくさん見ることができました。

優勝の歓喜の瞬間と言う貴重な体験をさせてくれた広島カープおめでとうございます。
そしていい旅を演出してくれた袖触れ合った皆さんありがとう。神様の恵みが豊かにありますように。

広島の旅(7)

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原爆ドーム前でおりれば、その言葉通り原爆ドームこと被曝と破壊を受けた広島県物産陳列館が目の前に見えます。

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広場では「戦争法強行採決2年 9.18を忘れない広島市民集会」の集会がなされています。僕らは自分たちが武力的圧力を受けるのも嫌だけれど、武力で圧力を加える加害者にもなりたくない。そんなコンセプトには賛同できるものの観光中の身、申し訳ないですが心の中で応援しドームに向かいます。
それにしても北朝鮮のミサイル問題は、事態以上に事を大げさにして報道し、扇動し、改憲に向かわせようとしているのに、それを見抜けずに賛同する人が多いように見えます。
アメリカだって同じ軍事のための衛星を飛ばしており日本の上空を飛ぶことがあっても何の報道もしないのに、一瞬北朝鮮が日本の上空の延長上の宇宙をミサイルが飛ぶということで机の下にもぐりなさいなんて言うのは、B29が来たら竹やりで撃ち落とせと同じような笑止に堪えない話です。

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ドームの周辺には各国語で書かれた原爆の話のスクラップが置かれています。そして多くの方が座ってじっくりと読んでいます。
連れ合いが言います。外国の人は時間を気にせずじっくりと読んでいるね、と。
確かに休暇の取り方が違うのかもしれませんが、僕らはわずか1時間の趣旨に賛同するデモに参加することなく自分の行程を優先している…その姿はもしかしたら昭和の時代に揶揄されたエコノミックアニマルのDNAから脱却できていないのかもしれません。

ぐるっと一周しおりづるタワーに向かいます。
1Fはお土産物屋、2-11Fはオフィース、12,13Fが平和観光の施設です。
僕らが立ち入れるのは12,13Fの2フロアー。料金は1700円。まず感じたのは、「た、高い」、ということ。
でもせっかくだから行ってみましょう。
12Fへはエレベーターで行く方法とビル東側に作られたなだらかなスロープ(下り用の滑り台付)を上がる方法の2つ。僕らは壁に描かれたイラストを見ながらスロープを歩いて上がります。

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思ったほど息も切れずに12Fに到着。客数に比べて従業員(アテンダント)の数が多いのか、12Fの室内入り口で僕らを待ち構えて声をかけてくれた。室内の説明と13Fの説明を一通りしてもらい僕らは室内に入ります。
大きなガラス張りで3方が見渡せ、旧球場、原爆ドーム、そして原爆投下地がそれぞれ見えます。

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原爆投下場所は特定できているようで、現在病院になっている建物の上との説明がありました。原爆ドームから100mほど東のあたりです。すべてが吹き飛ぶ爆風の中よくぞ耐え残ったものだと改めて感じます。

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室内には「つる」をモチーフとしたアトラクションがいくつかあります。帯に短し襷に長しな感は否めませんし、何故にディジタルのアトラクションが必要なのかいまいち分かりませんが、それでもほどほどに楽しめました。

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アバターは前に立った人と同じ格好に折り紙が移動するアトラクション。

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花火は、手前のボードの上に置いた色の花火が打ちあがるというもの。RFLのシンボルカラーの紫とがんでもいいじゃん♪のシンボルカラー黄色の花火を打ち上げらせました。

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トリックアートは平面の鶴を掌の上においているように見えるもの。
だからなぁに?コンセプトは? がいまいちよめませんでした。それでも子どもは喜べると思います。

13Fは屋外のレストルーム。ふんだんに気を使い緩やかなスロープで組み合わさっている気持のいい空間です。

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さて、最初の疑問に戻ります。1700円は高いか安いか? いくつかの考え方に出会います。費用対効果、自分の満足度から言えば高いです。費用対効果、平和都市広島の観光資源の一役とした場合どう考えるか? この施設の剰余金が平和を考えるために使われるのなら、この施設を作ろうとしたコンセプトに賛同しお支払いしたと踏めば決して高くはないです。しかし、1人1700円を支払うのをためらって入り口でUターンする観光客もいることを考えれば、コンセプトが生きない、そうだとしたら観光客にNo!と言わしめる施設は高いと考えなければいけないでしょう。
13Fの屋外レストスペース「ひろしまの丘」展望だけで1000円と言うチケットはどうかな?と思います。
それなら割高感はなく、13Fの喫茶での飲み物を買って空から原爆ドームを見下ろして平和を語り合うにはちょうどいいような気がしますが、いかがでしょう?
逆にアトラクションにおりづるが使われていることから繰り返して遊んでいる間に何で鶴なの?と言う子どもの疑問を呼び起こすためには気軽に行ける料金が必要でしょう。12Fのみは500円ではいかがでしょう?

連れは滑り台で12階から降りるといいます。僕はエレベーターで、と別れ入り口で待ち合わせ(笑)

平和公園に向かいましょう。

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広島平和記念資料館は愕然とするほど人の痛みがなくなった資料館になっていました。ただただ原爆は大きな被害を引き起こす道具です、だけが描かれ、悲惨さや怖さ、悲しさがありませんでした。
残念ながら僕にはここから痛みを想像することは難しかったです。

はだしのゲンがTVで上映されなくなっていく年月。重たくって一度見ればいいや、と言う意見に押されているからだそうです。
そうした中、沖縄ではガマで肝試しをしてガマ内を荒らして子どもが逮捕されました。
国民の声に耳を貸すことも大事ですが、何があったのか、それはどんな悲惨なことだったのかは、たとえ嫌がられても教え続ける義務が大人にはあると思います。

さてと旅の終わりが近づきました。夕食を食べ預けた荷物のパッキングをし直しお土産買って帰りのバスの発着所に行きましょう。

広島の旅(6)

物事をポテンシャル(ベクトル)に統一するとわかりやすい場合が多いです。たとえばA地点⇒B地点に行く場合、時間×値段=一定という反比例式になりやすいものです。
広島から宮島口までJRなら30分で410円、広電なら70分で280円。急ぐ旅でもないから(目的のうえのは10時にならないと開かない)から広電の乗り場へ。午後の行程も考えて、(宮島口まで)1日乗車券+100円で行けるのか?と確認すると宮島口までは1日乗車券の範疇とのこと。
だって280円×2(往復)=560円でっせ・・・600円の1日乗車券で行っちゃっていいの? ラッキー\(^o^)/
喜んで買っちゃったのですが、実は1日乗車船券840円(松大フェリー180×2(往復)=360円付)・・・つまり1日乗車券が480円で買えるチケットもあったのだとか…。残念(>_<)

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市電でトコトコ行く観光客はとても多く座席に座っている人のほとんどは終点まで座っていました。広電の座席はさまざまなバリエーションが1両の中にもあり、連結そばの部分は進行方向を向いた1人掛けの席。この席は席の下に機械が入っているのか、席より広く(1.5倍)盛り上がっているのです。その席に通路を挟んで外国人の若いカップルが座って通路を挟んでおしゃべりを楽しんでいました。車両は120~130%(つまり座席に座れない人が2,3割)の混雑。そこに1人の初老の方が乗車。するとカップルの男性の方がパッと立ち上がり席を譲り、彼女の座席の空いている鉄板の上に彼女の腰を抱いてピタッとくっついて座りました。かっこいいなぁ、譲り方も、彼女との触れ合い方も・・・。
ほほえましい風景を見ながら町中を過ぎ、西広島からは郊外路線を飛ばし、宮島口へ。
目指すうえのは港とは反対、JR乗り場に1分ほど戻ったあたり。すでに外には予約表に名前を書く人の列。

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慌てて僕らも並びます。
テイクアウトのお弁当もイートインの食事も一律この予約表での受付。ただし、座席が空かなくても渡せるのでお弁当は2,30分待ちだけれど食堂利用は1時間待ち。
食堂は相席です。呼ばれるまで近くで待っていてください、とのこと。

お弁当を買って宮島の海岸のベンチで食べることも考えましたが、ごみの処理を考えるとここは待ってでも食堂で食べたほうが無難、と1時間。
やっと呼ばれた\(^o^)/

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黄枯ら茶飯(だし醤油で炊いたご飯)の上にカットしたかば焼きのあなごを乗せ甘酢生姜がトッピングされています。
ウナギほど脂がのっていないのであっさりとしています。
料金は2000円。

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お店の広告には、まず白焼きを2人で半分こし(その際は辛口の日本酒を猪口1杯100円でお飲みいただけます、とのこと)、その後このあなご飯(どんぶりごはん)で締めるのがよいとのことですが、昼飯に3000円オーヴァーは庶民にはきつい金額です(笑)

名物を食べて満足した僕らは宮島を目指します。宮島観光は、JRと広電グループがライバル。当初に書いた宮島口までのアクセスもJRと広電が並行して走っているし、このフェリー乗り場も隣り合ってあります。こちらはどちらも10分で180円。
なんとなく広電グループの松大汽船に乗りました。
連れとの乗船中の疑問(会話)は松大とは何か? です。松島ならわかるがここは宮島。日本三景でもチト違うし…。
で家に帰ってくぐれば、1957年松本大次郎氏が創業したとのこと。名前から来ていたんですね(^^♪

昔、理科の教職課程を取ったとき月齢と潮の満ち引きについても学んだものの、そして昨日のニュースで午後8時に満潮だと知ったものの、この時間満潮ではないだろうけれどどういう状態なのか? いまいちわからずに到着。
連れは宮島に何度も来ていて記憶は干潮時だといいますが、僕は過去2回とも満潮時だったと思います。海に浮かぶ鳥居も美しいですが、今回は行けるものなら引いた海の上を歩いて鳥居まで行ってみたい。下船後鳥居が見えるところまではどうしても足が速くなります。
にこやかな客引きのおばちゃんたちも驚くような必死の形相で鳥居に向かう男一人(アホ(笑))

引いている・・・たしかに干潮に近い・・・でもひたひたと鳥居の下には海水が…。この状態は果たして満潮から干潮に向かうのか?干潮から満潮に向かっているのか?
わからないが今が今回の旅の中でベストタイミングなのかもしれないです。今撮らないでどうすると、砂浜に駆け下ります。

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干潮に喜び興奮冷めやらぬ旦那と見慣れた干潮に関心なく残されたカニを見つけたりしている連れ。その心の余裕の差が次の言葉を呼び起こします。「ねぇ、あそこに次の干潮は午後2時って書いてあるよ」
をぉ、でかした!! と言ってもまだ12時を回ったあたり。あと2時間か…。

少しだけ待っていい?と聞けば今日はノープランだからいいよとの回答。
島をぶらぶらしたり、日陰に腰掛け子どもたちが鹿と戯れているのを見たりしながら時間をつぶしますが、僕の方が焦れてきます(笑)

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13時15分。もう待てない、海水は残っているけれど裸足になればいいだけのこと。連れに下足番を頼み、海中へ。
台風一過で夏が戻った陽気の海は生ぬるく心地いいです。波に足を揺らしながら鳥居と厳島神社が見えるところまで移動。
干潮のみ撮影できるスポットです。

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これが見れただけでも宮島に来れてよかった(笑)

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さぁ、市内に戻りましょう。後藤牧師が市内の観光スポットとしておりづる会館を上げましたので原爆ドームを目指します。 

広島の旅(5)

礼拝が終わるころには雨脚が強まってまいりました。お暇のご挨拶をして市電の駅に戻ります。
市内を網羅している市電。5番に乗って来たので5番で帰るのが筋ですが、屋根が小さいので早めに電車に乗って車窓から市内見物と行きましょう、と来た1番に乗っちゃいます。

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宇品二丁目から的場町に行くには緑の路線なら10停留所程度。それをオレンジの路線で倍以上かけて帰るのですから酔興ものです。

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ホテルそばのCVSで今日の昼と夕食や夜のおやつを買い込み、このあとはホテルに閉じこもります。

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確かにザーザーという雨、そして木々を揺らす風はザワザワ、です。でも思った以上の事態ではなさそうですし、ニュースを見ても今がピークとのことで広島は被害がないまま済みそうです。
こうなるとRFLは本当に出来なかったか?と言う疑問。
出発直前のBlogにも書きましたが、過去のRFLでは果敢に雨天の中実施した大会もいくつもありました。もちろんがんサバイバーの方が多く参加しているイヴェントですから果敢こそ勇敢ではありませんが、天気予報の先を読めば、17日は中止しても18日には実施と言う選択肢もあるよ、と、もしこの中止が実行委員会の意見での中止なら意見したかもしれません。
でも、実行委員会も開催を熱望しながらの苦渋の選択。行政の中止要請と戦った結果の決定ですから致し方ありません。

傘が変形するような風になりました。諦めて濡れながら道行く人の姿も見られます。
そしてニュースは、満潮時の高潮への注意喚起と北口(?)の冠水の様子を報じています。

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そんな雨風も20時を廻れば止みホテルのガラスの水滴もとれました。明日はきっと晴れるでしょう。
最後の一日楽しみたいと思います。

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