広島の旅(Ω)

お好み焼きを食べていません。やっぱりこれを食べずには帰れないだろうと八丁堀で市電を降りお好み村に向かいます。商店街につけられているスピーカーからはカープの応援歌がガンガン流れています。町を挙げて応援しています。
残念ながらたどり着いたお好み村の各店舗は17時から。あと30分待ってもいいけれど、空いているお店もあるからと斜め前のへんくつやに入店。

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隣はスポーツバーなのでしょうか?どんな店かもわからないくらい赤服の若者に囲まれています。

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そんな中まさにお好み焼きを食べ終わろうとした時にゲームセット。町が歓喜にわきます。

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街角では振る舞い酒が配られ、もみくちゃにされながらも、お土産を買い夜行バス乗り場へ。

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待っていると1人の若い外国人のお嬢さん。19時代の夜行バスで東京に行くはずだったが、集合場所を、セブン‐イレブン ハートインJR広島駅南口店だと思って待っていたが時間になってもバスが来ないので誰かに確認したところ、セブンイレブン違いで集合は駅から遠いセブン‐イレブン 広島松原町店 だと言われ慌ててきたのだ、と言うことらしい。
そうでなくても英語が分からない僕が、焦って興奮して早口になっているお嬢さんの言わんとしていることが分かるはずないです。何とかわかる単語を聞き集めて返事をしようとしたところ、一緒に並んでいたマドマゼルが流暢な英語でペラペラペラと(ヲォ!!)
このあと僕らの乗るジャムジャムとその10分後に出るオリオンバスでもいけるからとにかく荷物を持ってこっちにいらっしゃい、的なことを言われたようです。彼女はthank youを口にし心なしか明るい表情になって駅に戻っていきました。
その間、やはりいっしょにバス待ちをしていた高校生くん、スマホで空席待ちの確認をしてくれ、ジャムジャムは1席、オリオンは3席空席があることをチェック。
荷物を持ってきた彼女にその旨を告げたようでした。
何とか無事に東京に行けるといいね♪

ヒロシマは悲惨な過去を乗り越えたシンボリックな平和の町です。少なくとも部外者の僕らは「ヒロシマという言葉のイメージは?」と尋ねられたら「平和」と答えるでしょう。
では「平和の構築は?」と続いて尋ねられたら何と答えるでしょうか? 多分そこには隣人の笑顔だと思います。気づかいだと思います。
思い返すと今回の旅は人間ウォッチングが楽しい旅でもありました。福山のなか卯のおばちゃんの「気を付けていってらっしゃい」から始まり、飲み屋で袖触れ合ったサラリーマン氏との雑談、教会の方々からの歓迎、市電の中の外国カップルのさりげない行動、帰りのバス乗り場で出会った女の子を無事に東京まで行けるようにした人たち…。それを見ることが目的ではなかったのですが、何よりそれを見れたことがうれしかったりします。
文豪トルストイの名作「靴屋のマルチン」の原題は『愛あるところに神もまたある』です。愛であり神のいる場所が平和である、そんな心が優しくなれるウォッチングをたくさん見ることができました。

優勝の歓喜の瞬間と言う貴重な体験をさせてくれた広島カープおめでとうございます。
そしていい旅を演出してくれた袖触れ合った皆さんありがとう。神様の恵みが豊かにありますように。

広島の旅(7)

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原爆ドーム前でおりれば、その言葉通り原爆ドームこと被曝と破壊を受けた広島県物産陳列館が目の前に見えます。

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広場では「戦争法強行採決2年 9.18を忘れない広島市民集会」の集会がなされています。僕らは自分たちが武力的圧力を受けるのも嫌だけれど、武力で圧力を加える加害者にもなりたくない。そんなコンセプトには賛同できるものの観光中の身、申し訳ないですが心の中で応援しドームに向かいます。
それにしても北朝鮮のミサイル問題は、事態以上に事を大げさにして報道し、扇動し、改憲に向かわせようとしているのに、それを見抜けずに賛同する人が多いように見えます。
アメリカだって同じ軍事のための衛星を飛ばしており日本の上空を飛ぶことがあっても何の報道もしないのに、一瞬北朝鮮が日本の上空の延長上の宇宙をミサイルが飛ぶということで机の下にもぐりなさいなんて言うのは、B29が来たら竹やりで撃ち落とせと同じような笑止に堪えない話です。

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ドームの周辺には各国語で書かれた原爆の話のスクラップが置かれています。そして多くの方が座ってじっくりと読んでいます。
連れ合いが言います。外国の人は時間を気にせずじっくりと読んでいるね、と。
確かに休暇の取り方が違うのかもしれませんが、僕らはわずか1時間の趣旨に賛同するデモに参加することなく自分の行程を優先している…その姿はもしかしたら昭和の時代に揶揄されたエコノミックアニマルのDNAから脱却できていないのかもしれません。

ぐるっと一周しおりづるタワーに向かいます。
1Fはお土産物屋、2-11Fはオフィース、12,13Fが平和観光の施設です。
僕らが立ち入れるのは12,13Fの2フロアー。料金は1700円。まず感じたのは、「た、高い」、ということ。
でもせっかくだから行ってみましょう。
12Fへはエレベーターで行く方法とビル東側に作られたなだらかなスロープ(下り用の滑り台付)を上がる方法の2つ。僕らは壁に描かれたイラストを見ながらスロープを歩いて上がります。

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思ったほど息も切れずに12Fに到着。客数に比べて従業員(アテンダント)の数が多いのか、12Fの室内入り口で僕らを待ち構えて声をかけてくれた。室内の説明と13Fの説明を一通りしてもらい僕らは室内に入ります。
大きなガラス張りで3方が見渡せ、旧球場、原爆ドーム、そして原爆投下地がそれぞれ見えます。

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原爆投下場所は特定できているようで、現在病院になっている建物の上との説明がありました。原爆ドームから100mほど東のあたりです。すべてが吹き飛ぶ爆風の中よくぞ耐え残ったものだと改めて感じます。

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室内には「つる」をモチーフとしたアトラクションがいくつかあります。帯に短し襷に長しな感は否めませんし、何故にディジタルのアトラクションが必要なのかいまいち分かりませんが、それでもほどほどに楽しめました。

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アバターは前に立った人と同じ格好に折り紙が移動するアトラクション。

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花火は、手前のボードの上に置いた色の花火が打ちあがるというもの。RFLのシンボルカラーの紫とがんでもいいじゃん♪のシンボルカラー黄色の花火を打ち上げらせました。

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トリックアートは平面の鶴を掌の上においているように見えるもの。
だからなぁに?コンセプトは? がいまいちよめませんでした。それでも子どもは喜べると思います。

13Fは屋外のレストルーム。ふんだんに気を使い緩やかなスロープで組み合わさっている気持のいい空間です。

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さて、最初の疑問に戻ります。1700円は高いか安いか? いくつかの考え方に出会います。費用対効果、自分の満足度から言えば高いです。費用対効果、平和都市広島の観光資源の一役とした場合どう考えるか? この施設の剰余金が平和を考えるために使われるのなら、この施設を作ろうとしたコンセプトに賛同しお支払いしたと踏めば決して高くはないです。しかし、1人1700円を支払うのをためらって入り口でUターンする観光客もいることを考えれば、コンセプトが生きない、そうだとしたら観光客にNo!と言わしめる施設は高いと考えなければいけないでしょう。
13Fの屋外レストスペース「ひろしまの丘」展望だけで1000円と言うチケットはどうかな?と思います。
それなら割高感はなく、13Fの喫茶での飲み物を買って空から原爆ドームを見下ろして平和を語り合うにはちょうどいいような気がしますが、いかがでしょう?
逆にアトラクションにおりづるが使われていることから繰り返して遊んでいる間に何で鶴なの?と言う子どもの疑問を呼び起こすためには気軽に行ける料金が必要でしょう。12Fのみは500円ではいかがでしょう?

連れは滑り台で12階から降りるといいます。僕はエレベーターで、と別れ入り口で待ち合わせ(笑)

平和公園に向かいましょう。

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広島平和記念資料館は愕然とするほど人の痛みがなくなった資料館になっていました。ただただ原爆は大きな被害を引き起こす道具です、だけが描かれ、悲惨さや怖さ、悲しさがありませんでした。
残念ながら僕にはここから痛みを想像することは難しかったです。

はだしのゲンがTVで上映されなくなっていく年月。重たくって一度見ればいいや、と言う意見に押されているからだそうです。
そうした中、沖縄ではガマで肝試しをしてガマ内を荒らして子どもが逮捕されました。
国民の声に耳を貸すことも大事ですが、何があったのか、それはどんな悲惨なことだったのかは、たとえ嫌がられても教え続ける義務が大人にはあると思います。

さてと旅の終わりが近づきました。夕食を食べ預けた荷物のパッキングをし直しお土産買って帰りのバスの発着所に行きましょう。

広島の旅(6)

物事をポテンシャル(ベクトル)に統一するとわかりやすい場合が多いです。たとえばA地点⇒B地点に行く場合、時間×値段=一定という反比例式になりやすいものです。
広島から宮島口までJRなら30分で410円、広電なら70分で280円。急ぐ旅でもないから(目的のうえのは10時にならないと開かない)から広電の乗り場へ。午後の行程も考えて、(宮島口まで)1日乗車券+100円で行けるのか?と確認すると宮島口までは1日乗車券の範疇とのこと。
だって280円×2(往復)=560円でっせ・・・600円の1日乗車券で行っちゃっていいの? ラッキー\(^o^)/
喜んで買っちゃったのですが、実は1日乗車船券840円(松大フェリー180×2(往復)=360円付)・・・つまり1日乗車券が480円で買えるチケットもあったのだとか…。残念(>_<)

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市電でトコトコ行く観光客はとても多く座席に座っている人のほとんどは終点まで座っていました。広電の座席はさまざまなバリエーションが1両の中にもあり、連結そばの部分は進行方向を向いた1人掛けの席。この席は席の下に機械が入っているのか、席より広く(1.5倍)盛り上がっているのです。その席に通路を挟んで外国人の若いカップルが座って通路を挟んでおしゃべりを楽しんでいました。車両は120~130%(つまり座席に座れない人が2,3割)の混雑。そこに1人の初老の方が乗車。するとカップルの男性の方がパッと立ち上がり席を譲り、彼女の座席の空いている鉄板の上に彼女の腰を抱いてピタッとくっついて座りました。かっこいいなぁ、譲り方も、彼女との触れ合い方も・・・。
ほほえましい風景を見ながら町中を過ぎ、西広島からは郊外路線を飛ばし、宮島口へ。
目指すうえのは港とは反対、JR乗り場に1分ほど戻ったあたり。すでに外には予約表に名前を書く人の列。

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慌てて僕らも並びます。
テイクアウトのお弁当もイートインの食事も一律この予約表での受付。ただし、座席が空かなくても渡せるのでお弁当は2,30分待ちだけれど食堂利用は1時間待ち。
食堂は相席です。呼ばれるまで近くで待っていてください、とのこと。

お弁当を買って宮島の海岸のベンチで食べることも考えましたが、ごみの処理を考えるとここは待ってでも食堂で食べたほうが無難、と1時間。
やっと呼ばれた\(^o^)/

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黄枯ら茶飯(だし醤油で炊いたご飯)の上にカットしたかば焼きのあなごを乗せ甘酢生姜がトッピングされています。
ウナギほど脂がのっていないのであっさりとしています。
料金は2000円。

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お店の広告には、まず白焼きを2人で半分こし(その際は辛口の日本酒を猪口1杯100円でお飲みいただけます、とのこと)、その後このあなご飯(どんぶりごはん)で締めるのがよいとのことですが、昼飯に3000円オーヴァーは庶民にはきつい金額です(笑)

名物を食べて満足した僕らは宮島を目指します。宮島観光は、JRと広電グループがライバル。当初に書いた宮島口までのアクセスもJRと広電が並行して走っているし、このフェリー乗り場も隣り合ってあります。こちらはどちらも10分で180円。
なんとなく広電グループの松大汽船に乗りました。
連れとの乗船中の疑問(会話)は松大とは何か? です。松島ならわかるがここは宮島。日本三景でもチト違うし…。
で家に帰ってくぐれば、1957年松本大次郎氏が創業したとのこと。名前から来ていたんですね(^^♪

昔、理科の教職課程を取ったとき月齢と潮の満ち引きについても学んだものの、そして昨日のニュースで午後8時に満潮だと知ったものの、この時間満潮ではないだろうけれどどういう状態なのか? いまいちわからずに到着。
連れは宮島に何度も来ていて記憶は干潮時だといいますが、僕は過去2回とも満潮時だったと思います。海に浮かぶ鳥居も美しいですが、今回は行けるものなら引いた海の上を歩いて鳥居まで行ってみたい。下船後鳥居が見えるところまではどうしても足が速くなります。
にこやかな客引きのおばちゃんたちも驚くような必死の形相で鳥居に向かう男一人(アホ(笑))

引いている・・・たしかに干潮に近い・・・でもひたひたと鳥居の下には海水が…。この状態は果たして満潮から干潮に向かうのか?干潮から満潮に向かっているのか?
わからないが今が今回の旅の中でベストタイミングなのかもしれないです。今撮らないでどうすると、砂浜に駆け下ります。

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干潮に喜び興奮冷めやらぬ旦那と見慣れた干潮に関心なく残されたカニを見つけたりしている連れ。その心の余裕の差が次の言葉を呼び起こします。「ねぇ、あそこに次の干潮は午後2時って書いてあるよ」
をぉ、でかした!! と言ってもまだ12時を回ったあたり。あと2時間か…。

少しだけ待っていい?と聞けば今日はノープランだからいいよとの回答。
島をぶらぶらしたり、日陰に腰掛け子どもたちが鹿と戯れているのを見たりしながら時間をつぶしますが、僕の方が焦れてきます(笑)

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13時15分。もう待てない、海水は残っているけれど裸足になればいいだけのこと。連れに下足番を頼み、海中へ。
台風一過で夏が戻った陽気の海は生ぬるく心地いいです。波に足を揺らしながら鳥居と厳島神社が見えるところまで移動。
干潮のみ撮影できるスポットです。

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これが見れただけでも宮島に来れてよかった(笑)

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さぁ、市内に戻りましょう。後藤牧師が市内の観光スポットとしておりづる会館を上げましたので原爆ドームを目指します。 

広島の旅(5)

礼拝が終わるころには雨脚が強まってまいりました。お暇のご挨拶をして市電の駅に戻ります。
市内を網羅している市電。5番に乗って来たので5番で帰るのが筋ですが、屋根が小さいので早めに電車に乗って車窓から市内見物と行きましょう、と来た1番に乗っちゃいます。

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宇品二丁目から的場町に行くには緑の路線なら10停留所程度。それをオレンジの路線で倍以上かけて帰るのですから酔興ものです。

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ホテルそばのCVSで今日の昼と夕食や夜のおやつを買い込み、このあとはホテルに閉じこもります。

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確かにザーザーという雨、そして木々を揺らす風はザワザワ、です。でも思った以上の事態ではなさそうですし、ニュースを見ても今がピークとのことで広島は被害がないまま済みそうです。
こうなるとRFLは本当に出来なかったか?と言う疑問。
出発直前のBlogにも書きましたが、過去のRFLでは果敢に雨天の中実施した大会もいくつもありました。もちろんがんサバイバーの方が多く参加しているイヴェントですから果敢こそ勇敢ではありませんが、天気予報の先を読めば、17日は中止しても18日には実施と言う選択肢もあるよ、と、もしこの中止が実行委員会の意見での中止なら意見したかもしれません。
でも、実行委員会も開催を熱望しながらの苦渋の選択。行政の中止要請と戦った結果の決定ですから致し方ありません。

傘が変形するような風になりました。諦めて濡れながら道行く人の姿も見られます。
そしてニュースは、満潮時の高潮への注意喚起と北口(?)の冠水の様子を報じています。

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そんな雨風も20時を廻れば止みホテルのガラスの水滴もとれました。明日はきっと晴れるでしょう。
最後の一日楽しみたいと思います。

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広島の旅(3)

福山からいくつかの中核都市を越え広島駅につきました。
途中のマツダスタジアムの横を通過した時は、C4-2Yだったのが、ホテルでTVを見ている中でC4-5Yと逆転されてしまいました。さて、市内の居酒屋が残念会の会場になる前に出かけようと町に繰り出し、お好み焼き屋さんを探している合間に真っ赤な軍団に囲まれちゃいました。雨の心配もあり宿の近くの 徳ちゃん 猿猴橋店 を覗けば「カウンターに2名様なら大丈夫です」とのこと。赤い中を歩き、空いた席に座らせてもらいます。

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アルミのビア樽の上に座布団といったカジュアルなお店。豊富なメニューから居酒屋定番の焼き鳥と刺身(ともに盛り合わせ)をチョイス。そしてお店おすすめの「雨後の月」を選びます。

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左隣は呉から優勝の瞬間を祝おうと来られた会社の同僚さん。しきりに地元優勝を見られずに「へこむわぁ~」を連発。お互い一頻(ひとしき)り腹と喉が潤ったあたりで話しかけると、去年もCS(クライマックスシリーズ)でベイファンの方と飲んだのだと語られ、そこから野球談議。外木場・安仁屋両投手の話、ホプキンス選手は医者でありながら体が動く間は好きな野球の道に進んだ話、僕がベイ選手時代の石井琢朗選手のファンであることをカミングアウトすれば、そこからは10年来の友のように話ははずみ、CSにはベイより読売が組み易いがCSで戦えるようにベイも応援しています、とエールを頂きました\(^o^)/

予定したイヴェントが台風で中止になったといえば、「明日明後日は何をするの?」と。
明日は予定を組んだがあさってはノープランと言えば、宮島口にうえのと言うあなご飯のお店がある、あそこはお勧め、と。自分たちもたまに食べたくなり、呉から車を飛ばして食べに行くのだと。ただし人気店なので10時のオープンから並ばないと大変だよ、とも。
ありがたい情報をもらって先にお暇させてもらいました。18日は四半世紀ぶりに宮島に行くことにしましょう。

一期一会、今後球場であっても偶然お会いする機会は万に一つもないかもしれませんが、楽しい夜を過ごさせていただきありがとうございました。

広島の旅(2)

「御馳走」と言う言葉は広島の言葉。朝鮮通信使をおもてなしするように、下関の海峡から大阪に着くまでの瀬戸内の各大名に秀吉は命じ、その順位を競わせたわけです。まさに馳せ走り満足できる食材と調理人を探し、呉の蒲刈がその一番の地位を得たと記載があります。
広島はグルメの地でもあります。
そんな広島最初の食事は、トヨタレンタカーを探す中、すわって地図を見ようと入った「なか卯 JR福山駅店」チェーンのファストフーズ店でしたがなになに御馳走は食材だけではなくおもてなしの心。ウェイトレスのおばちゃん、気さくに話しかけてくれ心穏やかに朝食を食べることができました。ありがとう。

トヨレンはそこから1つのブロックの対辺、信号を左折し、次の信号を左折したところ。無事ヴィッツを借りて井原に向かいます。
道路標識には神辺の文字。実は明日は台風でRFLが中止になったので、広島南部教会の礼拝に集おうと思っているのです。ここの牧師が昨3月まで赴任していたのが神辺教会。せっかくだからと教会の前を通ります。

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県道200号から国道486号へ。ほどなく井原鉄道井原線の早雲の里荏原駅へ。北口には早雲の里交流センターがあります。情報を得るためにまずはここに行ってみます。
雨が降ってきました。走って建物に入ると数名の高齢者が建物内を掃除中。 早雲の関係の名所を見に来たと言えば非常に戸惑った様子で、それでもリーダーらしき方が城跡と法泉寺の行き方を丁寧に教えてくれました。残念ながら資料等は置いてないようです。

まずは高越城跡に行ってみましょう。肥料で有名なCB化成の工場の間を抜けると農村地帯。道路の両側は暗渠にしていない水路があります。そして道幅は車の幅程度、アップダウンのあるスラローム(笑)

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アップグレードしてもらいわずか数十センチの車幅が増えたことを後悔。GoogleMapで検索すると東江原町5618 となっているあたりからは斜度が急になり民家はなくなります。
人の住む里と神の住む山(いわゆる神隠しの起こる場所)との間には里山がある。住むのは難しいが作物が取れる樹林であり耕せたところは畑だ。うっそうと茂った木々や竹藪は空を狭くし、初めて走る僕らを心細くする・・・。
エンジンがうなり坂を上りきったところ・・・急に空が広くなって、大きな農家が数件現れた。隠れ里?
ここで道を右に切り急激に下ったところが高越城です。

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上地図右隅の駐車場に車を止め、舗装をされた道を歩きます。

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真ん中のくびれたあたりの門をくぐり(これは立派だ)、なだらかな坂を上がったところが四の郭。

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大型化していく城の歴史の前半の時代。他の城と比べると狭く感じるけれど、この時代では五つの郭を持つ立派な城だったのでしょうね。

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城めぐりの楽しさはやはり城址つまりは高台からの風景。藁葺の平屋の百姓の家並みが点在し、それを取り囲むように黄金色の田んぼが実る風景を見るのは城主としての至極の喜びだったのでしょうね。

城址を後に新九郎観音と言うスポットを目指します。

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掛かっていた解説を読むと伊勢新九郎(北條早雲)が帰郷した時に奉納した観音と言われ崇められていたようですが、製造は江戸期とのこと。
でも

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春になると桜の下で祭りをする…、そうした人の心の支えとなっているのならいいんじゃない? って気がします。

法泉寺 に向かいます。

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大きく素晴らしく、そして手が行き届いているお寺でした。
このような天気、どなたもいらっしゃらなく、当然ご住職にもお会いできなかったので(お呼びするのも何なので)拝見させてもらって帰ってきました。
荏原の荘は、早雲の生誕地として盛り上げたいという希望はあるのでしょうけれど、まだまだ観光資源としては使いこなせていないようでした。

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隣町はきのこ町。可愛らしい名前に思わずパチリ。

さて次の目的地へ。早雲の生誕地荏原から西南西へ約10km。稲倉と言う郷へ向かいます。

北条5代が秀吉によって滅ぼされましたが、3代氏康の5男氏規はその後赦され、河内狭山城主となります。徳の篤かった北條一族、残党はお家が持てたことで集まりますが、石高が小さく希望を持った家臣を抱えることが出来ずに、集まった家臣の中には早雲の生まれ故郷に移転するものが現れたようです。
その中の一人に、前小田原市立病院名誉医院長の北条龍彦氏の先祖もいたようです。龍彦氏は、立木望隆先生らと一緒に江戸後期以降の北條家の家計を調べ、この地が故郷であることを確信したと記しています。

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井原に生まれ関東にきて一旗揚げ、そして関東を追われて井原に戻り、そんな井原からまた小田原に戻ってきたという話は、大きな人知を超えた力によって導かれているようでなりません。

広島の旅(1)

RFL広島が、9月16-18日の後半2日で開催されるという話を聞いた時に2泊3日の旅の概要が決まった。

歴史を振り返れば、この中国地方の先祖は神奈川県民なんです。愛甲郡毛利荘を得た大江氏が里の名前を付けたのが毛利の祖です。
小早川氏は湯河原の土肥家の家臣で早川の荘を支配していた一族で、ともに源平合戦の中西走し中国地方に根づいた一族です。
時は流れ、伊勢新九郎は井原の里から京を経て当時一番の軍力のある今川へのもとに行き、その後関八州を治めます。
江戸の町は、小田原の町のコピーです。唯一違うのは、小田原の街づくり以外に陰陽道の考えを咥えた点でしょう。歴史を振り返れば関東は中国地方の人によってつくられました。
だから関東人は遠い歴史をたどって井原を懐かしく思い、広島県民は関東に郷愁の念を抱くのかもしれません。

そんな早雲の里から今回の旅を始めよう。そしてそんな長い道のりも乗ったことのない乗り物で行ってみたい。
という事で、今密かに話題沸騰のドリームスリーパー2を選択。大型バスにたった11人しか乗れないという走るホテル。3連休の前夜予約は取れるかと9時になると同時に予約サイト発車オーライにつなぎます。
あっけなくGet。しかも1A、1Bの席と言うのはいの一番に予約を完了したという事??
さすがにそこまでは人気はないのか? というのも、通常東京―福山の夜行バスは7500円程度なのがこのドリームスリーパー2は22500円と約3倍。新幹線よりもはるかに高いのです。
でも一度は乗ってみたい\(^o^)/

台風が分かっていたので一眼レフは持っていかず、PowerShotG16一台のみ。広角も撮れないのでいささか満足いく情報が提供できるかは不安ですが…。

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11席と言うだけあって全室個室です。廊下からはすりガラスで中にいるかは確認できるかもしれませんが、席に座ってしまえばまったく見えないです。あっ、車内は土禁(土足禁止)で、ステップ2段目で靴を脱ぐとスタッフがビニール袋に靴を入れてくれます。どうも至れり尽くせりのおもてなしはくすっぐったく苦手です(笑)
また座席につくとヘッドフォーン等の備品を持って部屋を廻り部屋内の説明をしてくれます。
約1/3程度がスライドドアとして空きます。

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窓側には15cmほどのスペースに、足側からアメニティグッズケース、ドリンクホルダー、シートアレンジャー、イオン発生器がついています。
アメニティーグッズはポーチに入ったものと書かれていますが、既に経費削減なのかビニール袋に入っているだけで少しチープ。残念
そしてWifiも繋がりますが画面が動きませんでした。これも残念

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ゼログラビティ姿勢と言うのだそうです。お尻が沈みながらも、また背もたれもあまり倒れている気にはならないものの、この足が高く上がる姿勢はなかなか寝心地がいいです。
今回は1回目。ドキドキワクワクで寝ているどころではなく楽しんじゃいましたが、2度目があれば熟睡できるでしょう。でもこのBlogを読まれて乗ろうという方、1番前はタイヤの上です、やはりどうしても振動は激しいので、寝る事前提に乗られる方は車の真ん中あたりがいいかもしれません。

そして車中で見たFacebook なんとRFL広島は台風18号の接近により中止が決定したとのことオーマイガッ―
なんで体育館で行われるイヴェントが中止になっちゃうんだ!!

それでもバスは走ります。小雨降る福山に提示に到着。
実は昨日、この日借りる予定のトヨタレンタカーからTel 「台風が近づいているからどうされます?」と言う話かな?と思ったら、借りようとした車が前借用者が事故を起こしたのでグレードアップしていいですか?というもの。
ラッキー!価格据え置きでのグレードアップ。でも、世の中塞翁が馬と言うことわざがあります。このあとその言葉を身に染みるようになるとは思いませんでした。

鎌倉ものがたりは12月9日から(^^♪

西岸良平氏の作品の評価としては、三丁目の夕日は原作とは違う原作を超えた映画になったと思っている。
一方空知英秋氏の銀魂は、SF的要素が入っている部分映画化すると陳腐になるな、という超えようとすればするほどアクションとかCGに頼らなければいけなくなるものを感じてしまった。
さて、鎌倉ものがたりがこの冬公開される。
鎌倉ものがたり 古都鎌倉には物の怪が住み、魑魅魍魎とした輩と当たり前のように共存する、という銀魂と同じようなSF的要素の加味された物語を、いかに三丁目の夕日的に日常の生活目線で描けるか? 原作が好きだから、怖い反面、CGアクションではなくファンタチックでレトロ感が出れば、それはそれで映画鎌倉ものがたりを楽しめそうな気がする。いわばハリーポッターやネバーエンディングストーリー狙いか(笑)

そういえば鎌倉ものがたりが大好きだった大仏前の旧『旬憩』の女将さんはお元気なされているのだろうか?
映画化で元気をもらえればと切に祈ります。

興味そそられれば・・・

映画「母」を見て来たら途端に小林多喜二氏に、母に、伊藤ふじ子さんや田口タキさん、そして多喜二を売るために近づいた特高のスパイ三船氏、そして義兄佐藤藤吉氏に興味がわきました。

帰りの車の中で連れとの話。
耶蘇と揶揄されていた時代、男尊女卑の時代、そうした中、多喜二の母親は洗礼を受けたのかなぁ?と言う話題。
たぶん佐藤藤吉さんは小樽シオン教会の重鎮なんだよ、と僕の推測。だから結婚したチマ姉さんもクリスチャンになったし、母も映画で見せたように讃美歌を賛美しながら天に召されたので子どもたち夫婦に誘われてきっとクリスチャンになったんだよ、と続ける。
しかしどうも、小林家がクリスチャンの家系で、大きな網元のあるじ佐藤藤吉さんはお寺の檀家総代。嫁いだ嫁が教会に行くことを赦す度量にも感動もの。
そして自身の家族への仕送りのために結婚をあきらめた田口タキさんは、その後結婚する時に自分だけ幸せになることに苦悩をしたさい、小林セキさんのアドバイスで嫁ぐことができた、とか、スピンオフ的な興味がわいています。

そんなことで

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3冊購入\(^o^)/

母 小林多喜二の母の物語

キリスト教の中において、カトリックと言うのは少し異例な一面を持っている教派だと思う。それは、「三位一体の神」である神でも、聖霊でも、イエスでもないマリアを崇めている点だ。
なんでマリアを崇めるのか? 僕には少しわかりにくい部分があった。

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「母」と言う映画。サブタイトルは「小林多喜二の母の物語」とあるように多喜二氏の母親小林セキさんを描いた三浦綾子さん原作を山田火砂子さん監督で作られた映画だ。
映画に先立って監督と女優の磯村みどりさんが舞台あいさつ。

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少しネタバレを含みますが・・・
秋田の寒村から北海道開拓に参加した小林夫婦は、つつましくも幸せに小樽の地で生活していたが、小樽の港湾の日雇い人夫出しの人がケツを割り逃げ出したのを助ける両親を見ながら多喜二少年は成長し、プロレタリア文学の道を突き進みます。
赤線に売られた女性を助けたり、港湾の労働組合を助けたりたりする中、治安維持法を盾にし多喜二を捕まえる特高から隠れるように地下に潜るものの、仲間の裏切りによりつかまり拷問の末殺害されます。

多喜二の死後も溺愛する息子の死を受け入れられない母は、日本キリスト教会小樽シオン教会の近藤牧師により、ピエタの写真を見せられ、イエスの死について後悔を受けます。
息子の遺体を手の中に抱き悲しみに暮れる聖母マリア。そして近藤牧師は、ユダという男にイエスは裏切られたこと。何の咎無くしてろくな裁判も受けられないままリンチのように権力者に殺されたことを聞き、多喜二の死とオーバーラップします。
が、近藤牧師は驚くことを言います。イエスはその十字架の上で神に「彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」と言ったというのです。
私にはそんなこと言えない、と言う母。きっとマリアも同じように悲しみと苦しみと憤りと、息子イエスのその言葉の間で葛藤したのでしょう。
母セキは顔をあげ「私も天国で多喜二に会えるか?」と牧師に問い「会える」との回答を得ます。

もしかしたら「小林多喜二」だったら原作もこの映画もつまらないものになったかもしれない。そこにあるのは、イエスと言う神でもないただ一人の女性マリアの苦悩であり、小林多喜二の母の苦悩であったように思えます。

死の床につき讃美歌の山路越えてを歌いながら、故郷を思い浮かべながら天に召された小林セキさん。この讃美歌が作られた場所は四国愛媛法華津峠。山越えの最中日が沈み、山中で野宿をする牧師が作った讃美歌です。
そう言う意味ではセキさんが故郷を思い浮かべながら賛美した讃美歌と言うのがとてもよくわかり不覚ながら涙があふれました。

多喜二は地下にもぐりプロレタートな活動をしている時にアジトにしたのが厚木七沢温泉福元館さん
多喜二の資料も残っているそうですし、日帰り温泉も楽しめるとのこと。
これは一度行って見なければならないね。

でも、大きな期待を持って見に行った映画。その期待を大きく上回った内容に★3つです\(^o^)/ もしお近くで上映為されたらぜひご覧になることを強くお勧めいたします。
小田原は17日(日)に再度けやきで上映されます。
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