KANO

台湾づいている昨今のワタクシ。セデック・バレに衝撃を覚えながらも魏徳聖監督の深い緑の中の美しい映像の感動はいまだしっかりと脳裏に染みついています。
そして、その事件があった1930(昭和5)年、台南では日本人技師の八田與一氏が烏山頭(うさんとう)ダムを作り、周囲の環境を劇的にUPさせたと聞いています。


(台北 9日 中央社)日本統治時代に甲子園で活躍した台湾の野球チームのサクセスストーリーを描く映画「KANO」で、俳優の大沢たかおが八田與一役を演じている。八田氏は日本統治下の台湾で灌漑事業に尽力し、今も台湾の人々に愛される台日の友情を象徴する人物で、大沢さんは撮影で来台した間、熱心に八田氏の足跡をたどっていたという。

2008年の「海角七号」、2011年の「セデック・バレ」など話題の台湾映画を手がけた魏徳聖監督がプロデュースし、「セデック」にも出演した若手監督・馬志翔がメガホンを握る新作「KANO」(=嘉農、のちの嘉義大学の前身)は、1931年に台湾から夏の甲子園に出場した嘉義農林学校野球部の物語。台湾、日本、そして当時「高砂族」と呼ばれた原住民族などの混成メンバーが、ぶつかり合いながらも甲子園制覇を目指し練習を重ね、初出場ながら決勝戦まで勝ち進んだ、実話の感動ストーリーだ。

クランクインは昨年11月、野球部員の多くは、オーディションで選ばれた現役の野球少年たちだ。そして、日本から参加する大沢たかお、永瀬正敏、伊川東吾、坂井真紀の豪華キャスト4人が、その脇をしっかりと支えている。

永瀬さんは伝説のチーム「嘉農」を育て上げた近藤兵太郎監督を、伊川さんは監督の師匠役を、坂井さんは監督の妻役で出演する。4人とも、多忙なスケジュールの中、この作品に共鳴しオファーを引き受けたそうで、製作の果子電影では、台日の俳優とスタッフが心をひとつにした忘れ難い撮影現場だったと話している。

「台湾と日本の歴史を撮り続けたい」という魏監督が10年前から温め続けてきたという「KANO」は、今年3月にクランクアップを予定している。


そんな映画が来年上映されそうです。期待を持って待ちたいものです。
もっとも映画の中心は「甲子園のはなし」です。

1931年第17回大会

2回戦 嘉義農林 3 - 0 神奈川商工
3回戦 嘉義農林 19 - 7 札幌商
準決勝 嘉義農林 10 - 2 小倉工
決勝  中京商 4 - 0 嘉義農林

王選手や郭選手、そして日ハムの不動の一番バッター陽 岱鋼選手のルーツを探るような内容だと思います。今から楽しみです。

賽德克·巴萊

横浜のジャック&ベティで小田原では上映されない「賽德克·巴萊(セデック・バレ)」がこのGWに上映されるというので見に行きました。
花蓮の町の大きなお土産物屋さんにも映画PR用のモーナルダオさんと愛犬の銅像がありました。
そして第8回大阪アジアン映画祭の特別映画で上映されて、数人の方から素晴らしかったとのコメントがインターネットでUPされていたので楽しみにしていました。

しかし274分、つまり4時間34分の長い映画です。ジャック&ベティでも1日1回の上映です。気合を入れて見に行きましょう!!

良質の映画、特に経営的に難しい映画を上映する映画館として有名ですが、時間と往復2000円の交通費をかけていくのはなかなか厳しく、小田原以外で映画を見たのは「ヒロシマナガサキ」を岩波ホールで見た以来です。
初めて行くので少し早めに、横浜経由で黄金町。
太田橋を渡り、大岡川沿いに次の橋の住吉橋まで行き右折したらすぐにJ&Bはあります。

20130503-06

せっかく来たのでまずチケットを購入。混雑が予想されるのかチケットと一緒に整理券を渡されます。はじまる20分前に戻るように言われ、伊勢佐木モールにでもお昼を食べに行きましょう。

20130503-4

向かうとちょうど横浜みなと祭りを行っていました。
映画を見ながら飲むコーヒーを購入しようと、スターバックスの前でしばらくお祭りを観覧。

20130503-01

20130503-02

20130503-03

アイスカフェモカのグランデを買って映画館へ。

20130503-05

20130503-07

1700円×2枚の長い映画のスタートです。

最初から画面の美しさ! スクリーンから目が離せられない美しい台湾の山岳。台湾が美麗の島と呼ばれていたそうですが、まったくその言葉通りの美しい景色です。
と、突然裸足の若者が獲物を追っていきます。スピード感のある画像。
主人公のモーナルダオが獲物を仕留めようとした時、同じ狩場で狩猟をするライバルの村のトンバラ社に横取りをされそうになり、敵の戦士を「出草(首狩り)」をします。
そして時間が経過して…
日本が中国・清から台湾を譲渡します。
第2次世界大戦中の日本人がアジア諸国の人にした蔑視はいまさら話さなくても多くの方がご存じのとおりです。
昨春の台湾旅行でも、特に花蓮のチワン記念教会でもその手の話を聞きました。漢民族よりも原住民族は一段低く見られていたのでしょうか?
その不満は徐々にたまっていき、結婚式の日のトラブルで爆発します。
その爆発は、原住民を蔑視している(見下したものの反乱)とする日本人全員に向けられ、運動会の日に「出草」を行います。
霧社事件です。
こうしたトラブルは民衆の不満を封じ込めるために1部の人たちを「いけにえ」のように蔑視させる政策で、日本でも被差別部落や現在のホームレス問題がそれです。民衆に多くの不満がない時はこうした「爆発」はなくても、政治が荒れると大きな問題として現れてきます。バブルの時はホームレス問題が表に現れにくかったのが、ここ数年生活保護不正受給などホームレスの困窮に目がいかず権利面だけがバッシングされるのがそれを表しているのでしょう。
台湾に渡った日本人のため、漢民族のために、誰かを見下すことが政策的に行われたような気がします。

:
:
:

勝ち目のない戦いの始まりでした。滅亡への第一歩です。

命について考えさせられました。
自分の命は自分の考えでいいかもしれません。自分の人生をどうするか、は自分で決めてもいいと思います。
でも、そのことによって周囲に迷惑をかけるとしたら…、どうなんだろう?と考えます。
民族の繁栄と滅亡のために、個の命は大切にされなくていいか?という疑問を感じる映画でした。

一族という大切な絆がこの事件を、いや僕らを含めて多くの民族を脈々と歴史として続かせてきたのでしょう。
考えてみれば、キリスト教の旧約の歴史も同じだったのかもしれません。
昔ユダヤの人々は…という子ども讃美歌があります。

昔 ユダヤの人々は 神様からのお約束
尊い方のお生まれを うれしく待っておりました。
尊い方のお生まれを みんなで楽しく祝おうと
その日数えて待つうちに 何百 年もたちました。


この讃美歌にある「待つ」は、自分というこの時間ではないのでしょう。何百年、つまりはアドベントは何十代という民族の歴史の間の話です。神が現れる事を知りながらそれは自分の人生ではない。自分の前ではない、自分という個には栄光が現れない子孫のために「つなぎ」の人生…。

そうした個ではなく民族としての抗戦は、食料をすべて戦士に渡すために女性子どもたちの自死を生みます。
個が失われる、その中でも戦士たちは民族の誇りをかけて日本軍と激しい戦いを繰り広げています。何かむなしい…。

そして、日本軍は非合法の毒ガス(ビラン剤)をしようしてまで躍起になりますが、鎮圧できません。


その時から時代は80年経ちましたが、戦いの片方の国家に属する僕がその誇りについて記するのは不遜かとは思いますが、民族というもへの誇りが自死をしてまで、愛するものを死へ追い込んでまでするものか、という思いはどうしても消えませんでした。

その一方、この騒動のきっかけは、日本兵や教師がよくいっている「教えているのだ」という言葉にあるような気がします。『教える―教わる』関係、『教師―生徒』の関係だとするのなら、師である者の一番しなければいけないことは『相手を知る』ことではないでしょうか?『相手の望み、相手の琴線 を知ること』ではないでしょうか?
それができるから師は尊し、と言われ、それができなかったからこそ、諸アジアで恨まれる原因になったのだと思います。

この映画はその視点で、抗日映画とも反日映画とも言われています。その一面はあるとしてもその側面だけで論議することは決していいことではないと思います。
台湾は今有数の親日国です。
過日台湾に行った報告を「台湾クダクダ通信」に記すよう言われた時に以下のような旨を記しました。
でも、その裏でこうした悲しい事件があり、日本人を恨む人も少なからずいたことは確かです。その人たちが泪を超えて、僕らを歓迎し手を差し出し握手をしてくれたことは「ノーモア・ヒロシマナガサキ」といったノーモアと同じ『(恨みを)してはいけない』という考え方だと思い、その真意を組んで手を握り返したい、と思うのです。

4時間34分…長い時間だと思いましたがあっという間でした。引き込まれたままあっという間に終わってしまいました。
美しい滝、社と社をつなぐ長いつり橋、豊かな山、そしてチワン教会のトイレのステンドグラスにあった額と顎の入れ墨&黒いふんどしの戦士。何よりも主演のモーダルナオ役をした林牧師の壮観で雄々しい顔(本当に牧師かよ(@_@;)) 首狩り族の抗争ですから血しぶきのすごいのは致し方ないですが、そのマイナスを引いたところで見て損のない映画でした。

霧社事件にお詳しい方に案内をしてもらいながらまた台湾に行きたいものです。

セデック仲間
我最愛最愛的Jerry☆ さま
生の大仏 さま
前田典子 (ファッションモデル)さん
聡哲鍼灸院日記 さま
*petit à petit* さま

続きを読む

中国語

台湾から帰ってきて同行の仲間と話せば、思いはやはり言葉の壁。
そこで東牧師に講師になって頂き初心も初心、一から教えていただけないかとお願いしたらご快諾を頂きまして、6月より礼拝後の時間を使って約10人で勉強を始めました。

…で、何事も形から入る僕としては、タブレットPCに電子辞書を入れて、と思いましたが、ペーパーの辞書が使いやすいとのアドバイスもあったのでAmazonで検索すると、なんと繁体字(台湾は簡体字ではありません)の辞書が438円

20120619-01

笑っちゃう価格だったので思わずぽちっといたしました。1997年3月の第1版ですが、まったくきれいです。
問題は、老眼。字の大きさ、小さいんですよね、辞書ってやつは…。プラの板状のルーペと一緒においておこうと思っております。

美麗の旅(epilogue)

台湾も記録的な寒さだそうです。しかし、翌朝起きたら

20120229-101

雪が積もっていました。道路も積もっていて危険な状態です。小田原では珍しい大雪でした。

さて、今回の研修旅行で1点だけ悔いが残りました。それは説教はもとより祈りも全く理解できなかったことです。
もちろん町中でも台湾の方といろいろと語り合いたいという思いは強いです。

やはり言葉は大切ですよね。そこでまた次の訪台の時まで少し勉強をしてみようと子ども向けの聖書を買ってきました。

20120229-102

勉強嫌いな僕ですから積読だけになるかもしれませんが、何かの機会にCDを聞きながら読んでみたいと思います。
長々とした4日間の研修旅行記。今回は特に教会めぐりでしたので、内容が面白くないと思う方も多かったかと思いますが、最後までお読みくださりありがとうございました。

テーマ : 台湾
ジャンル : 海外情報

美麗の旅(高級レストランで最後の餐)

台湾で最後の食事は陳榮福牧師ご夫妻ら長老教会総会の皆様がごちそうしてくださいました。
しかもついたお店は高級レストラン。


大きな地図で見る


20120228-201

正面が東先生が初めて台湾に勉強に来られた時からいろいろとご指導くださった陳先生ご夫妻。

20120228-202

先生はアミ族ということで、「実は以前日本のプロ野球の中日ドラゴンズにいた郭源治さんの奥さまが、僕の連れ合いの同級生なんですよ」とお話しすると、なんと先生は郭選手のご親戚の方だとか。
また、奥様は台北で一番大きながん関係の病院にお勤めだったということで、出発前に見てきたRFL(リレーフォーライフ)台北の話をしたところ、先生ご夫妻はすでに日本に来られていたのでよくご存じないとのことでした。

20120228-230

先生ご夫妻は、今、仙台港外にお住まいなので、来年以降仙台や石巻で行われるRFLに際してはご連絡をさせてもらうことをお話しし、メールアドレスをお聞きいたしました。

さて閑話休題。
せっかくのレストランですので、食事をご紹介。

20120228-203

20120228-204

20120228-205

20120228-206

20120228-207

20120228-208

20120228-209

20120228-210

20120228-211

20120228-212

20120228-213

20120228-214

おいしい食事と楽しいおしゃべり。でもいる場所は台北駅から10km余り離れている場所。一度YMCAに戻って荷物を持って台北松山空港まで14時位までに行かなければいけません。既に13:45です。そろそろお暇しなくてはいけません。

タクシーをお願いし、YMCAまで行き、乗り換えて松山空港に着いたのは14:30。あわててチェックイン。名残惜しいですが陳先生ご夫妻と再会を誓ってお別れをし、出国手続きをします。
この時点で15時をまわっています。あわててお土産を買い機上の人へ。

20120228-216

沖縄の北あたりで食事が出されます。エバーのCAさんのユニフォーム姿です。

20120228-215

20120228-217
20120228-218

おまけの写真は、出国ゲートを過ぎてからにあった焼き鳥店で購入した鶏の足。日本でも足を食べさせてくれるお店はありますが、これは大きくて、そして堅かったです。
食べる前に取らなければいけないかったのに一口食べちゃいました(謝)

テーマ : 台湾
ジャンル : 海外情報

美麗の旅(義光教会と228事件)

7時、1階のロイヤルホストでモーニングセットが食べられるミールクーポンが付いているので向かいます。
おりしも数年前に小田原教会社会委員会が主催して行った沖縄研修時に伊江島を案内して下さった榎本恵氏がおられました。その節のお礼を述べると、この後のスケジュールを聞かれました。228記念公園に行く予定だというと、今日は義光教会で記念礼拝があるとのことで、雨天でもありますし僕らもスケジュールを変更して義光教会に向かいました。


大きな地図で見る

20120228-101

228事件に端を発した国民党の白色テロは、有識者であるだけでも殺戮され、また後には基隆港そばにいただけで逮捕され闇に葬られた事件も多発しました。
1980年、弁護士の林義雄さんが政治犯として収監されていた留守宅に何者かが侵入、老母と当時7歳の2人の娘を殺害し、もう1人の娘に重傷を負わせた事件があり、その犯人は今もって捕まっていない、そのご自宅を教会として改装されたのがこの義光教会です。いわばこの228事件という痛ましい時代、思想を風化させない主の幕屋でしょう。
さほど広くない礼拝堂にはすでに立錐の余地がないほどの人が訪れており、そしてその数よりも驚かされたのは、取材陣の多さです。TV用の大型カメラが数十台、普通の一眼レフカメラを持った新聞社などを入れれば50人ほどは居たかも知れません。
2月28日という日は、広島や長崎に原爆が投下されたのと同じくらい台湾の人々には辛く傷ついた日だったのだと思います。
しかし、歴史は伝えようとしても薄れていくのも事実です。実際、日本でも広島や長崎に原爆が落とされた日を知らない人が多くなったと聞いていますし、自国(自分の仲間たち)に不利な事実を隠したり捏造しようとする人たちもいます。台湾人妻との生活さまのBlogを読むと、動画で2月28日がなぜ休日か知らない若者を紹介したTVと国民党の長老、障ィ柏村氏が最近発した「228で亡くなったのは、500人だけ。」が紹介されています。
僕らが見聞きしたのと大きく食い違う話にショックを受けましたが、だからこそ歴史は両者のを言い分をしっかり聞くことと、「生き証人」の話を自分の五感を使って叩き込むこと、は大切なことだと思います。

20120227-330

20120228-102


20120228-103

20120228-104

20120228-105


礼拝が終わると雨は一層激しく降っています。大安區信義路三段33のセブンイレブンまでタクシーを呼び、228記念公園に向かいます。資料館は2つありますが、市立より国立の方が充実しているとのことですのでこちらをチョイス。20分ほどの映画を見た後、学芸員さんに説明をしてもらいながらぐるっと一周。
前記の台湾人妻との生活さんが記載された報道動画の話ではありませんが、僕らが伺ったのが奇しくも2月28日でしたが、館内は閑散としていたのは関心が低くなったからなのかもしれません。

20120228-106

20120228-107

20120228-108

20120228-109

20120228-110

事前に入手した知識が、より立体的にビジュアル的にそして明確に入ってきます。
反対運動がなかったら台湾は今頃北朝鮮やシリアなどのように一党独裁の渦中に入ってしまったかもしれません。
そしてその反対運動のきっかけは、この地に建てられていた国営放送の占拠とそこでの演説とシュプレヒコールでした。これも時代が変わってラジオが中心からテレビを経てインターネットの時代に変わっても、発信者が勇気を持って声をあげ、それを受け取った同志がスクラムを持って立ち上がってこそ成し遂げられるのだということを228から数十年たった昨今北アフリカのいくつものサフラン革命を見ても納得した次第です。

時間が押しています。今日のお昼は教団総会のみなさんが歓迎のごちそうをして頂けるとのことで、会場に向かいます。

台湾人妻との生活 & 台湾情報さまの関連BlogにTBさせてもらいました。

はだしで繋がろう~Dazhi的台湾遊学~さまの関連BlogにTBさせてもらいました。

台湾どうでしょうさまの関連Blogにリンクさせてもらいました。

日本と台湾ー嘗ては歴史を共有した。さまの関連Blogにリンクさせてもらいました。

テーマ : 台湾
ジャンル : 海外情報

美麗の旅(長老教会事務局での歓迎)

フロントに集まった僕らはタクシーに分乗し台湾長老教会総会事務局に向かいました。
ディバン宣教師、東牧師は中国語は堪能ですし、教会事務局へ何度も行っているので運転手さんへの説明は大丈夫ですが、車3台でないと乗りきれないのでもう1台の運転手さんの対応は大学で中国語を勉強している佐藤さんに白羽の矢が立ちました。中国語のレベルはともかくとして行ったこともないところの説明は大変ですよね。ご無事に着きますように。

車は中正記念堂の前を通りどんどん進みます。同乗の東牧師に「どちらの方向に進んでいるのですか?」と問えば、運転手さんが「南です」と。
あれ?運転手さん日本語わかるの?と問うと、2年ほど埼玉県浦和市(現さいたま市)で働いていたそうです。何だ、そうならばもっといろいろとお話ししたのに、残念。
台湾長老教会総会事務局は、台北駅前から4kmほど行った台電大楼站のそばの8階建てのビルです。1階に使徒書房(日本で言うキリスト教書店)が入っています。

20120227-301


林副総監事と228礼拝に出席するために台南からお越しになられていた邸牧師が迎えてくれました。邸牧師は東先生の台湾語の先生ですが、昔僕に洗礼を授けてくれた藤田先生に聞いたお名前の先生かと思いお話ししたところ、(日本の)中国教区(山陰山陽)でお会いしたかもしれませんと言っておられました。

20120227-302

台湾の信仰についていくつか質問をさせてもらう時間をとってもらいました。
台湾と日本の教会数はほぼ同じ。ただ、台湾の面積は九州とほぼ同じですので、密度は全然違います。
クリスチャン人数も同じ(?)だが、原住民族のクリスチャンが非常に多い。
なぜ原住民族のクリスチャンが多く、漢民族のそれが少ないか? には、原住民族は村の長が信仰をもつと村全体になるケースが多いこと、漢民族は儒教などの影響で家(家系・血筋)を重視するので自分だけクリスチャンになることは抵抗がある人が多いなどの理由があることをあげられました。
これは日本にも全く当てはまるような気がします。
(信仰とは違いますが)久野の処分場反対運動も、当初地域の長老的存在の人は「役所が書類にハンコを押してしまったので、もう(反対運動を)やっても無駄だ」と消極的でしたので、回覧を作っても回してもらえなかったり集会をしようとしても参加してもらえず血気盛んなグループのメンバーにとってはもどかしかったのですが、だんだんその方たちも立ち上がる意思を見せ「よし、やろう」と動き始めると『自治会長がやるなら参加しないわけにはいかんめぇ』と久野全体が加速度的に反対運動に進んだ経緯があります。一方、遠い親戚であっても対立した建設誘致側の会社の関係者だったりすると「反対の意思はあるけれど、なかなか表だってできない」と水面下で謝罪の言葉があったりします。自分の気持ちよりも親戚の立場を優先するのは日本も多くあるでしょうね。信仰と社会問題は違う、とのご指摘を受けるかもしれませんが、生活の上に成り立っている面からいえば一事が万事かな、と思います。
それに『家族の墓に入る』の方が多い日本にとって、家系・血筋を大切にするのは致し方ないことなのかもしれません。

そんな話をしたあと皆で記念写真を撮って建物を後にしました。

20120227-303


台電大楼站からMRTに乗り、士林の夜市に向かいます。
士林夜市は台北でも一番大きな夜市です。初詣と縁日が一緒になったような混みあい方というので、14人全員で行動するとはぐれる方が出てしまうので3,4人のチームで動くことにします。
それが正解とわかるまでにはさほど時間はかかりませんでした。剣譚駅のコンコースを出たところから雑踏、縦横無尽に人が行き来しています。
それを縫うように歩きますが、わずかにでも列を崩そうものならそこに人が入ってきます。せめて士林市場という最近移転したところまでは一緒にと必死に歩きます。

20120227-304

20120227-305

20120227-306

20120227-307


20120227-308

大きなビルの地下1階はこの夜市の屋台店が集結したところで「美食區」です。しかしその階段も下れないほどの人人人・・・・。

20120227-309

ここで残りのグループとお別れして、東牧師、松本姉、堀内姉と4人でまわります。まずはラーメンと牡蠣のお好み焼き。ラーメンは思った以上あっさりした味。1人前は半分個して。

20120227-310

20120227-311

続いて牛乳のお店。トマトとヤクルトのミックスジュースを選んだものの、すでに売り切れ。アボガドミルクというまぁごく普通のものを飲みます。

20120227-312

20120227-313
(注文を取ってくれた人はまだ子ども? それとも童顔なだけ?)

20120227-314

次に臭豆腐。固めの厚揚げにあまずっぱぴキャベツの炒め物がかかっています。確かに臭いけれど、全然ストライクゾーン。皆さん一切れずつしか食べないので、残りを平らげます。

20120227-315

20120227-316

20120227-317

青蛙も有名な食材です。別にカエルでも何でもない愛玉というゼリー状の食材。ライム味のさっぱりした飲み物。
これも残り3人で半分ほど飲んだ残りが僕の所に・・・・。そろそろおなかが膨れて来た(笑)

20120227-321

20120227-322

20120227-323

そして次に行ったのは豬血糕という豚の血を固めたお餅。血は強壮効果があると珍重されますが、これもそうした料理なんでしょう。「これは何か?」という前知識がなければ、見た目も味も問題ないです。知っちゃうと遠慮する方が多いかも(笑)五切れなので、僕が二切れ、そろそろ苦しい。

20120227-318

20120227-319

20120227-320


台湾でしか食べられない食材を満喫したので、一階に上がりストリートショッピング。
普通のお店が並んでいる通り、入ったのはやばかったかなと思うような偽装ブランド品の通りと歩いて9時過ぎ、剣譚站に戻りMRTに乗って帰宅しました。

20120227-324

20120227-325

20120227-326

すでに残りの2チームは到着して盛り、一番夜市を満喫したのは僕らのチームのようでした。堀内さんはそのまま足裏マッサージへGo!!さすがに少し疲れて、僕も飲まずに就寝しました。

テーマ : 台湾
ジャンル : 海外情報

美麗の旅(乗り継いで台北へ)

20120227-201

台湾は25日から4連休の方も多く、この間なかなか座席指定の切符をとるのは難しいそうです。
ディバン宣教師がご尽力くださいましたが、タロコ号はもとより通常の特急に当る自強号も台北までは取れなかったそうです。そこで僕らは途中駅の宜蘭まで行き、そこから高速バスで台北に向かうことにしました。

20120227-202

20120227-203

20120227-204
(床はやっぱり大理石)

20120227-205
(右の列車が僕らの乗る自強号(特急))

20120227-206
(座席指定の特急電車1時間乗って1000円もしない)

それでも、13人かたまって座ることなど無理で、1人、2人、4人とそれぞれ別の車両に乗り込みます。
6号車50番・・・・一版端の窓側に名物の池上弁当と今朝頂いた肉まんを持って座ります。

20120227-201

20120227-207

僕の後ろには2人の女の子が座席が取れなかったのだろう、立っている。ミラーレスの1眼レフカメラを持っている、どこかに写真撮影にでも行くのかな。
隣も若い女の子。経理を学んでいる社会人(もしくは学生さん)らしく、分厚い経理の参考書を見ながらスマートフォンに入れた音楽を聴いている。そのまま東京の電車に乗っていても何の違和感もない車内光景。
13時なので早速駅弁を食べる。木の折りの弁当は懐かしくもうれしいですね。さすがに人気の弁当、おかずも豊富でおいしい。

20120227-208
(花蓮県と宜蘭県の境の川付近。煙突のペインティングが民族的)

途中からは海沿いを走ります。この沖合100kmほどには波照間島や与那国島がありますが、今日は曇っているので影すら見えません。まぁたぶん晴れても見える距離じゃあないのかもしれませんが・・・・。

20120227-209
(東経121度46分、北緯24度20分。僕の撮った写真の中で一番与那国に近い写真)

20120227-210
(車掌さんは女性。隣の娘は寝ていたけれどしっかり起こされていた)

20120227-211
(途中ですれ違った列車。昔日本でも一時行われたカートレイン)

20120227-213

20120227-214
(間もなく羅東という特急の停車駅だが車窓に広がるのはのどかな田園風景)

20120227-215
(一転田園の中の都市。節操がないというか都市計画の前段階なのでしょうか)

宜蘭の一つ手前羅東の駅を過ぎたところで東先生が各人にご案内。もうまもなく降りますの合図を数両に亘って点在している同行メンバーに伝えます。お子さんの面倒を見ながらの添乗のご奉仕、休む間もなく本当に感謝です。
よく海外での電車はアナウンスもなく止まりアナウンスもなく走り始めるところもありますが、台湾では車内アナウンスが2度入りますので安心です。

20120227-216

宜蘭から台北までの鉄路は基隆経由の海岸を巻くコースですが、2004年に全線開通した雪山隧道のおかげで車での行き来が簡単に短時間でできるようになりました。そんな訳で港町として栄えた基隆を通らない物流、交通網が発展していくのかもしれません。まさに栄枯盛衰の言葉どおりですがそれを思わせるような大規模な開発が宜蘭で進んでいます。
バスターミナルは駅から5分ほど。町の中心もこちらにんるのでしょうか・・・・。

20120227-217

20120227-218

バスはハイデッカータイプ。1F部分は大きなトランクルーム。
2列+1列のタイプで、数列ごとにテレビモニターがぶら下がっています。
面白いことに非常口が屋根の部分にあります。横転をした時用なのでしょうか?

20120227-219

上記のとおり車用のトンネルとしては世界5位の長さ。ほとんどはトンネルの中を走行するわけですが、トンネルとトンネルの間に見える深山の景色、そこにはその地に住む原住民族の家でしょうか、山の頂近くに多くの家が見えます。学校に行くにも買い物に行くにも困難を極めそうですが、それは僕ら文明に毒されてしまった者の色眼鏡なのかもしれません。

2つのJCTを通過して台北市内に。

20120227-220
(煙突にペインティングされているのが多いです。こちらはかわいいキリンさん)

遠くに台北101。下の方は雲がかかっていてなんだか水墨画の世界のようだけれど頭の中には摩天楼という言葉がわいて来たのはなぜ?
市内に近づいたころまた雨脚が強くなったものの、バスターミナルは立体式。大型バスがグルグルと螺旋の道をうなりながら上がり停車、ここでバスを降ります。僕らはビルの中からビルの中へ移動しながら25日以来の台北駅内を歩き、今晩の宿のYMCAをめざします。
小田原市民、そして今までいたところが花蓮、という人口があまり多くないところだったので、この台北の混雑は閉口しますね。
M6出口から横断歩道を渡ったところにYMCAはあります。
チェックインし、一息ついたら、このあと台湾キリスト長老教会事務局を表敬訪問。その足で士林夜市に行きます。

テーマ : 台湾
ジャンル : 海外情報

美麗の旅(姫望紀念教會)

チワン記念教会(姫望紀念教會)という教会が、花蓮の名称タロコ渓谷の入り口にあります。

大きな地図で見る

花蓮といっても南北に広く、南に近い鯉魚譚のそばの玉山神学院から北の方のタロコ渓谷まではおよそ40km、1時間ほどかかります。
朝起きた時は土砂降りだった雨も小ぶりになり、少しは歩きやすい感がしてきました。

せっかくだからとタロコ渓谷の入口にあるビジターセンターを見学しUターン。5分ほど戻りチワン教会へ。
昨年末に牧師さんが退任なされ、現在は無牧ということで、前々牧師と7人いる長老さんのうち今日仕事で来れないお二人を除く5人が歓迎してくれました。皆さんの歓迎ぶりがうれしいです。

20120227-101

礼拝堂は1階が子どもたちの日曜学校のスペース、2階が礼拝堂という、僕らには新鮮ですが、明治村のヨハネ教会と同じ形式の建物でした。当時の流行りの建て方だったのかもしれません。
前々牧師の 先生が、日本語でチワンさんのことをお話ししてくれました。

いわゆる「男運」のなかったチワンさんは3度の結婚に破れ、死のうと短剣を持ち死に場所を探しているときに李水車宣教師と出合い信仰の道に入ります。
日本語にも堪能だったチワンさんは、北京語も習得し台北の神学校を出た後故郷の花蓮に戻ります。

当時統治をしていた日本は、漢民族には緩かったものの、原住民族には徹底した宗教の弾圧をしたそうです。
チワンさんは花蓮港のそばに住んでいましたが、タロコ族の方々がそこまで徒歩で神様の話を聞きに来ると帰りに憲兵につかまり、「この時間までどこで何をしていたのか?」問われ、教会に行っていたと信仰がばれるとひどい仕打ちを受けたそうです。そのためチワンさんはこの教会の建てられた場所の裏の洞窟の中までやってきて、タロコの方々にメッセージを伝えたそうです。
また、道路には必ず見張りを立て、日本軍や憲兵が来ると洞窟に伝令が飛び、山伝いに帰路に着いたと話されました。

礼拝堂の中でお話を聞いた後、当時礼拝を守っていた洞窟に連れて行ってもらいました。礼拝堂に向かって左に街道に沿って進むと小さな入口が見えました。
昨日の鳳林の滝もそうでしたが、雨量の多い南国の人通りのあまり多くない坂道には必ずと言っていいほど苔がうっすら生えていて滑りやすいです。アミの方、タロコの方は、慣れているのでしょうけれど、僕らにとっては慎重に慎重を重ねた歩き方をしないとこけてしまいます。それは東京にうっすらと1cmほど雪が積もっただけで大騒ぎをするのと似ています。

20120227-102

20120227-103


洞窟といっても完全にふさがれた室内ではなく、一部青空天井です。そこに半円状に信徒が座り、チワンさんのお話を聞かれたのでしょう。

20120227-105

20120227-104

チワンさんの生涯については、この方のBlogが詳しいですのでご覧になってみてください。

教会は比較的新しく、デザインも可愛らしくも民族的な要素を持っています。
それは、洞窟を訪ねる観光客も多いからなのかもしれません。
これはトイレのデザイン。

20120227-106
20120227-107

20120227-108

そして名産の大理石はふんだんに使われています。

20120227-109

見学の後は、いろいろなフルーツでおもてなしをして頂きました。とくに珍しかったのは、蓮霧と呼ばれる果物。真っ赤でピーマンのような形をしています。おいしかったです。

20120227-110

ご案内のご奉仕をしてくださった長老さんとご一緒に記念写真を撮り、花蓮火車站に向かいます。

20120227-111

タロコ渓谷には行けなかったので途中のお土産物屋さんでみんなでパチリ。

20120227-112

土産物屋さんの中には、霧社事件を映画化したセデックバレ

20120227-113

前リンクのURLをご覧いただければお分かりの通り、上映はいわゆる自虐主義だとの一部の方々の批判があるようで、日本で見るのは難しそうです。

テーマ : 台湾
ジャンル : 海外情報

美麗の旅(瑞穂温泉)

瑞穂温泉と紅葉温泉はこの界隈では有名な温泉で、その距離は2.3kmと近くです。しかし泉質まったく異なり、無色透明で弱アルカリ性炭酸カルシウム泉の紅葉温泉、同温泉に鉄分が加わって日本の有馬温泉と同じような泉質のが瑞穂温泉です。鉄分が含まれている温泉は台湾でもここだけだそうです。鉄分は地下にあるときは無職なのですが、空気に触れることで酸化され褐色(錆色)になりますが、水温が高いため錆色というよりは青朽ち葉色に近い色合いです。
今回僕たちがお世話になったのは、瑞穂温泉の瑞雄さん。

大きな地図で見る

4階建ての温泉旅館で、1階は立ち寄り湯・旅館共通の受付で、そこを通って奥に温泉があります。が子どもが電話番をしているだけで大人は誰もいません(笑)

20120226-401

そのまま奥に行くと受付の方がいましたので、ディバンさんが個室湯(家族風呂)を見せてくれるように頼みます。個室は6部屋、その奥に露天風呂があります。
個室は裸で入れますが、露天は水着着用です。また、個室は300元(810円)、露天は150元(400円)です。

風呂の入り方は日本と違います。まず荷物を持ったままシャワールーム兼更衣室に行きます。荷物が多いときはシャワールームと風呂の間にコインロッカーがありますが、カギがかかるものは一個もありませんでした。ディバンさんが、先に入っていた台湾人の利用者に聞いたところ「目の前のロッカーだから見ていればいいだけ(盗まれない)」とのこと。理にかなっているというか、おおらかというか・・・・。
さて、話をシャワー室に戻します。その中で洋服を脱ぎ、シャワーを使って体を洗います。石鹸とシャンプーは備え付けられています。コンディショナーとかリンスといったしゃれたものはありません。
体を洗ったら水着を着て風呂に向かいます。
風呂は2層に分かれていて湯元に近い方と遠いほうで温度が違うのは日本のそれと同じです。

20120226-402

20120226-403020120226-4040

20120226-405


ゆる湯は37~8℃くらい、のんびりと入れます。
やっぱり風呂はいいです。

堪能したらまた先ほどの更衣室で洋服に着替え、更衣室入口にある脱水機で水着を絞り終了です。
喉が乾いたら入口に給水機がありますし、隣の全家便利商店(ファミリーマート)でペットボトルの飲み物が売られていますので安心です。

さて再度マイクロバスに乗り込んだ僕らは、瑞穂駅近くの温泉香餐●というレストランで夕食をとります。

大きな地図で見る
円卓が20ほど(1卓8人として160人ほど入れる)大きなお店ですが、東先生にお聞きすると、外食が当たり前の台湾では特に驚く大きさではないようです。
日本語ができる女性が給仕してくれますが、いろいろと料理を説明してくれて楽しいです。

20120226-406

ゼンマイの酢漬け、野菜炒め、揚げた鱸のあんかけ、牛乳饅頭、鶏もも、ミルク鍋、どれもおいしい。ハオツーです。

20120226-407

20120226-408

20120226-409

日本に帰ってから知ったのですが、この瑞穂にある瑞穂牧場は台湾でも有名な牛乳の産地。だから牛乳鍋だったんですね。おなか一杯だったので残してしまった…・名物を味わえなかったことは悔やまれます。
台湾は薄利多売がモットーなのか、これだけ食べて、食べ残したものを夜のおつまみにと貰い20人弱で6000元(16200円)。1人1000円以下です。

僕らが帰るころちょうど夕食時になったのかぞくぞくとお客さんが入ってきてがらんとしていたお店があっという間に満席。食べることがきっと楽しみな国民なんでしょうね。仲間とわいわい食べるのが好きな僕としてはうらやましい毎日です。

この後、衣料店、雑貨屋(DIYショップ)、農協のスーパーに寄り帰宅。今日も一日有意義でした。

テーマ : 台湾
ジャンル : 海外情報

プロフィール

take1960

Author:take1960
FC2ブログへようこそ!

カテゴリ
リンク
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
02 | 2017/03 | 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
最新記事
検索フォーム
最新コメント
最新トラックバック
FC2カウンター