小田原市斎場問題(2)

5月14日に小田原市斎場の改修工事を「PFI(Private Finance Initiative:プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)」で行う事は、税金の無駄遣いになることはあっても市民のためにならないことを「連続もの」で書き始めたものの多忙に追われ続きが書けていませんが、久野の住民の中にもこの問題点を知る人が多くなり、また議員の中にもゆっくり考えるべきだという考えが浸透し、下記のような発表が小田原市からなされました。

20150529-01

6月議会には上程されないようですので、この夏の間をかけてゆっくりと問題点を洗っていきたいものです。

市議会議員選も中盤です

 統一地方選は後半戦に入った。19日告示の市区長選などに続き、21日には町村長選や町村議選もスタート。選挙カーが駆け抜け、街中にポスターが登場する。大正時代に選挙運動の決まりができてから90年。昔ながらのルールのもとで、今も選挙戦が繰り広げられている。

 「サトウ、サトウ、サ・ト・ウをお願いします」
 選挙期間に突入すると、どこからともなく聞こえてくる候補者名の連呼。選挙カー乗車歴24年の安東美智子さん(46)は、約250の選挙でマイクを握った。「指の間から票が逃げないように」と、手を振る時は必ず指を閉じて。いつもの験担ぎだ。

 でも、そんなに名前ばかり繰り返さなくてもいいのに――。いや、繰り返すしかないのだ。

 理由は公職選挙法にある。走行中の選挙カーで演説などの選挙運動をすることは原則禁止されているが、例外として連呼は認められている。1964年、ポスター掲示などをめぐる規制が強化されたのと同時に決まった。「規制と緩和。バランスをとろうとしたのでは」と総務省。
 1軒ごとに票をお願いする戸別訪問が禁止されている日本では「連呼は貴重な選挙運動の一つ」と当選2回の神奈川県議は言う。
 選挙カーの声が届かないと「うちらを忘れたのか」と怒る支持者もいるとか。「ちゃんと見てますというPRなんだ」。相模原市議選の現職陣営がそう話していた。ただ、山形県選管が2013年に公表した調査では、連呼を参考に投票先を決めた人は0・4%。選挙運動に「正解」はない。
(朝日新聞デジタル - 04月21日 09:39)

博識の友人にお聞きすると、「選挙で連呼」という手法はナチスから始まったのだとか…。

三宅洋平氏が国政選挙に際してチャランケという言葉を愛用していました。
今回の小田原市議会議員選挙において僕もピンクドットをイメージカラーとしている候補者を支援していますが、実は「その一人」だけが当選すればいいと思っているわけではありません。
残念ながら1票しかないので、いちばん古くからの付き合いで、政策に一番共鳴できるから、その1票を投じるだけで、1人だけ当選しても小田原市は変化していかないことは分かっています。
過半数以上の「仲間」を作れることが大事なんです。

20150422-01

それ故に、あしがらには大きな期待をしています。
選挙の時はそれぞれ自分を当選させなければならない議員さんたちも、その人たちを応援している人たちも、当選した暁には、ともに当選を祝いあい、そして山積している問題点を一緒に整理し、一人ではやりきれないことは分担していく、そんな組織になってくれたらいいな、と思うのです。

議員の仕事は政策です。選択するのも政策です。
「明るい小田原を目指します!」 いやいや、小田原市議会議員になろうと志す方は、「暗い小田原」なんて目指さないでしょ?
もっと具体的に、小田原城ホールの話、斎場の話、しましょうよ。
何が問題なのか、どうしたいのか、一緒に語りましょう。
そういう議員を選ぶのに、選挙カーの上から政策を発言できないのなら、選挙カーなんて全面禁止すればいい。うるさいだけの邪魔な存在です。

そうじゃない、具体的にどのようなヴィジョンを持っているか語り合えるそんな選挙戦になれば、政策に書かなくても「明るい小田原」になります。
きちんと政策を学び、そして語り合えるすべての方の当選を祈っています。
選挙が終わったら あしがらでみなで色々な「政治」を語り合いましょう。
選挙は政策なんて関係なく名前の連呼だけとシラケテしまわないように…。

期日前投票

次日曜は小田原に居ないので、期日前投票に行ってきました。
まだ投票用紙も来ていないので、はんこを持って来いだとか、身分証明書が必要だとか、いろいろとめんどくさいことを言われると思いましたが、結果から言えば何も持っていかなくても構いませんでした。

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市役所2階に行けば、仮設の投票所が出来ていて、入り口で受付票を受け取ります。
記載する内容は、住所、名前、理由(チェック式)、と今日の日付だけ。
それを渡すと市民名簿と照合し、投票権をもらえます。

普段の投票とさほど変わらない時間で投票できました。

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さて、今日もわが地域に数台の街宣車が来ました。お名前を連呼する車。
そして1人だけ辻立ちをされて政策を語っていたのが聞こえました。
現市長は市長になる前から知っているお仲間でしたが、失礼な言い方をさせてもらえば昔の青島都知事と同じく最近はご本人の政策が全く出てこないで市役所職員の傀儡市長の体をなしているような感じです。

ヒルトンホテルは、前年度の家賃収入をチャラにして9億円という破格値で販売し、小澤前市長が50余億で作るという事にもっと安価な「身にあった」城下町ホールをと言っていたはずなのに約100億と予算計上。
斎場問題は今後も少しずつ書いていきたいと思いますが、40余億の予算をたててPFI事業という形で民間の懐を肥やす算段です。
小澤氏の予算計上にNG、として加藤氏を応援したものの、具体的なこの計画への必然性の回答がない今、議会できちんと問うてくれる議員はなんとしても当選してもらわなければならないと思っております。

100億とか40億とか矢継ぎ早に巨額な箱モノを提案するのなら、議会できちんと議員と議論してほしいものです。
そしてそうした議論ができる議員こそ、小田原市には重要な存在なのです。

いよいよ公示

天候不順(つまりは現場も予定通り作業が進まない)のと、僕個人もこのあと数日お休みを頂くことで、少し忙しい毎日を過ごしています。
そんな今週の最後の仕事は、明日の公示掲示板に張るポスターを選挙事務所に取りにいくこと。

誰の? と興味津々の方もいるでしょう。
なのでヒント・・・

20150418-01

こんなピンクドットのポスターの方。
議員は法律を作り、行政がその法律を守っているかチェックするのが仕事。
でも、多くの議員は、市の職員が提案した法律だからと賛成をする・・・。会計監査が会計が確かだからというのと同じでそれならば不要なんです。
議員が議員として必要とされるのは、行政に任せるのではなく、自分の力でその提案が正しいかチェックる能力のはず。
この議員はそうした意味では確かな人。

明日は少し早起きして数か所のポスター張りをいたします。

小田原市斎場問題(1)

1994~2001年にかけて、和留沢地区に建設が計画そして許可後稼働されてしまった産廃焼却処理上に対しての反対運動は、行政訴訟と工事(営業)差し止めの仮処分という2つの裁判闘争になりました。
反対理由はいくつかありましたが、その一つに道路インフラが良くない中いわゆる地元住民の生活外の車両が非常に多い、過分な負担を強いられていることをあげました。
それは市民のごみの処理場である環境事業所があったり、斎場があったりします。当初斎場が計画された時は久野地区内を通行しないとの約束の下了承された経緯がありますが、それは市と地元自治会との協定であり、各葬儀場は関わらなかったので反故されている現状があるのです。
そんな斎場も40年経ち建て替えのうわさが出ています。
今度は9炉とのうわさです。

平成27年2月に小田原市が発行した斎場整備運営事業要求水準書(案)をみると、
現在の需要を稼働日数で割った1日の平均利用数は12.2±5となっています。つまり現況の4炉だと、1日1炉で3人余りを火葬する計算になります。古い炉なので火葬に約1時間、前後の準備に1時間かかるとすると1件2時間×3回であれば、まさにフル稼働です。
が、新炉で火葬の時間が短縮され9炉に増えたらどういうことになるでしょう?
炉数の倍増、時間は半分となれば、各炉は1日の使用時間1時間から2時間で終了になります。残りの時間職員は何をするのでしょう?
そしてこの計画がPFIというあまり聞き慣れない方式で行われるという事と合わせて継続的に考えていきたいと思います。

小高 天織(ODAKA_Then-ori)

田も畑も山も海も汚されてしまったこの土地で、
途方に暮れていた私たちに光を与えてくれたのは、
天の虫のお蚕様。
かつて栄えた養蚕と絹織物を、分業化され、機械化される
前のやり方で、やり直してみたい。
無知ゆえの無謀。でも、それが私たちの希望となった。
素人ばかりで始めた蚕守り(こもり)と機織り。
正直、大変だけれど、これが実に楽しい。
無心になれる。夢中になれる。仲間ができる。
小高に住み続ける覚悟が揺るがなくなる。
蚕守りしながら、私たちは祈る。
いつの日か、天の虫の力で、この土地がすっかり
浄化されることを。
機織りしながら、私たちは祈る。
いつの日にか、手仕事の力で、この街に人の
暮らしと営みが戻ることを。
小高の天織り、天への祈り。


20141121-01

この夏あしがらで相馬・南相馬にお邪魔したのがご縁で、教会のイヴェントあごらで小高天織のコースターを販売する運びとなりました。
NPO小高浮き船の里さんのメンバーが、養蚕やえさとなる桑の木の養殖、飼育場や織機の設置までコツコツ始めた手作り品ゆえ、大量に販売はできません。
しかしそのご苦労・・・だって養蚕したことがない人が蚕を殺さないように何百匹も飼う事も、桑の木の植生を知ることも、蚕箱の事も、織り方のコツも、みんな一からこの数年で学んでここまでの製品に仕上げたのですから、そのご苦労を思うと頭が下がります。
そしてその困窮の裏に当初の3・12の事故(小高の方々は3・11と3・12を分けて言い表します)
読んでいて、夏に見てきた光景とオーバーラップして涙が出ました。

自死を選ばざるを得なかった何人かの方のご遺族は相次いで東電にその責任を裁判で問うていますが、本当は福島の人みんなが訴えたい気持ちでしょう。
でも、前を向いて歩こう、と気持ちを奮い立たせる事が出来たメンバーは、こうして一産業を起こして故郷を守ろうとしています。

ぜひ、あごらでは彼ら彼女らの希望の逸品をご覧ください。

今年もやります、原発ゼロを歓ぶ会!!

大飯原発4号炉が止まって丸1年経とうとしております。
そこで今年も開催します。原発ゼロを歓ぶ会!!

20140915-01(画面上でクリックすると文字の読める大きな画面になります)

昨年は、小田原市民会館の会議室を利用させて頂き、山猫軒さんの撮影したスライドショーを見ながら茶話のひと時を過ごしました。

今年は場所を小田原駅西口のかふぇ・えりむに移して、しかしながらおいしい山猫軒さんのスィーツを食べながらの茶話のひと時は昨年同様です。
キャンドルナイトの夕べとともに、室内では過日行ったピースイヴェント報告会(再)を行います。

相馬・南相馬の現状はなかなか目にすることはないと思いますが、普通の市民の目で見てきた貴重な報告会だと思いますので、どうぞご参加ください。

なお、軽食の用意の都合がございます。予約制とさせていただきます。

ピースイヴェント報告会

あしがらで7月5-6日に行った相馬・南相馬の報告会を本日行いました。
おりしも今日は相馬野馬追祭り、現地では白熱の合戦絵巻物が繰り広げられたと思いますし、小田原市長はじめ多くの小田原在の相馬支援者もうかがっていると聞いています。
また、小田原市内の夏祭り、西湘バイパスの道路破損などで、思ったほど参加者は集まらずに少し淋しいものの、少人数ならではの和気あいあいとした中身の濃い報告会になりました。

巷では新作のゴジラが話題になっています。ハリウッド第1作のゴジラを見ましたが、僕もあのゴジラはNGでした。横綱相撲という言葉がありますが、受けて立つぞ、というどっしり感がハリウッドのゴジラにはなく、早くて頭のいい恐竜の延長のような感がしました。おまけに鋭いとんがった円錐のような頭の小さなゴジラは余りにも日本人の好みの体系ではなかったな、と思いました。
が、それなりの営業利益を上げたと聞いています。
監督を中心に一丸となって作り上げる映画には賛否両論ついてくるのは当たり前のことでしょう。観客側も「外野ならではの勝手な評論の自由」を楽しみますが、それはそれ、人の心・感情は支配されることはありませんので、自分の好きな語り口を選べばいいと思います。

20140727-01

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(お二人ともパワポを使い慣れておられる。すばらしいプレゼンでした。)


実はこうした報告会も同じなような気がします。
今回は僕Takeとゆいみんさん、山猫軒さんの3人がそれぞれ発表しました。
同じ行程を旅した3人ですが、切り口も、思いも、伝え方もそれぞれでおもしろかったです。
それはまさにゴジラという一つのキャラクターを素材にした映画でもバラエティーに富むものになるのと同じ感じがいたします。

ぼくだけの発表なら僕のしゃべり方や内容が気に入らない人は賛同してもらうことはできないでしょう。それはゆいみんさんや山猫軒さんにも当てはまります。
でも、まったく違う3人がそれぞれの思いのたけを話した時に、誰かのどこかにはシンクロできるところがあったのではないかと思います。

相馬・南相馬は、まだまだこの先何年も何十年も頑張らなければスタート地点にもたてません。
そうした時に、僕らは何ができるか?と言えば、その人が持ち得る様々なタラント(能力・スキル)に応じて尽力することです。
どんな能力が役に立つのか?は、自身の目で見て、考えて、そして行動をすることからしか見つかりません。

不遜な言い方をお許し願えれば、今日の僕らはのどの渇いた馬を水場に連れて行くのが仕事のような立場です。僕らが行ったから、報告をしたから、だけでは何も変わりません。その話を聞いた人が自らの目や耳で確かめ、そしてまた広げる・…。その繰り返しで復興は進んでいくと思います。
今日のこの会が、行ってみようか!?という興味の第一歩になれたらと思います。
そしてそのごように役に立てるのでしたら、出張報告会をいたしますので、お気軽に@あしがら事務局までお声掛けください。

相馬・南相馬フィールドワーク報告会

20140727-01
(画面上でクリックすると大きくなります)

過日行きました相馬・南相馬のフィールドワークの報告会をいたします。
マスコミというフィルターを通せば、どうしてもそこに偏光ガラスのように届かない情報が出てきます。
もちろん僕の目は僕の目なりのフィルターがかかった情報ですが、マスコミと違って「外圧」という偏光フィルターはありません。
そうした中実態見てきたことをお伝えできればと思っております。
どうぞお越しください。

ポスター上にも記載がありますように席に限りがあります。事前のご予約をお願いします。

相馬・南相馬フィールドワーク(Ω)

紙と木の文化に突然入り込んだステンドグラス、笙や笛の音の所に入り込んだオルガンの音色。キリスト教はそうした目新しさとある種洗練された純粋な美しさがあこがれとして頭の片隅に入り込んだのかもしれません。
ですからクリスチャンというと、敬虔という枕詞、そしてスマートなイメージが付くのですが、実際のところは大いに違う側面もあります。
ただ、クリスチャンに規せられたことは、イエスのみあとを歩む、という事。
イエスのみあとというのは、差別や偏見が充満していた社会に、ローマ兵や権威の象徴の宗教者、そして無知から来る闘病者への蔑視、女性軽視、などを一切無視して、ひとり誰とでも平等に接し切った事でしょう。「あんな奴と付き合うな」「お前のためを思って言っているんだぞ」そんな言葉に耳を傾けず信念を通した生き方。
そのためどの地でもトラブルを引き起こしていました。今でいう空気が読めない人だったと思います。
が、21世紀、イエスが問題視してなくそうとした差別・蔑視は、今では当たり前のように排除するように考えられています。

しかし、2000年前、彼はこれらのことが原因で、一人磔刑の死を遂げたのです。「周りが下げ荒んでいるんだからお前も仲間に入れ。」「何一人いいかっこしているんだ。」いじめには大人も子どもも関係なく、自分のポジションが社会的にきつければ暴徒のようになって特定の人を攻撃することでストレスを発散します。
それを一人静かに受け止め、「彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」と神に祈りながら死んだイエス。

そうした人の後を歩め、という泥臭く重たい命題を「引き受けます」と告白したのがクリスチャンです。

今回の旅で出会った人たちはクリスチャンではありませんが、同じ香りがする人ばかりでした。
みんながやるから、とか、誰もやらないなら自分もやめようとか、そうした判断基準が他人との比較ではなく、自分がやりたいから、と前向きに生きている人ばかりでした。
誰もやらない中始めることは、とてもパワーがいることです。出る杭は打たれる、智に働けば角が立つ、また、長いものには巻かれろ、寄らば大樹の陰という言葉通り、お上のやっていることに黙って従うのが善策だという風潮が広がっている日本の中で、であった皆さんは自分の明日を真摯に考えて動き始めた人ばかりです。

本来ならば、これはお上の仕事。復旧復興をしますとの約束が、3年経った今も何もできていない現実。
多くの天井のないトタン屋根プレハブの仮設住宅住まい。
海からの南百mは延々と何もない原っぱ。
広大な農地は、立ち入り・耕作ができない状態。
豊潤な大地と海、そうした大切な財産を国家は無駄にしている現状。

その中で自分の十字架の意味を知った人たちです。
泥臭くても、がむしゃらにでも、背負った十字架の重みをかみしめながら、それぞれの残りの人生、自分のために、そして故郷のために、子孫のために動き始めた人ばかりです。
誰かがやるのを待っているだけでは何も動かない。なら自らの手でけん引していくという十字架。
行政の煮え切らない態度を見て、あてにできないと気が付いたら、自分で始める力強さ。

たぶん世の中にはそうした決意を持って生きている人がたくさんいると思います。そうした人に出会うと共鳴し、なんだかパワーをもらえます。
「例え明日地球が滅びるとも今日君はりんごの木を植える」 とマルチン・ルター師は言いました。
残念ながら今回の旅の中でガイドをしてくれた皆さんが復興の感性の日の目を見ることはないでしょう。
志半ばにこの世を去る日が来るかもしれませんが、それでも最後の日までりんごの木を植えれるような人生を共に送りたいですね。
(他人事のように)応援しています、ではありません、少しでも共生していきたいと思います。

悲しい現実とともにすがすがしい思いも感じて帰ってきました。それはある意味、所詮どんなに頑張ったところで、どんなにいい政治をしてきたところで、どんなに素晴らしい政治家を何十、何百人輩出してきたところで、悲しみはどこかで必ず起きるし、その時政治家という他人の活躍を待っていてもしょうがない。
小さな一人一人でも自分の政治信念をもって歩む、そうした生き方をする人が多くなればおのずとも世の政治はよくなるという見本でしょう。自分一人でもやってみよう、という意気込みが、実は世を変えていくベースなのかもしれません。
生きることはだれかに任せることではなく自分で切り開くことなのでしょう。

そもそも日本の伝統文化のいくつかは、それしか作れなかった、という貧困ゆえに育った物も多いです。マイナスの要因だけを見て悲観したところから何も生まれないのは、今回皆さんから学びました。

政治グループとしてのフィールドワークでした、そうした既成ではない政治スタイルにつながる皆さんの動きがすがすがしかったからそう思えたのかもしれません。
ガイドの皆さん、出会ったみなさん、本当にありがとう。感謝です。
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