FC2ブログ

交通費の算段

昨日あげたトピックス
やはり、下記イヴェントへの参加の気持ちが強まる。

20180826-01
20180826-02
20180826-03
20180826-04
20180826-05

しかし行くためにクリアしなければいけない算段が2,3つある。
「ボンビーな」じじい(爆)、故に、どうにか費用をかけずに行くことが求められる。
そこで見つけたのは

20180826-06

14日は礼拝もあるのでお休みは避けたい。必然最終列車での帰宅が余儀なくされる。つまりは、交通費は往復で2670円。
豊橋まで片道1400円弱で行ける。これは凄いことだ\(^o^)/
と言うことで一歩参加が近づいた。

今日日エアコンは『健康で文化的な最低限度の生活』だよね

社会福祉を学ばれている大学生の友人が、授業の一環で無料低額宿泊所を見学に行ったというFBメッセンジャーをもらったので、何通かのメールやり取り。
無低も狭い部屋でエアコンがないのは、それこそ憲法25条に抵触しちゃうよな、なんて思いながらのやり取りを終えたところにこの話題。

今夏の猛暑に対して、生活保護の受給者はどう身を守っているのでしょうか。エアコンがない人は涼を求め街に出て、食費を削って冷房を使う人もいます。ぎりぎりの生活で暑さと戦っていました。(斉藤佑介)

 名古屋市南区に住む男性(71)はひざが悪い。だがエアコンの利いた図書館や公共施設をめざして歩く。「生きることが今の私の仕事ですから」。1日の歩数は1万1千歩を超える。
 8年前に派遣会社の雇い止めにあい、年金の加入期間が足りず、生活保護を受け始めた。6畳一間、風呂なし、トイレ共同。半世紀前のアパートに備え付けのエアコンは壊れたまま。手元に残る生活費は月5万円ほどで、余裕はない。
 夜は窓辺で蚊取り線香をたき、扇風機をまわす。「今年は寝られん」。午前2時すぎに眠りに落ちる。

 愛知県刈谷市。築50年のアパートで暮らす視覚障害者の男性(64)はエアコンの使用を控えている。窓と玄関の戸を開け、扇風機を使う。ぬるい風が抜ける。
 ログイン前の続き「今年は激烈な暑さ。天井もはがれたみたいだわ」。台所の天井は暑さで壁紙がはがれ、垂れていた。
 2009年に糖尿病で失明。失業したことで生活保護の受給を始めた。働いていたころに買ったエアコンはリモコンが壊れ、温度調節ができない。普段は使わないが、この夏は4日分フル稼働させた。電気代を月3千円程度に抑えてきたのに、8月だけで1万円を超えそうだ。
 そのぶん食費を削った。1日1食。日中は麦茶と梅干しを口に入れ、水風呂に5回つかる。「これ以上削れません。貯金? とんでもない。買い替えも難しい」
 週1回ボランティアが同伴する朝の散歩もやめた。静かにラジオを聴く日々。「涼もうと思っても私は外に行かれんのです」

 船堀メンタルクリニック(東京都江戸川区)の精神科医松尾徳大(なるひろ)さんは毎月約300世帯の受給者を診察する。そのうち10~20%はエアコンがないという。8月、50代の男性受給者が電気代節約のためエアコン使用を控え、熱中症により1週間で2度も搬送された。
 「死者も出る猛暑のなか、受給者の暮らしは憲法が保障する『健康で文化的な最低限度の生活』とは言えない」と指摘する。

 厚生労働省は6月、熱中症対策として、4月1日から生活保護を受給し始めた世帯でエアコンがないなど、条件を満たせばエアコン購入費(上限5万円)の支給を認める通知を出した。
 「あくまで緊急性が高く特別な事情がある人への『一時扶助費』。原則は保護費のやりくりで買っていただき、うまくためられない方は社会福祉協議会の貸し付けを利用してほしい」と担当者は言う。
 社協は生活福祉資金貸付制度の「福祉費」として「障害者用自動車の購入」「その他日常生活で一時的に必要な経費」など、目的別に上限額(目安)を設けてお金を貸してきた。全国社会福祉協議会によると、エアコン購入は「その他」にあたる。15年度の貸し付けは1900件ほどだが、多くはエアコン購入が理由とみられるという。

 生活保護問題対策全国会議事務局長の小久保哲郎弁護士(大阪弁護士会)は「今回の厚労省の対応は一歩前進だが、対象があまりに限定的。3月以前に保護対象となった受給者にも支給すべきだ」と訴える。
 貸付金についても「結局お金を返さなければならず、ただでさえ生活扶助基準の引き下げで減っている保護費をさらに削り、受給基準となる『最低生活費』以下の暮らしを一定期間強いることになる」と話す。
 10月にはさらなる保護費の削減が始まる。小久保弁護士は「エアコンがあっても節約のため使わない受給者が多い。国は生活保護基準の引き下げを撤回し、冷房費にあてる『夏季加算』を創設すべきだ」と話す。
 厚労省によると、生活保護受給者数は5月現在、約210万人、世帯数は約163万世帯という。
朝日新聞ディジタル 2018年8月25日15時51分 斉藤佑介氏記

国が動いた。
が、この国の一時扶助金融資の政策は果たして生活困窮者に情報としていきわたるのか?と言えば甚だ疑問だ。
野宿者支援をして大いに感じるのは、「貧困」とは確かにお金等の財産がない事を言う言葉かも知れないけれど、情報も「貧困」格差がある。
「保護もらう権利がありますよ。」と言う言葉にも、しり込みする野宿の方は多い。役所は敷居が高いのだ。
だからこそこうした支援活動と言うボランティアは大事なことだと僕は思っている。野宿者の所に行くときに持っていく「パトビラ」に様々な情報を載せるのは、「情報貧困」からの脱出を促すのも僕らの使命だと思っているからだ。

野宿者支援をして分かったのは、冬も厳しいが夏はそれ以上厳しい季節かも知れないということ。
冷えた体を温めるのは、流木等でたき火をし、公園で汲んだ水を沸かして温かい飲み物をとればいい。工夫をすればどうにかできることはある。
が、夏の熱がこもった体を冷やすのは難儀だ。冷たいものも、風を起こす道具もすべては「電気」が提供する道具だ。電気の無い彼ら彼女らはひたすら我慢するだけだ。

斉藤記者の取材の方は65歳や71歳、既に国の義務を十分果たされた方なのだ。そうした方が憲法が侵され健康を損ねそうなのだ。そしてそのような人はごまんといるのだ。

風力発電や太陽発電だって問題はある

誤解をしてほしくないが誤解を招きそうな投稿で申し訳ない。

森林伐採をして大規模なソーラ発電が進んでいる地区があるというニュースがUPされていた。
「エコ」と盲信されているソーラ発電。どうも僕は納得していない。

そもそものきっかけは、3・12ノフクシマ原発の事件。作っちゃいけないものを作ったことで、そして費用対効果は極めて有効と言う嘘八百のPRのもとで、多くの人の故郷をぶち壊した。
そして今なお核廃棄物の処理は困窮を極めている、と言うか全くノープランの状態。

一方、エコの代表のようにとられているソーラ発電はどうなのか?
太陽発電パネルは、シリコンの塊。そしてその寿命は数十年と言われている。例えばこちらの記事。(リンク切れになるといけないのでコピーをしておくと)
 鉛などの有害物質を含んだゴミがそれとは知らずに近所に捨てられている――。総務省は9月、少しぞっとする内容の報告書を公表しました。名指しされたのは太陽光発電用のパネルです。東日本大震災以降に再生可能エネルギーを普及させた立役者ですが、何が起きているのでしょうか。
 太陽光パネルは電極やシリコンを何層も強固に接着してできています。分離してリサイクルするのが難しく、20~30年の寿命を迎えると産業廃棄物の処分場に埋め立てられるのが現状です。総務省によると、パネルに含まれる鉛やセレンなどの有害物質の情報を処分場に提供していない業者は調査対象の8割に上ったそうです。
 心配なのは廃棄量の多さです。震災後の政府の支援策に押されて太陽光発電の設備は過去5年で約6倍に増えました。今後は寿命となるパネルが増え、2040年の廃棄量は約80万トンと15年の300倍超になる見込みです。これは1年間に全国の処分場に埋め立てられる量の約8%に当たります。
 このままだとパネルが無秩序に捨てられる恐れがあります。国は処分の指針を設けていますが、パネルには製造、発電、処分、廃棄と少なくとも4業態の業者が関わり、最近では海外メーカーのパネルも広く流通しています。有害物質に関する情報共有が滞る可能性もあり、環境省の対策委員を務めたSOMPOリスケアマネジメントの花岡健氏は「メーカーに情報提供を義務づける仕組みを強化すべきだ」と指摘しています。
 廃棄コストも問題です。経済産業省は太陽光発電の事業者にパネル建設費の5%相当額を廃棄に備えて確保するよう求めています。ただしチェックする仕組みはなく、コスト負担を嫌って不法投棄に走る業者も出てきかねません。消費生活アドバイザーの辰巳菊子氏は「事業者の責任を明確にする法整備が必要だ」と話しています。
 最後に期待されるのは太陽光パネルを効率的にリサイクルする技術革新です。今はリサイクル費用が高いので普及していませんが、再利用できれば廃棄量を減らせます。真に環境に優しい太陽光発電にするためにやるべきことは多くあるといえます。
太陽光パネルは使えなくなったときにどんなリスクがあるのでしょうか。環境省の検討会で委員を務めたSOMPOリスケアマネジメントの花岡健取締役に課題と解決策を聞きました。
 ――太陽光パネル特有の危険とは何でしょうか。
「パネルは薄いので風で吹き飛ばされたり、雪で壊されてしまうリスクがある。洪水にも弱い。特有の問題としては感電の危険性がある。光が当たれば発電するようにできているので、保管の際には布をかぶせて光を遮らないといけない。このため災害が起きたときには優先して適正な処分をしないと、二次災害につながってしまう。実際にはこうしたリスクを認識している人は少ない」
 ――使い終わったパネルはどうなるのでしょう。
「法律に従って産業廃棄物として処理することになる。最終処分場に埋め立てられるわけだが、将来は膨大な量が廃棄されることになるため、処分場の容量が足りなくなる恐れがある。そこで太陽光パネルのリサイクルという選択肢があるわけだが、現状では処理コストが高い。さらに太陽光パネルは家電や車のようにリサイクル費用の負担の仕組みが確立されていない。まずは技術革新によってリサイクルにかかる費用を下げ、事業者が廃棄よりリサイクルを選ぶ流れを作ることが重要だ」
――パネルに含まれる有害物質が処分場から流出するリスクも指摘されています。
 「有害物質の含有についてはパネルの製造メーカーによって差があるし、その後の情報開示など対応にも差がある。一概には言えない問題だ。ただ現在は海外メーカーによるパネルが増えているので、情報開示が滞ったりする恐れがある。廃棄の際には報告や届け出をしっかりさせ、中身をチェックしていくしかない」
 ――廃棄コストの積み立てを事業者に義務づけるという考え方もあるようですが。
「すでに大量のパネルが導入された後なので難しい。経済産業省は補助制度をつかって太陽光発電を始める事業者には、一定の廃棄費用の積み立てを求めている。ただ日照時間が想定より短くなったとか、計画がうまくいかなかった事業者の中には廃棄費用を確保できないケースも出てくるだろう」
 デンシバ Spotlight

何事もそうだけれど、全くデメリットがない施設はない。何を作ろうが必ず壊れれば廃棄物が出る。
だからソーラシステムが悪いわけではなく、どう考えても原発よりはまともな施設であることは明らかだ。
だが、風力発電もバードストライクや低周波音問題があるし、これだっていつかは壊れる。ソーラも上記のように重金属や重大な環境汚染を引き起こす物質が含まれている。

何を言いたいかと言えば、これは環境にやさしいからと言う甘い言葉にだまされて不要な電気を使わないようにしなければならないことを自覚しなければいけないことだ。
しかし、企業(利益追求)をすればこそ、そこには不要な電気を使ってもらわなければいけないという企業論理が出てくる。

この夏は暑かったからエアコンは重宝したし、僕も自車にソーラを積んでいる。恩恵にあずかるな、ではない。ただ、一時一時これはどうなのか?の吟味をして不要な電力を使わないという前提がなくなれば、環境にやさしいなどは嘘になる。費用対効果の費用はあくまでも廃棄物となった時の廃棄処理料金まで考慮しなければならない。

沖縄県知事選

翁長氏の逝去に伴う沖縄県知事選が行われる。
実質は、玉城デニー氏と佐喜真淳氏の闘いになるようだ。

「誰か一人を選ぶ」という命題が与えられた。
ここから解をえるにはどうするか? 様々な手法があると思う。
それぞれの候補にポイントをつけて優劣を考えるもよし、逆に消去法で選ぶもよし。
しかし、確かなことは『一人』のみが選ばれるという事実。両者が気に入らないとしても、1票でも多い方が県知事になる。

そして、片方は与党の自民党が支持をしている。つまりはこの候補者が勝てば、安倍氏は辺野古の移転を県民は支持した、というだろう。 他方候補者が属する自由党の方向性も僕は詳しくは知らない。が、党首は自民執行部と確執があることは確かだ。まぁ、政治家故の突然の和解も危惧しなければならないが、それでも与党支持者勝利による選挙後即「禊は済んだ」と行くことはないはずだ。しかも、翁長氏が後を託したということはそれなりのベクトルはある方なのだろう。
沖縄には米軍問題以外にも様々な問題がある。東京・大坂に本社を持つ大資本のホテルは潤っても税は本社に行く。沖縄の経済的にはあまり影響はない。県民の暮らしが重要、故に目が経済に注がれて「明日の糧」のためではない基地問題は後回しにされるきらいはある。
しかし、だからと言って手を拱(こま)ねけば子孫に禍根を残す。
そしてこうした地方自治の早急の問題と中長期ヴィジョンを考えることはどこの選挙でも同じことなので、決して他人事ではなく次は我が町と注視したい。

どちらが勝った方が沖縄のためになるのか?
自己分析の結果、たとえ51対49という差であっても51を熱烈応援しなければならないほど緊迫した選挙になりそうだ。 

玉音放送

8月15日から一日遅れてしまった。

終戦。戦いは終わったが、無法と飢えとの闘いが始まった日。
しかし、それでも爆撃の恐怖の無い日は、それはそれで安堵だったのだろう。

8月15日、特に何か大きなイヴェントがあったわけでもないのは、社会が良識から逸脱し始めたことがバックボーンにあるのかもしれない。
僕ら西湘の地に住むものは、地元の話題で覚えておきたいのが、玉音放送が日本中に流された源の場所であること。

軍部のクーデターの恐れもある中、安全な場所から送る必然性を感じたのだろうか?
玉音放送は、鉄の供出で単線となってしまった御殿場線の廃トンネルから流されたそうだ。

送信所は国際電気通信の「足柄送信所」。もともとは1944年、本土空 襲の本格化は必至とみた軍・情報局・通信省が必要最小限の送信機を確保するため防空送信所を計画した耐弾式送信所。
旧の御殿場線の上り箱根5号トンネル。いまは雑草の中にひっそりと残っているだけで、資料にもあまり載っていないらしい。

終わったという事実が大事で、どう国民に伝えたかはあまり重要なことではないかもしれないが、玉音放送のレコードの聞こえの悪いこもった声を聞く時に、それでもまだ戦争を続けようとした人がいたこととともにこの地から発信したことも報じてほしい、と思うのは身びいきなのか。

生産性(役に立つ)人間とは

容器から水が漏れたら価値はないのかもしれない。
穴が開いた容器は捨てられる。

でも本当にそうなのだろうか?

植木鉢に穴が開いてなかったら・・・。
土器のように鉢自身が水分調整をしてくれるからこそ、植物は根腐れも起こさない。多少管理人が水やりを失敗しても枯れはしない。
逆に花瓶のようなものなら水やりに必要以上の神経を使う。失敗する確率は飛躍的に上がる。何より植物がかわいそうだ。

だから何か昨今の人の評価の画一性には疑問を感じる。

道路はまっすぐがいいのか?スピードを上げることだけならそうかもしれない。
が、母校の造園学部の大先輩が人の歩き方を観察した時に、決してまっすぐに歩いていないことに気がついたと、卒論はプロムナードを描き、母校の前庭はそのデザインで長い間曲線美の物だった。
歩く時はふらふらするものらしいし、その左右に振れながら歩くことでストレスが生じないのなら直線の道路は罪だ。

「下道倶楽部」と言う言葉がキャンピングカー乗りの間である。遠方に旅行に行くときに高速道路を使わないで行くキャラバンのことだ。僕も結構そうである。
道の両側に防音壁があり景色は見えず、単調な直線道で、競い合うようなスピードの道はどうしても好きになれない。
必然一般国道をゆっくり走る。なに、早めに出発すればいいだけじゃないか、眠くなったら道の駅の片隅を借りて休み休み行けばいつかは到着する(笑)

人生を道行く旅人として語る時がある。道を踏み外しやさくれて時間をロスすることがある。しかしその失敗をそのあとの人生に生かすのなら経験値を高めるという意味では無駄ではない。

生産性が高いことはいい事かい?そんなのはイケイケドンドンの高度成長時代の経済至上主義の遺産じゃないか、いまは生きがいを求める時代だよ。
今は福祉の時代だよ、支えあって人間らしく生きる時代じゃないか。

まっすぐ歩いてストレスを感じるのなら曲線の道を心軽やかに歩きたい。
ビュンビュン横を駆け抜ける車にストレスを覚えながら道行くのなら、ゆっくりと一般国道を行けば良い。
生産性なんてくそくらえだ。

だから杉田水脈議員は堂々と…(>_<)

2017年9月29日、国連人権理事会が、同性愛行為を死刑の対象にすることを非難する決議を実施しました。日本は反対票を投じました。

ILGAの報告によれば、同性愛行為は現在世界72か国で違法とされており、うち6か国では死刑の対象となっています。9月29日、国連人権理事会は、「背教、冒涜、姦通、合意上の同性関係など、特定の形態の行為に対する制裁」としての「恣意的な、または差別的な」死刑に抗議するための決議をおこないました。この決議で、47の理事国中27か国が賛成票を投じ、13か国が反対、7か国が棄権したとのこと。Independentによれば、抗議に反対した国は以下の通り。
ボツワナ
ブルンジ
エジプト
エチオピア
バングラデシュ
中国
インド
イラク
日本
カタール
サウジアラビア
アラブ首長国連邦
アメリカ合衆国

大友剛氏関西水害被害チャリティコンサート

天気予報が昨日までと打って変わり進路を大きく西に取り、先日大きな被害を受けた関西直撃と言うニュースを聞いて心がざわついています。
そんな最中表記のチャリティコンサートが行われたので出かけてきました。

20180727-01

司会は毎度おなじみのサニーさん

20180727-02

今日は趣旨がチャリティコンサートなので大友さんのピアノと鍵盤ハーモニカをたっぷり聞きましょう、と。なのでマジックも絵本の読み聞かせもありません。

ピアノと鍵盤ハーモニカを使って世界旅行から始まります。
日本、韓国、フランス、イギリス、アイルランド、そして南アフリカを経由してブラジルやアルゼンチンの代表的な音楽を奏でてくれます。

20180727-03

20180727-04

そして最後は定番ルイアームストロング氏の代表的な曲。「この素晴らしき世界」( What a Wonderful World)
今日日、各地で多くの災害があり、家族や友人を亡くされた方、家や家財道具、思い出の品を失った人がたくさんいます。そしてそうした中、国会議員の杉田水脈氏が「生産性」の身勝手で情けない解釈をして失笑を受けています。
いらん軍事費をかけて必要な防災をケチったために多くの人の命や財産が失われているのですから、最大の生産性の無さはそれを知ってか知らずか無策である国会議員と役所である訳です。それを棚に上げよく言ったものです。本当に失望してしまいます。
が、そんな僕らの失望と同じような大いなる失望であるベトナム戦争を見聞きし、ルイアームストロング氏は「この素晴らしき世界」と言うタイトルをつけ歌い上げます。人の営みはあまりにも愚かしい、でもそれでも神の創造したこの世界は素晴らしいんだ、と歌い上げているのです。
僕らも凹みそうになっても、インマヌエル(神ともにいる)ことを忘れずに首(こうべ)をあげ笑顔で闘っていくしかありません。勇気と希望を持ち続けましょう、と言うメッセージに聞こえました。

そして後半はおまちかね(?)の

20180727-05

リクエストを受け付け、大友さんが聞いたことのある曲は何でも弾いてくれるという驚愕のコーナー。今日もスタンダードから宇多田さんまでなんでもござれ、でした(^_^)/

大友さんはお忙しい合間を縫って、被災地や沖縄を駆け巡っています。たぶん僕が持っているのとおなじ現場主義の方でしょう。
今回も1週間ほど辺野古の座り込みに行ってきたので少しのご報告も

沖縄のニュースは本土では、情報規制ではなくとも強い政府の圧力でなかなか伝わってきません。
今日集まったメンバーの人は比較的社会問題に関心の高い方ですが、それでもどこまで知っていたかはわかりません。ですので、現地で見聞きした話を聞くのは大切なことです。

20180727-06

5000余日÷365日=14年間あまり・・・。ここまで反対運動が続くことの原動力はなんなのでしょう?
家事や仕事を休んでまで14年もやれる裏には何があるかを考えてみたいものです。
自分なら『何のためなら』ここまで頑張れるか?
僕も辺野古も高江も行きましたが、本当に頭が下がります。久野はわずか2,3年ですが本当に困窮しました。

20180727-07

そして大友さんは言います。今回のチャリティで集まった寄付で、被災地の幼稚園や障碍者施設で演奏したい、と。
子どもが笑うと大人も笑顔になる、と。

大きな被害があった時、落ち込んだ気持からの復活は笑顔です。誰かが笑顔を運んでくれると、「よし、(気持ちを切り替えて)がんばろう!!」と言う気になります。
物資が届けられても町中の人たちが下を見いていたら復興はままならないと思います。
大友さんはそんなところへのメッセンジャー。子どもを通じて笑顔を届けてくれます。

そう言う意味では沖縄の闘いは笑顔の闘いです。お互い励まし合い、時には三線に合わせて踊る。ここにしたたかな14余年の闘いがあります。
被害の復興も沖縄の闘いも根底にある勝利への道のりは同じではないでしょうか?
We shall overcome!! です\(^o^)/

憲法改正問題

20180723-01

紹介の本は、名前の通りキリスト教に関する雑誌です。つまりキリスト教に関心の無い人に紹介をする必然性は薄い本だと思います。
が、今回はあえてここで紹介するのは、クリスチャンであるけれど、その肩書きよりも憲法改定問題を憂うる一人の若い弁護士の書いた投稿が載っているからです。
名を伊藤朝日太郎氏、東京第二に属する弁護士さん。

僕は氏の講演会で直接お話を伺ったので、憲法と言う日頃市民が関わっていないように思える、つまりは空気のように意識をしない存在のものをここに来てなぜ変えようかとしているのか?

国民投票という法律には存在しても日本人が体験したことのないものをもしかしたら体験しなくてはならない時のための心構え、考え方を説明してあります。

昨今さまざまな天災が起こり、その被害のあとは必ず防災について語られます。
多くの人はTV番組などでその内容を聞き、時には水を買いに行ったり、懐中電灯を用意したりします。
つまりは、その防災知識と同じような「いざ」と言う時のためのことが書かれています。
備えあれば憂いなしの言葉通り、知っているか知らないかは生死を別けたりします。

近々に伊藤弁護士のお話を聞く機会がある方は別として、聞く機会がない方は、クリスチャンでない人にとって場違いな本かもしれませんが、なかなかわかりやすい話が載っています。
よかったらお求めになってください。

「生活保護なめんな」ジャンパー問題から1年半、小田原市が進めた生保改革 と言う名のレポ

 「保護なめんな」「生活保護悪撲滅チーム」――。ローマ字と英語で書かれたジャンパーを羽織って、生活保護受給者宅を訪問する。2007年から約10年にわたって神奈川県小田原市の職員が着用していたものだ。
 2017年1月に問題が発覚し、職員の対応は「受給者を威圧する」と批判された。市は改善を宣言する。あれから1年半、小田原市の生活保護行政は大きな変化を遂げていた。

7月14日、東京。生活保護問題に取り組んできた弁護士らが開いたシンポジウムで、小田原市の職員2人がやや緊張した面持ちで報告を始めた。
 「小田原市の取り組みを報告するのはこれが初めてです」と市企画政策課の加藤和永さんは語る。ジャンパー問題が発覚してから、市の対応は早かった。
 対応を振り返っておこう。市の生活保護担当の職員らが「保護なめんな」「SHAT(※生活保護悪撲滅チームの頭文字をとった略称)」と書かれた黒いジャンパーを作り、受給者宅を訪問していた。
 2007年に生活保護の支給が停止された男性が、小田原市役所の職員を切りつけるという事件が起きたことを契機に作ったものだという。
 ジャンパーには「私たちは正義」「不正受給者はクズだ」といった趣旨の英文もプリントされていた。
 市は「職員がモチベーションをあげるために作成した」と弁明したが、すぐに加藤憲一市長が「生活保護受給者の気持ちを傷つけた」と謝罪した。
 加藤市長は一連の問題を「組織的な問題」と位置づけ、「生活保護行政のあり方検討会」を設置する。
 財政学者の井出英策・慶応大教授、社会政策に精通した猪飼周平・一橋大教授ら有識者に加え、市職員、そして実際に生活保護を利用した経験がある和久井みちるさんを加えた。
 検討会は原則として公開で進められ、小田原市の何が問題だったのか、何を変えなければいけないのがオープンに話し合われた。

最初に進めたのは言葉の改革だった。生活保護「受給者」から生活保護「利用者」へ。生活保護は市民の権利と位置づけ、利用することは卑下することでも批判されることでも、バッシングされるものでもないという趣旨だ。
 改革は4点に集約できる。第一に職員数の増加。第二に申請から決定までの時間短縮、第三に生活保護のしおりの見直し、第四に自立支援への動きだ。
 生活保護行政に取り組んでいる市福祉政策課の塚田崇さんは語る。
 「まず社会福祉士の数も拡充し、ケースワーカーの数を増員しました。これまでケースワーカー1人で91・3世帯担当していたのを、81・3世帯まで減らし、女性職員の数も増やしました。
これまで保護申請から決定まで7割が2週間以上かかっていたのを改善しました。今では約90%が申請から2週間以内に決定を出しています。
まず申請を受けて保護をしてから、細かい状況を調べればいう方針になりました」
 まず困っている人を保護し、「市民の不幸を最小化するためにどうしたらいいか」(加藤さん)を一義的に考える方針だ。
 この日、職員と一緒に登壇していた和久井さんはこう語る。
 「私はこれまでメディアの取材を受けてきても、『生活保護の悲惨な実態』は聞かれても、生活保護行政がどうあってほしいと話してほしいと言われることはありませんでした。
『保護のしおり』についてかなりきつい発言もしましたが、聞いてもらえて良かったと思っています」
 しおりは「利用者目線」を最大の目標に、全面的に見直され、イラストを増やし、漢字にもすべてルビをふった。

重要だったのは自立支援だ。組織目標としてこれを掲げ、地域と協力して、利用者の状況に応じて農作業などに参加できる仕組みを整えた。自宅以外に社会との接点を作ることも、社会参加に向けた重要な「支援」だ。
シンポジウムで印象に残る発言があった。元世田谷区職員で生活保護ケースワーカーを務めていた田川英信さんの発言だ。彼は言う。
'''
「この社会では福祉行政にあたっている人も含めて、『見えないジャンパー』を着ている人がいる」'''
 事実、小田原市のジャンパーには今でもネット上で「何が問題なのか」「むしろ当たり前のことを言っている」という声があふれている。生活保護バッシングも強まっている。
 小田原市が賢明だったのは、こうした擁護論に乗らなかったことにある。
 参加者からの声にもあったが、生活保護には「誤解・デマ・偏見」がついてまわる。「不正受給」という言葉には特に過剰な反応がある。
 読売新聞で社会保障を中心に取材を続ける原昌平記者も指摘するように不正受給は金額ベースで0・5%に過ぎない。
 さらに「不正受給とされた中には細々した案件が多数あり、必ずしも悪意のない『申告漏れ』レベルのものも、行政運用の厳格化によって不正と扱われている」のが現状だ。
 生活保護の重要な課題は不正受給ではなく、本当に必要な人に生活保護という制度が行き届いていないことにあるのは多くの専門家が指摘するところだ。
 行政が「保護なめんな」などと圧力をかけて利用のハードルを上げるのではなく、「権利」と位置付け、自立支援に取り組むことは、課題解決に向けた一歩になるだろう。
 もちろん課題も残っている。和久井さんは「利用者のアンケートを実現してほしい」と要望していた。行政の改革が表向きのきれいごとに終わっていないか。本当に利用者の便益になっているか。必要なものに届いているかという視点を持ってほしいということだ。
 小田原市はスピード感を持って改革に取り組んだ。他の自治体は続くことができるだろうか。「見えないジャンパー」を着ている自治体ばかりでなければいいのだが……。


記者 / ノンフィクションライターの石戸諭氏のレポートがyahoo!ニュースに上記のごとく載っていた。
14日は既に入っていた予定の為に伺えなかったが、氏のレポートを読んで概要は理解できた。ありがたいこと。

小田原市長肝いりの改善命令で確かに業務内容は大きく変わった。短時間にここまでの変貌を見させた職員の尽力は大いに評価できる。
同時に、和久井氏も仰っているが、例えば市民の意識は変わったか?に関してはいまだわからない。

良くも悪くも小田原は平穏だ。
小田原駅のバスロータリーに夜になると、野宿を余儀なくする方やまた保護を受けているが飲み仲間のいない人が集まって酒を酌み交わす。
多分迷惑だろう。が、強硬的に力づくでの排除はない。これは支援している人間にとってもありがたい話だ。

こんなところで飲むな!と言う声の方が多いと思う。それはひとつの日本の常識(良識)として承っておくが、例えば15年ほど前と言う古い話で恐縮だが、イタリアフィレンツェに行った際、日本と同じような気候ながら多くの市民は家に冷房を持っておらず、夜になると夕涼みがてらドォーモにはいる石段に腰掛け三々五々酒を飲む。大声で笑うのでドォーモのそばのホテルに泊まった僕らは24時くらいまではかなり騒がしかった。
しかしそれが市民スタイルだ。日本と違うと言われるかもしれないが「人間の営み」としては日本人もイタリア人も一緒で、一日の疲れを仲間とともに酒で癒しているだけだ。そして彼らも小田原駅のバスロータリーで飲む方々も「お店で飲むだけ」の費用を持ち合わせていないだけのことだ。

小田原の福祉業務の担当者たちは市役所の中で孤立し、幾何からの市民からも厳しく見張れ、のクレームを受けたのだろう。それゆえにあのようなジャンバーを作ったと思われる。
決して許されることではないが、孤立の辛さは痛いほどわかる。

和久井氏の問いかけに戻ろう。利用者は今回の変化をどう受け止めているのか?併せて小田原市民は、日本国民はどう思っているのか? が問われる問題だ。
「見えないジャンバーを着ている」というご発言。然り。
それは行政職員だけではなく、市民が着ている問題でもある。
蔑視なら、偏見なら、それはジャンバーを着ていることだ。
小田原市はそうした方々に懇切丁寧に、憲法25条や13条で守られるべき人権を説いて欲しいし、時には犯されそうなときは矢面に立ってほしい。
国民意識の変貌こそが小田原ジャンバー問題の解決点だ。

続きを読む

プロフィール

take1960

Author:take1960
FC2ブログへようこそ!

カテゴリ
リンク
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
08 | 2018/09 | 10
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
検索フォーム
最新コメント
FC2カウンター