下流老人

1か月前になりましたので告知です!!

初老の子なし夫婦、だからさほど日々の生活にお金がかかるわけじゃあないけれど、それでも時たま生活が厳しいなぁと思う時がある。
やはりこの国は多くの中産階級が一気に下流化しているのだろう。
野宿者の支援をしていて、関連の本を読んだりニュースを聞いたりしてもそうだ。
生活の困窮を訴える人が路上生活(いわゆるホームレス生活)をしていない所から見聞きする機会が増えた。若いご家族が3食食べられない、とか、派遣で働いているけれどアパートに住めないから24時間店で夜を過ごす、とか…。

そんな昨今の現実を知り、自分の生活にどう生かすのか? 退職が間近に迫っている中、僕らも例外ではない。
寿地区センターで下記の学習会が開催される。

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場所は紅葉坂教会。地図はこちら

釜ヶ崎フィールドワーク(2)

余韻が覚めない…(笑)

子どもの里では、突然入ってきた見ず知らずのオッチャンである僕にも子どもたちは興味津々。人懐っこく、洋服の裾を触ってきたり、通り抜ける時にちょっと手を伸ばして僕の体を触りながら抜けていく子もいた。
想定内の事だがこのタッチがちょっとうれしい。

知らないおじさんに声をかけられても返事しちゃだめよ。
この言葉はすでに僕の子どもの頃から聞いた言葉。
でも僕らの子どもの頃は同時に近所の顔見知りの人の家にはずけずけと上り込んだりもした。

声かけられても無視をするように。隙を見せないように。子どもにそう教えるアチコチ。
昔よりもそういう危機感持たざるを得ないと思う親御さん増えたよね。そう言わざるを得ないのなら治安が悪いんだよね。

でも釜はそんなこと言われて育っていないのだろう。あのさりげないタッチは、僕を仲間として認めてくれた証。声をかけられたら返事をしていい仲間として認めてくれた証。

釜は治安が悪いといううわさがある。でも本当はどっちが治安が悪いんだろう?

7月30日(チケットはおかげさまでソウルアウト)

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子どもの頃近所づきあいは当たり前だった。
雨が降ると隣との垣根の隙間を通って洗濯物を軒下に入れに行くのは大人も納得した子ども通しの暗黙の仕事の約束。
両親が共働きの同級生は良く我が家で帰りを待っていた。
子ども同士遊びに行くというこみにけーション以外にも、多くの周辺の親の目の下で子どもたちは育って行く・・・そんな姿が当たり前だった。何の違和感もなかった。

いつからだろう?隣人がどんな人かもわからないという風土が日本を蔓延させたのは?
いつからだろう?朝すれ違う人が挨拶をしないで行くのが当たり前になっちゃったのは?
いつからだろう?自分より一世代前の大人にしたの名前で呼ばれなくなってきちゃったのは?

そんなのはなんか嫌なんだよね。お節介なばあさんに余計な事を言われた方がうざくても無視されるよりよっぽど楽しいし、朝はおはようで始まりたい。「Takeちゃん」と子どもの頃かわいがってもらった名前でいくつになっても呼ばれたい。

コミニティってそんなもんじゃないかな?

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(ポスターは画面上でクリックすると大きくなります)

我が街小田原はかろうじてそんないい風土は残っています。組内(自治会)のおばちゃんたちは相変わらずTakeちゃんと呼んでくれるし、引っ越してきた若夫婦などもどんな方かも知っているし挨拶をかわせる。
でも、おすそ分けの週間なんかは薄れて来たね。車があるし、深夜までやっているスーパーやCVSがあるから、サザエさんに載っているような食材の貸し借りはなくなっちゃった。

さとにきたらええやん 大阪の釜ヶ崎と言う寄せ場(ドヤ街)のど真ん中にある子ども支援施設を取り巻く大人と子どものドキュメント。いろんな大人いろんな子ども、そしていろんな半生。でも底辺にある「ええがな、ええがな。なんくるないさー」というどっしりした理念がホッとさせる。
そんな映画の上映会です。
お時間ありましたらぜひぜひです。

釜ヶ崎フィールドワーク って

タイトルの言葉を僕もよく使っていますが、たとえば丸の内に行けば、スーツ着たサラリーマンが歩いていてその方々を目当てにしたランチのできるレストランがある。
昔を知っている人は、丸の内も変わったよな、昔はみんなネクタイして暑くてもスーツ着ていたのに、今じゃクールビズとかなんとか言われてネクタイもしやしねぇ、と言われたり、レストランも1000円以下の店増えたよな、ところに寄っちゃあ600円なんかで食べられる。デフレなのかねぇ~。

釜ヶ崎も同じ。サラリーマンが日雇いの人や現場作業の人が多いだけ。だけれどサラリーマンが暑い中働いているように釜の人も暑い中頑張っているんだ。ちょっと収入が少ないから1000円のランチ食べることが出来る人は少ないから食堂も3~400円の弁当売っている店が多かったり、楽しみは仲間と飲むお酒(はあと)だから飲み屋が多い。そういう意味で違いはあるけれど、みんな元気に生きている。もしかしたら丸の内より元気に生きている。だからそんな元気を知るのがフィールドワーク。
経済的に豊かじゃないからその分他人の懐事情もよくわかる。そうした人情はアーバンナイズされた町より豊かだ。だからそんな優しさを知るのがフィールドワーク。
丸の内も昔から住んでいる人が街が変わったというように釜ヶ崎も多分どんどん変わっていくのでしょう。だから今の釜ヶ崎を知るには今しかない。そして今の釜ヶ崎と関わって楽しんで、ああ楽しかった、いい街だった、というだけで十分なフィールドワーク。
そもそも旅(トラベル)の語源は、知らない異文化で出会う(トラブル)と同意語。そんな知らない街を楽しむだけで十分なおはなし。

釜に行った出来事を書いたけれど、そしてもしかしたら僕の考えは杞憂かもしれないけれど、この一言はやっぱり書いた方がいいかなと思い老婆心ながら余計なひと言書きました^^;

釜訪問あらため大阪訪問記(Ω)

タイトルに「改め」を入れた理由は、釜のみの訪問予定だったにもかかわらず優しいみんながあちこち連れて行ってくれたから。
まずはMさんと行った生野鶴橋。桃谷4丁目のコリアタウンまで連れて行って頂き、そうしたらたまたま彌栄神社のお祭りで初めてだんじり(でも走らずにゆっくり通過だったけれど(笑))を見たりしたけれど、なんて言っても駅前(駅中?)の商店街。迷路のように入り組んで絶対迷子になることは請け負い。でもいろいろな魅惑のお店がたくさんで迷子を楽しめる場所でした。

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食べたことのないトマトのキムチとMさんおすすめのヤマイモのキムチ。そして焼肉とビール。今度は生野コリアンタウンめぐりの旅行きます。またぜひ案内お願いします。

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そして16日。M蓮さんとN口さんにも半日以上つきあわせてしまいました。
くどいほど釜ヶ崎は危険な町じゃないよ、穏やかでいい町ですよ、と言っていますが、じゃあまったく犯罪がないかと言えばうそです。それは東京でも小田原でも交通事故や万引きから始まって殺人事件が起こることだってあります。その危険性があることはどこを旅する時も持っていなければいけない防犯意識です。
この釜ヶ崎でも矢島祥子先生と言う女医さんが殺害されて変死体で木津川で発見された事件がありました。しかし警察は自殺として処理をしようとします。「西成のマザーテレサ」とも呼ばれていた彼女のご家族やシンパは捜査のやり直しを求めますが警察の動きは鈍かったと聞きます。

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彼女の奉仕の精神に基づいた行動はある意味貧困ビジネスにしてみれば目の上のたんこぶ。そして第22次釜ヶ崎暴動は警察と暴力団の癒着であることから、そしてその後も公言した方の不審死や行方不明からも闇の部分の存在を感じます。
御遺体が発見されたのが落合上渡船場(津守側)と思って黙とうし、ここから無料の渡し船に乗りリトルオキナワにと出かけましたが、帰路確認したところご遺体が見つかったのはこの渡しではなく千本松渡船場(南津守側)だったそうです。でも事件を思い出せただけでもいいとしましょう。

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渡しは乗船時間1分程度。泳ぎが得意な人なら十分泳げる川幅を釣り船程度の船が15-20分に一往復。ですが結構楽しい。自転車までOKなので僕らとご一緒した方の約半数は自転車組。だから舟に椅子がない。でも揺れるからとバスや電車と同じ感じで鉄のパイプが天井にありそれにつかまります。
リトルオキナワと呼ばれた平尾商店街。大正期から沖縄の人が移住して出来たエリアだそうです。ふるさとの味、故郷の物品を懐かしんでもだんだん大阪の味や物品が自分のそれになって行っていったのかもしれません。ふるさとを忘れなじ、とは言っても、輸送費がかかる価格の高い沖縄のものばかり日々の生活で使うわけにはいかないのでしょう。日曜でシャッターが閉まった店舗ばかりでしたが、その販売品に沖縄の2文字がわかるものはほとんどありませんでした。2世3世という言い方はふさわしくないのかもしれませんが、大阪の生活が長くなれば大阪が故郷になるのでしょう。

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平尾の探索を楽しんだ僕らは、西成に戻りジャンジャン横丁を通り恵美須神社を目指します。が、大祭以外は門を閉めているようで中は見れませんでした。
そして「なんばのお土産なら絶対釣鐘饅頭」というN口さんの強いお勧めでお土産を買い、通天閣本通の中ほどにある昨日N口さんと一緒に梅もぎボラした方のお店でフレッシュジュースでブレイク。
N口さんは夕食の準備をしてきたとご辞退をされたのでM蓮さんと串焼きで約2万歩の労を互いに讃えました。

何度も言っている旅は3つの『しい』の評価。おいしい、楽しい、そして(町の人が)優しい。釜にはその3つが十分にありました。
さとにきたらええやん、今月末に上映します。そこからは残念なことに「おいしい」は感じ取れないでしょう。でも楽しいとか優しいとか感じられたら、ぜひ大阪に遊びに行くことをお勧めします。
交通費:7040円×2   =14080円
宿泊費:ちょっとリッチなドヤ泊1800円
食事6食:3000円円
一泊三日で2万円で十分楽しめます。

最後にこの旅(フィールドワーク)に関して多くの方のご協力を頂きました。すべての方に感謝。

釜訪問あらため大阪訪問記(6)

若い時は自然の醍醐味を味わうために田舎で暮らし、高齢になった時は都会の雑踏に暮らした方がいい、とは昔雑談の中で聞いて納得した話。
よく施設に入ったり入院したりすると急に脳の活性化が鈍るという話を聞いたことあるが、高齢になれば刺激を外部から与えないとなかなか億劫になって自分から刺激を求められないものだ。
横浜寿が高齢者の町となり、町を歩いている人や路上で寝てしまう人が激減してしまったが、釜ヶ崎は元気だ。よく見ると居酒屋という文字とカラオケという文字の店ばかりだ。
で、このお店は海外の若い女の子がカウンター越しで一緒にカラオケを歌ってくれるといういわゆる風俗店のお店が多い。町を歩いていても店頭で客引きをする娘、そして歌い終わって帰る客を見送る娘を何人も見た。
こうしたお店がわんさかある。というよりこの手のお店ばかりが立ち並んでいると言っても過言ではないほどだ。
誤解を恐れず言えば、これがこの街の活気を支えているようだ。15日夜夕食を食べようと歩いた太子から山王に向かうアーケード街は若者の街だった。
星野リゾートができる。大阪万博が計画される。海外のバックパッカーの情報誌で大阪は西成の格安ホテルがいいと書かれている。釜ヶ崎が野宿を余儀なくする人の町で無くなり生活弱者はもっと片隅に追いやられる恐れ、そうした部分の危機感は感じざるを得ないのと同時に、釜のドヤホテルで生活保護で暮らしている人には、そうした若者の刺激(他人とぶつからないように歩くだけでも十分な刺激)も大切なのかもしれないな、とも感じました。
問題なのは、生活弱者でもあるのがわかる人と道路で肩が触れ合った時『邪魔だ、このくそじじい』なんて言う若者やお店の従業員が増えない事なのではないか。
若者や外国人が集う中、ドヤで余生を過ごす高齢者、路上で寝るしかないあぶれの労働者に町ゆく人が理解を示し、大切な隣人として思えるかどうかが本質なのでしょう。
しかしではなぜ市民グループが挙って反対しているか?と言えば、それは残念ながら信頼関係が無いからです。
前トピックスの動物園の鉄門やてんしばの店舗化、そしてすでに廃校になった大阪市立萩之茶屋小学校の周囲に張り巡らされた段ボールハウス防止のスプリンクラー。

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そしてこのビラに書かれているような政策。

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小田原でもごみステーションにあるものは小田原市の所有物と、ごみにまで所有権を誇示し、そしてそのごみを市民の税金で処理する嫌がらせをしました。あっ、でも小田原市行政は目こぼしをするべきだと議会でも公言してくれましたが、某政党がそれを不平等と語り結局誰もが罰則規定のある条例となりました。こうした一つ一つの前例が市民の信頼を失わせていくのです。
福祉の時代と言われながら、お金をかけて追い出しをする。人権を無視する。何の得もないことを必死になってすることに悲しい気持ちになってしまうのです。
やっぱり前言撤回です。釜ヶ崎にさまざまな施設がこれ以上増えるとやはり生活弱者は追い出されてしまうと思います。

さて、ちょっと食事の話題を致します。
西成区山王2丁目の喫茶バロン、卵サンドうまかったです。350円

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薬味堂さん いろいろな方からおすすめいただいたカレー屋さん。初対面でマスターからの性教育の話を聞きながらの昼食はインパクトがありました。よく煮込んだカレーは絶品です。700円

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夕食の南自由軒。上述のように居酒屋で無い定食(レストラン)を探しながら歩いたらここまでお店が見つけられませんでした。でも優しそうで穏やかなご夫妻で経営されている素敵なお店を見つけられました。特にホールを担当している奥様は非常にお客さんを記配っている様子が垣間見えてうれしかったです。700円

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翌朝はタカラでモーニングサービス。ホットドックとアイスコーヒー350円は釜の住人には高級店と言われます。昔書いた懺悔のBlogのように、自分と環境が違う人のことを想像しないと人を傷つけるし浮いてしまいます。

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本田神父も寒い中毛布を渡して『ありがとう』と言う言葉をもらった時いいことをしたという自己満足に陥ったと回顧し、でも翌日その方にお会いなされた時「でもな、娘にだけはそういう姿は恥ずかしくて見せられない」と言われ、己の気持ちを恥じたと言われました。この350円も使えたことに、そして主の祈り『今日もこの日の糧を与えたまえ』は僕だけではなくタカラに入れない人も祈っていることを忘れずにいたいです。でももし釜ヶ崎に行かれるのならタカラはおいしいし、ここも奥様の接客はお勧めです。
16日のお昼は釜ヶ崎伝道所のメンバーと白木屋。ピラフが500円だったかな? 大阪はチェーン店ではなく気軽に入れる喫茶店が多いです。

釜訪問あらため大阪訪問記(5)

釜ヶ崎の中を15日朝にMさん、そして16日午後にM蓮さんとN口さんに案内して頂きました。また15日夜に野宿者ネットワークの方々と一緒に夜回りをさせてもらいました。
そんなエリアを地図に落としました。特に夜回りは地理感がなく、1話トピックスに書いたように、とにかく並行した電車がいくつも走っているので自分の横を走っているのは何線なのかわからずどこを歩いているのかわからなくなりました。一応こんな感じで歩いたのか?と言うのが緑線のルート。

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野宿の方が一番多いのは釜の町中ですが、動物園(地図右下の青線)やてんしば(地図右下天王寺あたりの青囲み当たり)と言った場所、また恵美須橋から日本橋と言った繁華街にもたくさんの方が生活していたそうです。

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(2013年のGoogle streetviewには門が無い)

しかし、橋下政権になり、動物園前のコンコース外に美術館やてんしば方面に行く歩道への夜間立ち入り禁止をさせる鉄門を作成。高速下で雨の心配が少ない場所からの排除をしました。市民もこれによって夜間はてんしばにはいけなくなりました。
一方てんしばは整備し商業施設を作り司馬や木陰で寝泊まりするには居辛い環境にしました。

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(googlestreetviewの車止めの場所に設置された鉄門。車止めなら人は入れるがこれではすべてをシャットアウト)

野宿を余儀なくしている人は決してわがままでも常識知らずでもありません。人さまに迷惑をかけないような場所でひっそりと寝ているわけです。そうした心理を逆手にとって整備し排除した事例がこのてんしばでしょう。
 5月にお話を伺った旧ナイキパーク(宮下公園)の事例もそうですが、民間に公園を貸す(売る)形で自分の手を汚さない排除事例が目立ちますね。

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聖書にイエスの宮清めの話が載っています。僕は境内だから駄目だと言ったのではなく、境内だからこそなおの事差別をしてはいけない、弱者を困窮させてはいけない、それが神の御心だという意味で怒ったのではないかと思うのです。家を失った人が街中で寝れば街中にいるなと言い、公園に行けば公園では寝れないシチュエーションを作る。弱者を徹底的にいじめる構造をどうすれば解消できるのでしょうか?

そしてそんな中、東京オリンピックに次いで大阪万博の話題。人を呼び込んで経済を潤すことは間違いだとは思わないですが、そのために特定の人が負担をかけられ困窮することだけは避けてもらいたいです。
新今宮の駅前に星野リゾートが広大な敷地を購入したとはもっぱらの噂です。町づくりはコア(核)ができ、その周りに波及していくものです。
ジャンジャン横丁やメガドンキといった格安を売りとしている施設の隣に超高級ホテルができると町はどう変わっていっちゃうのでしょう?それともお金持ちの方に庶民の文化を体験してもらうというコンセプトでそうしたダウンタウンを意識したホテルができるのでしょうか?気になるところです。

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(星野リゾートの建設予定地、1枚目は新今宮駅ホームから2枚目は駅下から)

さて夜回りの話に戻します。この夜の夜回りは凄い人数でした。挨拶ができなかったのでグループは存じ上げませんが20余人の国際的(多民族)の方々、そして翌日の礼拝もご一緒させて頂いた上智福岡高校の先生生徒6名、個人で参加は僕を含めて数人でした。その個人メンバーは緑ラインに沿って女性リーダーに従って行動しました。
大阪の街も路上生活を余儀なくされている方は激減しているそうです。でも単純によかった!で済むことなのかはわかりません。貧困ビジネスで搾取され、それでも野宿よりはいいや、と自分を誤魔化すように生きている方も決して少なくないように推測します。
日本橋界隈ではリヤカーに大量の段ボールを積んだ方に複数人お会いしました。21時近くまで必死に働き生きている人をなぜ「怠け者」とか「自業自得」と言うのでしょうね。

野宿の方とお話しするのは僕は楽しいし知らない街のことも聞きたいし、と思っていましたが、やっぱりオッチャン方は緊張されちゃうのでしょうね。口数が少なかったです。もし、いつもの方だったらあれもしゃべりたいこれも話そうと思ったのに、突然はじめましての僕が来たので話せなかったという人がいたらごめんなさい。
そして新たに野宿者訪問と言うミッションをともにした数名の仲間ができました。感謝でした。

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釜訪問あらため大阪訪問記(3)

一番の不幸は謂れもない偏見蔑視を受けること。たぶん釜の子どもはそうしたことは何度か経験しているかもしれない。
行く前に読んだBlog手記の一つ、オコジョさんの「大阪府西成区で過ごした28年」は何度かご紹介した。
子どものときはわからない偏見蔑視を思春期や大人になって感じてしまう。それはコリアンタウンでも聞いたことのある話だし、釜や寿だけの話じゃない。
でも自分の故郷のことをせせら笑うかのように『ああ、あそこね』と言われた悲しみは言い難いものがあるだろう。
それを払しょくさせるものは何か?それは周囲の大人たちの愛情でしょう。

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今回の目的は何度も書いています通り、『さとにきたらええやん』の自主上映会がきっかけでした。釜ヶ崎と言う特定のエリアで、なぜに子どもたちなのか? 他エリアではなくなぜに釜なのか? という疑問は正直払拭はし切れずに実行委員になりました。Bestな選択ではない、でもBestな選択のみがスポットの当たる必然性もなく、Bestじゃないことにスポットが当たることでまた違う視線での考えが生じることもあります。
そして齢60近くの僕らにとって「こどものさと」の風景は実は何も珍しくない風景なのです。兄弟の上は下の子の面倒を見なければ親に叱られるのは当然でしたし、下の子はおにーちゃんおねーちゃんの理不尽な事にも我慢しなければならなかったものです。
いいものはいつもおにーちゃんおねーちゃんのもので自分はお下がり。遊びに行く時は体力のあるおにーちゃんおねーちゃんが仲間と走っていくのを泣きながら追いかけていくのに自分の遊びに夢中でかまってくれなかった。
そんな子どもながらの熱い戦いに似た一生懸命のコミニュケーションがこの狭い空間にびっしり詰まっていました。この日僕のほかに神戸親和女子大の方がフィールドワークで訪れていて一緒に施設を案内してくれるというので、子どもたちは公園に遊びに行くことになりました。
『(今まで)自分が遊んだもの片づけて』『片づけられない子は連れて行かないよ』中高の子がリーダーシップを発揮します。
「こら、○○、片づけてへんやろ』「エー自分が遊んだものは片づけたもん」『嘘や、**がまだ出しぱなしやん』「あれはおれのあと誰かが遊んだ」
いわゆる「いいこ」じゃない、なんとかずるしようとする戦い。昔思い出すなぁ~。生き馬の目を抜くことこそ生き延びるコツだというのは、児童数の多かった僕らの時代では何の不思議もない子どもならではの戦い。
児童少子化やモンスターペアレント、ゆとり教育…さまざまな世の中の変動と教育論で子どもを取り囲む環境も変わり、内申書を気にして『いい子』にならなければいけなくされた今。
さとの施設中の熱気はそうした昔を髣髴させる熱き楽しき戦いの場でもあったように思いました。

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さとの運営組織は
大阪市留守家庭対策事業(学童保育)
大阪市地域子育て支援拠点事業(つどいのひろば)
小規模住宅型児童養育事業)(ファミリーホーム)
児童自立生活援助事業(自立援助ホーム)
そして緊急一時保護・宿泊所やエンパワメント事業など自主事業 です。

そして、川崎の自主上映会の時にも、最初に質問が出されたのはその運営費。
それでも行政から約6割がねん出されているそうですが、軍事費はふやせども福祉に関する費用は減らせという多くの国会議員・地方議員の大合唱の元、今後はますます減額の可能性もあります。
そんな中で、この里の子どもたちは自分たちで1年間(もしかしたら数年間?)様々な学びをして、遠くはアウシュビッツや沖縄と言ったところにフィールドワークに行っています。意外でした、もっと汲々としているとおもったのに海外までのフィールドワークしているなんて・・・驚きでした。
こうしたお金は海外の企業や宗教団体から送られてくるもので、海外のお金の使い方が実際形として目に見えない『教育』につぎ込まれているという姿勢に感銘を受けました。そしてそうした資金を取り付ける弛まぬ努力をしている職員の皆さんにも頭が上がりません。
同時にそうした勉強をしてきていざ行こうとした時に無国籍の子どもがパスポートを取得できないと言った残念な事例もあるのだという話も聞きました。
この話は昨日中田牧師よりお借りした小柳牧師の「教育以前」につうじる話でした。
お役所の管理のために個が無視される。何か大切なものが認められずに残念な思いがしてなりません。

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『自分は自分じゃないか』『ここにいる自分を証明して見せているのだから納得しろ』と自分が言っていても戸籍がある以上融通が利かない。誰のための戸籍なのか?何のための戸籍なのか?なんで戸籍で証明されなければならないのか?
星新一氏のショートショート『番号をどうぞ』
湖のボート遊びで湖に落ちてIDをなくした青年。何をするにも「ではIDの番号をどうぞ」と言われ、駅でも警察でもキャッシングディスペンサーでも何もしてもらえない。自分の友人に会ったものの、「いや確かに似ているが他人の空似かもしれないし、君に化けたスパイが俺に近づいて情報を盗もうとしているかもしれないので信用はできない。君だと信用できるのは君のIDだけだ」と証明してもらえなかった、と言う寓話。
まさに本人よりも戸籍が優先される社会、そして今後は戸籍だけではなくマイナンバーとして、自分以上に尊重されちゃうようになるのでしょう。
何かの都合でマイナンバーが取得できない子は生涯日本国内の様々な権利の恩恵が受けられなくなるかもしれません。

話は変わりますが、同じ戸籍の問題で蓮舫氏の行動が注視されています。彼女が公表すると当然悪しき前例となり、同じような無戸籍や他国籍の方も立証しなければいけないという羽目になる可能性もあります。責任ある党首と言う立場はそうしたことも熟考してほしいところです。
さてそんな話から友人が新美南吉氏の「手袋を買いに」を思い出した、と言うトピックスを書かれました。
素敵な話を思い出され、僕自身はほのぼのとしたのですが、あの話は単にほのぼのではなく、例えば洋品店店の店主はお金が本物かどうか確認するのです。その姿に憐れみではなく人の平等の大切さや不正を許さない新美南吉氏の決意も感じるのです。
冬の寒空だから憐れんでやるとか子ぎつねだから可哀想、ではなく、正規のお金を持ってきたからキツネにも手袋を売るという平等の正義。
もし日本人でなければ国会議員はおかしい、党首という責任ある地位につくのはどうか?と言う議論の前に、日本を愛することとは何か?大切な故郷であり続けるにはどうしたらいいか?が大事な話ではないかと思うのです。
そこに戸籍は存在しない論議する真摯な姿勢の有無の平等性、そして国を憂う体を装った自分の利益の追求者への鉄槌、そうしたものの大切さを感じてしまうのです。大切なのは無国籍になった子供への憐れみではなく、戸籍ではなく大切なものの有無を大事にする社会でしょう。
マイナンバーで管理する社会が素敵な日本の創造なのでしょうか?

釜訪問あらため大阪訪問記(2)

ここから先はノンフィクションですが、100人の人生を語れば100個の物語を書かなければいけません。
多数派の話と言う前提で、この話以外で野宿生活をしている人、困窮の人生にいる人もたくさんいることを前提にしていると言う事をまずお知らせします。

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横浜寿町も寄場です。海外からのまた国内でも遠距離からの物流が船を使った時代からの港にはそこからトラック輸送する日通をはじめとする大手の配送業者の倉庫が立ち並んでおり、その風景はみなとの景色と相まってノスタルジックな気持ちとさせる観光地にもなっています。そこで船から荷物を運ぶ湾岸労働は、仕事がきついけれど給料もいいという情報が流れ、体力に自慢があり故郷を出ざるを得なかった人たちがこうした港町に集まります。しかし船は定期的に来るものではなく、特に時化(しけ)等で舟が来なければ日雇いの彼らは仕事にあぶれてしまいます。
そうすると、港湾労働以外の仕事の手がほしい人、例えば建設現場から人夫出しと呼ばれる手配師が仕事につけなかった人を探しに来ます。港湾仕事でもないけれど日雇い卯の仕事につける訳です。それでも仕事につけなかった人には「あぶれ手当」と呼ばれる一時金が職業安定所から出ます。
手配師は、元からの労働賃金を私的に一部ピンハネをするので違法行為で警察の取り締まりの対象となり、また建設現場も法規上さまざまな災害対策をしなければならないのでだいぶ減りました。今はどちらかと言えば、市町村が対策事業として清掃などの仕事を作り日雇いの方がそれに携わっています。
僕らが釜についた7時にはすでにその日の募集が終わっていたことは、前述のとおりです。
そうした人が多く寝る場所もなく路上で生活しているのが寿ですが、釜ヶ崎や山谷も港湾労働の一言を他の職種にするだけで、町の成り立ちはさほど違いはありません。
不安定な日雇いの仕事よりも、ダンボールを集めたり空き缶をリサイクルしたりすることに生業を求める人がいます。25gアルミ缶のリサイクル業者の引き取り価格は80円/㎏。40個集めて潰して80円、自転車の後ろに山になったアルミ缶を入れて運んでいる人がいますが、朝早いうちから一日集めて10kg程度でしょうか。800円とか1千円の世界です。

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仕事につけた人でも1日1万数千円、あぶれれば手当がもらえても5千円程度。アルミ回収なら1千円。これで1日の生活をするわけですが、人間一番の苦痛は何もやることがなくボケッと時間をつぶすことです。
そうなると宿に泊まることよりも、時間をつぶすことに関心が行きます。
一日TVを見ず本も読まず、家の中にいることを考えればわかると思いますが、それが永遠に続く恐怖。それから逃れるためにはパチンコへの誘いがあるのかもしれません。
僕個人は大音量とたばこの煙、そして勝てなかった時の後悔を考えると、たまに儲かる喜びよりも大きく、パチンコ屋に足を運ぶことはありませんが、野宿生活を余儀なくしてやることがなく、時間がつぶせなくなったらどうなるかはわかりません。
そしてわずかのお金をすってしまった人は、酒の力を借りて路上で寝たりしています。

1994年12月寿に初めて行った時はヤンカラが炊かれその周りで多くの野宿者が暖を取っていました。
どのシーズンを問わず道路には寝ている人が居ました。
しばらく小田原交流パトの方が忙しく2014年久々に行った時には愕然としたのは路上で寝ている人が皆無だったこと。ダンボールハウスやブルーシートハウスがなかったこと。
野宿生活を余儀なくされた方も、良くも悪くも保護政策の元、ドヤや無低に住むようになり、TVとエアコンのある時間をつぶせる生活ができるようになり、わずかにでも余ったお金は余暇に使えるようになりました。
静かな町になりました。関わったものとしてはなんだか寂しい思いがあることも確かなことです。

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釜にはそんな光景がまだありました。言い方があっているかどうかわかりませんが、活気がありました。
酔っぱらっている人、大声で言い争っている声、それと寿に比べても何倍もの自転車。カオスの感じがする東南アジアのそれに近い町。
あわせて(きちんと仕事もしているのでしょうけれど)目障りなほど多い警官。一転何だか監視社会のど真ん中に入れられた窮屈感。警察署はまるで要塞。人の力ではどうにもできない頑丈な高い門でぐるりと一周囲まれ、建物の4,5階?あたりから監視カメラで外部を監視しています。何も悪いことしていないのに、と言う悲しい気持ちは蔑視偏見への視線への抵抗。でも相手がその正当なレジスタンスに対して真摯に感じてくれなければ蔑視偏見はなくなりません。

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人は山谷を 悪く言う
だけどおれ達 いなくなりゃ
ビルも ビルも 道路も出来ゃしねえ
誰も解っちゃ くれねえか
だけどおれ達ゃ 泣かないぜ
はたらくおれ達の 世の中が
きっと きっと 来るさそのうちに
その日にゃ泣こうぜ うれし泣き
(岡林信康氏 山谷ブルースより)

ここに住む人たちは一生懸命ビルを建て橋をかけ道路を整備した人です。ちょっと要領がよくないから、お金の使い方もうまくなかったり、難しい法律を僕よりも少し学ぶことが嫌いなだけです。
口がうまくないからすぐに怒鳴っちゃうし、人一倍のプライドや漢気が邪魔をするときもあるけれど、根はいい人ばかりです。
それを「あいつらは家がないから悪さをするんじゃないか」とパトをして回る。このエリアは危ない人たちの巣窟のように言われる…。
口八丁笑顔で国民をだますやつにはいろんな人がぺこぺこして俺たちは人じゃないように扱う。
そんなに自分が偉いのかねェ、そうだとしたら俺ゃあえらくなりたくはねぇや!!

夜は特にあぶないなんて言われてはいますが、15日の夜回りの終了時間は22時過ぎ。最終地点はオタロード(日本橋)、そこから同行の仲間と一緒に釜まで戻りましたが、当然ながら何の心配をするような出来事もありませんでし、周囲を気にするような感じでもありませんでした。穏やかな夜でした。

釜訪問あらため大阪訪問記(1)

4月に「さとにきたらええやん」自主上映会の実行委員にならないか?とのお誘いを受け、ならば一度は釜ヶ崎に足を運ばなくてはと思い、寿地区センターや教会や昔あった@あしがらと言う市民グループを駆使して、案内人を引き受けてくださる方を見つけ万全の態勢を整え、7月14日23時過ぎ京都・大阪・堺行きの高速バスに乗車。
最近の長距離移動の交通機関は両側カーテンで光が洩れず、なおかつ各シートに電源と車内にはフリーWifiの設備がめぐらされているので何かと便利。行きは携帯をいじりながら夜が更けていきます。
7時9分に南海なんば高速バスターミナルに到着予定が大阪以降の一般道の道路事情なのか6時43分着。これは小田原以西では乗降者のいない高速バスならではの出来事なのでしょう。南海なんば駅5Fの冷房の効いたインフォメーションセンターで本日の午前中案内をしていただくNさんと待ち合わせ。お越しになるのを待ちます。彼女が小田原にお住いのころ@あしがらで一緒に活動をしたことがあり、その後関西に移られてからは釜の夏祭りや越冬に参加されている話を聞いたのでお声をかけさせてもらって、引っ越しの中お忙しいのに来て頂けることになりました。お会いするのは2012年11月久野の峯自然園さんでの@あしがら主催のBBQ会以来。
約5年ぶりですがお変わりなく笑顔で登場(^_^)/

2Fの南海なんば駅。東京の駅との違いは改札を抜けても通路が延びそこから上り(下り)って自分の指定の電車のプラットホームに行くことが多いですが、ここはどーんと一面に広がるプラットホーム。なんだかヨーロッパの駅みたい。
日々会社と自宅、もしくは教会と自宅と言う人混みの中に入ることがないとこうした多くの人間を見るとただただ緊張(笑)

2駅目が新今成。この駅の南が釜ヶ崎と呼ばれる場所。大阪市ディープと呼ばれるエリアだが、同時に大阪の南エリアの中心地でもあり、多くの路線がこの駅を中心に南へ北へ、そして西へ東へ。また地下へと延びています。これが地元っこと話していると訳が分からなくなる、今回一番苦労した部分です。

降りたところがあいりん労働福祉センター。ちなみにこだわる人はいなくなったのかもしれませんが、あいりんと言う名は行政が釜ヶ崎と言う旧地名を抹殺するためにつけたエリアの名前。ですから釜ヶ崎と言う地名を捜しても地図にはないし、あいりんもそうした行政の作為ある名前なのです。そんな安易なあいりん地区と言う名前を僕は好むことが出来ず相も変わらず釜ヶ崎と呼び続けています。
時刻は午前7時。すでに今日の仕事につけた人、あぶれた人、そして労働福祉センターに来る多くの人たちを相手にした露天商。今日も1日が始まります。

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周辺は、リノベーション、いやリフォームの方が近いか、と言ったホテルが立ち並びます。多くのホテルの入り口には、生活保護の相談受けます、と言った言葉、1カ月での利用なら割引しますと言った旨の掲示がなされています。
いわゆるドヤと呼ばれた施設です。

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ちなみに今回僕が泊まったのもそうした施設の一つ。ホテル和香さん。1800円。
2畳ほどにベッドと棚。棚には小型冷蔵庫とTV、洋服掛けと靴箱。あっ、スリッパに履き替えて靴は部屋まで持っていきます。エアコンは完備。天井が壊れた跡があり色違いのパネルで補修した形跡があったり、以前に泊まった客がエアコンを無理やりいじったのか羽が移動するため機械にぶつかりきしみ音がしたり、トイレが部屋にないので貴重品が気になればトイレに行くのにも部屋に鍵をかけなければならなかったり、そもそも部屋に鍵はついておらずフロントで1000円のデポジットで借りなければならなかったり、シーツはシミがあったりと気が付くことはいくらもありましたが、1800円ですよ、それにリネンだって洗って糊掛けまでしてありますし部屋の中は埃ひとつないのですから何の問題もなく次回行く機会があればドヤ改装ホテルを選びます。高級ホテルの18000円がばかばかしくなる気すらしちゃいます(笑)

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各階に簡単な炊事場と電子レンジが備え付けてあります。周囲にもたくさんの飲食店がありますが、徒歩350mの所に24時間スーパーの玉出もあります。白米は65円でした。

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ちなみに自販機の缶コーヒーも50円です。

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