みんな違ってみんないい

安倍内閣の支持が落ちないのは僕の中では七不思議の一つです。国体護持のために個人の権利を押さえる、義務を強要する主張は、つまりは中国・北朝鮮のやっている共産主義にほかならないでしょう。
共産主義自身僕は多くの日本人が持っているほど嫌いではありません(支持政党ではありません、主義主張が合わない人の除籍率はたぶん日本の政党の中でもトップだと思います。話し合えない、トップダウンの姿は望ましいとは思えません。)
でも、ひとつの方向性しかもたずに一丸となってというのは危険です。個人の権利を度外視してお国のためにと言う生活は、放映される北朝鮮のそれであり、第二次正解大戦中の日本のそれです。
余剰なものを持っていない人と分かち合うならともかく、上記2例は持っていない人から絞り出させてでも国体護持のために使用したわけです。
そうした悪しき風習を当然とさせるために、自分では考えらせない、「しょうがないよ」とあきらめらせる洗脳・・・。
一つ方向に一丸となって進み、そして日本は敗戦を迎え、北朝鮮も現在は困窮の生活の中にいるように報じられています。

夢枕獏氏が著書の中でアンモナイトとオウムガイの違いを書かれていました。
アンモナイトは律儀に月齢を殻に刻みましたが、オウムガイはいい加減でした。
その結果アンモナイトは条件が外れた時に全滅をし、オウムガイは新たな条件に適合したいくつかの種のみですが生き延びました。

国家とは何か? といえば貝で言えば種。国民は個でしょう。
個がみな同じにされた時、国際ルールから外れたりすれば種自身は亡国となるように思えます。1か0か、というデジタルな思想は危険です。是々非々でみな意見を出し合い、論議し合うからこそ素晴らしい社会が育まれると思います。
本来優柔不断に変化が可能な融通性が求められている中、国体護持という道徳教育で思想を洗脳するがの如く同じ価値観のみにし、共謀罪で違う価値観の人を告発逮捕させる、それではアンモナイトになっちゃいます。

明らかに国体という共産社会の構築を進めているのではないでしょうか? 中国共産党、金一族の独裁国家、それと同じような日本になった時に国民の生きる喜びがかなり束縛されてしまうような気がしてなりません。
しかし、知ってか知らずか、声が上がることは少ないです。口をつぐんでいる人の姿が、北朝鮮の町行く人があれだけ困窮しながらも主席をほめたたえる言葉しか口にしないのとオーバーラップしてなりません。
その姿はマスコミにもあてはまります。表面は批判の報道がなされても、突っ込んだところまで報じる姿は少ないです。のど元過ぎればの喩の如くフェードアウトでニュースが消え去ります。政治が財界に、財界はスポンサーとしての圧力をかけている事が容易に推測されます。

フレキシブルなみんな違ってみんないい、これこそが国力を増進させるものだと思うのです。自分の理想の国家像を語り合いたいものです。

がんばれッ!日本国憲法 -わたしたちの憲法劇ー

久野の産廃処理施設の反対運動の弁護を引き受けてくださった岩橋弁護士がある日チケットを持ってきて「こんなイヴェントがあるから見に来ないか?」と言われたのは多分1993年ころだったと思います。お付き合いのつもりで見に行った憲法劇は思った以上楽しく、そして自分が様々なことを知らなかったことに気が付かされます。
特に思い出深いのは、下田判決。日本は唯一の被爆国、と反戦反核をいいながらも、こんな大きな判決を知らなかったこと、そしてそれをわかりやすく教えてくれたことは、いまでもその時の憲法劇の話を原点として話させて頂いているぐらいです。
しばらくお休みをしていましたが、今日日のおかしな方向に進んでいる政治を憂い昨年から再会。
Facebookで再開を知ったので早速見に行ってまいりました。

今年のテーマ1.海老名マネキンフラッシュモブ裁判

20170520-01

吉田美菜子海老名市議らが、安倍政治のおかしな方向性を憂い、海老名駅前の自由通路で、マネキンのように動くこともしゃべることもなくただ意見パネルを持ってポーズをしている行動が、市の海老名駅自由通路設置条例で禁止されている集会やデモに該当すると判断され今後のパフォーマンスの禁止を請求。これに対し条例自体が表現の自由を過剰に規制するもので、憲法に違反すると主張します。
市行政はマネキンフラッシュモブは、デモンストレーションを語源とするデモに当たると判断し、また多くの市民が迷惑を被ったと語りますが、一般的なデモの規定とは食い違い、何よりも市民の応援はあれども市側にクレームの問い合わせはないなど、言い分はまったくセコンドが無いまま裁判所も表現の自由を損なうと判決。

20170520-02

行政はそうした裏付けがないまま担当の自分の考えや上司の勝手な判断を検証することなく鵜呑みにして押し付けることは多分にあります。
小田原でもなりわい交流館を平和行進の休憩場所として申し込んでいたにも拘らず、当日平和に関するのぼりの存在を持って入居を拒否しようとして諍いがあったことがあります。もちろん、拒否できるよう件ではなく、市側の謝罪とともに入館はできましたが、勉強不足と勉強不足である認識が無いことは多分にあります。
今回小田原市で起こったジャンパー事件も、元をただせば保護課職員が法に乗っ取った正しい解釈をせずにアパートからの退去に手を貸し無低施設に入れようとしたことが問題であると「生活保護行政乃あり方検討会」の中で検討委員の森川弁護士が言われました。
法に乗っ取って粛々と手続きをしなければならない行政が時折おこす間違いは、残念ながら「面倒なことはごめんだ」と言う事なかれ主義の過ぎたるものが多いように見受けられます。面倒くさがらずにきちんと法文を読めばトラブルにならなかったことが多いように思います。

20170520-03

2.資生堂アンフィニ訴訟

20170520-04

アンフィニから資生堂に人材派遣された22名の方は過酷(危険)な仕事も黙々とこなし自分たちの作った製品に誇りと喜びを感じていましたが、契約更新直後に資生堂側からの契約中止を受け、派遣社員の明日を無視して派遣社員の解雇を飲みます。
解雇されたメンバーは団結し、自分たちを守らず解雇に同じたアンフィニだけではなく、直接解雇をした資生堂を訴えます。

20170520-05

バックボーンには人材を命ある人としてではなく、ただ企業の経営のための道具のように使われ経営があったしたら勝手に解雇するという平成になるころからの日本の経済の風土があります。
コンビニより多い人材派遣業。たとえば飲料水の販売やプールを主とした遊園地は夏忙しく冬が暇です。スキー場はその逆です。
そうした波の大きな仕事は人材派遣業で忙しい時バイトを雇い、暇な時に解雇することは分かります。しかし働きが良ければ来年の再雇用は企業としても望まれるものでしょう。派遣業者が自分のところを信頼してきてくれた応募者の人生を受け持つくらいの気迫で携わってくれれば大きな問題はないと思います。
それに対して一時的な増産を人材派遣で補うことはどういうことなのでしょうか?ただ単に、企業の収益率のアップだけで社会的には何のメリットはありません。
しかも資生堂。女性のための企業が女性を無慈悲に解雇をする姿はやはり企業イメージのダウンでしょう。
そんな裁判と勧告。解雇を受けた22名への全面勝訴で終わりました。

20170520-06

3.桜本ヘイト問題

20170520-07

憲法問題を川崎でやった時のことだそうです。
憲法の大切さを訴え、日本国民を守ろう! と言うと悲しそうにオモニが、憲法は私たちは守ってくれないんだね、とつぶやかれたとか。
確かに日本国憲法は、日本国籍を持っていない方の事は対象にしていません。
それ故にさまざまな差別を受けてきました。じっと歯を食いしばりながら、それでも今回の桜本で起こったヘイトスピーチは我慢ならなかった、と言います。

20170520-08

僕らもTVニュースで見るぐらいでしたが、「ヘイト(憎悪の籠った)という言論の自由」をたてに練り歩く手段には、人として哀れとしか思えませんでした。
町の人がまるでイエスのように「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」言わんが如くじっと耐え忍んでいるようにしか見えませんでした。
それは国会議員誰もも同じように感じたのではないでしょうか?ヘイトスピーチ対策法が与野党一致で可決されました。

桜本で生まれ育った人は差別という事を知らないそうです。中学まであらゆる違いに差別することなく育ち、そして高校に行くとき初めて差別を知るのだそうです。その最初は昨日まで韓国名だった友人が日本の苗字になっていること。15歳の心に刻まれるこの差別の話を聞き思わず目頭が熱くなります。

20170520-09

桜本のヘイトスピーチのデモには、住民や支援者が共に生きようというプラカードで抵抗したそうです。この問題の解決はただ共に生きる、隣人を自分のように愛す、と言う簡単なことの実践です。

さて、憲法劇は一つの舞台の中で様々な問題をピックアップします。
今年のメインは、「憲法の森を守ろう」です。

20170520-10

今日日山が荒れています。経済林としてスギ・ヒノキを里山に植えたため、そしてそうした樹木が海外の材木の価格に勝てず手が入らなくなったのでますます荒れてしまったという現実。
実は「憲法の森」も、大人たちがあの森は危険だよ、中には「さよく」と言う妖怪がいる、といったため山が荒れ、大事な各条がツタや下草で生命の危機になっている。そこで下草狩りに行くというシチェーションで始まりました。
憲法27条の木の下には、黒い桔梗が茂っています。それは新種のブラックきぎょうと言う下草です。刈らないと「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う。賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。児童は、これを酷使してはならない。」が枯れてしまいます。
そして25条の木の下は

20170520-11

なめんな!HOGO の草が!!
実はフラッシュモブや資生堂アンフィニ問題、ヘイトスピーチの前にこの話。開幕同時に小田原市民としてはイヤイヤイヤ…^^;と言う感じ。

今回も様々な問題が神奈川の中で起こったことを知りました。特に、表現・言論の自由をもって、右寄りの人は「権利ばかり主張し責任を果たさない。」「ヘイトスピーチには制約ばかりかけて自由が無い」と舞台の中で言わしています。
そう考える事こそが憲法の理念に従わない日本人なのでしょう。
憲法は理念です。僕らはこう生きるのだ、と広く世界に発信するものです。
その中で難しいことにぶつかった時、各条例で判断がつかない時は前文に戻ろう!

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。


そこにある理念には個別の事案は書かれていません。しかし、理念を読めば進むべき方向は示されています。日本国籍のあるなしに関わらず、この国に住む者はこの精神でともに生きることが推奨されているのです。
あまりにも当たり前で手をかけることなく70年過ごした日本国憲法。でもやはり崇高で日本の宝です。
来年もまた5月に開催すると思います、よかったら一緒に見に行きましょう。

自民党は久野の住民をテロリストとおもっていたのか!!

ついに国会審議がはじまった共謀罪。19日の衆院法務委員会で安倍首相は、「我が国がテロ組織による犯罪を含む国際的な組織犯罪の抜け穴になることを防ぐ上において極めて重要」などと“テロ対策”であることを強調したが、もはやこんな詭弁が通用するわけがない。

 というのも、今回の共謀罪の取りまとめ役となっている自民党法務部会長である古川俊治参院議員が、「テロだけじゃない」とテレビで断言したからだ。

 その発言が飛び出したのは、昨日20日に放送された『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日)の人気コーナー「そもそも総研」でのこと。コーナー進行役の玉川徹氏が共謀罪の重要人物である古川議員に取材を行ったのだが、そこで古川議員が語った内容は、まさに共謀罪の恐ろしさを裏付けるものだった。

 たとえば、安倍政権は共謀罪の捜査対象はテロ組織などの「組織的犯罪集団」に限られているというが、277ものの犯罪のうち、ひとつでも2人以上で計画や準備行為をしたと見なされれば「組織的犯罪集団」とされてしまう。そこでもっとも懸念されているのが、沖縄における基地反対のように、一般市民が参加する運動が「組織的な威力業務妨害罪にあたる」として共謀罪を適用されるのではないか、という問題だ。

 そこで玉川氏は、沖縄のように基地建設を阻止するために市民たちがトラック車両を現場に通さないよう座り込みで抗議する、そのことのために銀行でお金を下ろすなどしたときにも共謀罪は適用されるのか?ということを古川議員に質問。すると、古川議員はこう述べたのだ。

「仮に完全にトラックを防止するっていう目的だけにみんなが集まると、仮にですよ、仮にね。極めて具体的な計画でやる。具体的な計画といったら危険性が出てくるということですから、まさにやろうとしているということなんですね。そして、そのための実行準備行為をやったという段階じゃないと、これ適用になりませんから」

ここですかさず玉川氏は「逆にいえば、そこまでやれば適用できるということですよね」と言うと、古川議員は「そうなれば、組織的犯罪集団として認定される可能性はありますね」と明言したのである。

 つまり、トラック阻止を計画し準備しただけで「組織的犯罪集団」となり、共謀罪で逮捕されてしまう、というのだ。安倍首相は「一般市民が対象になることはない」と繰り返し強調するが、とんだ大嘘ではないか。

 反対運動だけではない。例として、原発のような国策を推進する企業に対してSNS上で集団で批判を書き込むといった行為を信用毀損・業務妨害罪にあたるとして共謀罪が適用される可能性について、古川議員はこのように言い切った。

「故意があるということは確定的に何か証拠に出ていて、かつ、その具体的な計画で、まさに実行の段階に入って、それで実行準備行為があるという段階になれば、それはその犯罪は成立するので、あり得ることです」

 この古川法務部会長の説明によって、共謀罪とはやはり、テロとはまったく関係がない一般市民に、権力者の思うがまま、いくらでも適用できる法案だということがよくわかるだろう。しかも、古川議員はこんなことまで言い出したのだ。

「テロなんて言ってませんよ、この法律だって」
「それはいろんな意味でですよ、テロだけじゃないですね」

「テロ等準備罪」とテロの脅威を利用した嘘っぱちのネーミングに置き換えたのは安倍政権だが、その取りまとめ役たる法務部会会長である古川議員は自らが、“この法案はテロだけが取り締まりの目的じゃない”ときっぱり宣言したのである。

 ようするに、「テロ等準備罪」というのは詭弁でしかないと自民党議員によってお墨付きが出たわけだが、問題は、安倍首相がこうした詭弁を弄して国会議論を掻き混ぜ、共謀罪を押し通そうとしていることだ。

実際、前述した19日の衆院法務委では、民進党・山尾志桜里議員が、安倍首相は1月の予算委では「そもそも犯罪を犯すことを目的としている集団でなければなりません」と言っていたのに、その3週間後にはオウム真理教を例に出し「当初はこれは宗教法人として認められた団体でありましたが、まさに犯罪集団として一変したわけであります」と説明を一変させたことを指摘。「“そもそも発言”を前提とすれば、オウム真理教は『そもそも宗教法人』なので対象外ですね? どちらが正しいんですか?」と質問を行った。

 すると安倍首相は、藪から棒にこんなことを言い出した。
「“そもそも”という言葉の意味について、山尾委員は『はじめから』という理解しかないと思っておられるかもしれませんが、『そもそも』という意味には、これは、辞書で調べてみますと(中略)これは『基本的に』という意味もあるということも、ぜひ知っておいていただきたいと。これは多くの方々はすでにご承知の通りだと思いますが、山尾委員は、もしかしたら、それ、ご存じなかったかもしれませんが、これはまさに『基本的に』ということであります。つまり、『基本的に犯罪を目的とする集団であるか、ないか』が、対象となるかならないかの違いであって。これは当たり前のことでありまして」

 姑息にも程があるが、「そもそも」という言葉を「基本的に」という意味で使うことは一般的にほとんどないだろう。たとえば三省堂の『大辞林』では、名詞用法としては〈(物事の)最初。起こり。どだい。副詞的にも用いる〉とし、接続詞としては〈改めて説き起こすとき,文頭に用いる語。いったい。だいたい〉と説明している。「基本的に」という意味は書かれていない。

 同様にネット上でも「『基本的に』なんて意味で『そもそも』と言うか?」と疑問が呈され、朝日新聞は『広辞苑』『日本語大辞典』『大辞林』『日本国語大辞典』を調査し、どの辞書も〈「基本的に」とする記述はない〉と記事にしている。さらに辞書をテーマにした「四次元ことばブログ」では、30種類以上の辞書を調べても、戦前の辞書まで遡って調べても、「そもそも」を「基本的に」と語釈する辞書は見つからなかったとレポートしている。

ぜひ安倍首相にはわざわざ調べてみた辞書が何であるのか明かしていただきたいものだが、言うまでもなく、山尾議員はそんなことを問いただしたかったわけでは決してなく、“誰がターゲットとなるのか”という重要な問題が本題だったはず。それを自分の発言責任を放り出して、根拠もない自己弁護で議論を進展させようとしないのだ。

 だが、今後もこのような詭弁に詭弁を重ねるバカバカしい議論がつづいていくことは必至だろう。しかも、この日の法務委では、まともな答弁ができない金田勝年法相の“代打”として、要求されてもいない林真琴刑事局長を政府参考人として出席させることを強行採決。前代未聞の国会ルール破りを展開した。

 しかし、こんな滅茶苦茶なやり方で、どんな問題法案だって押し通せてしまうのが安倍“独裁”政権である。冒頭に紹介した『モーニングショー』のように、いまこそメディアは共謀罪の危険性と安倍政権の暴挙を暴き立てていかなくてはならないのだ。

(編集部)LITERA 2017.04.21|社会

自治会をあげて地域の環境問題を守る。
それは香川県の豊島や岐阜の御嵩町をはじめいたるところで起こった民間産廃施設反対運動があり、わが町小田原市久野もご多分に漏れず山間部の計画のためにできる限りのことをした。僕らもトラックの前に座り込みもした。行政センターの駐車場に寝泊まりをして反対を言い続けた。
原発反対や沖縄辺野古・高江の米軍基地反対も形は違えども「公害」問題だ。地元民にすればまさに火の粉が降りかかった大変なことなのだ。

テロリストが、私はテロリストでこれから危険な行為をするなど言うはずがないことは子どもでもわかる理屈。
地下に潜ったテロリストをあぶりだすためにはどうするのか? と言った時、立法提案者たちは認めていないがこの共謀罪では民間人を犠牲にして捜査対象にする、ということだろう。
でも実はそんなところに真意を置いていないだろうと推測していたが、まさにその疑心は的中した。この法案は、あくまでも政府の建設しようとしている迷惑施設に反対するものを法的に処罰しようという内容だったのだ。
自治会長が捕まる。反対運動のリーダーが逮捕される。そうして運動の力を弱め、政府のやりたい放題にする。このための法案でもあることを僕らは肝に銘じておかなければならない。

もしそれは嫌だというのなら法案賛成政党に票を入れない。これしかない。

久野と辺野古

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画をめぐり、翁長雄志(おながたけし)知事は25日、前知事が出した辺野古沿岸部の埋め立て承認について「撤回する」と表明した。承認の撤回は、工事阻止の「最大の切り札」(県幹部)とされる。翁長氏が撤回を表明したのは初めて。
 翁長氏は、計画に反対する市民団体などが開いた、移設先の米軍キャンプ・シュワブ前での抗議集会に初めて参加。政府が県の岩礁破砕許可の期限が今月末に切れた後も工事を続ける姿勢を示していることを挙げ「岩礁破砕も無視して通り過ぎていこうとしている。あらゆる手法で撤回を必ずやります」と宣言した。
 埋め立て承認をめぐっては、翁長氏は承認を取り消したが、最高裁で違法とされ、取り消し処分を取り消した。「取り消し」は、承認そのものに問題があったことを理由に無効にする方法。これに対し「撤回」は、承認後に起きた事業者(政府)の重大な違反や問題を理由に、承認を無効にする方法だ。
 翁長氏が承認撤回に踏み切れば、政府は工事を進める法的根拠を失う。このためすぐさま対抗措置を取るのは確実で、新たな法廷闘争に発展することになる。
  朝日デジタル (上遠野郷) 2017年3月25日13時22分

自分の人生の中で一番政治(生活)に関わったのは、何度も書いている久野の産廃問題。

その時久野以外の小田原市民、そして多くの市議や県議も、「どこかに作らなければいけないのに久野の連中はうるさくてしょうがない」とうんざりした空気があったことを覚えています。
最たるものは某市議が『どこの家にも便所がある』と小田原市を一軒の家に例えて、久野を便所と喩えたことは20年経った今も忘れられない言葉でした。
必要悪の施設と言われたものも同じです。行政が何とかしようと躍起になっているものも同じです。

市民運動と住民運動は違う。これが上記の温度差で気づいたことです。火の粉をかぶって熱くて初めて社会問題にぶつかる住民運動は熱意と団結力が強いです。自分たちが困窮したからこそ、他市でもふるさとを守ろうという闘いにはエールを送りたいです。
本来ならば久野の人たちもあの時の自分たちと同じ困窮の日々を過ごしているのだからとエールを送ってほしいですが、やはり自分の故郷から離れれば当時の久野以外の方がこの問題に関心を示さなかったようになかなか盛り上がらないのでしょう。
でも、久野は最後に勝ったのです。
あの住民運動を思い出しながらエールを送り続けたいものです。

枝葉末節の道徳・根幹の道徳

初めての小学校道徳の教科書検定が終わり、8社の24点66冊が出そろった。本来、「考え、議論する」を掲げたはずなのに、文部科学省が検定過程で付けた数々の意見からは、教科書作りに積極的に関与しようとする姿勢が浮き彫りになった。高校の地理歴史や公民の教科書でも、集団的自衛権や南京大虐殺などの記述が、文科省の指摘に従って横並びになった。
「しょうぼうだんのおじさん」という題材で、登場人物のパン屋の「おじさん」とタイトルを「おじいさん」に変え、挿絵も高齢の男性風に(東京書籍、小4)▽「にちようびのさんぽみち」という教材で登場する「パン屋」を「和菓子屋」に(同、小1)▽「大すき、わたしたちの町」と題して町を探検する話題で、アスレチックの遊具で遊ぶ公園を、和楽器を売る店に差し替え(学研教育みらい、小1)――。
 いずれも文科省が、道徳教科書の検定で「学習指導要領の示す内容に照らして、扱いが不適切」と指摘し、出版社が改めた例だ。
 おじさんを修正したのは、感謝する対象として指導要領がうたう「高齢者」を含めるためだ。文科省は「パン屋」についても、「パン屋がダメというわけではなく、教科書全体で指導要領にある『我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつ』という点が足りないため」と説明。「アスレチック」も同様の指摘を受け、出版社が日本らしいものに修正した。
 「ここまで細かいとは」。各社の編集者はこうした検定のやり方に戸惑う。

 検定に臨んだ8社は、2015年に告示された指導要領が学年ごとに定める「節度、節制」「感謝」「国や郷土を愛する態度」など、19~22の「内容項目」を網羅することを求められた。
 学校図書(東京)の編集者は指導要領やその解説書を読み込み、出てくる単語をリスト化。本文や挿絵、設問に漏れなく反映されているか入念に点検したが、それでも項目の一部がカバーされていないという検定意見が数カ所ついた。別の出版社の編集者は「単語が網羅されなくても、道徳の大切さは伝えられる。字面だけで判断している印象だった」と不満を口にする。
 最終的に、検定では8社の計24点(66冊)の教科書に誤記や事実誤認を含めて244の意見がつき、このうち43が指導要領に合わず、「本全体を通じて内容項目が反映されていない」などの指摘だった。
 各社は指摘に沿って本文やイラストを修正したが、これまで検定の対象外だった副読本より、「横並び感」が強まった。

 中身だけでなく、文科省は教科書を使った授業のやり方にも注文をつけた。
 出版社は教師が指導しやすいようにと、読み物の冒頭や末尾に設問を入れるところが多かった。そんな中、低学年向けの教科書だけ、あえて設問を入れなかった社もあった。「指導の自主性を尊重したいという考えから」(編集者)だったが、指導要領が定めた「問題解決的な学習について適切な配慮がされていない」という意見がついた。
 最終的には、設問を挿入して検定を通ったが、編集者は「設問をあらかじめ示すことは、読み手の子どもに先入観を与え、読み方を規定することにつながりかねない。『考える道徳』に反しないか」と疑問視する。
 横並びの印象が強いのは検定だけが理由ではない。出版社側の思惑もある。
 各社が学年ごとに掲載した約30~40の教材には「定番」が目立つ。文科省の副読本「私たちの道徳」や旧文部省の道徳指導資料などにある教材を全社が引用。「はしの上のおおかみ」「花さき山」「ブラッドレーのせい求書」「雨のバス停留所で」「手品師」などは全社が掲載した。このほか、4社以上が採用した資料も少なくとも16ある。
 複数の出版社は「現場の教員から『授業の実践例が豊富な定番を使いたい』という声が多い」とし、「採択されるには、多くの先生が教えた経験のある教材を一定程度入れるしかない」(編集者)と打ち明ける。
 全ての教科書が扱った「いじめ」関連の内容では、ネット社会を背景に、ネットいじめについて学ぶ読み物が並び、仲間はずれにされる場面を演じるコーナーを設ける教科書もあった。(前田育穂、菅野雄介)

■地理歴史や公民、政府の主張が随所に
 一方、高校の地理歴史や公民では、戦後補償や安全保障などをめぐる記述で、政府の主張や立場が随所に反映された。
 14年の憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認と15年成立の安全保障関連法は、現代社会と政治・経済の全8冊に掲載された。うち5冊が「閣議決定をもって一部『行使できる』ことに変更」など、集団的自衛権を使う際の前提になる「新3要件」に触れなかったり、例として1要件だけを取り上げたりした。「立法までの経緯などを記せば3要件は書かなくても理解できる」(編集者)といった判断だ。
 これに対し、文科省は「新3要件をすべて書かなければ、生徒にとって理解し難い」と指摘。その結果、8冊すべてに新3要件が掲載された。政府は3要件をもって集団的自衛権の行使は限定的なものだと強調しており、こうした点を踏まえたとみられる。
 戦後補償についても、日本史2冊に対し、慰安婦問題に関する15年末の日韓合意を書くよう求める検定意見がついた。「戦後補償を詳しく書く場合、日韓合意の記述は『最近の動向』として不可欠」というのが文科省の見解だ。ただ、検定中に、朴槿恵(パククネ)大統領をめぐる疑惑が浮上するなど、日韓合意の履行を危ぶむ声もある。執筆者の一人は「22年まで使う歴史の教科書に慌てて書く必要があったのか」と話す。
 14年1月に検定基準が改定され、ときの政権の立場が強調される傾向は強まっている。「政府見解がある場合はそれに基づいた記述」「近現代史では通説的な見解がない数字などはそのことを明示」といった内容で、この基準に基づく検定意見は今回も南京大虐殺(南京事件)の犠牲者数などで計11件あった。「日本では数万~十数万以上など諸説あり」「中国政府は30万以上を主張」と書いていても、「通説的な見解がない」ことを明確にするよう求められた。執筆者の一人は「教科書から多様性が失われ、マニュアル化が進んでいる」と心配する。(木村司、沢木香織)

■小学校道徳の「22の内容項目」(学習指導要領による)
善悪の判断、自律、自由と責任▽正直、誠実▽節度、節制▽個性の伸長▽希望と勇気、努力と強い意志▽真理の探究(5、6年生のみ)▽親切、思いやり▽感謝▽礼儀▽友情、信頼▽相互理解、寛容(3年生以降)▽規則の尊重▽公正、公平、社会正義▽勤労、公共の精神▽家族愛、家庭生活の充実▽よりよい学校生活、集団生活の充実▽伝統と文化の尊重、国や郷土を愛する態度▽国際理解、国際親善▽生命の尊さ▽自然愛護▽感動、畏敬(いけい)の念▽よりよく生きる喜び(5、6年生のみ)

朝日デジタル 前田育穂、菅野雄介 木村司、沢木香織 2017年3月24日23時15分

「あなたたちはこれを何て呼ぶ?」キャベツを指さした台湾の原住民の方がそう言う。
「キャベツ…ですか…?」
「あなたたちの先輩たちはこの島に来て、これを玉菜と呼べと強制しておいて、自分たちはキャベツと呼んでいるんだ…。」
そんな会話を読んだのが2012年2月に厳しい金銭をやりくりしてでも台湾に行こうと決意した最初のきっかけでした。

自分たちで敵国語と勝手に決めて禁止させ、禁止を守っている庶民を見捨てて、自分たちはカタカナ語に戻す変わり身の早さと節操のなさ。これを日本人の誇りとか日本文化への愛情というのならチャンチャラおかしいというものです。

パン屋だと郷土の文化や生活に親しめず愛着がわかないというのいうのでしょうか?
それを発言している人たちの食事や生活はどんなものなのでしょうか?
明治以来150年弱の歴史、そこには良くも悪くも様々な利便を取り入れてきました。洋食を食べる文化、イスとテーブルの生活様式、和服から洋服に移行したファッション。それは和への愛着じゃないというのなら、少なくとも言われる方々はそれ相応の和へのこだわりをお持ちの上でのご発言なのでしょう。
自分は洋ものかぶれだが、他人の子どもたちには和を押し付けたいというのならそれは偽りの教育であり、そもそもパン食文化が和ではないという発想すら僕は認識違いだと思います。
明治の当初、ちょん髷を切り洋を受け入れた人を「散切り頭」と反発した日本文化の保守勢力。でも今では相撲取り以外はちょん髷を結う人はほとんどいないことから、時代の変化を無視して和だとか洋だとか言っている事がナンセンスなんです。
日本語だって『いとをかし』などと喋っている人を見たことがないどころか、多くの為政者や有識者が自慢げにカタカナ言葉をしゃべっています。
あわせておじさんがおじいちゃんになった、そこには高齢者を慈しもうという教育がある・・・? 生活困窮者を無視して、様々な弱者を無視して、苛めと不登校問題を無視して、高齢者だけを取り上げて何が道徳なのでしょう?
万人平等にいたわりましょうが基本じゃないのでしょうか? 分かりやすいように特化した形で一部を隠し想像させずにいることが過去の子どもたちのホームレス襲撃にも結び付いたのだと思っています。特化した道徳がそこから落ちこぼれる「徳」を作り出してはいけないのです。
特定の人だけを愛する選民主義的な道徳は決して正しいものだと思えません。間違った押しつけにならないことを切に祈ります。

沖縄フィールドワーク(シュワブ入口)

辺野古の海は、地元の意を無視し工事を進めようとする安倍政権に、知事、市、住民が猛反発し訴訟合戦になり、負け戦を危惧した安倍陣営が工事をストップした関係上、抗議の場所はキャンプシュワブ基地の前になりました。
宿のチェックアウトを済ませ、国道58号線を走り、キュワブの前に行けば数はさほど多くないものの抗議行動をしています。
車を止め短い時間ですが、参加します。

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基地内から車が出るたびに当局関係者が座り込んでいる住民を移動させます。

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基地の反対側の路側にはここにもテントが・・・。

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瀬長亀次郎氏、国立のぞみ教会でそれこそ10年ぶりに再会した金井牧師の住民運動でのリスペクトしている御仁。金井牧師の船の名の「不屈」はここからとったと聞いた。

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場所が悪いところでの反対運動、トイレや飲み物の確保は死活問題。しっかりとサポートがある故に安心して運動に参加できる。

10時30分になってしまった。同行の仲間が沖縄市のヒストリートの展示を見たいという。そしてレンタカーの返却は14時だ。名残惜しいが次に向かおう。

高速を使って小一時間。歴史を学び、僕個人は唯一のカタカナの市町村のコザ市の空気を感じたかった。
内地から見捨てられて助ける者が無い沖縄の暗黒時代。米兵の度重なる狼藉に堪忍袋の緒が切れた。それがコザ暴動。先日見たセデックバレの霧社事件とダブった。

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沖縄フィールドワーク(わたしもその中にいる)

タイトルはマタイによる福音書18章20節の中の言葉。
それは神と人との関係でもあるし、人と人との関係を俯瞰的に神が見ているという意味かもしれません。
仲間が代表で不当拘留されているならいつも一緒と勇気づけることは当然のこと。
そんな当然のことをしているのだけれど胸が熱くなります。

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キムキガンさんの歌声が警察建物の中に拘留されている仲間が聞こえますように。
と同時に、仕事故に建物入口をガードする警官の皆さんだって、ともに同じ場所にいる人間同士、心が解放されて神様の恵みがありますように。できれば敵対する警官ではなく



のCMのように「小さい平和」でも守って尊敬される警官になってくれることを切に願います。人生は「かっこいい」より「大切を守る」方がかっこいいです。
周囲の人が笑顔で感謝を述べ、子どもたちが尊敬のまなざしで見上げてくれる、そんな職業になりますように。

沖縄フィールドワーク(N1裏)

座り込み抗議行動の最中お昼を過ぎました。リーダーより一度解散をし、めいめい食事を取りまた午後に備えましょう、との連絡。
そこで僕らは、N1裏に取れて行ってもらいます。
ぐるっと新川ダムを迂回し、畑は農家の迷惑になるので避けるようにしてN1裏に到着。しかしそれは地元のガイドさんがいたから言えること。行く途中は両側は背丈2mを超えるサトウキビ畑。歌の文句じゃないけれどざわわざわわとそよいでいるだけで全く視界がゼロ、そこを数度曲がるとまるで迷路に誘い込まれたようで迷子になります(笑)
むちゃくちゃ大きなテント(ブルーシートのタープ)。ここで200人規模の集会が開催されたそうです。社民党の福島瑞穂氏などはこのテントの下、ブロックに板を渡したところに銀マットを敷いて寝泊りをしてまで反対運動をしたとのこと。根性入っていますね(笑)

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そして先日、ヒロジ沖縄平和運動センター議長と日本キリスト教団の神奈川在住の牧師が逮捕拘留の原因になった場所。現地衝突でもみ合いになり肩をつかんだとかつかまないとかと言うだけで逮捕。しかも現行犯ではなく1カ月も経ってからわざわざオキナワから神奈川まで逮捕をしに来て拘束するということに権力の横暴さと費用の掛け方の問題を感じてしまいます。多分お二人とも不起訴処分になるでしょうが酷い話です。

お昼を食べながら、留守番のかくさんからお話を聞きます。

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こちらの地図は辺野古浜通信さまから借用。

今後H地区建設を考える時、ダムの上の橋の強度問題や距離の問題を鑑みれば一刻も早くN1地区を完成させ、基地内を通過させたいというのが狙いのようで、N1裏は今後熾烈な攻防になりそうです。

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基地側が住民が中を覗けないように作った目隠し。

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前写真の目隠しと住民テントの間の緩衝地帯。住民テントへ向かう最中。沖縄では魔よけでこうして草を結ぶのだという。基地から魔が入ってこないように大事なモニュメント。

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住民テント入口、ここからは魔物も防衛局も入れません。
対行政での反対運動には3種類の住民があらわれます。積極的な反対運動をする人、立場上反対運動が出来ないので沈黙を守る人、それとお上に逆らう事を良しとしない、しょうがないよと諦める人。
久野の闘いにおいてリーダーシップを取った方から『同調しない人(仲間でない人)は反対者だ、と言うのと、反対をしないのは仲間だ、と言うのは全く違う』と言います。賛同して参加しない人を排除をすればそれだけ力が分散してしまいます。
でも、N1裏そばに農地を持っている人は、もしN1裏テントが突破されてしまったらここはダンプの通り道になってそれこそ農業どころではなくなる危険性は感じてほしいなと思います。
あの時話を聞いていればこんなことにならなかった、と言う後悔だけはしないでほしいです。

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故郷を離れた方がよく見えるのかもしれませんが、こうした若者が多いのは嬉しいです。


もう一つ、これは沖縄中の問題。それはこのやんばるこそが沖縄の水がめ。離着陸だけなら基地上空だけですが、プロペラの角度を変える時にも墜落しやすいオスプレイ、機体のバランスを取るためにストロンチウムが使われ散るという情報もあり、水がめの上やそばに落ちたりすれば途端に水不足になります。

前回も書きましたが、行政と闘う時に住民側が非常に不利益を被るのは、行政側は「税金」と言う僕らのお金を湯水のように使う事です。久野の住民運動でも僕らは手弁当で節約をしているのに対して闘う相手は『僕ら反対側』の税金も含めて他人のお金で闘うこと。
N1裏には2台のレンタカーが乗り捨てられています。これはN1裏が車でしかいけないような場所にあることから行政がN1裏に来て置ける車の台数を減らさせようとここに乗り捨てたらしいです。
その置き去りにするだけのためのレンタカー代は約80万円にも上ります。
庶民には考え付かないような無駄遣い。

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しかも、やっとすれ違える幅の道路なのに幅寄せしないで置き去りにしていたので、座り込みのメンバーが農作業の邪魔にならないようにみんなで持ち上げて反対者のテントそばに移動させたという何とも迷惑な話です。

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住民側は手作りの甲蓋で側溝にふたをして止めているので車の走行は可能です。

さて、17時から名護署に不当拘留されている仲間の釈放を求めての抗議行動があるとのことでそこに参加させて頂くこととして若干時間が取れました。そこで行きたかった「Cafe水母」は今からでは無理ですか?とガイド役のUさんにお聞きすれば、いいですねコーヒー飲みに行きましょう、と乗ってくれたのでおやつタイムに入ります。

この喫茶店は「標的の村」の主人公の一人安次嶺現達さんのお店。N1のそばの自宅でCafe山甕(やまがめ)を経営していたのですが、のべつまくなし飛ぶオスプレィの騒音にご両親もお子さんたちも不眠になり、子どもたちの健康を考えてN1から小1時間離れた海岸に新しいお店を構えたとのこと。

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美しい海岸線が見える浜に手作りのお店。床板1枚1枚をいろいろな色のペンキで塗りながらも、お互いの色がお互いを尊重しているから邪魔ではない部屋を通って1段高い海岸の見える部屋に行けば暗めの部屋の窓から見事なオーシャンブルーの海が見えるように窓際に一列席が設けられています。

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多分敷地内の畑に植えられているバジルを練り込んだケーキとオーガニックコーヒーを注文。
滋賀から沖縄に移住して今日のガイドをお引き受けくださったUさんご夫妻から沖縄の暮らしなどを聞きながら海を眺めながら至福の時間。

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余りに楽しく心地よく、時計を見れば、そろそろ出発しないと名護署前の抗議に間に合わなくなりそうです。

沖縄フィールドワーク(N1補足)

【沖縄タイムス】2016年10月27日 10:43
乗客を乗せたバス引き返す 沖縄・ヘリパッド建設めぐる混乱で

26日午後0時45分ごろ、沖縄県国頭村安波の村道で米軍ヘリパッド建設に抗議する市民と機動隊が衝突し道路が混乱、乗客を乗せた村営バスが通行できず引き返した。
 国頭村によると、バスの運転手は普段のルートであることから通行許可を求めたが、現場の機動隊員から「今は通れない」と言われたという。乗客1人が目的地で降車できなかった。


と言うニュースがFacebook経由でUPされていた。文面だけ読むとむとあたかも一触即発の中で通れないように読める。
が、実際この目で見た限りではそんなことなかった。沖縄タイムスさんは、沖縄のローカル紙ゆえによく現場をわかっている人が読むためにこういう書き方をしたのかもしれないが、神奈川では多分きっとみんな勘違いをするので、このニュースの日時とは違う24日の僕の見た現地の様子をGooglEearth(俯瞰写真)で説明したい。

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拙Blog(オキナワフィールドワーク(N1) 編)を参考にしながらあわせて見て頂きたい。
青のラインが当局の車両停車場所並びにコーンによる規制場所。
ゲートの入り口(ゲート側:・右側)に、木の板を椅子代わりに住民が座っている。道路の反対側は路肩の茂みの中にテントを張ってある。これがゲート前の赤、つまりは住民側。
その周りを当局がバリケードしている。つまりこれが一番の通行のネック。(青で赤を取り巻いている部分)

もちろん「通らせてくれない」「長い時間通行止め」は確かだ。でも、そこには反対運動の住民の存在は無かった。
反対運動の住民は十分通行できるように幅を開け路肩に座っているし、機動隊の車が道をふさぎコーンでもっと道を狭くしている。この事を補足しておきたい。

沖縄フィールドワーク(N1)

24日のスタンディグの抗議のあとは、地元の知人のガイドでN1に連れて行ってもらいました。
行くまえにいろいろとリサーチをすると、住民の車が駐車しているので地元農家の方の生活道路が妨害されているという書き込みも目にしました。それは問題が生じるだろうな、と思いながら向かいます。
結果として

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住民の座り込みはアルソックの警備よりも内側です。

住民が行くまえから警察が道路半面を占拠。しかも住民の車は路肩一杯に寄せて止めてあるものの、警察・機動隊車両は大型の上に路肩に寄せることなく道路の真ん中に止め、その横にコーンを置いてあるから結構迷惑。
座り込み住民の車が迷惑と言うのは間違いのようです。

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そして右翼が大音量で座り込みの前で停車。後ろには地元の住民の車が渋滞します。
警察や機動隊が渋滞解消に尽力しますが、まったく無視。
座り込み住民はかなり気を使いながらの行動ですので地元の方が迷惑をかけることは少ないようです。本当に迷惑をかけているのはだれか?
中身のない汚い言葉のオンパレードで警察を無視して居直る姿には辟易します。防衛論や環境論を対話するのなら少しは意味もあるでしょうけれど、怒鳴り散らして警察に迷惑をかけ行ってしまいました。
とはいえ、これは僕が見た範囲の話であり僕の主観も含まれていることも事実。そして「泥棒にも三分の理」と言う格言もあります。日々の現実もこのようなものでしょうけれど、何が本当で、本当の正しいところはやはり自分の目で見て頂くことが大切です。どうぞ皆さんも本当の高江の姿を見てください。

そして整然としている住民に対して何故こんなにたくさんの人が必要なんだというくらい大勢が囲みます。名目は、僕ら市民を交通事故や右翼などから守るためらしいですが、そうだとしたら警察諸君は「敵に背を向けている」訳で、それでは市民を守れません。

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午前の座り込みの最後は簡単な報告集会。遠方からと牧師も一言スピーチ。

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仙台から来たという母娘は、3・11の時自衛隊に本当に助けられた。地元の人はみんな感謝している。願わくば感謝される行動だけしてくれる組織になってほしいとスピーチ。

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ここに来ることができない人は寄せ書きなどを送り連帯。
大きなうねりになっています。
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