己を知る

インターネットに載っていたお話。

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娘を思う父親のいい話。と読んでいたが違うな、この話。
お酒の席の話だけじゃない。社会で羽ばたくための話なんだとふと思った。
今日日の社会はやはりおかしい。理不尽な事が多すぎる。だから変革しようではないか!と血気盛んに口角をあげ突き進むことは大切なことだと思う。
だが、それを理解しただけでは社会は変わらないことも事実だ。
そして逆に、どうせできっこないじゃん、と、他人ごとにしてしまっていても人生つまらない。人として生を得た以上は社会に役に立つよう行動したいものだ。

理不尽な世の中を変えたいとしてじりじりと焦れなんで俺がこんなに頑張っているのに何も変わらないのだ!という気持ちが過ぎれば、おかしな逸った行動に出てしまう。学生運動のなれの果て過激派と呼ばれる面々はそうした人たちだったのだろう。
僕らが出来る事は何か?をきちんと把握しなければならない。己の力なさも同時に知るべきなんだろう。
そう、麗子さんはビール2杯と酎ハイ5杯という限界を知り、それをあまりに越さない中で生きるという術を教わったように、僕らも社会の中でこの程度までの運動は自分のスキルにあったものだ、という事を知り、それをあまりに大きく超えて活動をしない方がいい。
人生は短いようで長い。一瞬の高揚だけで自分を越えてしまったらその活動は長続きすることなく燃え尽きてしまう。己を知る、という事は絶対大切なこと。まさに継続は力なり、だ。
せいぜいビール2杯と酎ハイ5杯プラスαまでにしなければ楽しい人生が一転してしまう。燃えた気持ちがシュンと消えるだけでなく挫折というおおきな負を背負う事になる。
だからこれは飲みの席だけの事じゃないことを教わった気がする。
良い指導者だよな、おやじさん・・・。

麗らかな春の日差しが降ってくる

僕の小学校の卒業式はこんな歌から始まったのを覚えています。

今日はそんな麗らかな良き日。
何組もの親子連れとすれ違いました。

歌詞と曲からなる歌はどちらかは始まるかと言えばケースバイケース。
僕のもう一つのBlogはおおむね写真を撮ったものにタイトルをつけていますが、今日はそんな風景を見て

『礼服に コサージュの母 笑みの春』

うん、すれ違ったお母さんの笑顔と黒い服の胸の白いコサージュを写真に撮れたらUpできたのになぁ…と思いながらもカメラを持ち合わせず残念な日でした。
ご卒業のみなさんおめでとうございます\(^o^)/

鬼と於爾

むか~し、むか~し。そのむかし。
この大倭日本の国を治めていたのは
決して争いはしないと誓った、まさに、和を以て貴しとなす。
そんな一族たちでした。

そこへ、南の方からやってきた一族が
この島を俺たちに譲れ
さもなければ、血を見ることになるぞ!と脅したのです。

話し合いで収まるような相手でもなく
この大倭日本の国を治めていた一族は、政権交代を受け入れたのでした。
相手の血も、自分たちの血も流すことのない決断。
それしか無かったのです。

ただ、いつの日か
この国をもう一度わたしたちに返してくれるようにと頼みました。
南からやって来た一族は承諾しました。

そして、いつになったら返してくれるか?と問えば
炒り豆から芽が出た時にと答えたのです。

炒った豆から、芽が出る筈もないのです。

それから、元々この国を治めていた一族は
日の陰、山の陰、森の奥へと追いやられ
いつの日か彼らは「鬼」と呼ばれるようになりました。

それから毎年、年の節目になると

 「鬼は外、福は内」と叫んでは
ほーれ、まだ炒り豆からは芽が出ていないぞ
お前たちの番はまだだぞ、と
鬼たちに炒り豆をぶつけて追い出すのでした。

なぜ、節目の節分に行うのかと言えば
新しい節目は流れが変わりやすいからです。
なので、流れが変わらないようにと、この日に鬼を追い出します。

そういった事を知っている鬼に纏わる一族や地域は現存しており
この時期になると

 「鬼も内、福も内」と叫ぶのです。

しかし、全国の日本人のほとんどはそんな事を知らないので
 「鬼は外」と叫びます。
凄い事ですよ、日本中のほとんどがその言霊を発するのですから
まさにそれは、呪術なのです。

そろそろ、争いよりも、和を以て貴しとなす一族に
この大倭日本の国を返してもらっていい頃だと思います。

我が家では毎年 「鬼も内 福も内」と叫んでいます。

鬼も福も、みんな仲良しが一番いいのです。

宝船 一華
2015年2月3日 ·

古今東西、悪魔(邪気)から身を守りたい気持ちは共通だ。
クリスマスも節分も季節の変わり目、その時にヒイラギを飾るのはその証拠。

しかし、悪ではない自分との意見を相違する人や異民族を排他するために、相手を悪と呼ぶとしたらまったくけしからん話。
上記の話は遠い昔この日本の政権交代の話。敗れた民族は鬼とか手長足長と呼ばれる人に迷惑をかける妖怪として排除致し方なしと、モモタロウの昔話のように語り伝えられる。

そもそも中国の思想「鬼(き)=悪魔(邪気)」と日本の「於爾」は違う。
於爾とは、物に隠れて顕(あらわ)れることを嫌うことから「穏(おに)」であって、不安や疑心のようにまさに心の中でムクムクと湧き上がるもの。
他人を貶めようとか、騙そうとか、また逆に被害妄想を抱いてしまったりというのが「於(atとかin)」「爾(しかり)」つまり自分の弱き心を省みることを言っているのだろう。

自由の国アメリカは、自らの利益だけを考え隣人の困窮に耳をふさいだ。アメリカンドリームは死んだ。
同時に日本も同様だろう。少しでも保守的なグループに異論を呈し反省を求めようとすれば「自虐史観」と言う。
また、アメリカ軍が沖縄から撤退すれば中国が攻めてくるという。そんな不安に苛まされて弱者のための福祉政策は切り捨てても、防衛費や米軍関係費を増やす。
それこそ鬼(於爾)だ。
国も個人も於爾にとっては一緒だ。個人に住み着けば伝染病のように不安を助長させればいい、諍いを起こす気持ちをばらまけばいい。思惑通り蔓延してしまっている。

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節分、僕はクリスチャンなので豆まきはしないが、季節の変わる時に、神様に「イエスに与えた『荒野の誘惑』にあわさないでください」と祈ろう。鬼(悪魔)の誘惑に陥って於爾になってしまわないように。
宝船 一華 さんの仰る 社会の多様性のない「鬼は外」は「鬼も内」に、そして「鬼は外」と言ってしまう我が狭き心に住み着いた「於爾は外」と追い出そう、省みよう。世界終末時計はトランプ氏が大統領になったことで11時57分30秒になったという。でも、みなで於爾を追い出せば、まだ戻せる。
教会では往々にして夏に歌われる讃美歌「幾千万の母たちの」 特に4番の歌詞を心に刻み。http://yassan71.web.fc2.com/yassan.files/hym.files/hym399.files/hym372.htm

イスハコビマシタ・・・

小田原教会が御濠端から今ある場所に移転する際に廃棄される長椅子の2脚を頂いた。
人寄せの多い我が家ではとても便利に活用させて頂いたが、転居に伴い数年前から椅子の処分を考え、当時神学生だったA現牧師を通じて農伝に声をかけて頂いたところご承認を頂けました。
が、様々な事情で転居の話はpending。

何事にも時がある、と語ったのは、その後さまざまな逸話が「大岡裁き」物語の原作としてシルクロードを渡ったソロモンとも言われていますが、まさに知恵者ソロモンが語ったように、僕らの人智を越えた神様の時が与えられ、この度無事に農伝へと運ばれていきました。
農伝の門をくぐればすぐに本館の新しい建物が左手に飛び込んできます。玄関から中を覗けば受付の奥に大きなガラスに囲まれた中庭。それを囲うように教室が並んでいます。
その教室と教室の間は中庭から燦燦と注ぐサンルームの様な廊下。そこに置かれることになりました。
真っ白な壁に、濃茶の木の椅子はまるでこの場に準備されて時を待っていたがごとくに収まりました。
使ってくれてありがとうございます。

さて、借りたレンタカーのトラックにはナビがついておらず、しかも久々の農伝からの帰り道。ええい、ままよ、と車を走らせれば、大野台の雑木林の間の道。武蔵野から繋がる雑木林、こういう風景好きだな・・・なんて思いながら走れば、目の前に若草小学校の文字。
あれ!?そうなんだ…。このBlogにも何度も何十度も出ているけれど、昔産廃の反対運動をしていた時、このエリアもいくつかの産廃に苦しんでいて、新磯野地区は情報をもらったりお話ししに行ったりとそれこそ多い時は週1で出かけて行ったのを思い出しながら走ります。
あの時お世話になった皆さんはお元気かなぁ?

色々な意味で楽しめた半日のプチドライブでした。

殺人犯

指紋認証時代で「ピース」写真にご注意!と題した朝日新聞の2017年1月12日の記事。
実は、今のスマホは高画質で、ピースサインをした写真などをインターネットにアップすると、3メートル以内で撮られたものなら、指紋がばっちり映っていて、これを本人になりすまして悪用できる可能性があるのだそうです。

刑事『お前がやったんだろう!早く吐いて楽になっちまいな』

容『何度も言ってるけれど俺じゃないっすよ。』

刑事(机をたたきながら立ち上がり)『ふざけんな。害者の部屋からお前の指紋がいくつも出ているんだよ。お前じゃなけれは何で指紋が出てくるんだ』

容『きっとそれは俺がピースサイン出しながら映った写真がインストにUPされたんで、そこから誰からシリコンで俺の指紋複製したんですよ』『そもそもこのご時世、指紋だけじゃあ証拠能力ゼロですよ』

こんな推理小説を根底から覆す時代になっちゃったんですね。これから手術用のようなゴム手袋に他人の指紋くっつけて殺人を犯すと冤罪(罪のなすりつけ)も出来ちゃうかもしれない。恐ろしい時代です。

納骨がすみました

母親の納骨が済みました。

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人のご縁がありがたかったです。久野の産廃反対運動で知り合い、それが終わって15年経った今もお付き合いを頂き、そして今日この日2つ返事でOKを頂き納骨となりました。
僕ら2人は教会の墓地に入るのでこのお墓は無宗教の母専用。

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家に帰り、友人が贈ってくれたあったかごはんの夕食。
これもまたご縁。
おいしかったです(^_^)/

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皆さんに感謝。

作品展のお誘い

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木工をやっている友人が陶芸をしているお仲間さんと一緒にcafeにて展覧会を行います。
作品展と言うよりは、お二人の作品を使っての飲食ができるという感じらしいです。

期間は
今日(9月18日)から10月2日(日)までの10時から16時。
ただし、22日と25日はお休み。

場所のCafe mintcocoa(小田原市本町2-10-16)

素敵なトレーのケーキとカップのコーヒーの一時、お楽しみください。
お時間がありましたら是非!!

本当の地酒

専門家ではないので間違いがあればご指摘願いたい。

味噌や醤油屋を見に行くと蔵の多くは木造です。それはそこにその蔵オリジナルの菌が住みつくために必要なこと。もちろん日本酒も…。
ところで日本酒は、米と水とそれを発酵させる上記の菌が必要で、そのバランスを人が手助けをします。
そういう意味では、「地酒」と言われているものはほとんどが本当のものではないと思うのです。確かに水と菌は土着のものですが、米は他地域から持ってきたもの。

そうした日本酒を根底から覆したお酒ができた。
小田原市桑原と言う土地が富士山からの水が酒匂川と言うこれまた酒を造るに適した名前の川を流れのそばにあります。
そこにはDNA鑑定でオリジナルのオダワラメダカが生息しています。そんなメダカを守ろうと地の農家さんが米作りをします。メダカ米と言う名前で広がってきている中、この米で酒を造ろうという話になりました。

多くの地酒が、水と菌による酒造りの中、メダカ米でのコメ作りと言うまず米ありきの酒づくりが始まります。
でも、当然ながら酒造りは素人さんができるような代物ではなく、寛政元年(1789年)からの創業の井上酒造さんと明治30年(1897年)創業の合資会社川西屋酒造店さんのご協力によるもの。

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(川西屋さんの丹沢山と井上酒造さんの左岸。ちなみに左岸は桑原の地が酒匂川が左岸にあることから名づけられたとか・・・)

まさに米、水、菌と三拍子地のもの。これぞ地酒。
多分品評会で日本中のお酒を飲み比べればこの2種よりおいしいお酒はあるかもしれない、でもそれはおいしいお米を探し集めた結果で、残念ながら故郷の酒ではない。味が科学的な指標でなく飲む人の感性が大いに含まれるとしたら、僕はやはりこの2種はほかのお酒より愛おしいです。贔屓をしてしまうでしょう(笑)
それは困窮してでも作り上げる背景があるからで、携わった人の汗が想像できるからではないかと思っています。
そんなメダカ米と富士の伏流水・酒匂川の水の共通項と、そして各酒蔵の菌と従業員の尽力という差異による味比べ。
飲み比べた結果はまた近々に(^_^)/

写真の整理

母の逝去に際しましては皆さまからのメッセージを頂きありがとうございました。おかげさまで本日火葬を済ますことができました。
母親の遺影になる写真を探していましたら、古い写真が沢山出てきました。

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まずは多分母親の中学時代の遠足の写真家と思います。1947-50年ころの江の島だと思います。

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昭和44年と書かれています。僕は初めて東京に行った時だと思います。母親は旅行に行くのは好きでしたが、綿密な計画を立てるのは得意ではないくせに、通り一遍でも目一杯見たい口で旅行と言うと観光バスに乗ると言う旅がメインでした。

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夏には母の会社の同僚2家族と3組で旅行するのが恒例で、確かこの時は2泊3日で中尊寺から厳美渓、そして松島と言う旅でした。

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ガラッと変わってこれは妹が鼓笛隊として現北條五代祭りに出発する直前の集合写真のようです。
場所は足柄小学校。井細田駅側から小田急線線路の方角に撮ったものです。
当時足柄小は1学年3クラスでしたが、子どもたちが微増で1クラス50人を超えると1クラス増やしていました。子どもたちの後ろは1学年150人を超えた学年がプレハブ校舎で学んでいた場所です。

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最後は立木望隆氏が主宰していた史録会の一コマ。人のご縁というのをつくづく感じてしまうのが、立木望隆氏は僕らの結婚式の新郎側の主賓でご挨拶を頂いた方。そしてこの立木先生の一番弟子として会の書記業務や雑務をこなしていたのが三竹のOさん。この時も神社を下ったところのOさん宅によりたけのこを分けてもらった記憶があります。
そして今勤めている会社の関連者としてOさんのお兄さんとはとても親しくさせてもらっているのです。
また、この写真にも写っている「つばめや」さんのご主人。このご縁で新婚旅行に持っていくCANON NewF1を購入させてもらいました。

約50年も前の写真、母の逝去をきっかけに皆さんにも見て頂く機会が与えられました。

続きを読む

樽に溜まる水

学生時代、愛読していた蛍雪時代の1コーナーでなべつぐ先生こと渡辺次男氏は、なかなか結果が出ない生徒にこう告げました。
「君の知識は確実に蓄積されている。でも、知識は樽のようなものだ。外から見てもどの程度溜まっているのかわからない。水が一杯になって溢れた時初めて知識がたまったことに気が付く。」
努力ってなかなか報われないようで時にはいら立ち、時には投げやりになりやすいもので、その時はこの言葉を思い出すようにしています。

でも、それは努力に限ってではないようです。
母が天に召されました。
老護施設と病院を行ったり来たりしている時に老護施設から療養型病院に転院するようにアドヴァイスされ、この1日に湯河原中央温泉病院に転院をいたしました。
肝硬変から肝がんになり、それに伴い各臓器もへたって入院時はかなりむくみも出ていましたが、適切な処置でむくみも取れ容体も安定していた矢先、22日発熱による肺炎を起こします。28日に急激な酸素量の低下になります。レントゲン写真を見れば、もう肺の部分は真っ白で素人の僕の目にも異常は十分にわかります。
主治医は、いくつかの要因を考察します。
1つは、肺炎によりたんが詰まった→酸素量が減っているだけで意識がしっかりしているので違うのではないか?
2つ目はDICの数値が38.5である。
3つ目は肺水腫の可能性も捨てがたい。
という結果、改善は厳しいです。でも、意識もしっかりしているし、筋肉もしっかりしているし、心臓も弱っていないので、最後の頑張りを見届けてあげてください、と言うご説明でした。
ところがその3時間後、昏睡に陥り天に召されたわけです。

病も水が溜まるのが見えない樽の外から眺めているんだな、と。
間食が好きで偏食だった母親。なかなか自分に厳しくできずに、少し時間が経つと努力をやめてしまった結果、ささいな肝脂肪が肝硬変や肝がん、そして多臓器へ影響がでてこの日を迎えてしまったのでしょう。
同じ道を歩んでいる自覚がある僕自身にとっても少し身を正さなければならないことと思っています。わが身の樽も7合目とか8合目? 水があふれないようにと少し運動でもすることにしましょう。

しかし湯河原中央温泉病院、いい病院でした。とにかく職員の動きは最高です。キビキビと、そして明るくさわやか。いくつかの病院を見ましたが、トップクラスの病院でした。お世話になりました。
プロフィール

take1960

Author:take1960
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