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【Take's PROFILE】

心豊かに、のんびりと・・・。という生活を望んでいます。
あんまり物に執着しないけれど、「形から入る」という矛盾を抱えて生きています。
クリスチャンですけれど、よく礼拝をさぼります。
モーターホーム(キャンピングカー)で遊びに行くことにはまっていますけれど、へたれで暑がり寒がりです。そしてものぐさです。
単細胞で、理不尽と感じると熱くのめり込んでしまいます。
やせすぎを笑われることこそありました(169cm48kg)が、現在は中年太り(同身長70kg)と生活習慣病イエローカード!!
乳がん10年寛解の妻と文字通り連れ合って、・・・ぃゃそんな彼女にずっと寄りかかって生活しています。


趣味の写真用のBlogを作りました。宜しかったらこちらにも行ってみてください。最近はタイトルを「17文字」で書くことにしています。俳句の域でないので俳句とは言いません(笑)
http://blog.goo.ne.jp/take1960_january/
mixiのIDは 775204 です。
Facebookは本名で検索できます。恐れ入りますが、友人申請はリアル友・知人の方のみ限定とさせてもらっています。1度どこかで飲んだらOKです(^^)/



【POLICY】

2つのボール競技を思い起こしてください。
キャッチボールは、相手が取りやすいところにボールを投げて「受けとって貰う」事を目的とします。
ドッジボールは、同じくボールを相手に投げるのですが、「取れずに落とす」事を目的とします。
会話も同じだと思います。意見が違う人と議論をすることは、僕はステキなことだと思いますが、そこには相手に自分の意見を受け取ってもらうように、真摯に丁寧・丁重に書くことが大切だと思います。まさに会話のキャッチボールだと思います。自分の主張ばかりやあげ足取りのドッジボールではいけません。
このBlog「LOGOS」は、Takeが管理人をしているSiteのひとつです。
「喜びを分かち合い、悲しいことを共有する」ために言葉があると思い、その言葉を使用して、そのコンセプトを実現しようと思っています。
分かち合うためにも、共有するためにも、お互い相手のことを思い、祈り、そして会話をすべきだと思います。
ですから、頂いたコメントはすべてありがたいのですが、その中で一方的に言い放った発言、相手のことを理解しようとしないで攻撃する発言、差別や蔑視的な表現、必要以上の個人情報の開示など、このようなものが含まれている場合は、管理人の権限で削除し、その削除に対しての説明を要しません。
ローカルルールをご了承ください。

テーマ : 日記というか、雑記というか…
ジャンル : 日記

31年と言う時間

結婚式をして頂いた御濠端にあった小田原教会、披露宴をした商工会議所地下の栞亭、2次会をした名前失念のお店(栄町1丁目14−55の2F)、3次会をした久野353−1 の2Fクレイン。みんな今は無きプレイスです。
31年経つと変わっちゃいますね。
31年前は今頃は3次会の会場で大騒ぎをして、明日の昼ごろ東京に行き、明後日、新婚旅行で桂林や昆明に向かうために成田に行ったんだな。

そんな今日友人からサプライズのプレゼント。

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最近、お酒よりも甘いものに目が無く(笑)、のんびりと昔話をしながら過ごさせて頂いています。
H&Mさん、M&Lさん thank youです。

板部岡江雪斎

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板部岡江雪斎展を長津田で行われているという事で行ってまいりました。
北条氏は3文字苗字の人も多く、読みにくい方が多いですが、その最たる名前かもしれません(笑)

僕は存じ上げていなかったのですが、子どもの岡野房恒がこの長津田を中心に町田に至るまでの所領を受け、江戸時代も徳川御三家の屋敷のそばに屋敷を構えた旗本だったそうです。
そんな理由で、この長津田の地での展示会になったようです。
と言っても、地区センターと言う公民館。各部屋では子どもたちのイヴェントや料理室でも講師が指導する声が聞こえる廊下のスペースに、地元の歴史好きの方がこれでもか、と言うくらいにインクジェットで打ち出した資料が張ってありました。
残念ながら撮影は禁止。

興味ない方には申し訳ないですが、文字だけでその功績やエピソードを書いていきたいと思います。

まずは北条時代奉行として出向いた八丈島で「黄八丈」の産業化に貢献。
北条が秀吉に敗北すると、秀吉はその稀有な才能を高く評価し、自身の御伽衆に入れます。その後、秀吉が死すと家康の配下につき関ヶ原の戦いでは、一足先に関西に出向き小早川秀秋を調略します。
このことも恥ずかしながら存じ上げていませんでしたが、伊藤氏の「城を噛ませた男」の中の江雪左文字を読み、会場に。

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しかし、もし秀吉が小田原城落城の責任を、松田憲秀や大道寺政繁とともにこの板岡部江雪斎も取らされて切腹をしていたら、関ヶ原の合戦は石田三成が勝っていたかもしれません。

秀吉時代は、伏見城を作らせるのに、三成と江雪斎を競わせます。戦国(秀吉)一の三成よりも綿密な計画と実行で先に作り上げた実行力。今も町の名にその実力が名残っています。
そして幻庵や山上宗二との交流。文化人の一面。

名前が読めない、だけの歴史上の人物としてではもったいない御仁でした。

ジョン・ラーベ

戦争は狂気だ、というのは全くで、第二次世界大戦時は日本軍も他国軍も非道を繰り広げていたのは間違いない事実で、でも言わゆる戦後処理と言う言葉で代表される殺めてしまった方への鎮魂、破壊してしまった町や文化への補償、その対応は国家によっても酷さによっても、また戦後の歩みによっても違い、今もなおぎくしゃくしている国があることは事実なわけです。
その国の一つに中国があげられ、事象としては南京の大虐殺があげられます。

人によればそんな多くの方を殺めたりしない、とか、戦争なのだからしょうがない、とか言いますが、反省のなきところには未来はなく、そして親だけを考えれば父親や母親が1人殺されたとしてもその人にとっては全人生の大きな最大級の悲しみでそこには人数は関係ないものだと思います。
当時の新聞には

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(写真はウィキペディアより借用)

ニュースも載っており、そしてこのニュースをなぜ載せ方と言えば、戦争の悲惨さを報道するのではなく、国民を鼓舞するためのプロパガンダ的な要素を感じます。
国民もこうした記事を見て高揚し「一億総火の玉」「ほしがりません、勝までは」と国家の一員として戦争に勝つことだけを目的に生きていました。
何がそうさせたのか? は、従軍慰安婦問題とも関わりますが、軍直属なのか、軍下請けの民間なのか、の違いは有れど、「おかしいことをおかしいと言えない環境」であり、「選民主義」として威張るのは当然という気持ちが多くの日本人の中にあったからだと思います。軍部とそれに癒着する商人は「魚心あれば水心」阿吽の呼吸でしょうから、「従軍慰安婦」の問題は国家の問題だとは思いますが。

南京では酷い虐殺はありました。それは上記新聞報道でもお分かりの通りかもしれません。が、その戦後の補償問題では被害者の中国国民と加害者の日本の為政者の間には大きな溝があり、強いては日本国民の中にもこの問題を問題視するなかれ、の意見を持っている方は少なからずいるようです。

そんな訳で「ジョンラーベ」は(売り上げが見込めなかったり、威圧行動が起こる危惧があるため)日本では配給会社がつかず、劇場公開ではなく、市民が上映権を購入しての自主上映会が各地でなされている現状です。

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そうした背景を鑑みた監督はビデオメッセージで「南京事件が日本で極めて難しい問題であることを知っている」と述べたうえで、「この映画は日本を批判するものではない」と何度も繰り返しました。
僕らは、この映画を通し何を感じるべきなのだろうか?
それは、狂気に流されない感情ではないでしょうか?

約3時間の超大作。でも長さは全く感じられませんでした。
そして一番強く記憶に残ったのは

先に本国ドイツに帰る奥さんの乗った民間船を銃撃されながら、自身も銃を突き付けられながら、インシュリンすら手に入らず朦朧となりながら、「赤の他人」の中国人たちを助けたジョン・ラーベ。
しかしそんな感動の主人公ですら、この局面を打開するためにはヒットラーにお願いして無慈悲な日本軍の蛮行をやめさせるように依頼することを本気で考えた点です。
母国でヒットラーがユダヤ人たちを斬殺しているのに、です。

そこにあるのは何人だからとか男だからとか、壮年だからとか、一つの括りで括ってみられるものではないのでしょう。
個別に「私は自分の意見でこうする」ことを明確に言う姿勢だったように思われます。
今の日本で僕らもいとも簡単に殺人を犯してしまう人たちを特集されて「日本人は」と語られればそれはそんな一言で括ってほしくないと思いますし、ジョンラーベとヒットラーは同じ時をドイツ人として過ごした人同士ですし、日本の歴史内でも台湾中部の霧社を襲撃した将校と烏山頭ダムを作った八田與一氏は同じ時代を生きた日本人です。朝香宮鳩彦王が非道な命令を出している陰で杉原千畝氏は多くのユダヤ人を救いました。

ラーベが記録した日記は長いこと行方不明になっていたそうです。それだけこの史実を闇に隠そうという時代が長かったことを意味します。
自ら(国家)の恥部、汚点を隠したい気持ちが日本にもドイツにも会った中で、ドイツはその殻を破った…。
そしてそれを見た若い監督の作った作品。ですから監督自身もノンフィクションに基づく「フィクション」であると語っています。しかしそのフィクション性が史実より悲惨だったのか、逆なのか、は各個人に委ねられています。
戦争はダメだという表面的な話ではなく、戦争に持って行かされそうになる権力者の圧力にも対抗する力、何か大いに感じるものがありました。個々が自分の意見をしっかりと口にすることでの反省、監督のメッセージではないですが、この映画を通じて発揮しなければいけないスキルのような気がします。

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26日のパトビラ(№869) - 何のための法律か? -

毎週、野宿を余儀なくされている方(ホームレス)のところを訪問する際に持っていくパトビラ、今週僕はお休みでビラを先に書いて渡して訪問は他のメンバーに委ねます。そんなビラを少し早いですが今日はこんなことを書いてみました。
写真を載せたかったのでB4の用紙です。

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渋谷区の公園に『公園内で寝泊まりすることを禁止する』という看板が出てからしばらくした後、その看板の下に「寝泊まりしなければならない事に対して行政は対策を講じろ」という内容の至極まともな看板が貼られ、インターネット上で拍手喝さいを受けています。
横浜寿町の越冬支援のスローガンは「黙ってのたれ死ぬな。生きて奴らにやり返せ」です。
まさにこの看板はそのスローガン通りの言葉だと思います。
「黙ってのたれ死なない」は、弱者が、また蔑視を受けている者が、何も言わずに身を引くことはないことを言い表しています。
「生きて奴らにやり返せ」は、生きる権利を粗末にする考えに対してきちんとNo!(ノー)ということです。
自分たちの権利は必要以上卑下しないで勝ち取りましょう!!


どなたが書かれたのか、は知りませんが、溜飲を下す内容です。
憲法第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
この条文に乗っ取り国民の生活を保護しなければならない行政が、自分たちの仕事を怠り、挙句の果てに追い出しをはかることは、やはり理にかないません。
行政の縦割りの弊害が出て、「俺たちは公園課、故に管轄外の憲法ルールなどしらねぇ」と言わんばかりに職務を遂行するとすれば区長はそれを問いたださなければいけないでしょう。
その職員を改めさせなければならないでしょう。

日本は憲法三原則をベースに法を定めています。それは中学生でも理解していることです。

日本国憲法では、次の3つの項目を基本原則として定めています。

国民主権
主権とは、国の意思を決定する権利のことを言います。
この主権が国民にあるということは、国の意思を国民が決定できる(実際には国民の代表者である政治家が決定をするという形ですが)ということです。


基本的人権の尊重
基本的人権とは、人が生まれながらにして持っている権利のことです。例えば生存する権利や自由を求める権利などです。
この権利は最大限に尊重される必要があり、侵すことのできない永久の権利として日本国憲法に規定されています。

平和主義
第2次世界対戦、太平洋戦争を通じて戦争の悲惨さを痛感した日本は、「戦争の放棄」、「戦力の不保持」、「交戦権の否認」を憲法に定めています。

行政は初心に帰ってこの3つがすべてのルールの上にあることを再認識してほしいです。そこには、寝ることを禁ずる法令と命や健康、心身の安全を守る法律、どちらが先に施行しなければならないかがおのずとわかると思います。

牧師就任式

小田原で野宿者の支援を始めるきっかけになったのは、僕に受洗を授けてくださった藤田牧師が寿地区センターの活動をなさっていて、その藤田牧師が病に倒れられた後、今考えるとまさに神様に導かれた感がありますが、なぜか寿に出向ったことによります。
その時までは野宿者に決して好意的な印象は持っておらず、たぶん寿に行かなかったら排他的な意見をBlogに書いていたかもしれないことを思うと、やはり人智を超えた導きがあったのだと感慨深く思うのです。

そんな寿での越冬支援の中で、ともに活動していたメンバーが、地元藤沢市でも始めたいと言い出されて、当時藤沢教会の牧師だった郷牧師、藤沢教会の信徒のS姉、当時寿児童相談所職員だったオリジンさん、そして小田原から故F兄(このお連れ合いさんと娘さんがよくBlog旅行記に出て来るF母娘)と僕ら夫婦、そして今日のこのトピックスのヒーローである菊田牧師でパトが始まりました。
そう藤沢パトの始まりのきっかけは菊田牧師(当時まだ大学生)の一言でした。
そんな菊田牧師はその後、T神学大に編入して牧会への道を進まれました。

話は変わりますが、mixiというSNSがあり、そのSNSを通じて藤沢教会の信徒さんとも親しくお交わりをさせてもらっていますが、その方から18日に菊田牧師の就任式が新居浜西部教会において執り行われるとの連絡が入りました。
もう20年近くもお会いしていないですがこうしたお知らせを頂くととてもうれしいものです。
お元気に地方の教会でお励みになられているのだと本当にうれしく思います。

そして、四国で就任式がなされる18日同日は小田原教会も4年間神学生で来られていた相原牧師が説教をしにいらしていただきます。
相原牧師もその翌週25日に下館教会で就任式をなされます。

今までは牧師先生というのは、僕が初めてお会いした時に既に牧師になられた方ばかりですが、こうして今まで『君』呼ばわりをしていた方が次々と牧師になられることに喜びを隠せません。
お二人の先生の就任式には列席叶いませんが、どうぞ神様に導かれての恵み豊かな牧会が今後もなされますようにと祈ります。お二人の先生ご就任おめでとうございます。

Cambrianの道

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我が家もESTA&航空券の予約完了しました。
ただ今確実なメンバーは11名。まだまだご同行希望の方は受け付けますよ。
ただ、登場予定の座席表を見ると、エコノミーシートは(大手旅行代理店の仮予約もあるのかもしれませんが)50%ほど埋まっていました。
まだML(メーリングリスト)黄色い軍団海を渡る に登録していない方は、まずここでお話をしてからチケットをご購入下さい。

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ベネッセ事件

ベネッセの問題が世間を騒がしています。
今日も僕の勤めている会社のシステムのお手伝いをしてくれているSEさんとおしゃべり。

日本の法律では、自首という証言だけでは犯人として立件できないことになっているはずで・・・。

で、ベネッセの関連会社A社がデータを流出させたと仮定して、A社幹部がB社の派遣社員に1000万円ほど積んで『お前が犯人だと自首しろ』
でも、裁判になったら『自首・自白を撤回しろ』そうすれば、1000万円はお前のものだ、と言ったらどうなるのでしょうか?

データには○○社のコンピュータのデータ、という記述とか、データをUSBにコピーしたのはこの端末PCと言った情報は書かれているのでしょうか?
そんなことが可能なら、他社を陥れることも出来得ちゃうわけですよね?
そして、物的証拠が出なければ、自首した犯人も裁判で無罪になるような気がするのは、その手の内容のスキルがない僕だからでしょうか?

かんべー

連れが楽しみに見ている大河ドラマ「黒田官兵衛」を一緒に見ているのだが、中国攻めに出てくる武将に小田原を祖とする小早川一族などがいて、それはそれで思うところがある。
もともとは、早川に居を構える一族だったが、平安時代末期平家追討の中で功績が認められ、今の三原に城を構えたのが中国小早川氏の始まり。
そしてそこから60kmほどにある荏原から伊勢新九郎が出て、この小田原で須雲川と早川から一文字ずつ取って早雲と名乗ったというのも何かの縁があるのかもしれない。そして水軍を率いて隆景は凱旋(?)し、5代に渡った北条氏を滅ぼすのですが、祖で言えば小田原の出身者が岡山の出身者を滅ぼした形になります。
(まぁ、1493年4月から善政を続けた北条氏ですから、どこの生まれなんて言うのは関係ないと言う正論は少しこちらにおいておいて・・・^_^;)

さて、そんな小早川が仕えた毛利ってどんな武将なのか?っていう事を調べたら、これまた面白いことが見えてきました。
先祖は、中原(大江)広元と名乗る朝廷学者だったが、源頼朝に魅入られ鎌倉に下り、数代後相模国毛利庄を拝領したことから毛利を名乗ったのだとか。
つまり、毛利の出は愛甲郡と厚木市なんですね。

しかし、「法」が統一整備されていない時代、死に直面しながらも功績を立てた武将が、大将から「よくやった。褒美に○○の庄を与えよう」と言われても、その○○の庄には既に「誰か」が住んでいて、もらったからこれで安心、というわけではなかったのですね。しかももらった土地は見たこともない1000㎞も離れている異郷の地。
そこに住む民百姓から「みかじめ料」として年貢を取り、その代わりに外敵から守っていた敵と戦いながら納めなければならない。
不渡りになるかもしれない手形1枚の紙、もしくは3億円が当たるかもしれない宝くじの券、を頂いただけなんでしょう。
国持ち大名とはいえ、上司の国替えなどの憂き目も存在するので、うかうかと生きてはいけない時代だったのでしょうね。
いよいよ信長亡き後、秀吉に仕え、そして「酒は呑め呑め呑むならば」の黒田節、太兵衛が長槍をもらうシーン(あるのかな?)に移る半年です。、

相馬・南相馬フィールドワーク(おまけ)

今回のツアーは集合・解散は、JR福島駅でした。なのでここまでの往復は各自。
という事で僕は激安高速バス、ドリームふくしま・横浜号で。東京から5000円のバスです。
がネックは福島駅到着が朝の6時10分。集合時間が11時なので5時間近くあります。
そこで飯坂温泉へ。とFacebookに書き込めば、なんとまきどんさんが早朝にもかかわらず福島駅まで迎えに来てくれました。
一人さびしい朝食が、ソウルメイトとの楽しい時間、しかも食後はまきどんさん宅でコーヒーもごちそうになりました。
話題はどうしても共通の話題RFL。
そして波来湯前までお送りいただきました。
本当に突然にも拘らず、そしてお忙しいのにも拘らずありがとうございました。うれしかったです。
RFLふくしまも室内での開催が余儀なくされています。3・12問題はここでも考えざるを得ません。

そんな重い話も考えなければいけないですが、ここはいい風呂に浸かって、ローカル線の福島電車に乗れる喜びが大きかったです(笑)
飯坂温泉を出た時は数人しか乗っていなかった電車も福島駅に着くころは空いているシートがないほどの混み具合。
でも少し前によく乗った少しレトロな電車の度は楽しかったです。

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take1960

Author:take1960
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