インフォメーション

【Take's PROFILE】

心豊かに、のんびりと・・・。という生活を望んでいます。
あんまり物に執着しないけれど、「形から入る」という矛盾を抱えて生きています。
クリスチャンですけれど、よく礼拝をさぼります。
モーターホーム(キャンピングカー)で遊びに行くことにはまっていますけれど、へたれで暑がり寒がりです。そしてものぐさです。
単細胞で、理不尽と感じると熱くのめり込んでしまいます。
やせすぎを笑われることこそありました(169cm48kg)が、現在は中年太り(同身長70kg)と生活習慣病イエローカード!!
乳がん10年寛解の妻と文字通り連れ合って、・・・ぃゃそんな彼女にずっと寄りかかって生活しています。


趣味の写真用のBlogを作りました。宜しかったらこちらにも行ってみてください。最近はタイトルを「17文字」で書くことにしています。俳句の域でないので俳句とは言いません(笑)
http://blog.goo.ne.jp/take1960_january/
mixiのIDは 775204 です。
Facebookは本名で検索できます。恐れ入りますが、友人申請はリアル友・知人の方のみ限定とさせてもらっています。1度どこかで飲んだらOKです(^^)/



【POLICY】

2つのボール競技を思い起こしてください。
キャッチボールは、相手が取りやすいところにボールを投げて「受けとって貰う」事を目的とします。
ドッジボールは、同じくボールを相手に投げるのですが、「取れずに落とす」事を目的とします。
会話も同じだと思います。意見が違う人と議論をすることは、僕はステキなことだと思いますが、そこには相手に自分の意見を受け取ってもらうように、真摯に丁寧・丁重に書くことが大切だと思います。まさに会話のキャッチボールだと思います。自分の主張ばかりやあげ足取りのドッジボールではいけません。
このBlog「LOGOS」は、Takeが管理人をしているSiteのひとつです。
「喜びを分かち合い、悲しいことを共有する」ために言葉があると思い、その言葉を使用して、そのコンセプトを実現しようと思っています。
分かち合うためにも、共有するためにも、お互い相手のことを思い、祈り、そして会話をすべきだと思います。
ですから、一方的に言い放った発言、相手のことを理解しようとしないで攻撃する発言、差別や蔑視的な表現、必要以上の個人情報の開示など、このようなものが含まれている場合は、管理人の権限で削除し、その削除に対しての説明を要しません。
ローカルルールをご了承ください。

テーマ : 日記というか、雑記というか…
ジャンル : 日記

4月27日のパトビラ(№975 - シンポジウムにご参加を -)

毎週、野宿を余儀なくされている方(ホームレス)のところを訪問する際に持っていくパトビラ、今日はこんなことを書いてみました。


ジャンパー問題では「人権派」の有識者が意見をまとめ小田原市に18ページにもわたる提言書を提出しました。それを受け小田原市は市民にその提言内容を公表し、市の方針を説明するシンポジウムを下記要領で開催することになりました。
日にち:4月30日(日曜日)
時間:午後2時~3時45分
場所:市民会館大ホール
基調講演 『「私たち」の再生~人間の誇りを大事にする小田原~』井手英策(検討委員会座長)
パネルディスカッション  コーディネーター:井手英策、パネラー:和久井みちる・渡辺潤・加藤憲一(市長)

入場は無料です。話を聞いて疑問な点、またここは変えてほしい、などがありましたら5月4日にお伺いした時にでもお聞かせください。夏前には福祉課との意見交換会をする予定です。その時にでも市側に伝えさせていただきます。
この問題に対して有識者の方々も1年後の実績を見極めることで小田原市の取り組みを評価したい、と言っています。有識者の方に小田原市よく頑張った!と言ってもらうためには、市に任せるのではなく自分たちも意見を伝えていきたいと思います。


生活弱者とは「選択の自由」が無い人だと言われました。
そう言う意味では、生活保護を受けている人、受けたくても受けられない人、保護ではない形で労働と言う形でできるだけ生きていきたいが厳しい人、はそれぞれみんな弱者でしょう。
そうした弱者が生きやすい町にするためには、政策を弱者が見聞きし、自分の意見を真摯に発し、それを救い上げるという作業が大事になるでしょう。
と言っても、1日1生一生懸命生きている人にはその時間を作り出すことも難しいかもしれませんが、できる限り参加してくれるとうれしいものです。

イエスの生(せい)を記念する教会

2017年4月23日、横浜市中区にありますなか伝道所で礼拝を守りました。同教会に与えられたみ言葉は、ルカによる福音書 24章13-35節。表記のタイトルの説教を北口沙弥香牧師より受けました。今回も礼拝で説教を聞いた内容を一信徒が思ったことを含めて綴ってみます。(説教の要約ではありません)


ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩きながら、この一切の出来事について話し合っていた。話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。
イエスは、「歩きながら、やり取りしているその話は何のことですか」と言われた。二人は暗い顔をして立ち止まった。その一人のクレオパという人が答えた。「エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか。」
イエスが、「どんなことですか」と言われると、二人は言った。「ナザレのイエスのことです。この方は、神と民全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でした。それなのに、わたしたちの祭司長たちや議員たちは、死刑にするため引き渡して、十字架につけてしまったのです。わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。しかも、そのことがあってから、もう今日で三日目になります。ところが、仲間の婦人たちがわたしたちを驚かせました。婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、遺体を見つけずに戻って来ました。そして、天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げたと言うのです。仲間の者が何人か墓へ行ってみたのですが、婦人たちが言ったとおりで、あの方は見当たりませんでした。」
そこで、イエスは言われた。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。」
そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。
一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。二人が、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。
二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。そして、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。二人も、道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。


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(個人名にはモザイクをかけさえてもらいました)

教会によって礼拝の方法が少しずつ違います。なか伝道所の礼拝の特徴の一つは、「説教」ではなく「使信」と称し、メッセージの後に会衆の質疑やインプレッションの共有をする点です。
この日もまず北口牧師よりメッセージを受けました。

弟子たちは「暗い顔」をしていた、つまり肉体的にも精神的にもヘトヘトになりながら失意の元60スタディオン(11km)・・・だから3時間ほどの道のりを歩いて居た訳です。普通ならこの倍以上の道を歩くのですから、スピードが遅かったのか、出発時間が遅かったのかどちらかなのでしょう。それでも暗い顔をしていた、ことに注視しなければいけないのでしょう。
同時に行間を読め、と言う考えもあります。イエスが「先を急いで」いたのを引きとめた、のはもう少し自分たちのスキルに会った十分な説明を2人が欲したのかも知れません。同じレベルまでイエスは遜って合わせ、懇切丁寧に話したゆえに2人は十分納得し、熱意が戻りエルサレムに踵を返したとも読めます。

この話はルカによる福音書にしかないと北口牧師は語ります。ルカは4福音書一番最後にかかれた福音書の記載。どこまでが見聞きしたことなのか、どこからがルカが手を加えたものかは明確にはわかりませんが、ルカは、イエスがパンを感謝し裂いたところで、弟子たちはイエスだと分かりイエスの姿が見えなくなった、と書いています。
このルカのオリジナルな記事は、聖餐式を通じてイエスに出会ったことを強調しています。
そしてそれを大事にした後世の教会はもっとデフォルメして教会こそがイエスに出会える場所=教会でしかイエスに出会えないと形を変えていきます。
しかし聖餐式と言う儀式が正しいのか?は、イエスのその前の5000人の給食の記事や最後の晩餐の記事のような聖餐の場面が、儀式の聖餐ではなくともに食事をする聖餐の場面から疑問視されます。2000年経った今イエスの居場所は本当にピンポイントな場所にまで狭められているわけです。
イエスは週一度の数時間の礼拝と言う非日常の場ではなく、いつでもどこでも隣に居てくれるという日常の存在なのです。


と言うようなメッセージの感想を受けた話のあと、会衆からいくつかの質疑とインプレッションがありました。その中で1つ。
パンを裂いた後姿が見えなくなった、と言うのは霊的なものか? 疑似的な象徴か? というのがありました。
北口先生や渡辺英俊先生から、また他の信徒からお考えが発言されました。
その中で、精神的な病や障碍を抱えている人の中には幻視体験をする人がいる。病や障碍を持った人は、それによって非情な苦しみを負っているが、そうした中、強烈な出来事にであったあと、心や頭に痛烈な影響があると幻視が見れることがあり、ご本人はそれが幻視か真実かの判別が出来ない、と言う話がでました。
先週小田原教会の説教の中でも、ヘタレな弟子たちが挙って殉教の死を遂げるほどの人生改革があったという話がありました。
イエスの復活に出会う、ことは、どういう事なのかは僕らの能力では分析できかねることなのかもしれませんが、殉教の死を厭わない勇気が与えられるほど大きな出来事だとしたら、残念ながら僕はまだ復活のイエスに出会えていないのかもしれません。が、逆に言えば出会えるその日をワクワクしながら生きれるということでしょう。
トルストイの「靴屋のマルチン」は「明日お前に会いに行くよ」と言う神の声にわくわくしながらの一日を過ごしましたが、あと何年(何十年)のこの世での生の中、復活のイエスにお会いできるのを楽しみにしながら生きたいものです。

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さて、礼拝が終われば、愛餐の時。1つのパンを裂いて共に食し、パン以外もマカロニサラダとコーヒーを食させて頂きました。初めてお会いする人たちが多い中、中心にイエス様がいてくれる食卓。楽しいひと時でした。
なか伝道所の皆さん恵みのひと時の共有ありがとうございました。

束縛された不自由からの開放

宇都宮けんじ氏がFBで紹介していたニュース。

ホームレスを経験した人が働き、地域の人と交流できる場所をつくりたい――。そんな願いを込めた小さなカフェが東京都練馬区に18日、オープンした。フェアトレードの豆を自家焙煎(ばいせん)したコーヒーや本格カレーが味わえる。

 名前は「カフェ潮(しお)の路(みち)」。一般社団法人「つくろい東京ファンド」(稲葉剛・代表理事)が、クラウドファンディングなどで集めた寄付金で開設した。民家を改修し、2階がカフェ、1階がコーヒースタンドになっている。

 つくろい東京ファンドは2014年7月、空き家を利用した生活困窮者のための個室シェルター「つくろいハウス」を東京都中野区に開設設し、住まいの確保や生活支援をしている。いまは都内4区に22部屋を用意。これまでに約50人が生活保護を利用するなどして一般のアパートに移った。

 ただ、アパート入居後も地域で孤立しがちで、仕事を探そうにも高齢や障害のためフルタイム勤務は難しい人が多い。稲葉さんは「『住まい』の次は『仕事』と『居場所』が必要。それなら自分たちでつくろうという思いでカフェを立ち上げました。地域の方も高齢者もお子さんも集まれる、みんなの居場所にしていきたい」と話す。

 カフェでは20~70代のホームレス経験者5人がスタッフとして働く。時給は1千円。その人の事情や体調に応じて柔軟な働き方ができる。さらに多くの人に呼びかけていくという。将来的には子ども食堂や学習支援にもカフェを活用していきたいとしている。

 ログイン前の続きコーヒーは200円、日替わりランチ500円、カレー700円。シェフを務める同ファンドの小林美穂子さんは「カレーは3時間かけてつくっています。おいしいですよ」。お金がない人も足を運べるよう、余裕のある人が「次に来店する誰か」のために飲食代を前払いする仕組みも採用し、「お福わけ券」と名付けた。200円と700円の2種類がある。

 見学会やプレオープン日には、かつて新宿駅の段ボールハウスで暮らしていたホームレス経験者も含め、稲葉さんの長年の知人が集まった。かつて日雇いで建築の仕事をしていたという男性(64)は「顔見知りが多いから、またコーヒー飲みに来ます。お店がはやるといいな」と話していた。

 カフェは火、木の12~17時、コーヒースタンドは火~金の12~15時。今後営業日を増やしていきたいとしている。詳細は同ファンドのウェブサイト(http://tsukuroi.tokyo別ウインドウで開きます)で。
 朝日新聞 清川卓史 2017年4月21日06時00分

本田哲郎神父の著書「釜ケ崎と福音」内の言葉を借りずとも野宿を余儀なくしている人にお声をかけると、その多くは生活保護を取得したいという言葉より、もう少しここで自分の力で頑張りたい、という回答が返って来ることが多いのは、野宿者支援をしている人共通の認識だと思います。かくいう僕も高齢の野宿者に、体調不安から少ししつこいぐらいに生活保護受給の正当性を語ったこともありますが渋られることが圧倒的に多かったです。

さて、井手先生の仰った『自由のなさ』こそが弱者の意味、という言葉を昨日聞く機会があり、全くその点こそが一番の問題点なのだと思った次第です。
僕らが当たり前にしている「会話」や「生活」。考えてみると、例えば学校のいじめではこの「会話」における自由のなさ、つまりは無視・孤立が一番の苦痛なのでしょう。野宿の人も大きなコミニュティがあるドヤ街、また小田原のような地方都市でもコロニーを作って生活している人は「会話」がありますが、ドヤ街の中でも小田原でも孤立している仲間がいます。僕らが訪問をすれば誰とも会話する機会が無く溜まった言葉が出てきてあっという間に30分、時には1時間ほども傾聴したケースもあります。仲間不足という「自由のなさ」という弱者であるわけです。
また、野宿のコロニーからアパートに居宅設定した直後(半年くらい)で亡くなられるケースもありました。部屋という囲まれた空間から外に出れなくなって、大自然という自由が奪われた…出ようと思えば自分の部屋だから出れるのでしょうけれど囲まれた不自由さを味わった結果なのかもしれません。囲まれた瞬間に保守的な心が生じ、外に出るのが怖くなるのかもしれません。
地方都市から電車を乗り継いで東京に行く、最初の一歩が踏み出せない。興味ある集会なので出てみたいが勇気が出ない。楽しそうなんだけれど、不安な要素は無いんだけれど怖気づいている自分。踏み出してみれば「なんだ、簡単な事じゃん」と言えるのは分かっているんだけれどな…。
河島英五さんというミュージシャンの方がいて、その方の作品に「てんびんばかり」というのがあります。その一説に

うちの仔犬はとても臆病で一人では街を歩けない
首輪をつけると とても自由だ
僕を神様だと思っているんだろう

というフレーズがあります。僕らは首輪をつけられることが不自由な象徴として感じますが、首輪をつけてのお散歩はご主人さまと一緒という自由を感じているというこのフレーズはよくわかります。自由かどうかは自分の感性に行動が適合できるかどうかなんですよね。

問題は、他人によって首輪をつけなければいけないという強制、首輪をしてはいけないという圧力があることが「不自由」=「自由のなさ」でしょう。
支援を始めたころ、若気の至り(と言っても若くはなかったけれど)アパートに入りたくないという自由を無視して必死に自分の意見を押し付けてしまったかな、と思っています。
傾聴などとかっこいいことを語りながら、実は持論を静かに聞いてくれたのは野宿を余技する人だったのかな?と思うのです。

聖書に善きサマリア人の喩というのが載っています。

ある人がエルサレムからエリコに向かう道中で、強盗に襲われて身ぐるみはがれ、半死半生となって道端に倒れていた。祭司、レビ人といった神殿にかかわる人々はこの人を助けずに通り過ぎた。しかしユダヤ人から大変に嫌悪されていたサマリア人は、この半死半生の人を助けた。傷口の治療をし、家畜に乗せて宿屋まで運び、宿屋に怪我人の世話を頼んで費用まで出した。
このたとえ話の後、律法学者に対してイエスは、このたとえ話で誰が怪我人の隣人であるかを律法学者に問い、律法学者が「助けた人(サマリア人)である」と答えると、「行って同じようにしなさい」とイエスは言った。

という喩は、とかくサマリア人になりなさい、的な説教になりますが、けが人の僕の話を聞いてくれる野宿者こそが(社会で蔑視されているけれど)サマリア人なんだな、と思います。

それでも孤独でストレスをため込んで吐き出すことが出来なければ病んでいきます。
野宿者支援というのは実はこうした孤独解消のボランティアなのかもしれません。
そしてQOL(クオリティ・オブ・ライフ)働きたい人に働く場を創造する活動なのかもしれません。
子ども食堂も野宿者の支援も市民の理解やスキルが上がって来て形はどんどん良く変わっていくのかもしれません。
今まで僕らの活動は「寄り添う」共生に趣きをおいていましたが、少し「脱出」QOL、笑顔を拭くりだす支援ににシフトしていくべきなのかもしれませんね。

自民党は久野の住民をテロリストとおもっていたのか!!

ついに国会審議がはじまった共謀罪。19日の衆院法務委員会で安倍首相は、「我が国がテロ組織による犯罪を含む国際的な組織犯罪の抜け穴になることを防ぐ上において極めて重要」などと“テロ対策”であることを強調したが、もはやこんな詭弁が通用するわけがない。

 というのも、今回の共謀罪の取りまとめ役となっている自民党法務部会長である古川俊治参院議員が、「テロだけじゃない」とテレビで断言したからだ。

 その発言が飛び出したのは、昨日20日に放送された『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日)の人気コーナー「そもそも総研」でのこと。コーナー進行役の玉川徹氏が共謀罪の重要人物である古川議員に取材を行ったのだが、そこで古川議員が語った内容は、まさに共謀罪の恐ろしさを裏付けるものだった。

 たとえば、安倍政権は共謀罪の捜査対象はテロ組織などの「組織的犯罪集団」に限られているというが、277ものの犯罪のうち、ひとつでも2人以上で計画や準備行為をしたと見なされれば「組織的犯罪集団」とされてしまう。そこでもっとも懸念されているのが、沖縄における基地反対のように、一般市民が参加する運動が「組織的な威力業務妨害罪にあたる」として共謀罪を適用されるのではないか、という問題だ。

 そこで玉川氏は、沖縄のように基地建設を阻止するために市民たちがトラック車両を現場に通さないよう座り込みで抗議する、そのことのために銀行でお金を下ろすなどしたときにも共謀罪は適用されるのか?ということを古川議員に質問。すると、古川議員はこう述べたのだ。

「仮に完全にトラックを防止するっていう目的だけにみんなが集まると、仮にですよ、仮にね。極めて具体的な計画でやる。具体的な計画といったら危険性が出てくるということですから、まさにやろうとしているということなんですね。そして、そのための実行準備行為をやったという段階じゃないと、これ適用になりませんから」

ここですかさず玉川氏は「逆にいえば、そこまでやれば適用できるということですよね」と言うと、古川議員は「そうなれば、組織的犯罪集団として認定される可能性はありますね」と明言したのである。

 つまり、トラック阻止を計画し準備しただけで「組織的犯罪集団」となり、共謀罪で逮捕されてしまう、というのだ。安倍首相は「一般市民が対象になることはない」と繰り返し強調するが、とんだ大嘘ではないか。

 反対運動だけではない。例として、原発のような国策を推進する企業に対してSNS上で集団で批判を書き込むといった行為を信用毀損・業務妨害罪にあたるとして共謀罪が適用される可能性について、古川議員はこのように言い切った。

「故意があるということは確定的に何か証拠に出ていて、かつ、その具体的な計画で、まさに実行の段階に入って、それで実行準備行為があるという段階になれば、それはその犯罪は成立するので、あり得ることです」

 この古川法務部会長の説明によって、共謀罪とはやはり、テロとはまったく関係がない一般市民に、権力者の思うがまま、いくらでも適用できる法案だということがよくわかるだろう。しかも、古川議員はこんなことまで言い出したのだ。

「テロなんて言ってませんよ、この法律だって」
「それはいろんな意味でですよ、テロだけじゃないですね」

「テロ等準備罪」とテロの脅威を利用した嘘っぱちのネーミングに置き換えたのは安倍政権だが、その取りまとめ役たる法務部会会長である古川議員は自らが、“この法案はテロだけが取り締まりの目的じゃない”ときっぱり宣言したのである。

 ようするに、「テロ等準備罪」というのは詭弁でしかないと自民党議員によってお墨付きが出たわけだが、問題は、安倍首相がこうした詭弁を弄して国会議論を掻き混ぜ、共謀罪を押し通そうとしていることだ。

実際、前述した19日の衆院法務委では、民進党・山尾志桜里議員が、安倍首相は1月の予算委では「そもそも犯罪を犯すことを目的としている集団でなければなりません」と言っていたのに、その3週間後にはオウム真理教を例に出し「当初はこれは宗教法人として認められた団体でありましたが、まさに犯罪集団として一変したわけであります」と説明を一変させたことを指摘。「“そもそも発言”を前提とすれば、オウム真理教は『そもそも宗教法人』なので対象外ですね? どちらが正しいんですか?」と質問を行った。

 すると安倍首相は、藪から棒にこんなことを言い出した。
「“そもそも”という言葉の意味について、山尾委員は『はじめから』という理解しかないと思っておられるかもしれませんが、『そもそも』という意味には、これは、辞書で調べてみますと(中略)これは『基本的に』という意味もあるということも、ぜひ知っておいていただきたいと。これは多くの方々はすでにご承知の通りだと思いますが、山尾委員は、もしかしたら、それ、ご存じなかったかもしれませんが、これはまさに『基本的に』ということであります。つまり、『基本的に犯罪を目的とする集団であるか、ないか』が、対象となるかならないかの違いであって。これは当たり前のことでありまして」

 姑息にも程があるが、「そもそも」という言葉を「基本的に」という意味で使うことは一般的にほとんどないだろう。たとえば三省堂の『大辞林』では、名詞用法としては〈(物事の)最初。起こり。どだい。副詞的にも用いる〉とし、接続詞としては〈改めて説き起こすとき,文頭に用いる語。いったい。だいたい〉と説明している。「基本的に」という意味は書かれていない。

 同様にネット上でも「『基本的に』なんて意味で『そもそも』と言うか?」と疑問が呈され、朝日新聞は『広辞苑』『日本語大辞典』『大辞林』『日本国語大辞典』を調査し、どの辞書も〈「基本的に」とする記述はない〉と記事にしている。さらに辞書をテーマにした「四次元ことばブログ」では、30種類以上の辞書を調べても、戦前の辞書まで遡って調べても、「そもそも」を「基本的に」と語釈する辞書は見つからなかったとレポートしている。

ぜひ安倍首相にはわざわざ調べてみた辞書が何であるのか明かしていただきたいものだが、言うまでもなく、山尾議員はそんなことを問いただしたかったわけでは決してなく、“誰がターゲットとなるのか”という重要な問題が本題だったはず。それを自分の発言責任を放り出して、根拠もない自己弁護で議論を進展させようとしないのだ。

 だが、今後もこのような詭弁に詭弁を重ねるバカバカしい議論がつづいていくことは必至だろう。しかも、この日の法務委では、まともな答弁ができない金田勝年法相の“代打”として、要求されてもいない林真琴刑事局長を政府参考人として出席させることを強行採決。前代未聞の国会ルール破りを展開した。

 しかし、こんな滅茶苦茶なやり方で、どんな問題法案だって押し通せてしまうのが安倍“独裁”政権である。冒頭に紹介した『モーニングショー』のように、いまこそメディアは共謀罪の危険性と安倍政権の暴挙を暴き立てていかなくてはならないのだ。

(編集部)LITERA 2017.04.21|社会

自治会をあげて地域の環境問題を守る。
それは香川県の豊島や岐阜の御嵩町をはじめいたるところで起こった民間産廃施設反対運動があり、わが町小田原市久野もご多分に漏れず山間部の計画のためにできる限りのことをした。僕らもトラックの前に座り込みもした。行政センターの駐車場に寝泊まりをして反対を言い続けた。
原発反対や沖縄辺野古・高江の米軍基地反対も形は違えども「公害」問題だ。地元民にすればまさに火の粉が降りかかった大変なことなのだ。

テロリストが、私はテロリストでこれから危険な行為をするなど言うはずがないことは子どもでもわかる理屈。
地下に潜ったテロリストをあぶりだすためにはどうするのか? と言った時、立法提案者たちは認めていないがこの共謀罪では民間人を犠牲にして捜査対象にする、ということだろう。
でも実はそんなところに真意を置いていないだろうと推測していたが、まさにその疑心は的中した。この法案は、あくまでも政府の建設しようとしている迷惑施設に反対するものを法的に処罰しようという内容だったのだ。
自治会長が捕まる。反対運動のリーダーが逮捕される。そうして運動の力を弱め、政府のやりたい放題にする。このための法案でもあることを僕らは肝に銘じておかなければならない。

もしそれは嫌だというのなら法案賛成政党に票を入れない。これしかない。

4月20日のパトビラ(№974 - 人権を司法が守る -)

毎週、野宿を余儀なくされている方(ホームレス)のところを訪問する際に持っていくパトビラ、今日はこんなことを書いてみました。

千葉県弁護士会の会長が52歳の壮年の方になりました。若い方が熱意をもって会を引っ張ることは素晴らしい事です。しかも弁護士と言う大事なお役目の会ですからなおさらです。
そんな会長のあいさつがホームページ上に乗っていましたが、そこには
『国民の人権を不当に侵害する法律や行政行為は、裁判手続などの司法作用により正されなければならないということです。』とありました。日本の三権分立が大きくゆがめられています。沖縄では法を曲げてでも米軍基地を作ろうとしているし、原発事件の片棒を担いでまだ放射線量の高い所に帰村させ補償を打ち切ることも法治国家でありながら法が国民を守らない出来事です。
もちろん野宿の仲間を囲む事例もたくさんあります。生活保護実施要領等の解釈をもってなんとか路上からアパートへ直接入居せずに敷金・礼金の不要な無低に一度介してからとしていますが、森川弁護士は同資料内の「安定した住居のない要保護者が住宅の確保に際し、敷金等を必要とする場合」は一定額を支払うべきという一文をもって支払うのが当然と言います。まさに行政行為が憲法25条の精神に則ってほしいものです。専門家の弁護士をはじめ、市民グループも一体となって憲法の権利を守り続けたいです。


洗足の木曜日で訪問をお休みしました。2週間ぶりの訪問です。
だいぶ暖かくなってまいりました。皆さん元気で過ごしているでしょうか?
同時にジャンパー事件以降、小田原市の行政の在り方も注視し、久々に僕の生活の中心となりました。
そのほかにも、東京都渋谷区の公演の封鎖とかもニュースとして流れていました。

そんな訳で学習会の公示です。
交流学習会「公園で、路上で、排除されても、また暮らす」

2017年3月27日に事前告知なしに宮下公園の封鎖が強行され、抗議した支援者・野宿者が逮捕されるという事態が起きています。日々暮らすために必要な荷物を取り戻すだけでも、多大な労力と時間がかかったといいます。
オリンピックの会場となる予定の明治公園では、度重なる排除が起きています。
現実に公園に暮らしている方から、オリンピック関連の再開発が進む中での排除とその闘いの実際について聞いていきたいと思います。

日時:2017年4月23日(日)午後2時~
講師:小川てつオさん(反五輪の会)
場所:寿生活館4階 会議室(横浜市中区寿町3-12-2、JR石川町駅北口下車、徒歩5分)
主催:寿支援者交流会(045-641-5599・寿生活館4階)


私も参加する予定です。人権問題にご興味のある方ぜひどうぞ!!

恐れながらも大いに喜び

2017年4月16日、小田原教会に与えられたみ言葉は、マタイによる福音書 28章1-10節。表記のタイトルの説教を中田正道牧師より受けました。今回も礼拝で説教を聞いた内容を一信徒が思ったことを含めて綴ってみます。(説教の要約ではありません)


さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリアともう一人のマリアが、墓を見に行った。
すると、大きな地震が起こった。主の天使が天から降って近寄り、石をわきへ転がし、その上に座ったのである。その姿は稲妻のように輝き、衣は雪のように白かった。番兵たちは、恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった。天使は婦人たちに言った。「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。さあ、遺体の置いてあった場所を見なさい。それから、急いで行って弟子たちにこう告げなさい。『あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる。』確かに、あなたがたに伝えました。」
婦人たちは、恐れながらも大いに喜び、急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走って行った。すると、イエスが行く手に立っていて、「おはよう」と言われたので、婦人たちは近寄り、イエスの足を抱き、その前にひれ伏した。イエスは言われた。「恐れることはない。行って、わたしの兄弟たちにガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会うことになる。」



『死からの復活』を証明できる人はいないし、逆に説明を受けずに受け入れる人もいません。
パウロもアテネの教会においての記載に『死者の復活ということを聞くと、ある者はあざ笑い、ある者は、「それについては、いずれまた聞かせてもらうことにしよう」と言った。』(使徒言行録17:32)と書いています。
まぁ常識的に突然出会った人がいくら「先生」と呼ばれるような偉大な人でも、「死者の復活」を語ったところでそう簡単に信じることはできないと「イエスの死からの復活」を前提にしている宗教書である聖書にすら書いています。

立証はできませんが証言はあります。今日の箇所もその一つです。
聖書を読む僕らは、復活を前提に物語を読みますが、日曜の朝イエスの墓に出向いた婦人たちはどんな気持ちでいたでしょうか?
心の片隅には、イエスの死が嘘であってほしい。信じられない。もしかしたら、と言う気持ちがあったでしょう。でもその気持ちはあきらめの中で、でも諦めきれないという感情でしょう。
3・11や熊本地震に際して、家族がつぶれた家の下敷きになり2日経ったとか、津波にのみ込まれて1週間経っても、家族は期待を消しきらない、そんなかんじでしょう。非常につらい葛藤・・・。
でも、そうは言いながらも無理だ、と言う諦めも感じています。だから遺体が腐敗して異臭を放っているだろうからと香油をもって出かけたのでしょう。生きている前提なら遺体処理を想定していないでしょう。

しかし彼女らはイエスを見た訳ではありません。「空の墓」を見ただけです。
ですから、当時のローマの人たちは民衆が騒がないように必死に収集を図ります。曰く誰かに遺体を盗まれた。しかしローマ兵が見張っていたはずだし、自分の職務を放棄すればそれなりの罰をうけます。自分の命を懸けて、また家族や親族まで影響が及ぶことがあるかもしれなければ、イエスの遺体を盗む必然性は全くなくなります。

イエスは本当に甦ったのか?と言われればわかりません。が、自分や家族親族までの影響を考えれば、本当に甦ったことはなくはないと言っても過言ではありません。
この後弟子たちの前にもイエスは現れます。それまではイエスの事を知らないと言ったり、もうこのままエルサレムに居ては自分の身が危ないと故郷に帰ろうとした弟子たち。彼らはみなイエスの弟子として殉教の死を遂げます。なぜ弟子たちは急変したのでしょう?
殉教できる勇気(?)はどこから出てきたのでしょう? 人生をひっくり返すような出来事があった故ではないでしょうか?
命を懸けるような人生の衝撃事件。僕は残念ながらまだ出会っていませんが、それだけの大きな出来事には科学では解決できないほどの驚きがあるのかもしれません。
それがただ一人ではなく10余人。すごい事件があったことは推測易いです。10余人が人生を変える事件を今推測したところで推測の域を出ませんからこれ以上言いませんが・・・。

では僕らはイエスの復活、イースターの出来事から何を考えなければならないのでしょうか?

もし誰かが、イエスの復活を科学的に立証したとして、また信じたところで、「ああ、2000年前にそんなことがあったのだね」と感嘆で終わってしまったら…それが自分の人生に何の影響もないものだったら、復活したところで何にも意味がないでしょう。
僕らはイエスの復活からイエスのみあとを歩む必然性を感じます。併せて死に打ち勝ったということを知り不安を払しょくすることです。
イエスの歩みのみあとを歩めば死さえも怖くないということを信じる事が復活の出来事です。

さて、イエスは婦人たちにガリラヤへ行くよう伝えよ、と言います。ガリラヤとはなんでしょう。それは弟子らの故郷、生活の場です。特別な場所でなければイエスに会えないのではなく、毎日の生活の中でイエスはいつも隣に寄り添ってくれています。

イースターおめでとうございます。

御頭祭(Ω)

仕事を終えて取る物も取らず出発。今日は(僕的には)カメラだけあればいい旅。と言っても連れ合いは、夕食のサンドイッチやおやつ、果物、飲み物と相変わらずの大荷物(笑)
国道20号を北上するだけ…。150余km、距離にしては然程ないが、変な話最近加齢でとみにトイレが近くなった。そんなこともあり、一、二度コンビニのお世話になる。
それでも23時前に目的地の諏訪大社前宮宮前にある参拝者用の大駐車場に到着。ここで一宿の恩を受ける。
トイレが無いとかはあたりまえ、キャンピングカーで良かったと感じる時。でも、周囲に民家もあり安全だし、静かないい場所とほくそ笑んでいたが、県道16号と国道152号の合流力然程離れてもいないせいか、大型車が深夜まで走ってうるさかった(T_T)/~~~
Googleで発見していた近所のファミリーマートはつい最近閉店したらしく建物だけがぽつねんと残っていた。ので、少し遠いがセブンイレブン安国寺店に行き朝食を購入。道の両側にはところてんの工場が立ち並ぶ。

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帰れば駐車場の中で神事が執り行われていた。
同じ諏訪大社上社の氏子だがそれぞれの担当があるらしく、荒玉社の野出の神事、本宮社、そして本宮社での神事と続くらしい。
いたって普通の神事。祝詞をあげて玉ぐしをささげる姿を見ながら朝食。
車をここに止めたまま、まずは茅野市神長官守矢史料館へ。ここがどういう場所かは前トピを参照されたい。
道路沿いに大きな看板が出ているので間違えることはない。その道を歩けばたいそう立派な門被りの松が出迎え、その先には一軒のお宅。このあと学芸員さんのお話によればこの一帯はすべて守屋家の土地だが、戦後の農地解放でほとんどが無くなった、と言う話。それでも門を入れば史跡として十分な広さが広がっている。
78代当主守屋早苗氏と幼馴染の藤森照信先生の手掛けた建物は味わいのあるものだった。
それを見守るがごとく、ミシャグジ神、大祝神、高照姫の史跡が立ち並んでいる。

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(家紋(?)の十字架…は関係ないよね?笑)

あれだけの晴天だった空が曇ってきた。何やら額に冷たいものが当たったような気もするが気のせいだろう。本宮では神事が始まる時間だ、先を急ごう。

大きな資源ごみの集積場。ここまで持ってくる手間をかけることで、ごみを減らそうという気持ちにさせられるし、ごみ対策費用も軽減できるはず。でも同時にめんどくさいと不法投棄につながったり、高齢の人たちは「結」がなければごみが捨てられない。
人の心にごみ問題が響いている地ゆえに成り立つシステムかも知れない。

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本宮隣接の法華寺に寄る。
本能寺の変直前、信長らは武田攻めをした。その際武田家が厚く信仰をした諏訪大社を焼き討ちしたのだが、その跡地に入り幹部会議が行われた。そこで光秀の失言に激怒した信長が折檻した寺だそうだ。
また忠臣蔵吉良上野介義央の外孫の義周の墓もある。

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さて、本題の御頭祭に話を戻そう。
何が故にこの神社から前宮宮に神輿を持っていかなければならないかの詳細は不明だが、多くの観光客のみまもる中儀式が進んでいた。
雨はいよいよ本降りになったので神輿の出発を待たずに車に戻る。
13時にここを出発するみたいだ。

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約1.5㎞先の前宮を目指す。

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13時前宮も多くの人が集まっている。皆狙いは十間廊。間口三間奥行十間の周囲は幕で覆われわずかな隙間を狙って観光客が群がっている。私もその一人、LCVのカメラマンさんのそばにポジションを取る。広角と望遠両方持っているのならプロのカメラマンさんのそばは絶対。
冷たい風が吹き始め、午前中とは陽気が違って来たが、今ここを離れたらもうポジション取りは不可とあきらめて頑張る。
50cm四方、隣近所とは肩触れあい狭さでぎっしり入っても入りきれない神事に関わった人、そしてそれを取り巻く観光客。
そんな中神事が始まる。

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神輿を御簾の奥の棚に奉納し、部屋の後方(つまり僕らの目の前)においてあった山海珍味を神官が、神輿の前に運び捧げ、そのあと参加者の代表が玉ぐしをささげ、捧げた山海珍味をもとあった場所に戻し、神輿をもとにあった本宮に戻し神事は終わるらしいが、もとあった場所に三方を戻したところで僕らの観光はTheEND。会場を離れた。

神輿もイスラエルからの輸入した文化だという人がいる。いわゆる十戒を入れた契約の箱だ。それも本当かどうかは分からないが、担いでどうなるかわからないものを担ぐ文化は確かに興味深かった。
あわせてイースターの直前の日、まったく違うが十字架の横棒を担いでヴィア・ドロローサを歩くが如くの若者の姿に、さて現実に戻って教会に行こう!と言う気持ちを強く持った休日の一日でした。

御頭祭(2)

諏訪大社の歴史は定かではないが、日本の神社歴史の中でも古い由緒がある。
関する記述は古事記にある国譲りの話。伊勢神社系の勢力が出雲系の勢力を制圧する話。大国主命とその子の事代主神(ことしろぬし)は遠く大陸から来る船の灯台になるような大社の建築を条件に伊勢勢力の配下に入るが、弟の建御名方神(たけみなかた)は不満で戦うことを提案する。が、伊勢勢力の前に敗北し逃走。その行き先が「科の地(今はあえて諏訪と呼ばない」であるという記載。
もう一つは諏訪大明神絵詞と言う書物。諏訪の地へとやってきた諏訪大明神は、そこで土着の神たちと対峙する。
土着の洩矢神は鉄輪を持ち、諏訪大明神は藤枝を持って戦った。結果は、藤枝を用いた諏訪大明神の勝利であった。敗れた洩矢神は滅ぼされず、祭祀を司る神長官となる。
また、高照姫という神は諏訪大明神に最後まで抵抗したが、民を守るために退き、先宮神社に幽閉されることを選んだ。こうして諏訪の地は、諏訪大明神が治めることとなった。
と言う話。

2つが絡んでるのは、建御名方神と言う神の名。つまりは出雲を追われた一族が東遷し科地方の豪族を滅ぼして土着したと言う事なのだろう。
2つの違った文章を合わせてしまえば伊勢勢力と出雲勢力の戦にも読めるが、もしかしたら出雲勢力の内乱分裂で力が弱ったところを伊勢勢力に制圧されたのかもしれない。
当初の記載にあえて諏訪と呼ばずに科の地と呼んだのは、諏訪は出雲から来た建御名方神が名乗ったからこの神社も諏訪大明神と呼ばれるようになったようで、その前はミシャグチ神、蛇神ソソウ神、狩猟の神チカト神、石木の神モレヤ神などを祀っていたようだ。
特にモレヤ神は、前トピの御頭祭の祭祀を司る直属家系の神で諏訪大社の上社前宮であるし、高照姫は先宮神社の神となっているから、服従の上で豪族として生き延びた、若しくは祟り神として恐れられて神社に祀られたか、と言ったところなのだろう。
そして見落としてはいけないのが、藤で戦う出雲軍に対して鉄輪を持ったという記載。既に鈩(たたら)の技術を習得していたのだろう。ヤマタノオロチの神話も殺した大蛇の尾から剣が出てきたのは、戦いで破った相手から鈩を奪ったという意味だとも言われている。いずれにしろ、伊勢系や出雲系に負けじ劣らじの高度な文明を持っていた証拠だと思われる。
しかし前トピの学芸員氏、この地は「田舎だ」と言う。それは、守谷氏が頑なに弥生の文明を否定し、縄文からの文化を傾倒した結果だとも・・・。

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(いたるところで御柱のように4本の柱で取り囲んでいるのを見る。「結界」と言う言葉が頭に浮かぶ)

つまりここで勢力が変わり、御頭祭や御柱祭を行った部族で無い者たちの祭りの中で、土着の古い祭りが融合と存続のはざまで頑張っているのが諏訪の奇祭と呼ばれる祭りの数々だと思われる。
あわせて御『頭祭は大祝(おおほうり)の代理である「神使(おこう)」が近隣の郷を巡回して五穀豊穣を祈願するために、大社から出立する時の儀式』と言われもいるらしい。大祝は出雲系の神であることからいえば、土着神ではない神が新たな五穀豊穣、つまりは農業文明を手に入れた姿なのかもしれないが、そうだとすれば神使(おこう)を縛り上げる理由がなくなる。つまりは融合の故にわからない神事に変化して行ったのだろう。
こうなるとあの創世記のイサクの物語を髣髴させる祭りが何を意味しどうやって始まったかは謎のままだが、歴史ミステリーはミステリーのままで、その祭りを大事にする文化を尊ぶだけでいいのかもしれない。

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(神事は前宮の十間廊で行われる。この十間廊の大きさがユダヤの幕屋と同じ大きさと言う人もいるようだ。)

しかし・・・、聖書に戻るが、神はなぜイサクを神にささげる場所として住まいから3日もかかるほどの場所にあるモリヤ山を選んだのだろう?

さて、続いて旅の内容を語ろう。

御頭祭(1)

諏訪大社の御頭祭を突貫で見に行ってきた。
この祭りは、今は諸般の事情で江戸時代までの祭りの体は失われているが、江戸時代の菅江真澄と言う、今でいえば『街道をゆく』を記した司馬遼太郎氏のような存在の方が書いた文章があるので、それをご紹介すると…。

御神(おこう)といって八歳ぐらいの子供が、紅の着物を着て、この御柱にその手を添えさせられ、柱ごと人々が力を合わせて、かの竹の筵の上に押し上げて置いた。
そこへ上下を着た男が、藤刀というものを、小さな錦の袋から取りだし、抜き放って長殿(祭祀のリーダー)に渡す。長殿がこの刀を受け取り、山吹色の衣を着た神官に渡す。その藤刀を柱の上に置く。
例の神の子供を、桑の木の皮をより合わせた縄で縛り上げる。
諏訪の国の司からの使者の乗った馬が登場する。その馬の頭をめがけて、人々は物を投げかける。しかし、この馬はとても早く走る。
その後ろから、例の御贄柱を肩にかついだ神官が、「御宝だ、御宝だ」と言いながら、長い鈴のようなものを五個、錦の袋に入れて木の枝にかけ、そろりそろりと走り出し、神の前庭を大きく七回まわって姿を消す。そして長殿の前庭で先に桑の木の皮で縛られていた子供が、解き放たれ、祭りは終わった」。


クリスチャンの兄弟姉妹なら何か「ウン?」という話。その「ウン?」の旧約聖書創世記22章の前半を要約すると、
神様がアブラハムにその一人息子であるイサクを捧げるように命じられたます。アブラハムはイサクを連れてモリヤ山に向かい、そこでイサクを縛り、薪の上に横たえ、刀を取り出してイサクを捧げようとすると、「その子を殺してはならない」という声が聞こえました。ふと見ると、枝に角をひっかけた羊がいたので、その羊をイサクの代わりに神様に捧げました。

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(御頭祭は、江戸時代まではこの柱に子どもを縛り付けて馬で運んでいたが、今はこの柱を人が担いでいます)

他人の空似かもしれないが、子どもを縛り、刀を取り出した時に神が子どもを助ける。そしてその子どもの代わりに生贄が用意される、という共通点はなかなか興味深いもの。
しかも子どもの代わりの生贄は75頭のジビエ。「魏志倭人伝」の記載では、倭国に羊はいないと書かれてるのでその情報を信じれば生贄に鹿が選ばれたことはうなずける。しかもその中の一頭は耳裂け鹿を選べ、との言い伝え。神長官守矢史料館の学芸員さんによれば、それは「茂みに角を絡ませた」それによる傷を現しているという説もある、と語られる。

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(耳を切ったのではなくこうした鹿がいるらしい)

そして何よりも、日本の神道系には多いが、ご神体がなく、この諏訪大社も守屋山自身をご神山として崇めていることも旧約のモリヤ山に通じて面白い。まぁ、似ているかどうかと言えばこじつけに近いものがあるかもしれないが・・・。

過去に玉川温泉に行きながら三戸郡の新郷村にあるキリストの墓と言う観光地に行ったことがある。竹内巨麿氏が戸来と言うヘブライを髣髴させる地名言ったり、ナニャドヤラという由来が定かでない民謡を昭和初期にアメリカでご活躍なさった川守田英二牧師は神をたたえる歌として紹介したりしたのでそれなりの観光客の来る場所となっていた。
この戸来郷は12世紀には地名として正規に残っているで、景教として中国に入ってきたキリスト教と土着の宗教や文化が結びついた結果とは思われるが、それにしても中央ユーラシア大陸を越えて文化や思想が訪れてきたことは何とも壮大な物語だ。

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(この守屋家78代が崇めているのはこのミシャグチ神。これもイサクがなまったという人もいる)

きっとこの諏訪大社も同様に文化交流があった結果だと思われるが、それにしてもこの諏訪大社どんな歴史があるのだろう?
生半可な知識で恐縮だが、「妄想歴史」を語りたい。

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