インフォメーション

【Take's PROFILE】

心豊かに、のんびりと・・・。という生活を望んでいます。
あんまり物に執着しないけれど、「形から入る」という矛盾を抱えて生きています。
クリスチャンですけれど、よく礼拝をさぼります。
モーターホーム(キャンピングカー)で遊びに行くことにはまっていますけれど、へたれで暑がり寒がりです。そしてものぐさです。
単細胞で、理不尽と感じると熱くのめり込んでしまいます。
やせすぎを笑われることこそありました(169cm48kg)が、現在は中年太り(同身長70kg)と生活習慣病イエローカード!!
乳がん10年寛解の妻と文字通り連れ合って、・・・ぃゃそんな彼女にずっと寄りかかって生活しています。


趣味の写真用のBlogを作りました。宜しかったらこちらにも行ってみてください。最近はタイトルを「17文字」で書くことにしています。俳句の域でないので俳句とは言いません(笑)
http://blog.goo.ne.jp/take1960_january/
mixiのIDは 775204 です。
Facebookは本名で検索できます。恐れ入りますが、友人申請はリアル友・知人の方のみ限定とさせてもらっています。1度どこかで飲んだらOKです(^^)/



【POLICY】

2つのボール競技を思い起こしてください。
キャッチボールは、相手が取りやすいところにボールを投げて「受けとって貰う」事を目的とします。
ドッジボールは、同じくボールを相手に投げるのですが、「取れずに落とす」事を目的とします。
会話も同じだと思います。意見が違う人と議論をすることは、僕はステキなことだと思いますが、そこには相手に自分の意見を受け取ってもらうように、真摯に丁寧・丁重に書くことが大切だと思います。まさに会話のキャッチボールだと思います。自分の主張ばかりやあげ足取りのドッジボールではいけません。
このBlog「LOGOS」は、Takeが管理人をしているSiteのひとつです。
「喜びを分かち合い、悲しいことを共有する」ために言葉があると思い、その言葉を使用して、そのコンセプトを実現しようと思っています。
分かち合うためにも、共有するためにも、お互い相手のことを思い、祈り、そして会話をすべきだと思います。
ですから、頂いたコメントはすべてありがたいのですが、その中で一方的に言い放った発言、相手のことを理解しようとしないで攻撃する発言、差別や蔑視的な表現、必要以上の個人情報の開示など、このようなものが含まれている場合は、管理人の権限で削除し、その削除に対しての説明を要しません。
ローカルルールをご了承ください。

テーマ : 日記というか、雑記というか…
ジャンル : 日記

「静」を探せ

鎌倉ものがたりの主人公の一色正和さんの行きつけは「静」と言う飲み屋さん。3巻に初めてそのシーンが登場するわけですが、当たり前のことながら架空のお店。
でも、西岸良平氏もリサーチしてモデルとなるお店から想像を膨らませたでしょうから、そんな店を探してみたいところです。

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場所は、小町通から入ったところ、だけれど亜紀子さんが迷子になる迷路の奥。
赤ちょうちんの居酒屋。
席はカウンターオンリーもしくはカウンターメイン。
美人の女将が運営している。
客同士が仲良くなれる。

さて鎌倉にそんなお店があるものか…と探してみると、何となくそれを予感させるお店が…。
今回の鎌倉探索の〆はいさむにすると致しましょう。

15時30分に店発見!!
まだクローズドの文字なので近所を歩けば中華料理店(ドキッ) でも漫画のお店とは規模が違います(笑)

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数分前に戻ればちょうど女将さんがのれんをかけてオープンするところ。さっそくお邪魔します。
カウンターは10席。あっという間に4組のお客さんで店内はほぼ満員。
まだ16時だよ、飲みの時間には早いのに…。口コミの評判を聞いてきたような客層(って僕らもだけれど)。

親子なのか美人女将が接客と言うのも漫画通りの展開。

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カウンターには御燗用の湯煎。これは日本酒にしなくてはいけません。

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鎌倉五山から参ります。付け出しは山芋と明太子。

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妙にひねらない。パッと出て酒に合うものを素早く出すというのが付け出しでしょう。それに16時なのにみんな頼む頼む(爆)
我が家も負けじと(別に競争している訳じゃあないですが)次から次へ。
でも、あじのたたき、長井湾のものだとか。ねっとりとして美味かった\(^o^)/ 小田原の魚もうまいけれどね、鎌倉や三浦の魚もうまいよね。 これと日本酒だけでもいいや(笑)

半時も過ぎた頃空いていたカウンターの隣の席に若いカップルさん。
エレベーターから意気投合(あっ、言っている意味の分からない方は是非“いさむ”へ)。
神は人に口を作ったのはうまい酒を飲みながら会話を楽しむため・・・なのかもしれませんが、しかしそれも当たりはずれがございます。何の因果か空いている席に座ったばかりにおやぢの戯言に延々と2時間も付き合う羽目にさせてしまい、いやいや酔っぱらっていたとはいえ申し訳ありませんでした。
しかしおかげさまで僕らは楽しい酒を飲まさせてもらいました。ボランティア精神豊かな方が隣でよかったです(笑)

お連れ合いさんが宮古のご出身。沖縄にも思いをはせました。

そうそうこのお店のもう一つの魅力。
それは・・・

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この点は「静」と違い、「静」をこえています。やっぱり煙草の煙気になります(>_<)
終わりよければすべてよし、楽しい鎌倉探索の休日でした。

比企の契り(2)

法性寺の裏山が同寺院の墓地ですが、その中を通過させていただくと、山道に入ります。道を左に取ると左手は豪邸の家の壁が延々と。山を借景としてではなくまさに目隠しとして使用しているのか、鎌倉の豪邸は山にへばりついて、近代構造物と自然林のギャップが激しいです。

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薄暗い樹林の下をしばらく歩くと急に開け、壮年の方が猫に餌をあげながら道案内のボランティア。

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この裏に「まんだら堂がありますよ」と。
このまんだら堂やぐら群は、少し前までは日蓮宗の修行者が住んでいて、池を掘り湿生植物を植えその周りをアジサイを植えて見学させていたとのこと。その後の経緯はわかりませんが、現在は行政管理下におかれボランティアスタッフの常駐する秋以降の土日休日のみ開放しているというもの。

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余談ですが、今から35年ほど前、就職し車を購入したころ、もてない野郎どもでドライブに行くとしたら、心霊スポットと呼ばれる場所が多く(笑)、当時神奈川で有名なスポットは、キャシー中島さんが怪談話の場所でして・・・、そして仲のよかった友人が、決してそんなことを言うような奴じゃなかったんですが・・・、運よく入社できた鎌倉の税理士事務所を、まぁそんなような理由で退職しちゃったことと合わせて、そんな存在を否定しきれなくてこのトンネルを意識しておりましたが、なんというか年の功でしょうか、そっちの世界が近づいたのか(笑)、そういったものへの恐怖心は急激に薄れて今日に至った次第です。
このまんだら堂のだいたい下が、通称バケトンと呼ばれる超有名なスポット。その上には数多くの祠があったのですね。
人の恐怖心が生み出したのか、本当にお化けはいるのかはわかりませんが、川端康成氏ですら「無言」という話でここを取り上げています。

さて、まんだら堂から左に折れれば名越の切通し。3つの切通しが続いていますが、特に第1は圧巻です。
長い年月の間の人為的、または自然による変動があり、今僕らが見るのは全く当時のものとは違うと言いますが、それでも自然の要塞。両側が張り出した岩盤に人ひとり通れる隙間、そして馬などの通行を阻止するような道の真ん中の邪魔な岩。

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材木座6丁目にある弁谷の碑のあたりに北条一族は居を構えたと聞いています。
そして浄明寺1丁目12には北条時政の山荘跡があるとのこと(落盤のために立ち入り禁止らしい)。
つまりは北条氏は東からの三浦氏らの侵入を防ぐべく、名越の切通しと釈迦堂口の切通(まぁこちらは自分の家を守る切通しだったのだろうけれど)を抑えていたわけなんですね。

さて、切通しを見たら踵を返し元来た道を戻り法性寺へ。
寺院に下りずに左に道を取れば石廟があります。石廟とは内部に火葬骨を納めた蔵骨壺が納められたものと言われ、鎌倉時代には、一般的に木造の墳墓堂が造られたが、石造の墳墓堂は珍しく、他に見当たらないもので鎌倉市の文化財に指定されているそうです。まんだら堂が岩盤を四角にくりぬいたのに対して、1体ずつの廟(墓)として作られたのは時代によるものなのか不勉強でよくわかりません。

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そしてその横を通り崖を迂回するように巻くとお猿畠の大切岸。石切り場の跡ですが、なにか岩盤層が海から隆起したもしくは波に洗われて浸食されたような感がします。

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奇勝スポットを歩き、樹林の下の整備された散策道を歩きます。衣張山に行くとまんだら堂入り口のボランティアの方に言えば、とにかく左に左に行ってください。標識はあるけれど小さくてわかりにくいです、と言われた標識。これは確かにわからない。
(下の写真、水色のフェンスをよーくご覧ください、ほら道路標識(笑))

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逗子ハイランドは振興高級住宅地だけれど、そのすぐ横の野仏はそこまで新しくなさそう。つまりはここは昔から里山の小路としてあったのでしょうか?
指示通りに左へ…。

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しばらくフラットな小道を歩くと急坂へ。久々の山道ぃ(>_<)
休憩したくとも同じような斜面が延々と、しかも広いスペースはなく人一人歩ける道。
・・・で、根性で登頂。と言っても標高121mなんですよね、ヴ~ン自分の体力脚力のなさにボーゼン(笑)

この衣張山の名の由来は、暑い夏の日、御所にいた頼朝(政子とも言われています)が、目の前の山に雪が積もっていればさぞかし涼しかろうに、といって山中に白い衣を張ったところから名づけられたとか。もちろん源家の権力の大きさを広げる後日談にすぎませんが…。

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そんな山を登り、最近石仏調査会なるグループに入れてもらったので気になってしまう五輪塔を撮影し、またささやぶの中に身を投じます。

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下りはあっという間で麓につきます。十字路を左に進み、前述の北條時政山荘(裏門)のあとでもある釈迦堂口切通しをそばから覗いて、今度は比企家の住まいだった場所に建つ妙本寺に向かいます。妙本寺自身も比企家の菩提寺です。

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小田原教会3代前のY牧師が小田原に来られる前に牧会をしていた雪ノ下教会の前を通り、閑静な場所にたたずむ寺院です。
幼稚園を運営されているようですが、この建物に興味を抱いて思わずパチリ。

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そして山門には比企の変のいきさつを書いた石碑。

奥には大きな寺院。

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こちらも参拝料を取っておらず、裏手を掃除されているモダンな方は実はご住職? かと存じますがご尽力に頭が下がります。
無料のお寺さんも素敵な所がいっぱいあります。そうしたところにいつでも気軽に行けるように、訪れる僕らも気をつけたいところです。

2代将軍は比企一族とともに暗殺されました。
そしてその子である公卿が3代将軍を暗殺して源家が滅びるのは前述の通りです。
その場所は鶴岡八幡宮。銀杏の木に隠れて源実朝の来るのを待った、と言う逸話は有名な話。2010年3月10日の強風で倒壊してしまった大銀杏。でもこの話は800年前、いくらなんでも人が隠れられる銀杏ではなかったとは思います。

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この日の八幡宮は、七五三、結婚式等々で大賑わいでした。

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さて、漫画のタイトル「比企の契り」

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比企一族の武将比企正和(もちろん架空)と比企一族を滅ぼした北条氏の姫君如月(これも存在せず)が、夫婦の契りを交わしたにもかかわらず、争いによって悲恋に散ったという日本版ロミオとジュリエット物語・・・。
そしてその幽霊騒動は真夏の「ぼんぼり祭り」で全く関係ないですが、今日は比企と北条の史跡を見たという事でお茶を濁させてもらいます。

比企の契り(1)

鎌倉時代は1185年頃(1192年ではなくなった) -1333年と言われています。
それをもう少し細かく見ると
1192年:源頼朝、征夷大将軍任命
1199年:頼朝の死、頼家が家督を継ぐ
1203年:頼家が幽閉され源実朝が将軍に就任
1219年:実朝、公暁に暗殺される
これ以降藤原何某らが将軍と言う形になりますが、実態は執権の鎌倉北条氏が握ります。源氏が実効支配したのは34年間に過ぎず、そのあとの114年は鎌倉北条氏が実権を握るわけです。
そういう意味では、結束が固かった平家に比べて源氏は個人プレーや裏切りが目立ちわずか3代しか持たなかったのかもしれません。
特に公暁によって実朝が殺されるわけですが、これは2代将軍源頼家の次男が比企の変で幽閉され殺された父の敵である叔父を討った訳です。
その敵対関係が頼朝乳母である比企一族と頼朝の正室北条政子ら北条一族の対立(権力争い)からなります。もっと言えば2代目の頼家がわがままだったことが問題なのですが、なにせ資料の中心は源家ではなく北条家のための歴史書「吾妻鏡」ですから、「頼家のわがまま」だってどこまであてになることやら、まぁ話がややこしくなるのでこの話は今日はこの辺で…。

頼家は比企一族を信頼しており、また母政子との間には確執はあったようで・・・、比企一族の長能員は頼家のいる間にライバル関係の北条氏の勢力を奪おうと北条時政(北条政子の父)を討つ願いをしそれが許されます。が、その密談を北条政子が聞いており、先手を打ち、比企一族は北条一族らに討伐されてしまいました。
と言うのが、吾妻鏡に描かれた比企の変。

相手(北条一族)に密談が漏れていることを知らない比企能員は、北条時政の依頼を受け時政邸に行きます。
弁ヶ谷に本邸・別業(別荘)・山荘の広大な屋敷を持っていたといわれ、今もGoogleMapを見ると 鎌倉市大町6丁目8−39 に時政邸裏門跡の記述があります。が、残念ながら落盤の危険性か立ち入りは出来ないようです。
その地で比企能員は殺され、それを合図に比企一族関連の住居に攻め入りわずか1日で皆殺しにされたといいます。

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そんな物語の入り口は、逗子の駅から。
初めて降りた逗子の駅。バス乗り場の「島」の片面が道路に面し、ここで降車。ロータリーに入って同じ「島」の反対面で乗車はなかなか便利です。6番のバス停に並ぶとこんな張り紙。

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えっ、通らない場所はどこなの?まったく地の利のない二人は少しパニック。でもしばらくすると同じ列にお年を召した方が並ばれたのでお聞きすると、行きは関係ないですよ。帰り道の途中が流鏑馬祭りで通れないから迂回するということです、とのこと。
安心しました(笑)

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そしてそんな後ろを祭りの行列が行きすぎました。
都市型の小型バス、到着。これに乗って法性寺(ほっしょうじ)へ。
同名のバス停でおり、バスを追いかけるようになだらかな坂を登り最初の横断歩道を渡り、線路を超えた左に曲がると山門に到着。
山号を書いた文字の両脇には白いサルが彫られています。

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観光地のお寺の多くは入山料を取り、それを維持管理に充てていますが、ここは無料。感謝です。
聖書には、地の塩、世の光になりなさい、と書かれています。自分のことではなく、広く視野を広げ蔑視・偏見には雄々しく声を上げるのと同時に、万人に愛をと説きますが、僕らのような寺院に関係ない観光客を不問として境内を通過させてくれる度量の広さは、大いに学びたいものです。

しかし急坂だぁ~、最初から息が切れます。

鎌倉ものがたりは12月9日から(^^♪

左カテゴリーを見るとHobbyの中に「西岸良平・鎌倉ものがたり」と言うのがある通り、この漫画は愛読書の一つです。
そんな物語の舞台の鎌倉を歩こうというのがこのカテゴリーのきっかけですが、約10年で3回しか行けていません。

そうこうしているうち、なんと映画上映の話が(^^♪

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うれしいのですが、どうも僕の愛した鎌倉ものがたりと少し違う。
銀魂もそうでしたが緩さがない。息つく暇を与えず・・・、と言う感じでCGでガンガン攻める・・・。ヴ~ン銀魂も西岸さんの漫画も緩さこそ醍醐味なのになぁ~。それにTVと映画の違いはあれど、TV東京の「勇者ヨシヒコ」シリーズは緩くて金かけなくても視聴率は高いし(笑)

勝手な言い分を書かせてもらえば、魔物、物の怪、妖怪…こういったものが気になってやまないのは、「ハレ」の時に現れるものではなく、「ケ」の中にいるもの感があること。
なんていうか「ゴキブリ」とか「クモ」とかが家の中で出て「きゃぁ~」的な日常観。先方のゴキ君にしてみれば「あちゃ、見つかっちゃったよ」コソコソコソ・・・的な存在なんですよ。誰かが飼っていたペットのわにが逃げました、的な非日常のスクランブルじゃあないんです。
メン・イン・ブラックの宇宙人が日々の何でもない生活の中に宇宙人と共生しているように、魔物も妖怪もすぐそばにいるけれど気をつけていない故に気が付かない存在、というのが魅力なんだと思うのです。
夏目友人帳と言う漫画を連れが借りてきたのをきっかけにアニメで見ましたが、普段はあの緩やかなたおやかな何でもない生活の「ケ」があればこそ「ハレ」の物語が生きると思うのです。
だから鎌倉ものがたりもメン・イン・ブラックも、トラブルになったときのみ、敵対すればいいわけですが、どうも今度の映画は「ハレ」のための「ケ」のような雰囲気です。そうだとしたら残念です。

前置きが長くなりましたが、そんな上映記念の鎌倉ハイク。
今回は2本立て。
「だめよ、正和さんは渡さない!!」
「路地裏は何もない行き止まり?」 です。ともに3巻の中の舞台を歩いてみたいと思います。こうご期待。(なお、放送内容は都合により急所変更する場合がございます。あらかじめご了承ください)

心に刺さる魔法の言葉

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心に刺さる魔法の言葉

『生きてる事を実感させてくれます』
* * * * * * * * * * * * * *
弱音を吐いて良いんです。
無理をしなくて良いんです。
諦める時があっても良いんです。
悩む時があっても良いんです。
生きるというのはそういう事なんです。
それら全てが
生きてる事を実感させてくれます。
* * * * * * * * * * * * * *


って載っていました。然りです。
あえて少しだけ変えさせて頂けるのなら

弱音を吐いて良いんです。神様が聞いてくださいます。
無理をしなくて良いんです。神様はそのままでいいよと言っています。
諦める時があっても良いんです。イエス様は諦めたあなたを背負って歩いてくれます。
悩む時があっても良いんです。イエス様は軛(くびき)として悩み悲しみを共有してくださいます。

なていうのは(クリスチャンの)手前味噌でしょうか(笑)
でも聖書にはそう書かれているんです。

If ・・・

前々から見たかった「小田原北條氏の[絆]-小田原城とその支城-」展を11日の午後見てきました。
小田原城は熊本地震直後のGWに行ったきり。あの時は入場料をそのまま熊本に寄付し、ささやかながら我が家の小銭が熊本の復興のために使われ、改めて小田原市経済部並びに天守閣館長の大英断にエールを送ります。
そんな訳で今日は地元にお金を落とします(笑)

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この100余ページのカラー展示品目録(紹介)で1500円はお安いです。(これは利益なしですね)

一番の楽しみは、以前八王子城に伺った時に話を聞いた、織田信長からもらったとされているベネチアグラスの壺(瓶)。
当然八王子城は落城に際して、敵に宝物を渡さないように破壊した後お館に火を放ったので、よくこれでこういう形の壺(瓶)と判断したな程度の破片しか残っていないようですが、レースガラスの美しさではなくグレーの濃淡の模様で色を付けた壺(瓶)です。
透き通った美しさが見せ場のはずのベネチアンレースガラスがなぜこうしたものなのか? 何かの機会にお話を伺えれば、と思います。
実物を見ると景徳鎮系の焼き物の豊富さに目が行きます。

歴史にIfは禁句と言いますが、もし信長が明智光秀に討たれなかったら、上杉はその後に滅ぼされたと思います。でも併せて信長も兵力をかなり落としたでしょう。
それでも秀吉は信長に離反はしなかったでしょうし、そうであれば、信長に丁重に使者や貢物を出していた北条は滅ぼされなかったかもしれません。
あと5年信長の死が遅かったらどうだったかな?と言うのは興味深い空想へと誘います。

菊花展が開催していたから、が理由ではないでしょうけれど、小田原城はあいも変わらずに混んでいましたが、それでも多くの観光客にぬかされつつゆっくり2時間以上かけて館内を見てきました。
ブラタモリをきっかけに、虎口を歩き少しは地の利が分かってきて、文久図を見ては現在の町と照らし合わせて連れとたわいもない話をしてきました。
次回行ったら文久図の複製1000円なので買ってこよう\(^o^)/

出口では、かまぼこの一覧。

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かまぼこなんてみんな一緒でしょ? と思われる方、ぜひかまぼこ横丁を試食しながら歩いてみてください。「こんなに違うんだ!」と新鮮な驚きがあると思います。
というか「利きカマ」できるお土産タウンあるといいなぁ~

暮れまでもう少し開催しています。ぜひご覧ください。

私たちの内にあるもの

2017年11月12日、小田原教会に与えられたみ言葉は、マルコによる福音書 7章14-23節。表記のタイトルの説教を長井美歌牧師より受けました。今回も礼拝で説教を聞いた内容を一信徒が思ったことを含めて綴ってみます。(説教の要約ではありません)

それから、イエスは再び群衆を呼び寄せて言われた。「皆、わたしの言うことを聞いて悟りなさい。外から人の体に入るもので人を汚すことができるものは何もなく、人の中から出て来るものが、人を汚すのである。」
イエスが群衆と別れて家に入られると、弟子たちはこのたとえについて尋ねた。イエスは言われた。「あなたがたも、そんなに物分かりが悪いのか。すべて外から人の体に入るものは、人を汚すことができないことが分からないのか。それは人の心の中に入るのではなく、腹の中に入り、そして外に出される。こうして、すべての食べ物は清められる。」
更に、次のように言われた。「人から出て来るものこそ、人を汚す。中から、つまり人間の心から、悪い思いが出て来るからである。みだらな行い、盗み、殺意、姦淫、貪欲、悪意、詐欺、好色、ねたみ、悪口、傲慢、無分別など、これらの悪はみな中から出て来て、人を汚すのである。」



今日与えられた御言葉の前には、食事の前に手を洗うことについて書かれています。
誤解があるといけないので記すれば、当時の食前に手を洗う、は衛生面への注意喚起ではなく、いわば神社に行った時に参拝の前に手水(ちょうず)で清める、と言うのと同じ意味での清めについてです。

もう一つ誤解があってはいけないので記すれば、イエスは手を洗ってはいけない、と言っているのではないこと。
神社で手水に行った時、柄杓の柄をもって柄杓全体を洗い、それから右手、左手云々と言う講釈がありますが、これを守らなければ神社に参拝してはいけない訳ではないでしょう。神に祈る事よりも祈る準備の儀式に気を注ぐのでは本末転倒だ、どちらが重要なのか考えなさい、と言うのです。
ましてや、例えばもし目が不自由で手水の場所を見つけられない方が手水を素通りして神社に参拝したとしたらそれは非難されるようなことなのか? と言う論議です。

たぶん元々のレビ記で現代の日本の神社と同じように清めるために手を洗う風習があり、食前はその清めの儀式をしてから食べるというのは、砂漠の地においての未病の生活の知恵を神の言葉として広げたものだと思います。
しかし、事の本質が置き去りにされて、儀式だけが形骸化され残ると、そこには差別や偏見が残るでしょう。
ユダヤの社会で様々な事由で蔑視・偏見による差別が生じ、(日本の神社で言う所の)手水の所にも『行ってはいけない』人たちがいたはずです。それは重い皮膚病の人や生き物の血を触る人、異邦人などなど。
神はすべての人を愛されていないと宗教が語っていた時代があり、そうした人は神の救いから遠い穢れた人としての存在がありました。
そんな人たちともイエスは共にしゃべり食事をしました。
そうしたわけ隔てのない人柄に対して時の宗教的指導者たちは面白くなく、クレームをつけたのが食事の前の清めの手洗いでした。

マルコによる福音書は4福音書の中で一番古く、併せて感情豊かにイエスを描いています、と長井牧師は語ります。
「聞いて悟れ」と言う言葉はイエスの憤りです。
手を洗わない、と言うのは決してめんどくさいという自分の問題ではなく、手を洗うことが(時の宗教指導者から認められていない)弱者との共生の意味を弟子のお前たちはしっかり認識しろ、と言う叱咤であります。

弱者への思いやり、周囲にこれが無くなると、弱者はより孤立し社会から追放されてしまい、時には引きこもったり自死の道を選んだりします。
そうした悲しい話は昨今の日本においてよく聞きます。

○○しなければならない、と言うルール。
○○でなくてはならない、と言うルール。
こうしたマストルールの存在は、規律の中で管理するには楽なことであると同時に、個性を消してしまいます。
少し前にどこかの学校で、髪の毛の色が黒でなかったことに地毛の色であることを証明をするよう指導した学校の話題が載っていました。まさに髪の毛は黒でなくてはならない、と言うマストルール。
それが学校生活の中で何がプラスになり何がマイナスになるかなど説明がつかないけれど、管理しやすさ、いう事を強要する為政者(教育委員会)の上から目線だけで決まっていくこと。
これこそが、食前に清めの手を洗うことである訳です。

イエスは言います。神はすべての人を愛して下さっています。そのままのあなたで良い、そのままで愛される存在だと。それは清めの手を洗うこと云々ではないのです、洗「え」ない人、洗「わ」ない人、洗う人、誰でも平等に愛して下さっていること、それを理解し感謝し、そしてそれ故に蔑視・偏見による差別をしないこと、それこそが大事なんだというのが今日の聖書が教えてくれることだったと思います。

もう一つ口から出る禍。これは失言の多い私としては非常に痛いお話。でも故意による暴言や思いは自重の努力をしています。

鏡に映る顔を見ながら思った
もう悪口をいうのはやめよう
私の口から出たことばを
いちばん近くで聞くのは
私の耳なのだから


星野富弘さんのくちなしと言う詩画。

相手を汚し、そして自分の耳を汚す。つまり相手も自分も愛さない言葉。努力なしでも出ないで済むような人間になりたいものです。

ピースコンサート@ashigara

表記のお誘いを受けたので行ってまいりました。

お付き合い程度のつもりでしたが、意外なつながりにびっくり&楽しい内容に満足の2時間でした。

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前々から、企画者のつなしまさんが大友剛さんのコンサートの話をなされるのでお名前だけは承知していたものの今までのご経歴を全く知らずに過ごしていました。
落語で言うところの「まくら」のマジックでしっかりと会衆をほぐして取り出されたのが、『ねこのピート だいすきなしろいくつ 』
この絵本は、前任牧師の東先生が礼拝中子どもたちに向けて語られた時に使用したことがあり、その時のインパクトが非常にあったお話。
東先生ともそのあと雑談をした話でもありますが、僕は元来ネガティブ思考でピートのように考えられない性分。朝一でおニューの靴を汚したら一日どんよりした気分で過ごすタイプなのです。
連れ合いは正反対の性格で、むかし「ジャマイカ娘」とあだ名されたような人柄です。「じゃあしょうがない」「まぁいいか」・・・。そんなあだ名を受けた頃の牧師曰く神に全てを委ねられる性分、とのことでした(笑)
結婚30余年、だいぶ彼女に影響され、おニューの真っ白い靴に他の色がついたら何とかきれいにその色の靴にしようと努力しようと(全てを委ねられないけれど)前向きに考えられるようになって来たけれど、たぶんベースの性分は変わらないですね、とそんなことを東牧師に話したのを覚えています。
そのねこのピートの翻訳者が大友さんだったのです。
いやぁびっくりしました。インパクトのある絵本の翻訳者の方とお会いできたのは嬉しいことで、しかも多彩な大友さんは翻訳者としてだけではなく、と言うより本職はミュージシャン。
ピアニカ王子の異名を持つ御仁。左手はピアノ、右手と口はピアニカ、と言うスタイルで数々の曲を演奏してくれました。

1部のコンサートのあとは、つなしまさんをコーディネーターとして、伊藤朝日太郎弁護士と大友剛さんとのトークイベント。
憲法についてを語って頂きました。

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伊藤先生は改憲についてわかりやすいたとえ話で話してくださいます。

たとえば、遺言を書いたとします。昨日書いた遺言書の内容を変えたいと今日正規の形で新しい遺言書を書いたらどちらが有効になるのでしょう? 法律の解釈は僕らの推測の通り、今日描いた遺言書の方です。
新しいものは過去の古いものを棄却できるのです。
当たり前だ!、と言われるかもしれません。

これを今回の改憲に当てはめてみましょう。
安倍氏らは、9条3項を追加し、自衛隊の存在を明記すると言っている訳です。
そうすると1,2項と3項の間に矛盾が生じた時、優先されるのはどちらでしょうか?
遺言書で当たり前だ!と言った通り新しい項目なわけです。
つまり、改憲後、別途自衛隊法で内閣総理大臣が承認した場合は国際協力として火器を持って海外に行くことを妨げない。とすれば、憲法9条3項が、1,2項を抑えて、海外派兵をすることを容認できるわけです。
そんなことは2005年に南スーダンに行ってから、実質的になし崩しにされたことを、国民合意で海外いずこにでも火器を持って派兵する。という事になるのです。

多くの若者は自衛隊に入る時に、日本の家族を守るため、と言います。が、9条3項は日本や日本人とかけ離れたところの戦争に行くためのお墨付きになってしまうのです。

もう一点、改憲の中に緊急事態条項が提案されています。
緊急事態の場合は国会議員の任期を継続させる、という事を手始めにしようとしています。
2005年ミャンマー軍事政府は国会開催を長期の間せずに、つまりは選挙の結果を無視していたわけです。
選挙をしても国会が開催されなければ、国会議員は仕事ができません。つまり内閣は自分の政策の真偽を問わずに続けられてしまいます。
でもミャンマーと日本は違う、と考える人もいるかと思いますが、憲法53条には、『いずれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。』と書かれており、今回、野党側の要求は、この条件を満たしているにもかかわらず、安倍内閣は国会を開催せずに過ごし、どうしょうもない切羽詰ったところで一日国会を開催、そして解散を告げたわけです。
憲法違反を堂々としたわけです。こうした行為のお墨付きが緊急事態条項です。

専門家や有識者の方から聞かなければなかなか細かいところまでは分からない改憲案。

伊藤先生はこう続けます。

少しでも疑問が残ったら「否」にしてください。それは別に扇動するわけではありません。
シロアリ駆除の会社の方が、「奥さん、お宅の床下に白アリがいますよ。駆除した方がいいですよ。私はプロです」と言われたら「はい」とハンコ押しますか?
まずは詳しい話を聞くでしょう。そして少しでも疑問があったら「家族と相談しますから」と言っていったん帰ってもらいはしませんか?
ハンコ押してからそんなつもりじゃなかった、は契約の社会通るものじゃあないのです。
改憲の国民投票も同じ。ハンコ押したら…つまり「賛成」にしたら、知らなかった使い方をされても、そんなつもりじゃなかったと言えないのです。

イギリスでも同じことがありました。ユーロ離脱が過半数を占めた後、オイちょっと待ってくれ、と言う声が沢山聞こえたと言いますが、覆水盆に返らずです。
一度改憲をしてしまったら、再度改憲をさせるには,両院とも2/3以上の議員と半数以上の国民の同意が必要です。
「実印を押せ」ば権利書から何からすべてをなくすこともあります。慎重の上に慎重を重ねてするくらいでちょうどいいのです。国民投票はそんな重たいことであるのです。

特に財界と言う屋台骨を支えてくれている人たちの要望は、景気問題。自社の輸出問題です。そのために国民が犠牲になることだけは避けたいものです。

本当は今日の話は今日集まっていない人に聞いてもらいたい話でした。
このBlogを読んで少しでも感じるところがあった方は是非憲法問題の集会に参加してみてください。
今の日本の危機が見えてきます。

選択ができないことが貧しさ

「飢えて倒れるほどではないけれど、貧困状態」という子どもの暮らしって、想像できますか? 子どもの貧困問題は、極端に貧困な子どもに注目が集まりがちですが、生活保護を受けてはいないけれど、生活が苦しいという家庭も少なくありません。そういう家庭の家計簿をつけてみることで、どんな暮らしなのかを理解するワークショップを考えた人がいます。聞いてみました。(朝日新聞東京社会部記者・原田朱美)

【両親と子ども1人、月収17万円】

 こどもソーシャルワークセンター(大津市)の代表で社会福祉士の幸重忠孝さんです。

 家計簿体験は、37歳の両親、中学1年の子どもの3人家族、収入は月17万円という設定で行います。もちろん家庭によっていろんな違いがありますが、「極端ではない貧困」のひとつの事例です。

 参加者は、17万円から住居費や食費、教育費などを割り振っていき、「極端ではない貧困」の暮らしを追体験します。

 やはり、貧困を極端なイメージでとらえている人は多いのでしょうか。

 「多いですね。ご飯をろくに食べていない、服がボロ、家もボロといったイメージ。学校の先生も貧困に気付いていないことがあります」と、幸重さん。

 そのイメージをくつがえすのは、なかなか大変です。

【貧困家庭は何ができて、何ができないのか】

 幸重さんは、「エピソードだけで貧困を知ってもらうことの限界」と指摘します。

 たとえば、貧困問題を知ってもらうために、次のような話をするとします。

<ある子と一緒にお風呂に行ったら、うまく髪を洗えない。髪をぬらさずに、シャンプー液をペタっとつけてしまう。なぜなら、その子は親子で風呂に入る経験がなかったから、親に教えてもらっていない>

 「社会の多くの人にとって当たり前のことができない」ということを示す端的なエピソードですが、だからといって、この家庭が衣食住に事欠き、子どもが毎日飢えているとは限りません。服が破れているとは、限りません。

 でも、このエピソードだけを聞くと、「きっと食事も満足にとれず、悲惨な暮らしをしているんだろう」と想像してしまう人もいます。

 「映像資料は特に、ドラマチックに、悲惨に描きがちですよね。『もうそれは生活保護じゃないの?』という暮らしをしている印象になってしまう。暮らしの90%は地味なのに、10%の端的なエピソードを出すことで、100%ひどい暮らしなんだと思われてしまう」

 そこで2014年から続けているのが、家計簿体験だそうです。

 これなら、実際の貧困家庭は何ができて、何ができないのか、誤解が減ります。

【貧困の定義って?】

 ちなみに、食べるものにも困り、命の危険がある状態は、「絶対的貧困」と呼ばれます。生活保護などの公的制度が適用されます。

 一方、「日本の子どもの貧困率は13.9%」という時の貧困は、「相対的貧困」です。

 少し難しい言葉ですが、相対的貧困とは、つまりは、「日本で平均的な暮らしの半分以下の収入しかない」ということです。

 「平均的な暮らし」は、国民全体がどれくらいの収入を得ているのかによって変わってきます。

 「みんなが貧しい」という状況だと、「平均的な暮らしの半分」が、ほぼほぼ絶対的貧困になるということがありえますが、今の日本は豊かな人もいますので、「平均的な暮らしの半分」の人たちは、全員が飢えているわけではありません。

 たとえば収入は、さきほどの設定の3人世帯の場合、年間の可処分所得は210万円程です。

 月に直すと、だいたい17万円。

 まさに、幸重さんの家計簿体験は、17万円という設定です。

【まずは月34万円で】

 参加者はグループに分かれ、まず、「平均的な暮らし」、つまり17万円の2倍の34万円で家計簿をつけます。

 「34万円の使い道を考えるのは、盛り上がりますよ。『車は2台だから交通費はもっといるんじゃない?』『いやいや、2台もいらないよ!』とか『飲み会があるからお小遣いはもっと必要』『外食多すぎ!』とか。おじさん、おばさん、学生で立場が違うので、いろんな意見が出ます」

 「あと、意外と、自分の生活費をきちんと把握していない人が多いです。家計をパートナーに任せきりで小遣い制という男性は、自宅の光熱水費とか知りませんから。『34万円だと足りない』っていう人も。学生もまだ生活費に何がどれくらいいるのか、わかりませんしね」

 話し合った結果は、グループごとに発表します。どこにどれくらいのお金を使うのか、チームごとの価値観が反映され、違いが出ます。

【月17万円の暮らしを体験】

 そして、次に17万円のワークに移ります。

 「それまでワイワイ議論していたのが、みんな頭を抱え始めます。それぞれの費目に最低限必要な金額を置いていったら、もう残らない。金額の置き方も、各グループとも差がありません。そこで『貧困というのは、選択肢がない生活なんですよ』と説明します」

 「これ以上収入が少なければ、生活ができませんから、生活保護になる。17万円って、公的支援はほとんどありません。たった1~2万円の支援でも当事者には大きいと、分かりますよね」

 「だいたい、削れる費目って、住居費、食費、教育費、交際費しかないんです。だから、子どもの貧困支援で、子ども食堂とか、進学支援とか、この費目にあたる部分の支援が必要ですよねと説明すると、説得力をもって聞いてもらえます」

 このワークショップをやった後、人々の貧困に対する認識は、どう変わるのでしょうか。

 「貧困の何が課題なのか、具体的にわかったと言われますね」

【「貧困たたき」をするのは誰か】

 極端な貧困のイメージが広がったことで、「○○を持っているのは貧困ではない」と、「貧困たたき」が起きています。幸重さんは、どういう人がたたいているんだと思いますか?

 「批判する人は、自分も苦しい暮らしをしている人が多いですよ。自分も貧困なのだと認めたくないというのもあるでしょう。『うちだって苦しいけど、頑張った。支援をすることで子どもが甘える。我慢をするべきだ』と言われます」

 家計簿体験にある「娯楽・交際費」は、特に他人から「ぜいたくだ」と言われやすい費目です。

 「子どもにスマホなんて必要ない。ガラケーでいいと言う人がいますね。リアルが充実している子は、確かにスマホは要らないかもしれない。でもお金がないから部活ができず、親は夜遅くまで働き、友だちも少ない状態で、スマホは神のツールですよ。遊べるし、つながれるし」

 滋賀県彦根市が昨年度、小学5年生と中学2年生の持ち物を調べたところ、スマホ・携帯電話・ゲーム機の所持率は、経済的に苦しい家庭の子の方高いという結果が出ました。

【メディアの責任】

 極端な貧困のイメージだけが広まってしまった原因のひとつは、メディアの報道にあります。

 メディアは、子どもの貧困を報じる際、子どもたちを支援する団体に対して、「貧困家庭の子どもを紹介してほしい」と依頼をすることが少なくありません。その際、メディアは「こういう人を紹介してください」と、指定します。幸重さんのもとにも、多くのメディアから取材依頼が届くそうです。

 「今までで一番びっくりした依頼は、『冷蔵庫の中を見せてくれる家を紹介してください』でしたね。信頼できない人や、根本的にこの問題を勉強していないと感じる人は、断ります」

 「同じ貧困家庭の子でも、けなげに頑張る子は応援してもらえるけど、ヤンチャな子はメディアに取り上げてもらえないですよね。貧困に限らず、『子ども観』の問題なんだと思います」

 「例えば不登校でも、リストカットするような子が学校に来たら大人は『よく来たね!』って喜ぶけど、ゲーセンばっかり行ってるヤンチャな子が私服で学校に来たら『帰れ!』って言うんですよ」

【大人たちの「子ども観」】

 手を差し伸べる大人にとって、ある種「理想的」な子は助けたいけれど、そうではない子は否定する。大人たちの好みが、メディアが好む素材に反映されているのかもしれません。
 
 「メディアを全否定する気はありません。メディアにもいろんな人がいます。演出の度が過ぎることがある、というのが問題です。メディアには、やはり当事者の声を報じてもらいたい。説得力がありますから。ただ、『うまく語れる子』にメディアの注目が偏っている」
 
 自分の置かれた環境や、心の中の思いを、するすると話せる子は、取材側にとって、ラクです。そういう子は、何度もメディアの取材を受ける、ということがあります。ただ、やはり、こうしたコミュニケーション力がある子は、そう多くありません。

 「たどたどしく語る子、うまく語れない子も取り上げてほしい。メディアは本質を伝えることが大事です。貧困をただの美談で終わらせず、何が本質なのかを考えて、書いてほしいです」

WithNews 11/8(水) 7:00配信

人と同じことが幸せではないことはどなたも重々承知しているし、でもみんながしていることはしてみたいという気持ちも理解できます。
それゆえに例えば洋服に穴が開いていてもそれはその子が気にしないのか?貧困ゆえに買えないからか?は理解できにくいのかもしれません。現に僕は洋服には無頓着なので、穴が開いたら接ぎを当てて着ればいいと思ってそうしていますから、洋服が買えない程の貧困ではありませんが、傍から見たらそう見えているかもしれません(笑)

貧困とは自分に選択肢がないことをいう、と言うのは貧困問題に少しでもかかわったことのある方は聞く言葉です。
そしてそれはまさに明日の暮らしもままならない方や生活保護利用者だけではなく、例えばがんになった方もそうでしょう。
標準治療と言う考え方があります。地域格差をなくし、どんな過疎であっても都会と同じ医療を受けられるようにと、がんの治療はこうあるべきと言われた方法。でもこれに従う必要はないし、逆に大金持ちの方はもっと有効な最先端医療を受けるでしょう。
ではなんで標準なのかと言えば、少なくてもそのレベルの治療は受けられるようにしましょう。医療者はそのレベルのスキルをもって任地に出向きましょう。各地方都市はそれを受け入れられる施設を持ちましょう、と言うことで、患者は「私は嫌です」と言う権利も「私はこうした医療を受けたい」と言う権利を持つことができるはずです。それができる患者は貧しくない。だから医療を拒否し、民間療法でたとえ亡くなったとしても本人の意思だから尊重すべきだと思います。
問題はお金がないからこうした医療を受けたいけれど受けられない、と言うこと。

以前何かでがんの治療中の方のお連れ合いさんが「うちの主人は会社社長なので会社を投げ捨てて玉川温泉で療養できない。だから玉川の記事を読むのが辛い。」と言われたのを読みました。選択肢があるようでない、と言うのは中小企業の社長さんならではの選択。ある意味お金があっても選択肢のない貧しさを感じてしまいます。

人生が貧困かどうかは自分の意志でもあると思います。同時に社会の問題でもあるでしょう。
ただ何か日本は皆がやっているから自分も、的に右に倣えが過ぎるのと、自分の生活より社会的な責任を持ちすぎているような気がします。
記事の17万の家庭が笑顔で過ごせるようになればいいですね。
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