インフォメーション

【Take's PROFILE】

心豊かに、のんびりと・・・。という生活を望んでいます。
あんまり物に執着しないけれど、「形から入る」という矛盾を抱えて生きています。
クリスチャンですけれど、よく礼拝をさぼります。
モーターホーム(キャンピングカー)で遊びに行くことにはまっていますけれど、へたれで暑がり寒がりです。そしてものぐさです。
単細胞で、理不尽と感じると熱くのめり込んでしまいます。
やせすぎを笑われることこそありました(169cm48kg)が、現在は中年太り(同身長70kg)と生活習慣病イエローカード!!
乳がん10年寛解の妻と文字通り連れ合って、・・・ぃゃそんな彼女にずっと寄りかかって生活しています。


趣味の写真用のBlogを作りました。宜しかったらこちらにも行ってみてください。最近はタイトルを「17文字」で書くことにしています。俳句の域でないので俳句とは言いません(笑)
http://blog.goo.ne.jp/take1960_january/
mixiのIDは 775204 です。
Facebookは本名で検索できます。恐れ入りますが、友人申請はリアル友・知人の方のみ限定とさせてもらっています。1度どこかで飲んだらOKです(^^)/



【POLICY】

2つのボール競技を思い起こしてください。
キャッチボールは、相手が取りやすいところにボールを投げて「受けとって貰う」事を目的とします。
ドッジボールは、同じくボールを相手に投げるのですが、「取れずに落とす」事を目的とします。
会話も同じだと思います。意見が違う人と議論をすることは、僕はステキなことだと思いますが、そこには相手に自分の意見を受け取ってもらうように、真摯に丁寧・丁重に書くことが大切だと思います。まさに会話のキャッチボールだと思います。自分の主張ばかりやあげ足取りのドッジボールではいけません。
このBlog「LOGOS」は、Takeが管理人をしているSiteのひとつです。
「喜びを分かち合い、悲しいことを共有する」ために言葉があると思い、その言葉を使用して、そのコンセプトを実現しようと思っています。
分かち合うためにも、共有するためにも、お互い相手のことを思い、祈り、そして会話をすべきだと思います。
ですから、頂いたコメントはすべてありがたいのですが、その中で一方的に言い放った発言、相手のことを理解しようとしないで攻撃する発言、差別や蔑視的な表現、必要以上の個人情報の開示など、このようなものが含まれている場合は、管理人の権限で削除し、その削除に対しての説明を要しません。
ローカルルールをご了承ください。

テーマ : 日記というか、雑記というか…
ジャンル : 日記

「生活保護なめんな」ジャンパー問題から1年半、小田原市が進めた生保改革 と言う名のレポ

 「保護なめんな」「生活保護悪撲滅チーム」――。ローマ字と英語で書かれたジャンパーを羽織って、生活保護受給者宅を訪問する。2007年から約10年にわたって神奈川県小田原市の職員が着用していたものだ。
 2017年1月に問題が発覚し、職員の対応は「受給者を威圧する」と批判された。市は改善を宣言する。あれから1年半、小田原市の生活保護行政は大きな変化を遂げていた。

7月14日、東京。生活保護問題に取り組んできた弁護士らが開いたシンポジウムで、小田原市の職員2人がやや緊張した面持ちで報告を始めた。
 「小田原市の取り組みを報告するのはこれが初めてです」と市企画政策課の加藤和永さんは語る。ジャンパー問題が発覚してから、市の対応は早かった。
 対応を振り返っておこう。市の生活保護担当の職員らが「保護なめんな」「SHAT(※生活保護悪撲滅チームの頭文字をとった略称)」と書かれた黒いジャンパーを作り、受給者宅を訪問していた。
 2007年に生活保護の支給が停止された男性が、小田原市役所の職員を切りつけるという事件が起きたことを契機に作ったものだという。
 ジャンパーには「私たちは正義」「不正受給者はクズだ」といった趣旨の英文もプリントされていた。
 市は「職員がモチベーションをあげるために作成した」と弁明したが、すぐに加藤憲一市長が「生活保護受給者の気持ちを傷つけた」と謝罪した。
 加藤市長は一連の問題を「組織的な問題」と位置づけ、「生活保護行政のあり方検討会」を設置する。
 財政学者の井出英策・慶応大教授、社会政策に精通した猪飼周平・一橋大教授ら有識者に加え、市職員、そして実際に生活保護を利用した経験がある和久井みちるさんを加えた。
 検討会は原則として公開で進められ、小田原市の何が問題だったのか、何を変えなければいけないのがオープンに話し合われた。

最初に進めたのは言葉の改革だった。生活保護「受給者」から生活保護「利用者」へ。生活保護は市民の権利と位置づけ、利用することは卑下することでも批判されることでも、バッシングされるものでもないという趣旨だ。
 改革は4点に集約できる。第一に職員数の増加。第二に申請から決定までの時間短縮、第三に生活保護のしおりの見直し、第四に自立支援への動きだ。
 生活保護行政に取り組んでいる市福祉政策課の塚田崇さんは語る。
 「まず社会福祉士の数も拡充し、ケースワーカーの数を増員しました。これまでケースワーカー1人で91・3世帯担当していたのを、81・3世帯まで減らし、女性職員の数も増やしました。
これまで保護申請から決定まで7割が2週間以上かかっていたのを改善しました。今では約90%が申請から2週間以内に決定を出しています。
まず申請を受けて保護をしてから、細かい状況を調べればいう方針になりました」
 まず困っている人を保護し、「市民の不幸を最小化するためにどうしたらいいか」(加藤さん)を一義的に考える方針だ。
 この日、職員と一緒に登壇していた和久井さんはこう語る。
 「私はこれまでメディアの取材を受けてきても、『生活保護の悲惨な実態』は聞かれても、生活保護行政がどうあってほしいと話してほしいと言われることはありませんでした。
『保護のしおり』についてかなりきつい発言もしましたが、聞いてもらえて良かったと思っています」
 しおりは「利用者目線」を最大の目標に、全面的に見直され、イラストを増やし、漢字にもすべてルビをふった。

重要だったのは自立支援だ。組織目標としてこれを掲げ、地域と協力して、利用者の状況に応じて農作業などに参加できる仕組みを整えた。自宅以外に社会との接点を作ることも、社会参加に向けた重要な「支援」だ。
シンポジウムで印象に残る発言があった。元世田谷区職員で生活保護ケースワーカーを務めていた田川英信さんの発言だ。彼は言う。
'''
「この社会では福祉行政にあたっている人も含めて、『見えないジャンパー』を着ている人がいる」'''
 事実、小田原市のジャンパーには今でもネット上で「何が問題なのか」「むしろ当たり前のことを言っている」という声があふれている。生活保護バッシングも強まっている。
 小田原市が賢明だったのは、こうした擁護論に乗らなかったことにある。
 参加者からの声にもあったが、生活保護には「誤解・デマ・偏見」がついてまわる。「不正受給」という言葉には特に過剰な反応がある。
 読売新聞で社会保障を中心に取材を続ける原昌平記者も指摘するように不正受給は金額ベースで0・5%に過ぎない。
 さらに「不正受給とされた中には細々した案件が多数あり、必ずしも悪意のない『申告漏れ』レベルのものも、行政運用の厳格化によって不正と扱われている」のが現状だ。
 生活保護の重要な課題は不正受給ではなく、本当に必要な人に生活保護という制度が行き届いていないことにあるのは多くの専門家が指摘するところだ。
 行政が「保護なめんな」などと圧力をかけて利用のハードルを上げるのではなく、「権利」と位置付け、自立支援に取り組むことは、課題解決に向けた一歩になるだろう。
 もちろん課題も残っている。和久井さんは「利用者のアンケートを実現してほしい」と要望していた。行政の改革が表向きのきれいごとに終わっていないか。本当に利用者の便益になっているか。必要なものに届いているかという視点を持ってほしいということだ。
 小田原市はスピード感を持って改革に取り組んだ。他の自治体は続くことができるだろうか。「見えないジャンパー」を着ている自治体ばかりでなければいいのだが……。


記者 / ノンフィクションライターの石戸諭氏のレポートがyahoo!ニュースに上記のごとく載っていた。
14日は既に入っていた予定の為に伺えなかったが、氏のレポートを読んで概要は理解できた。ありがたいこと。

小田原市長肝いりの改善命令で確かに業務内容は大きく変わった。短時間にここまでの変貌を見させた職員の尽力は大いに評価できる。
同時に、和久井氏も仰っているが、例えば市民の意識は変わったか?に関してはいまだわからない。

良くも悪くも小田原は平穏だ。
小田原駅のバスロータリーに夜になると、野宿を余儀なくする方やまた保護を受けているが飲み仲間のいない人が集まって酒を酌み交わす。
多分迷惑だろう。が、強硬的に力づくでの排除はない。これは支援している人間にとってもありがたい話だ。

こんなところで飲むな!と言う声の方が多いと思う。それはひとつの日本の常識(良識)として承っておくが、例えば15年ほど前と言う古い話で恐縮だが、イタリアフィレンツェに行った際、日本と同じような気候ながら多くの市民は家に冷房を持っておらず、夜になると夕涼みがてらドォーモにはいる石段に腰掛け三々五々酒を飲む。大声で笑うのでドォーモのそばのホテルに泊まった僕らは24時くらいまではかなり騒がしかった。
しかしそれが市民スタイルだ。日本と違うと言われるかもしれないが「人間の営み」としては日本人もイタリア人も一緒で、一日の疲れを仲間とともに酒で癒しているだけだ。そして彼らも小田原駅のバスロータリーで飲む方々も「お店で飲むだけ」の費用を持ち合わせていないだけのことだ。

小田原の福祉業務の担当者たちは市役所の中で孤立し、幾何からの市民からも厳しく見張れ、のクレームを受けたのだろう。それゆえにあのようなジャンバーを作ったと思われる。
決して許されることではないが、孤立の辛さは痛いほどわかる。

和久井氏の問いかけに戻ろう。利用者は今回の変化をどう受け止めているのか?併せて小田原市民は、日本国民はどう思っているのか? が問われる問題だ。
「見えないジャンバーを着ている」というご発言。然り。
それは行政職員だけではなく、市民が着ている問題でもある。
蔑視なら、偏見なら、それはジャンバーを着ていることだ。
小田原市はそうした方々に懇切丁寧に、憲法25条や13条で守られるべき人権を説いて欲しいし、時には犯されそうなときは矢面に立ってほしい。
国民意識の変貌こそが小田原ジャンバー問題の解決点だ。

ご真実なる主

2018年7月15日、松田聖契キリスト教会に与えられたみ言葉は、旧約聖書詩編 3章1節。表記のタイトルの説教を松元緑牧師より受けました。今回も礼拝で説教を聞いた内容を一信徒が思ったこと、話を咀嚼し想像したことを含めて綴ってみます。(なお、新改訳聖書を持ち合わせておりませんので、下記聖書箇所は新共同訳聖書に基づきます。)


その人は流れのほとりに植えられた木。ときが巡り来れば実を結び 葉もしおれることがない。その人のすることはすべて、繁栄をもたらす。

私と言う「木」の環境は、神の御手の中と言う「流のほとり」にあります。まことに持って信仰者にはありがたく感謝の言葉です。
しかし、実生活では本当か?と問うと、輝かしく楽しい過去ばかりではないのが現実です。
と言うよりも何かをする際にも、思い通りに行かないことが多かったりします。

松元師も道を示してほしいと祈る期間が1年半あったとか。
残念ながら僕はのほほんと生きてきたので、道を示してほしいと切に祈ることもなく、ただ流れに乗って生活してきましたので、実体験を語りながら今日の御言葉をお伝えすることはできません。
が、有名なコヘレトの言葉(3章1-9)

何事にも時があり 天の下の出来事にはすべて定められた時がある。
生まれる時、死ぬ時 植える時、植えたものを抜く時
殺す時、癒す時 破壊する時、建てる時
泣く時、笑う時 嘆く時、踊る時
石を放つ時、石を集める時 抱擁の時、抱擁を遠ざける時
求める時、失う時 保つ時、放つ時
裂く時、縫う時 黙する時、語る時
愛する時、憎む時 戦いの時、平和の時。
人が労苦してみたところで何になろう。


ではありませんが、生まれた時を希望してその日に生まれた訳ではなく、死して神の元に戻る時も自分ではわかりません。仕事柄少しは体験がありますが、木の種類によって植える時、移植する時は様々です。時期を外すと、枯れやすいですから仕事として受けないことも多分にありますし、受ける時は枯死しても責任は取れない旨を伝えます。
植木に関しては、少しだけプロの自負があるのでそう言えます。つまりは聞いてくる人はその知識がないので、「時がある」ことを知らなかったのでしょう。
逆に言えば、僕も知らないことに関しては「時があること」がわかりません。様々な「その時」が見えない人間であります。
松元師が時を示してほしいと祈り1年半と記しましたが、まさにその1年半後が神の定めた時だったのでしょう。与えられた詩編の御言葉で言えば『ときが巡り来れば実を結び』です。
そうすると今日の御言葉はするすると頭に入り納得できます。

松元師はモーセを例にも出しました。荒れ野の時間はモーセのほぼ人生です。人生を通して道が開かれないこと、と聞くと、何か不幸な気もするかもしれません。
でも約束の地に行けたのは、神を信じ抜いて、なおかつ自身もギブアップをしなかったからだと思います。
人生は死に直面した時に、いい人生だったかどうか? が一番のような気がします。人生の過程ではなく、最後の最後にいい人生と思えるか?
ギブアップしないで待つことができるのなら、最後にいい人生が残っていることでしょう。

待ちの時間ほど不安な時間はありません。その終りがいつだかわからない恐怖はよくよくわかります。
野宿を余儀なくしている方々の所を廻る時、彼らの思いを想像する時一番の不安は、死ぬまでこんな生活なのか?死んだときは野ざらしで死ぬのか?だと思います。今日の飯代がない事よりもこの生活がいつまで続くかの方が不安でしょう。
そうした時、僕らができることは、実は1つおにぎりを渡すことではなく、一人ではないと言う希望を伝えることだと思います。
神は野宿をしているこんな俺をも愛してくれている、と言う希望を、大きな不安に押しつぶされないで持ち続けることでしょう。
もちろん野宿の人だけではなく、病院のベッドの上で時を過ごしている仲間、再発があるかもしれないという病気との闘いの仲間も然りです。
繁栄の形は人の思いとは違うかもしれません。でも神は見捨てないお方です。ギブアップしないで生きたいものです。

石造物調査会定例フィールドワーク

今日の調査場所は、前回火曜定例会(僕は不参加)に引き続き早川石垣山でした。
入生田に集合し、ここから約4km探しながらのハイクです。

生命の星・地球博物館の横を通り、早川にかかる間もなく還暦の太閤橋を渡り

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GoogleMap(35.239346, 139.125378)にも、史跡ランドマークとして表示されている(ちょっとびっくり!)の開墾記念碑を調査。

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こうした記念碑は裏面が大切でして、建てた趣意とか寄贈した人たちの名前等々大事な情報満載です。
が、風化とともに読めなくなっていきますので、こうした取り組みは大袈裟に言えば時間との勝負でもあります。
昭和6,7年にこのエリアの開拓があったのでしょう。
早川小学校内にも同様な碑がありましたので、戦争に向け出来るだけ開墾するようにと上からのお達しで皆で勤労奉仕をしたのではないでしょうか?

汗をかきかき、途中のこの農道の道路下の石丁場のあとを見、そしてゴールの直前

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何気ないお墓かと思いましたが、お墓なら故人若しくは家の名があります。とあわせて芝台と竿塔の時代と、中台の時代が違うようにみえます。
つまりは、この畑の持ち主さんが畑の中から中台を掘り当てた。古いものだから放り捨てないで供養しようと畑の端に芝台を設け移設して竿塔を乗せた、と言うのが僕らの推察。
サイズを測らせて頂き、小田原の石造物と認可して登録です。

今回は長丁場を歩きましたが、登録数は2つでした。が石丁場を見たりと僕個人的には満足のフィールドワーク。
鎧塚ファームに立ち寄りソフトクリームを食べ

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帰路に向かいます。
一夜城は簡単な木と紙などで作り上げ、周囲の木を切って一夜にして城を建てるだけの力をもっていると北条に見せつけ戦意を喪失させた、と言うのが通説です。
が、それならば北条側に見えない南斜面に石垣を組む必要性はあったのか? と小和田先生がTVで語られていました。
大きなはったり的な一発勝負を強運で駆け抜けてきた天才児は、その勝負の度にたぶんビクビクしていたのだと思います。そんな内心を見透かされないように虚勢を張り続け、それがはったり勝負の「勝ち」につながったのだと思います。

北条側に徳川がついたら…、長戦になって恩賞もないまま全国の武将を関東まで呼び寄せて・・・、もしを考えればすべての自分側の武将が寝返る恐れは大いに感じていたでしょう。ギリギリのバランスで保たれている天秤はわずかのことでバランスを崩すことが怖くて怖くてたまらなかったのではないでしょうか?
戦国時代最後のはったりは、この一夜城を作り己を大きく見せる事だったのだと思います。その人工、その財力、その…すべてを自分の家臣軍団に見せつけ、太閤殿下ここにあり、の威厳を見せつける必要性があったと思います。故に南斜面にも立派な石垣が必要だった。軽い木と紙の城にふさわしくない立派な石垣を築いて、己の力を味方の家臣に見せつけたのがこの石垣ではないでしょうか?

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帰路の坂道を降りながらそう思います。
茶の湯を楽しんだのも、淀君を呼んだのも、みんな余裕をアピールするため、本当は景色すら楽しむことはなかったのではないか、と。
小田原の海は本当に美しい。彼はそんな美しい海を楽しめたかな?

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気違い部落周遊紀行

人権問題や社会問題にかかわり原理的な対応をなされる方からはお怒りの声が聞こえそうなタイトルの本。

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この本を読もうとしたきっかけは、「気違い部落」と言う映画が1957年に製作され、そのロケが郷土で撮影された、と言う話を聞き、興味を持ったことに端を発します。
2つの差別用語がタイトルに入っているので、なかなか世には出て来ないのですが、この文学もそしてこれを基にして作られた映画も高い評価を受けているそうです。が、同時にこれは私小説的な要素も多分にあり、文中に「著者にとっては、この名称は村の英雄たちとの関係から、若干の面倒に値する危険がある」と書かれている通り、ウィキペディアの「きだみのる」を見ると恩方村の地元では「気違い」扱いへの反撥が激しく、きだに鎌を振りかざして寺からの立ち退きを迫ったと書かれています。
タイトルの2つの差別用語とともに、村人を英雄と呼びながら話を進めていくので、何か鼻につくのですが、その「何か」がなかなかわからなくそれがまたイライラを募らせるのですが、ショートショートのような超短編を読み進めていくごとに、うんうんとうなずき先ほどまであったイライラからストレスフリーになっていきます。
「部落」と言う言葉は、一般的に同和問題で代表される意味のない差別を余儀なくした歴史から発生した言葉と、「集落」の意味で里山の人が自らを言う言葉とあります。が、後者だとしても、都会に対応する卑下の意識はあったと思うのです。
士農工商という身分制度でも名目は農民は上位にあってもその生活はとても厳しく、2つの「部落」は過酷さに差異はあれども、中近代では困窮の歴史だと思うのです。そんな困窮の中で、でも人々は粛々と生きていきます。

今、このタイトルの本を目にした時、誰もが頭の中で過去の知識をフルに活用してどんな話だろうか?を推測します。
その時、やはり「気違い」と言うワード、そして「部落」と言うワードから想像すると思います。特に知識がある方、学びが多かった方は、「ムムム」と思うと思うのですが、たとえば文中に小さな桜の木について問うと、その横に芭蕉の句碑があり、だからありがたいと言われ「木の大きさと芭蕉から今までの年数を考えるとおかしい」と反論すると「いやこれは5代目だから」と平然と回答されるシーンがあります。本来はその木が重要ではなく、5代前の木が重要であり、そこで芭蕉が句を読んだことが重要なのが本末転倒になっている。高じて自分は26代目だ、と言うが、人間誰もが父と母から生まれるのでそれが何処の誰兵衛かはわからずとも必ず26代前の先祖はいるはずなのに、それを知っているだけで優位に立とうと思う人間の性を書いています。
つまりは、言葉に問わられて本質を見忘れるな、と言うのがこの本のタイトルなのでしょう。

そう言う意味では遠藤周作氏も同じようなことを何度も書いています。自分の経験値で作り上げてしまう神と言う言葉に惑わされるのなら玉ねぎでもいい、と言います。神は僕らの想像を超えた存在だから、自分の頭の中には作り上げられませんが、それでも映画のワンシーンや絵本の挿絵などで、真っ白な衣服をまとい白髭の爺さんを想像してしまうでしょうし、そこまで行かなくても人間の形を想像してしまいます。
そうした「常識」や「慣例」を破りながら、読む本なのでしょう。

そうは言っても逆はまた真ならずや、です。やはり人が嫌がる言葉、差別を促す言葉、聞いていて気持ちの良くない言葉を使うのはちょっとね、と思ってしまいます。


当初、何か鼻につく内容と記しました。実はそれは結構自分が持っている「常識」だったり住んでいる集落の「常識」だったりする点だったのです。「気違い部落」と言うのはまさに自分のことであり、自分の住む町だったのです。それを上から目線のように冷静に分析されているのが嫌だったのでしょうね。時折フランス語を交え偉大な先達の哲学者らの言葉を引用し、「好きでない自分の部分」が丸裸にされ曝(さら)されるのが嫌だったのかも知れません。
しかし確かなことは日本は「気違い部落」だったのです。いいも悪いも含めて・・・

今、この映画について仲間たちが存在を調べています。見つかったら上映会をしたいね、と言っています。
上映会を楽しみにしています。

17日から月9ドラマで(^_^)/

先週友人が遊びに来てくれて、漫画コミックスの『健康で文化的な最低限度の生活』の1-4巻を持って帰られた。というのも、拙宅には1~4巻しかなかったからで、思い出したように5,6巻を購入した。
保護を利用したい人や保護の制度を説明してつながればいいな、と思う人と接してきた僕にとって、あまりにもリアルで涙が頬を伝わるシーンが豊富な漫画。

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生活保護課の職員さんを通して、様々な保護希望者を描く。
漫画のように利用をしたいと願う人、本人は乗る気ではないけれど、年齢や健康状態からつなげたいと思う人とぶつかり話をしている中、どうしても「わがまま言うなよ」と言う気持ちが湧きあがることが多々あった。

困窮の中にいるのはその人の責任であったりなかったりする。が比率を見れば誰もが自分以外のファクターによって困窮している事が多い。「お人よし」の人が多いので騙されたり裏切られた過去を持つ人もたくさんいる。
そして僕らが声をかける。最初はけんもほろろ、生活保護なんてそんなおいしい話があるはずがない、お前も騙しに来たんだろう? そんな人もいた。
なんどもお話しして疑心を払しょくし、じゃあ一つ言うことを聞いてみようか、と言う気になる。
将来設計の希望を語るのを聞く。

とたんその希望の多さやリスキーさに、この漫画のように「この人、自分の置かれている状況分かっているのかな」と、僕も何度も思ったことがあった。今冷静に考えればそんな高度な要求ではなかった。が、面と向かっている時は、保護につなげる結果だけを求めていたかもしれない。
つまりお声がけした人と自分の意見が違った時に、自分の意見を押し付けようとして、それが出来ないと非難したわけだ。寄り添う、なんてかっこいい言葉で行動を美化しようとしても現実はそうでないエゴのボラ活動だったのかもしれない。
そしてその希望を聞きだしたのは僕らの方で、彼らは素直にそれに答えただけだ。

一例を出せば、体調が思わしくない、と言われ、じゃあ路上から抜け出しましょう、とお伝えする。
一時行政が盛んに言っていた「まずは無低に入ってそこでの生活指導の後アパートの転居」 体調の良くない野宿の方を一刻も早く路上から抜け出してもらうためには、本人が好むと好まざるとを問わずに無料低額宿泊所に入ってもらう方が安心ではある訳で、それをお勧めすると「いや、無低は嫌だ」と言う。
体を考えればいやだなんて言っている場合じゃなく、1年間だけの我慢です、と行政の手先のような言葉を投げたこともあったわけだ。

それをわがままだと感じてしまった・・・
この言葉に自分がかぶりショックを受ける。
ああ、上から目線ではなく、だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である。(マタイによる福音書7章12節)のように、逆さまの立場だったら、強引に無低に1年間入れと言われることをどう感じるだろうか?を考える。

「そんなことを言うからスムーズに生活保護が受けられないんだ」
いやそれは違う。生活保護法は憲法25条の理念に従う法律だから、無低は嫌だは利用者の権利であり、それでも屋根の下で暮らす権利を有するんだ。

漫画の一言一言をかみしめながら読んだ。
特に6巻は、アルコール依存症の話。実はそうした人または予備軍はたくさんいる。
そうした施設が県下にあることも知っている。
が、依存症の方の症状や苦しみはよく知らなかった。大いに勉強になった。
苦しい時悲しい時、誰かにそばにいてほしい。でも誰も居ないなら、唯一の友人は「酒」になってしまう。医療もそうだけれど、最後のカギはともに闘ってくれる友。

ということでOさん続きを読まれるのでしたらいつでもどうぞ! ほかの人も、生活保護に興味をもったら是非読んでもらいたい漫画です。
序でに、7月17日夜9時~関西テレビフジテレビ系列で、月9ドラマでも始まります。こちらも楽しみ。
少しでも保護のことが多くの方にご理解いただけますように!!

イエスさまの郷里での伝道

2018年7月8日、松田聖契キリスト教会に与えられたみ言葉は、マルコによる福音書 6章1節。表記のタイトルの説教を清水靖牧師より受けました。今回も礼拝で説教を聞いた内容を一信徒が思ったこと、話を咀嚼し想像したことを含めて綴ってみます。(なお、新改訳聖書を持ち合わせておりませんので、下記聖書箇所は新共同訳聖書に基づきます。また、公式のメッセージについてはこちらをご覧頂きたいと思います。)

イエスはそこを去って故郷にお帰りになったが、弟子たちも従った。
安息日になったので、イエスは会堂で教え始められた。多くの人々はそれを聞いて、驚いて言った。「この人は、このようなことをどこから得たのだろう。この人が授かった知恵と、その手で行われるこのような奇跡はいったい何か。この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか。」このように、人々はイエスにつまずいた。
イエスは、「預言者が敬われないのは、自分の故郷、親戚や家族の間だけである」と言われた。そこでは、ごくわずかの病人に手を置いていやされただけで、そのほかは何も奇跡を行うことがおできにならなかった。
そして、人々の不信仰に驚かれた。


閉鎖的と言うか保守的な村々ではよくある蔑視がナザレでもあったのでしょう。清水牧師は、村の(イエスの周辺の人たち)は決して悪気が合わった訳ではないでしょう、と言います。

昨今、保守と革新と言う言葉は、極めて政治的な意味合いでしか使われませんが、昨日と同じ生活を守りたいと願えば保守ですし、新しい事をしようと試みるのは革新です。
僕は今の世の中が住みよい世の中ではないのでどうにか変わって行って良くなってほしい、と言う革新的なスタンスですが、人間的には「石橋を叩いて歩きたい」保守的な人間です。
たとえば世がインターネット時代になった時、Web上に言いたいことを書きたいと、ホームページと掲示板を載せて楽しんでいました。ある日、友人が「Blogと言う掲示板より簡単で面白いものがある」と教えてくれましたが、Blogを理解していませんでしたし、掲示板で楽しめていましたのでそっけない返事をしたみたいです。
その後自分自身でBlogの面白さに気が付き、僕のsiteの中心はBlogになりました。
その友人から、そっけない言い方したけれどはまっているじゃん、と冷やかされましたが、そこが「石橋を叩きたい」人間の性(さが)で納得できないとはまれないのです。

大工の息子じゃないか! ある意味蔑視的な見方です。が、蔑視ではなくその道(宗教指導者)のプロじゃないだろう? と言う意味なのでしょう。具体的にどこかできちんと学んだことを示さなければ納得しない、と言うのは残念ながら僕も持っています。まったく前述のBlogと同じです。大工であろうがその思想がきちんとしたものなのか?否か? は、今日日のオウム真理教などの新興宗教を見ると、洗脳なのかを僕は疑ってしまいます。
だから大切なのはとことん調べて納得できるかどうかでしょう。
しかし併せて、マリアの息子…もしかしたら出生の話に遡り噂になっているのかもしれませんし、ヨセフの名前が出てこないのはヨセフはすでに死んでしまい寡婦と言う差別社会の中にあって厳しい家族を卑下しているのかもしれません。

いずれにしろ、つまらない理由です。くだらないナンセンスな話です。そんな理由でイエスの言動を重要視しなかった訳です。
でもそれは後の世になり、聖書がまとめられ、それを読み納得して受け入れられたからなのかもしれません。その場にいたら僕もどうだったかは甚だ疑問です。
だとすれば先人の過ちから僕らは学ばなければなりません。

医者が患者を治そうとする時、患者が医者のいう事を聞かなければまず治らないでしょう。
どんな名医でも、医者の力には限界があり、その限界は患者力でしょう。

イエスの言動を頑なに聞く耳持たないナザレの人たち。イエスの言葉がどんなに鋭くも、イエスの行いがどんなにスキルが高くても成し遂げられないでしょう。
「何言っているんだ」と言う態度なら、重要なポイントだって聞き漏らします。馬耳東風なら聞いたことも頭に入りません。

ナザレの人たちは極めて人間的な出生とか生活環境とかで、重要なものを聞き漏らしてしまったのです。頑なな心で大事なものを受け入れられなかったのです。

イエスはそれでも周辺の村々を訪れました。神は愛をあきらめません。
そして併せて、イエスが来た日も平凡な毎日の中の突然であり、特別な肩書やスタイルやお連れが居た訳でもありません。「ナザレのイエス」で現れました。
僕らの生活の中にも神の愛が顕われているかもしれません。が、平穏無事な時に神を忘れ己の成果のように楽しみ、困窮の時だけ神を恨み何もしてくれないと言った自己中心にならないようには心がけたいです。
今日の喜びは、普段着のイエスがそっと寄り添ってくれただけなのでしょう。
神がよろってくれている恵みを神から頂けたものと感謝することは大事だと思います。

小田原市の石造物を調べる会フィールドワーク

表記のフィールドワークは昨年から初めて、小田原市内の石造物(石仏ではなく石のモニュメント全て)を調査しようという壮大なプロジェクト。
月2回のフィールドワークのため、現状で終えたのは城山と早川の一部のみ。

そんな訳で定例会以外にも、有志活動でアクセスのあまりよくないところ」から
調査しようではないか、と言う話となり、今日はその第1回目。
郷土文化館の学芸員さんのあとをついて行かないフィールドワークは地の利のある久野がいいだろうと、舟原・和留沢地区から調査することにしました。
先輩友人のCさんに、ご存じの石造物をお教えいただき、日程を7日に設定。MLでお呼びかけすれば、4名の方がエントリーしてくれました。6名でフィールドワークに出発~ッ
全国で豪雨の被害のニュースが飛び交っている最中、小田原はさしたる大雨にもならず、天気予報は曇り・・・のはずだったものの、山の天気はなかなか一筋縄でいかず、到着時には

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それでも数分後には雨もやみ、曇天の下

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別に秘密にしている訳ではありませんし、自治会で定期的に掃除をしている馬頭観音。でも、教えてもらわなかったら絶対にたどり着くことができないところにありました。

その後も、自治会管理ではなく、Sさん一族4軒私有の管理の山の神様と稲荷。もちろんお断りしてからの調査です。
Sさん一族がこの地にやってきたころからの守り神なんでしょうか?

20180707-02

若者のフィールドワークなら1日活動する元気はあるかもしれませんが、僕らはもう壮年。今日のメンバーも40-60代ですので、無理は禁物。2時間程度をもって終了することが、気軽に調査が続けられる要因です。ですので今回は舟原の日陰地区に限定しました。バス通りを下れば南船原のバス停前に9枚の板碑。

20180707-03

一番古いものは寛政6年(1794年)。黒船を率いるペリー、そしてその扱いに苦慮した井伊直弼の兄井伊直亮が生まれた年です。その時代の寒念仏供養塔です。
文字を読み解くのに時間がかかりますがそれがまた醍醐味。時代を超えて、書かれた人名の方が何を思ってこの石碑を立てたのかを想像するのは誠に楽しいものです。
このほかにも、立山講中、出羽三山講中の記念碑。村をあげて詣でることができないので代表が行くわけですが、行ける人、(今でいうカンパを出して)村に残る人、きっと思いは様々だったでしょう。今生の別れかも知れない当時の旅に想いを馳せます。

今回は16基の石造物を調査できました。
もう12時を大きく回っています。久野で数少ない食事処の番馬亭でお昼を食べることにします。

20180707-05

とろろご膳1000円はリーズナブルな価格です。
話題は石仏の話です。同じ趣味の仲間故に大盛り上がり。
次は秋に行う予定です。
ご関心をお持ちになりましたら、ぜひ郷土文化館にお問い合わせください。
また、報告はこちらに載っております

オウム真理教幹部の死刑執行

松本智津夫氏らオウム真理教の幹部たちの死刑が執行された。同時に7人の死刑と言うニュースには少し驚いた。

刑とは何か? は、死刑の度に考える。僕はやはり悔い改めることだと思う。
しかし、死を以て償うのだから悔い改める必要はない。と言う意見もあることを知っている。果たしてそれでいいのか?と思うところがある。
人が人を死を以て償わさせる権利の所在を知りたい。果たして何人の人があいつは死ねばいい、と言ったから死刑にしていいものだろうか?1万人か?1千万人か?10億人か? どんだけの人が言いと言っても本人が死を以て償います、と言わない限りダメだろうし、本人が死を以て償う気なら、もがきながら苦しみながら生きて猛省を続けるべきだと思う。
また人数だけでなくどんな権力者であっても、どんな知的な人であっても、どんな金持ちであっても人殺しはいけない。

ある意味死刑制度は楽だ。そこですべてにピリオウドが打てる。
遺族もこれで一区切りだ、仏前で報告が出いるというだろうし、ジャッジングする法律関係者もノーサイドになる。
モヤモヤは晴れないかもしれないけれど、切り替えができる、というものかもしれない。
特に遺族にしてみれば苦しみの毎日からの解放がそこにあるのかもしれない。その重要性は僕も知っているつもりだ。
遺族は言うかもしれない「私たちは被害者だ。あいつが生きているだけで苦しみは続く。痛みを負わない全く赤の他人のお前がなんで私たちの苦しみを否定するのだ」そう言われたら返す言葉はないし、同じ立場に立ったら僕も死刑にしろ、と言うかもしれない。

しかし、自身の反省があるかないか分からないまま、悔い改めのないまま、死んだところでなぁ、と言う気持ちが残る。それが償いなんだろうか?と言う気持ちが残るのだ。
悪いことをした、この気持ちを呼び起こすこと。残りの人生を使ってどう償おうか?と言う苦しみを呼び起こすことこそが大事じゃないかと思う。
罪を罰するとは償いの心を生ませることではないか? それがないままの罰とは何のためにあるのか?

何かの判決時、裁判長がさだまさしさんの「償い」の歌を引用したと聞いた。
「償いきれるはずもないがせめてもと」
と出来る限りのことをして、十二分に尽くして、被害者やそのご家族から
(私たちに償うだけの人生から)「あなたご自身の人生を元に戻してあげてほしい」
と伝わること。
(その連絡を受けて)「償いきれるはずもないあの人から返事が来たのがありがたくてありがたくてありがたくてありがたくてありがたくて」

この関係は死刑では得られない関係のような気がしてならない。
もちろんそんな関係ばかりではない。
しかし死刑囚が何かのきっかけに悔い改めようとするかもしれない。
生きるという事はそういうことだし、神はそれをよしとして生み出したはずだ。

もちろん人が法と言う名において人を殺すというジャッジングが人権的にどうかと言う問題もあるが、「死にたいがゆえに大きな殺戮事件を起こす」と言う事件の続出の中、罪を罰する刑とは何か? 人が人を殺めたことと法の名によってとか戦争だからと言う大義名分によって殺すことの差異は何か?もう一度考えてみたい。

考えがまとまらないままの投稿で申し訳ない。でも何か書かずにはおれなかったことも事実。

別府よいとこもう一度おいで(笑)

二人の客はロトに言った。「ほかに、あなたの身内の人がこの町にいますか。あなたの婿や息子や娘などを皆連れてここから逃げなさい。 実は、わたしたちはこの町を滅ぼしに来たのです。大きな叫びが主のもとに届いたので、主は、この町を滅ぼすためにわたしたちを遣わされたのです。」 創世記19章12-13節

20180703-01

友人がFacebookに
JR別府駅にそびえ立つこの銅像。
「子どもたちをあいしたピカピカのおじさん」
後ろには小さな鬼がぶら下がっています。

と、写真とともにUPしていました。両手を万歳して、軽やかなステップを踏むように片足を上げ、まるで「グリコのお兄さん」
笑顔で「鬼」を連れている銅像を見るのは初めてで・・・、しかめ面の多い銅像でこんな銅像立てるのは誰なん?
存じ上げなかった油屋熊八氏と言う方に興味を持ちAmazonで検索したらヒットしたのがこの本。
史実をたぶんに取り入れたフィクションのようです。

若き頃聞いた話では、旧約聖書創世記のソドムとゴモラは男色(同性愛)の不道徳な町のために滅ぼされた、でしたが、最近の解釈は全く違い、「旅人を大事にしなかった」からだというのが定説です。
主人公がホテル業を行おうとしたきっかけの「旅人を温かくもてなせ」(聖書の言葉はその通りではありませんが)、砂漠の地に住む民にとっては最低限のマナーであり、最高の喜びでもあったはずです。
町の人たちは町の広場にいる旅人を招くことなく、見つけたロトが自宅に招き入れれば差し出せと力づくで得ようとする、そんな姿に神は怒りの鉄槌を下すシーンがソドムとゴモラの物語です。
しかし旅人をもてなす文化、それは穏やかな日本人ももっているもので、お遍路さんの四国では顕著にその姿が見られます。

油屋氏は、日本人『も』もっているその当たり前の優しさを引き出し、そして商売に取り入れようとしたのでしょう。

しかし、史実に近くても分身のような架空の華乃さんの奮闘記であります。そしてこのホテルの最初のお客様が、与謝野鉄幹・晶子夫妻であったり、一昔前の「花子とアン」でもおなじみの白蓮さんがお忍びで来られたり、史実かどうかの確認はできませんが、ワクワク感は広がる楽しい内容でした。

ただ、油屋さんを教えてくれた友人の「こどもをあいした・・・」に関わるエピソードが全くなかったのは残念です。
別府は、高校の修学旅行と、あの民主党の目玉公約「高速道路1000円」の時と2回行きましたが、正直通り過ぎた感が否めません。
温泉マーク発祥の地、観光バス発祥の地、ずば抜けたアイディアマンの足取りを歩く旅してみたくなりました。
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